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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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39 拠点攻略

 魔界に限らず、システムが存在するこの世界において奇襲を仕掛ける場合、相手が反応できない間に可能な限りの打撃――ダメージを与えるのが一般的である。


 一応、先の展開を有利にするためにデバフを掛けるような場合もあるが、それは大体において、弱者や圧倒的に不利な者が一か八かで行う奇策である。

 当然、そういった奇策が毎回成功するはずもなく、確実性を重視するなら、僅かでもダメージを稼いでおくところに落ち着くのだ。



 もっとも、今回のエカテリーナたちの場合においてはそう単純ではない。


 拠点を防衛している雷霆の一撃の団員にとっては、リディアやエイナールのような強者がいることは既知の事実で、先制攻撃を受けることも織り込み済みである。

 姿や気配は消しているとはいえ、そういったものを感知する手段はいくらでもあるし、隠匿系のスキルや魔法を使用中にほかのスキルや魔法を発動すると解除されてしまう。

 したがって、自力で発動できる能力でなければ、ギリギリまでじっとしていなくてはならない。


 とはいえ、無条件で攻撃を受けるわけにもいかないので、先制攻撃に対する備えはしてあるし、彼らの目の届かない所には観測手を置いたりもしている。


 エカテリーナたちが彼らに気づかれていないのは、彼女たちの認識能力が彼らのそれを上回っているからで、決して彼らの能力が低いわけではない。



 しかし、エカテリーナたちが能力的に優位にあるといっても、見通しの良い場所で警戒している相手に、それだけの距離を詰めて有効打を与えるのは簡単なことではない。


 三人の中で最も遠距離攻撃が得意なメイでも、奇襲を成立させることが前提となると、この距離では有効打を与えることは難しい。

 今は気づかれていないといっても、魔法を使おうとすれば魔力を感知されるだろうし、物理的な遠距離攻撃でも、彼らのレベルを考えると撃つか投げるかした時点で気づかれる可能性が高い。



 そういった考えなしの先制攻撃は、むしろ、彼女たちに奇襲ができるだけの能力があるとバラして、相手を警戒させるだけの行為となりかねない。

 彼女たちだけの戦いであれば、「それでも構わない! ひゃっはー!」と突撃したかもしれないが、指揮官はアイリスである。

 事の顛末(てんまつ)がユノに伝えられる可能性を考えると、無様なまねはできない。



「師匠との訓練と同じくらい真剣にやるっすよ」


「分かってますよう。油断して怪我でもしたら後が怖いし」


「拙が向こうの3人の動きを1秒――いえ、2秒封じます」


「できるっすか? まあ、どっちにしても突っ込むしかないので任せるっす」


「メイはやればできる子だと思ってたよー。愛してるよー」


「きっと――いえ、必ず。ふたりも、その間に残りのふたりを無力化してくださいね」



 アイリスの立てていた作戦では、拠点を防衛しているテロリストの無力化がスムーズに行えなかった場合、《転移》を妨害している設備などを破壊して、速やかに離脱することになっていた。


 しかし、彼女たちは飽くまでテロリストを全滅させる方向で進めるつもりだった。



 アイリスに「できない」と思われている――少なくともその場合について考えられているのが悔しいという想いもあったが、実際に相手を目にした彼女たちには「できる」という自信があった。



