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39 離合集散

――第三者視点――

 吸血鬼の真祖アントニオの住まう古城には、彼の直近の眷属である「十二使徒」と名乗る12人の貴族級吸血鬼と、その配下の百近い吸血鬼、そして、その餌である人族が百人ほど暮らしている。


 その比率や社会形態などは、ニコルたちの占拠していた村とそう変わらないが、彼らのような若い吸血鬼が戯れに作った下級吸血鬼は少ない。

 代わりにといっていいのかは分からないが、城外には多くのゾンビやグール、スケルトンやゴーストなどのアンデッドが徘徊している。



 古城周辺は、通常より濃い瘴気に覆われているため、アンデッドが存在してもおかしいことではない。


 しかし、かつては数多くの惨劇が行われた場所とはいえ、その当時でも、幼いソフィアたちが生存できる程度にしか汚染されていなかった。


 さらに、それから二百年以上が経過している。

 自然環境下で瘴気が浄化されるのに充分な時間である。



 ニコルがアントニオの復活の手伝いを始めたのが十年ほど前。

 それは新たな犠牲者が出るということだが、二百年前の邪神召喚儀式と比べると微々たるもので、ここまで瘴気が蓄積するほどのものではない。


 むしろ、ニコルがアントニオに遭遇した当初は、種子召喚の残滓の影響で魔素の濃い場所だった。



 しかし、種子やそれから発生した魔素は、強い意志や感情に惹かれる傾向にある。


 それが、完全には死んでいなかったアントニオの、「死にたくない」という想いに惹かれたのも当然の流れだ。



 そうして、アントニオは種子の欠片を宿し、一命を取り留めた。


 復活不可能なダメージを負っていたアントニオが死なずに済んだのは、幸運――かどうかは分からない。



 まず、種子が召喚されたのは、アントニオの儀式というよりも、その犠牲者によって積み上げられた恐怖や憎悪の念に惹かれたところが大きい。


 そして、召喚時においては、恐怖の中にあっても姉を想う妹の強い意志が、彼の想いの強さに勝った。

 実際には、想いの強さは彼の方が上だったのかもしれないが、種子にも個性があるため、彼よりも姉妹を選んだのかもしれない。


 ゆえに、アントニオがこの状況に陥ったのは、彼の自業自得によるものといえる。


 それどころか、種子の力を託された、妹を想う姉の一撃は、彼の魂にまで甚大なダメージを負わせるものだった。


 それは、彼と根源との繋がりを壊すほどのもので、その結果、自己を再構築できるだけの認識を有していない彼は、復活に必要な魔力は有しながらも、復活に必要な情報が足りない――崩壊と再生を繰り返す不安定な状態になってしまった。



 アントニオにとって幸運だといえるのは、その姉妹には種子を宿せるだけの器や執着が無く、核となるだけの素養も幸運も無く、両者共にこの地を去ったこと。

 そして、種子の大半は妹と共にこの世界から去ったが、姉が彼を攻撃した際に毀れた欠片が残されていたことだろう。



 欠片とはいえ、種子そのものであるそれは、局所的にではあるものの、システムの提供している以上の魔素を垂れ流し、アントニオの「死にたくない」という想いを叶えた。


 もっとも、復活に必要な魔素を供給しているだけで、とても「生きている」とはいえない状態だったが。




 アントニオの転機となったのは、ひとりの冒険者との邂逅(かいこう)だった。


 その冒険者は、取り立てて能力が高いわけではなかったが、野心だけは高く、アントニオも引くレベルで非情だった。

 とても信用できそうな人格ではなかったが、アントニオにはほかに選択肢が無かった。



 結果として、アントニオの状態は、再生に傾いた。


 ニコルが(さら)ってきた冒険者や一般人から血を得られるようになった――その根源に干渉することで、破損した魂の補修が行えるようになったことがその理由である。

 しかし、人族と吸血鬼の差異と、何より魂や根源についての理解がないアントニオでは、効果は微々たるもの。


 低い効果を補うために、多くの血――犠牲者を必要とする。



 それでも、犠牲者の数としては過去の儀式には及ばないし、残虐性なども控えめだった。


 ただ、そこに欠片とはいえ種子があり、それをアントニオのようなネガティブな男に宿っていて、ニコルのような性根が歪んだ野心家と、犠牲者たちの無念に毒された結果、欠片でしかなかったそれが瘴気を発するようになった。


