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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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20 準備期間

 突然だけれど、この世界にもクリスマスが存在する。

 大方の予想どおり、過去の勇者たちが持込んだ文化である。


 もちろん、彼らはほかにも多くの文化を持込もうとしたらしいのだけれど、定着したものは意外と少ない。




 例えば、バレンタインデーだと、この世界ではチョコレートが結構な高級品であることが最初の障害となる。


 まず、原料となるカカオを育てている農家が少ない。

 カカオの樹が、非常に限定された環境でしか育たないことと、主食には向かないこと、嗜好品として食べられるように加工するのにも手間が掛かるなどの理由らしい。

 もちろん、希少なだけあって、金銭的な稼ぎは良いらしいけれど、お金があってもそれで買える物が無ければ意味が無い。

 天候による不作や、戦争などによる情勢の変化などで流通量が縮小した時、カカオ豆とお金だけがあってもあまり役に立たないのだ。


 なので、迷宮の宝箱などから採れるものが主流となるのだけれど、ほかの迷宮産食料と同じように、大体その場で食べられるか、持ち帰られても高値で売買される。


 なお、なぜ迷宮から採れるのか、なぜ拾った物を食べようとするのかは謎である。



 ちなみに、湯の川ではカカオの樹が栽培されている。


 ただし、嗜好品としてというより、湯の川にいる元日本人のひとりが、「カカオのの樹の学名って『テオブロマ・カカオ』っていうんだ。で、『テオブロマ』はギリシャ語で『神様の食べ物』って意味なんだ。だったら育てるしかねえんじゃねえの!?」と言いだしたことが切っ掛けで、私への供物として育てられ始めた。


 ただ、豆の状態で貰っても困るのだけれど。

 私にチョコレートになるまで加工しろというのか?

 ああ、「神の食べ物」って、「神の作った食べ物」ってこと?


 ふはは!

 残念だったな。

 私は豆など無くてもチョコレートくらい創れるのだ。

 むしろ、自動販売機から出るようにしてくれるわ!


<拝啓、ユノ様。シェンメイでございます。ユノ様のお恵み、そして愛! (しか)と届きました! これは、私たちの日々の祈りが通じたということなのでしょうか!? ああ、こんなにも幸せなことがこの世界にあるなんて! やはり、信仰とはすばらしいもの! これは早く皆にも知らせなければ――はっ! この時期にこの贈り物――つまり、ユノ様はクリスマス推進派! これはもうブッシュドノエ()しかないようですね! 分かりました! では、クリスマスケーキならぬ、クリスマス敬具!>


 ……あれ?

 何か聞こえた気がするけれど、気のせいということにしておこう。



 さて、話を戻そう。


 無理をしてバレンタインデーを強行しても、それが買える富裕層や貴族になると、毒物の混入や呪い、そこまでではなくともデバフにも警戒しなければならない。


 この世界では、食事を摂ると、その出来の良し悪しによってステータスが変動するのだ。

 それを逆手にとって、善意に見せかけた嫌がらせはよくあることらしい。


 なので、見知らぬ人は当然として、特に親しくない人から貰った飲食物を口にするのはハードルが高い。

 僅かな積み重ねが生死に影響する世界では当然のことなのだろう。

 迷宮で拾った物を口にできる冒険者のことは考えてはいけない。



 そして、世の中にはアイリスのような、真心を込めると呪物ができる人もいる。

 気心が知れた人同士だからといって、安心ともいえないのだ。



 ひとつひとつ《鑑定》するにも、《鑑定》に対するカウンタースキルも存在する。

 そうでなくても、一日に大量に贈り贈られるとチェックが追いつかなくなることも充分に考えられる。

 そして、その隙を突いて――というのは、誰でも考えつくことである。


 バレンタインデーは、そういった保安上の理由で流行らなかった。




 また、エイプリルフールについては、勇者が率先して嘘を吐くと、関係各所が非常に混乱する――というか、実際にちょっとした混乱が起きたこともあるらしい。


 嘘の規模が小さかったので事なきを得たそうだけれど、権力者の分かり難い嘘や異世界由来の真偽の判定できない情報は、実務を担う人たちからすれば無視することもできず、面倒以外の何ものでもない。

