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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
474/725

41 急展開

――第三者視点――

 雷霆の一撃の闘大攻略は暗礁(あんしょう)に乗り上げていた。


 上手くいっていたのは、《転移》妨害結界の設置から、障害というほどではないが放置しておくのはリスクとなる警備詰所の制圧、それと一部有力学生の制圧まで。

 犠牲者を出してしまったものの、副学長エイナールの殺害もギリギリ含めてもいいだろうか。



 ただし、作戦の本命であるリディアへの接触や、ルナの捕獲については失敗。

 エイナールの次に危険視していたエカテリーナの制圧は、失敗どころか、ついでに制圧していた女子学生たちまで解放されるという大失態を犯している。


 もっとも、後者についてはエカテリーナの仕業だという証拠はないのだが、そんなものは彼らにとって意味は無い。


 ただ、現実としてエカテリーナには逃げられた。

 そして、《転移》妨害結界の(かなめ)を含む部分で、少なくない被害を出しているのが彼女の仕業だと思われる。



 要のひとつが欠けたからといって、作戦が即座に失敗になるわけではない。


 本来であれば、要は地中に設置する予定だったのが、その役割を担っていた団員の多くが直前で毒殺されたため、地上に設置せざるを得なくなった。

 当然、発見されて襲撃を受ける可能性が上がることは避けられない。


 一応、警備に追加の人員も割くなどの対応も行い、急造ではあるが保険となるような物も持ち込んだ。

 そうして、多少の損害であればフォローできるようにはしてあったし、《転移》妨害装置自体にも、二箇所以下になってもスタンドアローンで作動する細工を行っていた。


 とはいえ、効果が落ちるのは間違いないし、リディアの能力を考えると、少なくとも三箇所以上は保持しておきたいところである。



 雷霆の一撃が、その時点からでももう少し戦略的に対応できていれば、いくらか状況が違うものになっていたかもしれない。


 しかし、部隊の指揮経験など無いに等しいビショップの下した決断は、残る装置の警戒レベルを上げることと、失われたひとつを復旧させることだった。


 無論、それで上手くいくなら問題は無い。

 むしろ、この戦力で作戦を成功させたのであれば、「名将」を自称しても許されただろう。



 実際には、ただでさえ足りていない人員を逐次投入していたずらに戦力を失い、装置を更にふたつ失った。

 警戒を強化していただけで、戦力が増大していたわけではないので、順当な結果といえるだろう。


 そうして、早くも崖っぷちだった。



 同じ失うにしても、最低限を守り抜く方針で、残りの三つに集中して人員を振分けておくなどしておけば、失うのは装置だけで済んだかもしれない。


 結果が出てから悔やんでも仕方のないことであるが、何よりもまずいのが「やられた奴が雑魚なのが悪い」と、指揮官(ビショップ)がそれを失敗だと捉えていないことだった。




 客観的に見れば、この時点より遥かに前の段階で、雷霆の一撃の作戦は失敗している。


 しかし、ビショップの主観では、「まだリディアさえ確保できれば挽回できる」状況であり、ビショップ本人と彼と行動を共にしているポーン2名がいれば、戦力的に可能だと考えていた。


 なぜか、リディアの痕跡すら発見できていないことは考慮されていない。


 そして、最大の懸案事項である初代様の対応についても棚上げしたままだった。

 ルークとナイトが消息不明なことに恐怖を覚えるが、本気で初代様の怒りに触れたのだとすると、既に皆殺しにされていたとしてもおかしくない――便りの無いのは良い便りなのだと、無理矢理納得していたのだ。



 なお、彼らのいう「初代様」ことユノは、雷霆の一撃に対して怒りを覚えるほどの興味を持っていない。


 内容はともかく、一生懸命に頑張っているところは評価しているが、学園という学びの場を襲撃したことに対しては大きなマイナス評価。

 既に、彼ら以上に頑張っているアイリスたちの踏み台としか認識していない。




 リディアも、《転移》妨害結界の弱体化は認識していて、魔力効率や安全性を無視すれば、学園から出ることも可能な状況であることは理解している。

 しかし、敬愛するお姉様との散歩という至福の時間の前には、「まだ慌てる時間ではありませんし、完全に解除されるまで粘りましょう」という状況でしかない。

 むしろ、この時間を邪魔する者がいれば、それがたとえ尊敬する大魔王やお爺様であっても許さなかっただろう。




「くそっ! 何でリディア・バルバトスが見つからねえ!?」


 ビショップは、いつまで経ってもリディアの痕跡すら見つけられないことに憤っていた。


 部隊の損耗率は五割を超え、ポーンも彼の側にいるふたりを除くと残りはひとりだけ。

 準ポーンの人数は元から覚えていないが、恐らく片手で足りるくらいまで減っているだろう。


 そこまでは理解できていても、彼ら自身はいまだに接敵もしていないため相手の実力が分からないことと、被害も報告や推測だけで、実際の犠牲者を見ていないことが彼らの判断力を鈍らせていた。



