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46 再会

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――ユノ視点――

 すぐそこに真由とレティシアがいる。


 ふたりや向こうの世界に残してきた人たちをこっちの世界に呼ぶのは、まだ先の話だったはず。


 慌てて主神のところに確認に行ったのだけれど、彼らにも何が起きているのか分からないらしい。

 彼らなら、バグなら「バグ」だと言うはず――というか、何でもバグのせいにする彼らが「分からない」と言うなら、本当に彼らの関与するところではないのだろう。


 ただの偶然、運命の悪戯。

 釈然としないけれど、そんなこともあるのかもしれない。



 それならそれでいいのだけれど、問題は、私の方にふたりに会う準備ができていないことだ。



 性別が変わった――というか、本来のものに戻った。

 ……きっと理解してもらえないと思う。



 名前が変わった――というか、これも戻った。

 これはまあ、頑張ればいけるか?



 人間を辞めた――いや、元々人間ではなかった。それに加えて、オプションパーツも追加されている。

 前者はさほど重要ではないけれど、後者は――ファッションぽく言えばいけるか?


 ほかにも、年齢詐称とか、神扱いされているとか、アイドルをやっているとか、細かいことを挙げればきりがないくらいに説明が必要なことばかりである。


 そして、何ひとつ有効な言い訳を用意できていない。



 というか、予定どおりなら、ふたりがこっちに来るのは十年後だったのだ。

 それまでに考えればいい、情報を小出しにしていけばいいと後回しにしていたことが、突然前倒しにされたのだ。



 自慢ではないけれど、私はアドリブが得意な方ではない。

 私は本来、何事においてもあらゆる可能性を考慮して、万全を期して臨むことを是としている(※主観)。


 もちろん、いつもそんな余裕があるとは限らないけれど、私が考え無しに動くと周囲に与える影響が大きいらしいのだ(※事実)。


 そして、その被害者の弁が、目の前で妹たちの口から語られている。



 迷惑ばかり掛けるお兄ちゃんでごめんね。

 今はお姉ちゃんになっているから、水に流してもらえないでしょうか。


 というか、この状況では非常に出ていきづらい。


 朔がいなければ詰んでいたところだけれど、それでも状況が好転する様子はない。



 そうこうしていると、すっかり存在を忘れていたゴボウのパッケージを見られた。

 髪の色はともかくとして、猫耳がバレた。性別がバレていないのは救い――なのかどうかは分からない。

 そして言いたい放題である。


 というか、いろいろバレていたっぽくて、それはそれで居た堪れない。




「「《ステータスオープン》」」


 私には開かないそれは、ふたりには無事に開いたらしく、真剣な眼差しで虚空を見ている。

 事情を知らない人が見れば、ちょっと危ない感じだ。


 もちろん、本人たちの前でそれを口にしたり、嗤ったりするような人には、この世にはつらくて悲しいことがあるということを教えてあげるつもりだ。



「レベル1スタートなのは仕方ないけど、なんで最初から勇者の称号があるのかな?」


「あ、私の方にもあったよ。勇者。案外、兄さんの相手をしてたからだったりして? あ、レベルは5だった」


 酷い言われようである。



「あー、それはあるかも。いや、でも、お兄ちゃんは魔王っていうか、もっとヤバそうな何かだけど。それより、スキルは何か面白いのあった? 私の方には《支配者》ってヤバそうなスキルがあるんだけど」


 こっちも酷い言われようである。

 ただ、大体合っている。

 それに、真由は結構暴君だからね。



「私の方は《魔道》と《フィクサー》って……。《魔道》はともかく、黒幕(フィクサー)って、酷くない? 私、何か悪いことした?」


 こっちも大体合っている。

 私も真由も、いつもレティシアの掌の上だったし。



「なんか格好良くていいじゃない。私のもうひとつのスキルは《お姉ちゃん召喚》だよ。お姉ちゃんって誰だよ。意味分かんないよ」


 あ、ヤバ……。



「お姉ちゃんが使う召喚ってことなのかも? 考えても分からないなあ……。スキルレベルはいくつ?」


「1。これって使っていけば上がる感じなのかな?」


「多分そうだと思う。でも、1ならそんなにすごいものは出ないと思うし、試しに使ってみれば?」


 止めて。

 それはマジでヤバい。



「んー、そうだね。ほかのは試すとヤバそうだしね。あー、なるほど。使い方は何となく分かる――じゃー、ゴホン。《お姉ちゃん召喚》!」


 真由がスキルを使用した瞬間、なぜか居ても立っても居られなくなった。




「何これ……」


 真由がお怒りだ。


 それもそのはず。

 ついさっきまでソフィアにアイアンクローしていた私は、今現在真由にアイアンクローをしているのだ。


 これはこれで、再会の抱擁――ということにならないかな?

