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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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37 コントロール

「やはりユノ殿の料理は格別ですね! 久々のこの漲る感覚、生きていて良かった!」


「バケツを振って作るのを『料理』といっていいのかは分からないけど、本当に美味しいのよね」


「すみません、料理下手で……。料理だけじゃなくて、家事は一切できなくてごめんなさい……」


 アイリスは、自身の不器用さを自覚していて、決してそれを過小評価したりはしない。


 それでも、ルナたちの前で料理をしたことなどないにもかかわらず、彼女たちが血相を変えて止めにきたことにはショックを受けた。



 実際に、アイリスの料理の腕前は、悪い意味で邪神をも黙らせるレベルではある。

 しかし、味覚に関しては正常であり、本人も自身の手料理を食べたいなどとは思ってもいないし、他者に食べさせようとも思わない。


 ゆえに、ルナたちにはこれから不当な扱いをすることの補償も兼ねて、湯の川直送の物を提供するつもりだった。

 ルナたちに悪気は無かったとはいえ、これにはさすがのアイリスもショックを受けてしまった。


◇◇◇


 アイリスの不器用さは生来のものではあるが、当初はここまで酷いものではなかった。


 しかし、不器用だからといって、「愛する妻に手料理を振舞ってあげたい」などと夢見ることまでが悪いことではない。

 それに、普通は訓練すれば上達するもので、システムはそれを底上げしてくれるのだ。



 ただ、相手は女子力の塊である。


 普通に何かやったところで満足させられるとは思えず、「だったら付加価値をつけよう」から「私にしかできないことは何だろう?」と考えるようになった。

 そうして出した結論が、「私を食べてもらうしかないですね!」と、ただでさえ下手な料理に異物を混入することだった。


 当然、ただでさえ低いクオリティが、更に低下する。

 しかし、アイリスにもプライドがあるので、生ごみ以下の物を愛する人に喰わせようとは思わない。

 だからといって、ただのクオリティ勝負では、ユノどころか、ミーティアやリリーにすら敵わない。

 それは、ユノの誕生日に作ったケーキで思い知らされた。


 当時は、誕生日ということもあって、クオリティよりも完成させることを優先する必要があった。

 そのため、不純物はあまり混ぜられなかった――思えば、異変はこの頃からあったのだろう。



 アイリスの強すぎる想いは、自身の血液などを通じて、対象を侵食するようになっていた。


 それは魔法の本質にも通じるものだったが、皮肉にも、具体的なイメージを持たない魔法が世界を歪めていた。

 また、彼女の「ユノに美味しいもの(わたし)を食べさせたい」という想いも嘘ではないが、どちらかというと、「ユノを食べたい」という想いが勝っている――捻じれが発生しているため、その方向性で満足する結果を得るのは難しい。

 さきの領域展開が成功したのは、想いと魔法の方向性が一致したからだが、不純物や邪念が多すぎたため、手痛い代償を支払うことになった。


 とはいえ、一番の要因は、「ユノの近くにいた」ことである。


 本来、世界はそう簡単に歪められるものではないし、そういった道理に合わない干渉に対しては、世界の自己保存とでもいうような修正力が働く。

 アイリスの意志がどれだけ強くても、世界を歪めるほどではないのだ。


 ただ、ユノ本人やその周辺にはそういった道理が及びにくいため、幼女が魔王級に育ったり、巫女の欲望が実体をもって暴走したりするのだ。



 アイリスの《不器用》スキルの成長も、その副産物である。


 捻じれを抱えたまま拗らせ続け、順調に成長を続けて(1→10)、ついには限界突破(EX)した。

 そして、更にその先へ、プルス・ウルトラ。

 限界突破はEX→FX→MX→RX→VX→XXと暴走を続け、今では(e^iπ(-1))である。


 前世の最終学歴が高卒見込みのアイリスや、義務教育すっ飛ばしのユノ、そして多くの異世界人には理解できなかったが、一応大卒のアルフォンスによって、「e^iπ+1=0(オイラーの等式)」なる有名な式があることを知った。

 もっとも、単純に見えてとても奥の深い公式らしく、彼も詳しくは説明できないようで、それ以上のことは分からなかったが。


 なお、不器用がマイナスになって器用になったわけではなく、ものすごく器用に不器用なことができるようになっただけだと判明して、それ以上の追及はされなかった。

 Q.E.D.


