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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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42 二刀流

――第三者視点――

 ビショップとの戦端を開いたのはキリクだった。


 ソロ活動が得意で、ユノの教えを受けた者の中では最も斥候系スキルに長けていた彼は、それを活かしてアイリスに必要な情報を集めていた。


 そして、テロリスト殲滅の号令が下された時には、ビショップたちに最も近い位置にいた。



 アイリスの号令の意図するところは、これ以上の人質や学園設備に被害を出さないことである。

 そのためにテロリストのリーダー格を手っ取り早く斃してしまおうということなのだが、当初の予定を繰り上げてのことなので、その分リスクが高くなっている。



 事実上のテロリストのリーダー格であるビショップの側には、ポーン2名と準ポーンが2名がいる。

 全員アタッカーというバランスの欠片もないパーティーだが、対リディア戦で確実に勝つことを想定しているため、ほかの遊撃班と比べて数段上の戦力である。



 彼らの目的は、飽くまでリディアを引っ張り出すことであり、人質を殺害することではない。

 そのため、歩みは遅い。

 それでも、それ以外の代替手段も思いつかないため、次の人質殺害に向けて着実に歩を進めている。



 本来のアイリスの予定では、圧倒的な数的有利を作ってから制圧する予定だったのだが、それを待っていては被害が大きくなりすぎる。

 悪魔族にしては善良で察しの良いキリクは、彼女の考えていることを見事に推測していた。

 そして、言われるまでもなくその手伝いをしたいと考えていた。



 キリクの予想では、アイリスたちが合流できるのは早くて5分。


 ビショップはひと目で分かる強敵であり、残りの4人も気を抜ける相手ではない。

 魔力量だけを比較すれば、キリクを100とした場合、準ポーンが90~100、ポーンが170~190、ビショップが600である。


 ポーンと準ポーンまでならまとめて相手にしても時間稼ぎもできそうだが、6倍も差があるビショップは、一対一でも厳しい。


 さらに、キリクも駒であると同時に、犠牲になってはいけないひとりである。

 万全を期すなら合流を待つべきだが、そうすると何人か何十人かの人質が犠牲になる。



(あいつら相手に5分はちょっとキツイ……。まあ、ユノさん相手に一分やるよりはマシだけど――というか、こんなときくらい手伝ってくれてもいいんじゃないかな? いや、俺たちで充分だと思ってるのか? 買い被りだと思うけど……。でも、あれだけ世話になっておいて、ここでやらなきゃ格好つかないよな)


 仕掛けることを決断したキリクは、次にどう仕掛けるかについて考える。



 ビショップたちは、隠れているキリクに気づいていない。


 また、移動中ということもあって、見晴らしの良い拠点を防衛しているテロリストたちより有利な条件で先制攻撃できる。


 ただし、ポーンであれば不意打ちで斃せるか戦闘不能に追い込める可能性もあるが、ポーンの数倍はあろうかというビショップの魔力量から考えると、不意打ちひとつでどうこうできるような生易しい相手ではない。


