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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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16 チェックメイト

 太陽から降り注ぐ光のような弾幕の中を、ひと筋の稲妻が奔る。


 稲妻を纏い――稲妻そのものと化しているといって過言ではない青年はライナーだ。


 彼が対峙しているのは、太陽を彷彿とさせる黄金の鎧を着た存在である。

 それが手にする弓から放たれる光の雨が、太陽を掴まんとばかりに手を伸ばす彼を阻む。



 黄金の太陽と稲妻との距離は、稲妻の能力的にはあってないようなもの。

 それでも、彼我の能力差を考えると絶望的な距離である。


 陽光には、一瞬で稲妻を焼き尽くせるほどの熱量はない。

 しかし、絶え間なく降り注ぐそれは、稲妻にとっては無限に思えるもので、それを超えて黄金の太陽に手をかけるだけの力は無い。



 それは、例えるなら無限対有限。


 本来は勝負になるようなものではないが、曲がりなりにも成立しているように見えるのは、無限の余裕が可能とする手加減と、有限の質の高さゆえである。



 とはいえ、それも長くは続かない。


 懸命に抗う稲妻を称えるように陽光は勢いと密度を増し、ついには逃げ場を失くした稲妻を覆い尽くした。


◇◇◇


 これで決着がついたと判断した黄金の太陽が武装を解除すると、そこに絶世の美女が現れた。


 女性の外見年齢は二十歳前後。

 モデルのような長身で細身の体躯(たいく)に、薄明(はくめい)光線のような荘厳な輝きを湛えた腰まで届く銀の髪を(なび)かせ、白を基調とした貴公子然とした衣装に身を包んでいる。


 性別の上では女性だが、その堂々とした姿は男性的にも見える。

 そんな彼女が、見る者を魅了する強い意志を宿した深紅の瞳を満足そうに細めて、上機嫌に呵々(かか)と笑う。



「ふはは! ライナーというたか、なかなかに良いスジをしておるではないか! うむ、余を召喚できたのもまぐれではないということか!」


 彼女の視線の先にいるのは、両手を上げて降参の意を示しているライナーだ。



「いや、完敗です。勝てるとは思ってなかったけど、まさかここまで手も足も出ないとは……。戦闘能力には自信あっただけに悔しいですね」


 口ではそう言いつつも、ライナーの表情は非常に明るい。



 それもそのはず、デーモンコアを用いたライナーの英霊召喚は、まさかの大成功――しかも、実体召喚の成功である。


 それ以上重複しての召喚は、実体は仕方がないにしても、憑依でもできなかったが、それでも「大成功」といっても過言ではない。



 また、召喚した初代大魔王の自己申告では全盛期の能力ではないらしいが、その能力は、デーモンコアを持ったライナーを鎧袖一触(がいしゅういっしょく)にできるものだった。



 それを抜きにしても、初代大魔王に人並みならぬ思い入れのあるライナーにとって、こうやって言葉を交わし、それどころか胸を借りてその力を体験できたのは望外の喜びである。


 しかも、今後は肩を並べて戦えるのだ。

 力試しで負けたことが悔しくないわけではないが、それ以上の喜びが彼を支配していた。



「ま、姫様に勝てる奴なんぞいるわけねえんだが、初見でここまで粘れる奴もそうはいねえ。胸を張っていいぜ」


 そうやってライナーを賞賛するのは、鍛え上げられた肉体と、燃え盛る炎のようなショートモヒカンの赤い髪が目を惹く偉丈夫である。


 ライナーが初代大魔王召喚後、彼女を触媒に召喚した、かつての彼女の配下である。



「その若さでそれだけやれれば充分というものでしょう。姫様の子孫というのも頷けます」


「うん、素質は充分。姫様は特別だから無理だとしても、僕らと互角くらいにはなるかもしれない。精進するといいよ」


 同様に召喚できた配下は、彼のほかにもうふたりいた。



 ひとりは魔道具らしい片眼鏡(モノクル)と、幾何学的な文様の施されたローブを身につけている、長身細身で長い緑色の髪の男。


 もうひとりは、背格好も髪の長さもふたりの中間くらいで、荒事とは無縁の爽やかさを感じさせる、鮮やかな金髪の男。


 いずれも初代大魔王の伝説には欠かすことのできない有名な英霊たちであり、ライナーは彼らの召喚の成功にも大いに喜んだ。

 むしろ、他人が見ていたなら引くレベルではしゃいでいた。


 術の危険性を考慮して団員を連れてこなかったことが、違った意味で正解であった。




「ふむ、余には子を産んだ記憶は無いのだが――まあ、二千年も後の世に優秀な子孫がいたと喜ぶべきか」


 召喚された初代大魔王がそう言うように、彼女の能力や記憶は完全ではなかった。



 英霊召喚に成功したライナーは、本当に彼女が初代大魔王なのかを確認するため――その圧倒的な存在感から間違いないとは思いつつ、単純な好奇心から彼女にいくつもの質問をした。