 そして、その瘴気はアントニオの再生にも影響を及ぼす。


 再生が遅延するとか停止するということではなく、ただただ死に難い生命へと、アントニオの望まぬ形で再形成され始めたのだ。

 やがて、魂や精神までもが汚染された彼は、自身も瘴気を放つ存在と化した。



 これには、アントニオが力を取り戻したことで復活していた、古株の眷属たちも困惑するしかない。


 それでも、その後のニコルの背信行為によって派遣された不死の大魔王の眷属が、その調査や管理を請け負ったことで、表面上の平穏は保たれた。



 仲間意識が薄い吸血鬼社会において、《眷属強化》スキルを持つ真祖だけはその例外となる。


 それゆえに、真祖を売ったニコルの背信行為は、古株の眷属たちにとっては許し難いことだった。


 それでも、ニコルがいなければ、真祖や彼らの復活もならなかったことは理解している。

 彼らが変わり果てた真祖に困惑しているだけの時に、不死の大魔王との交渉まで漕ぎつけたニコルの行動力も賞賛すべきものである。

 それが背信行為であったとしても、真祖が元に戻る可能性が最も高いのが、不死の大魔王に頼ることなのも間違いではない。


 それだけなら、彼らもニコルをそれほど嫌わなかっただろう。



 しかし、何かにつけてマウントを取りにくるニコルは、彼らでなくても非常にウザい存在だった。


 人間だった頃のニコルが、 彼らが人間だった頃より才能や能力に優れていたことも事実だが、真祖から大きな力を与えられた上位の眷属との差は埋められていない。


 それでも、ニコルは時空魔法の適性をネタにマウントを取ってくる。

 時には、彼が作った眷属を連れて煽りにくる。


 精神の活動が緩慢になっていた彼らでも、そんなニコルの態度は許容範囲を超えていた。



 ニコルとその眷属がデスと遭遇したという話は、彼らも聞いていた。


 しかし、デスが人前に姿を現したにもかかわらず、大多数が生還したというだけでも眉唾な話であるところを、デスは2体いたとか、それを使役する存在がいたなどという話は、どう考えても自己保身のための妄言である。



 不死の吸血鬼である彼らにも、デスに対する恐怖はある。


 人間が吸血鬼などに変化すると、その影響でしばらく精神が不安定になる。

 特に吸血鬼は、吸血衝動もあいまって、極めて攻撃的に、そして残虐になる。


 なお、ニコルについては、元々精神がアレだったために大して変わっていない。

 そして、そんな状態は普通は十年も続かないものだが、彼のイキりは止まるところを知らなかった。



 ニコルは例外として、普通は不死に慣れてくると、肉体の状態に引っ張られて魂や精神の活動も鈍くなる。

 寿命という意味では確かに伸びるが、弱った魂と精神で何かがなせるかというと、非常に難しいといわざるを得ない。

 不死者になった当初の野望やなすべきことを諦めて、人里離れた僻地や迷宮の奥底に隠れ住み、挙句の果てに封印や討伐される者が多いのがその証左である。


 ヴィクターやアントニオ、そしてグレゴリーやソフィアのように、強い想いを長期間維持し続けられるような者はごく稀で、それでも緩やかに魂や精神が死に至る。



 ユノに言わせれば、肉体と魂と精神はそれぞれ影響し合っている――本来であれば合一されているべきもので、肉体だけを「不死」にしてもあまり意味が無い。

 だからといって、魂や精神までを不死にしてしまうと、それは「停滞」となる。


 変わり続ける世界の中で停滞してしまった存在がどうなるかはユノにも予想できないが、ヴィクターもアントニオも「不死」ではなく、ただの「死にぞこない」であることだけは間違いない。


