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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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21 互いに素

 リディアは、敬愛する祖父の頼みを受けて、(ちまた)を騒がせているゴブリン製品の生産加工業者――恐らく、アルフォンス・B・グレイだと思われる人物の捜索に当たっていた。


 彼女が、「お姉様」と呼んで慕っているユノの許を離れるのは断腸の思いだったが、そのユノに「頑張ってね」と送り出された以上、努力を成果という形で示さなければならない。




 リディアは、身体能力ではアルフォンスより優位にあると認識しているが、戦闘経験値においては大きく差をつけられているとも認識している。


 それは、システム上の経験値とは違って数値などには表れないが、自身の能力をどれだけ有効に使えるかというような、極めて重要な要素であることを彼女は知っている。



 レベルが上がれば強くなるのは当然だが、レベルが高くても能力を使いこなせていない人より、レベルが低くても能力を上手く使える人の方が強いこともあるのだと、ユノとの交流を経て気づいたのだ。



 レベルは1でありながら、強さも可愛さも最強のお姉様は、その極致にある。


 スピードもパワーもリディア以下であるにもかかわらず、更に数的有利があっても圧倒される。

 むしろ、「上手く連携が取れないなら、数的有利は逆効果にもなるよ」とまで言われる始末である。


 そんな彼女との訓練では、レベルの上昇速度もさることながら戦闘経験値の蓄積も著しく、彼女の教えを受ける前と後では別人ともいえる成長を遂げている実感もあった。



 そんなリディアだが、アルフォンスに対して有利だとは考えていない。


 戦闘能力とはまた別だが、ゴブリンをこんな風に利用するなど、彼女には――魔界の誰にも思いつかなかった。

 発想が飛躍しすぎているというか、従来の常識が通用しないというか、この衝撃はお姉様から受けたものに通じるものだ。


 無論、アルフォンスごときが親愛なるお姉様と同列だと考えるほどではないが、彼には神剣という切り札もある。

 まだまだ未熟なリディアとしては、警戒せざるを得ない。



 実際に、彼我の技量差は、痕跡を辿るどころか見つけることすら不可能なことからも明白だった。


 待ち伏せしても避けられる。

 運良く発見できてとしても、追跡するのは至難であると考える。


 そもそも、《威圧》も含めた先制攻撃は禁止されているため、待ち伏せする利点はほぼ無い。



 目的を、アルフォンスの確保ではなく生産拠点の発見に変えたとしても、簡単に発見されるような所には造っていないはずである。

 いかにリディアやほかの調査員が優秀だったとしても、こんな条件ではどうしようもない。



 リディア以外の調査員は既に諦めの境地にあったが、彼女は諦めるわけにはいかない。

 ママのごときお姉様に胸を張って報告するために、そしていっぱい褒めてもらうために、できればクリスマスまでには済ませたい。


 家族や恋人と厳かに過ごすことが良しとされるこの日を、仕事で潰されるなどあってはならないのだ。




 リディアは精力的に動いた。


 当然、ただ動いたからといって成果に繋がるわけではないことは理解していたので、多少の賭けにはなるものの、各所に暗号化したメッセージを残すことに労力を費やした。



 アルフォンスが裏でコソコソ動いているのは、体制派を警戒しているからであるのは間違いない。


 また、姿は現さなくても活動しているのは事実で、そのために彼女たちの動きを把握しているはずである。


 そこでメッセージを残すことを思いついたものの、それで彼の存在が明るみに出て、騒ぎになるようでは元も子もない。


 そこで、暗号化を行うことにしたものの、誰にでも解けるものでは意味が無いし、彼が梃子摺るほど難しすぎてもいけない。


 仕方がないので、ひとつ解いただけでは全容が見えないものに、更にダミーを交えて、アルフォンスの立ち寄りそうな所を予測していくつも仕掛けていく。


 結局、その場の思いつきによる苦肉の策で、本命とダミーを区別する術もなく、最終的には連想ゲームになってしまうようなお粗末なものになってしまったが、何もしないよりはマシだろうとリディアは考えた。


