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幕間 姉妹2

――第三者視点――

「ふー、疲れた……」


 お披露目会というの名の責め苦から解放された真由は、姉に用意された部屋に辿り着くと同時に、一瞬、「リングかな?」と思うほどの規格外なサイズのベッドに倒れ込んだ。

 この日はいろいろなことがありすぎて、心身ともに疲れ切っていた彼女に、その程度の規格外にツッコむ気力は無い。



「真由ちゃん、制服脱がないと(しわ)になるよ……」


 真由の行儀の悪さを(たしな)めるレティシアだが、彼女もまた疲労困憊で、「雲かな?」と思うほど柔らかなソファに沈んだまま動かない。



 彼女たちの疲労の原因は、彼女たちの姉にあった。


 姉――当時は兄だったのだが、異世界に召喚されたと知った時、すぐに異世界で無双していることが予想できた。

 その予想は当然のように的中していたのだが、その規模が予想の範疇(はんちゅう)を大きく超えていた。



 チートで最強。

 偉業をなし遂げて英雄に、若しくは伝説になる。

 俺、また何かやっちゃいましたか?


 それくらいならまだ理解できた。



 本人曰く、ズルはしていないし、最強でもないとのことだが、剣と魔法の世界で、それらを用いた戦闘では姉に勝てる人はいない。

 頭を使った勝負なら勝ち目もあるのだろうが、最強を超えた可愛さは神すら堕とすレベルで、それを嬉々として語る神々を見るに望み薄である。


 そして、その堕とされた当事者たちが言うには、姉は武力でも知力でも魅力でもなく、ママ味溢れる女子力でこの状況に至ったらしい。



 ふたりには意味が分からないし、分かりたくもなかった。



 ふたりの認識では、姉は少し前まで兄だったのだ。

 女性化しているのは捻じれの解消とも取れなくなかったが、家事のひとつすらできなかった兄が、神々に幼児プレイを熱望されるほどの女子力を身につけている。


 女子力が何なのか分からなくなりそうだった。




 しかし、状況は既に勝った負けたの問題では収まらない。


 神々どころか悪魔や竜まで魅了していた姉は、伝説どころか神話になっていた。


 それも、創世神話である。

 しかも、その中でも最古で最強の、創世の中核となる神としてである。


 そういう「設定」なのだと説明は受けたものの、素直に安心はできない。



 神や悪魔を(たぶら)かすとか、どこよりも豊かな国を造るくらいは、やりすぎではあるが理解できるのだが、世界樹を創ったことはさっぱり理解できない。


 それでも、名前だけのハリボテであったなら救いはあった。

 しかし、話を聞く限りでは、言い逃れのしようがない本物然としたもので、説得力が限界突破している。



 とりあえず、その恩恵を受けているという、お披露目会で振舞われた数々の料理は、五臓六腑を侵食するかのような美味しさだった。


 しかも、ただ美味しいだけではなく量も豊富で、城内の有力者だけではなく、城下の一般人も飢えることはないという。


 この世界には限度というものが存在しないようだった。



 どんなチート能力があればこんなことができるのかと思いきや、姉が持っている唯一の固有魔法は「料理」で、パラメータは女子力に全振り。

 スキルも女子力や可愛さを補強するものばかりで、それで何をどうすればそんなものが創れるのか、ふたりには皆目見当がつかない。



 だからこそ、そんなものが創れる姉が神と崇められるのも分かるような気がするが、身内として分かりたくない気持ちが勝る。


 そもそも、一般的には《料理》はスキルであり、「女子力」などというパラメータは存在せず、当然それを補強するスキルも存在しない。


 ふたりの想像を超える異常なことばかりで気が動転し、うっかり受け入れそうになってしまったが、どうにか踏み止まることができたのは付き合いの長さだろうか。




「なんか思ってた異世界と違う……」


「ここが特別なんだと思うけど……」


 異世界が実在することは知っていたふたりだが、詳細な情報はおろか、両親が魔王と勇者であったことすら最近まで知らされていなかった。


 そんな彼女たちが思い描いていたものは、ゲームやアニメなどの剣と魔法のファンタジーであった。




 なお、大人たちが必要以上に異世界のことを語らなかったのは、異世界移住計画を彼女たちに知られてしまうと、そのせいで学業や人間関係構築を疎かにするなど、それが敵わなかったときに日本に馴染めなくことを危惧したからである。


