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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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44 人は自分が信じたいものを喜んで信じるものである

 ビショップは充分な体力と裂傷を回復するまでの、ポーンたちは逃げ出せるだけの状況になる隙を窺いながら、準ポーンはただただ必死に、襲いかかってくる警備員たちを殺しすぎないように注意をしていた。


 ビショップにとっても、全滅させようとすると面倒な数だが、復活したキリク(絶対に出血させるマン)や、小宇宙を燃やした災害の化身を相手にするよりはマシだった。


 それに、数が多すぎて足の引っ張り合いになっているような集団である。

 防御主体で対応していれば、大して消耗しないどころか、若干回復するまである。


 それでも、いざ逃走する際にはかなりのリスクを背負うことになるが、警戒すべき相手は、この無能たちごと彼らを撃つことができない規格外の甘ちゃんである。


 ビショップは、無能たちをじっくり弱らせつつ機会を窺っていれば、きっとチャンスは巡ってくると信じて、彼らの攻撃をのらりくらりと躱し続ける。



 それでも、勢い余ってだとか、状況的にやむを得ないといった理由で殺してしまうこともあった。

 というよりも、基礎能力差のおかげで有利を維持しているが、技量がそれにおいついていないため、間違いは頻繁に起こる。

 幸運なことに、彼らが心配しているような、肉の壁が無くなる事態には陥っていないが、いつまでも機会を窺っているだけでは駄目なことは理解していた。




 しばらくすると、ビショップの裂傷も回復し、体力も戦闘しながら回復できる上限近くまで戻っていた。


 後は隙をみて脱出するだけなのだが、その機会がやってくる気配が全く無い。



 彼らが考えていた「機会」とは、能力差に恐れをなして、包囲は継続するものの手出しをしてこなくなるパターンのほかに、警備員の人数が一定を下回って包囲が薄くなった場合など、肉の壁としては機能しつつも状況をコントロールできる状況のことだ。


 しかし、警備員の士気は一向に衰えることがなく、包囲が緩む気配も無い。




 警備員たちの数が減らないのは、アイリスの回復魔法や《蘇生》魔法の効果である。


 ビショップたちの自己治癒能力とは違い、失った手足や血液なども再生魔法の効果で元どおりになる。

 さらに、アイリスの階梯の高さはシステムの提供する魔法の枠を超えており、若干ではあるが、対象の精神までをも癒す。



 そのおかげで、警備員たちが痛みや死に対する恐怖に囚われてしまうことはない。

 むしろ、強制的に戦意高揚させられているような状態だった。


 それを抜きにしても、格上との戦闘は、絶好の経験値稼ぎの場である。

 死ねば全てが無駄になるというリスクも、ペナルティがほぼ無い《蘇生》のおかげで無視できる。

 そのため、士気は衰えるどころか上がりっ放しである。



 何より、《蘇生》の成功率が100%というだけで奇跡といえるところを、膨大な魔力を必要とするはずのそれを、事も無げに乱発する少女がついているのだ。


 前者はアイリスの階梯が影響してのことだが、後者は邪神からの誕生日プレゼントの性能によって、人間的な観点では無限に等しい魔力を供給されているからこそ可能なことである。

 使用者との相性の良さも含めると、デーモンコアより遥かに高性能(凶悪)な逸品である。


 当然、そんなことはアイリス以外には分かるはずもなく、警備員たちが、彼女のことを勝利の女神だなどと勘違いしても無理はない。

 これも、ある種の「身に余る力の代償」である。




 一向に変化しない状況に、ビショップたちも次第に疑問を抱き始める。


「こいつら、どこからこんなに湧いてきた!? こんだけやられても士気は下がらねえし、狂ってんのか!?」


「これはヤバいな……。最初は余裕だと思ってたのに、だんだん余裕がなくなってきたぞ。このままだとすり潰される……!」


「あれれー、おかしいぞー? こいつさっき殺さなかったかなー? いや、真実はいつもひとつ! そこに死体もあるし、双子……あれえ!? 同じ死体がいっぱいある!? 真実どれ!?」


