幕間 姉妹1
――真由視点――
うちのお兄――お姉ちゃんになっていたお兄ちゃんはおかしい。
この時点で意味が分からない。
しかも、元は女の子だったとか。
本人の意志は関係無いみたいだけど、「女の子の方が楽だから、もうお姉ちゃんでいいよね?」って、そんな軽い感じで受け入れられることなのかな?
とにかく、何がおかしいかって、全部としか言いようがない。
外見と物理的な強さは完璧以上で、よく分からない癒しの力も持ってる。
でも、常識とか人の心が理解できないみたいで、取り繕おうと努力はしてるみたいだけど、事あるごとに何かをやらかしてた。
特に性質が悪いのは、自分が可愛いことは理解してるのに、それがどれだけのものかを理解してないことだと思う。
お兄ちゃんの可愛さは、性別どころか種族の壁も超える。
お兄ちゃんに見惚れて事故を起こした人は数知れず、飛んでた鳥が羽搏くのを忘れて落ちたまである。
ただ容姿が良いだけじゃなくて、人や動物を惹きつける――狂わせる何かを出してるんだと思う。
世が世なら戦乱とか起きるレベル。
実力行使も辞さない人たちのプチ争い程度で済んでいたのは、時代が良かったとしかいえない。
いや、巻き込まれる方からすると良くないんだけど。
それも、お兄ちゃんは自分が原因だと考えない。
恋愛感情とか欲望を理解してないから、自分にどれだけ価値があるのかを理解してないんだよ。
それで、なぜかうちのお金が目的だと勘違いしてた。
そんなわけねー。
確かにうちは裕福な方だけど、ヤバい橋渡ってまで手を出すほどじゃないと思うし、そもそもお兄ちゃんが金の生る木なのに。
お兄ちゃんは私たちを護ってるつもりで、いろいろと事件を起こして、私たちが秘密裏に隠蔽していく。
お兄ちゃんは鈍いから、それにも気づかない。
まあ、気づかれないようにしてたんだけど、それでも鈍すぎる。
発信機付けても気づかないし、尾行をしても気づかない。
だから、攫われそうになったのも、一度や二度じゃない。
まあ、実際に攫うのはすごく難しいけど。
もちろん、最初から事件を起こさないように注意はしたよ。
でも、お兄ちゃんは他人の話を聞かないし、聞いても理解できないし。
もうどうにもなんない。
せめて、余計なことをしないように家に縛りつけとくんだけど、ちょっと目を離したら消えてる。
それで、まさか異世界にまで行ってたとは。
異世界が本当に存在するのは、レティやお父さんやお母さんの会社の人から聞いてた。
普通なら信じないところだけど、みんな魔法を使うし、角やら尻尾やらある人もいたので疑いようがなかった。
それに、お兄ちゃんも――お兄ちゃんが一番アレだったし。
お兄ちゃんの方が異世界よりよっぽどファンタジーだよ。
でも、残念なことに、私にはみんなのように上手く魔法が使えなかった。
精々、魔力で身体を強化するくらい。
それでも、人間の限界なんか軽く超えちゃうくらいの力が出せたし、魔力がどれだけすごいものかはよく知ってた。
で、その魔力を生み出してるのがお兄ちゃんだ。
実際はお兄ちゃんには魔力は無いんだけど、お兄ちゃんにくっついたり、お兄ちゃんがお呪いを掛けた商品を飲んだりすると、魔力が回復する。
この世界では、それ以外で魔力は回復しない。
私たちの知る範囲でだけど。
みんなが言うには、お兄ちゃんは「魔素」の塊らしいんだけど、魔素が何なのかは誰も詳しいことは知らないらしい。
お兄ちゃん、ホントに何なの?
そんなお兄ちゃんがいなくなった。
お兄ちゃんが消えた場所は、GPSとかのデータですぐに分かった。
その時比較的近くにいた亜門さんの「大きな魔力の波動を感じた」って証言や、お兄ちゃんが消えた現場の魔力の痕跡から、お兄ちゃんは異世界に召喚されたと推測された。
あの莫迦は……って頭にきたけど、ちょっと羨ましい感じもする。
でも、私はレティを置いてくのはいやだな。
お兄ちゃんもそう思ってるかな?
お兄ちゃんならどこでも生きていけると思うけど、やっぱり残された方は寂しいよ。
お兄ちゃんが起こす問題から解放されて楽になったなんて言ってられたのは最初だけ。
いなくなって初めて分かる有り難み。
魔力回復とか実利的なことだけじゃなくて、側にいてくれるだけで安心できたし、楽しかった。
何だかんだで家族だったんだなって。
まあ、「お兄ちゃん」っていうか、「ペット」的なポジションだけど。
ペットも家族の一員だから間違ってないよね。
だからって、耳とか尻尾とか翼を生やすのはやりすぎだと思う。
ネコとトリって可愛い界の二大巨頭じゃん。
いや、イヌとかウサギとかハムスターも可愛いけど。
属性足しっ放しで大渋滞してるよ。
女の子になったのは、ある意味納得。
でも、犠牲者は増えるんだろうな。
妹の私でもドキドキしちゃうくらいだし。
ホントに加減の分からない人だなあ。
でも、ついに私も異世界デビュー。
憧れの異世界生活がすぐそこに!