◇◇◇


 ターゲットをリディアに定めたアルフォンスは、慎重に彼女の尾行を始めた。


 しかし、単純な動向調査の時はそれほど気にならなかったが、そういった対象として彼女を見ると、なぜか妙な胸騒ぎがする。


 隙だらけのようで――どう考えても隙だらけなのだが、迂闊(うかつ)に手を出すべきではないと本能が告げている。

 それはユノに抱く感想と似たところがあり、そういえば――と、ユノがルナやリディアたちに魔法を教えているという話を思い出した。



 そして、認識を改めてリディアを見ると、言葉では説明できない理不尽の気配を感じる。


 それは、市街地で下手に接触して騒ぎになるとまずいため、隙をみて《転移》魔法などで人気のない所に(さら)ってから話をしようかと考えていたアルフォンスに、戦略の見直しを迫るレベルであった。


 アルフォンスは「一体何を教えたらそうなるのか」と頭を抱えながらも、解決の糸口を求めてリディアの尾行と観察を継続する。



 そんなアルフォンスが、リディアのメッセージに気づくのは当然の流れである。


 そして、彼くらいの能力であれば、暗号の解読など造作もない。

 さらに、数多の女性を攻略してきた彼には、内容を不明なものにするダミーを無視して、彼女の伝えようとしていることに辿り着くも朝飯前である。



 そうして解読したものを要約すると、「過去のことは水に流して話し合いたい」とのことだが、それが体制派としての総意なのか、彼女個人の意思なのかの判断まではできない。



 アルフォンスとしては、恐らく前者だとは考えているが、もしも後者であった場合、この程度のメッセージにこの手の込みようは、リディアが非常に面倒くさい性格の女性である可能性が高くなる。


 また、そもそも罠である可能性も捨てきれないのだが、たとえそうとしても、アルフォンスにはサインを出している女性を無視することはできない。


 そういったものを見逃してしまったせいで起きた過去の不幸は、「もしかすると避けられたのでは」と、ずっと彼の心に抜けない棘として残っているのだ。


 今回のものは状況が違うものの、後悔しないと決めて二度目の人生を歩んでいる彼には大差ないことであり、機を逃すようなまねはできない。



 とはいえ、それは無策で飛び出すような莫迦になるという意味ではない。


 彼の行動の結果次第で、悲しむ人が出るかもしれないし、魔界の行く末も左右されるのだ。

 結果が重要ではないと考えるのは神の視点でのことであって、助けられるなら助けたいと考えるのは、人間としておかしなことではない。

 どちらにしても、可能性を粗雑に扱うことはユノの望むところではないと、アルフォンスも理解している。



 それに、考え無しに動き回って巡ってくるであろう因果と、ユノにも釘を刺された神剣の力が必要になる因果などを合わせて考えると、適当なことはできない。

 それが許されるのは、どんな盤面でも好きなときに引っ繰り返せるユノのような存在だけである。


◇◇◇


 リディアがアルフォンスに向けたメッセージを発してから三日が過ぎた。


 まだ結果を断じるような段階にはない。

 しかし、何の反応が無いことに、かえって警戒させてしまったか、製品を運んでいるのが本人ではなく協力者なのか、そもそも、この仕掛人がアルフォンスではないのかもしれないと不安を覚え始めていた。



