12 知らない方がいいこと
「ねえ、アル」
朔の言葉の意味を測りかねて、言葉に詰まっているアルに言葉をかける。
「うん?」
「アルの考えたゴブリンの養殖は――個人的にはあまり褒めたくはないのだけれど、結果的にはそれが魔界の状況改善に一番貢献している」
皮肉なことに、魔界の救済に最も貢献しているのは、グレモリー家の人に対してはともかく、魔界に対しては一切貢献する気がないアルだったりする。
この際、倫理観とかは置いておいて、認めるべきところは認めよう。
『悪魔族の大半が採取と狩猟と強奪しか頭になかったところに、多くの人に養殖という意識を植えつけた。それも、ただ与えるだけじゃなくて、自助努力で変われるんだって示してるところが素晴らしいね。根本的解決にはまだまだ遠いけど、第一歩としては充分。今後はこれをどう広めるかとか、どう根付かせるかとかが課題かな』
「評価されるのは嬉しいけど、ユノ――様ならもっと簡単に救えるでしょう?」
「そんなことはないよ?」
なぜか随分と過大評価されている。
湯の川の現状を見れば、私にそういうセンスが無いのは分かるだろうに。
ああ、もしかすると、「救済」とは皆殺し的な意味で?
それなら確かに簡単だけれど、話が飛躍しすぎている気がするので、恐らく何か勘違いしている。
『食料とか、不足している物を与えてお仕舞いっていうのを救済というならそうかもしれないけど、ユノの感覚ではそれは餌付けとか飼育みたいなものなんだ。そういう意味では湯の川は失敗してる。まあ、彼らの欲望とか向上心に助けられてる形でかろうじて機能してるみたいだけど』
「ああ、そういやユノ――様はそういう感じだったな。すみません、失言でした」
つい最近、魔族領でそういう話をしたばかりだと思うのだけれど。
照れ隠しならいいのだけれど、あれこれ抱え込みすぎて余裕が無いのだろうか?
それと、取り繕えないなら、呼び捨てでも敬語でなくても構わないのだけれど。
「自助努力も無しにユノに救済を求めたりすると、飼い殺しか皆殺しにされる未来しか見えません。死をもって全てを清算――ある意味ではこれ以上ない平等です」
さすがアイリス。
よく理解している。
「ああ、確かに……」
アルも神妙な顔で頷いているけれど、グレモリー家の人たちの顔色が悪い。
「ええと、さすがに冗談ですよね? 死が救いなど、まるでサイコパスの発想ではないですか」
「そういえば、以前お会いした時には、ユノ様はひとりで魔界を滅ぼせるとか仰っていましたが……」
「冗談に決まっていますよ。そうでなければ、ルナを助けるというのは、ルナを殺すという意味になってしまいます」
サイコパスという表現は心外だけれど、他人の気持ちが分からないとか、価値観が異なるところがあるという自覚はある。
いや、他人の気持ちが完全に理解できる人や、価値観が完全に同じ人が存在しないことを考えると、許容範囲ではないだろうか。
つまり、何の問題も無い。
……何の話だったか?
とにかく、ルナさんを助けることが殺すことに繋がるのは短絡的にすぎる。
死が救済となるのは解決策のひとつであって、少なくとも、現状では彼女の可能性を伸ばすことが救済であって、その方が私の好みの展開だ。
「いいえ。私たちがユノ様にお願いしたのは、『ルナの身の安全の保障』で、ユノ様のお考えに沿うなら、ルナが救われるかどうかは別問題なのよ」
それをお願いされたのは、私ではなくアイリスなのだけれど。
とはいえ、私もアイリスのサポートをするので間接的にそうなるというのも間違いではない。
「それと、ユノ様がおひとりで魔界を滅ぼせるのは事実よ。私、見たんです……」
リリスさんの蒼褪めた顔色と怯えの混じった声音に、グレモリー家の人たちの緊張が増した。
というか、何を見たの?
