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44 血

 まともに動けない真祖は別として、使徒たちに「動かない」という選択肢は無い。


 そこにあるのは、吸血鬼の求めてやまない、神より与えられた約束の血である。

 ただし、早い者勝ちである状況に、残った十一使徒は我先にと一斉に動き出した。



 動き出したといっても、マリアベルのような戦闘機動ではなく、生者を捕捉したアンデッドのように、真っ直ぐにユノの左腕(約束の血)を目指して走るだけ。

 使徒の間でも競争になっているため連携などはなく、むしろ、足の引っ張り合いに発展していて、十全に能力を発揮しているとはいい難い。



 そんな使徒たちに対し、ソフィアは霊刀真黒を《固有空間》に収納すると、その代わりに刀身が赤みを帯びた刀を取り出し、鞘に収めて居合の構えを取る。

 ヒヒイロカネ製のその刀は神器でこそないものの、朔の手によって創られた逸品である。



「――《集中》。太陽の呼吸」


 特殊な呼吸法により、ソフィアの魔力が光と熱を持つ。


 それは彼女の呼吸と連動して蓄積、凝縮されていく。


 そして、夜の領域内において、小さな太陽が出現した。



 当然、本物とは比べ物にならない熱量だが、太陽を苦手とする者には、それと同等の忌避感を覚えさせるものである。

 ただ、真祖や十一使徒の意識は約束の血で占められていて、それに気づいていない。



 これは、ソフィアが吸血鬼の真祖を斃すと決めてから、湯の川最大の知恵者である賢者クリスの所蔵していた聖典(マンガ)を解読して習得した、対吸血鬼用の特効奥義である。


 たかが漫画と莫迦にはできない。

 異世界から召喚される勇者には、そういった空想のものを現実に変える力を持つ者も多いのだ。

 さらに、「『できる』と思ったことは大体実現できる」と豪語する女神もいる。


 そんな彼女の言葉を信じてやってみたら、できたのだ。



 ただし、ソフィアから溢れ出した太陽の魔力は、ソフィア自身をも焼いている。


 ソフィアがこの術技を選択した理由でもあるように、太陽は吸血鬼の弱点のひとつであり、彼女にも耐え難い苦痛を齎している。

 もっとも、弱点ではなくても、大抵の生物は身体に火がつけば死ぬ。

 苦痛で済んでいるなら御の字である。


 それに、彼女は大魔王レベルの耐性と再生能力があるためその程度で済んでいるが、並の吸血鬼であれば、即死した上にその不浄な魔力をも焼き尽くされて、復活もできなくなるだろう。

 スマートではないが、システムが存在するこの世界では、能力差に任せてダメージレースに持ち込むのも定石のひとつである。



 なお、ソフィアの胸元に突っ込まれている左手のユノは、ある種の完成された世界であるため、本物の太陽であっても焼くことは敵わない。

 それどころか、彼女に局地的にひんやりした感覚と、良質な魔素による癒しを与えていた。




 太陽と相性の良いヒヒイロカネ製の刀は、鞘の中で膨大な魔力を圧縮させていく。


「壱ノ型、《紅蓮華》!」


 ソフィアは裂帛の気合と共に、いまだに間合いの外にいる使徒たちに向けて、ヒヒイロカネの刀を一閃する。



 抜刀というよりも、鞘の中で圧縮された魔力によって撃ち出されたそれは、ただ速いだけの剣ではなかった。


 激しい紅炎が、刀の軌跡をなぞるように尾を引き、それが鞭のように刃圏を越えて使徒たちに襲いかかる。


 それは、直撃すれば11人まとめて焼き尽くせるだけの威力があるものだったが、ソフィアの技術では荒れ狂う力の奔流の中で刀線を保つことはできず、紅炎は使徒たちを掠めるように明後日の方向へ飛んでいった。


