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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第二章 邪神さん、異世界で変身する
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16 強敵

 誘拐事件は解決したけれど、アイリスが、「今日は帰りたくない」と言うので、宿に連れて帰ることにした。


 あんなことの直後なので、他意はないだろう。

 多分。


 普通に考えれば、今回の件の口裏合わせが必要とか、そういうことだ。



 宿に着くと、リリーが飛びついて出迎えてくれた。

 進化の影響か、勢いがよくなっている気がする。


 普通の大人程度なら、余裕でテイクダウンが取れそうだ。



 さらに、なぜかケイトさんもいた。

 どうやら、私たちが不在の間、リリーの警護をしてくれていたらしい。


 気持ちはとても有り難いのだけれど、レベル的には既にリリーの方が強いと思う。



 そんなことはおくびにも出さずにお礼を述べて、アイリスが無事に保護されたことと、今日はこちらで預かるので、明日の朝に迎えを寄越せと一方的に告げて追い出した。



 当然ではあるけれど、彼女ひとりで帰ることにはかなり渋られた。


 せめて一度アイリスと戻ってからとか、では私も今日はこちらに――と、いろいろ抵抗された。

 しかし、アイリスが口裏合わせの必要性を説いて、ボンクラ貴族絡みで聞かない方がいい話だと(うそぶ)いて、最終的にはどうにか理解をしてもらった。

 特に、ボンクラさんの名前が効果覿面(てきめん)だった。


 後の報告などは、明日アイリスからしてもらおう。


◇◇◇


 ひとまず、大浴場に向かう3人を見送る。


 いろいろと話すべきこともあるのは分かるけれど、まずは汗を流してからだ。


 まあ、私は汗をかかない体質なので、必須というわけではないのだけれど。

 でも、入った方が気持ちいいので入る。


 人生に潤いは必要だからね。



 今日は――今日も他に宿泊客がいないようなので、貸切状態なのだけれど、さすがに今日は一緒に入るわけにはいかない。

 今更感があるけれど。


 とにかく、平気そうに見えているアイリスにも、落ち着くための時間が必要だと思う。


 そもそも、竜眼を持っているミーティアはともかく、アイリスに残酷なシーンを見せたのはまずかった。

 恐らく、あれは18禁。

 16歳のアイリスにはまだ早い。



 少しテンションがおかしかったとはいえ、侵食はやりすぎたかもしれない――いや、制御していない侵食が、あんなにエグいものだと思っていなかった。


 次からはもっと考えてから使うようにしよう。

 ご利用は計画的に――利用している時点で計画が甘いような気がするけれど、使えるものは使えるときに使っておくものだ。


 ……何の話だったか?