◇◇◇


 三人が食事を摂り終え(食べ尽くし)てから、三十分ほどが経過した。



 その間に、メア・メイ組とエカテリーナは無事合流していた。


 ふたりは、状況が理解できていないエカテリーナを部屋から連れ出し、アイリスの指示どおりに上層階の部屋(※居住中)に退避(※制圧して占拠)していたところ、アイリスの予想どおりにエカテリーナの部屋に不審者が侵入したのを確認した。



 彼女たちが確認した不審者の数は3人。


 その不審者たちは、エカテリーナの部屋を調べた後、ほかの部屋も回りながら、運悪く居合わせた学生を拘束して回っていた。


 彼女たち(※退避していた部屋の住人含む)は、アイリスからの新たな指示に従って、不審者たちの隙を突いてエカテリーナの部屋へと戻り、不審者たちが寮を制圧していくのをやり過ごした。



「いやー、アイリスっちすごいね。ここまでぴったり予想が当たるなんて、『先生の妻』とか言ってるのも伊達じゃなかったんだねー」


「女性同士ですし、『妻』は冗談だと思いますが、先生は戦術、アイリス殿は戦略で、お互いを補ういいコンビなのは間違いないですね」


 アイリスは至って本気だったが、そういったことに疎い彼女たちには理解できない。

 そして、ふたり以上にそういうことに疎いエカテリーナは、何の話かよく分からないながらも、師匠が褒められたことを誇らしく思っていた。



「あんたら、一体何なのよ!? 寮は戦挙区域外で、これは歴とした違反行為よ! 分かってんの!?」


「分かってないのはお前の方っす。あいつらはテロリストで、学園が襲われてる真っ最中っす」


 偉そうに語るエカテリーナだが、メアとメイに起こされるまで熟睡していた。



「惚けようとしてもムダなんだから。通報して――あれ、《念話》が通じない!? 嘘、そんな――さっきあんたらも《念話》使ってたはず!?」


 多少なりとも落ち着いて、「通報」という手段を思い出した拉致被害者だったが、ここでようやく《念話》が妨害されていることを知った。



「まー、才能も鍛え方も違うからねー。異変にもすぐに気づいたしねー。君たち一般人とは格が違うのだよ!」


「魔法の本質を理解していれば、この程度の妨害など通用しません。魔界の最高学府にいて、一体何を学んでいたのですか?」


 メアとメイは、悪魔族らしく調子に乗っていた。



「お前は私らに助けられたっす。何か言うことがあるんじゃないっすか? ん?」


「くっ……!」


 ここぞとばかりに追い詰めるエカテリーナだが、最初に襲撃を受けたのがエカテリーナの部屋だったことからも分かるように、ほかの部屋の住人たちはそのとばっちり受けた形である。



 雷霆の一撃の人員には余裕がないため、少しでも効率化しようと、「まだ準備が整っていない間に、強敵や邪魔になる者を排除しておく」という計画を立てていた。


 当然、それは隠密行動を前提としたもので、プランの変更が通達された後でも大きな動きがないのは、まだそれが有効な状況にあるからだ。



 アイリスは、少ない手掛かりから雷霆の一撃の人員が充分ではないと推測していて、彼らの作戦を読んだというよりも、自分たちがやられると困ることに対処した。



 そのおかげでエカテリーナが無力化されることは避けられ、副学長エイナール・ダンタリオン(独身)もすんでのところで襲撃を免れた。

 もっとも、後者は雷霆の一撃にとって大きな脅威であると認識されているため、追撃までの猶予が少しばかり与えられただけだ。



<さて、もうしばらくすると、拘束された学生をどこかに集めるための人員が送られてくると思いますが、その前に戦力になりそうな人を何人か解放してください。ただし、全員を解放しては駄目です。その人たちには申し訳ありませんが、大人しくしていれば危害を加えられる可能性は低いと思いますので、テロリストの行動を制限するための囮になってもらいます。むしろ、解放した人の方が危険になると思いますが、最悪逃げ回って攪乱(かくらん)していただくだけでも充分ですので、協力をお願いしてください。それから、メア、メイ、エカテリーナの3人は、数人解放したらこちらに戻ってきてください>


