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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
468/725

35 開幕

 まだ未明と言える時間帯。


 闘大の一般女子寮に忍び込もうとする集団がいた。


 闘大で起きている異変を察知し、戦挙陣地を放棄してしてきたルナチームである。


 正確には、忍び込もうとしたものの、いつもより警備が厳重で二の足を踏んでいて、正面から正式な手順を踏んで入るか、どうにか警備の目を潜り抜けられないかと意見が割れているところだった。




 最良の結果になるのは、誰にも悟られることなく潜入することだ。


 ただし、斥候や隠密のスキルを持つのは黒一点のキリクだけ。

 失敗した場合は、ただの変質者として逮捕される。


 それ以上に、騒ぎが起きると、ここまで隠密行動していた意味が無くなることの方が問題だった。



 正式な手順で突破できれば問題は無いのだが、そもそも、この時間に訪問することがまともではない。

 事情を話せば特例を認められる可能性もあるかもしれないが、常識で考えれば、「闘大がピンチだ」と言ったところで、女子寮に押しかける理由には繋がらない。

 むしろ、キリクがそこそこ強者のオーラを纏っていることもあって、女子の貞操のピンチである。


 さらに、学園内でのアイリス個人に対する評価が、「優秀だが不器用すぎる学生(要注意人物)」だとか「ヤバい儀式にハマっているらしい」と、ユノがいなければ緊急事態に頼るべき人物ではないことも影響してくる。


 それらを勘案して、説得できるまでにかかる時間や、その「事情」の内容で騒ぎになったりすると、やはりここまでの隠密行動が台無しになる。




「やっぱり《念話》が封じられてるのが痛いな。俺のスキルじゃ、バレずに部屋まで行けるかどうかは五分五分ってとこかな……。さすが闘大、警備のレベルが高い」


 キリクが警備の目の届かない位置から、目的の部屋を見上げながら愚痴を漏らす。



「近づけばあるいは――と思ったんだけどね、考えが甘かったか。ここまでの強度の妨害となると、やっぱりテロだよね。何だか久し振りだね」


「一応、お嬢様が入学して間もない頃にもあったようですが、あっという間に鎮圧されたようです。まあ、その時期にはよくあることらしいので、警戒されていたせいもあったのでしょうが……」


「闘大でテロ起こそうなんて、よっぽど実力に自信があるか、ただの莫迦にしかできないよねー。おっ師匠様や陛下ほどじゃないけど、リディアっちやお爺ちゃんも大概バケモノだし」


「学生のレベルも総じて高いですしね。束になられると、かなりの障害になると思います。さすが最高学府といわれるだけあります。……それに、今は先生もいますしね。というか、先生ひとりで全部解決できるのでは?」


「むしろ、ユノさんならテロなんか問題だと思ってすらないかもしれないな。今回のは組織的でヤバい雰囲気が漂ってるけど、散歩中に遭遇したデネブを普通にボコっていくような人だしなあ……。まあ、今になって思うと、散歩ってのが本当なのか怪しいけど」


 彼女たちが落ち着いているのは、自分たちが強くなっていることを実感している以上に、闘大でのテロリズムが成功しないと信じているからである。

 テロリストが何を目的にしているかは分からないが、彼女たち以上の実力者もいるし、絶対に攻略できない存在も潜んでいるのだ。



「そこはどれだけ考えても分からないよ。偶然にしては出来すぎだから、私たちを助けにきたのは間違いないと思うけど、戦乙女の力とか、教えてくれないこともまだまだあるみたいだし、信用されてないのかと思うとちょっと悲しいな……」


「いえ、ユノ殿はお嬢様を――私たちを信用していないわけではなく、きっと話せない理由があるのでしょう。……まあ、ユノ殿のことですから、上手く説明できないから触れていないだけという可能性もありますが」


「あー、先生って口下手っていうか、何言ってるのか分からない時あるからねー。話が飛躍しすぎっていうか、先生自身にも何言ってるのか分からなくなって途中で止めちゃうとか、なんか可愛いくて笑えるんだけど」


