04 友情トレーニング(失敗率3%)
メイの撃ち出した《石弾》の弾幕に紛れて、側面からメアが接近してくる。
システム的な表現では「魔法無効化能力が高い」私には、火や雷といった属性の付与された魔法はほとんど効果がない。
というか、どちらもただの物理的な物だったり現象なので、私を侵食できる魔法――可能性ではない。
彼女たちが、私に対しては物理的な石礫や氷塊を飛ばした方が効果的だと考えているのは、恐らく、実体がある物は無効化できないとでも考えているのだろう。
まあ、魔法で飛ばした石礫や氷塊が《固有空間》に収納するのができない――難しいことも一因なのだと思うけれど、それは単なるシステムの仕様で、彼女たちの勘違いである。
というのも、《固有空間》に収納できるのは、術者の手の届く範囲にあって、ある程度正確に認識できている物に限られるそうだ。
なので、まともに認識できないような速度だと収納できないし、認識できていれば特に収納する必要が無く、認識できていても容量オーバーだとどうにもならない。
それはさておき、これは訓練なので、私はどんな魔法に対しても、防御や回避行動をとるようにしている。
そういった意味では、ルイスさんやトライさんとの手合わせと同じである。
しかし、彼女たちにそのあたりの配慮は伝わっていないらしい。
彼女たちに対処できないことをしても訓練にならないのに……。
それとも、彼女たちも「これは実戦だと」いう緊張感をもって臨んでいるということだろうか?
それならいいのだけれど。
頭にバケツを被っていても、いろいろと認識できる私には物理的死角は存在しない。
それはメアとメイも理解しているようで、位置関係より連携のタイミングで隙を作ろうとする試みは悪くはない。
それも何度も失敗しているけれど、しっかりと頭を使って、常に工夫してくるところが。
なお、メアは攻撃力と速度に優れていて、とにかく自分のペースに巻き込んでしまうような強襲が得意。
メイの方は速度と技術に優れた陽動や攪乱が得意なタイプで、こちらも自分のペースに引き込むタイプだ。
トライさんのお弟子さんらしく、なかなか間合いの取り方が上手い。
例外として、メアはメイの、メイはメアのペースに合わせることはできるようで、二人が一緒だと、メイが掻き回してメアが決めるというのが、彼女たちの得意なパターンのようだ。
それに、逆のパターン――メイの方にも決定力が無いわけではないので、注意が必要(※トライアン談)なのだとか。
とまあ、天狗になるくらいの実力はあったということらしい。
ただし、問題は精神面にあるように思う。
メアの方はすぐに調子に乗って連携とかをおざなりにする傾向があるし、メイの方は逆境に弱く――私が接近するだけで泣きそうになる。
なので、鍛えるのはそちらの方に重点を置くべきかと思うのだけれど、精神力の鍛え方はよく知らないので、とりあえず追い込む程度で様子を見る。
さて、彼女たちが安易な奇策に走らなくなったのは、それで何度も痛い目を見ているからだろう。
そういうのが駄目だとは言わない。
実戦ではインスピレーションとかも大事。
しかし、今はまだまだ地力を上げる時期であって、そういうものが通用したと増長されても困るので、完膚なきまでに叩き潰していたりする。
そもそも、奇策に走るにしても、魔力――相手の魂や精神の状態が見えるようになれば、何をするつもりなのか大体分かるようになるはずなので、この段階でのそういう工夫はあまり意味が無い。
つまり、優先すべきは、彼女たち自身の魔力の認識や扱いから変えていくことだと思う。
そうすることで、魔法で現象を起こすとか物質を飛ばすようなものは、その本質から遠ざかっているとか、私くらいの相手になると脅威にはなり得ないことにも気づくだろう。
それでも、私を攻略するためには魔素が認識できないと難しいけれど、彼女たちが魔力の扱いに習熟すれば、私以外の人なら状態を見抜けるようになるかもしれない。
そうなれば、レベル的には格上が相手でも渡り合えるようになるかもしれないし、そのまま精進すれば、いずれは私にも届くかもしれない。
とはいえ、今の階梯で、全ての勘違いを一蹴してしまうと、彼女たちの攻め手が無くなってしまう――訓練にはならなくなってしまうので、やる気を維持させる程度の対応をしないといけない。