 そこへ、狙いすましていたかのような《念話》が届く。

 メアやメイには驚くようなことではなく、エカテリーナは気にしないが、「拉致被害者」から「協力者」に勝手にジョブチェンジされそうな少女はそうはいかなかった。


「え、どこ!? ここ見てるの!? というか、改めて考えてみたら、この状況で複数に《念話》できるってヤバくない!? え、もしかして、魔王様? いや、それより、勝手に巻き込まないでほしいんだけど!」


<私たちが巻き込まなくても、いずれテロリストたちは襲ってきますよ。念のために言っておきますと、テロリストの中にはリディアが認めるほどの強者もいるそうですので、恐らく、先行して制圧して回っているテロリストたちはそれに該当するのだと思います。メアとメイ、そしてエカテリーナに交戦を禁じたのはそれが理由で、寮の制圧がすんなり終わったのも、それだけの実力があったという証左でしょう。それで、貴女はどうします? ひとりでテロリストと戦います? それとも事が終わるまでどこかに隠れていますか? 私の指揮下に入るのなら悪いようにはしませんが、まあ、貴女の人生ですし、選ぶのは貴女です>


 アイリスの言葉は選択を迫るものに見えて、その実選択の余地が無いものだった。


 リディアですら警戒する相手がいるという状況的に、アイリスの洗脳にも近いスキル的に。



「わ、分かったわよ。協力すればいいんでしょう……っていうか、よく考えたら私《念話》使ってないのに何で聞こえてるの!? え、マジで魔王様!?」


「アイリスっちは地獄耳」


「アイリス殿に、隠し事はできません」


<ふふふ、魔王ではありませんし、そういうスキルがあるというだけですよ。ともあれ、よろしくお願いしますね>


 アイリスの言うスキルが、聴覚強化や《盗聴》といった一般的なものではないことは誰の目にも明らかだったが、それ以上の理不尽を知っている者とそうでない者の反応は見事に分かれた。


◇◇◇


 キリクからの報告では、最初に確認した詰所では警備員は全滅していて、付近にテロリストらしい存在は確認できず。


 ふたつめの詰め所では、そこに警備員の姿はなく、代わりに武装したテロリスト3人組が隠れていた。



 アイリスは、それを「テロリストたちは、巡回している警備員が戻ってくるのを待ち伏せている」と推測して、キリクには、可能であれば巡回している警備員を見つけて、戻らないように伝えるよう指示を出した。



 アイリスは、これまでに集められた情報から、雷霆の一撃が投入している人員を百五十人から百八十人に修正。


 これは、《転移》の妨害と封鎖の完了は同時に行っていたようだが、その後に目標の確保や重要拠点の制圧にかかっていることや、各小目標達成に掛かっている時間などから推測したものだ。

 人手が足りているなら、下準備の完成と同時に一気に制圧してしまうべきで、そこに時間差を作ってしまったことでリディアに逃げられたのだ。

 悪魔族の習性を考えると、「何も考えていない」とか「考えが及んでいない」可能性もあるが、全てがそうではないことを期待するしかない。



 そして、雷霆の一撃の目的を、リディアとルナの二名であるとほぼ断定した。

 こちらは、この戦力ではそれ以上の目標設定は無意味だと判断しただけだが、悪魔族的性質からくる暴走の可能性は排除できない。



 また、その時系列から、彼らの中での優先順位も推測できた。


 リディアが第一目標なのは、彼女の戦闘能力を警戒しているのか、それとも重要な何かを所持しているのかだろう。

 それは本人とのやり取りで、「《転移》の魔晶」という重要アイテムの存在が明らかになり、ほぼ確定。


 ただ、それはひとり用の道具であることや、予想される本命の作戦行動までの時間、ここが重要な局面であればライナーが参加しているはず――などの条件から、「雷霆の一撃の主力が現地に行く手段は確保されていて、リディアの持つ魔晶を奪うよりも、現地に行かせないことに比重が置かれている」と推測した。

