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43 神剣ゼミ

 マリアベルは、デュラハンの特異個体である。


 何をもって「特異」とするかの明確な定義はないが、彼女の場合は120センチメートルと小柄な体格であることや、体格と相応な幼い容貌が理由ではない。

 その幼さで、召喚の対象に選ばれることこそが特異なのだ。



 そもそも、並のデュラハンでも召喚、使役することは難しい。

 デスともなると御伽噺のレベルである。


 それ以上の召喚コストがかかったマリアベルが、どれほど異常な存在かは語るまでもない。


 そんな彼女が、現在は主であるユノから良質な魔素の提供を受け、さらに、主から戯れに受けた手解きで、レベルと基礎技術も向上している。

 その上、彼女の持つ身の丈を超えるサイズの大剣は、主人の手により創られた神器である。



 それらが合わさるとどうなるか。



 マリアベルの姿が全員の視界から消えた。


 彼女が使ったスキルは、戦闘技術の中で奥義に分類される《縮地》だ。


 直線上を超高速移動する、短距離《転移》に近い効果のスキルで、《転移》のように希少な適性は不要で、発動が速く、魔力消費も少ない。


 ただし、移動直線上に一定以上のサイズの障害物があるとファンブルするとか、発動時に、衝撃波こそ発生しないものの、大音量の踏み切り音が発生するなどのデメリットもある。

 後者は、《縮地》が音よりも速ければ問題は無い――とはいかず、その予兆を音よりも速く捉える達人もいる。


 ユノにしてみれば「なぜ?」と首を傾げるスキルだが、そういうスキルだからといわれれば納得せざるを得ない。



 しかし、マリアベルはユノから教えられた「(ひざ)抜き」の技術により、発動時の音を消し、移動速度を向上させることにも成功している。


 無論、ユノには「え、どういうこと?」と首を傾げられたが。




 近接戦闘において、ユノが重視するのは間合いの操作である。


 ユノも、速いだけの踏み込みを一概に否定するわけではない。

 相手に反応や対処ができないと分かっているなら、それも間合い操作の一環なのだ。


 しかし、相手に多くの選択肢がある状況で、一か八かで先の先を取りに行く――ひたすらに早く強いスキルを撃ち合おうとするこの世界の戦闘は、理解の及ぶところではない。


 彼女の言う「間合いの操作」というものは、いい換えれば相手の可能性を狭めていき、最終的に全てを奪うということである。

 それは本当の魔法の使い方――世界の喰らい合いにも通じるものである。


 彼女以外にそれを理解して実践できる者がいないので、本当にそうなのかは誰にも分からないが。




 主のような間合い操作技術は使えないマリアベルは、《縮地》を使って十二使徒のひとりに狙いを定め、急速に接近した。



 反応できたのは、基礎パラメータの高いソフィアだけ。


 彼女は《縮地》の障害となりかねない魔剣の能力を解除し、またいい機会だと判断して、自身も各個撃破の方向へ切り替える。



 そうしてマリアベルは、《縮地》の勢いのままに、ろくに反応できていない使徒に対して、大剣スキル《十文字斬り》を発動させる。


 斬り下ろしから斬り払い、若しくはその逆順に繋げるだけの初級術技だが、基本技能から始まる様々な術技との見分けがつきにくいことや、連携に組み込みやすいなどの利点もあって、熟練者ほど愛用し、扱い方に差が出るスキルである。


 これも、ユノにしてみれば、「真っ二つにした後の追撃って必要? ええっ? 避けられたり浅かったりとか、殺しきれなかったときの保険? そういう状況で大振りするのがおかしいと思うのだけれど? ふむ、アンデッドだと真っ二つにしても死なないのもいるの? 不死なのに真っ二つにされて死ぬのもいるの? どういうこと?」と、困惑させるものだった。