 召喚された英霊は、基本的には召喚者の意に添うように定められているが、完全に服従させられているわけではない。

 それを縛る術も無いではないが、召喚や使役系の術において、制約の数と重さは、成功率や召喚対象の能力の低下を招くことになる。

 そのため、術者が自身の能力以上の対象を召喚するのはそれなりのリスクが伴う。


 もっとも、英霊召喚については共通する思想等で協力関係を築きやすく、場合によってはかなり格上の英霊でも使役することが可能である。



 英霊として召喚された初代大魔王には、自身が召喚された英霊であることなど、最低限必要な情報はシステムによって付与されている。


 その必要情報には付与された制約も含まれていて、彼女もこの召喚には特筆するほどの制約が付けられていないことはすぐに理解できた。

 しかし、それにしては随分と足りていないとも感じていた。



 本来の彼女は、もっと偉大な存在であったはずだ。


 それをおぼろげに理解している彼女は、このような不完全な召喚をした術者に文句のひとつでも言ってやりたいところだったが、全盛期の彼女を召喚できる術者がそうそういるはずがないとも考えた。


 むしろ、彼女がこの世を去ってからの年月を考えれば、よく召喚できたと賞賛すべきことである。


 そうして、ひとまず召喚者の青年と会話をしてみることにした。



 その結果、少なくとも遊びで彼女を召喚したわけではないことや、ライナーが彼女と近い思想を持っていることは理解できた。

 さらに、消極的な体制派に不満を覚えるところも共感できるところである。



 彼女が全盛期の能力や容姿ではない理由は、召喚条件が整っていなかったことだと推測できる。


 一方で、体制派が召喚しているであろう、もうひとりの彼女とでもいうべき存在は――いつの間にかユノが初代大魔王の憑代だと断定されていたが、そちらは実体すら持っていないと思われる。


 そう考えると、全盛期には及ばないとはいえ、同じ触媒で実体を召喚できたことは賞賛に値するべきことだった。



 さらに、実験的に彼女自身を触媒にして、その配下の英霊たちの召喚にも成功したことから、デーモンコアの助けがあったとはいえ、術に関しては及第点以上である。

 おまけに、彼女の能力の確認に付き合わせたところ、ライナー自身の戦闘能力についても充分と判断できた。



 つまり、術者や術には不足はなく、それ以外のものが足りないのだ。

 更にいうならば、触媒がデーモンコアであるため魔力不足という線はありえず、自然と「英霊に縁のある触媒」という結論に落ち着く。




「能力は使い方次第でといったところだが、記憶がはっきりせんのが厄介だな」


 初代大魔王は、ライナーをそれなりの実力者として、彼との手合わせを通じて現在のおおよその能力を把握した。

 その上で、能力の低下以上に、記憶や知識の欠損が問題だと考えた。



「余が子を産んだ記憶が無いのはさておき、どうやって人界へ渡ったのかも思い出せぬ……。勇者と相討ちになったと言われても、勇者のこともまるで思い出せぬ。当然、どんな能力だったかなど詳細はさっぱりだ。英霊として召喚されたゆえの制限とも考えられるが、知識も含めての英霊であろう……」


 召喚に付随する情報などは入力されているくせに、肝心な情報が抜け落ちている不親切さに、史上最高といわれる大魔王も愚痴を零す。



「体制派にいる姫様が原因とかじゃねえのか? 既に存在されてるのを追加で召喚しようとして術式が干渉したとか」


「違うとは言い切れんが、そもそも体制派にもうひとり姫様がいるというのは事実なのか? やはり何かの間違いではないのか?」


「さっきの話にあった、あちらの姫様がデネブを討ったスキルは《スーリャストラ》じゃないかと思うんだけど。姫様以外にかの神技を使える人がいるとは考えにくい――いや、考えたくないですね」


 初代大魔王の抱える問題を、赤い男が考察、それに対して緑が前提条件を確認し、金色が考察を述べる。



「属性耐性の高いデネブに、太陽の力そのもの――耐性も貫く《スーリャストラ》という選択は悪くない。同じ状況であれば余でもそうするだろう。だが、いくら神技とはいえ、余しか使えぬというわけでもなかろう。余の強さは自覚しておるが、そこまで自惚れてはおらん。もっとも、本来弓術に属する《スーリャストラ》を槍で応用できるということは、ただ『使える』というだけではないようだがな」