とても面倒くさい。
ひとまず、照準をつけさせないよう、不規則に前後左右に小ジャンプなども交えてジグザグ移動する。
そうして弾幕を躱しつつ、徐々に、そして確実にメイとの距離を詰めていく。
「こっ、来ないでー!」
まだかなり距離がある段階から、メイの悲鳴に近い泣き言が洩れる。
メンタルが弱いとかそういうレベルではないけれど、間合い操作的に「詰んでいる」ことが分かっているという意味では優秀である。
「行かせません!」
私がメイとの間合いを詰め始めたことで、彼女との接近を阻むようにジュディスさんが位置取りを変える。
すると、曇り始めていたメイの瞳に希望が戻る。
まあ、その希望もすぐに潰えるのだけれど、そんな一瞬の希望だと分かっていても、庇ってもらえるのは嬉しいようだ。
さておき、ジュディスさんは防御力と体力に優れたタンク型で、相手の攻撃を凌いでから反撃するのが得意なタイプ。
ただし、速度はあまり――というか、速そうな見た目とは裏腹に低いので、《挑発》スキルの効かない私だとスルーすることも可能である。
もちろん、そうすると訓練にならないので、付き合ってあげるのだけれど。
大剣を正眼に構えたジュディスさんに対して、じっくりと距離を詰めつつ、事前にキャッチしていたメイの石礫を投擲する。
私くらいになると、特殊な能力を使わずとも、高速で飛んでくる石礫を誰にもバレずに受け止めることなど朝飯前である。
また、野球の名投手のクイックモーションより速く投げることも可能だけれど、やはり訓練なので、大きくゆったりとしたフォームで、石が壊れない程度の剛速球を投げる。
ジュディスさんは、それを避けることもなく身体で受け止めた。
かなり痛そうだけれど、その衝撃や痛みに怯むことなく私との交錯に備える。
石礫を避けることでダメージを回避するより、私から意識を逸らす方が危険だと判断してのことだろう。
良い判断だ。
まあ、それならそれで、距離を保って石を投げ続けてもいいのだけれど、それでは訓練ではなく虐めになってしまう。
そういうのは、投擲に的確に対応しつつ、私から意識を逸らさないにようになったらやろう。
もっとも、彼女の場合は、ルナさんに気を遣いすぎることを止めさせる方が先か。
今も意識の何割かはルナさんに向いているようだし、もっと彼女を信頼して任せてあげれば自身のパフォーマンスも上がるだろうし、彼女の成長にも繋がると思うのだけれど。
立場的に難しいのかもしれないけれど、それならそんなことに気が回らないくらいに追い込むしかないのだろう。
さておき、メアも私のすぐ後ろにまで迫っていて、私の隙を窺っている。
私がジュディスさんに仕掛ければ背後から襲撃、後顧の憂いを断つべくメアに対応しようとしても逃げられる位置だ。
間合いの取り方は非常に上手い。
後で褒めてあげよう。
調子に乗ったら〆るけれど。
ジュディスさんの懐に潜り込む寸前、足元が泥濘に変わった。
私とジュディスさんが接近したせいで、弾幕が張れなくなったメイがサポートに回ったのだ。
メイの切り替えの早さと小技の使い方はなかなか面白い。
追い込まれてさえいなければ非常に優秀である。
なお、前回は同様の状況で石の槍が生えてきたのだけれど、それがジュディスさんの視界を塞ぐことになった一瞬の隙で大勢が決して、ジュディスさんがボコボコされた。
いや、したのは私なのだけれど。
それをすぐに修正してきたところはとても素晴らしい。
ただし、環境に影響されるのは二流である。
一流は環境を利用するのだ。
そして、私くらいの超一流になると環境――むしろ、世界でも創れるのだけれど、訓練なので、そこまでは行わない。
とりあえず、泥濘には気づいたものの、制動が間に合わずに泥濘に突っ込んでスリップした――という体で、軸のずれた前方宙返りをする。
後方宙返りの方がよかっただろうか?
まあ、どちらでもいいか。
とにかく、見た目だけでいえば完全に死に体である。
ジュディスさんとメアの目の色が変わったのが分かる。
まあ、普通ならチャンスに見えるだろうし。
しかし、訓練は一段階進んでいると言ったはずだ。
あれ? 言ったかな?
