表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
446/725

13 銀と紅

――第三者視点――

 反社会的過激派集団【雷霆の一撃】。


 その団長ライナーは、とある秘術に臨んでいた。



 その秘術の名は【英霊召喚】。


 それは、勇者召喚や悪魔召喚と並んで召喚魔法の三大秘術と称されるもので、その名のとおり、伝承や伝説で語られるような英雄や魔王を、英霊として召喚するものである。



 英霊召喚は、特殊な術式と莫大なコストを必要とするが、召喚するまで能力や性格が分からない勇者召喚に比べて、召喚する英霊の能力や実績などが明らかになっている分、戦力として計算しやすい。

 その反面、英霊の名が相手に知られてしまうと対策されやすいというリスクが存在するが、召喚勇者でもいずれは能力を把握されて対応されるという意味では、早いか遅いかの違いでしかない。


 また、勇者召喚にはそれ以上に膨大なコストが必要になるのだが、必ずしも結果がコストに見合うわけではない点と、まれに暴発して災害を引き起こす点もリスクとなる。



 英霊召喚では、基本的に、召喚コストは召喚する英霊の能力に応じたものになる。

 さらに、英霊を実体化させずに憑代(よりしろ)憑依(ひょうい)させる方法であれば、能力は低下するもののコストを下げることもできる。


 ただし、英霊召喚にも「英霊と縁がある触媒が必要」という制約が存在する。

 その触媒と英霊との縁が深ければ深いほど召喚される英霊の能力が増し、浅ければ最悪召喚失敗となる。



 なお、悪魔召喚においては、術者よりもレベルが低い悪魔であれば特に問題は無いのだが、力ある悪魔を召喚するには非常に大きな危険がつきまとう。


 最初の召喚時点では召喚に成功しただけで、契約を結べるかどうかはそれからの対応次第。

 それを間違えれば、殺されることもある。


 そして、首尾よく契約に至っても、召喚主側の不履行や不備があれば、相応の代償を支払うことになる。


 逸話では、巧みな話術などで悪魔を丸め込んで使役するようなものも存在するが、その大半は創作であり、現実の悪魔はそんなに甘くはない。


 そもそも、浅知恵で丸め込まれるような悪魔の利用価値などたかが知れている。


 稀に悪魔の方から契約を持ちかけてくることもあるが、それは悪魔側に思惑や弱みがあってのことであり、この場合に限っては大胆な交渉も可能となる。



 とにかく、上手く大悪魔と契約できれば大きな戦力となるが、リスクも相応に高い。


 とはいえ、悪魔召喚ほどではないにしても、勇者召喚や英霊召喚でも反逆のリスクはある。


 それでも、性質の分かっている英霊は対策も立てやすい。

 理想や目的を共有する者であれば、召喚主と被召喚者の立場を超えて力を貸してくれることもある。


 それだけを聞くと、英霊召喚の使い勝手がいいように、「英霊と縁の深い」触媒という条件が非常に難しいからである。



 ライナーが召喚しようとしているのは、初代大魔王ノクティスだ。


 ノクティスは、今からおよそ二千年前に圧倒的な力で魔界を統一し、人族に戦争を仕掛けた魔王である。


 彼は、人族との数の差――というのも烏滸(おこ)がましいほどの数的不利を跳ねのけ、世界制覇まで後一歩のところまで迫ったが、最終的には人族の召喚した勇者と相討ちとなり、この世を去ったといわれている。


 その死後、最大戦力であり指揮官を失った悪魔族は、統制が取れなくなって各個撃破されていき、ついには敗北して魔界へと追い返されることになった。



 結果的には敗軍の将だが、それでもノクティスの功績や能力を疑う者はいない。


 彼以降の魔王は、二千年もの間、ただのひとりも人族に戦争を仕掛けるどころか、魔界の統一さえなし遂げられていないのだ。


 それが以降の魔王と一線を画す能力を持っていたといわれる理由のひとつなのだが、彼にはほかにも多くの逸話や謎が存在する。




 謎として最大のものは、いかにして外界へ侵攻したかである。


 現在、魔界から外界に出るには、魔界の果てと呼ばれる辺境で、新月か満月の日限定で、更に特定の時間に運が良ければ出現する空間の揺らぎに飛び込むしかない。


 それで一度に外界に出られるのは最大で数人程度。

 ゼロの場合も珍しくない。


 魔界の果ては、数メートル先も見通せないほどの高濃度の瘴気が充満しているため、瘴気に耐性のある種族でも長時間の探索は不可能であり、外界に軍勢を率いて攻め込むなどどうやっても不可能である。