 赤髪の男の考察についての結論は出せなかったが、少なくとも体制派にも初代大魔王かそれに匹敵する存在がいるとして話が進む。



「体制派にいる初代様の現状については確認が必要ですので、すぐに手配しますが――初代様の方で何か感じられたりしませんか?」


「ううむ、すまんが分からん。実際に会えば何か思うところがあるかもしれんが、ただ『余がもうひとりいる』と聞かされてものう」


 ライナーは、同一存在であれば何か感じることがあるのではと考えて初代大魔王にそれを尋ねてみたが、反応は芳しくない。



「あちらは憑依型ということだ。憑依していないと分からんのではないか?」


「しかし、憑依したとしても器が違うのであれば、判別は難しいかもしれません。――とにかく、調査を待つしかないようですね」


 初代大魔王がひとつの可能性を提示するも、緑髪の男が言うように、結局は現状では結論を出せない問題である。



「うん。ところで、器といえば、報告にあった憑代(よりしろ)だけど――あれはかなりヤバくないかな? 姫様を憑依させられるってだけでも充分だけど――」


 金髪の男が、もうひとりの初代大魔王とその憑代について危険性を訴える。


 能力については、神技が使える時点で疑いようがない。

 しかし、憑依という形式を採っていることに――それが英霊の意思を無視して力を引き出すための処置ではないかと不安を覚えていた。



 少なくとも彼らの知る姫様であれば、憑代が日常的にバケツを被るような奇人であるなど許さないはずである。

 それに、バケツを被ったまま日常生活が送れる憑代の能力も気になる。


 視覚以外にも周辺状況を認識する手段はいろいろとあるものの、視覚はその最上位にあるものである。

 状態異常などで封じられた際、ほかの感覚に比べて受ける影響は無視できないレベルで大きい。


 《魔力探知》のような魔力による認識手段も優秀なのだが、視覚と同レベルで扱うためには非常に高いスキルレベルと情報処理能力が必要になる。

 あれば便利だが、強敵や多数を相手に《魔力探知》にリソースを割きすぎると戦闘能力自体が低下してしまう上に、これにも妨害手段が存在するため過信はできない。


 そのため、歴史に残るレベルの勇者や魔王、賢者と呼ばれるような存在でも、簡易レーダーとして扱うのが精々だった。


 後は、《魔力探知》専門の人員を用意するとか、戦闘能力が頭打ちで余ったリソースを《魔力探知》に注ぎ込むといった例外くらいだ。


 それでも、自身や周囲の状況を俯瞰(ふかん)で観測できるというのは充分な強みになるが。



「そうだな。何食えばそうなるのか分からんでかい乳。逆に飯食ってんのか心配になる細い腰に、丈夫な子が産めそうな良い尻。一度お相手願いたいぜ」


 しかし、金色の懸念を、赤は違う意味で受け取った。



「えっ、いや、何を言ってるんだ【アモン】!? そういう意味じゃなくて、バケツを被って視界を塞いでいるのに認識能力に問題が無いとかだよ!」


「毎度のことながら破廉恥な……。まあ、死んでも治らなかったのだ。今更言っても治るはずもないか……」


 アモンと呼ばれた赤の好色さは後の世にも伝わっているレベルで、ライナーは当時にもあったであろうやり取りを目にして、奇妙な感動を覚えていた。


 なお、それはそれとして、迂闊(うかつ)に反応するのはまずいと沈黙を選んだ。



「何気取ってんだよ。このプロポーションで姫様の顔かもと考えたら(たぎ)らない方がおかしいだろ! それともお前ら――お前も男が好きなのか? 止めてくれよ、俺にはそういう趣味はないぜ?」


 しかし、アモンは女好きの上に、意外にも世話好きでもあった。

 アモンは莫迦話でもすれば距離も縮まるだろうと彼なりに気を利かせて、気配を消そうとしていたライナーも巻き込んだ。



「そういう話じゃないよ! ……お前のそれはもう病気だな」


「そうだぞ。こういう場で話すことではないと言っているんだ」


「……」


 これが英霊たちの生きていた当時の日常なのだろうと思うと、ライナーは妙な感慨を覚えていた。


 金色が慌てて否定し、冷静を装った緑が正論で返す。


 そして、そこにひとつ日常が加わる。

 ライナーは沈黙を守った。



「ほう、そうか。あっちの姫様といい関係になったとしても、お前らは誘わなくてもいいんだな? 敵になる可能性はあるが、あっちも姫様ってんなら、分かり合える可能性もゼロじゃねえ。それに、敵でも組み伏せちまえばそういう展開もあるかもしれねえぞ?」


