06 準備期間
――ユノ視点――
みんな真面目に訓練に取り組んでいたけれど、残念ながら大した成果はないまま時間切れとなった。
といっても、負傷して訓練が続けられなくなったとか、伸びしろが無くなったとかそういうことではなく、ひとつの区切りとして闘大総戦挙の開始時期が到来しただけである。
それでも、間合い操作の「ま」の字も知らない頃からすると少しはマシになったし、それを知らない人たちに対しては高いアドバンテージも持っているのではないかとも思う。
まだこの程度で増長されても困るので褒めないけれど。
さて、それと同時に、保養所という名の要塞から魔界村に帰還する。
道中特に問題は起きず、終始和やかムードだった。
このままいけば、アドンの件も有耶無耶になりそうな感じである。
魔界村に着いてからは、そのまま闘大に戻ってもよかったのだけれど、ルナさんの班の参加枠にひとつ空きがあることだし、せっかくなので「弾避けを増やそう」という話になって、ハンター協会を訪ねることになった。
弾避けには、お金で雇えて良心が痛まない人が最適なのだ。
そこで、たまたま居合わせた、お金に困って剣を売ろうかと悩んでいたキリクさんを勧誘した。
私たちがキリクさんたちと会うのは随分と久し振りになるけれど、彼らはデネブ討伐作戦の後も真面目に依頼をこなしていて、極貧状態から脱出していた――はずだった。
それに、デネブ戦の特需も手伝って、冬支度も順調で、この調子を維持できれば、すぐにでも以前の水準の生活に戻れるところにまできていたはずだ。
しかし、それに気を良くして油断したマキシさんが、少々深酒した勢いで人妻に手を出したらしい。
それが旦那さんにバレて、身包みを剥がされるという事件があったのだとか。
それって美人局なのでは?
そうして素寒貧になって泣きついてきたマキシさんに対して、ほかの仲間たちが「自業自得だ」と嘲笑う中、キリクさんだけは少ない蓄えの中から彼を援助した。
もちろん、彼自身が破綻するほどの援助はしていないそうだけれど、援助という行為自体が魔界では珍しい。
彼は、自己責任論の強い魔界では珍しいお人好しのようだ。
しかし、繁忙期や平時であれば挽回もできたのかもしれないけれど、これからは冬季を目前とした、狩りの成果や依頼も減る時期である。
デネブ特需も既に終息していたし、キリクさんはギリギリの、マキシさんは初の冬眠に挑戦する冬となる予定だった。
しかし、キリクさんはその性格のおかげか、性の同異を問わずに好感を持たれていたらしい。
ルナさんたちが、闘大に戻る前に彼を誘ってみようと思いついたのも、そういうところにあるのだろう。
それでなぜ彼がボッチなのかは謎だけれど、弾避けには最適な人材なのは間違いない。
こうして、冬季の間の食事や経済的な支援を条件に、キリクさんが雇用された。
そして、私の次のミッションは、彼がルナさんたちの足を引っ張らない水準まで鍛えることである。
「えっ、ユノさんから訓練まで受けられるの? 普通はお金払わないといけないと思うんだけど……。こんなに待遇良くていいの?」
そんな感じで無邪気に喜んでいたけれど、時間的猶予も無いので、ルナさんたち以上にガンガンいく。
「つまり、俺も仲間だって認められたってことなのかな? だったら、俺のことも呼び捨てで呼んでくれ」
少し話が飛躍したな。
まあ、すぐに敬称や愛称なんて気にしていられなくなると思うけれど、それで気が済むなら受け容れよう。
「よろしくお願いします、キリク」
「いや、俺の方こそよろしく、ユノ。強くなれるならどんな訓練でもついていくから、手心とかは加えなくていいぜ!」
言質ゲット。
「あの、俺――私も雇っていただけないでしょうか? 戦闘要員じゃなくても、作戦立てたりとか、何なら雑用でも……」
なお、マキシさんも立候補してきたけれど、倫理的な問題を起こされると、最悪の場合は失格になるので拒否された。
貴殿の今後益々のご活躍を心よりお祈り申上げます。
また、彼らのパーティーメンバーの、バーンさんとステラさんも参加したかったようだけれど、募集人員は一名のみなことに加えて、弾避けとしてはお人好しの彼が適任であったため、こちらもお断りすることに。
外部協力員として雇う手もあるのだけれど、マキシさんひとりを残すと、問題を起こすか、野垂れ死にそうなので、やはり不採用という結論になった。
後で、ルイスさんに仕事を紹介してもらえないか問い合わせてあげよう。
なお、ソロ活動期間が長かったキリクは、剣士でありながら、探索や探知、隠蔽系のスキルにも造詣が深く、斥候もこなせる点も高評価である。
しかも、発射された銃弾を剣で斬り落とすという、漫画のような芸も持っているし、比喩や照れ隠しなどではなく、弾避けとしてはこれ以上ない逸材だった。
つまり、攻撃面は最低限でいいので、長所である防御面や生存能力を底上げする方向で追い込めばいいのだ。
頑張るぞー!
