幕間 アルフォンス・B・グレイの迷走
――アルフォンス視点――
ヤマトの件が一段落したところで、本当は魔界に行きたかったんだ。
アイリス様なら大丈夫とは思うんだけど、嫁が心配してるし、義妹が困ってると分かってて、じっとしてられるほど人間出来てない。
それに、あまりアイリス様に借りを作るのは危険だ。
ユノの手前もあるし、理不尽な要求はないと思うけど、「ここぞ」ってときに痛いところを突いてくる気がする。
できる限り別件で相殺するつもりだけど、貸しを作れる確実な案件もない以上、借りは少ないに越したことはない。
っていうか、そもそも、魔族領の件と俺とは無関係じゃん?
だけど、大魔王に直接指名されると断れなかったよ……。
しかも、ただの大魔王じゃない。
神格持ちの最強大魔王だ。
俺に話を持ってきた理屈は分かるんだけど、変装するなら誰でも同じじゃね? ――なんて思っても口に出せない。
せめてもの意趣返しのつもりで変な格好してみたけどスルーされた。
ユノのせいでスルー力が上がってるっぽい。
結局、それで一か月以上拘束された。
最強大魔王に貸しを作れるのはいいんだけど、タイミングが悪い。
貧乏籤だと思った。
でも、結果的には行って良かった。
なんたって、ユノにキスされたからな。
ほっぺにだけど。
でも、一体何のつもりだったんだろ?
それでも、告白紛いの失言も好意的に受け取られたし、俺の人生ストップ高更新し続けてるわ。
そんなんで有頂天になるとか思春期のガキかと思うかもしれないけど、この感動は実際に経験しないと分からんだろうなあ(上から目線)。
正直なところ、ユノへの感情は、単純な恋愛感情だけとはいい難い気がする。
ペットや幼い子供に対する庇護欲とか、母親に対する甘えみたいなものとか、莫迦な子ほど可愛いというか、親友に対する友情とかいろいろ混じってて――足しっ放しになってて、ややこしいけど、好きってとこだけは疑いようがない。
まあ、ユノに普通の女の子のように応えてもらうのは難しいと思うけど、焦らずゆっくりと育んでいくしかない。
とはいっても、当然チャンスがあったら行くけど。
俺だって健全な成人男性だし、そういうこともしたい。
だけど、無理に迫ったりして拒否されたりしたら――拒否されなかったとしても、代わりに中身のない分体を出されても困る。
いや、それはそれで等身大フィギュアとして家宝にさせてもらうけど。
既に湯の川で制作されてるフィギュアの試作品も集めてるし、コレクションが増えるのは大歓迎だ。
それよりも、ユノとイチャイチャしたいのは、ただ性欲を発散させたいわけじゃなくて、愛情を確認したいとかそんな感じ。
欲望もあるけど、それ以上にユノの笑顔とか喜んでる顔とか楽しんでる姿とかを見たいわけで。
ユノは、理屈の上では欲望とか生理現象とかを理解してるけど、感情と結びつけるのは苦手らしくて、そういう雰囲気に持っていくのが非常に難しい。
でもまあ、今回はユノの方からキスしてくれた――まだまだ色恋とは遠い感じだけど、ユノから歩み寄ってくれているというだけでも嬉しい。
いつの間にか獲得してた「神殺し」の称号が何か関係してたりするんだろうか。
そんな覚えは無いんだけど――というか、そういう因果が巡ってくる呪いにしか思えないんだけど。
まあ、それが何であれ自重するつもりは無いけどな。
ユノに呪われるなら本望だぜ!
それはそれとして、魔族領での吸血鬼退治はまさかの和解で決着した。
状況や能力差を考えるとハッピーエンドは望めないし、どうバッドエンドを回避するか――「犠牲は大きかったけど、精一杯やったよな」でビターエンドになるもんだと考えてた。
いや、和解もビターエンドに分類されるんじゃないかって思うけど、死亡フラグとか破滅フラグをバッキバキに圧し折ってだからな。
ヤマトの時みたいに、ユノが世界樹とか出したんなら納得するしかないけど……。
転生して強くなって、いろいろ分かった気になってたけど、また分からなくなってきた。
これがダニング=クルーガー効果ってやつだろうか?
まあ、分からんなら分からんなりにあがくしかないんだけど、差し当たっては、ライアン君とティナちゃんのことだろうか。
今になって考えると、なぜあんな処置になったのかさっぱり分からんけど、ライアン君を救えたのはよかった。
ただの自己満足だけど、俺と同じ間違いを……違う可能性を……?
よかったのか、あれで?
違う間違い犯そうとしてない? その可能性でいいの?
ティナちゃんの方も、結局NTRっぽく……?
