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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十三章 邪神さんと変わりゆく世界
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02 破綻

――ユノ視点――

 失敗した。

 見通しが甘かったというほかない。


 それで不利益を被るのが私だけなら、笑って済ませることもできた。

 しかし、とばっちりを受けてしまう人たちがいると――それが、大人が責任を負うべき子供たちとなれば、「運が悪かったね」と知らない振りもできない。



「ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに、貴方たちに迷惑を掛けてしまうことになって……。本当にごめんなさい」


 失敗したのは、魔界の辺境での子供たちの保護活動である。



 私はそこで、子供たちを道具にしていたり、食い物にしている悪い組織を襲撃して、そんな子供たちを保護するのと同時に、金品を強奪してその活動資金に充てていた。


 大抵のことはスルーできるし、特に良心も痛まない私だけれど、目の前で子供が理不尽な目に遭っているのを見過ごすことはできない。

 特に後者の方は深刻で、魔界には多種多様な種族がいるとはいえ、子供を物理的に食べるという非常食扱いは看過できない。



 最初はただの成り行きで、後先を考えずに子供を保護したのが始まりだった。


 当時、私が悪い大人を殺すと、「今からお前がまんまになるんだよ!」と、逆に大人の死体を食べようとした子供たちには愕然とさせられると同時に逞しさを感じたものだ。

 それも、今となっては良い――かどうかは分からないけれど、思い出である。


 もちろん、そういうのは食べてはいけないと諭して、普通の食事を与えたことは言うまでもない。



 悪食なのは環境のせい。

 真っ当な食べ物があればそれを食べるはずなので、子供たちにそういう環境を押し付けた大人が悪い。


 もちろん、大人にも事情があることは理解しているけれど、だからといって子供たちを食い物にするのはどうかと思う。

 少なくとも、私の目の前ではさせない。


 とにかく、悪食なのも大人――他人を信用していないのも、全て環境が酷すぎるせいだろう。

 だとすれば、環境を変えてやればいいだけである。




 途中までは非常に順調だった。


 もちろん、酷い扱いを受けていた子供たちが、すぐに他人を信用できるようにはならない。


 特に、保護して間もない子は脱走しようとすることもあったし。

 環境は良くなっているはずなのだけれど、良くなりすぎて逆に不信感を覚える子もいたようだ。



 それでも、根気よく接していれば、少しずつではあるものの態度は軟化してくる。


 食事に関しては、まともな物を与えればそちらを食べる。

 これは当然のことだろう。


 そして、空腹が満たされていれば、無駄な争いは起こらない――こともなく、マウント取りというか、序列付のようなことは頻繁に行われている。

 闘大でも序列があることを思うと、これはイヌなどのものと同じような、悪魔族の本能的なものかもしれない。



 つまり、彼らにとっては、衣食住を与えている私が最上位である。

 信頼関係より先に主従関係がきているような気がするのは寂しいけれど、湯の川のような盲信よりはマシな気もするし、まだ挽回は可能であると思いたい。




 もうひとつ、子供たちを戦わせるのは本意ではなかったけれど、彼らにとってただ保護されているだけという状況は不安だったようなので、軽い戦闘訓練と簡単な作戦に従事させている。



 もちろん、安全には充分に配慮している。


 乱戦になりそうな所には出撃させないし、装備もアクマゾンで買える「〇〇最新版」などと謳っている高性能な物に、湯の川で精製された賢者の石を組み合わせて与えている。


 今思うと、賢者の石だけでよかったかもしれない。

 この出費がなければ……。



 とはいえ、辺境での私は、「魔界村で活動している私との関連性を疑われないように」などと、朔の口車に乗せられてコスプレさせられている。

 それにこじつけるように、「子供たちにも同じような格好をさせて、仲間意識だとかを持ってほしい」という理由もあるので、やはり装備は必要か?