 警戒させただけであればまだいい。

 少なくとも、気づきはしていて、以降も監視されると考えると挽回の機会もあるはずだ。


 しかし、製品の運搬や洗脳を行っているのが協力者だと少々厄介である。

 リディアをして痕跡がまるで見つけられないような手練れが複数いるとなると、危険度が跳ね上がる。

 運良く発見できたとしても、攻撃禁止という条件下では満足な対応が取れないのだ。


 そして、仕掛け人がアルフォンスではなかった場合は更に危険度が上がる。

 アルフォンス以上の能力者が複数存在するとなると、味方であれば心強いが、そうでない場合は戦略を根本的に見直さなければならなくなる。


 そんな人物がそうそういるはずがないとは思うものの、ユノという実例があるため楽観はできない。

 さすがにユノ以上の存在がいるとは思いたくなかったが、万一の場合には殉教する覚悟である。



 どのみち、既に(さい)は投げられている。

 後は結果が出るまで、少しでも良い結果になるように行動するだけである。




 リディアはいつものように町を巡回する。



 仕掛け人捜索としての効果は無いに等しいが、こうして巡回していると、ゴブリン製品を独占しようと企んでいる者たちと遭遇することがある。


 話題の製品は、仕入れ先が不明で、販売窓口も不定。

 また、庶民でも買えるほどに安価で、貴族も満足するほど高品質なため、需要が非常に高い。


 そのせいで、個人利用目的の有力者や転売目的の商人などが、時に非合法な手段を用いて収集しているのだ。



 もっとも、仕掛け人側もそういう事態は想定しているようで、買占めについては一グループごとの販売数の制限が設けられている。

 それを無視して、販売者や購入者を脅迫、若しくは暴力等を用いて入手しようとした場合、その商品を追跡する魔法が発動する。

 そして後日、高確率でその消息が分からなくなっている。


 こういった事実から、仕掛け人の狙いが「幅広い層への普及」にあると推測できるが、それを理解しない、理解した上でなお独占しようとする者も後を絶たない。


 そして、そういった者たちに対しては、リディアたち体制派の巡回が抑止力を有していた。



 リディアを女性だからだとか、若輩だからと侮るような莫迦はいない。


 強さと美しさを兼ね備え、次期大魔王候補の一角にも挙げられているリディアは、日本風に例えるとトップアイドルのような存在である。

 多くの人にとって憧れの存在であり、同時に畏怖の対象でもあった。


 ユノに出会うまでは一族単位で呪われていたとはいえ、それでも悪魔族としては良識的である。

 そして、コレットのように能力が高いか見込みがありそうな者については、身分に関係なく重用することもあって、貧困層を中心に強い支持を得ている。



 一方で、彼女の公正さや融通の利かなさは、富裕層や犯罪者を中心に受け入れ難いものである。

 しかし、そんな彼女を手籠めにしたいとか理解させたいという征服欲や、認められたいという承認欲求など、形は違うがこちらも広く支持を得ていた。



 教会が強い影響力を有していた時であれば、そこに限ってはリディアや体制派であっても踏み込めない領域だった。


 しかし、その教会も、ユノの目の前で奇跡を騙ったことで、権威が失墜している。


 旧態依然の教会であれば、どんな手段を用いてでも奇跡を体現者を確保して、神子なり聖女なりと祭り上げるか抹殺して無かったことにしただろう。

 それが今回に限っては、奇跡の体現者は既に体制派に確保されている。

 奪い取るにも、デネブやデスによって戦力が大幅に低下していて、それどころではないというのが現状である。

 それ以上に、これが天罰なのだと考えると、恐ろしくて手が出せない。


 いくら悪魔族でも、そのくらいの分別はある。


 さらに、デスの襲撃が想像以上に執拗だった。

 それは「もしかすると使役者がいるのでは?」などと益体もないことを考えてしまうレベルだった。


 そうして、打つ手が無くなった彼らは体制派に助けを求めるしかなく、事実上の全面降伏となった。



 そうなると、教会という後ろ盾を失った個人や集団にも、単独や連携して悪事を働く余裕はなくなる。

 同時に、体制派内の教会寄り勢力の発言力も失われた。



 結果として、以前は活動らしい活動をしていなかった泡沫勢力が台頭してきたものの、「潰しても影響が無い」という意味で被害は軽微であり、全体的には治安は良くなっている。


◇◇◇


 アルフォンスにとって、この市場の落ち着き具合は良い意味で想定外だった。


 まずは、あらゆる層に広く周知するために――と対策を講じてみたものの、現状は大きな混乱は見られない。

 体制派の巡回なども効果的だったこともあって、魔法少女隊の出動機会も想定より少なく、用意していた追加の対策もお披露目の機会を失っている。



 それらで浮いたリソースは、労働力や新製品の研究開発に充てられるため喜ぶべきことなのだが、アルフォンスとしては、「これなら窓口を分散する必要はなかったか」と悔やむところである。