 むしろ、下手にビショップに手を出すと、ビショップには耐えきられて、その隙にポーンに攻撃される未来図しか思い浮かばない。

 少なくとも、深追いだけはしてはいけない。

 だからといってポーンに手を出しても、隙だらけのところをビショップに仕留められるだろうし、残るふたりも無視していい存在ではない。



 従来のやり方では打開策が無いと判断したキリクが採った手段は、ここ最近の師のまねをすることだった。


 一般的には、先制攻撃できる状況なでは、可能な限り大きなダメージを与えるのが定石である。

 しかし、キリクはその機会を、ダメージよりも五分後を有利に――生き残るための布石を打つために使う。




 ビショップが人質を爆破させるために、慣れない魔法を使おうと意識を逸らしたタイミングを狙って、すぐ近くまで接近していたキリクが飛び出した。


 それに真っ先に反応したのは、やはり能力値が高いビショップだった。

 魔法の発動をキャンセルして体勢を整えようとするも、さすがに反撃や防御スキルの発動は間に合わない。

 そう判断すると、鍛え上げた肉体(※貰いものの力)を信じて、防御姿勢を取ろうとする。


 次に反応したのはポーンのふたり。

 ただし、キリクの奇襲に対して対処が間に合うタイミングではない。


 準ポーンに至っては完全に出遅れた。



 多少のリスクを覚悟すれば、キリクはポーンのどちらかか、準ポーンのふたりを斃すか戦闘不能状態に追い込むこともできただろう。

 ただし、その「多少」というのが曲者で、無傷のビショップに「多少」の有利を与えた時点で、ほぼ詰んでいるといっても過言ではない。



 キリクが狙ったのはビショップの首だ。


 一撃必殺を狙うなら心臓、攻撃力や機動力を奪うなら手足の腱、視界を奪うために目を狙うのも候補に挙がった。


 しかし、キリクの攻撃力では、ハーフプレートアーマーとビショップの防御力を超えて、心臓を貫けるかは怪しいところ。

 手足も大半が鎧で守られている上に、激しく動く箇所なので、躱される公算が高い。

 目を潰せればかなり有利になるが、的が小さい上に、攻撃を見切られやすい部位である。


 対して首は、やはり鎧で守られているものの、物理的な防御力より機動力を優先しているせいか、隙間は大きい。

 また、手足ほど大きく動かすことはできず、それでいて致命傷を負わせることも可能な部位である。



 しかし、ビショップもそれを読んでいて、首に対する斬撃と目に対する刺突を防ぐ態勢を取っている。


 ビショップから見ると、キリクの魔力量は雑魚といっても問題が無いものだが、今の不意打ちされている局面においては脅威となるレベルである。

 キリクを斃せば勝ちではなく、リディア戦に影響が出るダメージを受ければ負けに等しいのだ。

 それゆえ、手足にそれなりのダメージを負うことは仕方がないが、致命傷だけは貰わないようにと集中していた。



 キリクの刺突が、ビショップの喉元を襲う。


 しかし、これはビショップの想定内の攻撃で、ビショップは僅かに上体を捻って、すんでのところでそれを躱す。


 キリクがここからもう一度突くにしても、ビショップの反撃の方が速い。

 斬撃に変化するにしても、剣先を充分に加速させるスペースもない状態では、大きなダメージを与えることはない。



((よし!))


 皮肉なことに、キリクとビショップの感想は同じものだった。



(力任せに振る必要は無い。刀線刃筋を意識して、コンパクトに――)


 キリクの戦闘スタイルは、片手で扱う直剣での二刀流。

 手数を重視しているが、切れ味の鋭さで斬るのではなく、スピードとパワーで叩き切るタイプである。


 キリクの愛剣の使用法としてはそれで正解なのだが、だからといって、決して切れ味が鈍いわけでもない。

 そもそも、「刀線刃筋を立てれば大体斬れる」などと豪語して、手刀で鋼鉄の盾や鎧を斬り刻む師匠がいるのだ。


 さらに、「全身が凶器になるとこうなる」などと供述しながら、足はまだ理解できるにしても、肘や膝や尻尾でまでも同様のことをしてみせていた。

 それは目の前で実演されてもなお「そうはならんやろ」としか思えないもので、凶器というより狂気の沙汰であった。


 とはいえ、怖くて反論することはできなかったため、刀剣使いのリディアとキリクは、刀線刃筋を立てることを基礎の基礎から叩き込まれた。



 基礎とはいっても、1ミリメートルのブレも許されないようなシビアなものである。

 生物である以上、心拍動や呼吸でブレが生じるもので、影響を受けない速度で振り抜いたとしても、それを連続させることは難しい。


 また、システムのサポートで緩和されているとはいえ、多少は重力や慣性の影響も受ける。

 そして、それを受け止め、補正する肉体は、ブレの塊である。


 武器を身体の一部のように操ることを目標としていたキリクは、それでは到達できない境地に困惑するしかなかった。

 ユノのいる頂は、言語化できない理不尽としかいいようがないものだった。



 剣技にはそれなりに自信があった彼が、ひたすら駄目出しされ続けて、精神を削られていく。


 マンツーマンでの指導なので、魂や精神が混線してパラダイムシフトを起こすこともない。

 一応、ルナたちからアドバイスや激励は受けているものの、「お前が魔法になるんだよ!」などと言われても、どうすればいいのか分からない。


 ついには、あまりの不出来さに愛想を尽かされたのか、「そんなに難しいことは言っていないはずなのだけれど、なぜできないのかな? うーん、やっぱり呼吸や心臓の拍動が邪魔なのかな?」などと、殺害を仄めかされたこともあった。