 とはいえ、それなら《転移》の妨害だけを行って、潜伏していた方がよかったのではないか――などと腑に落ちないところもあるが、相手の作戦にケチをつけても仕方がない。


 むしろ、彼女たちにとっては相手に付け入る隙があるのはいいことで、相手の嫌がることをするためには、リディアを万全の状態で送り出さなければならない。

 若干、罠の可能性を疑うくらいに出来の悪い作戦だが、リディアを現地に送って不利になる要素は思い浮かばず、最悪は現地のアルフォンスがユノを使って解決するだろう。


 したがって、ここではユノとリディアは温存しておくべきである。




 そのふたり抜きでのこのテロへの対応も、一応は算段がついている。

 雷霆の一撃の人手不足に付け込む形で、上手くやれば被害もかなり抑えられるだろう。


 ただ、実力不明の、チェスの駒に(なぞら)えたコードネームを持った存在が、アイリスに判断を迷わせる。



 すでに、「ルーク」と「ナイト」という、闘大に投入されている最大戦力はユノによって排除されている。

 そのユノや、現場にいたリディアの評価では、「ルナたちでも対処できる」らしいが、そのふたりの戦力評価はあまり参考にならない。


 相手の力量を見誤ってやらかすことが多いユノは当然として、リディアもまた彼女たちとは格が違うのだ。


 格上の存在の「君ならできる!」ほど信用できないものはないのだ。

 少なくともアイリスにとっては。



「それ、私の不器用さを見てからも言えます?」


 この言葉の前には、ユノですら話題の転換を図る。



 とにかく、ルークが部隊の責任者としてユノに挨拶に行ったということは、悪魔族の常識的に考えて、キングやクイーンはこの場にいないと考えていい。

 ほかの駒をどれだけ投入しているのかは不明だが、彼女が知っているチェスのとおりだとすると、残る駒はルークとナイトがひとつずつ、ビショップがふたつにポーンが八つ。


 その全てを闘大に投入しているとは考えにくいが、ルークはリディアよりも魔力量が上だったと、リディア本人からユノの雄姿と共に興奮気味に伝えられている。

 それが事実であれば、慢心したキングやクイーンが、自分たちの作戦には不要と切り捨てた可能性もある。


 それ以前に、全てをノリで決めてしまうような悪魔族も多いため、ネームドの数がチェスの駒数と同じであるとは限らない。

 こればかりはいくらアイリスが考えても答えが出るものではないが、だからといって無視するにはリスクが高すぎる。


 キリクの偵察が進めばもう少し明らかになるかもしれないが、後手に回って機を逸するのも悪手で、増援が来ないという保証もない。


 むしろ、こんな雑な作戦を決行するような組織に信用できるところなどなく、どんな悪手を打ってくるかも分からない状況では、考えすぎるのも悪手である。



(まあ、無茶な作戦決行は、やむを得ない事情があったと好意的に解釈できなくもありませんが、もうちょっとやり方もあったんじゃないですかね。《転移》の妨害だけに集中するとか、目的を明確にして、目標を絞ってそこに戦力を集中させるとか――まあ、敵の目的が明確ではありませんので確かなことは言えませんが、全てを一度に上手くやろうとして、少ない戦力を更に分散させて、結局グダグダになって失敗するパターンでしょう。それでもこっちに被害が出るのが厄介なんですが……。《愛の確認》でテロリストの通信を傍受できればよかったんですが、今のところ有益な情報は無し……。プランBとかDいうのが何を指しているのかさっぱりですし――というか、偏見かもしれませんが、雰囲気で言っているだけの感じがプンプンします。それ以外の報連相が全くないからでしょうか? とにかく、やはり仕掛けてみるしかなさそうですね……)


 相手は得意の頭脳戦が通用しない難敵(おバカさん)だが、今度こそ仕掛けると決めたアイリスは、それでも知性が敗北することがあってはならないと作戦を練る。



(読めないといっても、ユノのようにどこからでも盤面を引っ繰り返せるほどのものではありませんし、ユノを攻略しようとするなら、このくらいは楽に御せるくらいでなければ話になりません。ふふふ、見ていなさい――)