 今はまだ彼が表に出ることはできないため、彼は自身の痕跡を消すために様々な策を講じている。


 彼の製品の販売窓口を、彼とは無関係の商店主を洗脳して、更に複数に分散させているのもそのひとつである。

 しかし、いろいろと配慮はしているものの、その窓口となる人には大きなリスクを背負わせてしまっている。


 この活動が悪魔族の明るい未来にも繋がることで、個人的にも充分な利益を与えているとはいえ、中には莫迦な集団に襲われた人もいる。

 大事には至らなかったとはいえ、一応は根が善良な彼にとっては悔やんでしまうものだ。


 それが結果論でしかないことは分かっているが、本命に賭けていたら大穴が来たような、何ともいえない気持ちになってしまうのも無理はない。


 それでも、状況が明らかになったところは修正すればいいと割り切って、そのための準備を進める。




 錬金術にて魔石を加工し、特定の魔法を発動できる魔石の結晶を作るスキルを《魔晶化》といい、それで作られた物を【魔晶】という。

 ただし、これは専門用語なので、錬金術に縁のない人は、「〇〇(※魔法の効果)の魔石」と、単純な魔石と区別せずに呼称することもある。

 どんなゲーム機でも「ファ〇コン」とか「ピコピコ」と言う、かーちゃんみたいなものである。



 魔晶は、武器防具などに取り付けて能力の底上げをしたり、特定の効果を付与したり、魔法発動の補助をしたりするための素材であり、自然環境下ではまず発生しないアイテムだ。



 錬金術としては、初歩でも奥義でもあるスキルを用いてアルフォンスが作ったのは、特定座標への《転移》魔法を封じた魔晶である。


 それは、緊急脱出用の魔法道具に込められているような簡易なものとは違い、安定性や正確性に配慮されていて、技術だけではなく、素材となる魔石にもかなりの水準の物を使った超高級品――魔界では国宝などに指定されてもおかしくない物に仕上がっていた。



 それでも、見知らぬ者から渡された《転移》の魔法道具など、普通なら怖くて使えたものではない。

 普通に考えれば罠である。

 それを下手にコストを削って、更に信用を失ったりするのは本末転倒である。



 アルフォンスは、体制派の要人に対して、信用を金銭や物品で買うと考えると、最低限これくらいは必要だろうと考えた。


 ほかにも手段はあったのかもしれないが、そもそもの事の重要性を考えると、失敗は当然として、無駄に時間をかけることも避けなければならない。


 アルフォンスにとっても無駄遣いという感覚はあるが、金や労力は必要な時に使ってこそ価値がある――必要経費と割り切って事を進めた。



 アルフォンスは、リディアと、彼女と同じく町を巡回している同僚たちの行動パターンを分析(※勘)して、(くだん)の魔晶が上手くリディアの手に渡りそうな商店をいくつかピックアップすると、更に様々な条件に合致したところをひとつ選ぶ。