 そんなものが市井にまで広がれば、反乱分子や敵対勢力による攪乱(かくらん)に使われる状況なども想定される。


 この世界に限ったことではないけれど、冗談を言うにも、TPOを考慮したり、相手との信頼関係が必要なのだと分かっていないと駄目なのだ。




 そして、この世界にも七夕は存在するのだけれど、一部地域で魔物が発生するだけのイベントである。

 この世界での星は、願いを叶えてもらう対象ではなく、降ってきて希望とか肉体を破壊する物なのだ。


 そもそも、惑星や正座の名称は一部共通しているものの、星の配置が全く違うため、それに関する逸話などは参考にならない。

 とはいえ、元の世界の星座もかなり強引な解釈だったように思うので、強引に結びつけることも不可能ではない。


 ただ、どんなにロマンチックな物語をつけたとしても、この世界では魔物(♂)と魔物(♀)が出現する以上のイベントにはならない。

 しかも、その魔物はとても危険な存在なため、人間界での出現地域は基本的に放棄か隔離されている。

 夏の大三角ならぬ、夏の大迷惑である。




 クリスマスが受け入れられたのは、家族や恋人といった親しい人と一緒に過ごし、親愛や感謝を込めてプレゼントを贈り合うといった、セキュリティ的なハードルが低くて宗教色も薄かったことが理由だと思われる。

 また、一年間良い子にしていた子供にプレゼントを贈りにくる怪人が出現するという話も、子供の教育やコミュニケーションの一環としてウケた。



 しかし、節分には「鬼は掃討」を合言葉に鬼滅隊が組織され、お盆やハロウィンにご先祖様の霊が帰ってくると聞けばアンデッド迎撃態勢がとられるような世界である。


 作り話とは分かっていても、善意でプレゼントを配るだけの存在をイメージするのは悪魔族でなくても難しいらしく、世界の各地で「三択ロース」、若しくは「神託ラース」なる怪人を捕獲して、一獲千金を狙おうとする莫迦な人が後を絶たない。


 なお、魔界ではそういった莫迦な人を揶揄(やゆ)するためか、逃げ足に自信のある人やただのお調子者が怪人に扮して町を走ったりするらしい。

 捕まえてみようかな?