 一度疑問を抱き始めると、それまで気づかなかった違和感にも意識が向くようになり、理解できない状況に焦りが出始める。

 声や態度に出さないのは豊富な戦闘経験の賜物だが、それでも、今回の件に関しては対処法は思いつかない。



「こいつらがやれって言ったんです!」


「俺はこいつらに騙されてただけなんです!」


 そんなところに準ポーンの裏切りが発生して、ポーンたちに襲いかかる。



 準ポーンたちも、ライナーに対する憧れや信仰のようなものは存在していた。


 もっと彼に近づいて、信仰や狂気に染まっていれば、恐れを知らぬ狂戦士になっていたかもしれない。

 しかし、自身より狂っている相手を目の当たりにすると、冷静さを取り戻すこともある。

 狂ったままでも、相手の方がひとつ上の狂戦士だと理解できてしまうと、根底にある信仰も揺らいでしまう。


 そして、作戦失敗が確実な状況で、先に裏切ったビショップと運命を共にするのは絶対に嫌だった。

 むしろ、可能であれば、自らの手でぶっ殺してやりたい。



 そして、ポーンたちも、心情的には準ポーンのふたりと同じだったが、先に敵認定されてしまっては切り出しにくい。




「双方剣を引きなさい! これ以上やるというなら、私とお姉様が相手です!」


 そして、このタイミングで現れたリディアの一喝で、そこにいた全員の動きが止まる。



 現れたのがリディアだけであれば、ビショップが一縷(いちる)の望みに全てを託して暴れた可能性もあったかもしれない。


 しかし、その背後にいた「お姉様」こと、もうひとりの初代大魔王と思われる少女の存在は無視できない。


 ビショップは、デーモンコアのせいであらゆる認識能力が上がっているものの、精神が鍛えられていないために耐性が無い――いわゆる感度三千倍状態。

 さすがにバケツで顔を隠し、魔素の発生を抑えているユノの気配は感じられないが、朔のヤバさは視覚を通じて精神にダメージを受けるレベルである。


 事情を知らない彼は、それを彼女の気配だと勘違いした。

 もっとも、事情を知ったところで、そんなヤバいものを平然と身につけている彼女はもっとヤバい奴なのだが、とにかく、彼の知る初代大魔王とは格どころか次元の違う存在を前にして、完全に戦意を喪失し、尿意を解放した。



 こうして、雷霆の一撃による闘大での作戦は、失禁――失敗という形で幕を閉じた。


◇◇◇


――ユノ視点――

 闘大での騒動は、ひとまずではあるけれど、終わったようだ。


 むしろ、大変なのはこれからかもしれない。

 後始末はいろいろと残っているからね。


 私の出る幕はないと思うけれど。




 現在は、リディアと合流したアイリスが、ビショップと名乗る青年を尋問しているところである。

 なお、彼は私が近づくとヤバいくらいに震えだして尋問に支障をきたすため、少し離れた所から見守っている。

 さきの人みたいに大きい方を漏らされても困るしね。



 そんな私の相手をしているのはキリクである。


「いや、恥ずかしいところを見られちゃったなあ。というか、呼吸を卒業って冗談じゃなかったんだな……。ちょっとは強くなったつもりだけど、反省するところばかりだよ」


 というより、反省とか懺悔のつもりだろうか。

 向上心の表れかもしれないけれど、彼の成長を願うなら褒めるべきところは褒めるべきか。


 それに、聞かされている方としてはちょっと鬱陶(うっとう)しいし。



「及第点どころか、今の状態からすると優秀でしたよ。呼吸の卒業はまだまだ先だと思うけれど、身体は動かなくなっても思考は止まっていなかったみたいだし、下地は出来ていると思います。むしろ、ああやって追い詰めればいいのかって、相手の人に感心したくらい」


「えっ、いや、褒めてくれるのは嬉しいけど、ユノさんに追い詰められるのは――。そっ、そうだ! 下地ができてるなら、自分なりに試してみたいことがあるんだよ! だから、ちょっと猶予を貰えると……」


