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40 追憶

 先行したデュラハン群「走り屋マクラー連」から遅れること少し、ソフィアとユノは、混乱の坩堝(るつぼ)にあった古城内に悠々と侵入を果たした。



 ソフィアとデュラハンとの契約時間を考えると、あまりのんびりしていられる余裕は無い。


 しかし、突入を急いで、吸血鬼やほかのアンデッドに捕捉されて絡まれたりすると、走り屋マクラ―連を陽動に使った意味が無くなってしまう。

 そのために、彼らには「吸血鬼の討伐よりも、騒ぎを起こすことを優先しろ」と命じているのだ。



 走り屋マクラー連が本気になって、吸血鬼たちが中途半端に逃げの態勢になれば、真祖の守りが厳重になる――と考えてのことだが、それは有事の際は普通に厳重になるものである。


 長い時間、迷宮に引き籠っていたソフィアにとっての基準は迷宮と彼女自身であり、防衛戦といえる状況になったのは、ユノに侵入された時だけ。

 それゆえに、「対処できる問題には積極的に解決に向かう。そうでなければ守りを固める」ものだという思い込みがあった。

 それが、迷宮ではユノ以外にはそれで充分だったことと、迷宮を出てからも、コミュ障気味で、あまり他者とかかわらなかったことが原因で、改善されることなく現在に至っていたのだ。



 とにかく、そういったことを勘案しての突入のタイミングだったが、当初の想定以上の陽動効果に、彼女たちは誰に気づかれることもなく歩を進めることができていた。



 それどころか、人目を憚らずに会話をする余裕まであった。


 彼女たちの戦争は、雰囲気でやるものなのだ。

 力で何でも解決できる者たちあるあるである。



「思ってたより抵抗が少ないわね。まあ、真っ昼間だし、デュラハンたちもちょっとあれな感じだし、こんなものなのかな」


『サムソンからの報告どおりならこんなものじゃない? 一応、貴族級のが12人いるらしいけど、特徴がよく分からないから確認のしようもないね』


「肝心の真祖の情報も上がってこなかったしね。まあ、潜入できた時期も遅かったみたいし、ヴィクターさんの配下を通じての情報収集だし、ある程度は仕方ないのかもね」


「そうね。情報が無いよりは全然マシよね。というか、デスをひん剥いてスケルトンって言い張るとか、それを潜入任務に使おうって発想は、正直正気を疑ったけど……。何だかんだで、あんたの方が正しかったのよね」


 常識的に考えればソフィアの方が正しいのだが、今の彼女は、ユノの魅力にどっぷりと毒されていた。

 コミュ障ゆえに、他人の目がある所では素直になれずに悪態を吐いたりもするが、ふたりきりになると大魔王だとかお姉ちゃん属性はどこかに行ってしまう。



「運が良かったところも大きいと思うけれど、『事実は小説より奇なり』なんてこともあるし、多少莫迦げているくらいの方がバレにくいんじゃないかな」


『多少どころか、パーフェクトだったと思うけど。まあ、常人には理解できないって意味では成功だったね』


「『木を隠すには森の中』っていうし、デスを隠すにはアンデッドの中っていうのもありなんじゃない?」


『その場の思いつきで、成否もどうでもいいって思ってたくせに。それっぽいことを言っても、薄っぺらいよ』


「まあ、そうなのだけれど。それでも『薄っぺらい』っていうのは酷くない?」


「緊張感ないわね……。まあ、あんたらが緊張するような状況なんて想像つかないけど……」


「ソフィアまで……。私はいつだって適度な緊張感を持っているよ? 今だって、領域を展開して情報収集――っ!?」


 話の流れ的に、考え無しに、朔の認識範囲外にまで領域を広げたユノは、彼女にとって無視できないものを発見してしまう。

 そして、そのあまりの気持ち悪さに、一瞬で全身の毛が逆立った。



「え、何!? どうしたの!?」


 ユノの様子にソフィアが反射的に声を上げるが、ユノはそれに構わず、彼女がちょうど入るくらいの鋼鉄製の箱と使い魔を取り出した。



「アドンは私を護りなさい。マリアベルはサムソンを回収してきて、その後は一緒に警護に加わって」


「はっ!」


「え、ちょ、待――――……っ」


 ユノは使い魔たちに指示を出し、マリアベルをサムソンの居場所に向けて投擲すると、ドップラー効果と共に遠ざかる彼女に構うことなく、箱に蓋をして完全に閉じ籠ってしまった。