 何より、強者であるはずのリディアがこの状況で姿を現さないことが、悪魔族の一般的な感覚からは理解できない。


 戦闘民族的気質のある悪魔族は、挨拶代わりに戦闘することも珍しくない。

 ルイスが大魔王の座に就いてからは、それも控えるようにとの触れが出され、最近になってからは全面禁止の方向で検討もされているが、許容できるかどうかは別問題である。



 ビショップの感覚では、正当防衛になる可能性も高い防衛戦において、戦闘に参加しないという選択が信じられない。

 これが明らかな負け戦であれば、日和(ひよ)ることもあるかもしれないが、現状不利なのは雷霆の一撃の方である。


 彼の予想では、繰り上がりとはいえ彼が実働部隊のトップであり、その大将首を狙いにくるのは闘大側のトップであるリディアのはずだった。

 そこで一戦交えて、実力を認め合えれば話もできる――などと簡単に考えていたのだが、リディアどころか誰もやってこない。


 そうして、薄々リディアの不在を疑い始めていたが、それではこれまで彼らのやってきたことが無意味になってしまう。

 それだけは意地でも認められず、同様に、このまま負けて帰ることも、死に勝る屈辱である。



「ちっ、もういい。そっちがその気なら、嫌でも出てこなきゃならねえようにしてやるよ!」


 ビショップは誰に聞かせるでもなくそう言い捨てると、簡単な魔法を発動させた。


◇◇◇


 キリクやエカテリーナ組からの報告を受けて、アイリスは自身の認識の甘さを悔いていた。


 彼らからの報告は、テロリストに拘束されていた学生たちの拘束具が爆発して、多数の死傷者が出たというもの。



 ビショップの発動させた魔法は、拘束具に埋め込まれた《爆発》魔法を発動するためのものだった。

 中級の火属性魔法、しかも魔石を触媒としたものなど、本来であれば魔法抵抗力の高い悪魔族にとって致命傷になるようなものではない。

 ただし、拘束具のもうひとつの効果である、装着者の魔法やスキルを封じるものと合わせると話は変わってくる。


 レベルによるパラメータまでは無効化されていないものの、耐性を無効化されての至近距離での爆発は、学生たちの命を奪うに充分なものだった。

 運が良ければ――基礎能力が高い者の中には生き残った者もいるが、その大半は、苦しむ時間が伸びただけの瀕死の状態である。



 アイリスたちも、拘束具の仕掛けには気づいていた。


 しかし、テロリストがリディアとの関係悪化を望んでいない――学生を粗雑に扱わないと考えていたし、彼女たちが捕獲したテロリストにもその拘束具を付けていて、それを報告させている。

