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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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27 戦挙7日目

 7日目。


 戦挙戦の方は大きな変化は無し。


 具体的には、首位から陥落したことを知ったルナさんたちが攻勢に出るも、昨日一日で大きくポイントを稼いだマク何とかさんのチームとの差は埋まらず、逆に少し広がった。



 アイリスが言うには、「勝負ありましたね」とのこと。


「もっとも、実力差とは別のところでの結果ですし、そこまで悲観することではないと思いますけど。それよりも、こういった小賢しいことを考える相手を、同じ土俵で『ギャフン』と言わせたいところでしたが……。まあ、それは戦挙後に『戦挙で勝ったら公認を与えるなんてひと言も言っていませんが?』とでも言ってあげればいいでしょう。うふふ、どんな顔をするのでしょうか。楽しみです」


 怖い。




 さておき、マク何とかさん陣営は、全体的に中弛(なかだる)みの雰囲気が漂い始めた6日目の日中から勝負をかけていた。



 戦挙期間であっても、学園では一部で補講が行われているし、学生が生活している寮などもある。

 なので、戦挙活動が禁止されている区域が存在する。


 当初はそれだけのルールだったのだけれど、「そこで休憩しているうちは襲われない」と気づく人が出るのは当然の流れである。


 個人参加者にとって有利なルールだけれど、一概に禁止してしまうと、「講義にも出たいし、戦挙にも出たい」人が戦挙に参加できなくなってしまう。

 また、「急用などで戦挙区域を離れなければならなくなった」場合を失格としてしまうと、それを逆手にとった盤外戦術が行われるおそれもある。


 なので、現在のルールでは、「戦挙区域を離脱、若しくは再進入するときには、戦挙管理委員に申告して、再度の離脱や進入には8時間以上の間隔を設けること」とされている。



 そうして、このルールを利用して、チームでの参加者も交代で休んだりするようになった。


 もちろん、その間陣地の守備力は落ちるし、遊撃などの効率も落ちるけれど、リディアの言うとおり、戦場での休息は効率が悪いようで、どこかでしっかり休まないと終盤で息切れしてしまうそうだ。

 そういったことも含めてどうにかするのが戦挙戦術なのだと、有り余る体力だけで乗り切った人が言っていた。



 さて、マク何とかさんのチームはというと、彼らのチームのメンバーが休息している間、副学長先生の麾下(きか)にあるほかのチームが、彼らや彼らの陣地を守っている。

 あまりに露骨すぎて、さすがにアウトだと思うのだけれど、「マク何とかさんの陣地を攻めないから」とか、「攻められないから」アウトとはできないという理由で警告に止まっている。


 計算尽くだとすると、小賢しいというより見事である。

 この一件で、以降の戦挙では対策されるだろうし、ここで手札を切った判断力が――という意味で。



 一方で、前述と同じ人たちの間で、「メンバーが区域外で休息しているチーム」の情報が共有されている。

 そこを、ほかのチームの援護を受けたマク何とかさんたちが襲撃して、ポイントを荒稼ぎ――そういったことを効率的に行ったのだ。


 なお、こちらはギリギリアウトで、いくらかの減点や、翌日の防衛以外の活動禁止処分が下されたけれど、恐らくはそれも想定の範囲内だったのだろう。

 ポイントで差をつけ、休養も取れることになった。




 対して、7日目に無理をして、充分な休息も取れていないルナさんチームはかなり後手に回った。


 もちろん、戦力的にはまだルナさんチームが優勢。


 それでも、協力者が多いマク何とかさんチームは、多少ならグループ内でのポイントの献上も可能だし、新たにポイントをお金で売るチームが出てきたりもする。

 むしろ、戦挙の成績よりも、損害賠償が確定したチームが売り込みに行ったりもしているらしい。


 これも、あまりにも学園側の取り立てが厳しいという事実が招いた悲劇なのかもしれない。


 なので、彼女たちが真っ当にポイントを稼いでいるだけでは、差が埋まらない可能性が高い。



 一応、直接対決に持ち込んで勝利すれば一気に引っ繰り返せるけれど、その隙にほかのチームに陣地を落とされでもするとアウトである。


 不確定要素はまだあるけれど、その不確定要素のひとつであるエカテリーナは、成績に頓着(とんちゃく)していない上に、マク何とかさんに興味が無いようなので当てにはならないだろう。