 もっとも、困惑度合いでいうと、マリアベルたちがユノの生態に触れたときの方が遥かに大きかったのだが。



 マリアベルの動きに反応すらできなかった使徒のひとりが、臍の辺りを中心に、見事に4分割された。


 しかし、吸血鬼の弱点である心臓を破壊するでもなく、胴体から首を斬り落としたわけでもないため、吸血鬼を殺すには至らない。

 そういったシステム的な設定も、ユノを困惑させる要素のひとつなのだが、彼女はシステムの理解を諦め始めていた。



「ぎゃっ!?」


 斬られてから一瞬の後、4分割された吸血鬼から悲鳴のようなものが漏れた。


 それに反応して、残った使徒たちの視線がようやく4分割された仲間に向いた。



「コナン!? 貴様、よくも!」


「だが、コナンは十二使徒の中で最弱。奴を斃したからと図に乗られては困る」


「いや、我ら使徒はこの程度で死ぬことはない。残念だったな。いかに切り刻もうとも、コナンはすぐに再生するだろう!」


 一拍遅れて状況を把握した使徒たちが、口々に喚きたてる。


 本来なら口より手を動かす場面なのだが、彼らはマリアベルの能力と、その手に持つ見るからにヤバいものを警戒してか及び腰になっており、コナンと呼ばれた使徒を援護しようという動きはない。



