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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第二章 邪神さん、異世界で変身する
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17 地下迷宮

誤字脱字等修正。

 アイリス誘拐事件から3日が経った。


 もちろん、アイリスが誘拐されたことは表沙汰にはなっていない。

 教会の本気の情報操作の賜物である。


 もっとも、さすがに全ては隠蔽(いんぺい)できなかったのか、教会の玄関先にバラバラ死体があったと噂になっているけれど、噂止まりにしているところがすごいね。


 そんな次第なので、アルスの町は平穏そのものだ。



 教会側も、事件の大筋はアイリスからの報告で把握できたのだろう。

 その件については、私たちには何の問合せもなかった。



 それでも、私が魂と精神を奪って殺したキースの件については、何かしらの追及があるかと思っていた。

 しかし、予想に反して、昨日ケイトさんが真っ青な顔で、「全て(つつが)なく処理できました」と報告にきただけだった。


 どこからどう見ても「恙なく」には見えなかったけれど、処理できたというなら蒸し返す必要も無い。

 とにかく、問題が解決できたのなら、私たちも日常に戻ろう。


◇◇◇


 以前セイラさんに指摘された、パーティーにおける役割分担。

 そろそろ、リリーの訓練にもそれを取り入れてみたいと思う。


 もちろん、今まで忘れていたわけではなく、ギルドにいるエリート冒険者さんたちにいろいろと教えてもらっていて、私なりにそれをまとめるのに時間がかかっていたのだ。




 役割分担についていくつか例を挙げると、まずは、最前線で敵の攻撃を受け止めたり、敵そのものを足止めしてパーティーを守るタンク。

 防御力や耐久力が高いタンクが敵を惹きつけることによって、高火力紙装甲のアタッカーが安全に攻撃できて、ヒーラーやバッファーの負担も軽減される。



 次に、敵を攻撃することに専念するアタッカー。

 戦士のような前衛タイプと、魔法使いのような後衛タイプに分かれるけれど、基本的にどちらも高火力で素早く敵を斃すことで、パーティーの消耗を抑える役割である。



 それから、味方の傷を癒したり、味方の能力を上げたり、敵の妨害をしてパーティーを補助をするヒーラーやバッファー。

 中衛か後衛に陣取って、パーティー全体の指揮を執ることも多い役割で、戦場を俯瞰で見るような観察力や洞察力が求められる。


 他には、常に周囲を警戒し、味方に逸早く異常を伝えるスカウトやレンジャー。

 戦闘においてはさほど貢献できないけれど、罠を正確に、敵を逸早く発見できる彼らがいなければ、冒険の難度は跳ね上がる。



 それら基本のものから、更に特化や複合化して、様々なスタイルが存在するらしい。


 どうだ、リリーに教えるために、頑張って勉強したのだよ。



 なお、私とミーティアの戦闘能力は個で完結しているけれど、どちらもオールラウンダーではなく、超が付くほどアタッカーである。

 仲間とか連携とか、深く考えなくても物理で殴れば大体解決するのだ。


 しかし、リリーにそんなことを求めるつもりはない。

 想像したら嫌すぎるし。


 とにかく、リリーの資質的には、魔法を使った攻撃役に向いていたと記憶している。


◇◇◇


 ということで、今日は島にある地下迷宮に来ている。


 もちろん、リリーに役割というものを教えるためで、役割が必要になるであろう場所を選んだのだ。

 先制攻撃一発で斃せるような相手だと、役割も何も必要無いし。


 タフさでいえば、6つ首のヘビもいい相手だったと思うけれど、あれを探し回るとか相手にするのは、私の精神的に厳しい。

 同じ探すなら、幸せになれるものを探したい。



 というか、あれから今日まで、冒険者活動だけでなくお出かけも自粛していたので、気分転換に一日休みにして遊びに行こうかと思っていた。


 しかし、リリーは事件の際に置いてけぼりにされたのがどうにも不服だったらしく、「早く強くなりたいです!」と言って、遊びよりも訓練を望んだのだ。