 状況的には、アイリスが言うとおり、詰んでいるといっても過言ではない。


 完全にマク何とかさん――その背後にいる副学長先生の作戦勝ちだ。



 まあ、今回は負けても得られるものは多いだろうし、主席の座も魔界が存続していれば来年以降にもチャンスはある。


 打ち上げは反省会ということにして、サンタクロースが黒くなるだけだ。

 なるほど、サンタ黒ースである。




 なお、選挙管理の仕事の方は、なんだか分からないけれど、エカテリーナと戦っていた暴徒6人を制圧した。


 ただの暴徒にしては戦闘能力が高かったようだし、状況的にはエカテリーナが襲われていたと表現するべきかもしれないけれど、助けが必要なほどピンチでもなく、当のエカテリーナ自身も楽しんでいたので緊急性は無かった。



 もちろん、これが戦挙活動の一環であれば気にする必要は無かったのだけれど、戦挙区域外で、明らかにエカテリーナひとりが狙われているとなると、介入せざるを得なかったのだ。



 もちろん、必要以上に目立ってはいけないので、こっそり死角から近づいて、急所――というか、精神に一撃。

 上手くやれば呻き声ひとつ上げさせずに昏倒させられるけれど、加減を誤ると廃人になるおそれもある。

 力加減は私の最も苦手とするもののひとつだけれど、苦手だからと避けてばかりではいつまで経っても上達は望めない。

 私ならできると信じて、死角から死角へと移りながらひとりずつ確実に制圧していった。


 もっとも、信じたところで精神の強さは人それぞれなので、安全の保証はできないけれど、隠密だとか隠形とかいうものは得意なので、最後まで気づかれることなく制圧は無事に完了した。


 むしろ、エカテリーナにすら気づかれていなくて、隠形を解いた瞬間に攻撃されそうになったので、私もうっかり反撃してしまった。


 訓練の成果か、暴徒に合わせた力加減だったからか、防御は間に合ったようだけれど、それでも結構なダメージを負ったらしく涙目になっていた。

 一応、逃げる体力と気力は残っていたようだけれど、あの様子では明日以降のパフォーマンスに影響が出るかもしれない。


 ごめんよ、エカテリーナ。



 さておき、暴徒の素性は彼らが目覚めてから訊くとして、エカテリーナを襲っていたということは、副学長先生がイレギュラーを嫌って企んだこと――という可能性もある。


 さすがにここまで露骨なことをするとは考えにくいものの、これまでにも充分に露骨なことをやっているし、現状ではほかに容疑者がいない。


 もっとも、犯人捜しは私の仕事ではないので、エカテリーナの周辺に気を配るくらいでいいだろう。




 その後、戦挙のどさくさに紛れて、学園の備品を盗もうとしていたと思われる盗人3人組を捕縛した。


 さらに、なぜか徒党を組んで女子寮に忍び込もうとしていた変態3人を捕獲。


 変態の方はエカテリーナを狙っていた可能性もあるけれど、その可能性に気づいたのは昏倒させた後だったので確認のしようが無い。


 しかし、さほど真面目に巡回していたわけではないのにこの件数とは、明日からはもう少し真面目に巡回した方がいいかもしれない。




 この容疑者については、当初は学園に引き渡そうかと思ったのだけれど、学長先生が魔王城に出向いていて不在だったので、ひとまず袋詰めにして実験室の倉庫に放り込んでおいた。


 なお、袋とはいっても私の領域で編んだものなので、脱出はまず不可能である。



 リディアに引き渡そうかとも思ったのだけれど、学生ならともかく、外部の犯罪者に関してまでリディアに権限があるかは不明である。

 それに、権限が無くても、私が頼めば無理をしてでも抱え込んでしまいそうだし。



 まあ、学長先生がいつ帰ってくるかは分からないけれど、悪魔族なら2、3日飲まず食わずでも死なないだろうし、事件を解決しなくても、残り期間を乗り切ればそれでもいいのだ