 どうしよう?



「真由ちゃん、何やってるの!?」


 レティシアが真由から私を引き剥がそうとしているけれど、スベスベな私の肌が上手く掴めなくて苦戦している。



「いや、これはさすがに予想できないわ……。でも、この掴まれてる感覚、よく知ってるわ」


「うん。この掴みどころのない手の感じは、私もよく知ってる」


 ふえぇ、バレた!?


「お兄ちゃん、いるんでしょ。大人しく出てきなさい! どれだけみんなに心配かけてるか分かってるの!? 早く出てこないと怒るよ!」


「兄さん、事情は何となく分かってますから。早く出てきてください。怒ったりしませんから」


 私、知っている。

 真由は既に怒っているし、レティシアも怒らないと言いながら怒るやつだ。

 朔、助けて!



(もう諦めて覚悟決めれば?)


 くっ、朔はもう役に立たない。

 とはいえ、いつまでも逃げられるわけではないし、逃げ続ければその分いろいろ積み重なる。


 朔の言うとおり、覚悟を決めるしかないか。




 真由の顔面を解放して、左手以外を再構築する。

 本当は左手だけでも何の不自由もないのだけれど、そのあたりを説明するのは無理な気がするので、コミュニケーションを取りやすい姿を構築したのだ。

 そういう配慮を汲んでくれれば幸いです。


 それでも、現状では説明しなければならないことは極力減らすべきだと判断して、銀髪翼無し状態に止めておく。



「やあ、真由。レティシア。久し振り……」


 できる限りにこやかに、両手を広げてふたりを受け止める体勢を作りつつ、緊張を悟られないように声をかけた。



「お兄……ええっ?」


「に……ね……えっ?」


「レティ、お兄ちゃんが女に……。性別間違えてるとか言いすぎたせいなのかな?」


「でも、違和感無さすぎて、というか、破壊力高すぎて、上手く頭が回らないよ?」


 ふたりは混乱している。



「ええとね、後で父さんとか母さんから聞けば分かると思うけど、私は生まれたときは女で、男として生きてきたけれど、こっちに来て元に戻ったの」


「この人、何言ってるの? リアル『お前、女だったのか!』ってこと? 実の兄で? 叙述トリックとか、そんなちゃちなレベルじゃないわ。え、でも、アレ付いてたよね?」


「うん、胸もなかったし……。でも、今は……。でもでも、兄さんがおかしなこと言うのは今に始まったことじゃないし……」


「けど、この完成された理不尽さは間違いなくお兄ちゃん――お姉ちゃん? だわ。っていうか、あの猫耳本物なのかな?」


「そうね。こんな人が世界にふたりもいるとは思えないし、間違いなく兄――姉さんね。真由ちゃん、尻尾も生えてて、動いてるよ!」


 分かってもらえたようで何よりです。


 というか、適応力高いな。



「おに……お姉ちゃん。その耳、本物? というか、四つあるけど……」


「全部本物だよ。触ってみ……る?」


 全部言い終わる前に、食い気味に触られた。



「うわ、めっちゃ手触り良い!」


「に……姉さん、尻尾も……?」


「うん、本物。触ってもいいけれど、敏感なところだから優しくね」


「ふわぁ……」


 ふたりは、レオも認める私の毛並みにメロメロなご様子。

 このままいろいろと有耶無耶になればいいのだけれど。



「ところで、何でこんなことになってるの? 合体事故でも起こしたの?」


「に……姉さんが異世界に召喚されるのはまだ分かります。それとこの姿が全く繋がりません」


 ならなかったよ。



「ところで、この胸は何? 随分と立派なものをぶら下げてるけど……」


「全部本物だよ。触ってみる……?」


 そう言うや否や、真由の手が私の胸を鷲掴みにした。


 そのままおもむろに揉みしだくと、「チッ」と舌打ちしてから胸を平手打ちされて、バシーンといい音がした。

 痛い。


 真由の胸部は平坦なので、コンプレックスを持っているのかもしれない。

 こんなものは個性のひとつでしかないのにね。


 とはいえ、レティシアという私より胸が大きい妹が側にいるので、少々過敏になっているのかもしれない。

 まあ、胸囲の貧しい愛と豊穣の女神がいると知れば、真由も気が楽になるのではないかと思う。



「まあまあ、真由ちゃん。胸なんて大きくても、肩が凝ったり、走ると痛かったり、可愛い下着がなかったりとか、大変なことも多いんだよ。ねえ、姉さん?」


「私の胸は重力なんかには負けないから大丈夫だよ。下着がなくても垂れないし、それに、身体は鍛えているから走っても平気」


 バシーンと良い音がして、レティシアにも胸を平手打ちされた。

 痛い。

 なぜだ。



「あと、その際どい衣装は何? いや、裸族の()があるのは知ってるけど、外では止めてって言ってたよね?」


「そうです! 身体のライン出すぎじゃないですか! 私たちには『嫁入り前の娘が~』とか言っておいて!」


「……ええと、これはある人が、これがラスボスの正装だって……」


「……そう。なら仕方ないわね」


「まあ、こっちの世界だとそういうこともありますね……」


 ええ……、これはいいの?

 というか、ラスボスはスルー?



