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32 策と無策と

 ベネットたちは、里の中央を目指して一直線に進攻しながら、目についた家屋に火を放ち、炙り出された吸血鬼を狩っていた。


 しかし、吸血鬼の炙り出しが最優先の無差別な放火であったため、被害を受けているのは吸血鬼だけではない。

 むしろ、貯蓄されていた食料などの物資や、村人の心身への被害の方が大きい。


 当然、それを目撃した、若しくは無事に逃げ出せた里人は、頭領に抗議しようとするのだが、その声は半ば狂乱状態にある彼らには届かないか、運が悪いと攻撃を受けた。



 とはいえ、頭領たちにとっては、近づいてくる彼らが人間のままなのか、吸血鬼にされているのかを瞬時に判断する方法が無い。

 いちいち聖水への耐性を調べたり、犬歯を確認するような手間はかけられないため、「近づいてくる者は全て敵だ」という考えにも、合理性がないわけでもない。




 ただ、ベネットたちの合理性は、ミゲルたちの作戦行動には非常に大きな障害となった。


 彼らの行動は、すぐに里中に広まるところとなり、末端――とはいっても、太陽の下で活動できるだけの能力はある吸血鬼の多くは、その対応に向かうことになった。


 そのおかげで、ミゲルたちと捕らわれていた里人たちとの接触は楽になった。



 しかし、里人たちからしてみれば、ベネットとミゲルが(たもと)を分かっていることなど知る由もない。

 そのため、いくら両者が無関係だなど話されても、そう簡単に信じられるはずもない。

 逆に、「だったら、頭領を先にどうにかしてこい」などと言われたりと、なかなか本題に入れない本末転倒振りである。



 その結果、ミゲルたちは、本来は必要の無かった説明から行わなければならなくなったが、説得に使える時間は限られている。


 苦労の末、彼らがベネットたちとは目的を別にしていること、ここから逃げて新天地を目指すことを説明するも、里人たちにとっては話に具体性が無いというか、旨すぎる。


 湯の川の現実は、詐欺に疎い里人たちでも怪しむレベルである。

 ミゲルたちも、ユノや大魔王たちをその目で見ていなければ信じなかっただろう。

 そんな彼らが、話しながら「やっぱりおかしくないか?」と思うようなものを、里人たちが信じられないのも無理はない。


 その上で、頭領たちの暴挙である。

 要領を得なくても、「吸血鬼に支配され続けるよりマシ」でまとまる話もまとまらない。


 ほかにも、助けにきたというミゲルたちが6人しかいないということも、説得力が不足する要因となっていた。


 いくらミゲルたちが正面や地下通路からも増援が来ると説明しても、今現在いないものを信用できるほど、里人たちも平和な人生は歩んでいない。



 ミゲルたちも増援が遅れる可能性は考慮していた。

 それでも、彼らの見張りについている吸血鬼を、彼らの前で制圧することで一定の信用を得られるはずだと踏んでいた。


 しかし、その吸血鬼たちとの戦闘は建物の外での遭遇戦ばかりで、最初の2名の里人以外は、ミゲルたちの戦闘を見ていない。

 元より大した作戦ではなかったが、頭領たちの行動のせいで、ほぼ全てが裏目に出ている状況だった。


◇◇◇


 里に到達したブラボーチームが目にしたのは、火に包まれて変わり果てた故郷の姿だった。


 それを行ったのが、仲間であったはずのベネットたちであることが悲しく、同時に怒りも覚えたが、感情的なものは押し殺して、部隊としての役割を果たすために行動を開始する。



 ブラボーチーム80名を四つに分け、それぞれをレオナルド、エスリン、グエンドリン、マーリンが率いる形で、捕虜の保護や吸血鬼の排除に向かう。



 先の打ち合わせでは、エスリンがこの混乱の元凶であるベネットを止める役割を任されていたが、直前にアルフォンスから言い訳がましい理由を並べられて、その役割を譲っている。



 もっとも、エスリンには「ベネットの暗殺」などというくだらない任務に執着はなかった。


 むしろ、「炎を殺す」という能力の無駄遣いにも思える消火活動や、火傷を負った者の「火傷を殺す」という余人には理解できない治療は、エスリンとユノくらいにしかできないもので、それを存分に披露できる現場は、彼女にとってとても心地いいものだった。