 何なら、彼らは黒いサンタクロースに(さら)われたことにして、闇に葬ってしまってもいいかもしれない。


 うん、明日からはそれでいくか。


◇◇◇


――第三者視点――

 ルナチームのメンバーは焦っていた。



 実力的な優位に加えて、大魔王ルイスと闘大学長ルシオからの支援による状況的優位があった。


 功を焦ったユノ親衛隊の撃退でスタートダッシュにも成功して、序盤戦は文句のつけようのない出来だった。


 後は、無難に中盤を乗りきって、終盤戦にスパートを掛ければ逃げきれる。


 注意すべきはエカテリーナの奇襲のみ。

 徒党を組んでいる親衛隊も、直接対決で負けなければよかったはずで、実力的に負けることは考えられなかった。



 だからといって慢心していたわけではない。


 ただ、現状のポイント差やこの先の予想獲得ポイントから、直接勝負で負けなければいいということに意識が向きすぎていた。

 そうして、休息よりも守りを固めることを選択した。



 相手の立場になって考えてみると、逆転を目指すなら、終盤前に休息を取るであろうこの時期に攻めるしかないのだ。


 実際に、6日目には何度も襲撃があった。


 とはいえ、メンバーが揃っていたこともあって全て無事に撃退し、若干のポイントも獲得した。



 しかし、ルナたちが防衛に専念していた裏では、マクシミリアン・セーレが率いるチームが、失格にならないギリギリを攻めてポイントを荒稼ぎしていた。

 当然、この件でマクシミリアンチームはペナルティを受け、翌日の活動には大きな制限が設けられたが、それを加味しても充分なポイントを稼いでいた。


 何より、ポイントで逆転されたことで、ルナチームの戦略は完全に破綻してしまった。




「今にして思えば、初日の親衛隊の特攻も相手のシナリオどおりだったのかもしれません。こちらにポイントを稼がせて油断させる――なら、昨日の襲撃もそうだったのか? 私たちを陣地に釘付けにしておいて、情報の遮断をしていたのか……。申し訳ありません、お嬢様。ここまできておきながら……」


 普段は頭脳労働などしないジュディスが、原因を分析して反省していた。


 彼女たちにとって、この状況は、それくらいにまずいものだった。



「……ジュディスの責任じゃないわ。罠とも知らずに浮かれていた私が悪いのよ。でも、そこまで計算尽くってことは、大きく動いた時点で勝ち筋に乗せてきたってことなんでしょうね……。チーム全員が機動力を捨てて、近接カウンター特化なんて妙な編成してる時点で怪しいと思わなきゃいけなかった。でも、気づいたとして、どうしたらよかったのかな……」


 調子が良かった時には気にならなかったことでも、後になって振り返れば「なるほど」と思うことは、彼女たちでなくてもあることだろう。



「いや、君が悪いわけじゃない。むしろ、謝るのは俺の方だ。……このキッチリ型に嵌めるやり方は、ハンターのやり方だ。ハンターの俺がこうも見事に引っ掛かるなんて、恥ずかしくて殺したくなるけど、今回の相手は性格悪そうだし、仕掛けは十重二十重(とえはたえ)に巡らせてるだろうから、結局こうなった気がするよ。でも、まだ奴らを直接対決で倒せれば逆転の目はある――ただ、耐久力の高いカウンター型ってのが厄介、と。向こうから攻めてくることはないだろうし、こっちから攻めても、瞬殺できなきゃこっちの陣地がピンチになる。さすがにあのタフそうなのを瞬殺は難しそうだな……」


 獲物を確実に仕留めるために、可能な限り冒険をしないのが、ハンターや冒険者の理想である。


 キリクもハンターとして何度も実践しているが、仕掛けられる側になって初めてその厄介さを実感していた。



「ハンターのやり方って聞くと、デネブの時の戦い方思い出しちゃうな。ひとつ間違ったら終わりって危険はあったけど、あのデネブが確実に弱ってくのにはちょっと感動しちゃった。まあ、最後は先生が何もかもぶち壊したけど」


「この状況を覆すには、先生のようなイレギュラーが必要なのでしょう。とはいえ、そのイレギュラーのエカテリーナ殿はこちらを目の敵――いえ、遊び相手だと思っているようで役に立ちませんが。というか、拙はそれよりも、イレギュラーの化身である先生がこの状況を見てどう思うか……。それを考えると震えが止まりません」