なんかもう、何もかも分からなくなってきたぞ……!
とにかく、彼らには誠心誠意説明してひとまず煙に巻いたけど、ふたりの関係は悪化したみたいなので、何度か経過を観察しにいかなきゃいけなくなった。
魔族領までの《転移》はちょっと厳しいんだけど、それでもユノの評価が微妙に上がってるみたいなので仕方ない。
とりあえず、そういうことにしておこう。
それに、ユノのお気に入りだったミゲルさんたちが、結局隠れ里に残ることになった。
俺が魔族と吸血鬼の共存の道を示したことで、里の存続のために彼らの力が必要になったからなんだけど、目的が空振りになったユノは、怒るどころか賞賛してくれた。
約束を守れず申し訳なさそうにしてるミゲルさんたちにも、ユノはその選択を祝福してた。
ユノにとって、その決断は約束よりも嬉しいものだったんだろう。
それに、湯の川の農業指導には、ミゲルさんたちの師匠――既に現場を退いているお年寄りたちが来ることになったので、湯の川の発展にも繋がるし、隠れ里の食糧問題も、言い方は悪いけど口減らしにもなるので多少はマシになる。
一応、当初の目的は達成したし、何でかユノの妹たちもこっちに来たみたいだし、最高の結末じゃないだろうか。
象徴となってもらうべきふたりを除いて。
それで、いろいろ分からなくなった俺は、一度原点に戻るとか、自分を見詰め直すべきなんだろう。
まあ、ユノと絡んで浮かれてた自覚はあるしな。
そうすると、やっぱり魔界に行きたい――いや、違うか。
嫁と義妹の力になりたいんであって、魔界に行くのは目的でも手段でもない。
俺が魔界に行ったからって何かが解決するわけでもないし、ただそうすることで不安を誤魔化したかったのかもしれない。
何もしないよりはマシかもしれないけど――何にしても、その前に足元を固めておくくらいはしておくべきか。
いちいち領地に戻らなくても、湯の川でもできる仕事はあるしな。
まずは領地の運営状況の確認。
書類を見る限り、全く問題は無さそうだ。
そもそも、フェイトが有能だし、治安維持や有事の際の対処はアナスタシアさんの配下の人がやってくれる手筈になってる。
ぶっちゃけ、もう俺がいる必要無いくらい。
あえて挙げるとすれば、フェイトが過労にならないように気を配るべきか。
あいつも一度、湯の川に連れてきてあげようかな。
いや、でも、狂信者っぽい気配も出てきてるし、「もう帰らない!」とか言いそうだし、もう少し頑張ってもらおう。
次に家族の近況の確認。
これも特に問題無し。
王国の貴族連中から、いまだに縁談の話がくるのはいつものこと。
子供たちの縁談の話も同じ。
このあたりはフェイトに任せとけば上手くやってくれる。
湯の川への移住希望とかは陛下が対応してくれるだろう。
むしろ、「それができるなら儂がしたいわ」とか思ってそう。
ヤマトや魔族領の事後処理については、俺たちが手を出す問題じゃない。
魔界の件はこれから。
それ以外に気になるところはなかったので、これまでできなかった分の家族サービスをたっぷりした。
なかなかの激戦だったけど、俺も日々成長してる。
ワンランク上の男になっていた俺は、一度に全員を相手にすることも可能になっていたのだ。
いや、もちろん昼間は子供たちにもサービスしたよ?
俺がスケベなのは自覚してるけど、そればっかりじゃないんだ。
むしろ、大貴族の義務だって陛下とかからのプレッシャーもきついし、それを抜きにしても、嫁の期待には応えなきゃならんのだ。
もちろん、義務じゃなくて愛だからな?
……誰に言い訳してんだろ?
