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31 扇動

『随分彼らのことを気にしてるね。それとも、この状況を作ったことを気に病んでるのかな?』


 朔が、アルフォンスの様子に何かを察して鎌をかける。



「え、そんな、まさか――いや、まあ、余計なことしたかなって反省はしてる」


 咄嗟(とっさ)に誤魔化そうとしたアルフォンスだが、すぐに考えを改めた。

 感情移入の件は抜きにしても、彼が切っ掛けを作ってしまったのは事実である。


 こういうケースで《主人公体質》が働くとは考えられないので、ただの不運だとは思われるが、それは犠牲となる人たちの言い訳にはならない。



『切っ掛けはアルフォンスかもしれないけれど、ユノっぽく言うと、「決断して行動したのは彼ら」だから、君が責任を感じる必要は無いとい思うけど。それに、突入してきただけならまだしも、吸血鬼を攻撃するために施設や里の人にまで被害を出すようなのは想定外だよ――では済まされないから、現場の混乱を治めるためにも、原因の排除はやむを得ないね』


「私としては、アルが引っ掻き回した結果というより、頭領さんたちの因果が招いた結果に思えるけれど。どちらにしても、結果は結果だし、反省するなり教訓にできればいいんじゃない?」


 しかし、アルフォンスの自責の念とは対照的に、朔とユノの方はあっさりした反応だった。

 むしろ、両者共にアルフォンスを擁護する姿勢で、それはそれで怖くなるものだった。



「うーん……。俺も頭領さんだけならしょうがないかと思うんだけど、息子のライアン君だっけ? 彼、まだ子供じゃん。いや、この世界では成人だけど、まだまだ調子に乗って莫迦やらかす年頃じゃん。ちょっとした怪我程度で済めばいいけど、今回は洒落(しゃれ)になんないことになりそうだし、止めてくれる大人もいないみたいだし。そういうの、お前が気にするかなって」


「うん。まあ、思うところはあるけれど、この件で私にできることってなさそうだし。上手くいけばミゲル師たちが――とも思っていたけれど、昨日の様子を見た限りでは効果はなかったみたいだし。せめて、最後まで見届けてあげるくらいかな」


『君はそんなことを気にしていたの? というか、そんなに気になるなら介入してもいいと思うけど」


「そうだね。頭領さんたちの因果をどうにかするのはアルでも難しいと思うけれど、ミゲル師たちの紡いだ因果がアルたちを巻き込んだともとれるしね」


「え、いいのか?」


『いいんじゃない? ミゲルたちだけじゃどうしようもないだろうし、そのうちレオナルドやエスリンも介入してきそうだしね。そもそも、他人がいくらお節介を焼いたといころで、本当に救われるかどうかは本人次第だし』


「アルの意思で決断して、実行するというなら、それはそれで」


『ライアンの魔王化フラグとか、一応リスクはあるみたいだし、介入したところで君のメリットは特に無さそうだけどね。しいて言えば、ユノやボクが喜ぶくらい』


「ユノが喜ぶなら、やってみる価値はある!」


 想像もしない流れに戸惑っていたアルフォンスだが、「ユノが喜ぶ」と聞いて即答だった。

 元より、「ミゲルたちに生き残ってほしい」、「ライアンにも救われてほしい」と思っていたところに、そのための介入を躊躇(ためら)わせていた要素が消えたどころかプラスに転じる可能性も出てきたのだ。



「ええっ? そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、奥さんとか子供さんたち――大事なものとの折り合いはつけようよ。それを押してまですることではないでしょう?」