 湯の川でもクリスマスの準備が始まっている。


 準備といっても、クリスマスツリー以上にキラキラしている世界樹が存在しているので、飾り付けの必要は無い。

 なので、交換用のプレゼントの手配に勤しんでいるだけのようだ。



 ただ、このプレゼントの入手というのが、需要と供給の問題から少々困難になっている。


 日本では恋人がいない人にはあまり縁のないイベントだったけれど、こちらの世界においては恋人がいなくても家族や親しい友人と――というか、こちらの方が主流である。

 そして、湯の川においては、家族や親しい友人もいなくても私がいる。


 え、ちょっと待って――と思った時には手遅れだった。



 いつの間にか、彼らのプレゼントに対するお返しに、クリスマスライブをすることが決まっていた。


 私の予定が、巫女に勝手に決められている。

 いや、いくらでも分体が出せる私には予定などあってないようなものだけれど。



 とにかく、プレゼントの入手が困難な人たちが舞台の設営などに当たっていて、その労力をプレゼント代わりに――というのが準備の内容である。

 何かがおかしいような気もするけれど、どうにも言い出せる雰囲気ではない。

 空気が読めるのも大変である。



 まあ、一年に一度のことで、楽しみにしている子供たちもたくさんいるようだし、良い子にプレゼントをあげるのは(やぶさ)かではない。


 それはそれとして、気持ちは有り難いのだけれど、大量にプレゼントを贈られても持て余してしまう。

 来年からはプレゼントは無しに――いや、神殿を通して住民のみんなに還元してもらおうか。




 ということで、魔界でもクリスマスをしてみようと思う。


 何が「ということ」なのかは自分でもよく分からないけれど、アイリスだけ除け者というのも可哀そうだし。

 それに、戦挙期間が十六日から二十五日までなので、打ち上げにとか、私たちが魔界を離れる前の挨拶代わりにするのにもちょうどいい。


 実際に魔界を離れる日はアルの成果次第か、ルナさんの仕上がり具合といったところだけれど、そう遠い未来の話ではないのは大きくは変わらないだろう。


 もちろん、事前に知らせることで、戦挙に集中できなくなっても困るので、サプライズで。

 準備――というほどすることもないけれど、良い子に贈るプレゼントくらいは用意しようか。


◇◇◇


――第三者視点――

 アルフォンスは、ゴブリン養殖や新製品開発の傍ら、成果の移譲手段について考えていた。


 譲渡する相手は体制派。


 彼の後を継いで、ゴブリン養殖を推進できるだけの影響力を持っていることが第一条件。

 さらに、小作人や研究・開発者など、それに関わる人々を保護してもらうためにはそれなりの力が、魔界のために適切に運用できるだけの公正さも必要となる。

 現状、その条件に最も近いのが、元日本人が大魔王を務める体制派だった。


 代替わりすればどうなるかは分からないが、そこまではアルフォンスが責任を負うものではない。



 しかし、過去にちょっとしたトラブルがあった身としては、魔界を救うためだからといっても気軽に接触しづらい相手である。



 アルフォンスは、今でも当時の判断が間違っていたとは考えていない。


 圧倒的能力差のある相手に主導権を委ねるなど、正気の沙汰ではない。

 躊躇(ちゅうちょ)なく斬りかかれた当時の自分を褒めてあげたいくらいだ。


 たとえ相手に攻撃の意思は無く、言葉のチョイスを間違えただけだったとしても、結論は変わらない。

 彼には護らなければならない人と、帰らなければならない場所があったのだ。

 後になっていろいろ言われても、結果論なら何とでも言える。



 しかし、それと体制派がアルフォンスに抱く印象とは別問題である。


 相手からすれば、「勘違い」で済む問題ではない。

 いくら相手もユノから裏事情を聞いていたとしても、それは新たな間違いが起こらないことを保証するものではない。

 特に、事情を知らされていないような末端の間では、彼はいまだに重罪人のままである。

 ゆえに、正攻法で乗り込むわけにはいかないし、遣いを出すにしても、相応しい立場や能力が求められる。

 当然、そんな人材がいれば、こんな苦労はしていない。



 それは一旦さておき、譲渡に当たっては、できれば理解のある上層部の人物との交渉が望ましい。


 しかし、伝手のない――ユノを頼れない現状では、運に頼るところが大きい。

 ユノを手札に使うことを許可されているが、使えるのは一度きり――でなければ、結局は彼女の力を借りてのゴリ押しになってしまう。


 それは、ユノは当然として、アルフォンスの望むところでもない。



 アルフォンスが交渉相手として希望するのは、まずはユノが元日本人であると断言する大魔王ルイス。

 直に会うのは怖くもあるが、最高責任者である彼との間で話をまとめることができれば、全てに決着がつく。


 次点で、豊富な知識で、闘大学長を務める魔界のご意見番ルシオ。

 こちらも、知識量の差で交渉が難しくなる可能性はあるが、「成果」という手札が彼の手元にあることと、ルシオの合理性を考えれば、ルイス以上に良い結果になることも考えられる。



 ただし、両者共に、他人に邪魔されず、ふたりきりで会うのは難しい立場の人物である。

 状況作りの面倒さと過去のやらかしを考えると、どうしても後ろ向きな気分になってしまう。


◇◇◇


 アルフォンスは、 悪あがきのつもりで引継ぎ用の運用マニュアルを作ってみた。

 上手くいけば顔を合わせずに済むかもしれないと期待して。



 しかし、活字化すると、内容が一層理解不能になった。


「連作障害対策として輪作を行う。基本は、『根もの』、『実もの』、『葉もの』の順でサイクルさせるが、そこに任意で『魔もの(ゴブリン)』を加える。魔ものを加えた場合、低確率で変異する。結果については別紙参照」


「悪魔合体(物理)における新種開発について。魔物に対して魔ものを植えつけることができる。注意点として、魔物が(メス)だとゴブリンしか生まれない。(オス)ならママになるので問題無い。ただし、魔ものの魔モノが良質でなければ分からせられないため、前項で栽培した特異個体の使用を推奨」