 特に、絶妙に問題を起こすレベルで他人の話を聞いたり聞かなかったりする問題児の耳に入れば、何がどう(こじ)れるか分からない。


 計画については絶対守秘。

 異世界の情報については、世界設定の近いゲームやアニメなどを差し入れて刷り込みを行うに止まった。


 そのため、彼女たちの異世界観は、この世界の実情と大きく異なるものではなかったが、それゆえに湯の川の異常さとは噛み合わなかった。




「亜人とか、魔物とか、確かにいたけど……。神様とか悪魔とか竜とか、いきなりクライマックスなのはネタバレされた気分……」


「そうよね……。でも、調子に乗って、そういうのに挑んじゃいけないって分かっただけでも良かったと考えれば……」


「それはそうかもね。チート能力手に入れて、調子に乗って、死線を見極められずに死んじゃった勇者もいっぱいいるみたいだし」


「召喚勇者の平均活動期間って五年だってね。思ってたより厳しい世界だったみたい――って、魔王に捕まった私が言うのもあれだけど」


「まあ、私たちの場合は、周りが化物すぎて調子に乗る余裕なんて無いんだけど。アルフォンスさんとアイリスさんの魔法が無かったら、漏らしてたかも」


「うん、本当に怖かったよね。みんな姉さんに懐いてるから私たちにも優しくしてくれてたみたいだけど、レベルひと桁で隠しダンジョン最深部は、観光でも無理だよ……」


「お姉ちゃんラスボスって言ってたけど、あれを突破できる勇者とかいるのかな? ボスが徒党を組んでるのは反則じゃない?」


「アルフォンスさんとかアイリスさんは地位を築いているらしいけど、戦闘力は『人族にしてはやる』程度でしかないって」


「あ、そういえばクリスさんって人から“湯の川対応改訂版”とかって冊子貰ってたんだった。あの人は賢者とかいう肩書だったかな? よくよく考えると、『賢者』とか『勇者』って自称するのなかなか厳しいね」


「あはは。でもまあ、慣れていくしかないんだろうね。とりあえず読んでみよっか。召喚された勇者とかが、こっちの世界で活動するために必要な情報が纏められてるらしいし」


 ふたりは、それぞれの《固有空間》から、クリスから受け取った冊子を取り出す。

 真由は異世界での初めてのスキル行使に興奮しつつ、何度か出し入れした後、それを読み始めた。




 クリスから手渡されたのは、「異世界勇者マニュアル」に、湯の川との差異や、注意禁足事項などをまとめた物だった。



 一般的な異世界人であれば、異世界勇者マニュアル――アルフォンスからも渡されていた、異世界から召喚された勇者がスムーズにこの世界に馴染めるようにとまとめられた物で充分である。


 なお、その内容は、召喚勇者の思考誘導や迂遠な洗脳などが盛り込まれているため、各国家や団体によって多少の差異がある。


 しかし、彼女たちが手にしているものに限っては、勇者――日本人を心からリスペクトしているクリスとセイラの手による、日本人のために作られた物なのでそういった心配は無い。