「どうしたんですか、アイリスさん? 何か邪悪なこと考えてます? 何か思いつきました? ようやく私たちの出番ですか?」


「お嬢様、アイリス殿が邪悪なことを考えているのはいつものことですよ。ですが、今日のはひと味違うような気がします。期待大ですね!」


「……邪悪だなんてとんでもない。愛ですよ、愛。ですが、方針は固まりましたから――」


 基本的に強さや勝利が全てである魔界において「邪悪」は誉め言葉ではあるが、人界育ちの人族であるアイリスにとってはそうではない。

 魔界の常識は理解しているので不機嫌になったりはしないが、それでも彼女好みの表現に訂正する。



「ただいまー!」


「戻りました」


「おはよーっす。あ、ご飯用意されてる! 食べていいっすか?」


 そこに貴族用女子寮から戻ってきた3人が合流する。

 そして、彼女たちのために改めて用意された食事を見つけて顔を綻ばせる。


「おかえりなさい。ええ、貴女たちのために用意したので、遠慮せずに食べてください。……もう食べている人もいますが」


「エカテリーナはブレないね。私たちも食べよ。油断してたら全部食べられちゃいそうだし」


「ユノ殿の料理は美味しいので気持ちは分かります。ですが、お嬢様、それは私のハムです。お嬢様といえどそれはなりません」


「戦挙期間中食べられなかったから久し振りだしねー。手が止まらないよ! 今までの分取り戻さないと!」


「拙も料理スキルには自信がありましたが、先生のと比べると生ゴミ――いえ、腐乱したゴミ以下です。……先生には、戦闘ではなく、こっちを教えてほしいですね」


「美味しくて、健康にも良くて、お腹いっぱい食べられるっす。幸せってこういうことっす」


 既に食べ終えたはずのルナとジュディスもしれっと交じっていることからも分かるように、彼女たちは食事に飢えていた。


 当然、栄養補給を()っていたり怠っていたわけではないが、彼女たちの感覚では、それはもう食事ではなかった。

 食事とは生きる喜びを味わうものであって、生きるために耐えなければならない苦痛ではないのだ。

 この喜びがなければつらい訓練には耐えられなかっただろうし、訓練の苦しみから解放されても、喜びのない生活は物足りない。


 そんな彼女たちを見ながら、アイリスは「ユノの手料理ではないのは不幸中の幸いでしたが、私たちが撤退した後はどうするのでしょう?」と、人ごとのように考えていた。




「さて、食べながらで構いませんので聞いてください」


 彼女たちの食欲を計算して多めに用意していたとはいえ、一向に衰える気配を見せない彼女たちの食事ペースと鬼気迫る様子に早速不安を覚えたアイリスは、予定とは少し違う形でブリーフィングを行うことにした。



「食事が終わり次第、メア、メイ、エカテリーナの3人にはここから南東――この地点に向かってもらいます」


「うわぁ、アイリスっち、絵心(えごころ)もヤバいねー。これ、学園の俯瞰(ふかん)図のつもり? なんでこんなに線が歪むの?」


「特徴を捉えるのが苦手なのでしょうか? スケールがバラバラなのも混乱の元ですね」


「ただの絵のはずなのに、なんか威圧されてる気がするっす!」


 アイリスが理解力に乏しい彼女たちに向けて、少しでも分かりやすくなるようにとホワイトボードに描いた絵は、食事に夢中だった彼女たちが手を止めるほど衝撃的なもので、アイリス自身も途中で深く後悔する出来のものだった。



「とにかく、ここに行けば《転移》や《念話》を妨害している何かと、それを守っているテロリストがいると思います」


 アイリスは、何も無かったことにして話を進めることにした。



「はい! 質問いいでしょうか?」


「はい、ルナさん」


「なんでこんな中途半端な所に仕掛けるんでしょう? 普通なら学園全体を覆うように仕掛けるんじゃ?」


「良い質問です。可能ならそうするべきでしょうが、テロリストには物資と人手が足りないからです。ご存じのように、結界を張るための手法としては、術者や術具を中心に展開するものと、三点以上で結んだ線の内側に展開させるもののふたつに大別されますが、前者の方は基本的に狭い範囲しかカバーできませんので、学園の広い範囲をカバーしようとすると必然的に後者になります。しかし、学園全域を充分な強度の結界で覆うには、少なくとも12箇所必要になります。この短時間に、それだけ仕掛けられるだけの人員があったなら、今頃は学園の制圧は終わっていたでしょうね。言い方を変えると、人員が足りないから、《転移》の妨害と同時には学園の制圧ができなかったということです。なので、いろいろ計算すると、テロリストが仕掛けていると思われる点は、最低限の重要施設を押さえられる6箇所。ここと、ここと、ここと……」