『正確には言ってないんじゃない?』
そうか。
まあ、いいか。
ジュディスさんが、私の横腹に向けて大剣を横振りする。
何度も何度もボコボコにされた恨みか、刃筋はしっかり立っている。
刀線も良い感じで、基礎もしっかりできてきたことが見て取れる。
つまり、私でなければ死ぬかもしれないやつだ。
私の脇腹に、ジュディスさんの大剣がめり込む。
しかし、私で充実している私には、脇腹であろうと両手で白刃取りしたのと変わらない。
私で充実している私の脇腹は、脇腹であると同時に私なのだ。
ジュディスさんの勝利――殺害を確信した笑顔が一転、驚愕で固まる。
脇腹で大剣を掴んだまま、ジュディスさんの顔面に浴びせ蹴りを叩き込む。
なお、この攻撃も一段階進んでいるので、精神にもダメージを与えている。
私のように、自身を自身の可能性――彼女たちの場合は魔力で充実させなければ防げない。
ガードをしても、何なら回避しても無駄だ。
これが本当の魔法の使い方――その第一歩であって、この訓練における目標到達点である。
さて、その勢いのまま、若干躊躇しながら突っ込んできたメアに、逆回転サマーソルトを叩き込んだ。
後はふたりまとめてボコボコに、援護しようとしたメイもさっと接近してボコボコにして、自棄になって突っ込んできたルナさんもボコボコにした。
ちなみに、ルイスさんやトライさんとの組手は、「参った」と申告があった時点で終わりだけれど、彼女たちの場合は、この絶望的な状況を経験することも訓練なので、手は抜かない。
どんな絶望的な状況でも決して諦めない精神力を養えるかもしれないし。
まあ、「諦めた」と感じたら少し強めに精神を抉るようにしているので、必死に抵抗してくれているけれど。
闇雲な抵抗は無駄だけれど、根性は鍛えられているかもしれない。
さてさて、一応のリーダーであるルナさんは、多少は魔法が使えるようになってきたものの、主に即応性という点で難がある。
そのため、状況が高速で推移する現状の訓練ではあまり役に立てていない。
それでも、魔素――というか、スキル外の魔力を感知する能力が高いのか、私の攻撃にほかの誰より反応――我慢できているところに成長が窺える。
変に焦らずに、もっと自信をもって精進すれば、面白くなるかもしれない。
まあ、現状では結果は大差ないのだけれど。
なお、この様子を笑って見ていたエカテリーナとリディアも、後でボコボコにする予定である。
念のためにいっておくと、彼女たちの方はそれでも喜ぶ。
なので、ペット虐待とか、動物愛護法違反とかではない。
◇◇◇
「確実に殺ったと思ったのですが……」
アイリスに回復してもらっている最中のジュディスさんが、納得のいかない表情で話しかけてきた。
彼女は私が言ったことを理解していないらしい。
というか、表情を見るにみんな同じなのか?
私が口下手なのが問題なのか。
「言ったじゃないですか。魔力とはその人自身の可能性です。自身を魔力で満たすために、自身の全てが丹田とかチャクラそのものになれるなら、同時に心臓や脳になることも、手足になることも可能なのです。つまり、脇腹でも防御も攻撃もできるということです。見た目に惑わされては駄目なのです。全身が凶器になるということは、そういうことなのです」
「「「…………?」」」
頑張って説明したつもりなのに、とても怪訝な顔をされた。
なぜだ。
これだけ言ってもまだ理解できていないのか。
もちろん、人の枠組みからはみ出さないようにしようとすると完全には無理だけれど、私が言っているのは、物理的にではなく可能性として実現させるということである。
そもそも、生物全般という括りでは多腕多脚は珍しい話でもないし、心臓や脳が複数あるものも存在する。
人間にだってそういう例は存在するのだ。
古くは日本書紀にもそういう人物、若しくは鬼の記述があったと聞く。
ならば、脇腹を手のように使えるくらいはおかしくないではないか。
「つまり、お姉様は全身が目であり、脳であり、心臓であり、チャクラで――その全てであるということですか」
「なるほど! だから師匠はバケツ被ってても周りが見えてるっすね!」
対して駄犬ズは少しお利口のようだ。
後で散歩に連れていってあげよう。
『魔力って、生物以外にも宿りますよね。魔石なんかがいい例です。魔石は普通の石より強度が高いですし、普通の石ではできないことができたりもします。人間も魔力を使えば強くなりますけど、魔石は魔力を循環させたりしていませんよね。魔石はどこから見ても、どこを切り取っても、ただただ魔石です。頑張って魔石であろうとはしていません。皆さんが勘違いしている、魔力を循環とか燃焼させて身体能力を強化しているのは、また別なんです。というか、ずっとそんな状態ではいられないでしょう? ただ、皆さんが皆さん自身のことをしっかりと認識すれば、いろいろな意味で世界は違って見えてくるということです』
なる……ほど?