 これについては、外界へ渡る何らかの能力がノクティスにあったと考えられていて、その子孫とされる一族に同様の能力が発現することが期待されているが、根拠となるものは何も無い。




 ノクティスに逸話が多いのは、その人物像がはっきりしないことに原因がある。



 まず、彼をよく知っていたであろう、彼に近しい立場の者の大半は人族との戦いで命を落としたとされている。


 そのため、戦後に彼について語られたことの多くは、面識のない者や、その名を利用しようと画策した者たちによるもので、一貫性も信憑(しんぴょう)性もないものばかりだった。



 その中から共通点や確度の高い情報を抜き出し、まとめたものが当初のものである。


 それは、現在のものと比べてかなり控え目――現実的なものだったのだが、当時の魔王たちが、自身を肯定するために彼を低く見せようとしていた節もある。


 しかし、いくらノクティスの評価を下げても、彼が魔界を統一して外界へ進出した唯一の大魔王であるという事実は変わらない。

 そうすると、彼より能力が高いはずの魔王たちは、魔界の統一はさておき、外界へ進出することもできない無能ということになってしまう。

 そこで、やむを得ずノクティスの評価を事あるごとに上方修正され続けた結果、現在のものが出来上がった。



 ノクティスの能力が、現代の魔王に比べて遥かに高かったことは間違いない。

 ただし、それは「魔王化」というシステムの機能が調整不足だったことに由来していて、ノクティスの本来の能力が占める割合は少ない。


 また、ノクティスが悪魔並みの魔装を使っていたのは事実だが、絵画に描かれているような数十メートルもあるような姿も、後世で盛られた結果である。

 なお、共に描かれていることもある初代勇者もノクティスと同等の異形として描かれているのだが、こちらは両者のバランスを取った結果であり、完全にとばっちりである。



 そうやって長い年月をかけて盛られ続けたノクティス像だが、実際の彼の能力が高すぎたこともあって、むしろ、ようやく現実に追いついてきたところである。

 当然、的外れなものも多々あるのだが、魔界の有史以来、ノクティスが最強であり続けているという認識は変わっていない。


 強者には敬意を払う魔界において、こうして彼はいろいろな意味で特別なものになっていった。




 ライナーも幼い頃からノクティスの物語を聞かされて、現在彼が抱いている野望も、ノクティスへの憧れが始まりである。


 そして、何の因果か、ノクティスの召喚を可能にするピースが彼の手元にある。

 それが彼の手にあるデーモンコアである。


 歪な形ながらも、内包している魔力は神器といっても過言ではない。


 しかも、別名を【女神ヘラの欠片】ともいい、その女神ヘラがノクティスの育ての親である、又はノクティスが女神ヘラの眷属であったなど、両者を結びつける逸話も多い。


 つまり、英霊召喚における触媒としては最適であり、それに必要な魔力すら神器が保有しているのだ。

 ここまで御膳立てされては召喚しないわけにはいかない。




 ただ、ライナーにはひとつだけ懸念があった。


 それは、「体制派が先にノクティスの召喚を成功させているのではないか」というもの。



 ノクティスの身体的特徴として、銀髪紅眼の美丈夫とも偉丈夫だともいうものが挙げられる・


 しかし、最近になって、銀髪紅眼の少女がデネブを単独撃破したという莫迦げた噂――目撃者が多数いる上に、一致する証言も多いので、単なる噂とは言い切れない情報が上がっている。


 性別については、最近発表された仮説の中に、ノクティスが実は女性だっととするものもある。

 とはいえ、それを裏付ける証拠が、ノクティスの子孫の数という状況的なものにすぎない。


 それでも、それに対する反証が、「ノクティスのナニがでかすぎて相手がいなかった」とか、「かろうじてサキュバスの猛者が受け止めた。性技は勝つ」などといった莫迦莫迦しいものであり、どれも信憑性を語る段階にない。



