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34 可愛さ余って

 話がどこに向かって転がっているのか分からなくなっていたアルフォンスだが、これを好機か転機だと捉えた。


「貴方の残りの人生、ライアン君たちや、その子供たちが安心して暮らしていけるような村を造ることに費やしてください。ライアン君やほかの皆さんも、遺恨を捨てろとは言いませんが、貴方たちの未来や貴方たちの子供たちの未来のために、ここからやり直しましょう!」


 要点は未来志向。

 遺恨を捨てなくてもいいと言いつつ、実質的には呑み込めという矛盾に近いものだったが、いろいろと疲れ果てていた狩人たちは、無意識に後者を棚上げして、肯定されたように感じた。


 アルフォンスは、更にそこに彼らや彼らの子供たちの未来を盾にして反論を封じた。



「吸血鬼の皆さんも、生きるために吸血する必要があるのは分かりますけど、イキる必要はないですよね? このまま真祖って後ろ盾がなくなって、ただ寄生することしかできないようだと、いずれどこかの誰かに滅ぼされますよ。不死の大魔王も獣王も人間も、生産性のない貴方たちを生かしておく理由がありませんからね。私も正直なところ、ここで貴方たちを処分してしまった方が手っ取り早いと思うんですが、それではベネットさんたちが成長しないってうちの女神様が言うものですから控えてるだけなんですよね」


 そして、それを補強するために、すぐに吸血鬼を脅迫する。

 これには狩人たちもよく分からないままニッコリである。



 吸血鬼たちは面白くないが、実質的に彼らに選択権は無い。

 それに、真祖が殺されると、先細りしていくのは確実である。


 相手がアルフォンスだけなら、彼が老衰で弱る、若しくは寿命で死ぬのを待って、それから力をつけて立場を変えることもできるだろうが、大魔王クラスになると彼らよりよほど長命である。

 時間が彼らの味方をしないのであれば、戦って死ぬか、服従して生きるしかない。



「ですので、できれば共存でも目指してくれるといいんですけど、細かいことにまで口を出しちゃうと怒られそうなんでしません。なので、お互い同意の上で、節度を持って――無理矢理じゃなくて、愛とかお金とかWIN-WINな関係になるように頑張ってください。ああ、私からはもうひとつだけ。ライアン君の婚約者は、無条件で解放してあげてください。彼らには、これからの彼らの象徴になってもらわないといけませんので」


 そして、選択肢を与えたような雰囲気で強制してから、ライアンの精神を安定させるために、最後のひと押しをした。


 それ以前のいくつかは、その場の思いつきでしかなかったが、ライアンの婚約者を無条件で取り戻すことや、ふたりを象徴にすることなどは、「彼に精神的な安定を与えると同時に、責任感を植えつけられるだろう」と考えていたことである。



 アルフォンスも、前世で彼女を失った――奪われた時には精神的に不安定になったことや、領主や父親になった時には責任というものを改めて意識した。

 彼自身の経験を基にした案である。


 特に、前者の方は転生して成功者になってもまだ癒えない心の傷であり、思い出しただけでも吐き気を催すほどだ。

 《憤怒》に苛まれるライアンは、自身以上に悲惨な結末を迎えるかもしれないと考えると、何が何でも彼に同じ思いをさせてはいけない。



「私たちにもやり直す機会をいただけるというのであれば、貴殿の言われたように心を入れ替えて――というのに異存はありません。ですが、これまでの私たちの行いを考えると、許されるとはとても……」


 ニコルにとって、生き残れる道が出てきたのは、彼や彼に命運を託した吸血鬼たちの理想的な展開である。

 自尊心の高い彼にはかなりの苦痛だが、それでも命と引き換えにはできない。



 しかし、ニコルの本来の計画は、外部からの干渉を考慮していない――外部からの干渉があった時点で失敗であり、そうなる前に計画を遂行するつもりだった。


 そのための仕込みも済んでいて、予想では五分五分程度の賭けにはなる予定だった。

 アルフォンスが現れなければ、若しくはもう少し登場が遅ければ、勝負に出ていたはずであった。



 しかし、現実にはアルフォンスが現れ、おおむね正確な考察の上で、吸血鬼たちにとってもとても都合がいい提案を出してきた。

 ただ、切るタイミングを逸した鬼札(ジョーカー)が、事態の行方を不確かにしている。




 アルフォンスの提案は、彼らにとっては最良に近いものだった。


 さらに、吸血鬼の真祖アントニオは破滅確定で、不死の大魔王ヴィクターも目をつけられている――この周辺における脅威が減少することが確約されている。


 それを担保しているのは、獣王や邪眼の大魔王を擁し――アルフォンスの言葉を信じるなら、神の加護まで受けている勢力である。


 普通に考えれば、拒んだり渋ったりする理由などない。


 しかし、それは彼らの「ベネット及びライアンの眷属化」計画のための布石が、許されるかどうかにかかっていた。




 アルフォンスは、変に言い淀んでいるニコルの姿に、嫌な予感を覚えた。


 吸血鬼たちはイキってはいるものの、ベネットやライアンよりは冷静だった。

 話が通じる上に、反応も予測しやすいと踏んでいたところにこの反応である。


 それが、純粋に許されるかどうかを気にしているのではなく、許されないであろう不都合な事実があるのだと、嫌でも理解できた。

 先に吸血鬼たちと内々に話をするべきかとアルフォンスが逡巡(しゅんじゅん)していると、魔王級に空気の読めないベネットが口を開いた。



「……この先も儂らが恨みを忘れることはないだろう。だが、それでも、儂らに選択する権利など無い。子供たちの未来のために許さねばならんのだ。……こんな想いを墓場まで引き摺るのは愚かな儂だけでいい。だから、どうか、息子の伴侶となる娘を――ティナを返してくれ。生きているのだろう? どうか、頼む。息子たちが儂と同じ想いをせんでもいいように。これからやり直すために」