◇◇◇


 古城の警備に当たっていた吸血鬼たちは、信じられないものを目にしていた。 


 キラキラと――いや、ギラギラと輝きを放つ何かが、高速で、しかも複数で古城に向かって直進してきていたのだ。



 長く生きてきた吸血鬼たちにも、それが何であるかを理解できるだけの知識は無い。

 推測すらも不可能だった。


 ニコルの話を妄言と切り捨てて、当てつけのために余裕を見せていた彼らには、イレギュラーに対する備えなど無い。

 当然、まともな対応をとる暇もなく、城門を破られた。


 さすがにその頃になると侵入者の正体も判明していたが、備えがあれば防げたというようなものではないと理解もできていた。


 そして、理解できないことは、それ以上に増えていた。



「あれはデュラハンか!? それも10体だと――信じられん! デス2体ほどではないが、こんなことがありえるのか!?」


「デュラハンってこんなに眩しい魔物だったか!? なぜ光っているのだ!?」


 城門を突破してきたデュラハン群は、そのまま光の尾を引きながら、ピンボールかブロック崩しの玉のように、場内を縦横無尽に走り回る。

 それは平面的なものに止まらず、時には段差やスロープをジャンプ台代わりに空を飛ぶような傍若無人振りだが、人族は決して轢かない繊細さも持ち合わせていた。


 そして、運悪くその場にいた、若しくは愚かにも止めようとした吸血鬼たちだけを撥ね飛ばす。



 光の尾を引きながら血煙を巻き上げる暴走車両と、撥ねられて宙を舞いつつ、他車にも轢かれて落下することもできない吸血鬼。


 ひと目で「死地」と分かる、あまりに異質な光景に、情動が小さくなっていたはずの十二使徒でも驚きを隠せない。


 その光景は、長い不死生活で(せい)()んでいる彼らでも、「あんな目に遭うのは嫌だ」と思わせるもので、当然、「止めに入ろう」などという気は起らない。



「……そうだ、真祖様をお守りせねば!」


「そうだな! 今の真祖様を殺せる者がいるとは思えんが、戦闘ができるような状態でもない!」


「盾となるのは無理だが、せめて剣とならねばな! 急ごう!」


「「「うむ!」」」


 そうして、十二使徒たちはデュラハンの相手をすることを避けて、彼らの真祖の護衛に向かった。


◇◇◇


 一方、前任者と交代という形で、アントニオの監督役として左遷されていたドミトリーは、二度目となる彼の赴任地への襲撃に、己が不運を嘆いていた。


 それでも、死霊術師である彼にとって、前回の獣王レオナルドの襲撃に比べれば、デュラハンは相性的に幾分かはマシな相手である。


 デュラハンは高い攻撃力と防御力を備え、魔法も効きづらい厄介な相手ではあるが、攻撃手段は近接武器による物理攻撃が主で、固有スキルの《死の宣告》も、一応は対抗手段が存在する。


 当然、誰にでもできることではないものの、掠っただけでも死ぬデスの大鎌ほど理不尽なものでもない。



 ドミトリーも、末席とはいえ大魔王の勢力の幹部であり、相応の実力を持っている。

 貴族級吸血鬼たちと協力して対処に当たれば、撃退できる可能性も無くはない。


 むしろ、上手い具合に一対一の状況を作れるなら、デュラハンの使役に挑戦してみたいところである。


 しかし、吸血鬼たちをそこまで信用しているわけではなく、どちらかというと状況を利用されて裏切られる公算の方が高いため、諦めざるを得ない。

 そもそも、仮にそういう状況になったとしても、全く下準備ができていない状況では支配の成功率は低く、失敗したときのリスクと見合わない。



 そうなると、今回も逃げの一手である。


 ヴィクターからの叱責は覚悟しなければならないが、命に代えられるものではない。

 それに、前回同様、事情を話せば――信じてもらえれば、処分は免れるかもしれない。



 それでも、今回は新たに手に入れた特異スケルトンがいるのが不幸中の幸いか。


 以前手に入れた物は、獣王レオナルドの襲撃の際に、時間稼ぎとして手放さざるを得なかった。

 それで無事に生き延びたものの、一生に一度あるかないかというような幸運を奪われたことに悔しい思いをした。


 しかし、新たに拾った特異スケルトンは、以前のそれと勝るとも劣らない物で、今回はそれを持ち帰れるだけの余裕もあった。



「クソ……! あらやだ、また『クソ』なんて言っちゃったわ……。でも、そう言いたくなってもしょうがないわよね。ロックちゃんやロックちゃん二世を拾えた――運が巡ってきたと思ったら、大魔王やデュラハンの集団の襲撃があるとか、あたくしの人生波乱万丈すぎでしょ! もう、嫌になっちゃう! でも、これも英雄の宿命よね。今日のところは大人しく退くしかないけれど、いつかきっとヴィクターを超える大魔王になってやるわ!」


 何より、ドミトリーはヴィクターへの忠誠心で働いているわけではなかった。



 もっとも、それは彼に限ったことではなく、ヴィクターやほかの「王」と名のつく者たちも認識していることである。


 眷属ならいざ知らず、配下の中に完全に忠誠を誓っているような者などいない。

 ただ、強さやそれが齎す恐怖は、忠誠心よりもよほど弱者の心を縛りつけるものだと認識しているため、いちいち言及することがないだけである。



「まあ、今回はロックちゃん二世を持って帰れるだけでもプラスよね。さあ、ロックちゃん、行くわよ――」


 ドミトリーは、彼が「ロックちゃん二世」と名付けた特異個体スケルトンの手を引いて、緊急脱出用の使い捨てポータルに向かおうとしたその時、砲弾のような何かが、分厚い外壁をまるで薄いガラスのように突き破って部屋に侵入してきた。