 キリクはまだ生きていたい――と必死に剣を振り続け、「おまけ」とやらでどうにか及第点を貰ってホッとしたのも束の間、実戦でも使えるようにと間合い操作の手解きを受けることになった。



 あれは地獄の――それ以上の体験だった。


 スピードもパワーも劣っている相手に、あからさまに手加減されているにもかかわらず、何度も殺されかけた。


 全身()()の彼女は、攻めるべきタイミングで、攻めるべきポイントを、しかるべき方法で攻撃しなければ、手痛い反撃を受ける。


 見た目に騙されてはいけない。

 見せかけの隙には毒がある。


 心の目で――魂で、相手を見なければいけない。


 間違うとやってくる、タマを襲う忘れられない激痛――いや、絶望。

 そこに意識を向けすぎると、耳を引き千切られたり目を潰されたり喉を潰されたりと、訓練の域を超えた地獄が待っている。


 アイリスによる回復魔法を受けている時間が、唯一の癒しの時間だった。


 キリクはこの先――この訓練を生き残れたら、回復魔法が使えるパートナーを作ろうと固く心に誓った。


 アイリス本人は恐れ多い――というか、時折ヤバい雰囲気を纏っているので除外である。


 ただ、恩は感じているし、この先も訓練が続くようなら絶対に敵には回せないので、ポイントを稼げるところで稼いでおきたいというのが本音である。




 キリクは、ユノの教えのとおり、ビショップの首に押し当てた刃の刃筋を立て、刀線を意識してコンパクトに引き斬った。


 その斬撃は、彼の肌を浅く切り裂いたものの、数値上ではダメージは無い。


 ただ、頸動脈を傷付けたことで、出血は派手だった。



 地球では致命傷となり得る傷だが、システムが存在する異世界においては、首が完全に切断されなければ即死にはならない。

 レベルが上がれば上がるほど死ににくくなる世界では、自己治癒能力を極めれば、手足を失っても生えてくるレベルになる。


 ビショップくらいになれば、動脈の一本を斬られた程度は致命傷とはならず、それ以上の追撃を受けないという条件であれば、脊髄損傷くらいまでならギリギリセーフなのだ。


 しかし、「即死はしない」ことと、「助かる」ことはイコールではないし、助かったとしても、血液や臓物を失っていれば、その後のパフォーマンスに影響するのは避けられない。