 彼は、そこに魔晶を持ち込むと、店員に「リディア・バルバトスが現れたらこれを渡せ」と《洗脳》を施した。


 リディアが高レベルの時空魔法を使えるのは、ユノから聞いて知っている。

 であれば、リディアも魔晶に込められた《転移》魔法の精度には気づくはずである。

 そして、罠ではないことを見抜けるだけの知性も、罠であっても対処できる実力もある――と、アルフォンスは彼女を評価している。


 もっとも、当てが外れても次の策を考えるだけで、痛手というほどではないが。


◇◇◇


 アルフォンスの分析どおり、若しくはリディアの予測どおり、ふたりの思惑は一致して、リディアの手に《転移》の魔晶が渡った。


 レベルの近い者同士で、間に理解不能な要素が無ければ、それなりに歯車は噛み合うようにできているものだ。



 しかし、リディアはメッセージが正しくアルフォンスに届いていたことには喜びつつも、その回答が《転移》の魔晶であることに困惑していた。



 指定場所への誘導という意図は見て取れる。

 ただ、それが極めて高価な魔晶である意図が読み取れない。


 指定座標へ《転移》するだけなら、魔法の巻物(スクロール)でも事足りる。

 術式の秘匿性や信頼性などは比べるまでもないが、それでも充分に高価な物であり、リディアのような時空魔法に適性がある者が使えば補える部分も多い。


 複製されて、大人数で乗り込まれることを警戒したのだとしても、魔晶の価値はそれとは釣り合わない。

 むしろ、そういった場合に魔晶を使うべきだとリディアは考え、そしてそれは一般的な考え方と一致する。



 彼女が受け取った魔晶の製作に使われたであろう魔石があれば、個人や家族といった単位ではなく、都市レベルで生活の質がワンランク以上は上昇する。


 アルフォンスの手持ちにほかに適当な物が無かったこともあるが、それに使われている魔石は湯の川原産であり、賢者の石一歩手前である。

 アルフォンスもさすがにやりすぎかと思ったものの、「巧遅は拙速に如かず」と断行したのだ。



 当然、それは個人に易々と渡すような物ではなく、そういう機会があるとすれば、王侯貴族が婚約を申込む時に相手に贈る――にしても過大で、むしろ、女王を寝取ることすら可能とする代物である。


 アルフォンスにとっては必要経費であっても、リディアにとっては意図の分からない不気味な物だった。


 そうしてリディアは、「もしかすると、次期大魔王候補の一角である私に求婚しているのだろうか」などと、少し的外れな想像をしていた。

 しなし、どちらかというと、非は説明の足りないアルフォンスにある。



 魔晶はアルフォンスにとっても手痛い出費ではあるが、同等以上の物を入手する伝手はあるし、経費として認められれば実質タダみたいなものである。

 さらに、その伝手には湯の川以外にもアクマゾンなどもある。


 もっとも、後者は湯の川ほど規格外ではなく、融通も利くので、様々な場面で都合に合わせて利用できる。

 そのため、代替手段が存在する間は温存されるが。



 今回の件はひとりでは判断できないと考えたリディアは、直属の上司でもある祖父に相談することにした。



「強く美しいお前を手に入れたいと思う者はこれまでにも多くいたが、これほどの物を用意した者は初めてだな。しかし、私や陛下でも用意できそうにない物を、これほどまでに無防備に寄越すとは、よほどの莫迦か大物なのか……。大事なお前を人族にくれてやるのは口惜しいが、それでも魔界にこれ以上の物を用意できる者はおらんだろうし、お前さえよければ前向きに考えてもよいのだが……」


 リディアの祖父ルシオは、あらぬ未来を思い描いて、悔しそうに唇を噛んでいた。


 彼は、「魔界を救う」という呪縛からは解き放たれていたが、違うところがいろいろと悪化していた。



「これがただの婚姻で、我が身ひとつで彼のような強者の協力を得られるのなら安いものなのですが……。人族の欲望は、時にオークをも凌ぐといわれています。『英雄色を好む』という言葉もありますし、彼と恋仲だったリリス・グレモリーは、サキュバス族――現在も関係が続いているかは分かりませんが、続いているとなると、彼の欲望はオークキングをも凌ぐかもしれません。体力には自信のある私でも、どこまで対応できるか……」


 オークの風評被害はさておき、悪魔族における人族の認識はこのようなものである。



 基本的に、弱い生物ほど繁殖力が強いとされているが、オークや人族は種族的にはそのとおりであり、オークキングや英雄といった例外的な個体も存在する。


 強い種を後世に残すことが生物として正しい姿だとしても、オークの「雌は絶対孕ませる」習性や、人族のLGBTQどころか被造物を対象とした性的欲求など、そんなものを強者が抱えているとなると、その対象となる者からすると恐怖でしかない。



「魔界のためとなるのであれば、多少の犠牲はやむを得ん――というべきなのだろうが、可愛い孫に全てを背負わせるのは、私の望むところではない。私の立場で言うことではないが、お前がどのような判断をしても、私はお前を支持しよう。たとえそれで陛下や魔界を敵に回そうともな。だから、どうか後悔のない選択をしてほしい」


 ルシオの中では、これが婚約の申込みであることが確定していた。


 客観的なリディアの評価に加えて、呪いが解けたせいで暴走した孫莫迦が、魔晶の価値と釣り合ってしまったことによる勘違いである。



「お爺様……ありがとうございます。ですが、私の身ひとつで魔界のためとなるのでしたら是非もありません。それに、もしも彼の欲望が私に留まらずに、お姉様にまで向かうようなことがあれば――。それだけは何としてでも止めなければなりません」


 リディアもルシオの考えに引っ張られながらも、その覚悟は本物であった。



 リディアは、彼女が当初想定していた形とは違うものの、雰囲気に流されて誘いに乗る決意をした。

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