 とにかく、アイリスの精神が少し弱っている感じなので、何をするにしても少し落ち着いてからの方がいい。


 そして、気分転換といえば、睡眠か食事かお風呂である。


 寝る直前の食事は身体に良くないし、精神が(たかぶ)っていると寝られないかもしれない。


 しかし、睡眠の1、2時間前に入浴すると、よく眠れるという話を聞いたことがある。


 つまり、今の状況ではお風呂が最適なのだ。



 もちろん、今のアイリスをひとりにするのはよくないと思うけれど、私が一緒にお風呂に入るわけにはいかない。


 なので、リリーとミーティアに頑張ってもらおう。

 ふたりにアイリスのケアできるとは思っていないけれど、護衛としては充分だろう。



 それでは、俺は男湯へ――行くわけではなく、俺は、その間に、今もひとり逃げ続けている協力者をどうにかしておこうと思う。


 面倒臭いし、そんなに重要なターゲットではないけれど、放置するメリットは何も無いし、コストは俺の労力くらい。

 それも、みんながお風呂に行っている間に終わらせられるくらいのものなので、後腐れのないよう片付けておいた方がいいだろう。



 などと考えている間にも、目的の人物を視界に捉える距離まで追いついた。

 やはり、月の無い夜は、明かりが少なくて動きやすい。


 相手が徒歩で、それほど町から離れていなかったことも幸いした。


 町を出れば、街道を外れれば見つからないとでも思ったのだろうか。


 躊躇なく町を出たことは褒めてもいいけれど、相手と運が悪かったね。




「お出かけですか?」


 街の灯を見詰めながらひと息ついていた女の人に、背後から声をかける。


 その人は、宿でごく最近雇われた仲居さんだ。

 私たちを監視していたのは、教会だけではなかったのだ。


 こんな人を雇うよう圧力をかけられた宿も、大変な商売である。



 とはいえ、キースの仲間は、この女の人を私たちのところへ派遣したものの、上手く指示を出せていなかったようだ。

 事前情報は不足していて、ユーリは不在、ユノは対象外――なので、ミーティアの動向を探るだけの存在だった。


 恐らく、ミーティアの正体も知らないものだと思われる。


 つまり、どうしても処分しなければいけないというわけではない。


 だからといって見逃がすほど私は甘くはないけれど、それほど罪深いわけでもない。

 大人しく投降するなら、教会にでも引き渡そうと思っている。



「ひっ!? ――お、おおっお客様、こんなところでどうなされたのですか?」


 突然背後から声をかけられて息を呑んだ女の人だけれど、どうにか冷静さを取り戻して、何気ない様を装い、密かに取り出した短剣を後ろ手に握っていた。


 分からないとでも思っているのか――いや、この態度こそ、危ない橋を渡っていたと自覚している証明か。


「ちょっと残党狩りに」


 油断無く身構える女の人に、油断たっぷりに大きく両手を広げて、にっこり笑って告げてみる。


 投降するならそれでよし。


 しかし、言葉を並べて投降を促すような時間の浪費をするつもりまではない。

 早く戻ってお風呂に入らなければならないし。



「あっ!」


 女の人が何かに気づいたような声を出して、私の気を惹くと同時に、隠し持っていた短剣を私に向けて投げつける。

 そして、その成否を確認することなく、一目散に逃げ出した。


 子供騙しながらも、なかなか見事な手際である。

 即断即決なところもポイントが高い。



 しかし、女の人は数歩走ったところで地面に倒れて、そのまま手足をバタバタと動かし続ける。

 自分の身体が走り去っていく様子を、倒れて空回る様を見るのはどういう気分なのだろう?


 まあ、声を出すこともできないのでは確かめようがないけれど。

 手に持ったそれを胴体の方へ放り投げると、宿に戻るため走り出す。



 あ、後片づけした方がよかっただろうか?

 しかし、時間もないし、面倒臭いし――いや、来た時よりも美しく、だ!


 引き返して、死体を回収してからまた走る。



 なお、死体は町に戻ってから、女の人の素性を記したメモと一緒に教会前に置いてきた。

 これで充分だろう。


◇◇◇


 こっそりと宿に戻って、ひとり寂しくに内風呂で、サッと汗を――かいていないので何かを流し、既に配膳されていた料理にお酒やご飯を足して、大浴場から戻ってきた3人を迎える。