 その直後、コナンを見ていた全ての者の背筋が――精神が凍りついた。


 再生が始まるどころか、左上半身を除いた全ての部位が裏返り、虚空に吸い込まれるように消失した。


 そして、残った四半身に再生が始まる様子はなく、断面からは増殖した内臓が溢れ出す。


 当のコナンは、斬られたという事実にすら気づいていない。

 何かがおかしいようと感じているが、何がおかしいのかは分からない。

 それどころか、自身が「コナン」であることも分かっていない。


 そして、ふと視界の端にほかの使徒の姿を捉え、表現しようのない感覚が彼の胸に去来する。

 何をかは分からないが、失ってしまったのだ。

 そして、それはもう取り戻すことはできないのだ。


 彼の魂と精神はこの状況に耐えられず、肉体は声にならない叫びをあげながら、理由も分からないまま、残った手を何かを求めるように彷徨わせる。



「……さすがご主人様から頂いた神器ですー。この剣の前には不死なんて無意味だとは思ってましたけどー、これは一体何を斬ったんでしょうかー?」


 所有者であるマリアベルですら、何がどうなっているかが分からない。


 ただはっきり分かっていることは、コナンと呼ばれた使徒がまだ死んでいないことと、ダメージを受けている様子もないこと。

 誰も状況を理解できていないこと。


 そして、この世界に生きる者として、決してこうなってはいけないこと。


 あれは世界から切り離されている。

 どうしてそうなったのか、それでどうなるのかは分からないが、根源を通じた共感性の深いところが、「あれだけは駄目だ」と告げている。



「……まあ、いっかー」


 正常性バイアスが働いたマリアベルが、軽い感じで振り返ると、残った使徒たちは皆土下座していた。



「勘弁してください。お願いします」


「見逃してもらえるなら何でもします。死ねと仰るなら死にます。でも、それで斬るのだけは勘弁してください」


「あいつにやれって言われたんです」


 十二使徒には、最早忠誠も、恥も外聞もなかった。

 彼らの口調は平坦だったが、そこに込められた恐怖は本物で、本心から拒絶していることは疑いようもなかった。


 ドミトリーも、本心から「敵対しないでよかった」と思った。

 青髭危機一髪である。


 しかし、敵対していないだけでは斬られないという保証はないため、息を殺して、気配を消して、空気になろうと努力していた。



 それは、真祖も同様であった。


 死にたくないという想いは今も変わらない。

 しかし、ああなりたくないという想いが、それを上回る。


 言い表しようのない不快感。

 本能的な忌避感。

 不死の大魔王に味わわされたものとは比較にならない、耐え難い恐怖。


 それでも、彼の中の種子が、それに抗えと彼を駆り立てる。

 敵わないと分かっていてなお、敵わないと分かっているからこそ。



「ユノ様。マリアベルめの神器、少々やりすぎな感があるのですが……」


「斬ったのは恐らく『世界』なのでしょう。未熟な奴めが扱いを間違えれば大惨事になるやもしれません」


 そんな状況の中、2体のデスは、彼らの神器よりほんのり性能が高いマリアベルの神器にほんのり嫉妬して、主に進言をしていた。



 レベルで後塵を拝していることは仕方がない。


 元々、彼らはデスとしては中の下程度の実力で、レベル差以上の種族補正で脅威度では上であったため、先輩としての面目を保っていられた。

 しかし、それを覆す要素――与えられた神器に差があるというのは素直に認められない。



 ふたりの持つ大鎌は、かつては斬られた者に「即死」の状態異常を与える伝説級レジェンダリーの武器だったが、ユノに侵食された現在は魂や精神すら断ち切る神器である。


 見かけ上の効果は以前の物と変わらないように思えるが、システム的に「即死」の状態異常を与える物と、真に魂や精神にまで干渉するものでは本質から違う。



 魂の状態は肉体や精神にも影響を与え、その逆も同様である。

 そして、草木や石にも魂や魔素は宿る。


 人は器が死を迎えると、魂や精神も死を迎える――根源へ還るが、石は砕かれても死んだりはしない。

 それを認識できるだけの精神が宿っていないことも理由のひとつだが、どれだけ形を変えようと石は石である。

 粉々になるまで砕いたとしても、形が変わるだけで、死ぬわけではない。


 彼らのかつての大鎌では、石のような物を即死させることはできなかった。

 しかし、現在の彼らのそれは、彼らの意思に呼応して、石でも空気でも殺せる。


 それができたからといって、特にどうということはない。

 そんな使い方をする場面も、まずない。


 それでも、死を体現するものとしての自尊心が満たされて、いい気分になれた。




 しかし、マリアベルの神器は、コナンの身体を4分割し、魂や精神も分割した。

 その効果は、アドンやサムソンの神器と似ているようで、決定的に違う。


 彼女の神器は、サムソンが言ったように、「コナン」というひとつの世界を切り裂いていたのだ。



 肉体を斬られただけなら、システムの「吸血鬼」の仕様に従って、復活か消滅するだけのところが、4分割されたコナンは、それぞれが「コナン」の可能性を持った、「コナン」となりえるもの。


 それが「コナン」になるか否かは彼次第であり、そのためには、システムが彼を認識できる階梯になるか、若しくは、彼自身で「コナン」を再構築する必要があった。

 それができるなら、こんなことにはなっていないが。



 しかし、全く再構築できなかったわけでもない。


 残った左上半身と、断面からモリモリと溢れ続けている内臓がそれである。



 コナンの最大のアイデンティティは、「吸血鬼」であることだった。

 中でも、血を吸うことより、不死の存在であることに比重が置かれていた。


 そうして、彼は不死になった。

 その本当の意味を知らずに。


 そうして不死になったコナンだが、自身が4分割されている状態を修正することも、新たに定義することもできなかった。

 その結果、同一存在の重複を許容しない世界の修正力に負けて、左上半身以外が世界から弾き出された。

 きちんと定義できていれば、彼は新たな種子となっていたかもしれないが、それだけの資質があれば、最初からこんな状態にはなっていない。



 そうして残されたのは、独立した、極めて不完全な世界――ある種の根源とでもいうような存在だった。

 還るところも、ほかの根源との繋がりも確立されていない。


 示唆するところは停滞。


 根源として成立しないそれは、既にこの世界に焼きついた影のようなものにすぎず、そう遠くない未来に、何ものにもなれず、何も残せずに消失する。


 もっとも、「消失」というのはこの世界から見てのことである。

 実際には、彼の不死は、少なくともこの世界が終わるまで、世界に取り残されたまま続くのだが。


 それは、生物として、この世界にあるものとして、何よりも受け入れ難い状態である。



 斬られたコナンは、後悔することもできない。


 残された使徒は、コナンの末路にただただ恐怖と絶望を覚えていた。

 彼らのその感情が、コナンがこの世に残す唯一の成果といえなくもないが、気休めになるようなものではない。

 むしろ、知らない方が幸せなものである。




 アドンやサムソンの神器で収穫された存在は、正常に根源に還ることができる。


 しかし、マリアベルの神器は、斬った対象の存在を問うた。

 それは、その意義であり、構成であり、可能性であり――応えられなければコナンのようになる。


 しかし、この世界の大半の存在は、それに応えられる階梯にない。



 つまり、アドンとサムソンは、マリアベルの神器がこの世界の階梯に対してオーバースペックであり、それを死の体現者たる彼らではなく、ワンランク下のマリアベルが持っているのが気に食わないと言っているのだ。