私も怖くなってくるのだけれど?
「誰か、不浄の大魔王を覚えてる?」
確か、不浄の大魔王とは、別名「蠅の大魔王」とかいう、恐怖(※見た目的に)の大魔王だったか。
彼――いや、産卵していたから彼女になるのか? とにかく、その大魔王が湯の川に来ておいたをしていたので、リリーたちの教材にしてから処分した。
格上との戦闘経験はリリーたちの大きな財産となっただろうし、彼女の最後まで諦めない姿勢も良い教材になったはずだ。
彼女には感謝しなくてはいけない。
「いや、知らない――はずなのだが、なぜか覚えもあるような……」
「私もですわ。知らないはずなのに、どこか耳に馴染みがあるような名ですね」
「で、それがどうかしたんですか?」
蠅の大魔王は悪魔族で、かつては魔界でもその名を馳せていたとかどうとか聞いた覚えがある。
彼女の存在を消滅させた私の炎っぽい何かは、彼女だけではなく、根源を通じて彼女に関するほとんどのものを消滅させたようなのだけれど、そのひとつが他者の記憶の中にある彼女である。
もっとも、みんな根源に繋がっているのだからそれが正常な反応で、中途半端に覚えている人がいるのは、途中で消火したことと、侵食に対する耐性の差だろうか。
しかし、今思いついたもうひとつの可能性――彼女の評価は、故人を偲ぶ場で忖度が働いた――いわゆる、彼女の評価は盛られたものだったのかもしれない。
惜しい人を失くした――と、特に思ってもいないことを言うあれである。
だったら、覚えていない人が多くてもおかしくない。
それで、盛られた分が――まあ、どうでもいいのだけれど。
……何の話だったか?
「魔界でも外界でも有名な大魔王だったのに、ほとんどの人が覚えてない。――その悪魔族の大魔王は、湯の川を侵略しようとして返り討ちにされたの。私は偶然その場に居合わせたはずなんだけど、記憶があやふやで……。覚えてるのは、眩く輝く炎が何かを焼き尽くしたことだけ。それで、私のように多少覚えている人もいるけど、ほとんどの人は大魔王のことを忘れてしまったわ。何が起きたのかは分からないけど、そんなことができるのはユノ様しかいない。私の記憶が確かなら、その場にユノ様はいなかったはずなんだけど、きっとユノ様にはそんなことは関係無い。そんなユノ様が本気になったら、私たちがどんなに抵抗しても無駄なの。みんな死ぬ。ううん、楽に死ねたら幸せかも。噂で聞いた話だと、自殺しても生き返らされて、死ぬより怖い目に遭った人もいるらしいわ」
えええ、リリスさんとはそんなに接点がなかったのだけれど、私のことをそんな危険人物だと思っていたの?
まあ、どうでもいいのだけれど。
そんなことより、リリスさんはあの現場にいたのか。
あの事件を覚えているということは、侵食に対する耐性が高いか、自己をしっかりと確立していたか(※暴食のリリスの名に恥じないくらいに、湯の川の料理やアルフォンスの精気を食っていたおかげ)。
それはさておき、この世の終わりのような表情でそんな内容のことを語られると、誤解を招くおそれがあるので止めてほしい。
『いくらユノでもいきなり皆殺しとかはしないよ。それに、悪魔族に限っていえば、ユノが手を出さなくても自滅する可能性も高いしね。もちろん、すぐにってわけじゃないけど』
はっ、いいことを思いついた。
というか、思い出した。
「今のところ、魔界を滅ぼすつもりはないけれど、救済するつもりはもっとない。というか、環境を改善しただけでも――チャンスを与えただけでも充分だと思う。そのチャンスを活かせる人がいないのが問題なのだけれど。だから、アル、せっかくだし、やってみない?」
「え、何? 俺に何を期待してんの?」
「救世主」