 セイラさんによると、リリーの成長速度は充分に早いようだし、そんなに生き急がなくてもいいと思うのだけれど、リリーにとっては切実な問題らしい。


 それでも、せめて訓練を楽しいものにしようと、宿で頼んでお弁当やおやつを用意してもらった。

 よくよく考えれば、それは食事が楽しくなるだけで、訓練自体が楽しくなるわけではなかったかもしれない。



 それに、アイリスの方も心配だ。


 自粛期間中は、アイリスの事後処理や工作の邪魔にならないよう会っていなかったのだけれど、領域を展開して、プライバシーを侵害しない程度に見守っていた。

 それで、不審なことはなさそうだと判断して自粛を解除したのだけれど、見ていないとやはり不安になるのは仕方がない。

 警備の数は増えているそうだけれど、数ばかりを増やしてもあまり当てにできなさそうだし。


 もちろん、私がずっとついているわけにもいかないし、アイリスにも考えがあるというのを信用するしかないのだけれど。


◇◇◇


 地下迷宮の入り口は、島の中央――廃墟となった市街地の北端辺りにある、家というには大きすぎる、何らかの施設の地下にあった。


 一応、直線距離ではアルスの町が最も近い町なので、迷宮と町とを繋ぐ直線上に、港や冒険者キャンプが存在する。


 また、私たちのように密航してくる人もそれなりにいるようで、最短以外のルートも存在する。



 しかし、やはり私たちのように空から来る人はいないらしい。

 なぜかちょっと勝った気分。



 念のために、既存のルートを避けて、廃墟の南側から迷宮を目指す。


 しかし、結局迷宮の入り口付近では、迷宮に入る準備をしている、若しくは帰還したパーティーを見かけることになる。


 ちなみに、大半のパーティーは6人前後の小隊で、それ以下の組は、仲間を失ったか、合流待ちといったところなのだろう。


 それ以上に目を惹いたのは、彼らの荷物の多さである。

 どう見ても《固有空間》に収納しきれないほどの量なのだけれど、彼らはそれを荷物持ちの人夫――【ポーター】と呼ばれる人たちを雇って持たせるのだとか。


 女性の旅行でもあるまいし、何をそれほど持って行くのか分からないけれど、アタック前の最終チェックに余念がない様子は、冒険が命懸けのことなのだと理解させられた。



 私たちは頭からすっぽり覆うタイプのローブを羽織っているだけで、荷物らしい荷物を持っていないのだけれど、誰も私たちのことを気にする様子はない。


 仕事を探しに来たポーターだと思われているのか、そもそも他人に気を割く余裕が無いのか。

 とにかく、これなら次からはそう慎重になることもないだろう。



 施設の地下には、迷宮の入口に当たる巨大な扉があった。

 その周囲の壁には、「武器や防具は装備しないと意味が無いぞ」「食料は充分か?」「保険には入ったか?」「歯、磨けよ」「トレイン禁止」など、一部意味の分からない様々な落書きがあった。


 他にも、行方不明になった仲間の捜索依頼や、冒険者を狙う盗賊の情報などの張り紙もあったけれど、特に私たちにとって役に立つ情報もなさそうなので、全てには目を通さずに扉に手をかける。


 しかし、扉は想像していた以上の重量があって、油断していた私は扉を引っ張った反作用で身体の方が動いてしまい、危うく扉にぶつかりそうになった。


 リリーが慌てて、ミーティアに大笑いされた。



 なお、これは一定以上の能力がなければ開けられない、【ステータスチェック】とかいう機能が組み込まれた扉で、ギルドが設置した物らしい。


 つまり、これを自力で開けられなければ入れないのだ。

 道理で入場チェックのようなものがないわけだ。



 もちろん、ミーティアには何の問題もなく開けられて、リリーも身長的な問題で苦労したものの開けられた。

 私は気合を入れて開けようとして、取っ手を折ってしまった。


 みんなで逃げた。




 扉をくぐる瞬間、目に見えない領域の壁のようなものがあって、それが中と外とを隔てていた。

 リリーやミーティアには見えなかったそうで、感じもしなかったらしい。


 迷宮の中と外は概念的には繋がっているけれど、物理的には繋がっていない――というか、迷宮は概念的に隔離された世界なのかもしれない――と朔が考察して、ミーティアがそれを基に異界だと断じていた。