 彼女たちが悩んでいたのは正にそれである。




 戦挙前、ユノは彼女たちに、「勝敗には拘らずに、悔いの残らないようやればいいと思いますよ」と言って励ましていた。


 ただ、その後に彼女たちの緊張を解そうと、「まあ、この程度のことなら楽しめる余裕がある程度には鍛えたつもりですし、後悔なんてするはずがないのですけれど」と、逆にプレッシャーもかけていた。



 現状、彼女たちには後悔しかない。


 たとえ相手の策が優れていたのだとしても、今の彼女たちにとってそれは何の慰めにもならない。

 打開策が無い以上、戦挙終了まで惰性で過ごすか、破れかぶれの特攻しかないが、どちらにしても対策されていると考えるとモチベーションも下がる。



 ユノは基本的には優しいので、もしかすると、「残念だったね」と労ってもらえる可能性もある。


 しかし、どこかずれているところのある彼女の優しさが、「次は打破できるように」と更なる地獄の訓練を招く可能性もある。

 ユノのように常人の理解の及ばない存在には簡単なことでも、彼女たちにとっては奇跡に等しいことで、そこに至るための訓練は、肉体的にも精神的にもそれ以外の何か的にも非常に負担が掛かる。



 負けるのは悔しいが仕方がない。

 しかし、最後まで善戦するとか、何らかの希望が見えるような負け方でないと、善意の拷問が始まるかもしれない。

 往々にして、地獄への道は善意で舗装されているのだ。



 確かに、訓練という(てい)の拷問でも強くなれるのだが、強さにも種類がある。

 この世界の常識では、レベルアップや新しい魔法やスキルを覚えることがその最たるものだが、彼女の訓練は、徹頭徹尾、自分自身の運用法を突き詰めるだけである。



 レベルアップでパラメータが上昇しても、新しいスキルや魔法を覚えても、それらを使いこなせなければ宝の持ち腐れ――という理屈は分かる。

 ただ、レベルが上がるたびに、魔法やスキルを覚えるたびに、自分自身の再構築を強いられる――終わりの見えない無間地獄が待っているのだ。


 そこで手を抜こうものなら、肉体と精神を限界まで削られた後で強制的に回復させられて、最初から無間地獄をやり直させられる。



 魂が認識できない彼女たちには自覚は無いが、彼女たちは地獄を乗り越えるたびに、精神や魂も強くなっている。

 ただ、それはそれとして恐怖なども刻み込まれているので、訓練関連のことは無意識に忌避するようになっているのだ。




「このままじゃ駄目……。でも、自棄になったら向こうの思うつぼ……。いつかは勝負に出なきゃいけないけど、それまでに勝率を上げる工夫をしないと……。うー、陣地の守りは最低限にして、できるだけ副学長陣営の戦力を削るしかないかな……」


「決戦の時までにどれだけ削れるかが勝負ってわけだね。けどさ、あっちは一昨日の中途参加で結構戦力の補充してるよね。向こうの狙いは多分時間切れだから、こっちが攻めても逃げるだけだろうし、それも難しいんじゃない?」


 ルナの考えは間違ってはいない。


 ただし、それは都合のいい想像であって、メアの言うように、中途参加を利用して戦力や物資を補充してくるような汚い大人に通用するようなものではない。



「それでも、お嬢様が諦めていないのに私たちが諦めるわけにはいきません。それに、敵ではなく陣地を狙えば逃げようがないのでは? 巻き返しを図るには少数で攻略しないといけないでしょうが、私たちならできるはずです」


「うーん、それこそ罠っぽいけどなあ。メアさんが言ったように、あっちは基本的に時間稼ぎでいいんだ。こっちが自棄になって自滅するのは相手の思う壺だろうね。一対一の勝負なら負けないというか、過剰戦力だけど、乗り込むなら一対五――いや、もっと相手にすることになるんじゃないかな。それでどうやって勝つかを考えないと。それに、エカテリーナさんにも警戒しないとな」