 一方、ユノとしては大して考えずに発言したものである。


 可能性は低そうだとはいえ事故が起きない保証は無く、それで重大な被害が出たりすると、(そそのか)した身としてはアルフォンスの家族に申し訳がたたない。



「いや、ユノだって俺の大事なもののひとりだ! 知ってるだろ? 俺は俺の大事なもののためなら――ユノが喜んでくれるなら命を懸けられるんだ!」


 当然、アルフォンスもそういったリスクを考えていないわけではない。


 僅かな時間ではあるがしっかりと考えた上での結論である。

 そして、彼のこれまでの実績が、彼の言葉に説得力を持たせていた。


 それはアルフォンスという人間を凝縮した魔法のようなもので、微かにではあるがユノにも届いた。



「う……。不覚にも少しときめいてしまった……」


『いつもこうならいいのにね』


「俺はいつだって真剣なんだけどな!」


「真剣に『おっぱい』とか言っていたのか……。まあ、アルがしっかり考えて出した結論なら、行ってくるといいよ」


「おう! 期待して見てろ!」


『テンション上がってるところ悪いけど、変装は外して行った方がいいよ。そんな格好だと煽ってるようにしか見えないと思う。ユノの例を見てれば分かるよね?』


「……おう!」


 いそいそと飾り羽根を外し、身嗜みをチェックしているアルフォンスに、ユノが静かに接近して、アルフォンスが付けたままだったマスカレードマスクを外した。



「浮かれすぎ。というか、なぜアルの方が喜んでいるの?」


「そ、そりゃ、惚れた相手が嬉しそうにしてりゃ俺も嬉しいさ」


 マスクを片手に楽しそうに微笑んでいるユノの破壊力に、アルフォンスの口が滑った。



 隠していた――というほど隠していたわけでもないが、はっきりと言葉にするのはまだ先の予定だった。



「ふふっ、私もアルのことは好きだよ。でも、普通の女の子と同じようには応えてあげられないところも多いのだけれど」


 アルフォンスの焦りを余所に、ユノはアルフォンスの告白を好意的に受け止めていた。


 ユノには恋愛感情やその機微がよく理解できない。

 彼女にとって、好意は好意でしかなく、愛欲などは生理現象や本能に根差した衝動で、それぞれ別のものだと解釈している。


 そもそも、ユノにとって、人間基準の価値観や倫理観の大半は、実感などの伴わないただの知識でしかない。


 むしろ、人間どころか生物という定義が当て嵌まるかも怪しいユノが、多少なりともそれを理解しているのは両親の教育の賜物であり、共感できるところがあるのは妹たちのおかげで世界と繋がっていたからである。



 ただし、根源を通じて人間の存在を認識できる彼女とは違い、根源を認識できていない人間からは、彼女を表面的にしか捉えることができない。

 そのため、「人間として大事なものが欠けている」などと言われることもある。


 しかし、これは彼女の容姿――存在自体が他者に好まれるためにその程度の苦言で済んでいるのであって、そうでなければ、人類に仇なす怪物として扱われていただろう。

 人間であろうとする彼女に対しては無意味な仮定であるが、一方で、根源的に「人間」の枠からはみ出した者ほど彼女と敵対する傾向にある。



 ユノは、半ばフリーズしていたアルフォンスに身を寄せると、その肩に手を乗せる。

 そのまま背伸びをすると、何事かと身構えていた彼の頬に軽く口付けた。


 ユノとしては、映画などで戦地に恋人を送り出すような、どこかで見た光景をまねたものだが、その恋人の心境などは理解できないため、恋愛感情などは伴っていない。


 ただ、アルフォンスのやる気や好意に報いようとして行ったことで、それも彼らが切望するおっぱいとどちらがいいか迷った末に、一般常識と自分の好みに合った方を選択しただけのことだ。



 それはユノにとっては激励や餞別(せんべつ)程度のつもりでも、アルフォンスを勘違いさせ、有頂天にさせるだけの効果があった。



 アルフォンスにとって、間近で見る彼女の顔は、いつもより上気していて目も潤んでいるように見えた。


 当然、アルフォンスの主観的なもので、気のせいである。


 しかし、そっと押し当てられた柔らかい感触や温かさ、そして良い匂いが彼の脳を麻痺させ、染み込む魔素が魂を高揚させる。



 ユノの狙いどおり、アルフォンスのやる気はこれ以上ないほど高まった。


 やる気以外もいろいろと昂って暴発しそうになっていたが、ユノはそんなことには気づいていないし、気づいていたとしても、生理現象として受け流すだけの些細なことである。




『あ、でも、上からの観測って役目はどうするの?』


 やる気はあっても、抗い難い魅力を持ったユノの抱擁に硬直していたアルフォンスに、朔が再起動を促した。



「あ、ああ――まあ、どのみち炎と煙でよく見えないし? こうなったらもう現場に行くしかないじゃん?」


 当然、ユノに良い格好を見せたいアルフォンスに「行かない」という選択肢は無く、朔も、面白そうなことになる予感をふいにするつもりはないので、アルフォンスへの問いかけは額面どおりの意味ではない。