 難しいことは分からないけれど、この見えない壁を壊すのはまずいとだけ覚えておけばいいらしい。



 攻略開始の前に朔と同化して、領域を広げて迷宮内部を探ってみる。

 床、壁、天井は石のようで石でない、私のパンチでもヒビは入るものの砕くには至らず、なおかつ自動修復する謎の物質だ。

 本気――というか、侵食すれば破壊できそうではあるけれど、試した結果どうなるかが分からないので自重する。


 迷宮の構造は、一部例外はあるものの、一辺10メートルの正六面体を最小単位として、その上下に天井と床があって、側面には壁が有ったり無かったり、扉が有ったり無かったりして、それを平面的に組み合わせてできたフロアが、何層にも重なってできている感じのものだ。


 しかし、あまりに広すぎて、ちょっとあれな魔物もいたりして、途中で探索を諦めた。


 とにかく、一層一層が広い。

 魔物も多い。


 迷子になっているらしき人たちも何組かいた。


 薄っすらと壁が光っているので、真っ暗ではないけれど、決して明るいとはいえない。

 視覚的には、どこを見ても代り映えせず、空も地面も見えないので方角も分からない。


 それだけでも攻略難度は高いのに、更に罠まで仕掛けてあるらしい。



 なお、下層へ向かうための階段へと続く最短ルート上は、魔物、罠共に排除、無力化をされているようで、数は少ない。


 しかし、そのルートから少しでも離れると、それはもううんざりするほどいる。


 また、迷宮の1、2階ではF〜Cランクの魔物が大半を占めていて、稀にBランクのものが交じる程度だけれど、やはりとにかく数が多い。

 考え無しに突っ込むと、戦闘音で周りの魔物を引き寄せて、魔物が渋滞を起こすほどの事態になるようだ。

 とはいえ、それくらいの方がリリーの訓練になるかもしれない。



 肝心の役割分担は、適性だけでいえば、私たちは3人ともアタッカーだ。

 リリーが辛うじて支援を務められるくらいか。


 しかし、私とミーティアくらい丈夫なら、格下の敵が相手であれば、足止めくらいは造作もない。

 そして、純粋に体術と手加減の上手さから、私が前線で敵を足止め、又は拘束して、リリーがそこに攻撃を加える。

 特に役割の無いミーティアには、リリーの攻撃が単調にならないように、適度に邪魔をしてもらう。

 ひとまずそんな感じでやってみることにする。


◇◇◇


 迷宮には様々な魔物がいた。


 本能の赴くまま獲物に襲いかかってくる獣型の魔物は分かりやすくていい。



 しかし、それが人型になると、途端に判断に困る。


 粗末な武器で武装した、緑色の醜くて小さいおじさん――【ゴブリン】という魔物は、オークと違って意思の疎通ができず、私たちの姿を見ると喜々として襲いかかってきた。


 危険度にすると最低ランクのその魔物は、どこに危険があるのか分からない虚弱さで、リリーが素手で粉砕できる程度だった。


 他にも、牛や馬の頭を持った大男とも意思の疎通はできず、倒すほかなかったのだけれど、中にはどこからどう見ても人間の姿なのに、話が通じない――野生の人間とでもいうべき厄介なものがいた。

 ミーティアが言うには、彼らは【レベル○シーフ】とか【レベル○ファイター】とよばれている、【ミミック】という宝箱などに擬態する魔物の近縁種だそうで、人間とは明確に別の種だそうだ。