アルはいつも私に神やらアイドルやらをやらせるのだ。
たまには逆の立場を味わってみればいいと思う。
まあ、最終的にやると決めたのは私なので、今更文句を言うつもりはないし、アルにも強制しているわけではないけれど。
「何言ってんの? なんで俺が?」
『どのみち、事情も聞かずに引き返すとか、事情を聞いても何もしないって選択肢は無かったでしょ? もちろん、やりたくないならそれでもいい。自滅するっていっても百年以上は先のことで、その頃には君は寿命で死んでるだろうし、関係の無いことだからね。ま、帰還不能点はすぐそこだけどね』
朔も新しい遊びの予感に協力的だ。
「できるかできないかではなくて、やる意志があるかどうかだけれど。でも、そうだね――ひとりで抱え込むことでもないし、人手が必要なら融通する。それと、やるなら成果にかかわらずご褒美も用意しようか。もちろん、良い結果が出せればボーナスも」
もちろん、本人の意思を無視してまでさせるつもりはない。
餌で釣るような真似もどうかと思うけれど、「魔界のため」というずれた使命感でするのではなく、「自分のため」にという欲望でする方が好ましい。
救世主とは言ったけれど、聖人然とした救世主になってもらいたいわけではなく、むしろ俗人のままでいてほしい。
アルの目つきが変わった。
やる気になったか、ご褒美の内容に思いを馳せているか。
「はい! はいっ! それは私が立候補してもいいんでしょうか!?」
おっと、なぜかリリスさんが先に手を挙げた。
欲望に忠実なのはいいのだけれど、目が曇って――濁っているレベルなのはちょっとヤバい。
「もちろん。でも、アルもやるなら、ふたりで競争するのではなく、協力してね」
「分かりました!」
本当に分かっているのだろうか……。
涎くらい拭こうよ?
アイリスがまた変なオーラを纏い始めたし。
「アイリスは本業を疎かにできないし、そこまで気を回さなくてもいいと思うけれど、救世主になりたいなら、今回に限らずいつでもやればいいと思うよ」
「そう、ですね……。私は不器用ですし、まずは目の前の目標をクリアしないとですね」
む、アイリスが思いのほか意気消沈してしまった。
人には向き不向きがあるのだし、長所短所も表裏一体。
アイリスの不器用さも、それが味になるとか活きる場面があるのではないだろうか。
多分。
「分かった。どれだけやれるか分からんけど、やってみる。方向性はゴブリン養殖でいいんだよな? 後で文句言うなよ!?」
「いや、さすがに程度によるよ。せめて奪った可能性以上のものを示すくらいはしてほしいかな」
できればゴブリンから離れてもらいたいというのが本音だけれど、悪魔族の状況を考えると贅沢は言えないしね。
『可能性ってことなら、アルフォンスが魔界を滅ぼすでもいいかも。もちろん、放っておいても滅亡するから、正攻法でだけど。それでも、成功の最低ラインは大規模粛清の達成でいいから現実的な可能性だと思うけど』
「その場合は人手は出さないから、味方集めは自分でやってね」
予定していた人員というのは、辺境で保護している子供たちのことである。
もちろん、テロ活動とか殺戮とかには貸出さない。
魔法少女活動は殺戮ではないからセーフ。
とにかく、アルなら彼らを上手く使って養えるかに興味があったのだけれど、さすがにそういう血生臭すぎることには派遣できない。
「いや、さすがにそんな大それたことできねえよ! できたとしてもしねえよ!? 何か考えてみるけど期待するなってことだよ。あんな滅茶苦茶なもん、ほいほい思いつかないって……」
滅茶苦茶だという自覚はあったのか。
まだ正気が残っているようで安心――いや、実行する時点で正気ではない?