「「「……」」」


 アモンの妄想で誘導された三人は、思わずその妄想を共有し、無言になった。

 当然、この場面では悪手である。



「全く、莫迦者どもが。こちらにも余はおるのだぞ?」


「ぐえっ!?」


 沈黙はそのまま有罪とされ、主犯であるアモンの上に言葉どおりの雷が落ちた。



「とはいえ、アモンだけならまだしも、【シトリー】と【ナベリウス】までをも魅了する乳と尻か。余を降ろすために作った特別な器だろうに、よくもくだらぬ欲望を盛り込みおった――と冗談を言っている場合ではないかもしれんな」


「そういや姫様よ、さっきの模擬戦みたいな()()()()()()じゃなくて、ちゃんとした《ブラフマーストラ》は撃てるのか?」


 アモンの言う《ブラフマーストラ》とは、先の彼女とライナーの手合わせに決着をつけたスキルのことで、本来は拡散させるのではなく、収束させて対象を消滅させる《極光》の劣化版である。


 もっとも、《極光》とは本来種子――世界を攻撃するためのものであり、劣化版とはいえ同じカテゴリーに属する《ブラフマーストラ》を対人戦闘で使えば、オーバーキルどころの話ではない。

 それは、人が使える最大級の禁呪に相当する。



「うむ、撃つだけなら問題無い。だが、全盛時ほどの威力や精度は望めぬだろうし、どれほどの反動があるかも撃ってみるまで分からぬ。試し撃ちをしたいところだが、周辺被害や魔力反応で一発でバレるだろうしのう……」


「最悪の場合、最大の障害となるのはあちらの姫様でしょうし、万全でないのはあちらも同じ。撃てるならひとまず大丈夫でしょう」


「いや、待て。あちらの姫様が憑依型なのは、憑代をいくつも用意した上で、使い潰す前提――ということはないだろうか?」


 体制派の姫様が操られているとしても、彼らの姫様が《ブラフマーストラ》が撃てるのであれば負けはない――と安心しかけたシトリーに、ナベリウスが制止をかける。


 ナベリウスは、彼らの姫様の憑代が人為的に作られたものであるなら、複数体が存在しているのではないか――むしろ、単体である可能性の方が低いと考えた。

 そして、それらがホムンクルスやゴーレムのような量産品であれば、同一個体として魔法的に認識させることも不可能ではないとも。

 憑代が使い捨てだったとしても、神技を連発するような使い方をされると非常に危険である。



「ふむ、思いもしなかったが――ないとは言い切れんな。なるほど、そう考えると厄介だ。さすがはナベリウス。余の憑代をそう簡単に何体も用意できているとは思えんが、使い捨てにする前提であれば、多少劣化していても構わんということか。デーモンコアを、罠を仕掛けるでもなく手放したままというのも、反乱分子を誘き出して一網打尽にするためと考えれば合点もいく。うむ、余も地力で勝っているからと調子に乗っておると、痛い目を見ることになっていたやもしれんな」


 姫様は、ナベリウスの推測をあり得ることと仮定して、敵戦力の評価を引き上げた。


 もっとも、そこに悲観した様子はなく、むしろ、自身の記憶に無い戦術に感心している様子だった。



「数の力ってのは厄介ですからね。まあ、最低限の水準は必要ですけど。それが多少なりとも姫様の力を使うとなれば、厄介どころの話ではないですね」


「向こうの軍師様は随分と優秀らしい。どこかの前線で暴れ回る自称軍師とはえらい違いだな」


「何を言っている!? お前のような奴が指示も聞かずに突撃するから、私がそのフォローをしなければならんのだろうが!」


 楽観できない状況だが、シトリーも言葉ほど焦った感じはなく、アモンやナベリウスにも軽口をたたく余裕がある。


 彼らにも詳細な記憶は無いとはいえ、幾多の困難を乗り越えてきたという自負はある。

 この程度の逆境で立ち止まることなどない。



「あ、あのっ! 数の力が厄介なら、こちらも数を揃えてみるのはどうでしょう? 幸い、デーモンコアの魔力はまだまだ余裕がありそうですし。皆さんを触媒にした新たな英霊召喚は成功しませんでしたけど、憑依型ならほかの英霊も降ろせるかもしれません。うちの団員の精鋭なら何人かは憑代になれると思いますし、試してみてもいいですか?」


