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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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11 軽い気持ちで

 前回の魔界行きでは、アルの役割は私たちとグレモリー家との顔繋ぎだけで、すぐにヤマト遠征も控えていたため、日帰りだった。


 そのため、大した荷物もなく、ほぼその身ひとつでの訪問だった。


 しかし、今回は腰を据えて臨むつもりなのか、荷物の量が非常に多い。

 それも、アルの大容量《固有空間》に収まりきらなかった分を、私が預かるほどだ。



 なお、その大半は食料なのだけれど、用途はグレモリー家へのお土産とかルナさんたちへの差し入れではなく、自分たちのための物らしい。

 まあ、魔界の食糧事情はあれなので、気持ちは分からなくもない。



 それよりも、ほかのお荷物の方が問題だ。


 今回は長期滞在となる予定と聞いて、アルの奥さんのひとりで、ルナさんの姉でもあるリリスさんも同行する。

 里帰りと合わせて、アルのサポートをするのだとか。


 彼女の同行は、アルやグレモリー家の戦力的というか労働力的にはプラスで、選抜経験者という点もプラスである。

 しかし、後者に関しては、「勝ち抜いた」というわけではないそうなので、町に住みついた悪魔族やリディアからも情報を入手できるので、参考程度でしかない。



 一方で、アイリスの計画の不確定要素になるという点で大きくマイナス。


「決してお邪魔になるようなことはしませんから、連れていってください!」


 とは言うものの、策略や裏工作が得意なタイプではないらしい。


 不安は大きいけれど、ずっと行動を共にするわけでもないし、アルが監督してくれるはずなので大丈夫だと思いたい。


◇◇◇


 まずは、グレモリー家に現況報告を兼ねてご挨拶。


 もちろん、現況報告は定期的に行ってはいる。

 いや、「つもりでいた」というべきか。


 魔界では、外界のように《念話》等の魔法やスキルを使っての通信は普及していない――というか、瘴気障害のせいで、長距離《念話》はノイズが酷くて使い物にならないことが多い。

 それに、無理をすればするほど傍受されやすくなるなどの欠点もあって、重要なことほど走って報告しに行く方が確実なのだ。

 なので、遠距離とか重要性が低いものはご無沙汰になるのは仕方がない。



 もちろん、私の能力なら、そのあたりは問題無い。

 しかし、口下手な私だと、報告という最も重要な部分で支障が出るのと、アイリスもあの家には近づきたがらないため、不便な方法での少ないやり取りになっている。


 アイリスは、初訪問時のゴブリンがトラウマになっているらしい。

 虫も出るしね。

 食卓にまで。



 さておき、ここ最近は、闘大総戦挙絡みで人の目が増えたせいで、連絡員との接触が困難になっていたり、それ以前は別荘という名の要塞に軟禁されていたりで、満足な報告が行えていなかった。

 悪魔族的には報告業務は軽視されがちだけれど、さすがに娘のこととなるとそうもいかないだろうし、心配させているであろうことについては申し訳なく思っている。


 なので、アルたちという目くらましがある間に清算しておこうという算段である。




「ただいまー」


「すみません、夜遅くに突然押しかけて。あ、これお土産です」


「「お邪魔します」」


 先陣をアルたちに任せて、私たちはその後ろを存在感を消してついていく。



 リリスさんは、実家ということもあって遠慮がない。


 アルは少々常識的ではない訪問時間に気まずそうだけれど、良好な関係が築けているという自信があるのか、それともお土産に自信があるのか、それほど委縮した感じはない。



「おや、おかえり。アルフォンス君もよく来たね。おおっ!? これは!? ううむ、いつも気を遣わせて悪いね」


 お土産を受け取ったご両親の顔が、娘が帰省した時以上に輝いているのは気のせいか?