 使われる可能性は低いと踏んでいた。


 使われるとすれば、テロリストが進退窮まった場合の、最後の足掻きと口封じだろう。


 彼女は、そんなことにならないように、テロリストの退路を断つようなことはしなかったし、追い詰める前には人質を解放するか、交渉して交換するつもりだった。


 現状では、テロリストの作戦の成功は極めて難しく、それでも撤退できる余地と余力は充分にある。



「どうして……!? そんな局面ではなかったはずなのに、どうしてこんな……」


 アイリスは、この被害を出したのが自身の判断ミスのせいだと考え、酷くショックを受けていた。

 彼女が手段を選ばないのは愛する人(ユノ)に関することだけで、それ以外はごく一般的な――むしろ、善良な性格を有している。



「アイリスさんが気に病むことはないですよ。悪いのは間違いなくテロリストです!」


「お嬢様の言うとおりです。それに、奴らが仲間ごと爆発させるような外道だったとは、私たちにも予想できませんでしたし……」


「気にすんなってのは無理かもしれねえが、嬢ちゃんの《蘇生》もあるし大丈夫だろ」


 アイリス以外に、彼女を責める者はいない。

 弱さが罪だという悪魔族の常識からすると、犠牲者の中にもいないかもしれない。



「《蘇生》があるから死んでもいいとか、回復できるから怪我をしてもいいってことではないんです! 命とは、本当はもっと掛け替えのないもので、大事にしないといけないものなんです! 生きていれば、命を懸けなければいけない場面もあると思いますけど、それはたったひとつの命を懸けるに値する大事なものがあるということです! テロリストのやったことはそれを踏み躙っただけじゃありません。自分たちの命も、想いも、ちょっと上手くいかなかったからといって投げ出す程度のものだって言っているに等しいんです! こんなもの、革命でも聖戦でもありません。ただの子供の我儘です。そんなものに後れを取った私が許せないんです!」


 半ば感情のままに吐き出したアイリスの言葉は、いつものように飾り立てられたものではなかった。

 しかし、平時の落ち着いた様子や、聖女然とした能力とのギャップが、それを聞いていた警備員たちの心に刺さった。

 何でも刺さる状態だったからこそ、より深く。



「悪いな。こいつもそんなつもりで言ったんじゃないと思うんだが……。嬢ちゃんは俺たちを駒じゃなく、人として見てくれてたんだな。柄にもなく、なんか感動しちまったぜ!」


「お、おう。俺はただ嬢ちゃんを慰めたかっただけなんだが……。嬢ちゃんは俺らが傷付くたびに、俺ら以上に傷付いてたんだな……。俺は嬢ちゃんのことを便利な回復装置だと思ってた、さっきまでの俺が許せねえよ」


「嬢ちゃんは優しいんだな。まるで話に聞いた聖女様みたいだ――いや、聖女様より聖女様だぜ! むしろ、女神様――そうだ! 勝利の女神なんじゃねえの!?」


 すると、当然のように過剰に反応する。



 我に返ったアイリスが焦る。


 彼女には、こういった光景に覚えがあった。

 ユノが何かしたときの、湯の川の住人の反応である。



「神様は止めてください! 私なんかが神様と比べられると、神様に失礼です!」


 いつかは神に並び立つのだと決意しているアイリスも、今の段階で神呼ばわりされて、神の怒りを買うのは避けたかった。



 巫女であるアイリスは、神が非常に寛容なことや、それに例外が存在することを知っている。

 神を僭称(せんしょう)するのは、例外の中でも禁忌に次ぐレベルのことであり、その背景や影響力の大小などは考慮されない。



 ちなみに、それも先史文明以前はそれほど厳格なものではなかった。

 しかし、先史文明末期における神族と異世界人を中心とする人族との大戦末期、人族側が投入した「人造神」とでもいうような兵器に、猛威を振るわれた挙句に信仰を奪われたことが契機となって、それ以降は過剰に反応するようになった――という顛末(てんまつ)がある。



 当然、それは人間が知り得る情報ではないが、アイリスがかつて勤めていた教会でも、神の怒りに触れた者の末路についての話は枚挙にいとまがなく、実際に禁忌を犯した者の末路も目の当たりにしている。



 それを知っているアイリスからすると、彼らの言葉はたとえ冗談だったとしても、訂正しなければならないものである。


 一応、神罰を乗り越えた者も存在するのだが、「神より強かった」という例外中の例外である。


 アイリスとしても、いずれその域に到達するつもりだが、今は抗う術すらない。



 そして、こういった大喜利にも似た主張合戦は、可及的速やかに終わらせなければ際限なくエスカレートしていくものだ。


 その実例のひとつが、彼女たちのホームタウンである湯の川である。

 そこでは既に、「ご飯があるのも、大地や海や空があるのも、何から何までユノ様のおかげ」なのだ。


 本来なら禁忌指定されてもおかしくないレベルの神の冒涜だが、そのユノ様は実際に大地や海や空どころか世界を丸々創造できる存在である。

 そして、名実ともに神として認められたため問題無しと判断された(※実際には問題がありすぎるが、対処方法が存在しないため、問題そのものを無かったことにされた)だけで、いち住人であるアイリスまでには適用されないのは明白である。