 それでも、余波だけで4人の使徒が蒸発するように焼失し、4人はかろうじて即死を免れたものの原形を留めておらず、即時の戦線復帰は不可能な状態にされた。

 残りの3人も手足を吹き飛ばされるなど、かなりのダメージを負っている。



 11人もいた使徒たちが、正常な判断力を失っていて、ひとまとめに向かってくる千載一遇のチャンスにこの失態は、正直なところ、ソフィアの期待どおりの結果ではなかった。


 しかし、この術技は聖典――漫画を参考に会得したもので、システムで用意されていない、ある意味ではオリジナルの術技である。

 習得までの訓練期間も短く、正直なところ、彼女自身にも何がどう「太陽」の呼吸なのかは分かっていなかったが、それがここまでの威力を出したのは奇跡に等しい。



 とはいえ、種子を宿した真祖に底上げされている使徒たちの不死性も尋常ではない。

 魔力ごと焼失させられた者はどうにもならないが、炭化した者たちには再生の兆しが見えている。


 そして、ソフィアの感覚でも異常な速度で再生した3人の使徒たちは、仲間を喪ったことを気にも留めず、再びソフィアたちの方へと駆け出した。



 しかし、先ほどとはほんの少し目的地が異なっていた。


 彼らが目指していたのは、スキル後の硬直に囚われているソフィア――の胸元にある約束の血ではなかった。

 その足下――マリアベルの持つ大剣から滴り落ちたユノの血である。



 土と埃が積もり、清掃すらされていない不衛生な石畳の上でも輝きを失わないそれは、ネコにとってのちゅ~〇のようなもの。

 頭の中はそれのことでいっぱいで、手に入れるためなら尊厳を捨てて這い(つくば)り、尻尾を振ることも(いと)わない。



 ソフィアも、その源泉たる腕を持っていなければ、無様に(すす)っていただろう。


 ちなみに、それがただの血液であればマリアベルの大剣にも付着しているはずなのだが、純粋なユノの血は純水よりもサラサラで、性格もサバサバしているので、粘性や表面張力のようなものも発生せず、綺麗に流れ落ちている。

 そして、何よりも清らかなそれは、薄汚い石畳をも浄化している。


 常人には何を言っているか分からないかもしれないが、ユノとはそういう存在なのだ。



 3人の使徒たちには、最早ソフィアの姿は目に入っていない。

 ただひたすらにそれを求め、盲目的に突っ込んでくるだけ。



「やっ!」


 そこに《縮地》で飛び込んだマリアベルが、対単体スキル《十文字斬り》でふたりを斬った。

 対単体スキルを複数の対象に《分割》して使用するのは高等技術ではあるが、驚くべき点はそこではない。


 斬られた使徒は、どちらも心臓を貫かれたわけでも、首を斬り落とされたわけでもないのに、瞬時に灰化してしまった。



 吸血鬼の不死性とは、肉体のみのものである。

 そして、その特性や動力源を保持しているのは魂の部分である。


 本来であれば、その魂の部分を攻撃するために、日の光を浴びさせる、心臓に杭を打ち込む、首を斬り落とすといった概念攻撃が必要になる。


 しかし、マリアベルの神剣によって肉体と同時に魂を斬られた使徒たちは、彼らの吸血鬼としての核となるものも同時に斬られていた。

 それは、一般的な吸血鬼の退治方法と同様に――概念にも階梯が存在するため、それ以上に効果的に吸血鬼を死に至らしめた。



「よし」


 そういった深奥に触れる部分はマリアベルには理解できなかったが、適当な斬撃で吸血鬼を殺すに至ったという事実に――比較的彼女の理解の範疇(はんちゅう)にあることに満足した。



 残る使徒はひとり。


 彼は、目の前でふたりの使徒が灰化したことにも何も感じていないようで、マリアベルの脇を抜けて約束の血を目指す。



 マリアベルが油断したわけでも、これが能力の限界だったわけでもない。

 彼女は、彼女の相棒を信頼していただけである。



 約束の血まであと一歩というところで、最後の使徒が吹き飛んだ。

 使徒は何度か床でバウンドしてから、突如として陽炎のように揺らめいて消失した。



 使徒を撥ね飛ばしたのは、マリアベルの愛馬ダンナインザダーク。通称、「旦那さん」である。


 元より轢き逃げには定評のあった旦那さんだが、ユノの手によって創られた成分無調整神器を身につけた彼のそれは、「異世界転生アタック」に昇華していた。



 旦那さんに轢かれた使徒が、本当に異世界へ転生したかどうかは定かではない。

 ただ、彼がもうこの世界に存在しないことだけは確かであった。



 旦那さんが、勝鬨(かちどき)を上げるように二本足で立ち上がり、首の無い頭で(いなな)いた。

 旦那さんの神器の能力を強制《転移》か何かだと勘違いしているマリアベルは、「よくやった」といわんばかりに旦那さんをポンポンと叩いていた。



「ククク、やるではないか」


「それでこそユノ様の3番目の下僕だ」


「えっ、3番目は私ですよー?」


 アドンとサムソンも旦那さんを賞賛した。

 サムソンの言葉も、順番イコール序列ではないという共通認識であることを踏まえて、マリアベルを揶揄(からか)うものであるとともに、旦那さんも仲魔であると認めるものだった。