「何っ!? 何なの、もうっ!?」


 ドミトリーが直撃を避けられたのはただの偶然だが、直撃しても死にはしなかっただろうし、余波でどうにかなるほど華奢ではない。


 彼は降り注ぐ瓦礫(がれき)から身を守りながら、何かが着弾した地点へ向けて悪態を吐いた。

 そんな余裕があったのは、ピカピカ光っていない――デュラハンではないと安心したからか。


 しかし、その直後に、噴煙立ち上る着弾点から爆発のような衝撃波が発生して、ドミトリーは壁際まで吹き飛ばされた。



「ぺっぺっ……。んもー、デュラハンは投げるものじゃないのにー……。ユノ様は良いご主人様ですけど、他人の話を聞かないのが玉に瑕ですねー」


 そこにいたのは小柄なデュラハンだった。


 ドミトリーが、「ピカピカ光っていなければデュラハンではない」などという勘違いをしていたのは、正常性バイアスによるものだ。


 その個体は、デュラハンとしては小柄だが、ピカピカ光っているものより、よほど真っ当なデュラハンだった。



 ただし、それが纏っている妖気は、どう考えても一般的なデュラハンのものではない。

 特異個体にも格があるが、これはその中でも特上の存在だとはっきり分かる。


 そして、彼が吹き飛ばされた爆風は、彼を攻撃したものではなく、その身の丈より大きい剣を一閃して、邪魔な粉塵を吹き飛ばしたにすぎないことも一瞬で理解できた。



 一対一であればやり合えるような生易しい相手ではない。


 下手をすれば、10体の光るデュラハンをまとめて相手するよりも厄介な相手となるかもしれない。



 それを一瞬で看破できたのは、その小柄なデュラハンが纏っている妖気以上に、それが手に持つ大剣があまりにも異質だったからだ。


 それは「魔剣」や「聖剣」といった類いの可愛い物ではなく、伝承の中にしか存在しないような神器ですらもまだ常識的な何かであった。


 最早、剣の形をした不条理とでもいうようなそれは、ドミトリーに掛けられていた各種補助魔法や、起動していたポータルを直接触れることもなく破壊していた。



 それらは理論上不可能なことではない。

 しかし、デバフのような、対象に直接干渉する能力の成功率の低さは周知のとおりで、発動中の魔法に対する妨害や破壊も同様である。


 特に、前者の方はデバフ等の干渉に対するカウンター術式も仕込まれていて、後者は強引に破壊すると大きな反動があるはずなのだが、それらを粉塵諸共易々と吹き飛ばしてしまうのは、不条理としかいえない。

 当然、直接斬られるとどうなるかなど、考えたくもないものである。



「抗議はまた後でするとしてー、先輩、ユノ様からの緊急招集ですよー」


「……ついに来られてしまったか。そして、やはりアレの相手はユノ様には厳しいということか……」


 それの意識がドミトリーに向いていないことは幸運だった。

 しかし、彼の護衛――拾得物だと思っていたロックちゃん二世がそれと親し気に会話を始めたことで、彼に残されていた選択肢は大幅に減った。



「えー、何か知ってるんですかー? というか、ユノ様かなり焦ってましたけど、何か報告してないことでもあるんですかー? 職務怠慢じゃないですかねー?」


「否! 手を抜いているわけではないぞ! 我はユノ様のためを思って、あえて報告しなかったのだ!」


「んー。まあ、判断するのはユノ様ですからねー。とにかく、至急戻ってこいとのことですのでー。あ、これ、先輩の装備預かってきましたよー」


 ドミトリーは混乱の極みにあった。


 デスを使役する存在がいるという噂は聞いていた。

 しかし、死霊術師である彼に言わせれば、眉唾(まゆつば)どころか(へそ)が茶を沸かすレベルの与太話である。


 しかし、デュラハンの特異個体と、ロックちゃん二世――デュラハンから襤褸(ぼろ)と大鎌を受け取っていたデスとのやり取りを見るに、ロックちゃん二世が何者かに使役されているのは間違いない。