 とにかく、少なくともデネブの出現は事実である。

 それに対して、大魔王ルイス率いる魔王軍が緊急出動したことも確認されている。


 そこに現れた少女が、神器を使って――信じ難いことに、直接神の力を使ってデネブを消滅させたのだというのだ。


 もっとも、どうやってデネブを倒したかについては、どこまで信用していいのか分からない。

 物理反射属性持ちのデネブに受け身の肉弾戦でも圧倒したとか、デネブを拘束して自分ごと味方に撃たせて自分だけ無事だったなど、どう考えてもイカれている。


 何にしても、雷霆の一撃にとっての最大の問題は、彼女がデネブを倒す鍵となっていたことと、体制派に協力する立場にいることである。



 その少女はユノという名らしい。


 とはいえ、彼女が英霊召喚で召喚された存在だとすると、真名を名乗ることはあり得ない。



 そのユノは銀髪紅眼だという話だが、確認しに赴いたところ、バケツを被っていたため判別できなかった。

 ただし、有尾種であったため、その色を確認したところでは、吸い込まれるような黒だった。


 判断に困るところだが、彼女の素顔を見たと証言する者は例外なく銀髪紅眼の絶世の美少女だと言う。


 さらに、デーモンコアを発見したのも彼女であり、また、彼女が貴族級大悪魔と親しくしていたなどという証言なども出てきたりして、偶然というにはピースが揃いすぎていた。


 時系列など、いくつか矛盾はあるが、それこそ体制派の流した欺瞞(ぎまん)情報であれば――検証もできない状況では、「してやられた」というほかない。




 ライナーは、「体制派がノクティスを召喚したのは事実だが、ユノという少女を憑代にした」可能性に着目した。


 バケツに見えるのは実は封印具か何かで、それを外したときにノクティスとして顕現するのではと――デーモンコアの形が歪なのは、その封印具の分が欠けているからではないか――と考えれば辻褄が合う。


 客観的にはこじつけだが、彼の目はデーモンコアの存在感に酔って曇っていて、周囲にそれを指摘できる者がいない。


 そうして、思考はさらにエスカレートする。

 さらに、それらがすべて正解に思えてくる。



 体制派が、実体召喚ではなく憑代を用いた理由は分からないが、実体召喚するためには何かが足りなかった可能性が高い。



 そして、ライナーには、体制派とは違うピースを所持しているという自覚がある。


 彼自身は濃い金髪に碧い目だが、今は亡き彼の母は銀髪紅眼だった。

 そして、彼に、「私たちは初代大魔王様の血を引いている。だからライナーは将来立派になる(※ノクティスとの類似点が少しでもあれば言われる鉄板ネタ。極端な例では、二足歩行や肺呼吸でも類似点とされることもある)」と言っていた。



 しかし、体制派にもグレモリーというピースがある。

 現在のグレモリー家にも初代大魔王の身体的特徴は現れていないが、長い年月を経た今では、身体的特徴より「特殊な魔力持ち」という事実の方が重い。


 体制派がどうやってグレモリーを取り込んだのか、若しくは最初から取り込まれていたのかも分からない。

 最近では関係があることを隠すつもりもないようで、公然と接触している。

 これも何かの予兆か、布石に思えてしまう。




 ライナーがこれから行う英霊召喚には、それらの説を検証する意図も含まれている。


 同じ英霊を重複して召喚できるのか、できるとすれば何人まで可能なのか。

 重複して存在できなかった場合、優先されるのは先に召喚されている英霊か、それともより良い条件で召喚した方か。


 とにかく、召喚できれば次のステップへ。

 召喚できなければ、ユノがノクティスを宿している可能性が高くなり、そう仮定して次のステップへ。


 後者であった場合はノクティスを敵に回すということであり、彼に並々ならぬ想いを抱いていたライナーにとって、悔しく、そして怖くもあった。


 それでも、デーモンコアも、それにまつわる情報も、掛け替えのない仲間であるレベッカが命を賭して入手してきたものである。

 レベッカの死亡が確認できたわけではないのだが、彼女が就いていた任務の危険性と、音信不通になってからの期間を考えると、生存は絶望的だった。

 万一、捕虜にされて情報を漏らされていたりすると、ほかの仲間たちにまで被害が及ぶ危険もある。



 それに、体制派がデーモンコアをあっさり盗ませたのが罠である可能性もある。


 しかし、命懸けで任務を果たそうとしたレベッカに報いるためにも、今いる仲間たちを護るためにも、戦力の増強は必須である。

 さらに、最悪の状況を想定するなら、時間的猶予(ゆうよ)も無いと考えるべきである。


 何より、悪魔族にしては珍しいレベルで思慮深いライナーでも、これだけの力を手に入れておいて、いつまでも眺めるだけで我慢できるほど老成していない。




 僅かな不安と、根拠のない自信と、明確な予感を胸に、ライナーは秘術に臨む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