 かくして、残されたのは真祖アントニオのみ。


 アントニオも、約束の血を目指して前進しようともがいていたが、使い方の理解できないヒルの身体では僅かな前進もままならない。

 ただただ、届かぬ約束の血を想って慟哭(どうこく)するだけだった。


 もっとも、彼も大概この世界の存在ではないため、傍目には何をやっているのか分からない。

 精々、知性も何も感じない慟哭から対話ができる状態ではないことが理解できるくらいである。


 事ここに至っては、ソフィアも他人の手を借りようとは思わず、ユノの使い魔たちも、ユノの命令を確実に遂行するためにフォーメーションを取った。



「《集中》。太陽の呼吸――」


 後はなすべきことをなすだけ。

 ソフィアは再び太陽を纏い、真祖を焼き尽くすべく斬りかかった。


◇◇◇


 三十分ほどが経過した。


 ソフィアの斬撃は、幾度となく真祖を両断し、焼き尽くしているものの、それらは一時的なものでしかない。

 何度やっても、種子の欠片を宿した真祖を滅ぼすには至らない。



 アントニオにとっての嬉しい誤算は、これまで何の役にも立ってこなかった《怠惰》のスキルである。


 《怠惰》のスキルは、その所有者が怠惰であり続ける間、全能力の低下と引き換えに、際限なく魔力を貯め続けるものである。

 もっとも、「際限なく」という部分については一般人の視点からのものであり、実際には限度があるのだが、その魔力はいざという時に使用可能になる奥の手、若しくは一発芸となるものだ。


 かつて、幼いソフィアに粉砕された時も、《怠惰》に貯め込まれた膨大な魔力はアントニオの再生に用いられた。

 しかし、ソフィアに託された種子の力の前では誤差にもならず消し飛んでしまった。


 しかし、今回は立場が逆転している。


 種子の欠片を宿しているのはアントニオの方であり、基礎能力も大きく上昇している上に、貯め込んでいる魔力も桁どころか次元が違う。

 対するソフィアも、胸元に根源を挟んでいるが、魔素の供給を受けていこそすれ、ソフィア自身の魔力が底上げされているわけではない。


 その上で、痛覚の無いアントニオと、自らの造った太陽で燃えるたびにダメージを受け、その都度再生しているソフィアの我慢比べである。

 種子の欠片と、ソフィアの忍耐力の戦いといい換えてもいいだろう。




 同じことの繰り返しは、精神を消耗させる。


 成果が目に見えなければ特に。



 そして、何度も繰り返される代わり映えのしない光景は、最初は固唾(かたず)を呑んで見守っていた者たちの精神も(むしば)む。


 それに嫌気がさしたユノの使い魔たちは、新顔のドミトリーも交えて和気藹々(わきあいあい)と人生ゲームに興じていた。



 アントニオからの反撃はないため、ソフィアもそれを認識するだけの余裕はある。

 腹は立つが、ソフィアにも意地がある。「今更」とか「ここまできて」という感もなくはないが、真祖が相手である限りは手を借りたくない。


 しかし、届かない。



 ソフィアにとっての希望は、この繰り返しの中でのスキルレベルの上昇だけだ。


 スキルレベルが上がることで、精度や威力も上がる。


 現在の《不滅の刃》スキルレベルは5にまで上がった。

 威力は倍くらいに、命中率や制御力も格段に向上しているが、ソフィアの受ける自爆ダメージも向上している。


 このまま続けていればあるいは――という希望はあるが、戦闘に特化していないソフィアのスキルレベル上昇ペースは鈍い。

 むしろ、そんな創作スキルにもすぐに順応するシステムが優秀すぎるくらいである。



 ハイドレーションパックから水分補給するように、胸元に挟んだユノの指をしゃぶって魔力を回復しているが、本来であれば、自前の魔力はとっくに尽きているところである。


 これは果たして自力といえるのだろうか。

 レベルがマックスになったとして、あれを滅ぼせるのだろうか。


 いつ終わるとも知れない痛みと精神的な疲労の中で、頭の中に雑念が浮かぶ。

 体力(HP)魔力(MP)、そして、幼い日に母の腕に抱かれて感じていた安心感は、胸に挟んだユノからいくらでも補える。

 しかし、目に見えず、数値化できない何かは確実に消耗していく。



 心が折れそうだった。


 それでも、能力的に戦闘に特化していないソフィアには、これ以外の手段がない。



 そう思っていたのだが、ふと、ひとつだけあることに思い至った。



 胸に挟んでいる左手。


 これを使えば、真祖を撲殺できる気がする。


 ただし、それをやれば絶交されるおそれもある。

 ユノは不定形生物が苦手なのだ。


 しかし、いつだったかは忘れたが、「左手は私の物」と宣言した記憶もある。

 そして、拒絶された覚えはない。


 だったら使ってもいいのではないか?



