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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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51 決戦直前

 アルフォンスら三人の間ではコンセンサスが得られたが、それだけでは意味が無い。

 それを、体制派の主力やほかの協力者にも広めなければならないのだ。



 しかし、機密情報満載のそこは、外部との通信が限りなく不可能なレベルで妨害されているため、彼らの持っている手段では、情報だけを外に伝えることはできない。


 当然、「解除すればいいのでは?」という意見も出たが、ほかの防衛機構とも連動しているため、そう簡単なことではない。

 それに、下手に解除して盗聴される危険性を考えると、《念話》等での通信は諦めざるを得ない。



 また、ある種の隔離空間にあるそこと外部の交通手段は、実質《転移》のみである。

 したがって、適性の無いルシオとコレットは、魔晶がなければ行き来できない。


 その魔晶の《転移》先は、2か所指定できるように設計されて作られている。

 当然、一箇所はアルフォンスの農場で固定だが、もう一箇所は使用者が任意で設定できる親切設計。


 もっとも、時空魔法適性がなければ当該場所に赴いて設定する必要があり、ふたりが登録した地点は、ルシオが魔王城でコレットが学園である。


 前者は要人が多数いる場所柄、《転移》禁止区域や時間が設定されていて、現在はそれに該当する。

 後者は、現在の設定地点が《転移》妨害の影響下にあるため、安全装置が作動して《転移》はできない。



 時空魔法の適性が高いアルフォンスであれば、安全装置を解除して、多少の妨害は突破できる可能性もある。

 しかし、彼は人族であり、形式上では指名手配中であるため、魔王城や学園に彼が姿を現すのは混乱を招くだけである。



 残る手段はアルフォンスが持つ予備の魔晶なのだが、登録先は緊急避難用の大空洞山頂である。

 緊急時以外は自前の《転移》で事足りるし、緊急時には――大空洞の悪魔たちと親交のある彼にとって、そこは数少ないホームグラウンドであり、彼以外にとっては地獄の入り口である。




「大規模な戦場にするには向いていないことは理解できるが、よりによってそことは――」


 大空洞山頂から魔王城までは二百キロメートルほど。


 アルフォンスやルシオであれば、何事もなければ二時間弱、後先や安全性を無視すればもっと早く移動できる距離であるが、裏事情を知らない者にとっては安全な場所とは言い難い。