 彼らは、ユノが聞いていないことは分かっていたが、朔が聞いていることは分かっていた。

 朔ならば理解してくれるであろうことも分かっていた。

 そして、朔には対処できないことも。



 アドンとサムソンは、ユノの入った棺を、アントニオから百メートルを切る位置に移動させた。

 その瞬間、真祖が特定の存在にのみ見えるモザイクに覆われたが、当の真祖はそれに気づいていない。

 マリアベルが持つ理不尽の存在感がそれを許さない。



 それからしばらくすると、棺の蓋が重々しい音と共にゆっくりとずれ始めた。



 そこから、夜の世界にあって、夜より深い髪と翼、太陽よりも眩しい白い肌に、血よりも紅い瞳を持った、美しすぎる――言葉では表現しきれない女神が出現した。

 そして、伸びをするように大きく翼を広げる姿は、世界を包み込むかのように錯覚させるものだった。


 むしろ、曲がりなりにも種子を宿しているアントニオには、それが錯覚ではないと分かってしまう。


 かつて召喚に成功した邪神でさえ、それに比べれば不完全なものだ。

 その欠片で創った夜の世界など、出来損ないにすぎない。


 これこそ、本物の邪神なのだと、否が応でも理解できてしまった。



 その様子を、ソフィアや彼女の使い魔たちは得意気に、十二使徒は呆然と見守っている。


 ユノのことをよく知るソフィアと使い魔たちは、彼らが感じているであろう衝撃を、これから感じることになるであろう困惑に、自分たちのことは棚に上げた上で、表現しようのない愉悦を感じていた。



 それが邪神だと認識しているアントニオも、何も知らない十二使徒にとっても、それを「美しいもの」だ感じていることは否定しようのない事実である。

 しかし、一切の魔力を感じないというのは、吸血対象にはならないはずのものだった。


 だというのに、動かないはずの心臓が早鐘を打つように跳ね、失ったはずの性欲が心と身体を熱くさせ、これまた必要のない呼吸で過呼吸気味になっている。

 この状態は彼らには理解できないもので、ひたすらに困惑するほかなかった。



 時が止まってしまったかのような世界で、ただひとりマリアベルがユノの許へ参上し、恭しく大剣を差し出した。



 マリアベルも、あのひと振りで「これ、あかんやつやー」と、本能的に理解していた。

 正常性バイアスのおかげで冷静に振舞っているが、内心では泣いている。


 神器は欲しかったが、これは誰にも使いこなせない。


 それ以前に、お手入れのときにうっかり指を切ったりしたら――無邪気に頬擦りしていた時のことを思い出すと、ストレスで呼吸が乱れてしまう。


 そして、主人がよく言っている、「大きすぎる力に巡ってくる因果」というものを考えると、身の丈に合った武器を下さいと本気で願う。




 ユノはマリアベルから大剣を受け取ると、コナンに視線を向けて顔を(しか)めた。


 次の瞬間にはモザイクが掛かったため特に何事も起こらなかったが、さらに次の瞬間には、彼女はその大剣で、躊躇(ためら)うことなく自身の左腕を斬り落とした。



 その突飛な行動に、そこにいた全員が目を見開いて驚愕した。


 しかし、切断面から血が噴出するようなことはなく――というよりも、その切断面は「ユノ」としかいえない、甘酸っぱい青春時代を連想させる、常人には理解し難い世界があった。


 そして、地面に落ちた左腕は、断面のユノが「大丈夫」と言いながらサムズアップしていて、「見れば分かるよ」と言う本体側断面ユノとコミュニケーションを取っていた。



「問題無いよ」


 ユノはそう言って大剣を返却しようとしたが、マリアベルは困惑しすぎて固まっていた。


 しかし、困惑しているのは彼女だけでなく、ユノ以外の全員に何が問題無いのかが分からない。

 むしろ、問題しかない。



「…………」


 マリアベルは説明を求めようかと思った。


 しかし、相手は人智の及ぶ存在ではない。



 《鑑定》による解析で、女子力の塊であるとか、お砂糖とスパイスと素敵成分が配合されているとか、「バグかな?」と思っていた要素も、こうなってみると思いのほかガチっぽい。

 そんな存在の言うことなど、常識の範疇にいる者には理解できるはずもない。



「あの、決して文句を言うわけではないんですけど、私は未熟なので、もうちょっとマイルドな性能にしていただけないかなと。あ、もちろん、いつかは使いこなせるように努力したいと思います」