「まあ、強制はしないけれど、安易な力に飛びついちゃうとああなるかもしれないから、気をつけてくださいね」


 そう言って、ビショップさんとか氷漬けの副学長先生の方を指差すと、前者には警戒されていたのか、ビクリと大きく震えられた。

 ビビりすぎじゃないかな……。



「俺が戦ってた奴と同一人物だとは思えない……。っていうか、ユノさんってそんなにヤバいんだ……」


 おっと、こっちでも大袈裟に受け止める人が。

 本人にとっては何げないひと言なのだと思うけれど、そういうのが積み重なって変な噂になるので止めてほしいところだ。



「彼みたいなのは特殊な例ですから、それを基準に考えては駄目ですよ。強い力を求めるとか、うっかり貰っちゃうことまでは否定しないけれど、それに対して精神が未熟なままだから、過剰な反応をしているだけですよ。――例えるなら、赤ん坊に火を与えたようなもの? 火に対する知識も、正しく扱うための技術も無い。使い続けていれば身についてくるかもしれないけれど、大抵はその前に火傷すると思うし、そうなると、余計なケアやら何やらが必要になります。結局、強くなるための近道って、地道に積み上げることだと思いますよ」


 無駄かもしれないけれど、訂正はしておかなければ。



「……言わんとしていることは分かる。でも、あいつを赤ん坊扱いなのか……」


 違う、要点はそこじゃない。



「師匠ー! 終わったっすー! ご褒美は師匠のご飯がいいっす!」


「しかも、ほぼノーミスだよー! もうお腹ペコペコだよー!」


「拙はやり遂げました! ご褒美を強請(ねだ)るわけではありませんが、頂けるというなら喜んで頂きます!」


 しかし、騒々しい娘たちが帰ってきたので、訂正の機会は失われた。


 まあ、いいか。

 例えも少しズレていたような気もするし。




「よくやったと言いたいところですが、本当に全部回ったのですか? 《転移》の妨害はまだ残っていますよ?」


 もちろん、それだけ騒がしくすればアイリスやリディアにも聞こえたようで、特に成果の上がっていない尋問を中断してこちらに寄ってくる。



「まあ、それも想定内ですが、やはり少し面倒ですね。それでも、ひとまずはお疲れさまでした」


 アイリスには想定内のことでも、仕事に不備があったような言われ方をされた方は面白くないらしい。



「ええっ!? 言われたところ全部回ったっすよ!?」


「トーテムも全部破壊したよー? さすがにこんなことで手は抜かないよー」


「妨害の効果が消えるまでに時間がかかるのでは?」


 こうして、当然のように反論が出る。



「でも、ほとんど影響なくなってるんだろ? この氷塊だってリディアさんが《転移》させたんじゃないの? コントロールばっちりじゃん。……っていうか、これ何?」


「長くなりそうですので事情は省きますが、それはダンダリオン副学長です。……ですが、なぜ持ってきたんですか? しかも、氷漬けで」


「こちらも詳細は省きますが、先生を元に戻すためです。《転移》については、視界指定ならそれほど問題になりませんが、長距離になると、この程度の妨害でも莫迦にできませんね。さすがに学園外に出れば範囲外でしょうが……」


 リディアが言うには、強引に妨害を突破できなくもないけれど、精度は落ちるし魔力の消費も跳ね上がるとのこと。

 それでは、《転移》に成功した先――恐らく戦闘になる場で、役に立てるかどうかが怪しくなる。


 また、魔晶を使っての《転移》は、それに施されている安全装置が逆に仇になって使用できないそうだ。

 もっとも、それは妨害の効果範囲から出ればいいだけではあるけれど、リディアのような有名人が、人目につくところで魔晶や《転移》魔法を使うのは、それはそれで問題があるのだとか。


 それらをクリアできる条件の場所を探すのにどれだけ時間を使うのかを考えると、アイリスの言った「少し面倒」ということになるらしい。



 また、最低限の情報だけでもルイスさんたちに渡せれば、彼らにも心構えができて多少の余裕が生まれるのだけれど、リディアが直接《念話》ができるのは学長先生だけらしい。


 いくら《念話》に攻撃力が無いとはいっても、使い方次第で嫌がらせに使うこともできる。

 なので、知らない人は当然として、親しくない人との《念話》は、必要が無ければ控えるものらしい。

 そして、ルイスさんのような立場のある人は、特定の人以外との《念話》は遮断しているそうだ。



 それで、その学長先生とは《念話》が通じない状態らしい。

 というか、学長先生は、ルイスさんの視察のための打ち合わせと称して、アルの農場に前乗りしているので、アルが農場に仕掛けている情報漏洩対策のあれこれに引っ掛かっているのかもしれない。