「え、ちょっと、どういうこと?」


 完全に置いてけぼりとなったソフィアは、ただ困惑することしかできない。


『どうやら領域で苦手なものを引っ掛けたみたいだね』


「なるほど……。また虫とかワームとかがいたのね。っていうか、気持ち悪いのは分かるけど、そういうのの脅威度なんて知れてるんだからどうにでもなるでしょ」


『まあ、ユノの認識能力とか魔法ってみんなとは少し違うしね。ソフィアも、ゾンビや虫に噛みつきたいとは思わないでしょ?』


「それはまあ確かに……」


『ボクが情報処理できるのは、100メートル以内のものだけなんだ。それ以上はユノの領域に頼るしかないんだけど、それもボクが情報処理したとしても、それが完了するまでの僅かな時間とか、そもそも干渉している事実は変えられないからね。それより、自棄を起こしたユノが何かやらかす方が怖いから、下手に追い詰めるよりはこうして自制してくれてる方がいいんだよね』


「うーん、竜や神には臆することなく殴りに行くのに、虫程度が駄目っていうのはやっぱり釈然としないけど、追い詰めちゃいけないっていうのは同感ね」


『無理する必要があったとしても、できるだけボクらで状況を整えてあげてからの方が被害が少なくなるだろうね』


「そうね。まあ、そんな状況で、私が何の役に立つかは分からないけど。そう考えると、虫とかの相手をするだけならマシなのかしら」


 ソフィアは、朔との雑談に応じながらも、せっかくのユノとふたりきりの時間が、こんな形で潰れてしまったことに落胆の色を隠せない。



 甘えられる期限が残り十年ほどと聞いて、恥を忍び、勇気を振り絞って関係を進めたというのに、共闘どころか雄姿を見せることもできなくなったのだ。


 もっとも、恥を完全に捨て去れば、妹たちを召喚した後も甘えることは可能だが、今のソフィアにはまだそこまでの覚悟はできていなかった。

 そして、落胆はすぐに怒りに変わり、ソフィアの《憤怒》を刺激する。


 それでも、間接的にとはいえ、ユノの観ているところで無様を晒すわけにはいかないという想いで踏み止まっているが。


 ソフィアは、その怒りは真祖にぶつけるしかないと、ひとつ大きく息を吐くと再び歩き始めた。


◇◇◇


 ユノとのお喋りが途切れると、ソフィアは古い記憶と向き合うことになる。


 真祖を粉砕した後、姿を消したレティシアを捜すために隅々まで探索した古城は、風化が進んでいる所や補修が行われている箇所はあっても、当時の面影を濃く残している。



 湧き上がってくるのは、懐かしさではなく、全てを失ったと悟った時の絶望感や無力感である。

 通常よりも濃い瘴気の中にあることで、ソフィアの思考は、良くない方へと流されていく。



 それに呑み込まれてしまわないのは、彼女の後ろでデスが丁重に抱えている箱の中身にある。

 棺をお姫様抱っこするデスの図には不吉さしか湧かないが、中身のインパクトに比べればどうということはない。


 それが齎す絶望は、ここで幼い頃のソフィアが感じたものや、今の彼女が囚われているものなど遠く及ばない。


 迂闊(うかつ)に手を出して酷い目に合った。

 それは今でもトラウマである。



 それでも、天使の大群を殲滅した時の、世界を壊したアレを見れば、手加減されていたことは嫌でも理解できる、


 そのあまりに酷い光景は、精神の均衡を保つために、すぐに見なかったことにされた。

 当時の状況が緊迫していたこともあって、何らかのバイアスが働いたのかもしれない。


 それでも、詳細は忘れても、何かヤバいことがあったという記憶までは消えていない。



 ただ、敵としてではなければ、ユノは非常に愛らしい存在である。


 こういったことに造詣ぞうけいが深いアルフォンス・B・グレイによると、「『可愛い』にも2種類ある。純粋に容姿が優れている人を指すものと、動物なんかを見て感じるもの。ユノは両者――いや、バブみとか、それ以外の未知の可愛さも詰まってる! むしろ、それこそが――」とのこと。