 それが魔法少女っぽいのは朔の趣味なのだけれど、男の子までもが魔法少女になっているのはどうなのだろう。

 まあ、バニースーツよりはマシだろうし、それで納得しておこう。



 もっとも、魔界では、動植物由来の、特に食べられる素材は貴重である。

 なので、油断していると、食べられそうな物は、衣服でも食べられてしまう。

 特に、革製のベルトや靴とか。


 そして、食べられない綿などの作物は好んで作られない。


 そのため、衣服は“超”が付くほど高級品で、力や立場の弱い人は急所を守る最低限か、若しくは全裸が標準である。

 魔界はそんな環境なので、子供たちは服が着られるだけでも嬉しいと思っているらしく、今のところは問題は無い。


 ただ、いずれ湯の川に連れていくことがあれば、そこで「女装」という概念を知ることになるだろうし、今更ながらに少しまずかったかなと思っている。

 それも、とにかく謝るしかない。




 それよりも、悪い大人たちを襲って活動の資金源にするという作戦が破綻したことの方が問題なのだ。


 私だって、その気になれば人並みのことくらいできるのだと思っていたのだけれど、やはり見通しが甘かったというほかない。



 当初は、魔界には、悪い大人たちなんていくらでもいる――ある意味、金の生る木がいっぱい生えていると思っていた。

 しかし、この金の生る木は、矜持とか根性が足りないらしく、同業者が狩られていると知ると、綺麗さっぱり鳴りを潜めてしまったのだ。


 さらに、とある事情で体制派の締め付けも厳しくなって、さらにさらに、中央ではデスが発生して、堕落した神官や悪徳商人を刈っているという噂までもが流れたためか、表向きの治安が大幅に改善されてしまった。


 それはそれで良いことなのだけれど、この活動の資金を調達できないとなると困ってしまう。



 形振り構わなければ、私の能力や人脈という名の狂信者たちを使って、食料も衣料も、その気になれば住居だって労せずして手に入る。

 しかし、それは救済ではないような気がする――何がとははっきりと言えないけれど、ただ与えるだけでは駄目なのだ。



 そんな感じで、資金が手に入らないのであれば、現地で食料を獲ってこようと狩りにも出かけたのだけれど、この時期、比較的簡単に獲れるという昆虫類は、私には獲ることができない。

 また、冬眠の準備として、それをいっぱい食べている獣もきつい。


 そういう状況ではなくても、食べるためには血抜きや解体をしなくてはいけない。


 解体したらお腹の中に絶賛消化中の昆虫がいるとか、そんな物を見せられれば、この世界を創った神を呪いたくなる。

 だからといって子供たちにさせると、そんな物でも食べようとするかもしれない。

 というか、実際に洗って食べようとした子はいた。



 文化的な生活をさせるには、獲物を売却したお金で、精肉や野菜などを買うしかなかった。

 もちろん、人件費やら手数料だかの分は確実に損をする。



 しかも、女子供――というか、私が魔力の無い女だと侮られると、かなり足元を見られるし、尾行されて襲われたことも一度や二度ではない。

 もちろん、きっちり返り討ちにして慰謝料を頂いているけれど、そういう人が大金を持っているはずもなく、大した稼ぎにはならない。

 依頼主を問い詰めるにも、多少問題があっても取引きに応じてくれる相手というだけでも貴重な存在なので、追い込みをかけることができない。

 襲撃して一時的な利益を得るより、継続して取引きできた方が有益なのだ。




 そんな感じで活動してきたものの、冬が近づくにつれて、冬眠準備などで食料の需要が高まっていく。

 もちろん、私の持ち込む素材の買取り金額も上がっているのだけれど、繁忙期ということでそれ以上に人件費や手数料が高騰していて、商品の値段も上昇していった。


 資金は徐々に目減りしていき、回収できる目処も立っていない。


 どこかで獣を乱獲しても、それは一時的なもの。

 むしろ、絶滅させてしまったり生態系を乱す方が後々に響いてくるだろう。

 なので、狩り尽くさないように気をつけなければならない。



 魔界の外から獲物を持ち込むのも止めた方がいいだろう。

 外来種だったりすると、最悪、生態系が乱れて問題になるだろうし、一応秘密の活動なので、そんなことで目立ちたくない。




 とにかく、お金が無い。


 今まで生きてきて、お金で困ったことがなかったので知らなかった。

 お金を稼ぐとは、実は大変なことだったのかもしれない。



 というか、ルナさんとかリディアとかが、「魔界のため」とか大きなことを言っていたのを聞いて、「私なら小さなことからコツコツやるのに」と思っていたのがこの(ざま)である。



 今にして思えば、ゴブリンを野菜と言い張って養殖を始めたアルが、一番魔界に貢献しているのではないだろうか?