 得意気なエスリンの様子に、レオナルドたちは若干の嫉妬心を抱くものの、ユノが成果だけを評価することはないと学んでいる彼らは、それぞれのすべきこと――部隊の指揮に全力を尽くした。


 調子に乗っていたエスリンが我に返り、彼女の指示を待っていた魔族を見て「出遅れた!」と気づくのはもう少し先のことである。


◇◇◇


 里の中央にあるひと際大きな建物は、代々の頭領が引き継ぐ、居宅兼集会所である。


 吸血鬼との戦いが始まる以前は、狩人たちが集まって鍛錬を積み、戦術を練り、大物が獲れた時には宴を開く、彼らを象徴する場所だった。

 現在では、ニコルと彼のシンパの吸血鬼、そして少数の家畜――里人が生活しており、来るべき運命を待っていた。



 ベネットたちがそこを目指したことに、明確な理由はない。


 ただ、そこに辿り着ければ何かがあるような、失った何かを取り戻せるような気がして、多大な犠牲を支払いながら夢中で進んでいただけだ。


 そうして彼らがそこに辿り着いた頃には、当初二百人ほどいた彼らの数は30人にまで減っていて、生き残った者たちも満身創痍(まんしんそうい)といえる状態だった。



 そこまでの道程は、悲惨としかいえない戦いの連続だった。


 しかし、これまではライアンの《憤怒》に頼るしかなかった貴族級吸血鬼と、太陽の援護と、下級吸血鬼の邪魔の入らない極めて有利な状況ではあったものの、勝負になるレベルで戦えた。


 それはとても互角などというレベルではなかったが、それでも彼ら自身の手で斃せることに高揚し、若しくは積み重なった悲劇に耐えきれずに考えることを放棄して、奈落の底へと転がり落ちていった結果がこれである。




 ニコルにとって、彼らの前に現れたのがベネットたちだったのは最良の展開だった。


 彼が内通者アミから得た情報は、不足していたり不正確なところが多かった。

 そのため、頭領たちがデスや大魔王を擁する第三勢力と繋がっていない、それ以前に、彼らとミゲルたちが袂を分かっていて、彼らが第三勢力になっていることなどは知らなかった。



 しかし、誰しも限られた条件の中で全力を尽くすしかないという点では同じである。

 その中で全力を尽くすか思考停止してしまうかがニコルとベネットの差であり、運命の女神が味方するのは得てして前者である。



 ベネットたちがこの館には火を放たなかったのは、感傷的なものも確かにあったが、訓練場も近く、また有事の際には避難所にもなるそこは一層堅牢に造られていて、当然のように防火処理も施されているところが大きい。


 彼らもここの攻略だけは、「太陽光」という有利を捨てなければならなかったが、「中に入ってしまえば案外どうにかなるのでは?」という正常性バイアスの下、ミゲルたち別動隊に協力を要請をするというような発想すらなく、館内に踏み込んだ。




 そんな彼らを出迎えたのは、ニコルと彼のシンパのふたりの貴族級吸血鬼。そして、その眷属の8人もの中級の吸血鬼だ。


 戦力差は圧倒的にニコルが優位で、仮に建物を壊されて太陽の下での戦闘となってもまだ有利は変わらない。

 もっとも、簡単には壊せないような策は用意してあるため、その点は心配していない。



 現在のニコルの心配事は、増援の有無と種類だけ。

 増援が狩人だけなら、人数次第では厳しい戦いになるだろうが、最悪でも逃げきれる。


 しかし、デスや大魔王が敵として出現した場合は、高確率で詰む。

 その場合は、大人しく投降する以外の対策が立てようがないため、「出現しない」と仮定して行動するしかなかった。



「よくぞここまで辿り着いた。まずは君たちの勇気と執念に敬意を表そう!」


 ベネットたちの到着を確認したニコルは、表向きには余裕たっぷりに彼らに語りかけた。

 同時に、ベネットたちが入ってきた大扉がひとりでに閉まり、室内の闇を濃くさせる。


 もっとも、窓から入る光のせいでベネットたちの視界や、吸血鬼の戦闘能力にさして影響はない。

 ただ、窓などは閉じれば済む話で、ベネットたちもそれは理解している。



 ニコルは、ひとまず彼らに対して、「ここは吸血鬼に有利な場だ」と、揺さ振りをかけているだけで、全ては演出である。

 実際のところは、完全な闇の世界にデスが出現すれば終わりなため、彼らもギリギリのところで恐怖と戦っている。



「しかし、まさか自分たちの故郷を自分たちの手で焼くとはね。そこまで吸血鬼が憎いのかい?」


「当然だ! 貴様らが奪った全てのもの、その悲しみ、怒り――恨みを、我らは決して忘れん!」


「ふむ。そう言われても、君らも獣を狩って食らうのではないか? 吸血鬼が君らを襲うのもそれと変わらんと思わんかね? いや、こうして言葉を交わし、糧となってくれる君らに敬意を払っている分、良心に満ち溢れていると思うのだがね」