 そこまで追い詰められると、ジュディスの言う精神論も真面目に検討しなければならなくなるが、キリクの言うように、焦って自滅することこそが最悪の結果である。



「それでも、罠と分かっていても、一対十でも一対百でもやるしかありません。このままだと。先生の訓練待ったなしです。拙は嫌ですよ? いえ、先生がもう少し――もっともっと加減して、料理魔法の時くらい優しく教えてくれるならいいんですが。あの地獄に戻るくらいなら、拙は喜んで罠に掛かりに行きます。十人でも百人でも、先生を相手にするよりはマシです。それに、もし負けても、アイリス殿の回復が無いから終わりがあるんです」


「「「……」」」


 若干キレ気味のメイの決意表明に、ルナたちは若干の思考を経て意思統一に至った。

 確かに、「あの訓練はもう嫌だ」と。



「でも、できれば勝って終わろう。ユノさんの訓練に耐えきった私たちには、この程度は逆境じゃない」


「そうですね。ユノ殿との訓練には絶望しかありませんが、ここにはまだ小さくても希望があります」


「メアももう相手を舐めたり調子に乗ったりしない。最初から最後まで本気出すよ」


「拙はあの地獄に戻らなくていいなら死んでもいいです。拙はこれより一匹の修羅になります」


「まあ、敵が百人いたって、百人同時に攻撃してくるわけじゃないし、分かってても対処できないユノさんよりはやりようがあるかな」


 どれだけ強がってみたところで状況が好転することはなく、この状況から勝つための道筋は、暗闇の中で細い糸の上を渡るようなものである。

 そんな僅かな希望でも、彼女たちにはあるだけマシだった。


 ユノの訓練にも、「強くなれる」という希望はあるのだが、「受けてから言え」というのが彼女たちの総意だった。


 とはいえ、名だたる魔王や古竜でも震え上がり、狂信者でも()()になるには時間のかかるものである。

 それらからすると凡人である彼女たちが恐怖するのも無理はない。 


◇◇◇


 一方、マクシミリアンチームの雰囲気はとても明るかった。


「まさか、ここまで順調に進むとはな。ククク……、奴ら、今頃焦ってんだろうなあ。グレモリーの奴は魔法も使えねえクズのくせに、手ぇ出されない立場だと思って調子に乗ってやがったからな。いい気味だぜ」


 チームリーダーのマクシミリアン・セーレは、ほぼシナリオどおりの状況の推移と、最近になって劇的に美味くなった食事に上機嫌だった。



「それにしても、ダンダリオン先生の読みがここまで当たるとはなあ。もしかして、《予知》のスキルでも持ってるんですかね」


「《予知》ってそこまで便利なものじゃないらしいけど、先生の人脈の中にはもっとすごいスキル持ってる人がいるのかもね。先生の人脈はちょっと異常だし」


「俺たちを改造した大ジョーブ博士ってのも先生の人脈だしな。でも、あの博士ヤバかったな。手術失敗した奴はかなり悲惨だったぜ……」


「成功した俺らは能力上がったからいいけど、失敗した奴らの中にゃ廃人一歩手前のもいたからな……」


 マクシミリアンたちは、とある狂科学者に人体改造手術を施され、以前の彼らとは比較にならない強大な力を手にしていた。


 しかし、強大な力を得るためにはそれに見合った代償が必要である。


 そして、彼らの場合では、成功率の低さと失敗時の弱体化がそれに当たる。


 成功した者の能力は倍近くに上昇するが、失敗すれば半減する。


 当然、失敗しても努力次第でリカバリーは可能だが、それにかかる時間や労力と、元々の成功率を考えると、明確に分の悪い賭けであった。



「副学長先生が成功確率上昇のアイテム使ってくれたから、主力の俺らはセーフだったけどよ……。失敗した奴らの面倒も見るって話だし、あの先生、この戦挙に一体いくら注ぎ込んでるんだろうな」