 あまりの緊張から、マリアベルの口調が硬くなっていた。



『魂が斬れる程度にしとけばいいんじゃない?』


 何が問題なのか分かっていないユノに、朔がアドバイスをする。


 マイルドにして魂が斬れるとはどういうことか。

 みんなの心がひとつになった。



「魂だけを斬る剣とか格好良いかなと思うんですけど」


「それだと、魂を正確に認識できていないと使いこなせないけれど、大丈夫? この剣でもきちんと狙って斬ればそれは可能なのだけれど、必ずしも物理的な肉体の中に魂や精神が存在しているわけでもないから、闇雲にぶん回しているだけだと何も斬れない剣になるよ?」


 そして、当然のように理解できない答えが返ってきた。



『肉体を斬ったら魂も斬れる剣とかでいいんじゃないの?』


「じゃあ、それでお願いします」


 マリアベルには何が「それで」なのかは分からなかったが、これ以上拗れる前に妥協することにした。



「なぜそんなにも魂が斬りたいのか分からないけれど……」


 ユノは納得がいかない感じながらも、剣を侵食して、マリアベルの望むような世界を構築していく。


 ある種の世界創造の瞬間に、ソフィアとユノの使い魔たちは、これ以上ないくらいのドヤ顔になり、真祖や使徒たちは、胸を締めつけるような表現不能な感動で、自然と流れ出した涙に困惑していた。


 当然、それが次に向けられるのが自分たちだとも理解しているため、恐怖で残像が出るほどに震えながら。



 そして、ユノもまた彼らの様子に困惑していた。


 土下座しながら震える彼らは彼女の苦手とする虫のようで、それを察した朔にすぐにモザイクを掛けられて、彼女の心の平穏が保たれた。



 世界の創造はすぐに終わった。


 細かい調整が苦手なユノにとっては時間がかかる作業だが、見ている方はあっという間のことだ。

 むしろ、こんな短時間で世界や神器を創り出す彼女は、魔素を放出していなくても神々しく見えた。



 もっとも、奇行についてまでは擁護は及ばない。


 ユノは、何かが変わったらしい大剣で、地面に落ちていた彼女の左腕に突き刺し、持ち上げた。


 断面のユノが、「こんなものじゃない?」と語る。

 手は相変わらずサムズアップを維持している。


 そして、傷口からは鮮やかな赤い血(素敵な何か)が流れ出していた。



 その血の匂いで、吸血鬼たちの目の色が変わった。

 吸血鬼にとって、その血は何を犠牲にしてでも得たい甘露のようなもの。


 吸血鬼の本懐がそこにある。


 それまで感じていた恐怖は吸血衝動に上書きされて、奇麗に消え去っていた。



 しかし、反応したのは真祖と十一使徒だけではない。

 最も近くにいたソフィアがその腕を奪取うると、ペロペロと――ベロベロと人目を(はばか)ることなく舐め始めた。



「ソフィア、ステイ!」


 断面の声も、盛りのついたソフィアには届かない。

 絶望からの期待から一転して更なる絶望へと落とされた、真祖と使徒たちの目が殺意に満ちていた。



「貴様! それは、それだけはやってはいかんだろう!」


「貴様は我らの魂を愚弄した! 絶対に! 絶対に許さんぞ!」


「お前ーっ! お前はーっ! あほーー!」


「あああああああああ!」


 予測不能な展開で、完全に出遅れた使徒たちは、口々に呪いの言葉を吐き、真祖は吠えた。



「……何言ってるの? これは私のよ」


 ソフィアは涼しい顔で受け流す。

 ただし、口周りは涎でベトベトで、足元は生まれたての小鹿のようにガクガク震えていた。


 その甘露は、大魔王たる彼女が、ほんの少し舐めただけでこうなってしまうまでに刺激が強いものだったのだ。



「いや、私は私のものなのだけれど」


「これが欲しいなら、力尽くで奪ってみるのね」


 ソフィアの腕の中にある、ユノの腕の断面が抗議の声を上げたが、見事に無視されていた。

 何だか面倒くさいことになっていると感じたユノは、ひとまず左腕のユノを諦め、マリアベルに大剣を渡すと再び棺に閉じ籠った。


 使徒たちの目に、吸血鬼化してから初となる本気の炎が灯った。

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