いろいろと疲れが溜まってるのかもしれん。
ベッドの上で息も絶え絶えになっている嫁たちを残し、汗やら何やらを落とすために大浴場へ向かう。
状態が状態だけに内風呂を使うべきなんだけど、よく分からんやり遂げた感があるので、大浴場に行きたい気分だった。
まあ、この時間ならほかに利用者もいないだろうし、ちょっとくらい羽目を外してもいいだろう。
で、さっと汗と浮世の穢れを落として、最低限の身嗜みを整えたら露天風呂(混浴)へゴー。
残念ながら誰もいなかった。
知ってたけど。
東の空がほんのり明るくなってる――もうすぐ日の出って時間だし、こんな時間に風呂に入りにくる物好きはいないだろう。
とにかく、誰もいないならいないで、開放感を楽しもう。
素っ裸で、視界に入りきらない空と海に向かって、「ドンとこい」といわんばかりに手足を大の字に広げてみる。
「ククク……フハハ……ハーハッハッハッ!」
なんか分からんけど変な笑いが出た。
開放感がヤバい。
そういえば、トシヤが全裸で飛行禁止区域を飛んで捕まったと聞いた。
あいつもこういう気持ちだったのだろうか。
後で嘆願書でも出してやろう。
「何やってんの……」
「うおっ!?」
めっちゃびっくりした。
いきなり声をかけられたから、危うく落ちるとこだった。
そうなるとトシヤと同じ目に遭っていたかもしれない。
「せっかく調子が良いんだから、奇行はほどほどにしなよ?」
声をかけてきたのは朔だった。
「え、朔? 何で? 新月の夜じゃないんだけど……」
「ああ、ユノじゃなくてごめんね。一応、世界樹周辺とか――ユノの領域内に近い環境なら、新月の夜じゃなくても実体化できるようになったんだ。いろいろ制限付きだけどね」
「ふうん」
まあ、こいつらの生態なんて理解できるはずもないし、適当に受け流しておくしかない。
それよりもだ。
朔の顔はユノをそのまま幼くした感じで、男の子の象徴はついてるけど、何か妙に艶っぽい。
どうにもユノを思い出して、日の出より早くライジングサンしてしまう。
「えっ、ボクも標的なの? まあ、いいけど」
「いや、違うぞ。っていうか、いいのかよ」
えっ、何この軽さ。
こいつの貞操観念とか倫理観どうなってんの?
俺が言うことじゃないけど。
「だって、別に減るものでもないし、興味もあるしね」
「いやいや、減らないからいいってものでもないだろ」
「んー。むしろ、減らせるなら減らしてほしいってところかな。煽りじゃなくて、割と本心で」
「どういうこと?」
またわけの分からないことを言い始めたぞ。
「例えば、アルフォンスは童貞じゃないと思うけど、記憶を改竄できる能力がある世界で、それをどうやって証明できる?」
「んん? ……証明しようがないだろ。映像で記録――とかも捏造できるって意味も含んでるだろうし」
「そうだね。で、ユノは、本質的というか、物質的には処女だけど、喰らった人たちの存在を通じて、そういう体験の記憶を持ってる。ユノは処女か否か」
「……処女なんじゃないの? それだとAV見ただけでも非処女になっちゃうし」
「だったら、ユノとアルフォンスがセックスしたとする。でも、ユノの身体はすぐに処女に戻るだろうし、アルフォンスには記憶の改竄の余地が残る。この場合は?」
「セッ……!? いや、どうなんだ? 普通に考えれば俺の妄想……。妄想でも充分幸せだけど……。ええと、まさか、それが『減らせる』ってこと?」
なるほど。
ユノの物理防御力の高さや再生能力は想定してたけど、ユノの能力なら「俺がユノとエッチしたと思い込んでいる世界」にすることもできるわけだ。
それで、それを「そうじゃない」と断定できる何かが必要になるってことか。
なかなか面倒くさい女だ。
だがそれが良い!
「おおむね正解かな。やっぱりアルフォンスはいいね。可能性がある。――減らせないって状態に甘んじるなら、そう難しいことじゃない。ユノに気に入られて、ユノに触れても溺れない程度に肉体や精神を鍛えればいい」
朔というユノの半身によるそういう話に、ついつい惹きこまれてしまう。
これは邪神の囁きだと分かってても、そういう場面を想像してしまうと止まれない。
「少なくとも、アルフォンスはほぼ条件を満たしてる。それでよければ、状況を整えてあげてもいい」
これは魂を代償にする悪魔の誘惑どころのものではない。
俺は一体何を捧げればいいんだ?
「でも、きっと君はそれでは満足できないだろう? その先を知ってしまったからね」
口惜しいけど、否定できない。
「だったら、君には立ち止まることは許されない。やるべきこと、やりたいこと、何でも構わない。精一杯足掻いて、ボクたちを愉しませてほしいな」
くっ、こいつこそ真の邪神だ。
何が「煽りじゃない」だよ。完全に煽ってるじゃねーか。
この邪神、ユノをヤれと言っている。
なんとなく裏切りっぽく思えるけど、ユノが本気で嫌がることはしないようにも思える。
何より、これまでの言動からすると、完全に可能性がないことは言わない系の邪神でもある。
まあ、必要なことをあえて言わない系の邪神でもあるけど。
この場合は、アイリス様も唆しているとかだろうか。
どのみち、俺には選択肢なんて無い。
踊らされるのは好きじゃないけど、ヤるしかないじゃないか!
それに、どうせなら、ユノにも恋や愛の喜びを知ってもらおうじゃないか。
ククク……フハハ……ハーハッハッハッ!