「あのユノって女がすげえ美人だったらしいけど、そんなに良かったのかねえ。まあ、確かに身体はすごいけどよ」


「あの先生、いい歳して童貞らしいからな。免疫無さすぎんのが原因じゃねえの? 変なプライド捨てて娼館でも行けばいいのに」


「拗らせると大変だな……。でもよ、実際にあの女に狂わされてんのは先生だけじゃないからな。大魔王陛下もメロメロらしい。マジで美人なのかもしれないぜ」


「あん時、あたしらは黄金の御座の手伝いしてて見に行けなかったんだよねえ。噂によると魔眼持ってるって話だし、行けなくてよかったのかもしれないね」


「そう! あんな生意気な女より黄金の御座だぜ! あの人たち良いよな!」


 普段は滅多に他人を褒めないマクシミリアンだが、黄金の御座の話になると様子が異なった。




 マクシミリアンを含め、大空洞探索に参加していた学生や随伴のハンターたちの何割かが、黄金の御座という傭兵団に心酔していた。



 黄金の御座のメンバーたちは、スタンピードでは真っ先に先頭に立ち、個々の高い能力と見事な連携で窮地を鮮やかに切り抜けていた。

 そして、大空洞崩落の際にも、決して慌てず、仲間の生存を信じて救助活動を始めようとしていた。


 その堂々とした立ち回りが、雰囲気に流されやすい悪魔族のハートにクリティカルヒットしたのだ。



 また、ただ強いだけで尊敬される魔界においては、弱いことは罪である。


 その結果被ることになる被害は自己責任であるという考え方が主流で、仲間意識というような感覚は理解されないことが多い。

 しかし、黄金の御座の徹底したそれは、マクシミリアンたちには強さからくる余裕であるように見えた。



 さらに、貴族級大悪魔出現の際にも、黄金の御座との接点を作りたいと下心を抱いて、彼らの手伝いをしていたマクシミリアンたちに、「未来の後輩を護るのも俺たちの役目だ。君らが逃げるだけの時間はどうやってでも稼いでやるさ」などと言って逃がそうとしたのだ。


 それは、マクシミリアンにとって、強者にしか言えない――強者になって言ってみたい台詞だった。


 そうして彼らは、子供扱いされたことに憤慨するよりも、いつか黄金の御座の仲間と肩を並べて戦いたいと想うに至った。



 その上、そんな彼らをまとめる団長が、次期大魔王候補の一角であるリディアと互角の強さを持っているとなると、リディアとの折り合いが悪い彼らにとっては非常に魅力的な集団である。


 そんな黄金の御座も、現在はリディアの私兵という位置づけなのだが、「更に上に行くための足掛かり」だという団員たちの話を信じるなら大した問題ではない。




「ここで優勝すれば、副学長先生が紹介状を書いてくれるってよ。あの人の人脈には驚かされてばかりだけどよ、俺たちにとっちゃ幸運だぜ」


「あのアイリスとかユノって奴らが参加するならその援護してりゃよかったらしいけど、やっぱ勝ち取った方が箔がつくしな」


「まあ、高レベルの魔法無効化能力と聖属性魔法を使うあのふたりは、今のあたしたちとでも相性は最悪だし、助かったんだけどね」


「というか、あのユノってのがデネブを単独撃破したって噂はマジなのか? いや、魔王軍が斃したとか、ほかにも噂はいろいろあるけどよ」


「嘘に決まってるだろ。黄金の御座の人たちでも攻略は難しいって言ってたし。まあ、魔法無効化能力が役に立ったのかもしれんが、かなり盛ってると思うぞ」


 デネブの撃破については、体制派が緘口令(かんこうれい)を敷いたこともあって、体制派の関係者から詳細が語られることはなかった。



 それでも、人の口には戸が立てられないこともあり、断片的な情報はあちこちから漏れ出していた。


 中にはかなり事実に近い情報も混ざっていたが、「ユノがデネブに吊り天井固めを決めた」という情報には信憑性の欠片もない。

 そうして、事実に近いほど逆に胡散(うさん)くささが増していき、結果的に都市伝説扱いになっていった。



「まあ、デネブどうこうは俺も嘘だと思うが、あいつらと戦わなくていいってのは気が楽だな。魔法無効化能力で耐性消されて聖属性魔法撃ち込まれるとか、物量で押し潰すくらいしか対策の立てようがないしな。戦挙のルールじゃ不利すぎる。殺してもいいなら、『メスガキは本気になった男には勝てないんだよ!』って理解させてやれるんだけど」