 それらをカバーする魔法もあるが、戦闘中にそれをなせる術者は希少である。


 それは、「HP」などの定義が曖昧な概念を導入した皺寄せのようなものではあるが、システム上ではこれを【裂傷】という状態異常と定義している。



 【裂傷】とは、攻撃側のスキルやクリティカル判定によって、攻撃を受けた側の体液などが傷口から流出していく状態である。

 微細なHP継続ダメージ受けると同時に流出量のカウントが始まり、前者は当然として、後者が一定量に達しても戦闘不能や死亡に至るものである。


 ただし、低レベルの者には致命的な状態異常だが、ある一定以上の強さになると継続ダメージは誤差程度のものでしかない。

 また、流出量カウントもレベル補正によって緩やかになるし、自己治癒力高さで致命傷に至るまでに解除される場合がほとんどである。

 激しい運動などを行えば流出量のカウントは早くなるが、ビショップくらいになると誤差程度のもの。

 さすがに重ね掛けや延長されるとまずくはなるが、土属性魔法の初級魔法《石肌》や金属性魔法の中級魔法《鉄身》などで低減や無効化できる。




 裂傷を受けたビショップは、ただ驚くばかりだった。


 少なくとも、ビショップの経験則では裂傷を受けるような状況ではなく、キリクが彼の想像を上回るほどの剛腕だったわけでもない。

 真っ先に疑ったのが幻術の類だが、襲撃者との魔力量の差を考えると、それもありえない。


 結局、理由は分からないまま、返り討ちにしてから考えればいいと反撃に移ろうとしたところ、膝上に違和感を覚えた。



 その正体は、襲撃者(キリク)が、ビショップの首を斬った物とは逆の手に持っていた剣による斬撃だった。


 キリクが上手くもう一本の剣の存在を隠していたこともあるが、それ以上に、一撃目と二撃目の時間差と角度の差が良かった。



 不意打ち以上に意識の隙を突かれたビショップは、筋や大きな血管を斬られてはいないものの、膝上の鎧の隙間に、剣を深く突き立てられていた。


 さらに、そこから斬り上げに変化して、大腿部の、そして急所を守っている金属鎧が、ガリガリと嫌な音を立てて削られる。

 それに肝を冷やしたビショップ一瞬の緩みに、彼を最初に攻撃した剣が、彼の目を狙って振られていた。


 それはかろうじて(まぶた)を浅く傷つけられただけで済んだが、反応が一瞬でも遅れていれば、片目を失っていただろう。




 キリクの先制攻撃の自己採点は、かろうじて及第点だった。


 間合い操作――彼や多くの者の知るそれではなく、相手の意識や魔力の状態までを「間合い」とする未来視にも等しい異常な技術を、訓練や試合ではなく、命のやり取りの場での初めての使用ということを考えると、「上出来」といっても差し支えない。

 むしろ、師匠のものとは比較できるレベルにはないが、それを習得していることが異常である。


 しかし、システム上では、「キリクがビショップに4回攻撃して3回ヒット。ビショップのダメージ極小。ビショップに状態異常【裂傷】付与」という判定である。

 客観的に見れば、奇襲でこの結果は、能力差を加味しても微妙なものだった。



 それでも、ビショップが数値では測れない何かを感じて距離を取ったことからも、そこには分かる者には分かる何かがあった。



 それが分からなかったポーンが、挟撃する形でキリクに攻撃を仕掛ける。



(無理すればカウンターも取れそうだけど、ここは我慢。それで何度も痛い目見させられたからな……)


 キリクが身につけた、「間合い操作技術」という名の領域構築の初歩は、それを持たないビショップたちの感情や思考、更には行動までも読むことを可能としていた。


 ポーンの攻撃は、今の彼にとっては大した脅威ではない。

 とはいえ、それはこの瞬間でのことであって、神の視点までは持っていない彼に読めるのは、精々が数手から十数手先まで。その精度も100%ではない。



(刃圏から出るのが手っ取り早いんだけど)


 キリクは、ポーンに反撃することも可能だが、そのダメージは、今ある有利(アドバンテージ)と引き換えに得るものである。

 総合力ではキリクの方が不利なため、相手に失点を重ねさせて有利を得るしかない状況で、簡単にそれを手放してしまうと挽回は難しい。

 当然、仕切り直してゼロにすることも避けなければならない。


 それでも、先読みにも限界があるので、ずっと有利を保てるという保証は無い。

 そして、有利を守ることだけに専念していても、それが相手に覚られてしまうと、一気に崩されるおそれもある。


 したがって、充分なマージンを稼ぎつつも、どこかでリスクを負わなければならない。



 キリクは僅かに立ち位置を調整しながらその場に留まり、ポーンふたりの攻撃を剣を使って受け流す。


 ポーンふたりも、パラメータ上ではキリクより上で、決して弱いわけではない。

 しかし、それを埋めて余りある技量の差が、キリクを圧倒的な強者に見せる。



 この時点での、ビショップがキリクに抱いた印象は、「魔力の質や量の割には妙に強い奴」である。


 魔界では珍しい部類に入る武器使いで、更に珍しい二刀流。

 手数は増えるが、一撃当たりの攻撃力は低くなるし、片手では防御できる攻撃も限られる。


 それを技量でカバーしているのは、驚愕などという表現では到底足りない。

 そういう技術も存在してないわけではないが、彼の知るそれらは、長い年月をかけての研鑽(けんさん)の末に至る武の境地であり、キリクのような若造がその域にあるとは考えにくい。