「いえ、話途中で止められると、理解できなくても気になりますし、笑えません。というか、今はこんなことを話している場合ではないのでは? 先生が動いていなくて、拙たちに指示も出ていない以上、拙たちで対処せよということかと――下手を打つとどうなるか、考えたくありません」


 彼女たちがユノの話で盛り上がるのは珍しいことではない。

 彼女たちに共通する話題だということもあるが、壊滅寸前だったデネブ戦線をひとりで打破したユノの姿は、今でも強く記憶に焼きついている。

 そして、彼女たちの常識を覆す道理と、それを会得するための訓練が、未来永劫消えない何かとして強く魂に刻み込まれているからだろう。




 彼女たちはユノを嫌っているわけではなく、むしろ、憧れの存在である。


 ユノには魔法が使えないこととか、意外に苦手なものが多いことも、かえって親しみやすさを覚える要素になっている。



 ただ、彼女との訓練――終わりの見えない煉獄は、多少優秀な常人である彼女たちの精神では耐え難いものだった。


 ユノの人柄には好感を覚えているし、レベル以上に強くなったことにも感謝はしているが、あれだけはもう勘弁してほしい。

 せめて、もう少し加減をしてほしい――というのが彼女たちの本音である。



 そんな強烈な体験は、彼女たちの価値感を――その基準となるものを変えた。


 そんな彼女たちの中で、プレッシャーに弱いメイがネガティブな思考に陥るのはよくあることだ。

 そして、皆が彼女のネガティブな発言で我に返るのもいつもの流れだった。



<そろそろお話は終わりました?>


 そんな時に、彼女たちの頭の中に《念話》の声が響く。


「「「――っ!?」」」


 ルナたちは、口から心臓が飛び出しそうなほど驚き、身体がビクリと跳ねた。

 悲鳴が出なかったのは耐性スキルが仕事をしたためだが、更にいうなら、耐性スキルが仕事できる相手であったことだろう。



「あ、アイリスさん!? え、な、何で!?」


「《念話》は使えないはずでは!? どういうことですか!?」


「まさか、ずっと聞いてたとか!? え、マジ?」


「許してください! 先生にだけはどうかご内密に……!」


「いや、今から行こうかと思ってたんだよ!? あ、いや、変な意味じゃなく! って、俺は何を言ってるんだ!?」


<ええ、まあ、聞いてましたけど、告げ口なんかしませんよ。それと、皆さんもユノの訓練を受けたのですから、きちんと理解していれば、この程度の妨害なら突破できるでしょうに。まあ、かくいう私も、今はこの程度が精一杯ですが>


 慌てて言い訳を始めるルナたちを、アイリスはやんわりと(なだ)めて落ち着かせた。

 彼女のユニークスキルの効果が、《念話》でも充分に発揮されていたおかげである。


 そうして、ルナたちも物事を考えられるくらいには落ち着いた。



 もっとも、それも完全な状態とはいい難い。


 アイリスの言う、「訓練と《念話》の関連性」が理解できないことや、「この程度」というのが距離に対してのことなのか、同時に5人に対して《念話》を送ったことなのか、そもそもいつから気づかれていたのかなど、問題点が多すぎて、ひとつに集中できなくなっているだけだ。



<……ユノが言っていたでしょう? 魔法の本質とか、貴方たちを鍛える――階梯を上げる意味とか>


 そんな彼女たちの様子に、アイリスは諭すように言葉をかける。


 それはルナたちにも覚えがあることだったが、大体は訓練終了後の半死半生の状態で聞かされたものである。

 意味を理解するどころか、正確に記憶しているかも怪しいものだった。



<魔力とは、貴方たち自身の可能性です。魔法もまた、貴方たち自身のひとつの形です。この《念話》の妨害も魔法ですが、貴方たちの可能性を妨害しているわけではありません。魔法としての実体が欠けている――とでもいうのでしょうか。ですので、私たちの魔法に実体を持たせれば、この程度の妨害は突破できるのです。多分>