「あらあら、前もって連絡してくれれば何か用意してたのに……」


「ママ、ごめんね。いろいろあって、スケジュールに余裕が無かったの」


「いいのよ、顔を見せに来てくれるだけでも。そうだ、今からでも何か作りましょうか?」


「ううん、いいよ。途中で軽く食べてきたから」


 夜中というほど遅い時間ではないけれど、この時間に訪ねたのはわざとである。


 魔界生まれのリリスさんでも、外界の料理の味を知らなかった頃ならともかく、知ってしまうと魔界の料理など食べられたものではないらしい。

 彼女の帰省は、いかに故郷の味を味わわないかの勝負で、時には《転移》酔いを理由に、時には今回のようにタイミングを理由に断るのだ。


 しかも、今の彼女は湯の川の味をも知ってしまった。

 最早、魔界の料理など「餌」と呼ぶのも烏滸(おこ)がましい害悪である。



「そんなこと言わずに、せっかく帰ってきたんだから食べていけばいいじゃないか。『暴食のリリス』なんて二つ名を持ってた姉さんらしくないよ?」


 女性につける二つ名ではないのでは?

 悪魔族にはデリカシーという概念は無いのだろうか?



「アルフォンス君に出会ってからすっかり大人しくなって……。本当に良い人を見つけたわねえ」


「そんなにアルフォンス君の精気は美味しいのかい? そろそろ、私たちにも少し味見させてくれないかい?」


 デリカシー!

 それと、ええと、あれ!



「駄目よ。ただでさえダーリンの精気は競争率激しいんだから」


「ははは、冗談だよ。最近お前がなかなか帰ってきてくれないからな。こう言っておけば、次も一緒に帰ってきてくれるかと思ってな」


 娘に会いたいという気持ちは分からなくもないけれど、冗談でも言っていいことと駄目なものがあると思う。



「ごめんなさいねえ。もしかしたら、アルフォンス君だけじゃなくて、外界のご飯が美味しくて帰ってくるのが嫌になってるんじゃないか――なんてね。そんなことないわよねえ?」


 これは気づかれているのでは?

 冗談ぽく言っているけれど、彼らの目は真剣だ。



「ははは。まあ、外界の方が食料が豊かなのは間違いないでしょうし、そうでなければ、外界侵略に全てを懸けている体制派や過激派の方々が救われませんが、いつも義兄さんから頂いているお土産のようなご馳走が、毎日食べられるほどではないんでしょう?」


 今日のアルフォンスのお土産はミノタウロスという魔物のお肉と、ロメリア王国内で庶民の味方である安くて質の悪いお酒である。

 どちらも魔界では非常に喜ばれる物なのだけれど、人間界ではあまり贈答品には向かない物だ。



「もしかしたら、もっと美味い物を食べているのかもしれないぞ?」


「ふふふ、莫迦ねえ。そんな世界があるわけないじゃない。ねえ?」


 やはり気づかれているような気がする。

 眼力が全然冗談を言っている感じには見えない。



「ははは。そこら中に美味しい肉や魚の生る木が生えてて、飲みきれないくらいの酒が湧いてくるような世界ならありますけどね」


 湯の川じゃないか。



「はっはっはっ、お伽噺の中というオチなんだろう?」


「アルフォンス君はユーモアも一流ね」


「でも、夢があるお伽噺ですね。姉様も読んだことが?」


「えっ? ええ! そう、知ってる」


 おっと、動揺しないで。

 というか、こっちを見ないで。


 アル、しっかり監督してよ!



「さて、久々の再会で積もる話があるのは分かりますが、ひとまずそのくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」


 さすがアイリス。

 良いところで割り込んだ。



「あっと、申し訳ありません。つい興奮してしまいまして――」


 慌てるグレモリー家の面々。


 まあ、こんな時間にしか報告に来れないくらいに忙しいとでも思ったのかもしれない。

 とにかく、これでようやく話が進む。




 落ち着いて話すため応接室に移動した途端、グレモリー家の人たちに頭を下げられた。


「まずはルナを守っていただいているだけではなく、導いてくださっていることに心からの感謝を」


「いえ、私たちは大したことはしていません。ルナさんの人柄や努力の賜物ですよ」


 突然のことに驚くだけの私に対して、アイリスはこの展開を予想していたかのようにスムーズに返した。



「ですが、あのルナが多少なりとも魔法が使えるようになったと聞きました」


「それも私たちではなく、アモン閣下のご指導によるものです」


「そのアモン閣下と――いえ、止しましょうか。とにかく、おふたりには感謝を」


「それもまだ早いですよ。妨害もかなり少なくなりましたし、マークも緩くなったとは思いますが、まだ油断できる状況ではありません。それに、戦挙の結果次第では外界進出に近づくことになりますので、そういったことが再燃しないとも限りません」