とはいえ、そこに勝機がある! なんちゃって。
「で、では、アルフォンス君。我が家の設備や資金は好きに使ってもらっても構わないわ。どうか、魔界を救ってください」
「もう、アルフォンス君だけが頼りなんだ! リリスもしっかり彼を支えるんだぞ! 吸精もほどほどにな!?」
「義兄さんならできるって信じてます! もちろん、私にできることなら何でもします! 雑用でも、汚れ仕事でも、性的なご奉仕でも! ですので、遠慮なく仰ってください!」
最初はアルがついてきても大して意味が無いと思っていたけれど、思わぬところから魔界の救済が始まるかもしれない。
「じゃあ、まずは食事にしましょうか! 『腹が減っては戦はできぬ』というのは、アルフォンス君の言葉だったわよね!」
「い、いえ、お構いなく! すぐにヒントを探しに出るつもりですし、見つけたら実験や実践に良さそうな場所も探さないとですし」
おっと、やる気になったのはいいのだけれど、食事だけは断ってもらいたい。
アイリスが素早く私の陰に隠れた。
よほどここでの食事が嫌なのだろう。
私もだ。
最悪はダイエットだとでも言って、私たちはお暇させてもらおうか。
「お金はあまりないけれど、家なら好きに使ってくれていいのよ?」
「いえ、もしかすると大人数での事業になるかもしれませんし、機密保持のこととかを考えると、万一の場合は証拠を残さないように消滅させたいですし」
子供たちを派遣する場合は、その証拠隠滅に子供たちを含めないようには言っておかないといけないな。
「では、せめてザックを補佐につけよう。本人も言ったように、雑用でも何でもさせるといい」
「はい! 何でも任せてください!」
魔界の命運が懸かっているとはいえ、ザックさんのやる気がすごい。
気持ちだけが先走る人というのは、見ていて不安しかないのだけれど。
「いえいえ、ザック君もグレモリー家の血筋ですので、どうしてもその筋の人からマークされてるはずです。何かあったときでも逃げればいい俺たちとはリスクが違います」
「それは義兄さんの偽装でどうにかなるのでは? 私は学園こそ卒業できませんでしたが、それでも名家に相応しい教育をひと通り受けていますし、発覚のリスク以上に貢献できると思っていますが」
「すまんな、ザック……。私たちが不甲斐ないばかりに、お前に不自由を強いてしまった……。アルフォンス君、このとおりだ。ザックにも活躍の機会を与えてやってくれないだろうか?」
「それは……」
アルとリリスさんが沈痛な面持ちで俯く。
ザックさんの事情にはアルたちの行動とその結果が大きく絡んでいるとかで、負い目を感じているのだろうか。
「あらあら、せっかくみんながやる気になっているのに、こんな重い雰囲気はよくないわ! アルフォンス君、当時のことは、ザックの件も含めて最善にはならなかったけれど、最悪にならなかっただけでも充分。貴方が責任を感じる必要は無いわ。それに、ザックももういい大人だし、責任は自分で取れるのよ。何があっても貴方が責任を負う必要はないの。だから、前向きに考えてくれないかしら? それとも、ふたりだけで美味しいご飯を食べるのに邪魔なのかしら?」
「ははは、そんなことあるわけないじゃないですか」
冗談ぽく言うイザベラさんだけれど、その目は笑っていない。
この人たち、疑っている――それも、確信に近いレベルで。
アルも、上手く平静を装っているつもりなのかもしれないけれど、不自然なところが少なすぎて、逆に不自然――何らかのスキルが働いているのがバレバレだ。
まあ、アルとリリスさんが不味いご飯を食べさせられるだけならいいのだけれど、私たちや無関係の人たちまで巻き込まれるのは許容できない。
もちろん、状況など、私が言うまでもなく分かっているとは思うのだけれど、一応、助け舟――というか、警告はしておこう。
「ふざけるのは勝手ですけれど、私が身の安全を保障しているのはルナさんだけですよ?」