 アイリスの言葉は、ユノの教えを受けた者以外には理論が飛躍しすぎていて理解されないものである。

 むしろ、彼女自身も何を言っているのかよく分かっていない。

 そして、ここにいる者たちにも、理解には程遠いが、思い当たることがあるものだった。


 彼女たちは雰囲気で訓練している――わけではなく、ユノが感覚的なので自然とそうなってしまうのだ。



「そういえば、そうですよね……。なんで思いつかなかったんだろう?」


「妨害されていると使えないという固定観念があったのでしょう。くっ、不覚です」


「<あー、テステス>って、できちゃったよ。案外簡単だよ、これ」


「<ちょっと待って、メア>あ、本当だ……。妨害、弱すぎ……?」


「というか、あの訓練にこういう意味があるなら、教えてくれてもよかったのに。ユノさんも人が悪いな」


 認識が変われば、後は簡単だった。


 認識が完全ではないため、実際にはまだ制限を受けているものの、無効化されるほどではない。

 それでも、これによってユノの訓練の目的がまたひとつ明らかになり、彼女たちのユノに対する尊敬が深まった。


 なお、当のユノとしては意図していないことである。



<言わなかったのは、気づいてほしかったからだと思いますよ。現にリディアは気づいていて、皆さんが来る前に《念話》で状況と方針の確認を終えています。それより、いつまでもそんな所にいて見つかったら面倒ですし、守衛には話を通してありますので、後は部屋で話しましょう>


 若干上から目線のアイリスだが、彼女が状況を知ったのは、眠っていたところをユノに起こされ、状況を聞かされてである。

 その後、リディアとも《念話》を使ってやり取りし、《念話》が妨害されていたことを知ったのはその後である。


 もっとも、自力で領域を展開するところにまで至っていたアイリスには、この程度の妨害など障害にならないという意味では、その有無に気が回らなくても仕方のないことでもある。


◇◇◇


「それで、状況はどこまで把握していますか?」


 アイリスは、ルナたちが部屋に入ったところで単刀直入に切りだした。


 当然、キリクの勘に従って退避しただけのルナたちに把握できている情報など無いに等しい。

 しかし、悪魔族の性質的には素直に「知らない」とは言いづらく、何かないかと記憶を漁る。



「ひとまず、現時点で私が把握していることを話しましょうか」


 アイリスも、悪魔族の性質については理解してきたところである。

 彼女たちのいる部屋が標的になる可能性は低いと分かっていても、時間を無駄にしていい理由にはならないので、ルナたちの自尊心を傷付けないよう注意しながら話を進める。




 まずは、学園が過激派組織の攻撃を受けていること。

 それくらいなら知っていたと胸を張るルナたちをやんわりと(なだ)(すか)しながら、過激派組織の名称、判明している構成員の情報、推測される目的などを話していく。



「ライナーか、聞いた名前だな。確か、【黄金の御座】って新鋭の傭兵団の団長で、彼自身もSランクのハンターだったと思う」


 キリクは、彼と同年代で頭ひとつ抜けた実力を持っていたライナーのことは知っていたが、ここで特に必要になるような情報は持っていなかった。



「その黄金の御座は隠れ蓑で――情報収集や人材の発掘に都合が良かったんでしょうね。それが、どういう経緯かは分かりませんがデーモンコアを奪取して、先ほど言ったような強化した兵士を投入しているようです」