◇◇◇
戦挙は競技場内で行われるような試合形式ではなく、学園内の任意の場所に陣地を構築し、その防衛と奪取という形式で行われる。
序列1位はただ強いだけでは駄目ということで、戦略だとか知力なども含めた総合力を試すというお題目である。
そうして、成績トップで勝ち残ったチームのリーダーが1位に、メンバーが2~5位となる。
故四天王が大した実績もなく四天王だったのは、リディアの腰巾着になれる程度の実家の影響力が大きかったのだろう。
さて、陣地には、チームを象徴する、それと分かるオブジェクトの設置が義務づけられている。
それを防衛、奪取したまま一定時間が経過、若しくは他チームの物を破壊することで加点となる。
また、他チームのメンバーを倒すか、逆に倒されると、事前に測定していたレベル差に応じて加点か減点。
格下を多く倒しても加点は少なく、格上を倒すと大きく加算されるシステムになっている。
なお、戦闘で負けても即敗退とはならず、棄権を宣言するまでは戦線復帰は可能である。
ただし、運悪く死亡してしまうと当然敗退となる上に、何の補償もない上に、殺害した側にも大したペナルティは無い。
ある程度、強者といえる者同士の戦闘で、分が悪いと感じたなら、逃げるか、ポイントを犠牲に降伏すれば済むことで、一獲千金を夢見て瞬殺されるほどの格上に挑むのは、挑戦ではなく自殺であると判断されるようだ。
参加者はみんな遊びでやっているわけではないので、せめて相手は選ぼうと、それくらいの知能は持ち合わせていなければならないということらしい。
一応は行事なので、なるべく死者が出ないように配慮はされているけれど、それで緊張感が失われてしまうくらいなら、多少の犠牲には目を瞑るのが魔界の流儀らしい。
ちなみに、戦挙期間中に限った話ではないけれど、死傷者への補償は無いくせに、学園施設に与えた損害は、後できっちり請求される。
しかも、学園は公共事業でも慈善事業でもないからと、いろいろな名目で加算されて割高になるとのことで、財力も試されるらしい。
その点、私とアイリスが参加しないことを条件に、それらの費用が発生した場合はルイスさんが補償してくれることになっているので、それを気にせず戦える彼女たちにとっては大きなアドバンテージとなる。
まあ、正当な事由も無く故意に壊した物は対象外だそうだし、そうでなくても、やりすぎると後で怒られると思うけれど。
学園に戻ると、まだ後期開始前ということもあって、学生の数は半数以下程度しかいなかった。
といっても、後期開始後も、お家の事情や冬眠などの理由で、前期の六~八割程度の学生数となるそうだ。
ただ、戦挙の外部協力員などの名目で、学生以外の人が結構入ってきているため、前期よりは賑やかな感じがする。
一応、研究や実験などで学園の設備が必要な学生たちもいるようだけれど、選挙期間中は引き籠っているそうだ。
例年どおりなら、総戦挙に参加するのは百名程度。
パーティー数にすると、三十から四十といったところだけれど、参加者の陣地構築に協力したり、後方支援をする人たちも含めると、そこそこいい人数になる。
なお、去年まではリディアの天下だったので、参加者は減少傾向にあった。
リディアには勝ち目が無いし、四天王が自分たちのポジションを守るために無茶をするし。
しかし、今年の総戦挙はリディアが不参加で、ついでに四天王も死亡しているため、それまでの抑圧からの解放も含めて、結構増えると予想されている。
◇◇◇
運営に回るリディアと別れて、ルナさんたちも陣地構築に向けての準備を行う。
本来であれば、代表者が運営本部に出向いて参加メンバーの登録などをしなければならなかったのだけれど、それらはリディアが職権濫用気味に代理で行ってくれる。
至れり尽くせりである。
陣地構築にもルールがある――というか、後期も一応講義はあるので、それに使う講堂や訓練場は原則使用不可である。
一般的には、参加者が所属するサークルの部室を陣地にしたり、空いている訓練場や倉庫などの堅牢な建物を利用することが多いのだけれど、当然、学園から許可が出ないと使えない。