「ほう。召喚主殿は随分と面白いことを考える。無論、我らとしては否やはないが、貴殿は構わんのか? それは貴殿の仲間たちが捨て駒になるということだぞ?」


 ライナーは、ナベリウスの考察するデーモンコアや英霊召喚の思いもしない使い方に驚きを隠せなかったものの、憧れ続けていた高みを目にして冴えに冴えていた彼は、すぐに新たな利用法を思いついた。


 しかし、それは初代大魔王が言ったように、仲間の命を彼らのための剣や盾とするものである。



「できれば仲間を犠牲にするようなやり方は避けたいところですが、みんなこのまま腐っていくことに耐えられずに集まった者たちです。覚悟が違います。魔界の未来のために命を惜しむような者はいません!」


 ライナーはこう言ったが、実際のところ、悪魔族でも命は惜しい。

 平時は威勢のいいことを言っていても、強敵を前にすれば命乞いをすることも珍しくない。


 しかし、基本的に好戦的で楽観的な傾向にある悪魔族は我慢が苦手で、その場の雰囲気に流されて暴走しやすいため、簡単に死地へと身を投じる。

 さらに、総じて負けず嫌いなため、引き際を見失いやすい。



「よく言った! それでこそ、新たに魔界を統べようとする王の器に相応しい! いや、いずれは余と肩を並べる英雄となるだろう!」


「良い覚悟だ。それでこそ俺らも命を張る甲斐がある――つってもまあ、俺らのは仮初だがな」


「うん。僕らの二度目の命、君に預ける。共に理想の実現を目指して頑張ろう!」


「ふっ、冷静沈着を是とする私をこれほど熱くさせるとは……。だが、悪くない」


 それは英霊であっても例外ではない。

 むしろ、英霊であるからこそ、そういう作用が強く働く。



 どこかの邪神、若しくは女神が言うように、死者には新たな可能性を紡ぎ出すことはできない。


 英霊が過去の英雄をただ再現しただけのものであれば、いくら能力が高かろうと存在の階梯は召喚者以下であり、成長することのない英霊には越えられない階梯の壁が発生する。



 とはいえ、ライナーの行った英霊召喚は単純な過去の英霊の再現ではない。

 ライナー本人に自覚は無いが、彼が召喚したのは、多くの悪魔族が認識している英雄像である。


 特に、召喚者である彼自身の認識や願望が多分に姫様に反映されているが、それでも「初代大魔王」という枠は超えていない。

 結局、英霊たちの可能性は、術者であるライナーに依存する――術者が死ねば英霊も消えるということも含めて、英霊とは拡張された術者の領域であるともいえる。



 しかし、英霊は独自の属性も持っているため、術者の純粋な領域とはいえない。

 特に、領域についての認識が不十分である場合は、術者が自身の領域であるはずの英霊に侵食される。


 つまり、未熟な術者は、召喚した英霊の偉業を超えることができず、むしろ、英霊によって本来の可能性を奪われてしまう。



「皆さんのような偉大な英雄にそう言ってもらえるのは嬉しいんですが、そういうのはひとつでも偉業をなし遂げてからでないと恥ずかしいですね。差し当たっては、初代様――陛下や閣下たちの記憶の補完ですかね。魔界を統一しても、外界に出る方法が分からないと意味がありませんし」


「ライナーよ、『偉業』と言われても、記憶が定かではない余もピンとこぬ。そもそも、余の過去の行いがどうあれ、こたびの王はお主ぞ。――そういえば、我らは真名を明かしてはいけないということだったか。であれば、余のことは【クイーン】とでも呼ぶがよい。アモンは【ルーク】、シトリーは【ナイト】、ナベリウスは【ビショップ】といったところか。よいか、【キング】たるお主が、余らという駒を使って新たな歴史を紡ぐのだ」


 初代大魔王の人格をよく表した言葉が、強すぎる憧れのせいで自身の可能性に振り回される寸前だったライナーを救った。

 それは彼女の意図したものではなかったが、その性質を考えれば当然の流れであった。


 そして、当然の流れといえば、良い感じの流れには乗ってくるのが悪魔族であり、英霊という存在である。



 そうして彼らは意気投合し、非常に高いテンションのままさらなる召喚に取り組み、成功させた。


 なお、「成功」とは召喚術の結果だけを見てのことで、それによって生まれた可能性、抱え込んだ因果はどう転ぶか分からない。



 そうしてライナーたちは、敵戦力に対する充分な見積もりと、それに対抗できるだけの戦力の拡充を経て、雌伏の時に別れを告げる。

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