「我らを獣と同じだと!? 良心などと、どの口がほざくか!」


「親父、奴らの言葉に耳を貸すな! 女を盾にするような卑怯者だぞ!」


 ニコルの挑発に莫迦正直に反応するベネットを、息子のライアンが止めた――というよりも、ライアンも一緒に反応したと表現する方が正しいだろう。


 ライアンは《憤怒》の暴走を避けるため、可能な限り大人しくしているという消極的行動を徹底していたのだが、経験不足から相手の言い分に耳を貸してしまっていた。

 そういった未熟さは、一朝一夕で改善するものではない。


 もっとも、大罪系スキルはその程度の対策で防げるようなものではないので、これはなるべくしてなった結果である。



「ははは、卑怯者とは心外だね。恋仲のふたりが離れ離れでは可哀そうだと、会う機会を作ってあげただけだというのに」


 ニコルにとっては、ライアンが絡んでくるのは想定済み――というよりも、そうなるように立ち回っていて、今のところはおおむね彼の想定どおりに事態は進行していた。



「むしろ、恥じるべきは、せっかくの機会を活かせない君たちの不甲斐なさではないか? 強者が弱者から全てを奪うのが世の摂理。奪われたくなければ、強くなるしかない。こちら側に来るしかないのだよ!」


 ニコルの狙いは、ベネットとライアンを眷属化することで、この戦いを終わらせることだ。

 指導者と切り札であるふたりを彼らの側に引き込んでしまえば、残りの者も追従するか、家畜に落ちるか――少なくとも、これまでよりも勢いは衰えるはずである。


 そうなると、落としどころも見つけやすくなり、デスや大魔王が出てくる可能性も低くなると予想――そうなってほしいと期待をしていた。



 その予想は、「ベネットとライアンを攻略すれば、この戦いが終わる」という結果だけを見れば、おおむね正解である。


 ユノをはじめとした本作戦の主軸は、ミゲルたち一部の狩人を湯の川へ連れて帰るつもりではあるが、吸血鬼や狩人の行く末には興味は無い。

 彼女の眷属や配下もそれに倣い、必要以上の介入をするつもりはない。

 その「必要」の程度が個々人の裁量に委ねられているが、イレギュラーさえなければ、ニコルの思いどおりに事が運ぶ可能性は充分にある。


 当然、禁忌に触れたりすれば話は変わってくるが、デス程度に怯える彼らにそんな度胸はないし、禁忌の一端を垣間見たニコルがそれを許さない。



「黙れ! 今日こそ吸血鬼を根絶やしにして、ティナを奪い返す!」


 早々に自制心を失ったライアンが、表向きは余裕の姿勢を維持しているニコルに向かって吠えた。

 とはいえ、行動に移ればすぐに《憤怒》に呑み込まれる自覚があるため、行動には移せないでいたが。


 若さ――経験不足による未熟さもあるが、彼もまた自身で判断するのが苦手なタイプで、誰かの合図を待っている状態である。

 いい換えれば、何かの切っ掛けがあれば、ライアンはすぐにでも暴走する――ベネットたちにも、ニコルたちにとってもここが山場だった。




「まあまあ、ベネットさんも、ライアン君も、仇を目にして興奮するのは分かるけど、ちょっと落ち着こうか」


 そんな緊迫した雰囲気の中に、純白のタキシードに身を包んだ優男(やさおとこ)が現れた。


 ロメリア王国の英雄アルフォンス・B・グレイの名はこの辺境にも届いていたが、ここには彼の素顔を知るものは誰もいないため、それが彼だと気づく者はいない。



 しかし、誰にも何の予兆も感じさせずに転移してくるだけの能力があるのは間違いない。

 さらに、薄暗い室内で光り輝いているようにも見える彼の姿は、視覚的なハッタリも効いていた。



「何だ貴様は!?」

「失せろ!」


 そんなアルフォンスに危機感を覚えたふたりの貴族級吸血鬼が、問答無用で彼に襲いかかった。


 その是非についてはさておき、ニコルの計画が順調に進行している中、大事なところで正体不明の危険人物が闖入(ちんにゅう)してきたとなると、「排除しよう」となるのもおかしなことではない。