なんて期待してたら、お披露目と言われて連れていかれた大ホール。
そこにいたヤバそうな人たちも、お姉ちゃんの色香にやられたのだろう。
神様とか悪魔とか竜とか、敵に回したって言われた方がまだ理解できそうな人たちが、みんなお姉ちゃんを慕ってる。
ドン引きだ。
日本にいた時の経験で、暴力では何も解決しないことを学んだらしいけど、可愛さがそれ以上の暴力になるのは知らなかったみたい。
アルフォンスさんがいろいろとプロデュースしたのも原因らしいけど、素材が一番の問題なのは間違いない。
本当に加減のできない人だ。
でも、これからまたみんなで楽しくやれるのかなと思うと胸が弾む。
私たちが後始末をしなくてもよさそうなのもポイント高い。
とりあえず、お姉ちゃん抜きで、冒険者になってダンジョンとか行ってみたい。
いや、その前に、冒険者登録のお約束のために実力を付けなくちゃ。
アイリスさんはなんか怖いから、アルフォンスさんに教えてもらおうかな。
◇◇◇
――レティシア視点――
兄さんが理解できない。
初めて兄さんたちと会った時、兄さんの言葉だけが分からなかった。
私たちは生まれた時から《翻訳》スキルを持ってて、最低限の意思の疎通はできるそうだ。
実際に、真由ちゃんの言葉は、片言だけど分かったし。
でも、兄さんだけは――言葉だけじゃなくて、言葉にできない何かもが理解できなかった。
その時は兄さんを怖いと思った。
今の両親に保護された時、私には何も無かった。
帰るべき家はもうない。
待ってくれている人がいるかも分からない。
ソフィアが心配だけど、生まれた村の名前も場所も知らないし、珍しくもない名前だけを手掛かりに捜すのは難しいと言われた。
もちろん、納得なんかできなかったけど、何も無い私は「いつか絶対に見つけてあげる」という優しい嘘に縋るしかなかった。
そして、この日からこのふたりの親切な人が新しい両親になった。
といっても、ほとんど一緒にいなかったけど。
同時にできた兄と姉。
そして、私がこれから暮らすことになるのは、今まで私がいた場所ではなく、人も常識も、何もかもが違う世界だった。
これから姉になる真由ちゃんの言葉は、《翻訳》スキルのおかげで理解することができた。
でも、なぜか兄のユーリさんの言葉には《翻訳》スキルが上手く働いてくれない。
というか、言葉よりももっと大事なものが伝わっていない感覚の方が怖くて、上手くコミュニケーションが取れない。
まあ、早く言葉を覚えようという切っ掛けにはなったけど。
この場所には魔素が無くて――魔素が何なのかは分からないけど、魔力が回復しないのはすぐに分かった。
あの邪神に触れてから、そのあたりの感覚が鋭くなったように思う。
とにかく、魔素の無いここでは、スキルの効果が大幅に下がるとは聞いていたので、その時は「そんなものなのか」と思うだけだった。
みんな悪そうな人には見えないし、痛いことや怖いことをしないということだけでも有り難かったし。
しばらくして、日本語を覚えると、兄さんの言葉も分かるようになってきた。
でも、言葉は分かるけど、意味とか、何を考えてるのかはよく分からないままだった。
兄さんはちょっと――かなりアレな人――人ですらなかった。
何となく、あの時の邪神に雰囲気が似ているような気もする。
善悪を超越してるとか、何にも揺らぐことのない絶対的な感じが。
そんな邪神さんが、必死に人間の振りをして――私たちの兄さんになろうとしている。
そこには悪意や打算は感じなくて、四苦八苦している様子が面白かったりもしたけど、過去の経験が邪魔して、無邪気に人を信じることを許さない。
兄さんのことは、今でもちょっと怖い。
でも、その怖い人の側にいれば、ほかの怖いものから護ってくれる。
他人より行動力が異常で失敗は多いし、根本的なところを理解してないのに、上辺だけまねるとか面倒くさいところもあるけど。
それでも、ちょっと他人と違うというだけで距離を置かれがちな私たちを、無条件で受け入れてくれることだけでも、私の心の拠り所になった。
ほかの大人の人たちの助けもあったけど、何があっても兄さんが護ってくれるって信じてたから、自由に生きてこられた。
恥ずかしいから口にはしないけど、兄さんにはとっても感謝してる。
そんな兄さんが消えて、すごく不安になった。
不安は精神的なものだけじゃない。
真由ちゃんや会社の人たちは人族だから影響は少ないけど、魔族の私は魔力が無くなったら何にもできない。
魔力があるから人並み以上の能力があるけど、無くなったら人並み以下――また何もできない私に逆戻りしちゃう。
学校の成績は中の上くらい。
身長は平均よりもちょっと低くて、太ってはないけど、もう少し細くなりたい――特に、アンバランスな大きな胸はコンプレックスになってるし、真由ちゃんが怖い。
そのせいか運動は苦手。
顔だって普通――兄さんは別格としても、真由ちゃんもすごく可愛いから、一緒にいると霞んじゃう。
リアル醜いアヒルの子状態。
実は白鳥だったなんて落ちはない。
私が白鳥なら兄さんたちは天使様とかそんな感じになるだろう。
そもそも、兄さんは邪神っぽい何かで、真由ちゃんだってあの両親の血を引いてるわけで、ただの田舎娘でしかない私とは根本的に違うのだ。
だから、兄さんに見捨てられないような立ち回りを心掛けてた。
真由ちゃんやほかのみんなは、友情とか義理とか損得とか、不変ではないけどまだ分かりやすいもので繋がってる。
でも、兄さんの考えてることは分からない。
私たちのことは、水上さんとか亜門さんたちも気にかけてくれている。
兄さんは、もっと自由に生きてもいいはず。
私たちに構っても、兄さんには何の得もない。
兄さんが私たちを構う理由は、「俺がやると決めたからやるだけ」だそうだ。
何を?