 そして、それっぽい奥義(特殊スキル)どころか、一切スキルを使わないことも腑に落ちない。


 ビショップは、とにかく一発当てれば終わるだろうと、ポーンたちと切り結ぶキリクの隙を窺う。



 ビショップほど余裕の無いポーンたちの、キリクに対する印象は、「こいつヤベえ」である。


 パワーやスピードでは勝っているのに、彼らの攻撃は見事に躱され逸らされ、それどころか味方が邪魔で攻撃自体ができないこともあるくらいで、斃せる気が全くしない。


 間合い操作についての認識がキリクとは全くの別次元にある彼らは、彼らの攻撃の前段階でのキリクの微妙な間合いの外し方やずらし方に気づくこともなく、攻撃させられていることにも気づいていない。



 準ポーンに至っては、隙があれば攻撃しようとは思っているものの、彼らが思っているような隙――キリクがポーンから距離を取る気配がない。

 そうして、無理に参戦してビショップやポーンの攻撃に巻き込まれても――邪魔になってはいけないと開き直って、リディアや第三者の乱入に備えて外に注意を向けている振りをしていた。


 なお、リディアが乱入してきた場合は、彼らの能力では役に立つことはできない。




 防戦一方ではあるものの、一向に隙を見せる様子がないキリクに痺れを切らしたビショップが、裂傷の状態異常も収まったことを契機に動く。



 ビショップが、ポーンたちの攻撃に合わせる形でキリクに肉薄する。


(やっぱり来たな!)


 しかし、この展開もキリクの読みどおりだった。



 キリクは、近間にいたポーンの攻撃を、今までよりも一歩踏み込んで受けることで、ポーンの体勢を崩す。


 ユノなら、ここから背負投か巴投で、そのポーンを盾にしつつビショップとの距離を詰めただろうが、あいにくキリクにはそこまでの体術スキルはない。

 むしろ、ユノにそこまでの技術があることの方がおかしい。


 この世界ではシステムの補正があるため絶対ではないとはいえ、ユノは格闘をする者の身体つきではない。

 だからといって、魔法を使う身体つきでもないし、何なら家事手伝い――いや、日常生活すらもできなさそうな、何にも染まっていない身体はやりすぎである。



(それで何であんなに強いんだよ……。全身何とかになったらああなるのか? そんなことを考えてる場合じゃないんだけど、やっぱり納得いかないな)


 キリクはそんな余計なことを考えながらも、戦闘には集中していた。

 むしろ、いい感じに集中しすぎないでいた。



 集中することが悪いわけではないが、張り詰めた糸は簡単に切れてしまうし、それ以外のものが見えなくなる。

 ルールで守られているスポーツなどではそれでもいいのだろうが、ルール無用の戦いの場では命取りになるおそれがあるのだ。


 キリクたちは、集中しすぎて周りが見えなくなるのは駄目だと――なぜ駄目なのかを、何度も何度もその心身に刻み込まれていた。



 戦闘に集中しながらも、余所事を考えられる程度のマージンを残す。


 現在のキリクは、領域を構築するまでには至らないが、ある種のゾーンに意識的に入っている状態である。

 《思考加速》スキルと合わせて――訓練による副作用で、《思考加速》スキル自体も以前と比べて有効活用できているため、これひとつでも以前の彼とは別人とのような強さになっている。



 キリクは、ごく短距離の《縮地》を使って、体勢を崩したポーンが自身とビショップの間を遮るような位置を取る。


 当然、ポーンもいつまでもそのままではなく、すぐに体勢を立て直してキリクに向き直るが、それがかえってビショップの攻撃からキリクを守る結果になる。


 一方、勢いよく飛び出したビショップにとって、キリクとの間に立ち塞がるポーンは邪魔でしかない。

 ここでビショップに取り得る選択肢は、急制動を掛けて攻撃を中止すること、ポーンを避けてからキリクを追うこと、ポーンの死角にいるであろうキリクをポーン諸共攻撃することの三つ。