 テロリストがそれなりの実力者であることは間違いない。


 能力を数値化して比較すればやや有利といったところで、少し前までの彼女たちであれば、敗北はないにしても、無傷での勝利は難しかっただろう。


 テロリストたちは、一見すると隙だらけな立ち居振る舞いをしているが、内面では静かに魔力が循環していて、いつ襲撃されても対応できるように警戒している。

 それは彼らの戦場での経験の高さを物語っていたが、実戦経験より遥かに過酷な訓練を積んできた彼女たちにとって、恐れるほどのものではない。



「魔力を循環させてるのは二流の証っすねー」


「そんなんじゃ長丁場もたないよ? 分かってんのかな?」


「一流は、自分自身が魔力になるのです」


 一流未満の彼女たちだが、テロリストの状態を見抜けるのは、魔法の本質について学んでいて、その一歩を踏み出していたからである。

 その認識があるだけでも、二流とは一線を画す。


 そして、それは敵にだけ適用するものではない。

 仲間が何をするつもりなのかも、魔力の状態などから推測できる。



 最初にエカテリーナが飛び出した。

 続いてメアが、エカテリーナの陰に隠れるように飛び出して追従する。


 雷霆の一撃の団員たちも、すぐに気づいて応戦する態勢を取ろうとするが、彼女たちに気を取られた前方のひとりと後方のふたりが突然足下に空いた穴に落ちて姿を消した。

 それは、メイが仕掛けた《奈落》という土属性の初級魔法で、落とし穴を作るだけの魔法だった。



 本来、対象に直接掛けるデバフの成功率が低いのと同じように、対象の装備している物や、接している地面や空気に干渉することも難しいとされている。


 対象本人や、対象本人の認識の方が強いところに干渉するのは世界の本質に近い問題であり、魔法の本質に一歩近づいているからといって、簡単に解決できるものではない。



 メイの魔法は、テロリストたちが意識を切り替えた瞬間にぴったりと嵌った。

 さらに、それはユノにも通じた数少ない成功体験(※勘違い)のひとつとして自信を持っていた戦術であり、そういった要素が彼女の魔法をより強固なものにしていた。


 結果、ただ足元に穴が空いただけなら、跳んだり飛んだりなどで回避や脱出もできたはずが、「落ちる」という世界が出来上がってしまっているため、それに抗えなければ、何をしようが落ちるようになっていた。


 ユノやアイリスのような回復役がおらず、戦挙のような持久戦では発揮できなかった本領が、ここにきて発揮されていた。

 今のメイの《固有空間》には、お弁当――希望がいっぱい詰まっている。

 それが残っているうちは、何も怖くなかった。




 《転移》妨害装置を守っていた雷霆の一撃の団員たちにとっては、敵の襲撃に気づいて、態勢を整えようとしたところに突然感じた浮遊感。

 そして、わけも分からないまま落下する雷霆の一撃の団員たち。

 底にいくほど狭くなる、見事なまでに彼らの身体のサイズに合わせた穴は、彼らの視界と行動を制限し、落下した感覚も忘れさせるほど彼らを混乱させた。


 当然、反射的に抜け出そうと抗うものの、そこは本質ににより近い者が作った領域擬きであり、距離による魔法の威力減衰を差し引いても抜け出すのは容易ではない。


 さらに、追い打ちをかけるように、毒の雨が降る。

 これもメイの魔法によるものだが、毒系統の魔法はそれほど得意ではない彼女は、これが効くとはあまり考えていない。


 ただ、「可能であれば情報収集のために生け捕りにしたい」という、アイリスの要望に応えるための麻痺毒で、効かなくても義理は果たしておこうという彼女の保身である。


 しかし、直近に毒で酷い被害を被った彼らにとって、それは恐怖の対象であり、その種類を冷静に見極められるような余裕は無い。



 一方、突然姿を消した仲間たちに、残された雷霆の一撃の団員も動揺を隠せない。


 他者やその身体に触れているものに魔法が効きにくいのは常識であり、それが成せるということは、絶大な能力差があるという証明である。

 しかも、落とし穴に落とされた上に毒を受けている者たちの絶叫が響くような状況では、最早まともな思考ができる状態ではない。




 エカテリーナたちの目に映るテロリストたちの魔力の流れは滅茶苦茶で、欺瞞(ぎまん)工作などではなく、本当に混乱しているのは一目瞭然だった。


 彼女たちは、これならユノと訓練する時のような、繊細かつ大胆な間合いの調整をする必要は無いと判断して、一気に接近する速度を上げた。


 そして、ただ身を守るために防御姿勢を取る男の防御意識の薄い所を的確に打ち抜き、一撃で行動不能状態に追い込んだ。


 それとほぼ同時に、エカテリーナの陰から飛び出したメアが、エカテリーナに気を取られていたもうひとりの男を後方から襲撃して昏倒させた。



 残る3人のうち、ふたりは取り乱した際に麻痺毒を過剰に摂取したせいで麻痺しており、残るひとりは、どうにか穴から顔を出したところを、エカテリーナのサッカーボールキックを食らって失神した。