 特に、ここにいる吸血鬼たちの中にはデスを見た者もいるし、それ以上にヤバい存在について察している者もいる。

 ニコルと同様に、余裕の態度を見せていても精神的にはギリギリで、イレギュラーな展開を許容する余裕は無かったのだ。


 そういう意味では、計画の都合上、余裕の態度を崩せないニコルではなく、彼に次ぐ能力を持った貴族級が対応したことは良い判断だった。



「吸血鬼の皆さんも落ち着きましょうよ。問答無用っていうなら仕方ないですけど、俺の話を聞いてからの方がいいと思いますよ」


「何!?」

「何が――まさか!?」


 しかし、彼らの爪や牙がアルフォンスに届くことはなかった。


 彼らがアルフォンスの間合いに入った瞬間、元いた位置に強制的に《転移》で戻されていた。



 アルフォンスの目的は、ベネットやライアンに区切りをつけさせることであり、彼らの代償行為に手を貸すことではない。

 そのため、彼に襲いかかってきた吸血鬼にもダメージを与えるような反撃はせずに、アルフォンス的には穏便に対処したつもりだった。



 しかし、吸血鬼たちにとってそれは、ニコルから嫌になるほど聞かされた「時空魔法の深奥」――その一端に感じられた。


 ニコルのいう「時空魔法の深奥」とは、敵対者に《転移》を仕掛けること――それも、身体の一部のみを《転移》させる、若しくは敵対者を地中や深海などの生存不可能な場所へ《転移》させるといった、時空魔法使いなら誰でも一度は考えることだ。


 しかし、前者はデバフと同じように、敵対者の抵抗を受けるためによほどの実力差がなければ成功しない。

 成功するほど実力差があるなら、ほかの手段で攻撃した方が確実なくらいである。


 そして、後者に至っては、基本的に《転移》の方法が有視界か、実際に現地へ行っての位置記憶であるのに、地中や深海を視界に捉えるとか、現地に一度行ってみるのは不可能である。


 一応、座標指定という方法も存在するが、システムが肩代わりしてくれている演算をマニュアルで行う必要があるとか、ファンブルした際の反動は術者に来るとか、人間の演算能力では難しい。


 つまり、ニコルが考えているような運用法には、システム上位管理者クラスの権限が必要になるものである。



 アルフォンスのそれは、単に対象との能力差が圧倒的だったがゆえに可能だっただけだ。

 彼が、ベネットたちや吸血鬼たちを刺激しない方法を《転移》以外に思いつかなかったために、非効率的な対処法であっても行うしかなかっただけなのだ。


 しかし、吸血鬼たち――特にニコルにとっては、禁忌を宿した存在が彼らを罰しに、若しくは警告を与えにやってきたようにしか考えられなかった。

 彼の考える「時空魔法の深奥」の前には、抵抗など無意味――ある意味では、デスと同じ超越者が登場したのだ。


 計画の演出上、決して余裕の姿勢を崩してはいけないニコルも、想定外の事態に対処法など思いつかず、ただ不敵に微笑んだまま固まることしかできない。

 室内が明るければ、目に溜まった涙が溢れる寸前だったことに気がつかれただろう。



 ベネットたちも、素顔を見たのは初めてだったが、彼が大魔王たちをも顎で使っていた湯の川の使徒であることは理解していた。

 その上、貴族級吸血鬼ふたりを歯牙にもかけずあしらったことから、彼も大魔王たちと同等、若しくはそれ以上の力を持っていると誤解もした。


 そして、ベネットたちが彼の命令を無視して村に突撃した――彼らにも言い分はあったが、それが許されるとは思っていない程度には理性は残っており、その罰を受けるのではないかと戦々恐々としていた。


 吸血鬼と戦って死ぬのはやむを得ないが、ここにきて無関係な強者に――特に、神の使徒として「正義」を執行するような存在に断罪されるのは認め難い。

 それでは、彼らのこれまでの全てが否定されてしまうのだ。



 こうして、アルフォンスは一瞬にしてこの場の絶対者となった。

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