ほかには、昆虫系悪魔族が校庭に穴を掘ったり、鳥系悪魔族が高い塔の上に巣を作ったり、果てにはダンジョンコアなる秘宝を用いて地下迷宮を造ったりと、かなり自由度が高い。
ちなみに、これも戦挙後には原状回復義務が発生する。
毎年何人かは強制労働するはめになるとか。
また、エカテリーナのようなソロ志向の人もそこそこいる。
協調性の無い人が多いのは、悪魔族の先天的なものらしいので仕方がないのだけれど、それでは自陣の防衛と敵陣の攻略というルール的に支障が出る。
だからといって参加を認めないのも、下手に特例を認めるのも問題が出る。
そもそも、総合力を測るためのチーム戦なのに、ひとりで参加することがおかしい――とはいえ、時折リディアのようにひとりであれこれできてしまう傑物もいたりする。
そこで、どうしても個人での参加を希望するなら、陣地を守る必要は無いけれど、一度でも負ければ失格という特別ルールが適用される。
少々厳しい気もするけれど、それくらいでなければみんな個人参加しようとするらしく、初代大魔王をリスペクトしている――彼のように、人々を導く人材を育成したい学園としては、個の力が優れているだけの者に筆頭だとか主席だと名乗らせたくないらしい。
それだとリディアはどうなのかと思ったのだけれど、彼女の場合はいつでもチームが作れる程度に人望や人脈があったし、家も名家中の名家である。
リディアは、それに頼るだけでは大成しないと、本人の力だけで行けるところまで行ってみようとしていたらこうなっていただけだそうだ。
リディアの祖父である学長先生も、彼女の能力や資質には満足していたようだし、それもひとつの成功例といっていいのだろう。
その学長先生は、今回は私を参加させて、初代大魔王の再来としたかったようだ。
しかし、そういったことは、神や悪魔の力を借りられる立場の私ではなく、ルイスさんや学長先生、それにリディアといった、そういう意志がある人がするべきことである。
私はその応援をするくらいがちょうどいい。
なので、学長先生には、ルイスさんに参加を禁じられていることも含めてそう伝えたのだけれど、当然のように「君にその意志はないのか!?」と食い下がられた。
もちろん、無い――と、はっきり答えると角が立ちそうなので、『私に「その意志がある」といったところで、それが私の意志なのか、神の意志なのか、判断ができないでしょう』と朔が牽制を入れてくれた。
そこに、私も「私には、そういった人たちが帰ってこれる場所を守っているくらいがちょうどいいんですよ」と追い打ちしておいた。
ただ、私の止めのひと言は余計だったのか、謙虚だ慈愛だママだと過剰に賞賛されてしまった。
はて、ママとは賞賛の言葉だっただろうか?
まあ、母は強しともいうし、悪い言葉ではないと思うけれど。
さておき、私とアイリスの不参加は学長先生たちにも納得してもらったけれど、事情を知らない職員さんや学生さんの中には、意外と思う人も多いらしい。
そして今、そんな人たちの中で、私たちの参加を信じて不参加の予定だった人たちの、参加表明が相次いでいる。
といっても、「ライバルが減ったから」という理由での参加はごく僅か。
大半は、私の親衛隊を自称する人たちの覇権争いだそうだ。
私たちが参加するのであれば、陰ながら支援しようと考えていた人たちが、私たちが参加しないと知るや否や、
「自分たちこそが真の親衛隊である!」
「自分たちが最も有能な親衛隊である!」
「ユノ様の寵愛を受けるのは我々である!」
などと喧嘩を始めて、総戦挙で雌雄を決する流れになったとか。
私やアイリスがいない間に随分と先鋭化していたようだ。
一応、リディアの仲裁によって、一般的な総戦挙参加者という体裁にはなっているけれど、根底にあるものは変わっていない。
リディアにも、「軽く百を超える彼らが暴走すると、戦挙どころではなくなってしまう可能性もあります」と、注意をするように言われた。
もっとも、何をどう注意すればいいのかは教えてくれなかったので、その忠告には従えないかもしれない。
とにかく、今の私は、キリクを鍛えることに集中するのみ。
頑張るぞー!
「た、助け……」