 間違いか、夢だと思いたかったが、大魔王勢力の幹部を務められるだけの実力と、心の奥底を握られているような恐怖がそれを許さない。


 そして、ロックちゃん二世が、スパイとして彼の下に送り込まれていたことも理解できた。

 デスの装備を剥ぎ取って、スケルトンに扮させていたことは理解できなかったが。



(よくよく考えてみれば、ロックちゃんみたいな特異個体に何度も巡り合うなんてできすぎよね。初代ロックちゃんが再び現れたなら気づいたと思うけど……、骨を見る目には自信があったのが逆に盲点になっちゃったわね……。でも、あれだけの骨体美を見せつけられちゃったら仕方ないじゃない! ここは、こんな卑劣な作戦を立てた人が一枚上手だったってことにしておきましょう)


 この状況でも、ドミトリーには正常性バイアスは働いていなかった。

 しかし、落ち着いて――落ち着こうとして現状の分析をしているが、今考えるべきは「どう対処するか」であり、現実逃避している場合ではない。



「それで、これが報告にあったヴィクターの配下ですかー? 本当にめっちゃ青いですね……。とにかく、今回は目撃者を残すわけにもいきませんしー、時間もないですしー、処分しときましょうかー」


「ふむ。骨を見る目があるなかなか面白い男だったのだが、ユノ様をお待たせするわけにはいかぬ……か」


 ドミトリーにとっては、そのまま見逃してもらえれば世界一の幸運といっても過言ではなかったが、現実はそう甘くはなかった。



「お、お待ちください! あたくしに敵対の意思はございません! お二方(ふたかた)のような強大な存在を使役されるような素晴らしいお方に、あたくし、いち死霊術士として大変感銘を受けました! 願わくば、その神のようなお方に拝謁する機会を賜りたく存じます! そして、叶うことならばその末席にでも加えていただけないでしょうか! 何とぞ、何とぞ!」


 ドミトリーは必死だった。


 抵抗しなければ死ぬ。

 抵抗しても死ぬ。

 そして、情報が筒抜けであったと考えると、嘘も吐けない。



 一応、彼が号令をかければ、壁ひとつ隔てた廊下や隣室にいる彼の手勢が駆けつけるだろうが、駆けつけた頃には既に死んでいるだろう。

 戦って勝つどころか、時間稼ぎすらできる気がしない。

 そんなことができるなら、こんな僻地に飛ばされてはいないのだ。



 それでも、移動速度の遅いデスだけなら、走って逃げればチャンスはあったかもしれないが、デュラハンに《縮地》でも使われると一巻の終わりである。


 彼が生き残るには、神頼みしか残されていなかった。

 ヴィクターに対する義理など無く、この場を凌げるなら、寝返ることに躊躇(ちゅうちょ)などない。


 大魔王の幹部にまで上り詰めたという自尊心まで完全に捨てたわけではないが、強がるには相手が悪すぎる。

 抵抗できたとしても、精々がファックサインでも出しながら死ぬことくらいで、それにしても自己満足以上の意味は無い。


 それよりも、死霊術士としての到達点ともいえる、「デスの使役」をなす存在が、どういうものなのかという興味が勝った。

 そのためにドミトリーは、(へりくだ)ることも持ち上げることも地面を舐めることさえ(いと)わず、電光石火の土下座から恭順を申出ていた。


 それが分の悪い賭けであることは理解している。


 普通は、こんなに堂々と寝返るような者が信用されるはずがなく、能力どころか矜持さえない者が認められるほどこの世界は甘くない。

 無抵抗のまま、無価値なものとして処分される可能性が高い。


 それでも戦うとか逃げるよりは可能性の残る選択ではあるが、それも相手の器量や裁量によるところが大きい。



「神のようなじゃなくて、本当に神様なんですけどー。どうしましょうかー?」


「ユノ様に拝謁したいというのであれば、連れていくほかないのではないか?」


 しかし、今回に限っては、相手が常識の通用しない存在であったことがプラスに働いた。



 一般的には、不死の大魔王は忌避される存在で、その勢力に属するドミトリーも同様である。


 ただ、そういった(しがらみ)はユノには関係無い。

 それがドミトリーでなく、ヴィクターだったとしても、その想いが本物なら話を聞くだろうし、そうでなければ聞かないだけで、話が長くなっても同様だろう。



 例外は、その対象が虫や軟体生物であった場合だが、ドミトリーはなかなかに気持ち悪いものの、許容範囲であると思われる。


 使い魔たちは、顔を見合わせ無言でその確認をすると、主の許へと移動を始めた。

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