理由は理解できない。
感情が籠ってるのかも分からない。
そんなだと不安は消えないの。
将来は、兄さんの会社で秘書――は無理だと思うけど、事務員になろうと考えてた。
そうすれば、何も無い私でも生きていける。
お嫁さんは駄目。
嫌いってわけじゃない――外見だけならすごく好みだけど、私ひとりで兄さんを背負うとか荷が重すぎる。
無理。
でも、それも兄さんがいないとご破算だ。
そんなことはないと分かっていても、このまままた何もかも失くしてしまうんじゃないかと不安になった。
でも、兄さんのことだからひょっこり戻ってくるような気もする――いや、追いかけるのもいいかもしれない。
なぜかリビングに出現した神の秘石も、兄さんに繋がるフラグなのかもしれないし。
本当にフラグだった。
思いがけず帰ってきた異世界では、変わり果てた魔王と、変わり果てた兄と姉がいた。
みんな変わりすぎ。
情報量が多すぎて渋滞してるよ。
それでも、兄さ――姉さんはすぐに分かった。
天井の、更に上があるとは思わなかったけど。
ソフィアはすぐに分からなかったけど――顔もよく見えなかったし仕方ないとして、魔王だけはあの時の男だとすぐに気がついた。
異形の姿と気配は、あの時の邪神の力を取り込んだからか。
あの時、召喚された邪神に手が届いたと思ったのは、私の勘違いだったのだろうか。
いろんな想いが一気に溢れたけど、兄さんの痕跡を見つけた瞬間に全部吹き飛んだ。
変わり果てた――相変わらず理解できないことだらけで、懐かしくて腹立たしい。
私たちが心配と不安に心を痛めていた間、兄さんは異世界で私たちをこっちに呼ぼうと、その時に備えて住みやすい世界にしようと奔走していたそうだ。
それでなぜ女の子になったのか、時間の進みが早いところで若返ってるのか、ほかにもいろいろ理解できないけど、理解しようと頑張った。
一番理解できないのは国を興してることだけど――姉さんは町だって言い張ってるけど、いくら言葉遊びをしても事実は変わらない。
姉さんを中心とした宗教国家。
姉さんは頂点ではないと思っていても、ほかの人はそう考えてない。
アイドルになればその座から逃げられると思ってるらしい。
いつもどおりのイカれ具合だった。
安心――できない。
みんな、姉さんに気を利かせてるだけ。
別に神様だっていいじゃない。
どうしてそこまで人間のまねごとに拘るの?
もしそれが、「私たちの姉さんでいるため」だとして――そうでなくても、ほかの人がそうだと思ったりしたら、私たちは大罪人になるのでは……?
可愛いから愛嬌で済まされているようだけど、本当に「普通の女の子」になるとか言いだしたら……。
姉さんが自分から言いだすような言葉じゃないけど、そういうことを吹き込みそうな人には注意しないといけない。
ほかにもいろいろ、たとえ逆恨みみたいなものだとしても、私たちにヘイトが向かないようにしないと。
姉さんのお友達や仲間が常識の範囲だったらこんな心配しなくてよかったんだけど……。
姉さんのことは好きだし感謝もしてるけど、やっぱり少し怖い。
でも、姉さんから目を離すのはもっと怖い。
これから私たちはどうなるんだろう……?
真由ちゃんは楽しそうにしてるけど、これが英雄とモブの器の差なのかな?
とにかく、どうにかしてここでの立場を確立しないと。
あのアルフォンスさんっていう人か、アイリスさんと仲良くするのがいいのかな?
でも、アルフォンスさんはなんか軽薄そうだし、アイリスさんは覚悟決まりすぎてて怖いし……。
ちょうどいい具合の人っていないのかな?