 特に、ユノやアルフォンスが悪魔と通じていることを知らないルシオにとって、そこはつい最近大悪魔が出現した警戒地域である。

 それでも、ほかに選択肢が無い以上それを使うしかないのだが、疑問や恨み言が出てくるのは止められない。



「そ、素材採取にもちょうどよかったんで……」


「……君にかかれば、危険地帯もただの素材採取の場になるのだね」


 ルシオも、アルフォンスの事情を想像すると、予備の魔晶を持っていただけでも賞賛すべきことは分かっている。


 魔晶に何重にも施された安全装置や、事実上その魔晶がなければ来れない場所で、セキュリティは魔王城に匹敵するレベル。

 デーモンコアというイレギュラーな相手に裏目に出ているが、限りあるリソースを最大限に活用しても及ばなかったというだけで、これを責めるのは酷というものである。



「では、行ってくるが――何か伝えておくべきことはあるか?」


「いえ、特に――」


 ルシオは出発前に見落としがないかを再確認するが、アルフォンスにも特段思いつくことはない。


 欲をいえば、非戦闘員であるコレットにも退避してほしいところだったが、予備の魔晶はひとつしかなく、ひとつの魔晶でふたり同時の《転移》は不可能。

 そして、魔王城への報告という使命を考えると、コレットひとりに任せるわけにはいかない。

 たとえユノが手段を選ばず護ると分かっていても、採ってはいけない選択である。



「えっと、こっちでも、できることを考えてますね!」


 コレットも、この場では自分が役立たずであることは自覚しながらも、少しでも役に立とうと健気に振舞っていた。



 コレットが大空洞で受けた心の傷は深く、今でも悪夢に(うな)されることもある。

 彼女がいくら優秀でも、精神的に強いわけではない。

 知性の高さゆえに、精神年齢は同年代と比べると高いものの、それと強さはイコールではない。


 ただ、泣き喚いたところで状況が良くならないことを知っていて、恐怖に呑み込まれないよう必死に抵抗しているだけなのだ。


 何より、彼女にとって最も怖いのは、戦場に立たされることではなく、あの時のように絶望の中で独りきりになることである。

 望まない配慮で放り出されたり、役立たずと見限られて放置されないよう、必死で役に立とうとしているのだ。



 ここがユノの手の届くところであれば、コレットもこれほど恐れなかっただろう。


 彼女にとって、ユノは無条件で信頼し甘えられる、親以上といってもいい唯一の存在である。

 彼女が強烈なトラウマを抱えながらも日々を平穏に過ごせているのは、ユノが言った「いつでも助けてあげる」という言葉が心の支えになっているからだ。


 今回も、もしかしたら――という予感はあるが、彼女の知性が、「魔法を完全に無効化するユノが、《転移》でしか来れない場所には来ることはできない」と否定する。




 アルフォンスは、コレットの様子がおかしいことには気づいていたが、事情を知らないため、理由には見当がつかない。

 ケアをしてあげたいところだが、今の彼にはそんな余裕が無い。

 リリスの出発を後らせて、子供たちと一緒に退避させればよかったかとも後悔するが、ルシオに彼女たちが戦力だと思われるとまずいため、今の展開が最良なのだと納得させる。



 ルシオもコレットのことは気がかりだが、自身に掛けられた役目や責任の重大性を考えると、それを放棄してまで構えない。

 連れてこない方がよかったかと後悔するも、結果論で判断しても意味の無いことで、それに、彼女の分析には随分と助けられている。

 今の彼にできることは、一刻も早く応援を連れて戻ってくることだけだ。



 ユノはといえば、今すぐにでも出ていって抱きしめたいところだったが、アルフォンスたちの努力をふいにすることもできないので、ひとりオロオロするしかなかった。


◇◇◇


 それから4時間が経過した。


 アルフォンスとコレットが、寝る間を惜しんで――アルフォンスはコレットに休んでいるよう再三促したのだが、コレットが頑として受け入れなかったため、仕方なくふたりでいろいろと策を講じていた。


 そういったセキュリティ的なものは、元より万一に備えていくつか用意はしてあったが、それは大魔王ルイスやその側近を想定しての、更に非殺傷用のものである。

 デーモンコアのような神器持ちが相手でも有効かといえば疑問符が付く。


 それを、効果があるかは別にして改良を加えていたのは、(ひとえ)にコレットの精神の安定を目的としていたものだ。




 そんなところに現れたのが、闘大でのあれこれで覚悟を決めたルナである。


「あ、やっぱりアルフォンス義兄さんだ! っていうか、何でコレットちゃんまで?」


 彼女はそこにいたのが予想どおりの人物であったことに喜び、同時に予想していなかった人物がいたことに驚き、どちらにしても、「全く知らない相手に状況を説明しなくて済む」と安堵しながら、彼らの許へ駆ける。



「えぇ……。何でルナちゃんがここに来てるの?」


 時空魔法の適性の高いアルフォンスには、ひとりが正規の手段でやってきたことには気づいていたが、時間的に魔王城でやるべきことを終えたルシオが戻ってきたのだとばかり考えていた。