 いや、いつもふざけているように見えて――やはりふざけているようにしか見えないことも多いけれど、やるときはやる人なのは事実だし、期待もしている。


 などとアルを再評価したところで現実は変わらないし、私には小さなことすらできないことも変わらない。



「頭を上げてくれよ、姉ちゃん。何に失敗したかは分かんねえけど、ちょっと飯が食えなくなるだけだろ? そんなの、前の所で慣れっこだぜ」


「そうだよ! ご飯をお腹いっぱいに食べられる方がおかしかったんだ。ここだと殴られないだけまだマシだよ?」


「……お姉ちゃん、はい。これ食べて元気出して」


 そして、子供たちに慰められる始末である。


 断腸の思いとでもいう表情で、ポケットから大きな(アリ)んこを出して私に分けようとしてくる子までいる。

 優しさは嬉しいけれど、蟻は要らない。



 なお、子供たちが私のことを「姉」と呼ぶのは、名前を教えていないからである。


 というのも、辺境での活動に当たって、偽名を使うことも考えたのだけれど、名乗る機会も特になかったので後回しにしていたところ、成り行きで子供たちを保護することになった。

 子供たちになら本名を名乗ってもいいかとも思ったけれど、私の素性が子供たちから洩れると、彼らが危険な目に遭う可能性が出てくる。

 もちろん、そうならないように気をつけるけれど、物事に絶対は無い以上、余計なリスクは負わない方がいい。

 などと思っていたまま、名乗る機会を逸して今に至っている。



 子供たちは、私が名乗らないのは何か事情があると察して深く踏み込んでこない。

 これも信頼関係を築く上で障害になっている気もするけれど、魔界村では私の名前が売れ始めてしまったため、更に名乗りづらくなってしまった。



 今更偽名を使うのも、後でバレた時に信頼を失いそうなので、二の足を踏んでしまう。

 いつかは名乗るべきなのだけれど、タイミングは選ばなければならない。

 そもそも、既にほかにも嘘を吐いているのだ。




「それは決して良い環境ではないから……。それと、気持ちだけで充分だから、貴女が食べなさい」


 私としては、この子たちに人並みの暮らしを与える――その環境を作ることを目的としている。

 もちろん、魔界基準での話だけれど。


 そうすることで、大人が子供を食い物にして、その子供たちが大きくなってまた子供たちを食い物にするという、負の連鎖を断ち切る切っ掛けになってもらいたかった。


 もしかすると、駄目なら湯の川で引取ろうという逃げ道があったから、覚悟が足りなかったのだろうか。



「あの、僕ら、食べられるんですか……?」


「え、そんなことはしないよ。捨てたりもしない」


 私が黙っていたのが不安だったのか、子供たちのひとりが危険な勘違いをしてしまったので否定しておく。


 私は鬼子母神ではないのだ。



 ちなみに、鬼子母神とは、たくさんの自分の子を育てるための栄養源として、他人様の子を食っていた神である。

 多分。


 子供を食う神って何だ?

 いや、改心して神になったんだったかな?


 それもどうかと思うけれど――改心しても駄目だという意味ではなく、それと神になるのが繋がらないというか。

 何か話が飛躍していない?



 その行為を見兼ねた釈迦に子のひとりを隠されて、子を失う痛みを教えられて説教されたというのは、子供を隠すのはどうかと思うけれど、まあいい。


 しかし、説教で腹が膨れたわけではないし、直接的な解決策は施食せじきとか吉祥果きっしょうかだったはずだ。

 説教は必要だったのだろうか?


 湯の川でも、人やほかの種族を食べる魔物もいるけれど、特に説教無しでも他種族食いはなくなった。

 私や湯の川のご飯の方が美味しくて栄養があるからだ。



 つまり、鬼子母神だって、食べたくて食べていたわけではないのかもしれない。

 ほかに手段が無いと追い詰められて、彼女の中の優先順位に従って覚悟を決めて、一切合切承知の上で行動に移していただけのことであって、説教など効く段階にはなかったのではないだろうか。


 そもそも、鬼子母神がどんな存在なのかも分からない。

 人を食う人間なのか、生態系の上位にある人外の生物だったのか。

 子供が数百人単位とか、とんでもない多産だったそうだから、人外かな?


 人外だと仮定すれば、その在り方を歪めるのはいかがなものかと――私が古竜にしていることと同じか?

 餌付けなのか?

 やはり、「衣食足りて礼節を知る」というのは真理なのか?