 要するに、それらは迷宮が生み出したヒトモドキとでもいうべき存在なのだ。



 もちろん、私にはそんな異世界の理屈など理解できない。

 確かに彼らの魂はすこぶる歪だけれど、人間の魂なんて多かれ少なかれ歪なものだ。


 というか、ファンタジー世界の闇が深すぎる気がする。

 発想がいちいちヤバいわ。



 そして、ファンタジーというか、ホラーでは定番の【ゾンビ】。

 グロい。

 いろいろはみ出してたり、ウジとかハエのオプションがついていたり、何より私の良すぎる嗅覚には臭いもきつい。


 他にもワンボックスカーサイズのナメクジとか、軽トラサイズのカマキリ、人間大のゴ〇ブリ――などなど、目にするだけでも身体が竦み、助けを乞うレベルのものも存在した。


 大人の威厳などあったものではない。



 これらの魔物に対しては、私の出番は無い。

 ミーティアと隊列を入れ替えて、リリーの後ろでふたりを応援する。


 そうして、ナメクジがリリーの魔法を受けて爆散する。

 カマキリからハリガネムシが這い出してくる。

 仲間の焼ける匂いに釣られたか、大量のGが湧いてきた時には失神するかと思った。

 できないけれど。



 そういったアンタッチャブルな魔物以外であれば、私の敵ではない。


 二足歩行の魔物を地面に転がし、四足歩行の魔物を宙に浮かせて、空を飛ぶ魔物にぶつける。

 もっとも、天井まで10メートルしかないので、飛んでいるだけでは大した脅威にならないけれど。


 それでも、何せ数が多いので、一体当たりに使える時間は少ない。

 リリーにも、いつも以上に先読みする能力が求められる。


 そして、倒した魔物はすぐには回収せずに、実戦ではそれらが障害物になると教えることも忘れない。


 もちろん、折を見て回収することも忘れない。

 立派な収入源だしね。



 リリーの魔力が少なくなると、私に抱きついて小休止するか、敵が残っていれば私が肩車した状態での訓練になる。


 セイラさん、こんな感じでいいのでしょうか?


◇◇◇


 不思議なことに、一定範囲の魔物を全滅させると、突然大きな箱――どう見ても、イベントやゲームで見るような、いかにもな宝箱が出現することがある。


 しかし、いざ開けようとすると矢が飛びだしたり爆発したりと、罠が仕掛けられていることが多かった。

 ビックリ箱か。



 箱の中には、武器や防具、そして様々な道具類が入っていたと思うのだけれど、箱が爆発したりすれば当然中身も損傷するので、正確なところは不明である。

 そして、爆発ではなくても、罠の解除に失敗すれば、中身に被害が出るような造りになっているので、大体ガラクタになる。


 とはいえ、罠のほとんどは物理的な仕掛けで、罠の効果が魔法的なものであっても、トリガーは「箱を開ける」という行為だ。

 つまり、箱ごと中身を取り込んでしまえば、罠など何の役にも立たない。


 むしろ、中身だけを抜くこともできるのだけれど、来た時よりも美しくという観点からすれば、箱を放置することは許されない。


 とりあえず、中身の武具や道具がどういう物かは後で調べるとして、リリーの訓練を優先して先へ進む。



 なお、罠は宝箱だけではなく、迷宮の床や壁、稀に天井にも仕掛けられているのだけれど、こちらは失うものがないので、まるで脅威にはならない。

 今更矢や槍が飛び出してきても、何かのガスが噴出したとしても、私とミーティアは当然として、リリーでさえ大した被害を受けない。

 さらに、ダークゾーンとよばれる完全に闇で覆われた空間や、魔法が無効化される空間では、相対的に私が有利になるだけ。電気が流れる床や壁は純粋な私には通じないし、落とし穴に至っては、下層へのショートカットでしかない。


 ただ、強制《転移》の罠だけは、少々厄介に思えた。

 《転移》先の状況が事前に分からないのと、みんなバラバラに分断されると面倒なことになりそうだし、場合によっては致命的な状況に放り込まれるかもしれない。


 もっとも、起動から発動までには僅かな時間――私にとっては充分な時間があるので、領域を展開してレジストすることが可能だったけれど。


 そんな感じで、今のところは進行に大きな問題は無いけれど、油断していると思いもしない罠――さすがにないとは思うけれど、ミサイルが飛んできたりするかもしれない。

 それも私かミーティアがいればどうにかなるかもしれないけれど、とにかく油断はしないようにしなければいけない。


 何かの間違いで分断されて、虫だらけの場所にひとりで放り込まれたりすると、突破できる気がしないし。




 きりの良いところまで、もしくはリリーに疲れが見えるまで――と思って駆け抜けること数時間。


 私たちは、地下10階の最奥にある、大きな扉の前まで到達していた。


 リリーの基礎体力が超人レベルになっていることや、私に抱きついて体力魔力を回復というよく分からない補給方法のせいで、その数時間ほぼ戦闘し続けていたにもかかわらず、全く疲れた様子がない。


 そういえば、レベルアップすると体力や魔力が回復するらしいし、それなりにレベルも上がっているのかもしれない。



 扉の奥は50メートル四方の大きな広間になっていて、天井までも20メートルある。

 そこに大きな人――身長8メートルはある、とてもマッシブな巨人さんが仁王立ちしていた。


 この迷宮――ここに住んでいるのだろうか?