 それが、何がどうなってルナが来たのかさっぱり分からない。

 アルフォンスにとっては、ルナは保護対象であり、ここにいてもらっては困る人物の筆頭である。



「えっと、私は学長先生の付き添いで、あっ、そこ危な――」


 孤独が何よりも怖いコレットにとって、役に立つ立たないは関係無く、増援は大歓迎であった。

 もっとも、ルナが受けた歓迎は、コレットからではなく、彼女たちが仕掛けていた地雷によるものだった。


 困惑していて対応が遅れたアルフォンスにできたことは、コレットを爆風から護るための障壁を展開したことだけ。

 盛大な爆発の中心にいるルナがどうなったのか――動揺しすぎていて考えがまとまらない。



「いやー、ユノさんの訓練受けてなかったら危ないところでした」


 しかし、アルフォンスの心配を余所に、ルナはユノとの訓練で身につけた生存本能を発揮して、ほぼ無傷で乗り切っていた。

 そして、彼はルナの無事を喜びつつも、理解できない現象に困惑していた。


 デーモンコアの所有者を、殺す――には至らなくても、心理的な負担にはなるような威力にしていたつもりだった。

 それがまさかの無傷である。



 多少なりとも魔法が使えるようになったといっても、ユノを相手にした際の攻め手がほとんどないルナは、必然的に防御を主体とした立ち回りとなる。


 しかし、防御を念頭に立ち回っていても、ユノの攻撃は簡単には見切れない。

 焦って攻撃や防御をすると狩られる。

 じっくり見極めようとしても狩られる。

 みんながやられている隙に、最近覚えたばかりの大魔法《混沌の炎(カオティックフレイム)》を撃ったら、受け身でかき消された上で狩られた。

 フェイントをかけたりわざと隙を作って誘導しようとすると、「百年早い!」と言われて執拗に狩られる。


 結局、彼女にできる最大の攻撃は、ユノの攻撃を受け身で受けることだけ。

 矛盾しているようにも思えるが、受け身に成功すればダメージを無効化できるだけでなく、与えることもできるのだ。

 それはデネブ戦で証明されていたことでもある。


 彼女たちの常識がバグり始めていた。




「……え、あいつ一体どんな訓練させてんの?」


 規格外の英雄とはいえ、アルフォンスは一般的な感覚も有している。

 いわゆる、「また何かやっちゃいました?」系の主人公ではない。



 彼自身の訓練は、彼の限界を突破するための超ハードモードで、彼に近しい者たちにはマージンを残しつつも常識破りの最大効率で、領地の兵士などは常識の範疇(はんちゅう)で効率的に。

 そうやって、彼は、彼自身や味方の強化に余念が無い。


 彼ら自身の身の安全や、政治的な配慮など、様々なことを考慮すると、鈍感ではいられないのだ。



 アルフォンスも、ユノがルナたちに訓練を受けさせていたことは聞いていたが、アイリスがついていたこともあって、ある程度は常識的なものだと思っていた。


 しかし、常識的な訓練で、大魔王にも通用するであろう地雷が無傷で凌げるようになることなどあり得ない。


 ユノの「正体バレはしていない」との報告を信じるなら、神々や古竜も逃げ出す邪神式訓練ではないと思うが、「男子三日会わざれば~」どころではない変貌ぶりには驚きを隠せない。



「ユノさん、受け身の訓練には力を入れてましたしね」


 戦闘能力が皆無――ではないが、闘大の水準からすると無いに等しいコレットは、訓練には参加していないものの、後学のためにと見学することは多々あった。


 彼女のレベルでは、訓練がどういう階梯のものかは理解できなかったが、ルナたちの回復中など、ユノの手が空いていた時には解説やアドバイスを貰うこともあった。


 その中のひとつが「受け身」の重要性であり、ルナたちがすぐにへたばってしまうのは受け身ができていないからだと言われ続けると、純真なコレットはそれを真に受けてしまっていた。



「え、受け身を何だと思ってんの?」


 常識も非常識も知っているアルフォンスだが、受け身で地雷を回避する方法は知らなかった。


 彼の認識では、それができるのは受け身ではない。



 しかし、ユノ曰く、「高所から落下したり、投げ飛ばされたり吹き飛ばされたときに、全身で、若しくは身体の一部を使って衝撃を和らげる技術が受け身。極めれば、その辺りにいる一般人でも高度一万メートルから落ちても死なないらしいし(※危険ですので絶対に実践はしないでください)、私くらいになると、太陽の光でも受け身できる。それに、魔法の本質――貴女たち自身を貴女たちの意のままに制御できるようになれば、全身が受け身にもなるから、大体のものは受け身できる」というのが受け身である。