 私がアルにこっそり教えて、アルから学長先生に伝えてもらってもいいのだけれど、学長先生に帯同しているコレットにバレると困るので、ギリギリまでは様子をみさせてもらう。


 私は今そこにいないことになっているし、子供の感覚というのは莫迦にできないのだ。



 こんな状況でなければ、バレても謝れば済むかもしれないけれど、私の正体を含むあれこれはアルの手札のひとつなので、タイミング次第では、みんなの努力の全てを台無しにしてしまうかもしれない。


 そう思うと、隠れて見ているだけでも結構なリスクなのかもしれないけれど、アルの手札の切り方に対応するためにも側にいる必要がある。

 矛盾しているけれど、私のアドリブほど当てにならないものはないのだ。



「彼らが白状してくれれば話が早いんですけどね。肝心の指揮官はこの有様ですし……。もしかすると、ユノが命令すれば何か話してくれるでしょうか?」


 などと、アイリスが私に話を振っただけでも、ビショップさんの震えが酷くなる。

 汗の出方もヤバい。

 副学長先生と互角くらい。

 これでは、喋ればきっと舌を噛む――いや、噛み切ってしまうのではないだろうか。



「し、初代しゃま、失礼しましゅ! はっ、はちゅ、はちゅ(げん)よろしいでしょっきゃ!」


 ただ、私に話題が降られてこの有様なのはまずいと思ったのか、彼の横にいたポーンとかいうおじさんが発言の許可を求めてきた。

 声は裏返っているし、噛み噛みなので、恐らくではあるけれど。



「それは構わないのですけれど、その前にいくつか誤解があるようだから訂正しておきますね。まず最初に、私は初代大魔王ではありませんよ」


 その前に、訂正しなければならないことは訂正しておく。


 こんな衆人環視の中で初代大魔王扱いされて、本気で信じる人が出てくると困る。

 個人的には女神や邪神扱いよりはマシだけれど、今のこの場ではどれもアウトなのだ。



「えっ、先生って初代様なの? そういえば、先生って銀髪紅眼だったよね? それに超強いし、マジかー」


 ……違うって言ったよね?

 真っ先に味方に撃たれるとは思わなかったよ。

 というか、顔を隠している理由を察してほしいのだけれど。



「ふっ、拙はとっくに気づいていましたよ。先生も上手く隠していましたが、拙の目は誤魔化せません」


 貴女は何に気づいていたというの?

 誤魔化すも何も、貴女には一体何が見えていたの?

 プレッシャーでおかしくなったの?



「しょっ初代しゃまは、にゃ、なじぇ魔界の未来(みりゃい)のために行動ししぇいる我々の邪魔をなしゃるのでしゅきゃっ!?」


 この人も、他人の話を聞いていないな……。

 恐れられているのか、挑発されているのか、判断に迷う。



「あの嬢ちゃんが初代様なのか……?」


「なるほどな……。女神様――じゃなかった、アイリスの嬢ちゃんの《蘇生》はこういう……」


「ああ、そういうことか! 初代様は銀髪じゃなくて、銀のバケツだったんだ……! 新説きたな!」


 ほら見ろ。

 メアとメイが呼び水になったのか、警備員さんたちまでとんでも考察を始めてしまったじゃないか。


 しかも、アイリスまで巻き込んでしまったものだから、アイリスも慌てている。



「変な勘違いをしないでください! 彼女は初代大魔王ではありませんし、そもそも彼女には《蘇生》を含む全ての魔法が効かないんですよ!?」


「はっはっはっ、分かってるって! そういうことにしといてやるよ!」


 分かっていない……。

 何が「そういうこと」なのか……。



「なんと……! こちらの初代様はデーモンコアで召喚した英霊ではなく、まさか復活したご本人だったとは……!」


「俺は最初からそうだと思ってたんだ。だから裏切ったわけじゃないんだ!」


 ポーンさんの勘違いも酷い。

 これ、どう収拾をつければいいの?

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