 入浴時間は物足りないけれど、何とか間に合ったといえる。



「アイリス、浴衣も似合っているね」


 当然、素敵な恋人を褒めるのは忘れない。


 この辺りの機微は妹たちに仕込まれているので、抜かりはない。

 多分。


 リリーとミーティアにも同様のことを言わされたけれど、なぜ突然張り合おうとしたのか理解に苦しむところだ。



 食事を終えると――私とリリーとミーティアはいつも通り食べたけれど、アイリスはあまり食が進まなかったようだ。

 口に合わなかったのだろうか。


 そのうち、自然と話題は今回の事件をどう処理するかに移る。



 現地でも話したとおり、公にするメリットはどちら側にもない。


 公爵側が「アイリスを(さら)うのに失敗した」と言い出すメリットがどこにもないのは当然だけれど、私たちにしても、今すぐ動くのは準備不足だそうだ。

 いきなり私たちの存在を明らかにしても、私たちをどう扱うかを決めるための会議が踊るだけ。


 私の持つ影響力を考えれば、王のひと声で結論が出たとしても、納得しない派閥が出るのは目に見えている。

 アイリスはそうならないよう方々に働きかけて、出来レースにしてしまおうとしているのだ。



 そもそも、公にしたところで、公爵まで追及できるかといえば、それもまた微妙なところ。


 物的証拠は何も無く、唯一の証拠となる情報源――「私、人の記憶を奪えるんです」などと言った日には、アイリス誘拐以上の大事件になる。


 よしんば追及できたとしても、私と公爵の争いになると面倒臭い。

 しかも、上手く立ち回らなければ、王国も敵に回す可能性もなくもない。



 アイリスが言うには、私と王国の関係を結んだ後で、王国と公爵の問題にしてしまうのが次善で、公爵を相手にするにしても、王国に協力する立場になることが重要なのだ。



 もちろん、最善は相手にしないことである。


 ただし、敵は極上の莫迦だ。

 道理が通じない可能性が極めて高い。


 というか、巫女に手を出したのだから、天罰でも下ってくれればいいのだけれど、彼の領地はアイリスの神の管轄外だそうだ。

 どういうことだ。


 一応の脅しとして送ったコンテナだけれど、少々イレギュラーなものを積んでいるので、着いた時にどうなっているかは予想できない。

 というか、中身――特に転移術士だったものについて誰も語ろうとしない。

 ふたりとも何かに気づいているのかもしれない。



 ちなみに、私がしたのは――勝手にそうなったのは、転移術士だったもののお腹の中に、正体不明の怪物を放り込んだのではない。

 あの正体不明の怪物も含めて転移術士であって、そう造り替えたのだと思う。


 かつて転移術師だった存在が、次に目覚めたときにどうなるか。

 恐らく、存在の変質に精神が耐えられずに壊れて、身体も魂もそれに引き摺られて崩壊するとは思う。

 しかし、何かの間違いで変質を受け入れてしまった場合は、ちょっとヤバい怪物を生み出してしまったことになる。


 とはいえ、経験者からすると、人間に耐えられるものではないので大丈夫だと思う。

 私だって、朔が手加減してくれなければ崩壊していたらしいし。


 とにかく、あの男の人がさっさと泣かないせいで、私がとんだ危険人物になってしまったではないか。

 全くもって腹立たしい。


 まあ、いつかはバレることで、それが今日だったというだけのこと。

 済んだことを悔やんでも仕方がない。


◇◇◇


 結局、莫迦に何が有効なのかなんて、誰にも分からなかった。


 誘拐失敗からの再チャレンジなんて、普通はないと思うけれど、それすらも断言できない。


 残念ながら、今のところは新年会まで警戒を強化して凌ぐくらいしかできないようだ。


 騎士団の人たちはあまり当てにならないけれど、キースや転移術師の記憶にあった協力者の大半は始末したので、人員補充の時間くらいは稼いでいると思いたい。



 それに、私は公爵より辺境伯の方に注意しなければならない。


 公爵のような莫迦な真似はしないと思うけれど、私の能力や人格を測るために、何かを仕掛けてくる可能性は高い。


 そのときに、公爵に気を取られていて、うっかり殺してしまった――というのは避けなければいけない。

 辺境伯はアイリスの作戦のキーマンで、友好的な関係とまではいかなくても、嫌われるのはまずいのだ。


◇◇◇


 ひとまず話も終わって、眠そうにしていたリリーを寝かしつけてから、大浴場に向かう。


 やはり、せっかくの温泉宿で、内風呂だけで済ませてしまうのはもったいない。

 それに、私は小難しい話は得意ではなく、その上、有効な打開策のようなものが出されたわけでもないので、何となくモヤモヤしていたというのもある。



 広いお風呂にひとりきり。

 こんなに静かなお風呂は久しぶりな気がする。

 賑やかなお風呂が悪いということはないけれど、ひとりで静かに楽しむのもいいものだ。


 それに、念入りに体を洗う良い機会でもある。


 いつもは、リリーとミーティアの世話をしているので、(せわ)しないのだ。世話だけに。

 とにかく、決して変な期待をしているわけではない。


 ――ないのだけれど、どうも脱衣場から微かな物音が聞こえる。



 ミーティアが酒のお代わりをねだりに来た――にしては早すぎるし、私はお風呂に行くと告げているので、アイリスがそれを許すようには思えない。

 もちろん、アイリスが来るはずも――いや、彼女は時折暴走する。


 とはいえ、あれの後で暴走するか?


 とかなんとか考えているうちに、後方で「ガラリ」と引き戸の開く音がした。


 マジか。


 ここまでくれば、音のする方を振り向いたり、領域や朔に頼らずとも、微かに聞こえる吐息でアイリスだと分かる。

 一体どういうつもり――私はどうすればいいのだろう?