実際に魔界がのっぴきならない状況になった場合には、ルナさんだけではなく、ルイスさんとかコレットとか一部の人は保護するつもりだけれど、グレモリー家の人は現状ではその枠には入っていない。
少なくとも、おふざけや甘えで魔界の状況を悪化させるようなら、その枠には入れるつもりはない。
『君たちは、これから魔界の命運を左右する局面に立ち向かおうとしてるアルフォンスの邪魔になるかもしれないって理解してる? アルフォンスとグレモリー家の関係がバレても、まあ、グレモリー家が滅ぶだけならまだいい。でも、君たちがアルフォンスから外界の食事を融通してもらってて、それが露見したときに過激派の主張を後押しするようなことになったらどうするの? 君たち悪魔族に本当に必要なのは、食料とか現物的なものじゃなくて、足りないなら足りないなりにどうにかしようって創意工夫と、そうしないとどうなるかを考える長期的な視点だよ。そこを改善しないうちは外界に出てもいずれ自滅する。まあ、君たちが自力で外界に出るのはほぼ不可能なんだけどね』
悪魔族が自滅するのもひとつの結末でしかないし、それはそれで構わないのだけれど、一応でも世界の管理を委託されている身としては、要請があれば適切に処理しなければならなくなる――かもしれない。
元日本人のルイスさんを除いても、コレットのように意識の改革が進んでいる子たちもいるので、ただ滅ぼしてしまうのも惜しい。
そのときの状況や気分で決めよう。
「お、おい、ユノ――様? 朔様?」
『アルフォンスも、甘やかすのは程々に。彼らが調子に乗るのは、君が甘やかしたせいでもある。状況が逼迫してないならともかく、最悪は君の甘さのせいで魔界が滅ぶかもしれない。まあ、リリスの関係者だけを優遇できればいいってことならそれでもいいんだけど、それは君が君の責任でやってね』
「あー、うん。分かった――りました」
アルも、朔のいつもとは違う抑揚のない口調に、ただの脅しではないことを悟ったようだ。
「えー、皆さん。確かに魔界の飯はクソまずくて食えたもんじゃない――っていうか、人間の食うものじゃないんですよ。で、皆さんだけになら外界の食事を提供するのは簡単ですけど、それに慣れたらもう元には戻れなくなると思います」
「ごめんね、パパ、ママ。それと、ザックも。外界の料理って美味しいの。魔界のは、食糧――ううん、空腹を紛らわせるだけの物質――愚かな悪魔族に与えられた罰なの。そんなのを美味しいって感じてたのは、本当に美味しい物を知らなかっただけ。知っちゃったら、もう戻れない……」
「そ、そんなになの? リリスが家で食事をすることがなくなったから、薄々気づいてはいたけれど……」
「それはいつもアルフォンス君が持ってきてくれるお土産以上の物があるということかい? 今回は黒毛ミノタウロスの肉だったが……」
「にわかには信じられませんが……。義兄さんや姉さんが意味も無くこんな嘘を吐くとも考えられません」
これも知らない方が幸せなことだったのだろう。
私の料理を食べたコレットやエカテリーナたちは、私の料理を食べるのは娯楽――どころか、生きる意味を見いだしてしまって、それ以前の食事を生命維持のための苦行として区別してしまった。
苦行中の彼らの苦痛に歪む表情は、人間として大事なものが欠けているといわれる私でも心が痛む。
彼女たちも、知らなければこんな苦痛を味わうことはなかったのだ。
さらに、魔王城で料理魔法を披露した際に、「連発はできない」と言ってしまったために、より一層の苦痛を味わっている。
本当はいつでも好きなだけ出せると知ったとき、彼らはどんな反応をするのだろう。
食べ物の恨みは怖いというし、覚悟はしておこう。
「今までのように、いつでも――ってわけでもないけど、自由に魔界に来れて、魔界の危機的状況を知らないままなら、少しずつお土産のグレードを上げていくつもりでした。本当は魔界でも飼育できる家畜とか、栽培できる作物を持ち込みたかったんですけど、大規模にやろうとすると悪目立ちしますし、小規模では採算が合わないだろうしで棚上げしてました。でも、もう自力では行き来できませんし、時間的余裕もそんなにない。失敗も、内容によっては即破滅です。申し訳ないんですけど、この状況でグレモリー家とかかわるのはリスクが高すぎます」