 ただし、三つ目は比較的仲間意識の高い雷霆の一撃では採りにくい――少なくとも、そこまで追い込まれているわけではない。

 そして、悩んでいる間に停止できる限界を超えてしまったため、ひとつ目の選択肢も消えた。


 そうすると、回避以外の選択肢がないのだが、一方はもうひとりのポーンで塞がれているため、事実上選択肢が無い状況である。

 それがなんとなく気に食わなかったビショップは、キリクの意表を突こうと上方向へと回避した。



(こいつ、莫迦だな。莫迦すぎても逆に困るんだけど……)


 魔力は目視もできるが、《魔力感知》スキルが代表するように、目視以外でも感知する術がある。


 言われてみれば当然のことなのだが、なまじ目に見えるがゆえに、多くの者はそれに頼ってしまう傾向がある。


 キリクの姿が見えずに勘に頼ったビショップと、目視はできなくても、魔力の流れでビショップやポーンたちの動きを先読みしていたキリクの差は、結果として現れる。



 キリクは、横手からのポーンの攻撃を防ぎながら、再び正面のポーンへと肉薄してその攻撃の間合いを潰す。

 そのタイミングで、ビショップがポーンとキリクの真上を通過する。


 しかし、ビショップが想像していた場所にはキリクがいない。

 すぐに、キリクがいるのが自身の真下だと気づいたものの、有効打を与えられる位置関係と体勢ではない。

 それどころか、キリクを攻撃するつもりでギリギリの高さを跳び越えた彼は、今度はキリクの攻撃にどう備えるかに気を配らなければならなかった。



 そして、そのタイミングは彼が備えるより早くやってきた。


 奇襲を受けた時より深く斬り裂かれた内ももと、股間から響く鎧を削る嫌な音。

 ダメージはさほどではないが、再び与えられた裂傷の状態異常と、執拗にタマを狙うキリクの異常性が心理的な負担となる。



(何なんだコイツは!? まともに剣を振れるスペースなんてなかっただろ! ってか、何で執拗にタマを狙うんだ!? いや、確かに急所だけどよ、狙うならもっとほかにあるだろ! もしかして、勝つことより俺を再起不能にするのが狙いなのか!? 俺に恨みでも――いや、そっちのケでもあんのか!?)


 ビショップの、「最終的に自分たちが勝つ」という自信はまだ変わっていないが、理解不能なキリクの技術と股間を守る鎧の耐久力を考えると、「もしかしたら」という不安も湧いてくる。


 ビショップは、着地後すぐに振り返ると、カウンタースキル《合わせ拍子》を発動してキリクの追撃に備えるが、当のキリクは、ビショップを無視して再びポーンの後ろに回り込んでいた。


 その際、ポーンの膝を刺していくというおまけつきでだ。


 それは、そのポーンを徹底的に盾に使ってやるととれるもので、執拗なタマ狙いや全身黒尽くめの衣服も合わさって、彼の異常性を強調する結果になっていて、当事者以外にも恐怖を覚えさせる。


 さらに、ここにきて「何かまずくね?」と感じて迂闊に突っ込んできた準ポーンのひとりが、手首を斬り落とされた上で、もうひとりのポーンに押しつけられてもたついている。



 ビショップは、仲間の醜態を見てようやく警戒度を一段階引き上げた。

 そして、裂傷を無効化する金属性魔法《鉄身》を自身に掛け、同時に腰を落として構えることで、キリクから股間を遠ざけた。

 それがキリクの狙いだとは思いもせずに。



 キリクの狙いは、徹頭徹尾、増援が来るまで粘ることである。


 《鉄身》は防御力の上昇と裂傷の無効化という利点があるが、機動力が下がるというデメリットも存在する。

 キリクの目的達成のためには、最も危険なビショップをどう封じるかが肝だった。

 覚られないように注意はしているが、さきの交錯も、かなりの危険を冒している。


 しかし、小さな賭けのひとつ勝ったからといってひと息つけるわけでもなく、むしろ、これでようやくスタートラインに立ったところだった。

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