 そして、その教えを受けたルナが、それを実践しただけである。



 何を言っているのか理解できない人も多いだろうが、地面に叩きつけられる衝撃も、爆発の衝撃も、彼女たちにはさして差がないものである。

 理論上は、タイミングを合わせて自身の可能性をフル活用すれば、大抵のものは無効化できるのだ。


 もっとも、ルナたちに受け身ができるのは、彼女たちに認識できるものに限られている。

 アルフォンスたちの仕掛けた地雷には、仕掛けの作動から爆発までの時間差があったので反応できたが、ユノのようにタイミングが掴めないものなどには無力である。



「それよりも、義兄さん――」


 ルナのあまりに衝撃的な登場に、叱責して送り返す機会を失ったアルフォンスに、そんなことは考えもしていないルナが、闘大での事のあらましを話し始めた。



 ルナの(もたら)した情報の大半は、アルフォンスたちが知っていた、若しくは想定していた範囲内だった。


 しかし、デーモンコアを使って初代大魔王を召喚しているとか、その力で強化された個体がいるとなると、敵戦力の見積もりをかなり上方修正しなければならなかった。


 この時点でのそれは相当に手痛いものだったが、アルフォンスにとって気になることがもうひとつあった。



(ユノの親父さん――いや、お義父さんと戦わなきゃならないのか!?)


 いろいろと裏事情を知るアルフォンスにとって、初代大魔王というのはユノの父親のことであり、実際に会って会話をしたこともある相手である。

 その時間は短かったが、理性的で仲間想いで愛妻家で親莫迦なところに共感と好感を覚えていた。


 そんな人が敵に回ったというのはにわかには信じられなかったが、何度もルナの口から出ている以上、少なくとも聞き間違いではない。


 また、心情的なことだけでなく、実力的にも厄介な相手である。

 レオナルドのような大魔王より、むしろ、調和を司る神に近い能力――ユノから邪神眼を貰ったエスリンは例外として、大魔王を名乗りながら、大魔王を遥かに超える存在である。

 最早、詐欺でしかない。



 情報を精査し、方針を決定する立場のアルフォンスが混乱していた頃、彼を補佐して作戦のクオリティを上げることを期待されていたコレットも落ち込んでいた。


 予想していたことではあるが、ユノがこの場に来れないことが確定してしまったのだ。


 今、《転移》の魔晶を使えばユノの許に戻ることもできる。


 しかし、今の状況でユノの許に行くことが、正しいことなのかどうかが判断できない。



 理屈で考えれば、ユノがここに来るのは不可能である。


 しかし、コレットの子供の部分が、「ユノがくだらない常識に負けるはずがない」「負けてほしくない」と訴えかけていて、それはもう理屈ではない。

 ゆえに、彼女がユノの許へ行くということは、ユノが常識に負けることを認める行為である。


 そんなことはありえない。

 今も、なんとかして来る算段をつけている最中のはずだ。

 そんな状況で戻っても、ユノの枷になってしまうだけだ――と、躊躇(ちゅうちょ)しているのだ。


 そんな状態では、ユノが大好きな彼女が、ほかのことに集中できるはずもない。



 報告をしているルナは、ふたりの様子がおかしいことには気づいていたが、それは彼らでも一筋縄ではいかない問題だからなのだと勘違いしていた。


 それもあながち勘違いでもないのだが、ルナは彼らの思索の邪魔にならないよう報告内容を簡素化し、時間をかけて行った。

 無論、それで重要なことを報告し忘れるようなことはない。


 ただ、彼女にとって重要度の低い、「雷霆の一撃は、ユノを初代大魔王だと思いこんでいた」ことが省略されていた。

 それがあれば、少なくともアルフォンスの悩みは解決できていたかもしれないが、何も解決しないまま時間だけが過ぎていく。


◇◇◇


 ルナの到着からしばらくして、ルシオとリディアが《転移》してきた。


 ルシオがリディアに先んじて魔王城に到着していたため、魔王城でのリディアの仕事は、情報の擦り合わせだけで済んだ。


 それによって時間が短縮できたとはいえ、敵の侵攻開始のトリガーが、「ルイスの《転移》」である可能性が高いと判断されたため、まずはルシオとリディアが現場に先行して、更にアルフォンスと擦り合わせ、もう一度魔王城に持ち帰る予定である。