「ごめんね。もし、手伝ってもらいたいことができたら連絡するから――」
「待って。そんな状況で、私たちには何もするなって言うの?」
「アルフォンス君の能力を疑うわけではないが、だからといって君たちに頼るだけというのも……」
「そうだ! 往来の問題も、時間制限の問題も、どちらもユノ殿が解決できるのでは? だとしたら、これから――」
『だとしたら、何? 破滅までの期限は延ばした。状況も隠さず伝えた。改善する機会も与えた。もう充分に恩恵は与えてると思うけど』
「これ以上の手出しはアルのやる気に水を差すだけですし、何かをしたいなら、貴方たちに出来る範囲でやってください。もちろん、この警告を無視してもらっても構わないのだけれど、場合によっては敵対するかもしれないと認識だけはしておいてください」
「……それは貴女なら確実に解決できるものを、あえて不確実なアルフォンス君にやらせると言っているように聞こえるのですが」
『「解決」の定義次第だけど、魔界の食糧不足という意味ならすぐにでも解消できるよ。ただし、それは君たちにとって「解決」にはならない。そもそも、本来なら君たち自身の手で解決すべき問題なんだけど、二千年も進展がなかったものが急にどうにかなるとは考えられないし、アルフォンスに機会を与えたのも、こちらとしては譲歩してるつもりだよ』
「そんな!? 魔界を救える力がありながら、見捨てるというのですか!?」
見捨てるとか人聞きの悪い。
私としては既に充分貢献しているつもりなのだけれど――というか、これ以上何を望むというのか。
『意志も誇りも投げ出して、家畜にでもなるつもりなの? トイレの底のゴブリンみたいに』
いや、それは言いすぎだろう。
ゴブリンの養殖を畜産業とするのは、真剣にそれに携わっている人に対する冒涜に思える。
農家の人に向かって、雑草だらけの荒れ地を「畑」と主張するようなものだろう。
さらに、「農業って大変ですよね」なんて言おうものなら、ブチ切れられるのではないだろうか。
……何の話だったか。
「なっ――!? それはさすがに言いすぎでは……! 義兄さんも何とか言ってやってくださいよ!」
ああ、そうだ。
悪魔族をゴブリンのように養殖するという話だったか。
さすがにゴブリンと同列視されると面白くないよねー。
ゴブリンよりはいくらかマシ――あまり食用には向いていなさそうだし、性格を矯正して荷役や労役に用いるくらいだろうか。
「いや、悪いけど、ユノ様はこういう方なんだよ。とりあえず問題点を明示してくれた上で、猶予を与えてくれた。後はやるかやらないか――ああ、ギブアップすれば止めを刺してもらえるかもしれない。何も知らずに終わりを迎えるよりはよっぽど有情だよ」
「確かにそうかもしれないが――。魔界を救う力があると知って、ただ傍観できるはずが――」
「おっと、悪魔族的対話は止めた方が賢明です。それもひとつの努力としてカウントされると思いますが、それで認めてもらうのは非常に難しいです。っていうか、多分トラウマになります」
「きっと、普通に畑でも耕していた方がマシよ。悪魔族は、焦って結果を求めるより、地道にコツコツ積み上げることを覚えた方がいいと思うの。まずはザックから――」
「しかし、それでは――というか、そもそもユノ殿は何なのだ!? チャンスは与えただの、義兄さんを救世主に仕立てあげようだの、傲慢にすぎないか?」
私は私でしかないというのはさておいて、私の正体――というか、肩書や呼称がどうだからと態度を変えるようでは意味が無くなる。
というか、知らない方がいいことの最たるものだろう。
邪神で女神でアイドル。
なんだかなあ……。
肩書がないと話を聞いてもらえない小娘というのも問題だけれど、それはすぐに解決するものではない。
もう少し気軽に名乗れる肩書がほしいね。