 生活感がないので、通いなのだろうか。


 どちらにしても、下層に続く階段は、その巨人さんの背後に――というか、その巨人さんが階段を守っているような印象を受ける。


 ミーティアの推測では、この迷宮にいる魔物の大半は、迷宮を守るために生み出されたり召喚されたものだそうで、とにかく、侵入者を排除する性質を持っているらしい。

 つまり、対話は基本的に不可能だと思った方がいいようだ。


 好戦的な性格のミーティアの言ったことなので、少し疑念が残るけれど、外見的には人間にしか見えないレベル10メイジが開幕肉弾戦を挑んできたり、ファイターが手に持つ武器を使わず噛みつこうとしてきた様子を見ていると、私の常識など通用しないのだと納得せざるを得ない。


 つまり、この巨人さん――いや、巨人とも意思の疎通はできず、斃すか、隙を見て通れということだと思った方がいい。



 なお、この巨人には目がひとつしかない。

 隻眼ということではなく、顔の中央に大きな目がひとつだけなのだ。

 あからさまに弱点に見えるのだけれど、罠だったりするのだろうか?

 というか、身体の大きさはともかく、何がどうなってそんな進化を遂げたのだろう? 

 ドライアイとか深刻そうだ。


 何にしても、このひとつ目巨人を倒せば区切りになるかな。

 そろそろ飽きてきたから、一度帰りたいんだよね。


◇◇◇


「準備はいい?」


 広間の中に入っても、ひとつ目の巨人は階段の前を動こうとしない。


 しかし、肩をぐるぐる回して、やる気は満々だといわんばかりにアピールしてくる。

 どうやら、誘き出して、その隙に階段へ――という手段は採れないらしい。


 そのつもりもないけれど。



「はい!」


 リリーの返事もヤる気に満ちていた。

 準備はいいようだけれど、さてどう攻略したものか――と、とりあえずひとつ目巨人に向かって歩きながら考える。


 リリーの訓練が目的なので、斃してしまったりダメージを与えすぎても駄目だ。


 もちろん、リリーが攻撃を受けるようなことも論外だ。


 転がすか浮かせるか――ひと当たりして、後は流れでどうにかしようか。


 そうして、ひとつ目巨人の物理的な間合いに入った途端、巨人がその手に持った棍棒を、私に向けて勢いよく振り下ろしてくる。


 たかが棍棒とはいえ、ひとつ目巨人が持つそれは、立派な丸太である。

 そして、丸太は俺も日本でよく利用していた、立派な武器である。

 ダメージはなくても、下手に受ければ吹き飛ばされるだろう。


 避けるのは簡単だけれど、いろいろと考えた結果、リーチが邪魔なので奪っておくべきだと判断した。



 振り下ろされる棍棒の根元付近を十字受けで受け止めて、同時にひとつ目巨人の指を砕くように蹴り上げる。

 自身の腰より高い位置を蹴るのはあまり好きではないのだけれど、人間相手ではないので、臨機応変に対応するしかない。



 さておき、小指を砕かれたひとつ目巨人は、「ギャッ!?」と短い悲鳴を上げて、棍棒を持つ手を緩める。

 その隙に棍棒をもぎ取って、すぐさまひとつ目巨人の視界と注意を奪うように、その大きな目に向けて緩やかに放り投げる。



 反射的に顔を逸らして、防御姿勢を取ろうとするひとつ目巨人の股下をくぐり抜けつつ、重心のかかっていた方の足を掴んで、そのまま後方に走る。


 そうすると、砕かれた指の痛みと、抉られた足首の痛み、ついでに若干崩れた重心に、それぞれ同時に対応できないひとつ目巨人が、前方に手をついて四つん這いになる。


 さらに、反射的に起き上がろうとするひとつ目巨人の肘の内側――ファニーボーンといわれる部位を掌打でを強打して、再びバランスを崩させる。


 駄目押しに、天井を利用した三角飛びで、ひとつ目巨人の頭を踏みつけて床を舐めさせる。



 身体のサイズが違いすぎるせいで、転ばせるだけでも大変だ。

 というか、全体的な流れが恐ろしく不細工だったけれど、どうにかひとつ目巨人に大きなダメージを与えることなく、リリーが攻撃できるチャンスを作った。


 我ながら見事なタンク仕事である。

 普通に殺すよりも、妙な達成感がある。



 憤怒の相を浮かべるひとつ目巨人の無防備な目に、リリーの上級火魔法《炎矢》が突き刺さって、巨人が顔面を押さえてのた打ち回る。

 やはり弱点だったのだろうか?