 ふたりはアルフォンスたちと合流すると、前置きもなく本題に入る。



 まずは、魔王城に潜入していた雷霆の一撃の間者らしき人物を特定したこと。


 特定した事実には気づかれていないと思われるが、間者がひとりだけとは限らないため、捕まえて利用するといったことはできなかった。



 そして、今日こちらに来る予定なのは、大魔王ルイスと将軍ダニエル、そして宰相ピエールの3人。

 当初は王妃や王子といった要人や、ほかにも数人の有識者が訪れる予定になっていたが、ひとまずは一定以上の戦闘能力がある者だけに絞られた形である。



「コレットの推測が正しければ、陛下の盾となる者たちを連れていくことも考えたのだが……」


「乱戦ならともかく、数人増えた程度じゃ効果は無いと思います。一応、グレイさんと一緒にダメージ軽減の結界を用意しましたけど……」


「1回だけ、万能属性以外のダメージの90%をカットできます。ただし、継続ダメージとは相性が悪いですし、相手が切り札を使うまでに結界自体を壊されると、当然役に立ちません」


「ほかにも防御手段を用意しろということですね。最悪、《転移》の魔晶を使って逃げればいいのでしょうが、ライナーもそれくらいは考えているでしょうし、奴らの初手は《逃走妨害》の強化か空間封鎖を行うはずです」



 当然、魔王城の方でもコレットの分析を基に、様々な案が出されていた。



 ひとつはルシオが口にしたように、人間の盾を用いる方法である。

 しかし、乱戦で否応なくそうなるのでなければ、よほどの忠誠心か洗脳でもしていなければ、人間の盾も自己保身に走るのが当然だ。

 しかも、相手が初代大魔王となると、ルイスの強さだけに惹かれている者には裏切られる可能性も出てくる。



 一方で、アルフォンスとコレットは、地雷以外にも様々な工作を行っていた。


 様々な防御結界もそのひとつで、むしろ、地雷などの派手なものは、それらを目立たなくするための囮である。



 そして、高威力の攻撃を無力化する確実な方法は、リディアの言うように《転移》でその場から離脱することである。


 ただし、それは彼女が言ったように、誰でも思いつくことである。


 手間暇を惜しまなければ、闘大でのテロのように敵地でも妨害することができる。


 それが魔王ともなれば、《逃走妨害》スキルは標準装備されているはずで、《転移》も逃走目的であれば妨害を受ける。

 《逃走妨害》が絶対のものではないとはいえ、大魔王のそれを上回るのは容易ではない。



「え、いや、魔王の持ってる《逃走妨害》って魔王本人にも影響するから、無策だとルイス陛下はまず逃げられないよ?」


 しかし、アルフォンスがリディアの案を却下する。



「なんと、それは本当かね?」


「魔王が逃げる場面ってあまりありませんし、そのレベルのスキル解析には限界突破レベルの《鑑定》が必要ですし、知らない人も多いみたいですけど、事実です」



 魔界でも、「魔王からは逃げられない」という認識は一般的だったが、「魔王も逃げられない」ことは知られていなかった。

 というより、魔王が逃げるという発想がなかったため、考えたこともなかった。



「それは盲点だった。グレイ殿が味方でよかったよ」


「いつものことだけど、義兄さんは何でも知ってるなあ」


「やっぱりカット率を高める結界をいっぱい張るしかないですね」


 悪魔族の四人にアルフォンスの言葉の真偽は分からないが、「ユノの関係者」という一点だけ信頼関係が成立するのは、宗教とでもいうほかない。



「ではグレイ殿、仮想の無限を生成する時空魔法の禁呪を知らないだろうか?」


「ええ、まあ。《無量》のことかと思うんですけど、飽くまで仮想なんで、圧倒的物量といえるデーモンコアを防御はできないかなあ……」


「そうですか……。それはともかく、後でその魔法を教えていただくことは可能ですか?」


「いいですよ。《時間停止》ができるならそう難しくはありませんよ――って、ふたりとも無事に生き残れたらの話ですけど。それよりも、相手に初代大魔王がいるのは間違いないですか?」