 私が結界を安定させてしまったので、何か手を打たない限りは外界進出はもうできないのだけれど。


 一応、管理者のアルゴスさんと相談はしてみたものの、宝物庫の管理者でしかない彼には結界の調整能力は無いらしく、現在優秀な結界師の求人を行っているところだ。


 むしろ、私が結界の制御技術を習得した方が早いのではとも言われたけれど、頑張って制御した結果がその世界樹だということを忘れてもらっては困る。

 強化することならできるけれど、都合よく弱化することは難しいのだ。

 というか、そういうのは朔の領分だ。



 その朔も、「初期のデーモンコアのような解析対象がなければ難しい」と言っている。


 取り返そうかとも考えたけれど、あれは私が下手に干渉すると壊れかねない繊細な物なので、誰かの手を借りなければならない。

 しかし、神族や悪魔たちが動くことはできず、ルイスさんたちは盗まれていることにすら気づいていない。

 どうしたものか。



「とにかく、改善されているだけでもマシなのでしょう。それより、これほどまでに協力者を得られていることに感動を覚えます」


「それで、戦挙の見通しはどうでしょうか? 今回はバルバトス嬢が参加しないとしないという話を聞いておりますが」


「バルバトスって、あの? リディアだっけ? あの娘、まだ学園にいたんだ。私たちがいた時からかなりヤバい強さだったし、てっきりもう外界に出てるのかと思った」


「ああ、彼女か。まだ若いのに下手な魔王より強かったな。あれから四年……だっけ? もっと強くなってるんだろうなあ」


「姉さんが入学直後の彼女に負けたって聞いた時は驚いたよ。でも、義兄さんなら勝てたんでしょう?」


「うーん、『もちろん』って言いたいところだけど、ああいう基礎能力盛りまくりで、奇策も通じないのは苦手なんだよね。あんまりやりあいたくないってのが本音かな」


 みんなリディアを知っているのか。

 闘大以外では名前を聞かないので、その程度だと思っていた。

 ごめんね。



「そのリディアですが、戦挙に参加しないのは事実です。というか、今の彼女はユノの忠犬ですので、間接的にルナさんの味方といってもいいと思います」


「「「え?」」」


「それどころか、ユノは大魔王ルイス以下体制派の皆さんまで(たぶら)かしていますし、魔界に潜んでいた黄竜までペット化して湯の川送りにしています」


「「「は?」」」


 さすがに「誑かした」というのは人聞きが悪い。

 ちょっと殴りすぎたら精神が壊れただけ――あれ? もっと性質が悪いかも?



「……そのような報告は初めて受けましたが? 事態が急展開しているということでしょうか?」


「いえ、ルナさんの護衛には特に関係の無い情報ですので、報告を控えていただけですが」


「いやいや、そういう重要な情報は共有すべきでは? うちの娘の護衛で、どうして学園や体制派の有力者を篭絡(ろうらく)しているのですか!? もしかして、うちの娘、とんでもないことに巻き込まれていませんか!?」


 愛娘が心配なのは分かるけれど、アイリスの言うように、それらはルナさんの護衛とは関係の無いものである。



「ルナさんが心配なのは分かりますが、基本的に事態は好転の一途を辿っていますので、彼女の安全については心配ありませんよ」


「いえ、その好転の度合いが激しすぎるというか……。一体何をどうすれば大魔王を誑かせるんですか!?」


 そっちは特に何をしたわけでもないので、人聞きが悪い。

 誰とでも仲良くなれる才能――コミュ力の賜物だ。



(ひとえ)にユノの女子力によるものですが」


 コミュ力!