石には意志が無いので少し違う気もするけれど、何となくニュアンスは分かるような気がする。
「自然体ということなのでしょうか? 自分ではそうしているつもりなのですが……」
ジュディスさんは真面目すぎるというか、考えすぎて分からなくなるタイプかもしれない。
真面目にレベル上げに取り組んでいたり、基礎訓練を怠らない性格的に、パラメータの伸びや技術の習得などは優秀なのだけれど、ひと皮剥けるには何かの切っ掛けが必要かもしれない。
「確かに先生はいつも自然体ですけど……」
「ものすごく自然体で、殺気の欠片も見せずに人を殴りますよね……」
「無表情は笑顔より怖いよね……」
メアとメイは文句や泣き言は多いものの、トライさんの教育が良かったのか、自分から投げ出すことはない。
それに、若い頃は魔法が使えず苦労してきたトライさんに師事していたおかげか、自分自身との対話についても多少の理解があるようで、先が楽しみな逸材だと思う。
「難しいことは分かんないっす。でも、師匠とギリギリのところでやってるときは、何だか師匠と対話してる気分になるっす!」
「私はお姉様に出逢って、自分自身を見詰め直す機会を得ました。そこで、言葉にすることは難しいですが、盲目的に信じていたものが見えなくなったり、正しいと思っていたことに疑念を抱いたり――それまでの私は死んで、生まれ変わったような気分になりました。そうすると、世界が違ったものに見えるようになって――恐らくですが、お姉様が仰っているのは、その延長線上にあるのではないでしょうか」
エカテリーナとリディアは、駄犬ぽいけれど「天才」というものだと思う。
ここ最近の伸び率を見てもそれは明らかで、時折私も感心させられるような反応を見せることがある。
そんな彼女たちの中で、最も可能性を感じさせるのはルナさんだ。
彼女の魔素混じりの魔力はシステムのサポート対象外なので、まだシステムの提供する魔法を十全に使うのは難しいようだ。
とはいえ、彼女は努力家なので、いつかは普通に魔法を使えるようになるかもしれない。
もちろん、今すぐにどうにかなることではないけれど。
しかし、自らの魔力で自身を満たすという行為には、システムは関係無い。
そして、トライさんの指導の下でも自身の魔力との対話法も学んでいる。
彼女が、彼女の魔力がシステムに認識されているものだけではないと気づいたとき、大きく化けるだろう。
それこそ、選抜などで勝ち抜かなくても、自力で魔界を出ることだってできるかもしれない。
魔界を覆う結界の動力源が私の創った世界樹になったとはいえ、結界自体はシステム依存の魔法である。
自身の領域――世界を確立させた存在にとって、障害になるようなものではない。
多分。
もっとも、見ることもできない魔素にどうやって気づくのかという問題もあるし、気づいたからといってすぐにどうこうできるものでもないと思うけれど、少しずつでも階梯を上げていくことには意味があるはずだ。
というか、少しずつでないと負荷に耐えられずに壊れてしまうだろう。
死線を超えると強くなるというのは、恐らく、生と死の狭間――根源と強く繋がる一瞬で、何らかのパラダイムシフトが起きているのだ。
つまり、人間は半殺しにするたびに強くなる(※邪神的認識で理論が飛躍しています。絶対にまねをしないでください)。
ミゲル師たちも、「稲は踏むと強くなるんやで」と言っていたし、適度なストレスを与えることが、強くなる秘訣なのだろう。
もちろん、限度を超えると駄目だと思うし、その限度というものが個人によって異なる――死が基準ではないことが問題だけれど、そのあたりは手探りでやるしかない。
とりあえず、殺さないことだけ厳守していれば、確率的なことは朔がどうにかしてくれるはずだ。
頑張るぞー!