 どう見ても立派な怪文書だった。



 むしろ、不明な点があれば立ち止まれる活字では、口頭での説明のように、勢いで押しきることもできない。


 ならば映像ならどうだと作り始めたところで、内容がガチホモ異種間出産プレイという、あまりに罪深い物になると気づいた。


 こんな物を後世に残していいものかと頭を抱える。



 しかし、何をどう取り繕ったところで、現実はこれである。

 理解はできなくても、納得してもらうしかない。


 せめて、この研究がもっと常識的な内容であったなら、推測や想像力で補えたところもあっただろう。


 文書のみでの継承は非常に困難で、映像化すると何かヤベーものに汚染されているようにしか見えなくなる。

 そうなると、やはり対面での説明が不可避になるのだが、それもやり方を誤ると莫迦にしているように取られるかもしれない。


◇◇◇


 アルフォンスは悩みに悩んだ末、今後の方針を固めた。


 現状での彼のアドバンテージは、観測や実験で得た情報量と成果である。

 対して、不利な点は、戦力差と時間。


 特に、時間の無さには対処のしようがない。


 どのみち真っ当にやっていてはルイスやルシオと差しで向き合えるでも、できたとしても、技術継承のために長時間拘束できるわけでもない。

 そこで、最終的に体制派に譲渡できればいいと考え、まずは足掛かりとして、それなりに能力が高くて、体制派の信頼も厚い人物との接触を試みることにした。




 その対象として目をつけたのがリディアである。



 アルフォンスにとって、リディアは相性の良いタイプではない。


 彼女は悪魔族の中でも基礎能力が高く、悪魔族では珍しく基本に忠実で隙が少ない。

 そして何より、確たる信念を持っていて、融通が利かない。


 前者については戦闘経験値の差である程度は誤魔化せるだろうが、彼女のパラメーターの高さは油断できない。

 アルフォンスも強化魔法でパラメータの底上げはできるが、現在の彼女はユノの指導の下で実力をつけている。

 もうパラメータ差など当てにならない。



 しかし、ユノとの接触によって、リディアには大きな変化が表れている。

 盲目的ともいえる頑なさが消え――いや、ユノの方を向いて、彼女を理解するために、理解できないことと向き合うようになった。

 そこがアルフォンスの狙い目である。



 最近、リディアがゴブリン製品の出所を探るために町を巡回していることは、アルフォンスも知っていた。

 調査員自体はほかにも数人いることを確認しているものの、本気で探すつもりであれば全く人員が足りていない。

 何が何でも捕まえるつもりなら、ローラー作戦を行うだろう。


 しかし、彼女に匹敵する人材がそれくらいいるなら脅威だが、有象無象が交じるならかえって対処は容易い。



 何のつもりでこういう手段を採っているのかはユノも知らないらしく、そこは推測するしかないが、判断材料が乏しすぎる。



 ただ潜伏し続けるだけなら、体制派の目的が何であれ大した脅威にはならない。


 アルフォンスの現在の拠点は、ユノの確保していた場所のひとつ――長らく濃い瘴気に呑まれていた古城を彼女がピンポイントで浄化して、城外の瘴気はそのままの、陸の孤島のような場所にある。

 拠点への行き来は《転移》以外はほぼ不可能で、《転移》にしても、瘴気の関係で非常に高い精度や強度が要求される。

 この場所の現状を知らなければ、ここに来ようとする人などまずいない、これ以上ない隠れ家である。



 ここに籠っていれば、発見されるおそれはほぼ無い。

 しかし、それでは話が進まない。


 とはいえ、アルフォンスから接触するとなると、リディアたちの雑な巡回が何らかの罠であるかどうかの判別すらつかない。



 アルフォンスは、念のためにリディアを一日尾行をしてみたが、特段変わった動きは見られなかった。


 残念ながら、《鑑定》では気づかれるおそれがある――《鑑定》で暴けるパラメータには意味が無いが、所持品の中などにヒントがある場合もあるが、気づかれて敵対行動ととられると面倒なので、直接本人を《鑑定》することはできない。


 一応、彼女以外の調査員には《鑑定》を仕掛けてみたりもしたが、結果は空振り。


 それでも、彼女の周辺には罠となる術式などは確認できず、伏兵の姿も確認できなかったため、彼は意を決して接触を試みることにした。

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