 ソフィアも、熱弁を振るうアルフォンスを「気持ち悪いわね……」とは思うものの、その意見には同意できるところが多い。


 恥を忍んで、勇気を出して吸ったおっぱいは、控えめにいっても「最高」だった。

 研究者肌の彼女がポエミーな感想を抱くくらいには。


 当然、今でも恥ずかしさはあるし、その時の様子を想像すると悶絶しそうになるが、反省はしていない。

 むしろ、反省するとすれば、「もっと早く素直になっていれば」となるだろう。


 あの甘露の誘惑の前には、世間体など抑止力にはならないのだと思い知った。



 現在進行形で瘴気に蝕まれているソフィアがネガティブスパイラルに陥らないのは、彼女の中にあるユノの甘露と、「また吸いたい」という欲望のおかげである。



 忌まわしい記憶の中に、ちょくちょく差し込まれる至福の記憶。


 その欲望は、瘴気の侵食を妨げる一助となる。

 気分次第で魔法の威力が増減する世界では、「病は気から」というのも莫迦にはできない効果があるのだ。


 さらに、「この件を片付ければ、また甘えられるかもしれない」と考えると、過去のことばかり考えていても仕方がない。

 既に、使命感が五割で下心が三割。残りは揺れる乙女心である。

 揺れている場所がかなり欲望寄りなので、ほぼ堕ちているともいえるが、根が真面目なソフィアだけに、ユノに近しい立場にあって控えめな下心である。


 さらに、それはアントニオとの因縁に決着をつけ、レティシアとの再会を果たせば燃え尽きていたかもしれない彼女にとっては、新たな生きる目的となる大きなものだ。

 そして、内容は少しあれだが、その前向きさはユノの好むところでもある。




 過去を乗り越えんとするソフィアが辿り着いたのは、古城の脇にある大聖堂。


 最奥にある祭壇は、幼い頃のソフィアの癇癪(かんしゃく)で破壊したはずだが、復活してから暇を持て余していた吸血鬼の手によって修復されていた。

 むしろ、以前の物より若干クオリティが上がっているようにも見えるそれに、彼女は少々イラっとさせられたものの、その奥から漂ってくる濃密な妖気に、改めて気を引き締めるに止まった。



 祭壇の下には、地下へと続く階段が隠されていた。

 とはいえ、そこに在ることを知っているソフィアにとって、「隠されている」という感覚はない。


 かつては妹や同郷の友人知人たちと共に、絶望の中で無理矢理連行されたそこを、この日はお(かん)に入った母性溢れる妹のような存在と、ストレートに絶望を撒き散らす存在を連れて、自らの意志で下りていく。



 たっぷりと五十メートルほど下りた先は二十メートル四方のホールになっていて、正面には生命の樹らしき意匠が凝らされた大きな扉があった。

 その扉の向こうは、ただ「死にたくない」と願った男が造りあげた歪な神殿である。



 しかし、歪とはいえ、純粋な願いの力は莫迦にできない。

 それに、実際にこの場で「死にたくない」と願ったのは、ひとりやふたりではない。

 さらに、実験と称して様々な非人道的な工夫がなされたことで、意図せずその願いを強めた。


 そうして積み重ねられた願いは、いつしか世界の理を歪めかねないほどの領域を形成し、ついには種子をも召喚した。


 ある意味では、今も新たな種子――どころか根源を召喚したともいえる状況である。

 それが真祖が望んだものであるかどうかはさておき。



「何がどう転ぶか分からないものねえ……」


 胸に去来していた幾多の想いや思い出に浸っていたソフィアだが、ユノが絡んだだけでそのひと言にまとめられた。


 それに答える者はいない。


 ごく短い言葉だが、その中に込められた想いの重さは本物であり、空気の読める者なら軽々しく触れられない。

 その空気のせいか、ソフィアが見落としていることにも誰も触れられなかったのだが。



「それじゃ、今度こそ終わらせようか」


 ソフィアは誰に聞かせるでもなくそう宣言すると、扉に手をかけ、ゆっくりと押し開いていった。


◇◇◇


 扉の向こう側には夜があった。


 窓ひとつない閉鎖された地下の空間にありながら、本物と何ら遜色のない夜空が見えていた。


 当然、本物の夜空ではない。


 ここは真祖の願いに反応した種子の力で出来上がった、吸血鬼にとっての聖域である。

 それは現実の夜と同じように、同時に現実の夜とは違い、吸血鬼にだけ力を与える領域だった。



 これはソフィアの記憶には無いものだったが、彼らと同じく吸血鬼であるソフィアに不利になるものでもない。

 何より、本物の神域を知っている彼女にとって、驚くほどのものではない。


 それでも、それを目にしたソフィアは、驚きを隠せなかった。

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