 ベネットの発言は、空気こそ読めていなかったが、その想いは本物で、その場にいた皆の心に刺さった。

 それゆえに、吸血鬼たちもこれ以上誤魔化し続けられない。



「ええと、生きては、います。一応。本当に。許されるかは分からないのですが……」


 ニコルは、計画とは違う形で勝負に出ることを余儀なくされた。

 彼の計算では、勝率は非常に低い。


 今回も、アルフォンスが何らかの形で治めてくれることを願うしかなかった。



 アルフォンスは祈った。

 最悪の形ではありませんように――と。

 いっそのこと《時間停止》で状況の確認と対策する時間を作ろうかと考えたが、ユノも観ているであろう状況では間違いなくファンブルする。

 最悪の場合を考えると、それで無駄な魔力を消費するわけにもいかない。




 両者がそんな葛藤(かっとう)をしている中、ニコルの後方から、ローブのフードを目深に被った女性がおずおずと進み出てきた。


「! ティナか!? 無事なのか!?」


 ローブに付与されている《認識阻害》の効果で、ライアンにはそれがティナであるのか、それ以前に女性なのかも分からなかったが、なぜかそんな確信があった彼が呼びかけた。



 ニコルは、視線をライアンからアルフォンスに移した。「何とかしてくださいよ」との想いを込めて。



 アルフォンスは天を仰いだ。

 《鑑定》で見えた最悪の結果に、ニコルの視線から逃れるように、「無理」とばかりに。




「ごめんなさい、ライアン。私、もう、吸血鬼なの。だから、貴方との結婚はできません」


「なん……だと……!?」


 フードをとって素顔を出した少女が、変わってしまった自身を恥じるように告白した。


 空気が凍りついた。



「……でも、ライアンも悪いのよ!? 私、ずっと待ってたのに、全然助けてくれなくて――助けられるチャンスはいくらでもあったのに、暴走して気づいてもくれなくて……」


 そんな空気に耐えられずにか、ティナが予定外のことを語り始めた。


 アルフォンスとニコルは、「()めてくれ」と祈った。



 ライアンは半ば放心状態のまま、彼女の聞きたくない告白を聞かされていた。


 そして、(たが)が外れた彼女の告白は、しなくてもいいところにまで及ぶ。



「貴方がそんなだから、私ばっかり辱められて――。知ってる? 私以外の血を吸われてる人、みんな大事にされてるんだよ? その方が美味しいからって。虐められた私のは美味しくないけど、貴方を暴走させるために必要だからって――! 悔しいのに、恥ずかしいのに、嫌なのに、気持ち良くされちゃって! もう我慢できなかったの! そしたら彼が、私が吸血鬼になって貴方を眷属にするならイカしてやるって。断ったら出来損ないの慰み者にするって――。だから――」


 ティナの責任転嫁と言い訳は止まることなく続いている。

 彼女にとってはほかに選択肢の無かった結末であり、そこに至る過程も、人一倍苦痛や恥辱を味わってきたという事実もある。


 それは、拷問に耐性のない少女が屈してしまっても無理のないことであり、助けに来てくれるはずの白馬の王子様が不甲斐なければ、愚痴のひとつも零したくなるのも無理はない。



 しかし、受け手のライアンにとっては、そう単純なことではない。


 助けることができなかったことについては、何の言い訳もできない。

 ライアンが抵抗を続けていたせいで、彼女が酷い目に遭っていたというのも同様だ。


 その末に、彼女が吸血鬼になり果ててしまったことについては、どう償えばいいのかも分からない。



 それでも、ティナが吸血鬼になったからといって、愛が無くなるわけではない――といいたいところだが、ところどころに無視できないフレーズが混じっていた。



 ライアンは童貞だが、そういうことに興味津々な年頃でもある。

 男女の性的な接触で快感が得られることは知識として知っていたが、状況が状況なだけに実践する機会はなかった。


 そして、吸血鬼に吸血されたことのある者が、その際に性行為より強い快感に支配されて逃げられないという旨の証言をしていることも知っている。

 それに、吸血鬼の吸血対象にされるということは、処女か童貞である証拠でもある。



 心までもが快楽に支配されていなければ、無理矢理吸血されていただけなら、強姦の被害者であるとも考えられた。


 しかし、考え無しに話しているティナの言葉のチョイスが悪いせいか、なぜか快楽堕ちしたかのような印象を受け、その末に眷属化したということが、、吸血鬼と家族になったと同義であるように思えた。


 それは童貞には耐え難いNTR展開のようであった。



 人生経験の足りないライアンに、湧き上がる衝動とシステムからの干渉を止める術はなかった。

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