 アイリスは、いちいち話の腰を折ってくる悪魔族の性質に面倒くささを感じながらも、丁寧に対応していく。



「彼らにとって、闘大での活動は、いわばオプションです。本当の目的は、ライナーが向かう先にあって、ここでは対処できません。リディアは後者の方にも対処するつもりのようですが、ライナーはリディアと互角の戦いを演じたこともあるそうですし、今はデーモンコアを所持していると考えれば、その脅威はかなりのものでしょう。一応、こちらに来ている指揮官程度なら、私たちでも対処可能とユノは考えているようですが、それも数や配置で変わってくることです。それで、今後私たちがどうするかを決めなければならないのですが、前提として、ユノが動くことが何かのトリガーになっている可能性があるので、ギリギリまで動かせません。また、リディアもライナーの目的阻止が本命なため、こちらでの活動は体力魔力を温存する形になりますし、敵の狙いを分散させるためにも基本的に別行動してもらいます。もうひとつ、申し訳ないのですが、私は先日少々無理をしてしまいまして、本調子ではありません。まあ、後方支援くらいなら問題ありませんが――」


 アイリスは、余計な横槍を入れられないように、一気に話しきった。

 そのせいで、いろいろと雑になってしまったが、大筋では問題は無いと妥協した。


 そうして、ルナたちに選択を迫ろうとしていたその時、遠くの方で何かが爆発したような音が聞こえた。



「あ、俺が仕掛けておいたトラップが発動したっぽい」


「おお、結構大きなな爆発だったみたいだし、何人くらいやったかな?」


「さすがです、キリク殿! あの短時間でこれほどの仕掛けをしておられたとは!」


「まっ、メアはキリクっちのこと信じてたけどね! いつかは一発当てる奴だって!」


「昨今は頼りにならぬ男性も多い中、キリク殿のような方が味方であるのは幸運ですね」


「いや、そんな大袈裟な。時間もなかったし、満足いくような出来じゃなかったんだけど、実は雷霆の一撃って大したことないのかもな」


 喜ぶルナたちを尻目に、アイリスは頭を抱えてくなるのを我慢していた。



 盛大にトラップに引っ掛かり、存在が露見してしまった以上、雷霆の一撃が隠密行動を続ける理由は無くなった。


 もっとも、一向に目的が果たせなければいずれは強硬手段に訴えていただろうが、この騒ぎがなければ、もう数時間は暗闘に徹していた可能性が高い。

 それだけの時間があれば、アイリスたちにもどれほどのことができていたかを考えると、余計なことをされたとしかいいようがない。



 黄竜と戦う前のアイリスであれば、どんな難局でも乗り超えられると自負できる秘策もあったのだが、今の彼女はその秘策の後遺症によって、精神と魂に深刻なダメージを負っている。

 本来であれば、日常生活にも支障が出るレベルである。


 そんなことをおくびにも出さないのは、ユノに手を出すことの意味を知る彼女の意地であり、ユノが褒めてくれたことや怒ってくれたことに水を差したくないからである。



 残念ながら、今のアイリスの状態では、ユノを攻略どころか満足にアピールすることも敵わない。

 もどかしいながらも、今彼女にできる精一杯を地道にこなしていくしかない。


 それが、瘴気を中和――相殺する魔除け作りだった。



 強引な領域展開の影響か、限界突破していた不器用さが、まさかのマイナスになっていたことには言葉を失ったが、ユノすら困惑させる不器用さは、ある意味武器にもなり得る――と、前向きに考えられるのが彼女の強さである。



 そして、今回はルナたちのサポートが彼女のできる精一杯となる。


 しかし、ルナたちだけでは手が足りない可能性が高い――余裕をもって行動するためには、手駒を増やさなければならないが、大半は大局観を持たない者ばかりである。

 彼女自身は満足に動けない状況で、そんなお莫迦さんたちを率いて結果を出さなければならない。


 ハードルが高い割には主役は譲らなければならないと、損な役回である。


 それでも、アイリスには「やらない」という選択肢は無い。

 そして、成功率を少しでも上げるために、ルナたちのやる気を下げるようなことはできない。



「……そうですね。この騒ぎに乗じて敵戦力の規模を測りましょうか」


 こうして、あまりいいスタートとはいえないが、アイリスたちの行動も開始された。

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