「でも、無事でよかった……。心配してたんですよ?  どこかで悪さしてるんじゃないかって。手遅れになる前で良かった……」


 レティシアはそう言うと、ゆっくりと抱きついてきた。


「あ、レティ、ズルい! 私も!」


 真由もそう言うと私に飛び込んできた。

 久々の我が家の日常だ。



「でも、後でちゃんと説明してもらいますからね」


 ……我が家の日常だ。

 いろいろと手遅れかもしれないのだけれど、許してもらえるだろうか……。




「ねえ? 私もちゃんと紹介してほしいんだけど……」


 ソフィアが拗ねていた。



「ああ、こっちの女性はソフィア。ちょっとした事故で吸血鬼になって、髪の色も変わっているけれど、レティのお姉さんだよ」


 紹介を受けたソフィアは、真由とレティシアに凝視されて不安そうにしている。



「言われてみれば、レティと似てるかも? 色違いの亜種っぽい。けど、お……姉ちゃんよりは常識的な変化だね。あ、私お姉ちゃんの妹で真由っていいます」


「まあ、に……姉さんのインパクトが強すぎて、ね? ――ソフィア、ごめんなさい。もう会えないものだと思ってたから……。また会えて嬉しい」


「いいのよ、レティ! 私もまた会えて嬉しいわ! 真由も、レティのことありがとう。ソフィアよ。吸血鬼だけど血を吸ったりしないから安心して!」


 私を引き合いに出さないでほしいのだけれど……。

 まあ、いい。


 ソフィアも念願が叶ってよかったね。

 さっき私の血を舐めていたように思うのだけれど、それは黙っておいてあげよう。




「さて、積もる話はあるけれど、そろそろ決着をつけよう。――ソフィア」


 ソフィアもレティシアと再会できて嬉しいことは分かるけれど、彼女にはまだやるべきことが残っている。

 真祖はもう壊れたラジオみたいに雑音しか出していないけれど、放置しておいていいものでもない。


 とはいえ、種子の欠片に侵食されていて、ほぼ種子の欠片となっているあれはソフィアの手には余るようなので、諦めても仕方のないことである。


 もちろん、その場合は私がやることになるのだけれど、あれに干渉するのは嫌だなあ……。



「……分かったわよ」


 ソフィアならそう言ってくれると思っていた。



「兄――姉さんとソフィアはどういう関係なの?」


「そういうのも、後でゆっくりね」


 いろいろと訊きたいことがあるのは分かるけれど、今は非常時である。

 ふたりを危険に曝す気はないけれど、自衛のためにも、危険な場所や状況を認識できるようになってほしい。



「あれってお兄ちゃ――お姉ちゃんの仕業?」


 真由が、私以外には見えないモザイクに覆われたそれを指差した。

 信用の無さが心に刺さる。



「違うよ。正直、こっちに来てからいろいろとやらかしてはいるけれど、あれは私のせいじゃない。私ならあんな酷いことはしない!」


「まあ、お姉ちゃんああいうの苦手だったしね。というか、よく直視できてるね?」


「こっちの世界はいろいろ過酷だから慣れたんですかね? 姉さんも成長したんですね」


『いや、ボクが彼女にだけ見えるモザイクを掛けてる』


「マジか。いや、まあ、あの病的だったのがすぐに治るわけないか」


「ええっと、ところで貴方は?」


『ボクは朔。ユノの影みたいなもので、彼女のサポートをしてる。ああ、「ユノ」っていうのは、君たちのお姉さんの本当の名前だよ』