「少なくとも彼らがそう呼ぶ存在はいるようです。それと、お姉様を『もうひとりの初代様』などと、よく分からないことを言っていました」


 リディアの言葉を聞いてアルフォンスは考える。



(リディアが言う「お姉様」ってユノのことなのか? 百合(ユリ)もいいよね……。いや、それより、初代大魔王――お義父さんが娘のことを「もうひとりの初代大魔王」なんて言うか? いや、あの人かなり親莫迦だったし、「大魔王よりすごい」とか何とか言ったのを、相手が誤解しただけとか? というか、あの人がテロ起こすような集団に加担するとは思えないし――でも、何か契約で縛られてるとか、そう、デーモンコアってアナスタシアさんの半身っていうし、逆らえない何かがあるとか――ああ、もう! さっぱり分からん!)


 しかし、いくら考えても答えが出ずに焦りを覚えていた。



 体制派が開戦のタイミングをコントロールできるという前提で動いているが、相手が痺れを切らせて、せっかくの《予知》を台無しにするような行動に出ることもないとはいえない。


 アルフォンスの、人間界に進出しているエリート悪魔族についての所感は、「狡猾で用心深い、相手にするのが非常に面倒な存在」である。

 一方で、魔界にいる大多数は、その時々の感情で動く、別の意味で面倒な存在である。


 そして、雷霆の一撃から受ける印象は後者寄りだった。



 雷霆の一撃が前者のような者たちが集まった組織であれば、コレットの言うとおり、正規の手段で大魔王の座を目指した方が確実で、リスクも低いのだ。

 それに考えが至らない、若しくは考えた上で我慢できないような集団であれば、体制派がこの場面で時間の引き延ばしを図れば、「デーモンコアがあれば何とかなるだろ」と、《予知》を不確実にするような行動を起こしても不思議ではない。


 そして、もしそうなれば、アルフォンスや体制派の採る行動は、「《予知》能力者の特定」などの作戦全てを放棄しての「逃げ」一択。

 逃げるだけなら、そこにひと手間必要なルイスがいない分成功率は高い。


 その後に大きなリスクを残すことになるが、雷霆の一撃にも「体制派がユノと合流する」という、それ以上のリスクがある。

 もっとも、そういった危機管理ができていない場合の想定であり、それが現実になった場合、以降の彼らに論理的な行動は期待できない。



 何にしても、アルフォンスたちは決断しなければならない。




「とりあえず、陛下たちには11時にこちらに来てもらうことにして、作戦開始はそれから10分か15分後か――そこは相手次第ですね。その間に最低限の打ち合わせ――まあ、仕掛けの位置や注意点、最悪の場合の逃亡手段を覚えてもらうくらいですけど」


 アルフォンスの認識は、魔界の頂点にいる彼らも共有するものであり、彼の決定にもいちいち異論や疑問を挟むことはない。


 彼がコレットやルナの参戦を快く思わなかったり、リディアたちがユノの参戦を諦め切れなかったりと、それぞれ思うところはあるものの、その解消に使える時間はもう無い。




「悪いけど、ここから先は自己責任だ。今なら安全に離脱できるけど、戦闘が始まったら離脱できるタイミングは限られる。可能な限りサポートはするけど――」


「逃げ遅れたら全部吹っ飛ばすような仕掛けをしておきましょうか。捕まって拷問とかはさすがに耐えられないと思いますし、すっぱり死んだ方が楽そうです」


 ルシオが再び魔王城へ報告に戻った後、アルフォンスが最後の警告を出すが、コレットはこれを拒否した。

 彼は、ユノが困っていることを察しながらも、それ以上は彼女の決意に口を出すことはない。



 これで、最悪は自分たちが殺されても、コレットだけは護られるだろうし、恐らく、雷霆の一撃は死ぬよりもつらい目に遭う――などと打算も働いていた。

 せめてもうひとり、ルナも助けてもらえると嬉しいなあ――などと考えつつ、アルフォンスは自身の手札を吟味しつつ、可能な限りいい結果になるよう策を練っていた。

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