 リリーはその後も《狐火》を出して、ひとつ目巨人の動きを制限しつつ、《炎矢》でチクチクと削っていく。


 リリーのお得意のパターンだけれど、一方で、頭上に巨大な《炎槍》を生成していて、徐々にその大きさと密度を増している。

 ひとつ目巨人がダメージ覚悟で反撃に出ようとしたり、対処を間違えたりしたときは、一気に決めるつもりだろう。


 あれ?

 もう私は必要無い?

 というか、この手際の良さなら、最初から必要無かったかも?




 いきなり隙の大きな攻撃を狙うのは単なる博打だと思うのだけれど、どうにもこの世界では、基本や小技の応酬や駆け引きより、強いとか早いスキルや魔法をぶつけ合って勝負を決めることが多いらしい。


 相手が格上なら自殺行為でしかないと思うけれど。

 私なら、そんな隙は見逃さない。


 しかし、この世界では、相手が格上の場合は、数の力で対抗するのだとか。

 数の力が無力だというわけではないけれど、ただ数を増やすだけでは意味が無いのでは?



 しかし、そんな莫迦なと思うかもしれないけれど、この世界では、私のいう間合い操作のような、スキルやシステムの補正が無いものの方こそリスクが大きいのだとか。

 それでも一応定石のようなものはあるらしくて、この世界での駆け引きとは、その定石をどこまで知っているか、使えるかなのだそうだ。


 もうわけが分からない。



 当然、彼らから見れば、私の方が定石ガン無視。

 私が戦い方を教えているリリーも同様だ。


 私からすると、しっかりやれていると思うところを、異世界の常識からすると、偶然や運の要素が強い――スキルなどのように、明確な効果が出ないものとして映っているのかもしれない。


 どちらが正しいかについては、まだ分かりかねるといったころ。


 もっとこの世界のことを知らないと判断できないとはいえ、実際のところ、正誤にはあまり興味が無い。



 現に、最初こそ私が手を出したものの、後はリリーひとりでひとつ目巨人を完封する戦い方をしている。

 この事実で充分じゃない?



 魔法やスキルはシステム由来のものだけれど、その運用方法についてはシステムは関係無い。


 いきなり《炎槍》を撃っても避けられるか、防御されるか。


 斃しきれなければ、反撃を受けるかもしれない。


 だから、反撃されないよう数で押し切る――という理屈は分からなくもない。

 むしろ、安全策といえるかもしれない。


 それからすれば、リリーのようにひとりで二役三役とこなしているのは、ひとつでもミスやイレギュラーがあると全てが――あっ、そういうことか!



 冒険者という名称や、戦士や魔法使いというクラスで勘違いしていたかもしれない。


 冒険者がしている――しようとしているのは、効率化された狩りであって、私がリリーに教えているのは戦闘技術なのだ。


 魔物を斃すという点では同じだけれど――何がどう違うかはちょっと説明できそうにないけれど、私がリリーに教えたいのは、どんな状況や環境でも生きていける術であって、戦闘技術はひとつの手段でしかない。


 他にも勉強とか趣味とか、いろいろ経験させて――



 ドスンという鈍い音を立てて、ひとつ目巨人が斃れた。

 動かなくなったそれを前に、いまだにリリーは警戒を解いていない。


 勝ったとか終わったと思って気を抜くと危険だと、私が自分のことを棚に上げて教えたことを忠実に守っているのだろう。

 賢い子だ。



 ひとつ目巨人の死体を回収してから、褒めてほしそうにしていたリリーの頭を撫でる。


 驚くべきことに、リリーは巨人が弱り始めてから毒や麻痺などの状態異常まで入れていたらしく、途中から巨人には打つ手がなくなっていたらしい。

 優秀すぎて、私が教えられることはすぐになくなりそうだ。


 とにかく、もっと褒めるか。


 というか、何かを思いついたような気がしたのだけれど……?

 思い出せないということは、きっと大したことでもないのだろう。

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