「えっと……。よく分からないけど、いつものことね。とにかく、よろしく!」


「よろしくお願いします。……さすが、姉さん。ツッコミどころしかないわ」


 何だか知らないけれど、説明項目が減っていく。

 さすが、朔。

 ありがとうございます。



「ねえ、これ使っても大丈夫なのよね?」


 仲間外れにされているとでも感じたのか、不満げな顔をしたソフィアがゴボウを指差していた。

 いや、不安なのか?


 まあ、普通はゴボウって(うごめ)かないしね。

 というか、マンドラゴラでもこんなに蠢かない。

 そういえば、マンドラゴラは抜いたら死ぬそうだし、ゴボウは刺したら死ぬと思っているのかもしれない。


 恐らく、普通には死ねないけれど。

 さすがにあれをそのまま根源に還すわけにはいかないし、上手い具合にどうにかなってくれるといいなあ。



『大丈夫大丈夫。ソフィアには危険はないよ』


 とはいえ、私も何か言っておくべきか?

 真由とレティシアも見ているし、お姉ちゃんになっても頼れるところを見せておくのも悪くない。



「不老とか不死とか、勘違いしている分にはまだいいの。そのために努力するのも、まあいい。でも、他人を巻き込んでの『停滞』はよくない。変わり続ける世界の中で、変わりたくないとか、都合の良いところだけ変わりたいとか、そういうのが好みなら、自分でそういう世界を創って、そこで好きなだけやればいい。彼を否定するわけではないけれど――そう、これは住み分けなの。こういう気持ち悪いのを根源に還したら、根源の気持ち悪さが加速するとか、そんなことを思っているわけではないの。その状態は、根源にとっては毒なの。モザイクが掛かっていても、駄目なものは駄目なの。だから、さっさとやって」


「どうしちゃったの、お姉ちゃん!? 何かバグってるよ!?」


「何か深いこと言ってるのかと思ったら、思いっきり私情だよ!」


 失敗したっぽい。



「あっ、はい」


 それでも、ソフィアには通じたようだ。


 彼女は、ゴボウの袋を恐る恐る摘まみ上げると、ゴボウ本体には触れないよう細心の注意を払いながら、真祖に向けてそれを放り投げた。


 そこまで怖がらないでもとか、食べ物を玩具にしてはいけませんとか、自分の手で(とど)め――というか、決着をつけなくてよかったのかとか、いろいろと思うところはあるけれど、状況が進むならもう何でもいい。



 放り投げられたゴボウが真祖と接触した瞬間、種子の欠片とゴボウの領域の喰らい合いが始まった。

 ゴボウを覆い尽くそうとするヒルに対し、それを貫き喰い破るゴボウの戦い――いや、戦いにすらなっていない。


 何ものにもなっていない種子の欠片と、不完全ながらも私の眷属である種子では格が違う。



 ゴボウはあっという間に種子の欠片と真祖を喰らい尽くすと、血のような赤さの刺々しい花を咲かせた。


 その花の中央には真祖の顔があって、恐怖に染まった顔でこちらを見ている。

 率直にいってキモい。



 そんな彼を見ていると、ふと、ゴボウの花言葉が「虐めないで」であることを思い出した。

 虐めていないよ?



 みんながリアクションに困っている中、ゴボウの輪郭が次第に薄くなっていき、しばらくすると消失した。


 きっと、彼が望む可能性を持った世界へと旅立ったのだろう。

 そんな世界があるのかは知らないけれど。

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