 ゆえに、彼らの暴走を食い止めることが、彼女にとっての最優先事項となった。



「いやあ、嬢ちゃん――いや、女神様は謙虚だな!」


「おうよ! ほかの神様も見習うべきだよな!」


「俺、この戦いが終わったら新しい宗教団体立ち上げるんだ」


 しかし、雰囲気に流されやすく調子にも乗りやすい悪魔族たちには、落ち込んでいたアイリスを励まそうとする意図もあって、その想いは届かない。



<アイリス、いくらあの娘と仲が良い貴女でも、許容されないことはあるのよ?>


 そして、彼女の祭神からの警告も追い打ちを掛ける。



 アイリスに悩んでいる余裕は無くなった。



「すみません、泣き言を言っている場合ではなかったですね。これ以上の犠牲者を出さないためにも、一刻も早くテロリストを殲滅(せんめつ)してしまいましょう。それと、神様に(へそ)を曲げられて回復魔法の効果や《蘇生》の成功率が下がると困るので、冗談でも神様扱いしないでくださいね」


「「「あっはい」」」


 アイリスとしては、リスクを負ってまでテロリストを殲滅するつもりはなく、彼らが大人しく撤退してくれるなら、それが最善だった。


 しかし、テロリストに論理的な思考に基づく行動が期待できない以上、被害を拡大させないためには、速やかにテロリストを殲滅する以外にない。



 アイリスの心情的には、負傷者の救護を優先したいところだった。

 しかし、そうするとかえって被害が大きくなる――現状、人質が爆破された範囲は限定的なもので、被害に遭っていない人質もまだ大勢いるが、いつまで無事でいられるかは保証できない。


 先に人質を救出するのもひとつの案だが、彼女も全ての人質が囚われている位置や規模を把握していない上に、タイミングが悪ければ救出部隊にも被害が出る。

 アイリスにとっては苦渋の決断だったが、元凶を断つことを選択した。



「私たちは、これからテロリストの指揮官を襲撃します。本当はもっと態勢を整えてから行えればよかったのですが、躊躇(ちゅうちょ)していると被害者が増えてしまう状況ですので仕方がありません。その『仕方がない』のツケを皆さんに背負わせてしまうのは心苦しいのですが、これを乗り切ればひとまず終わりですので、力を貸していただけないでしょうか?」


 そういって深々と頭を下げるアイリスは、悪魔族の常識的には絶好のカモである。


「もちろんですよ! ――って、囮役ばかりであんまり役に立ってないですけど、できることは何でもしますよ! ね、ジュディス!」


「はい、お嬢様。お嬢様とアイリス殿は、私が命に代えてもお護りいたしますので、アイリス殿は存分にお暴れください」


「そんなこと気にすんな! どうせ一度死んで嬢ちゃんに貰った命だ。嬢ちゃんの役に立つなら何度でも捨ててやるぜ!」


「莫迦野郎! さっき嬢ちゃんが命は大事だって言ったばかりだろ! 俺は命を大事に頑張るぜ! 命懸けでな!」


「俺たちは今、嬢ちゃんに貰った命のおかげで生きてる。ある意味、俺たちは嬢ちゃんで動いてるといえる。それってつまり、俺たちは嬢ちゃんなんじゃないか?」


「お前、天才だな! そうか、俺が! 俺たちが! 嬢ちゃんなんだ!」


 アイリスは、別の意味でも急がなければならないのだと察した。


◇◇◇


――ユノ視点――

 アイリスの周辺が湯の川化している。


 アイリスがフレイヤさんの権能を借り受けていることと、不完全とはいえ領域を形成したことで、彼女の階梯が上がっているのが原因か。

《蘇生》をただの便利な魔法ではなく、特別なものだと、命の大切さを教えようとしたことも影響しているかもしれない。


 湯の川の人たちのように狂信者とまではいかなくても、警備員さんたちはもう立派な信者になっている。

 アイリスが望めば喜んで命を差し出すかもしれない。

 まあ、《蘇生》を受けるのが前提だと思うけれど。



 とにかく、見たいものしか見ない、信じたいものしか信じないっていうのは厄介なんだよね。


 湯の川の人たちは、私が「世界樹を司る神」だという主神公認の作り話を聞いていることも影響しているのだと思うけれど、それを本気で信じるとか、無邪気というより詐欺に騙されないか心配になる。