 アイリスは時折言葉のチョイスとか、論理展開がおかしい。



「とにかく、グレイ卿やリリスさんが介入するつもりがなければ報告する必要は無かったのですが……。世の中には知る必要の無いこともありますので、詳細は省きますが――」


 アイリスは、グレモリー家の人たちの不満が良くない方向に向かわないようにという配慮か、ある程度情報を出すことにしたようだ。



「まず、グレイ卿に懸けられている指名手配は、捕まえて罰を与えるためというより、保護の意味合いが強いです。そもそも、ルイス陛下の言によりますと、グレイ卿とは対話をしてみたかっただけとのことですが、それをいきなり斬りつけられて――。まあ、初遭遇はただの偶然で、とにかくその機会を逃がしたくなかったので、捕まえるくらいは大丈夫かなと考えていたそうですが」


「えっ、いや、めっちゃ《威圧》放ってたし、やらなきゃやられるって――。実際に、『最近調子良いらしいじゃねえか。ちょっとうちでお話ししようぜ』とか、『おいおい、そんな緊張するこたねえじゃねえか。楽しくお話しするだけだよ』とか、『お前の秘密は知ってんだぜ?』とかって、めっちゃ邪悪な顔で脅されたんだぞ!?」


「ちゃんと『話をしよう』って言ってるじゃないですか。顔のことを言うなら、貴方の胡散(うさん)くささもなかなかのものだと思いますし、それに秘密というのはグレイ卿が異世界人――元日本人だろうってことですよ」


「ええっ!? 嘘ぉ」


「ルイスさんも元日本人だし、いろいろと改革していたアルのことを高く評価していたよ。というか、人の話をちゃんと聞かないと駄目だよ?」


「おっ、お前にだけは言われたくないわ! いや、えええ、ちょ、マジで……?」


 私が人の話を聞かないのは否定しないけれど、話も聞かずに攻撃するのはさすがに駄目だろう。

 もちろん、対話をすれば上手くいくとは限らないし、「やぎさんゆうびん」のような不毛なやり取りになる可能性もあるのだけれど。



「ルイス陛下は度量の大きな方ですので、斬られたことに関してそれほど恨んではいないようです。グレモリー家に対する損害賠償は、体面的に必要なこと――といいますか、本来であればお家断絶レベルの罰でもおかしくなかったのですが。そもそも、その損害賠償も陛下が主体のものではありませんし、それに、意図してのことかは分かりませんが、陛下がグレモリー家をマークしているという事実が、グレモリー家に対する風当たりを弱めていたのですよ」


「そ、そんな!? 莫大な借金を背負わされていたのに、護られていたなど……」


「で、ですが、言われてみれば、弱った者がいれば全力で叩きに行くのが悪魔族スタイル……」


「認めたくありませんが、確かに借金の返済だけで済んでいたのは幸運ともいえますが……」


 グレモリー家の人たちにも驚愕の事実。


 ルイスさんは見た目は厳ついし口下手だけれど、根は善良な人なのだ。

 むしろ、少し潔癖すぎるくらい。



「グレイ卿が応援に来たことは仕方がないにしても、勝手な行動をされると非常に面倒になります。なのでお伝えしましたが、そういった表に出ていない、出せない事情はたくさんあって、ユノや私はそういうものに触れやすい立場にあります。その上で、ルナさんの身の安全については問題無いと判断します」


「ルナちゃんの身については――って言い方をするってことは、それ以外に問題があるってことですよね?」


 やはりアルは勘が良い――というか、アナスタシアさんとの交渉の場にアルもいたし、そこに思い当たるのも当然か。



「それが、知る必要が無い――知らない方が幸せなことなのですが」


「もしかして、魔界がピンチだったりします?」


「ダーリン、それってどういうこと?」


『魔界の成り立ちと問題点。環境は改善したけど、根本的なところは何も解決してない。状況的には「希望は与えたけど、自滅への道も明確になった」ってところ』


 本当に知らなくてもいいことだと思うけれど、朔がヒントを出した。

 彼らに介入させるつもりだろうか?



 さておき、魔界とは、大昔に起きた人族と悪魔族の全面戦争後、女神ヘラが敗北した悪魔族の滅亡を阻止するために創った結界の中の世界である。


 彼女の神格の大半を犠牲に生成されたそれは、結界の内外をほぼ完全に遮断して、人族による逆侵攻を食い止めたのだ。

 まあ、人族の逆侵攻を容認すると、人族も死兵と化した悪魔族のせいで甚大なダメージを受けたと予測されているので、一概に悪魔族だけのためでもなかったようだけれど。



 その結界を越えるには、移動に関する権能を持つ神族や悪魔や一部の例外を除くと、システムの効果が不安定になる新月や満月の僅かな時間に、運良く――若しくは悪く、「結界の綻びが生じれば」という運頼み。