「全く同感だ。だけどよ、グレモリーの奴らも妙に強くなってやがるし、やたら強い助っ人も連れてきてやがるしで、気は抜けねえけどな」


「あいつらも改造手術受けたのかね……。それも、あの連携の良さを考えると、脳まで……。いくら強くなりたいからって、そこまでやるのは違うだろう……」


「エカテリーナもだな。戦闘能力はリディア並になってやがるし、妙に落ち着いて戦況を観察してたりするし……。グレモリーよりもこっちに注意するべきかもな」


「手を組んでる感じじゃないのはいいんだが、展開が読めないのは問題だな。副学長先生のプランには無かった展開だし、巡回が強化された今は、相談するのも難しいからな……」


 マクシミリアンたちは、ルナたちの戦闘能力向上の理由を、彼らと同じ強化手術によるものだと推測していた。


 むしろ、ルナたちの強化具合は、一般的な感覚では事実よりもそちらの方が説得力があるレベルのものだった。

 さらに、彼女たちが極限状態で身につけた連携については、常人の理解の及ばない領域である。


 そして、以前は猪突猛進だったエカテリーナの落ち着き具合もまるで別人のようである。

 彼らの想像力では、これが訓練で得た成果なのだと考えるには無理があった。



「……それでも、ここまでの展開は副学長先生の予想どおりだ。この状況を維持すればいいだけならどうにかなる」


 何より、彼らはプライドを捨ててまで改造手術を受けたというのに、彼女たちが正攻法でそれ以上の強さを得ているとは認め難い。

 彼女たちが強いのは、彼らよりも効率的な改造を施されたからだと思いたいのだ。



 そうやって精神の安定を図っても、実際に能力的に劣っているという事実を呑み込めるほど、彼らの精神は成熟していない。


 ゆえに、状況的に有利にありながらも、精神的には見た目ほど余裕が無く――それを誤魔化すために明るく振舞っている。


 黄金の御座に対する憧れも嘘ではないが、無自覚な代償行為という側面も否めない。

 それでも、戦挙に勝って終われば少しは気が晴れると信じて、残りの期間の消化に集中しようとしていた。


◇◇◇


 雷霆の一撃の、闘大攻略グループは混乱していた。


 攻略とはいっても、ルシオやリディアのような重要人物の動向等の確認を通じて、体制派の打倒に向けて準備を進めている本隊の支援、若しくは保険となるのが彼らの主たる目的である。



 ほんの数時間前まではおおむね順調だった。


 重要人物の情報は余すところなく入手し、それを逐次本隊に報告している。



 直近では、魔王城に出向しているルイスが、コレットという少女を招聘(しょうへい)したという情報を入手しており、近く体制派が動く予兆ではないかという予測も合わせて本隊に報告している。



 本隊の方は戦闘準備こそ整っているものの、体制派は《転移》の魔晶を多数所持していると思われるため、条件を整えなければ逃げられてしまう可能性が高い。


 そして、その条件を整えるための要素が不足している。



 頼みの綱が、「同志イオの《予知》だけ」という情けない状況である。

 しかも、可能性の高い未来図を観測することができるという、破格の効果を持つ《予知》の能力も万能ではない。


 まず、術者の能力を大きく超える存在の未来は観測できないか、できたとしても確度に支障が出る。


 その点についてはデーモンコアのサポートがあれば改善するはずだが、無限ともいえる可能性の中から望む未来を観測するというのは、その力を借りてもなお不可能に近いものである。