「ポイントの数についてはそうかもしれませんが、お嬢様が言われたように、何かを仕掛けるには目立ちすぎる場所だと思うのですが」


「まあ、そうですね。恐らく、成功したのは最初はそれにほぼ全戦力を注ぎこんだからかと思いますが、誰かに気づかれて邪魔される可能性も低くなかったでしょうね。それでもやりきったのは事実で、その手際は見事だと思います。ルナさんとジュディスさんが考えているのは、それだけのリスクを冒してなぜここに――ということだと思いますが、この点を押さえると、物理的な封鎖も兼ねられるんですよね。ほら、《転移》を封じても、物理的な出入りまで封じられるわけではありませんから。まあ、いろいろと制約があったり、人員不足を補うための苦肉の策だと思いますが、一番の理由はユノ以外はどうにかなると舐めているんでしょうね」


「「「……」」」


 理屈はよく分からなくても、舐められていると聞かされて、何も思わない悪魔族はいない。



「予想では、ポイントを守っているテロリストの数は5、6人。貴女たちなら問題は無いと思いますが、このポイントだと、男子寮の屋上辺りに観測手や狙撃手が配置されていると思いますし、巡回――というか、制圧に当たっている小隊も動き回っていると思いますので、これらを上手く分断しながら攻略していくことになります。特に、テロリストの制圧小隊には『ポーン』というコードネームを持った強者が混じっている可能性がありますので、乱戦にならないよう注意が必要です」


「えー? メアたち、先生の訓練受けきたんだよ? ちょっと強いのが混じったからって関係無いよ!」


「拙も同感です。戦挙では殺しが非推奨という制限がありましたが――別に殺してしまっても構わないのでしょう?」


「小難しいことを考えながら戦うのは苦手っす。さっと行ってさっと倒せば大丈夫っすよ!」


 舐められていると聞かされたからか、彼女たちの反応は、安い挑発に乗せられたかのような単純な反発だった。



「もちろん、自信があるというなら結構ですし、いずれは戦うことになると思いますので、心構えができているのも素晴らしいことですが、油断をして手傷を負うような無様を曝したとユノに知られるとどうなるかは想像できますよね? ユノは、戦闘においては間合いを制することと、継戦能力を確保することが重要だと言っていたと思うのですが。ねえ、メア?」


「あうぅ、ごめんなさい。調子に乗ってました……。先生の言ってたことを忘れてたわけじゃないんだよ……?」


「みなさんは確かに強くなりましたが、それであの戦挙戦の状況はどういうことでしょうか? ねえ、メイ?」


「も、申し訳ありません。戦略というものを軽視していました……。ですが、拙だけが悪いわけでは……! いえ、先生にはどうか上手く執成(とりな)していただければ……」


「エカテリーナはつい先日、戦挙とは無関係な所で暴れていたそうですね。状況的に、貴女が悪いわけではないと分かっていますが、止めに入ったユノに気づかないくらいに楽しんでいたことに言い訳はありますか?」


「……ないっす。ちゃんと言うこと聞くので怒らないでほしいっす」


「よろしい。では、貴女たちは現場が確認できるポイントまで移動後、指示があるまで待機です。恐らく、現場は幻術や《隠蔽》スキルなどで偽装されていると思いますので、迂闊(うかつ)に踏み込まないよう注意してください」


 もっとも、彼女たちの弱点はアイリスもよく知るところであり、そこを突いてコントロールするくらいは造作もない。



「それでは、ルナさんとジュディスさんは私と一緒に行動を開始しましょうか」


「あっはい! え、何をするんですか? いや、言われたことはやるつもりですけど……」


「私はお嬢様と、アイリスの指示に従うだけですので、その、戦挙の件は……いえ、お嬢様への罰は全て私が受けますので……」


「ジュディス、気持ちは嬉しいけど、全ての責任は私にあります」


「サンキュー! ジュディスっち!」


「貴女の犠牲は忘れません! ありがとう! 本当にありがとう!」


「あ、貴女たちの分まで引き受けるとは言っていません!」


「戦挙のことは私には関係無いっすけど、醜い争いっすね」


 当事者ではないと油断していて、不穏な流れに巻き込まれまいと視線を合わせないよう俯いていたルナとジュディスも逃げられなかった。



「はいはい。皆さんいろいろと抱えているようですが、ここで活躍できれば挽回できるはずですし、力を合わせて頑張りましょう」


 アイリスは予想どおりの展開に満足しつつ、次の手、更にその先の手への準備に取りかかる。

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