 精神的な疲労が蓄積していたソフィアの思考は、合理性からかけ離れていく。

 判断力も鈍る。


 ソフィアの左手が、胸に挟まっていた左手のユノに触れる。

 不穏な気配を感じ取ったのか、左手のユノがビクリと震えた。



「え、ちょっと待って。何をする気なの? 早まっちゃ駄目。ソフィアはやればできる子」


「クリスのところの聖典で、『銀の左腕【アガートラーム】』とかいうものの記述を見たわ。『野生の兵器』の2巻だったかしら。保存状態も悪くて、翻訳も不完全だったから、詳細までは分からなかったけど、アガートラームは想いを力に変える聖剣で、どんなときでも、ひとりじゃないの。彼らの勇者もお勧めの一本らしいわッ!」


「ちょっとテンションがおかしいよ? 深呼吸でもして落ち着こう?」


「呼吸はもう嫌なのッ!」


 左腕のユノを聖剣代わりにしようとするソフィアに、ユノはソフィアの顔面にフェイス〇ガーのようにしがみついて抵抗する。



 この状況に、「ユノを護れ」という命令を受けていた彼女の使い魔たちも警戒態勢を取る。


 この場合、斃すべき相手は、真祖かソフィアか。

 どちらにしてもすぐに動けるように気を引き締める。



「わ、分かったから。あれに効きそうな、使い捨てにしてもいい武器をあげるから、落ち着いて」


 ソフィアの乱心だけではなく、使い魔たちの行動にも焦ったユノは妥協案を出した。



「……本当?」


「本当……」


 そんなやり取りの後、透明のビニール袋に入った木の根のようなものが、軽い音を立ててソフィアの足下に落ちた。


 ビニール袋には“神ゴボウ”との表示があるように、内容物はゴボウである。

 ご丁寧に、“私が魂を込めて創りました”と、ユノの写真入りの創造者表示もある。


 ただ、ユノを知る者たちからすれば、それは世界樹を連想させるものである。


 一方で、ユノを知らなければ、何かを求めるように(うごめ)いているそれは、食材というよりあくを抜いて贖罪したくなる何かである。



 正常な判断力を失っているソフィアでも、これを手に取るのは躊躇われた。


 彼女も吸血鬼だからこそ分かる。


 これは血に飢えている。

 血を養分に、命という美しい花を咲かせるものだ。


 鈍っていた判断力は、それの出現で迷走を始めていた。




 追い詰められていたのはソフィアだけではなかった。


 アントニオには、痛覚はなくても、攻撃をされているという認識はあり、ストレスは溜まる。


 彼は種子を宿しているが、その力の掌握や制御ができているわけではない。

 ゆえに、この再生能力がいつまで続くのかすら分かっておらず、次の瞬間にはなくなっているかもしれない。


 ソフィアの攻撃のバリエーションは、不死の大魔王ヴィクターには遠く及ばない。

 しかし、能力はヴィクターとも遜色なく、吸血鬼特効スキルは戦術の差を埋め、殺意は比べ物にならないくらいに高い。


 そして、ヴィクターとは違って、なぜか魔力切れを起こさない。


 それが懐に収めているのは、彼に宿った何かと同質で、より洗練されたもの。

 彼女が何度炭化しても人の姿に戻るのに対し、彼がいつまで経っても人の姿に戻らないこともその差を証明しているのではないかと錯覚して、これまでで最大の死の恐怖と、生への渇望を抱いていた。




 その純粋な感情、若しくは願いに、夜の世界に隠されていた、この地での惨劇の元凶となった儀式用魔法陣が反応した。



 仮初の夜空に、ポッカリと大きな穴が開いた。

 穴の向こうには、世界の全てが混じり合ったような混沌が広がっている。



 アントニオとソフィアにはそれに見覚えがあった。

 全てを失くしたあの日の再現。


 人智を超えた圧倒的な何かが出現する前兆だった。

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