 もっとも、人族との接触を遮断しても、根本的な問題である環境の悪さや悪魔族の生産性の低さだとかは改善されていない。

 また、活動範囲を限定してしまったことで、元より好戦的だった悪魔族の間で奪い合いが以前にも増して発生するようになった。

 そして、そのせいで魔界の各地で瘴気汚染が進行した。



 瘴気は自然環境下――システムというか魔素が発生する影響下で徐々に浄化される。

 しかし、それ以上に蓄積ペースが早いと、際限なく濃度を上げていく。


 瘴気の主たる発生源となるのは魔力と負の感情で、悪魔族はそのどちらも有り余っている。


 その積み重ねで、現在の瘴気に汚染された魔界が出来上がった。

 悪魔族には瘴気に耐性を持っている種族も多いものの、それにしても限度はあるし、汚染の酷い土地では動植物が変質、若しくは生育できなくなり、生産性は更に低下する。



 また、神格を用いて創られた結界といっても、永続する魔法は存在しないという原則からは逃れられないため、当然に劣化する。


 限界を超えると結界は消滅するのだけれど、それは内部に溜めこまれた瘴気が外界に解放されることを意味していて――瘴気は風雨などの現象で拡散することはないけれど、汚染された動植物を介して拡散する。


 それは悪魔族だけではなく、世界の全てにおいて害となることである。

 いかに女神ヘラ――その成れの果てである大魔王アナスタシアさんが、悪魔族に特別な感情を持っていたとしても看過できるものではない。



 予想されている結界の寿命にはまだ余裕はある。


 しかし、瘴気による結界の侵食はその寿命を縮めることもあって、まずは実情を調査して、最悪の場合は魔界を消滅させることも視野に入れて私が派遣された。

 私からしてみれば、完全に貧乏(くじ)である。



 その後いろいろとあって、結界の強度や寿命に関しての問題は改善した。

 ただし、その副次的効果として、結界を越えられるのは、それなりに強い権能を持つ神族と悪魔くらいになってしまった。



 余談になるけれど、中央では、教会の腐敗が明るみに出て、その権威や何もかもが失墜した。

 それまでその傘の下にいた商人や裏社会の人たちは、既得権益を崩されて不満を募らせていて、敬虔(けいけん)な信徒は心の拠り所を失って暴走を始めそうな気配がある。


 ついでに、デネブやデスの出現を、更に大きな災厄の前兆と捉えた人たちの噂に尾ひれがついて広まっている。


 さらに、虐げられた末に死んだ子供たちの怨霊が、ド派手な格好をした魔物――魔法少女となって人々を襲っているという噂も合わさって、辺境では一風変わった終末観が蔓延(まんえん)している。


 そんな中にデーモンコア発見の噂や、体制派がその恩恵を独占しているという噂も加わって、民衆の不安や不満は日に日に高まっている。



 そんな感じで、環境は改善されたけれど、状況は悪化している感じである。



 総合的にみると、帰還不能点を少し伸ばしただけ。


 今はまだ大きな事件は起きていないけれど、悪魔族の根本的な問題が解決されていないので、そう遠くない未来自滅するだろう――というのが現地管理者たちの予測である。



 そのあたりの詳細は、アルやグレモリー家の人たちには報告していなかった。

 ルナさんの護衛とは関係無い話だし、する必要も無いのだけれど。



 アルは私とアナスタシアさんの交渉の場にいたし、最悪の場合は魔界を滅ぼす可能性もあることは知っているはずだ。

 ただ、このまま放置していても、近い将来破滅するであろうことは知らないだろう。

 まあ、彼の寿命内で起こることではないだろうし、意識していなくてもおかしくない。

 むしろ、知らない方が幸せだったと思う。



 しかし、アルが介入するつもりで、朔もそれを手助けしようとしている時点でそうもいかなくなった。


 少なくとも、アイリスはそう判断したのだろう。

 デリケートな問題なので、不用意に引っ掻き回されると困るのだと。


 そうとは知らずに、破滅のトリガーを引くこともあり得るしね。

 私も釘を刺して――いや、いっそ、ルナさんだけではなく、「魔界を救え」と(そそのか)してみようか?

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