 さらに、湯の川の住人から集めた種族ごとの特性や価値観に、神や悪魔の存在から世界の真の姿にまで触れている、究極のネタバレ本に仕上がっていた。


 本来であれば禁書に該当する物だが、「創世の女神の縁者であれば知っているべきことだ」と判断されて渡されていた。




「よかったー。私たちが想像してたような世界もちゃんとあるんだね。ここが標準だったらどうしようかと思ったよ」


「でも、油断するとあっさり死んじゃう厳しい世界みたいだし、そう考えると最初に姉さんと合流できたのは幸運だったのかも」


「そうだね。あんなところにふたりきりで放り出されてたら死んでたかも……。まあ、それは置いといてさ、落ち着いたら冒険者ギルドとか行ってみたいな」


「いいね。逆にいえば、油断しないで、地道にやれば強くなれるみたいだし、アルフォンスさんの『レベル別適正狩場情報』とかもあるし、私たちは恵まれてるよね」


「あ、でも、冒険者ギルド行く前にちょっとだけ訓練しておきたいな。異世界もののお約束やってみたい! 『こいつ、本当に新人か!?』みたいな!」


「あはは。まあ、通過儀礼みたいなのもあるみたいだし、そういうのをあしらえるくらいにはなっておきたいね」


 ふたりは冊子に記載されている内容を読み進めるたびに一喜一憂していた。


 もっとも、序盤の内容はマイルドなので無邪気に喜んでいられたが、大陸におけるパワーバランスや帝国の実情などに触れる頃になると笑えなくなってきて、ユノがしでかしたことになると、真顔になっていた。


 大魔王勢力のいくつかを篭絡か壊滅させ、人族間の戦争では信徒を使って隣国に大打撃を与えたり、状況を利用して信徒を増やしたり。

 また、いたずらに世界樹(繁栄の象徴)という名の争いの火種を創造しては、世界を混乱させている。


 とはいえ、そこまでいくと、もう彼女たちの手に負えるようなものではないし、ほかに適役もいると開き直ったが。




 さておき、異世界には、彼女たちが想像していたような所もあると分かったのは朗報だった。

 むしろ、想像以上に過酷な所の方が多いのだが、湯の川に比べれば、人間の力が及ぶ世界であることに安堵した。



 冒険や戦闘に不安はあるものの、日本では持て余していた力を使える機会に期待もある。

 湯の川で鍛えてから人間の町に行けば、夢想していたチート無双もできるかもしれない。



 多くの日本人が最初に(つまず)くポイントである魔力操作も、ふたりには何の障害にもならなかった。


 本来は、魔力というものに馴染みがない者に、それを感じて扱えという時点で結構な無理難題である。

 それに、ただスキルや魔法が使えるようになるだけならともかく、効率的に運用できるようになるには、努力と才能と長い年月が要求されるのだ。



 しかし、ふたりの素質は、同年齢時のアルフォンスをも上回るほどである。

 人族と悪魔族のエリートによる英才教育の賜物である。


 ただ、姉という理解不能な存在が身近にいるため、特別感のようなものは無い。



「えぇ……? この本のとおりだと、私、全属性に適性があるみたいなんだけど……? こんなに簡単でいいのかなあ?」


「私もだよ……。日本でも魔法を使ってたとはいえ……。なんだか勘違いしちゃそうなんですけど?」


 ふたりが試しているのは、魔力に馴染みがない日本人でも発動できるようにと調整された、超初心者向けの適性テストである。



 魔力というものを認識し、操作できるように――という手順から始まり、各種属性への適性を測る。


 魔力の認識については、目の前で実演、熟練者の助けを借りての魔力の循環など、ノウハウが蓄積されている現在においては難しいことではない。


 それらは、基本を学んでいるふたりからしてみれば、既知の知識である。

 それ以前に、内容のレベルが低すぎて、復習にもならないものである。


 もっとも、初心者未満の召喚勇者に自信をつけさせる意図も含まれているので、殊更簡単な内容になっているのだが。



 それを差し引いても、システムの恩恵がほぼ受けられない日本において、魔力による身体能力の強化やシステムの提供する魔法と同等の能力が使えるというのは、ふたりの想像以上に強い魔力で繊細な操作を要求されるものなのだ。


 そして、属性については遺伝や環境によるところが大きいが、前者はともかく、様々な科学知識や概念などに触れる機会の多い日本人は、多種多様な適性を持っていることが多い。


 それらに加えて、魔法を使える異世界人や、存在そのものが魔法のような家族に囲まれて育ったことと、レティシアには種子との接触という経験もあって、ふたりの適性も少々理不尽なものとなっていた。




「レティは時空魔法だっけ? その適性があるのは間違いないんじゃない?」


「うーん、《固有空間》が広いだけだと実感が湧かないけどね。高度な《鑑定》受けたら素質も分かるみたいだし、明日訊いてみよう?」


「そうね! 明日から楽しくなりそう!」


 ふたりは簡易テストの結果に期待と不安を抱きながらも、これからの新生活に想いを馳せながら、夢中でマニュアルを読み進めていった。

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