 一応は「強者」に分類される雷霆の一撃の団員を、一撃で昏倒させたエカテリーナとメアの攻撃も、複数の団員の動きを封じたメイの魔法も、ユノとの訓練で学んだことをしっかりと発揮できた結果である。

 そうでなければもっと乱戦になっていただろうし、彼女たちも「もう少し梃子摺ると思っていた」が、この成功体験で自信を深めた彼女たちの世界は更に強固なものになっていく。


◇◇◇


 アイリスは、「一箇所でも《転移》妨害の拠点が攻略された場合、すぐにほかの拠点かテロリスト全体に知られる仕掛けがあるだろう」と予測していて、それは当たっていた。



 《転移》妨害結界の一角が崩されたことは、すぐに作戦行動中の全団員が知るところになった。


 《転移》の妨害はまだ有効ではあるが、その効果はしっかりと落ちているし、稼働限界も短くなる。


 雷霆の一撃としては、第一目標を達成できていれば大した問題では無いのだが、現状ではリディアの行方すら分からない有様で、放置できる問題ではない。

 だからといって、すぐに人を回せるほど人員に余裕は無く、それ以外にも、制圧したはずの施設が復活したり爆発したり、本来の指揮官がいつまで経っても戻ってこないなどと、予定外のことが多すぎて指揮系統が混乱していた。



<なるほど、予想以上の結果です。では、生存者はしっかりと拘束してからリディアに引き渡してください。その後、皆さんは指示があるまでこの付近に潜伏して、異常を調べにきたテロリストを狩ってください。ただし、簡単には勝てそうにない人数だった場合や、ポーンといわれている、若しくはそれに準じた強者が混じっていた場合は無理をしないでください>


「それはいいっすけど、トーテムは壊したっすよ? ほかの場所攻めなくてもいいっすか?」


<私たちの勝利条件は、なるべく被害を出さずにテロリストを撃退することです。確かに拠点を全て落すというのもひとつの手段ですが、相手も一箇所潰された段階でほかの拠点の守りを固めるでしょうし、無理をしてまで攻めるメリットがありません。そもそも、拠点や拠点を防衛している人はそう簡単には動かせませんので、攻めるのはいつでも攻められます。そして、テロリストとしては、封鎖も兼ねているそこを調べないわけにはいかないんですが、予定外のことに動かせる人員に余裕がないと思われますので、私の予測が正しければ、そこを調査に来るのは末端の雑務を行う人たちで、しかも人数はそう多くない。貴女たちなら簡単に狩れるはずで――むしろ、上手く生け捕りにして、《洗脳》して、救難信号でも出させれば二毛作三毛作とできます。そうやって、テロリストの人員を作戦継続不可能になるまで削っても彼らの作戦は失敗となりますので、もう無理に拠点攻略に拘る必要は無いのです>


「アイリスのテロリストを獲物としか見てない感じ、ヤバいっすね!」


 エカテリーナには、アイリスの理屈は理解できなかったが、拠点攻略よりも邪悪なことを考えていることは察したので、手放しで賞賛した。



「でもさ、それならリディアっちにも手伝ってもらった方が確実じゃない? リディアっちに捕虜の尋問させるとか能力の無駄遣いだと思うんだけど?」


<リディアの使いどころは、学園からテロリストを排除した後です。彼女自身もそれを望んでいますから――という理由で納得してください。それに、そもそもテロリストの第一目標がリディアなので、前面に出してしまうと、そこに戦力を集中させてくるのは間違いないですし、乱戦になってしまうと、こちらの被害も大きくなってしまいます。まあ、彼女がテロリストに捕捉されていないというだけで充分に攪乱(かくらん)や分断という形で貢献してくれていますし、学園でのテロリスト退治の主役を私たちに譲ってくれているのだと考えましょう>


「主役――とても良い響きです。拙は全面的にアイリス殿の作戦を支持します。ですので――」

<分かっていますよ。ユノにもきちんと皆さんの活躍を伝えておきます。ですので、油断して怪我をしたりしないでくださいね? では、話もまとまったところでもう一度>


「「「ご安全に!」」」


 この後、滅茶苦茶乱獲した。

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