 つまり、鬼子母神に必要だったのは説教ではなく、善意の吉祥果であるとか――は根本的な解決にはならないと思うので、それに代わる相互扶助の仕組みとか、行政サービスだったのかもしれない。


 なお、吉祥果を柘榴ザクロと表現するのは、原典が訳される時に「吉祥果」の正体が分からなかったことによる代用で、「柘榴が人肉の味がする」云々(うんぬん)は俗説らしい。


 父さんがそういう話が好きだったのか、事あるごとに話してくれたことを何となく覚えているだけ――というか、どうでもいいことしか覚えていないので、解釈が間違っているところもあるかもしれない。

 父さんの話だし、真面目に聞きたかったところだけれど、神とか仏の話は苦手なので致し方ない(※ノクティスたちによる、「ユノが人食いの化物にならないように」という目的のための、遠回しな教育でした)。




 さて、何の話かよく分からなくなったけれど、そんなことを考えている状況でもない。


 というか、私は鬼子母神や釈迦のことをとやかく言える立場にない。



 子供たちを養うだけならいくらでも方法はあったのに、私の都合を優先して酷い暮らしをさせていた。

 もちろん、意地悪とかそういうことではなく、子供たちがこの先も魔界で生きていけるようにという配慮のつもりだけれど、魔界に対して愛着とか帰属意識の無い子供たちにとっては迷惑だろう。


 たかがご飯で大袈裟だと思うかもしれない。

 しかし、魔界ではご飯を巡って争いが起きるし、何なら負けるとご飯になるのだ。


 そして、全てはご飯を買うお金を稼げなかった私の無能さが招いたこと。



「私には、貴方たちに話していないことや、嘘を吐いていたことがいっぱいあるの」


 子供ながらにも、これが重い話であることは理解できているのだろう。


 困惑と緊張で固まってしまっている子供たちに、今更ながら真正面から向き合うために翼も出す。


 悪魔族では、角や翼があるのは強さの証なのだけれど、私には角がない代わり――といっていいのかは分からないけれど、頭上に天使的な輪っかが浮いている。

 強さどころか、天使とか神のイメージそのものである。

 まあ、ウサギの着ぐるみの頭を被っているので見えていないと思うけれど。



 さておき、私の翼や頭上の輪っかは、「一見すると黒っぽく見えるからと、堕天したイメージを抱くのは二流の証。私のような一流の者が視れば、全てを内包したその艶やかな安らぎは、『ユノ様の尊い色』と表現するほかなく、白だの黒だのという低次元の話ではないのです」と、堕天一歩手前の神族が言うくらいのものである。


 仕事一辺倒だったところに、私という麻薬のようなものを覚えた反動なのかもしれないけれど、精神や魂的に高い耐性を持っているはずの神族でもこうなのだ。

 ……今更だけれど、それはどうなのだろう?

 病院を――精神科を作るべきか?



 とにかく、耐性のない子供たちは、脳と心の許容量を超えてしまったらしく、理由も分からず泣き出してしまったり、必死にポケットの中を物色して、そこにあったいろいろな物をお供えしようとする子もいた。


 心が痛い。


 前者はもちろんのこと、後者も昆虫とか雑草でなくてもつらくなる。



「いや、別に怒っているとかじゃないから泣かないで? それと、お供えもしなくていいから」


 まあ、今まで「姉ちゃん」呼びしていたのがこんなだとびっくりするよね。


 水戸黄門より性質が悪いかもしれない。

 御老公には年相応の貫禄とか懐の深さのようなものがあるのも大きい。


 私にあるのは何だ――女子力か? というか、それしかなかったような気がする。

 それしかないなら見せてやろうではないか。



「遊びの時間はもう終わり。これからは少し本気を出すことにするね」


 少しばかり表現がまずかったか、子供たちの表情に緊張感が増したのが窺える。

 ただ、狩りなんて成果が確実ではないことから、農耕にでも転向しようかと思っただけなのだけれど。

 育てるのは世界樹――はさすがにまずい気がするので、魔界に持ち込んでもよさそうな物を訊いてこよう。


 実際のところ、今の状況から農耕へ転向するのは遅いというかリスクが高いのだけれど、そのあたりは私の女子力でカバーできる。

 その程度ならきっと大丈夫。



「貴方たちには引き続き私のお手伝いをしてもらう」


「「「はいっ!」」」


 元気が良すぎるというか、必死な感じの返事にびっくりした。

 ただ、畑仕事とかを手伝ってもらうつもりだったのだけれど……。


 やっぱり、場合によっては、分かりやすい力の象徴のようなものも必要だということか。


 とりあえずは、農業のできる場所にでも引っ越そうかな。

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