「お背中、お流ししますね」


 固まってしまった私(※変な意味ではなく)を余所に、真っ直ぐに私のすぐ後ろまでやってきたアイリスが、私の背中に触れる。


 アイリスも私と同じで素手洗い派だったのか。


 もっとも、今の私はタオルを使おうにも、よほど上手く使わなければ壊してしまうのだけれど――いや、そんなことは今はどうでもいい。


 背中と言っていたのに、前に手を回されて――というか、後ろから抱きつかれた形になって、当然、背中にとても柔らかい何かが当たっている。

 そういうことは未経験だけれど、そもそも強い衝動を抱いたことがあまりない私でもドキドキしてしまう。


 しかし、大人の階段を上るにしても、いきなり泡プレイというのはいかがなものか?

 いやしかし、衝動はなくても興味はある。

 この際、流されてしまってもいいのかもしれない。お風呂だけに!


 いや、そもそも、アイリスの年齢の少女に手を出すのは――。



「今日は本当にありがとうございました」


 しかし、アイリスが僅かに震えていることに気づくと、逆上せていたものが一気に引いた。


「来てくれると、ずっと信じてました。ですが、やっぱり怖くて……」


 私は多少の憂さ晴らしができたのでスッキリしたけれど、よく考えると、アイリスには何のフォローもしていなかったように思う。


 なるほど、アイリスの恐怖は当然だろう。


 少し状況が違っていれば、取り返しがつかなかった。

 巫女に直接手を出す莫迦がいると考えていなかった――というのは、被害を受けた後では言い訳にならない。


 こんな様で、次は守るなどとは口が裂けても言えず、では何を言えばいいのか分からない。

 しかし、何も言わないとか、しないというのは最悪の選択だと思って、ひとまず余計なところは見ないように振り返って、震えが止まるようにと願って抱き締める。


 それが正解だったのかどうかは分からないけれど、私の背中に回されたアイリスの手にも力が入ったことを思えば嫌ではないのだろう。



 映画などであれば、このままキスシーンから濡れ場、若しくはエンドロールでも流れるのだろう。


 しかし、この現実では何の言葉もなく、ただただ抱き合うだけの時間が流れている。




 アイリスの震えも既に止まっている。


 むしろ、胸にかかる吐息は熱く、両手は落ち着きなく私の背中を彷徨い、その豊かな胸を必要以上に押し当てて、私の下半身を進化させようと、観察しようとしている気配すらある。



 不覚……!


 興味があったのは私だけではなかった――むしろ、アイリスの方が興味津々!

 もしかすると、アイリスの方がヤる気満々かもしれない。



 私の下半身を覗くためか、アイリスが私との間に隙間を作ろうと力を入れる。

 もちろん、腕力で私を振りほどくことなど不可能なのだけれど、泡のヌルヌルのせいでアイリスの身体を上手く固定できない。


 そうして、滑って変なところに当たると喜ばせてしまい、更に彼女の興奮を加速させる。



 虚空に向けて――覗き見ているはずのミーティアに向けて、声に出さずに助けを求める。


 覗いていてほしいと思う日が来るとは思わなかったけれど、今頼れるのはミーティアと朔だけ――そういえば朔はどうした?


 要らない気を利かせて口を閉ざしているのかと思ったものの、私のSOSにも反応しないとは。



 不審に思って辺りを見渡すと、湯船の隅の暗がりにそれはいた。


 水面から目だけを出して、漆黒の髪を顔に貼り付け、残りを湯船に漂わせて、じっとこちらを見詰める不気味な何か。

 というか、実体化した朔を。


 そういえば、今日は新月だったか。



「湯船に髪を浸けるなあ!」


「きゃっ!?」


 思わず大きな声を出しながら立ち上がった私に、アイリスが驚きの声を上げて離れる。

 離れ際に腰に巻いていたタオルを剥ぎ取られたけれど、見た見られたはお互いさま――いや、触られなければ私の見た目は女の子のはずなので、何も問題は無い。



「見つかっちゃった」


 悪びれもせずに「温泉って気持ちいいねー」と泳ぎ始める朔を捕まえたいところだけれど、泡塗れのまま湯船に入るわけにもいかない。


 アイリスの暴走も、朔の出現によって沈静化したらしく、恥ずかしそうにタオルで身を隠している。

 というか、恥ずかしそうにしている方がエッチだと思う。


 どうやら、またしても朔に助けられたらしい。



 しかし、それは身体も洗わず、髪も上げずに湯船に入って良い理由にはならない。


 それはそれ、これはこれである。


 後でしっかり教育しておかねば。

誤字脱字等修正。

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