 更に付け加えるなら、運良く未来が観測できたとしても、時間も場所も分からないようでは介入のしようがなく、《予知》では、そういった詳細を知れるかは運次第である。


 最悪の場合は、体制派が《転移》の魔晶を使った後で、その痕跡の調査となる。

 当然、それでは後手に回るのは確実である。

 それ以前に、その転移先が外界だった場合には、追跡不能となってしまう可能性が高い。



 そうなってしまう前に、どんなに些細な情報でも構わないから――と情報収集していたのが現状である。


 無論、リディアから《転移》の魔晶を奪うとか、リディア自身を確保できれば大きな成果となるが、失敗すると本隊の作戦に影響が出る。


 最悪の場合、雷霆の一撃が「もうひとりの初代大魔王」だと推測しているユノと敵対してしまうと、計画が破綻してしまう可能性すらある。




 総戦挙期間ということもあって、学園内に潜入することは難しくなかった。


 ただし、例年にない規模のためか警備が厳重で、その要でもあり攻略対象でもあるリディアには隙が無く、遠目に観測することしかできない。


 対照的に、もうひとりの要人であるユノは表に出てくることがほとんどなく、こちらは観測すら難しい。


 もっとも、下手に遭遇して敵対してしまう、若しくは悪印象を与えることがないという意味では都合が良かったが。



 そんな中で、ルシオが動き、リディアが直々にスカウトしたという天才児コレットが彼に呼ばれたという情報は大きな意味があった。


 それぞれが高い能力を持つ体制派幹部の未来は、彼らの僅かな行動の違いで大きな差となって表れる。

 一方で、コレットの能力や立場では、彼女の自由意思で未来を変えることは難しい。


 したがって、彼女の未来を観測することができれば、何らかの手掛かりが得られる可能性がある。


 同時に、彼女のような部外者が招聘されたということは、計画の実行段階に近づいたという証明でもあり、時期の特定につながる情報でもある。


 一方で、体制派の動きが活発になってきているということは、時間的な猶予が少なくなってきているということでもあるが、そこは団長のライナーや同志イオを信じるしかない。




 本隊からの吉報を待ちながら、更なる成果を求めて重要人物の周辺を探っていた彼らに届いた――いや、届かなかったのは、闘大に潜入していたメンバーたちからの定時連絡だった。


 一般的な悪魔族の性格からして、規則や規律などは軽視されがちだが、ライナーのカリスマ性で組織として成立している黄金の御座や雷霆の一撃においては、時間厳守とまではいかないものの、それらを蔑ろにすることはない。



 しかし、先日の昼を最後に、日付を跨いでも連絡が無い。


 潜入が単独行動であれば、連絡できない状況に陥っていることも考えられるが、潜入は三人一組で、複数のチームが参加している。

 その全員が連絡不能というのは、どう考えても非常事態である。



「まさか、全員が一斉に捕まった――若しくは殺られたということなのか……? 警備は厳重だと聞かされていたが……」


「注意が必要なのはリディア――と、初代様だけではなかったのか? いや、いかにリディアや初代様が強大であろうと、潜入していた同志たちもそれなりの手練れだ。その全員が、逃走や連絡することもできずに一斉にやられることなどあるのか?」


「うむ。特に同志バットは、単純な戦闘能力は一段下がるが、《暗視》と《反響定位》のスキルで、暗闇の中では暗殺者として彼に敵う者がいない、『夜の王子様(レイパー)』の異名をとるほどの男だ。さすがに初代様に暗殺が通用するとは思えんが、逃げることもできないなどありえるのだろうか?」


「だが、事実として誰ひとり帰ってこず、何の連絡も無い。捕らえられたのだとしても、情報を吐かされる前に自決してくれていると考えて、我々としては今後の対策を考えなければならん」


「対策といっても、同志たちがどうやられたのかが分からなければ立てようがないではないか!」


「やはりここは我々【ポーン】の出番なのでは? 我々なら、リディアや初代様が相手でもあっさり負けることはないが」


「いや、ポーンとなった同志たちの実力を疑うわけではないが、隠密能力まで上がっているわけではないだろう。まだ騒ぎを起こして団長たちの足を引っ張るわけにはいかない」


「同志らの出番は、当初の予定通り本隊の準備が整った後か、整わなかったときの最後の手段だ。それまでは力を温存しておいてくれ」


「……了解した。だが、それではどうするのだ? 戦挙期間も残り少ない。戦挙が終わってしまえば潜入自体が難しくなる。このまま手を(こまね)いているわけではあるまい?」


「……潜入は予備部隊を投入して引き続き行う。ひとまず、初代様やリディアへの接触、《転移》の魔晶の回収は優先度を下げ、異変の正体を探ってもらう。それでも同志たちには非常に危険な任務になるが……」


「俺たちのことは気にするな。命を捨てる覚悟なんざ、団長に拾ってもらった時に済んでる」


 ライナーの生来のカリスマ性は、初代大魔王の召喚という偉業を果たしたことで、狂信者を生むまでに至っていた。


 それが組織の運営にプラスであるかは別にして、過去と現在の英雄と肩を並べて戦う状況に酔っている彼らは、死をも恐れず神話の舞台へと飛びこんでいく。


 その場の雰囲気に流されているところも多分にあるが、悪魔族なので仕方がない。

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