 そうして、私にもできないこととか不向きなことも多いといった現実を、「世界が間違っている」と解釈するようでは、もう湯の川以外では生活できないかもしれない。

 なので、アイリスがこの場をどう収めるか、参考にしたいと思う。



 さておき、私の所感では、アイリスの決断や行動に問題があったとは思わない。

 ただ、途中経過が残念なものになっただけで、神の視点でもなければ対処は難しかっただろうし、神ならぬ身のアイリスが責任を感じることではない。


 そもそも、当の神は傍観するだけで、私なんかは神の視点があってもいろいろと失敗するのだ。

 それどころか、今は罪悪感に潰されそうになりながらも、健気に前に進もうとする貴女を見て楽しんでいるよ。

 いつものことながら、なかなかに悪趣味である。




 その分というわけでもないけれど、もうひとつの問題をきっちりと片付けておこう。


 私の所感では、アイリスの魔法の効果が上がっているのも、彼女の階梯が上がっていることが原因だと思う。

 そのせいで、《蘇生》の効果が、副学長先生やマク何とかさんたちだけではなく、埋め込まれていた因子とやらにまで及んで、なぜか交じってしまったのだ。


 なぜ交じったのかは私にもよく分からないけれど、それぞれがしっかり自己を再構築できるだけの認識がなかったからだろうか。

 更にいうなら、アイリスにもそれらの認識ができていないからか。


 もっとも、アイリスの方は「今はまだ」というべきだろう。

 聡明な彼女のこと、この件で何かに気づいて、対策を考えるだろうし。




 さて、副学長先生たちの方については、擁護する点が見当たらない。


 新たな可能性を模索するにしても、ほかの生物の因子を取り込んでどうしようというのか。

 人同士、そして、人と世界の繋がりは大事なことだと思うけれど、そういうことではないと思うの。


 レベルでもスキルでも、何でも足せばいいというのはシステム的な考え方なのかもしれないけれど、それは魔法の本質的には不要なもので、領域の構築の邪魔になると思うのだけれど。

 アイリスもそれで失敗したしね。



 それ以前に、何がどうなればタコと合体しようという発想になるのか、そして実行してしまうのか。


 人間の可能性ってヤバいね。



 とにかく、こんなものを根源に還しても、根源も困ってしまうだろう。

 何しろ、ほとんどのタコは毒を持っている(※基本的に人間には無害)というし、ヒョウモンダコ(※例外)は時折ニュースにもなるような危険な生物だ。

 しかも、ヒョウモンダコの毒には解毒剤が見つかっていないらしい。


 なので、根源が汚染されないうちに、さっさと修正してしまうべきなのだけれど……。



「まずはぬめり取りからかな……」


 アイリスに言われたとおりに隠れていた副学長先生。

 素直なのはいいことだけれど、領域がなければ発見できないような狭い所に潜り込んでいたとか、完全に風景と同化しているとか、順応性が高すぎる。


 どうにか見つけて、声をかけて呼び出して、先生が望むなら元に戻れると伝えたところ、なんだか分からないけれどとても荒ぶった。

 とある専門家チームが、タコは感性のある生物だと発表したと聞いたことがある気がするし、やはりタコの因子に引っ張られているのかもしれない。



「塩揉みでもするのでしょうか?」


「一度冷凍してから解凍するとぬめりが取れるらしいよ。ついでに身も柔らかくなるとか」


 日本にいた時に、釣り好きの知り合いから聞いた話だ。

 もちろん、実践したことなどないので、真偽のほどは分からないけれど。



「さすがお姉様、よくご存じで。では早速凍らせてしまいますね! 《氷獄》!」


 言うが早いか、リディアは副学長先生を巨大な氷に閉じ込めた。

 副学長先生の了解も取らずにやったことを叱るべきか、多少は魔法の本質を理解してきたことを褒めるべきか。


 でもまあ、冷凍したというよりは、氷漬けにしているだけの状態なので、叱るべき?

 それとも、この状態を維持していれば、そのうち凍るのかな?

 そもそも、ぬめりを取るのにどこまで凍らせればいいのだろう。

 分からなくなったので保留にしよう。



「ご苦労様。それじゃ、しばらく放置しておこうか」


「いえ、お姉様のためでしたらこれくらい苦労というほどのものではありません。それでは、アイリスさんの尻拭いに行かれるのですか?」


「アイリスに過失があったわけでもないから尻拭いではないけれど、アイリスの負担や、無駄な犠牲者を減らすくらいはしておこうかなと」


 私が表立って動くのは、アイリスのためとかそういうお題目ではなく、私がそう決めたから動くのだ。


 それは、アイリスたちの決意やら覚悟やら諸々を踏み躙ることかもしれない。


 まあ、お叱りなどは後でしっかり受けよう。

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