 朔も、人の心の機微を理解しているとはいい難いが、感覚派のユノとは違って、漫画やアニメなどを情報源として、又は統計学等によってそれをカバーしている。

 ゆえに、お約束の展開では強さを発揮するが、イレギュラーには対応しきれない。

 しかし、ユノが絡むとかなりの確率でイレギュラーが発生するため、失敗をすることも多い。

 ユノという強烈な存在の陰に隠れているせいで目立たないだけで。



 ユノは己の意志に、朔も己の欲望に忠実な存在である。

 しかし、ユノは家族の影響で表面的な道徳や常識に縛られているところもあるが、朔にはそれがない。

 無論、朔は、それらの意義や重要性などはユノ以上に理解しているが、己の欲望を満たすために理解していない振りをしたり、詭弁を弄して捻じ曲げたりする。



『君ならほかに観測手段ありそうな気もするけど。――そうだ、ボクからも餞別代りに占ってあげよう。《神託》のシステムを利用したお遊びみたいなものだけど、ユノには使えないし試す機会がなかったんだ』


 この場合は、話の流れや相手の意思を無視した押しつけだった。



 ここではユノの出番は無い。

 ユノで遊びたい朔には不満だが、無理矢理出番を作っても面白くないどころか駄作になる。

 ユノ様名場面集のディレクターとして、それを許容するわけにはいかない。


 それでも、アルフォンスも質の良い玩具である。

 これを有効活用しない手はないし、張り切ってもらうためには細工もする。



「え、いや、必要無い――」


 アルフォンスは、朔の唐突な提案に警戒感を露わにしたが、その言葉を言い切る前に、アルフォンスの視界の隅に、新着メッセージのアイコンが点灯した。


 アルフォンスの視界には、彼のオリジナル魔法《HUD》によって、必要な情報が常に表示されているのだが、そこに朔が割り込みをかけたのだ。

 システムを掌握しつつある朔の、システム経由の、拒否権やブロック設定の存在しない、性質(たち)の悪い悪戯だった。


 しかも、メッセージを開封するのを躊躇っていると、逃がさないとばかりに次々と送られてくる。

 悪戯どころか精神攻撃だった。



「分かったよ、見るよ――」


 あっさりと根負けしたアルフォンスは、意を決してメッセージを開いた。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、「大吉」の文字。「御神籤(おみくじ)じゃねーか!」とツッコミそうになるも、すんでのところで堪え、続きを読んだ。



 願望:A 努力すれば叶う

 健康:D けが多し

 仕事:A 順調

 家庭:A 円満

 結婚:A 良縁に恵まれる

 金運:S 副収入に恵まれる

 ラッキーカラー:白



 ほかにも項目はあり、微妙に異世界パラメータ風なところが気になったが、アルフォンスが注目したのはこんなところだ。


 願望といわれて真っ先に思いついたのは、「ユノとイチャイチャしてみたい」という、願望というより欲望だったが、努力すれば叶うのであれば、願ってもない展開である。


 健康がDなのは気になるところだが、とある事情で失っていた「け」が増えたのは間違いではない。

 そもそも、剣と魔法の世界で英雄をやっていれば、怪我とは無縁ではいられないので、そこは気にしても仕方がないと割り切れる。


 仕事・家庭共に問題は無い。


 金運も、アクマゾンとの契約やアプリの開発などで大金を手にし、これからもがっぽり稼ぐ見通しになっている。


 これらを総合して、「これ、当たってるんじゃねーの?」というのがアルフォンスの感想だ。

 そうなると気になるのが、結婚運である。「もしかして」と思うと、ドキドキワクワクが止まらない。


 それでも、幾多の修羅場を潜り抜けてきたアルフォンスには、これが罠である――ユノとの結婚というのは生贄にされることを意味するのかもしれないとか、罠とまではいかなくても、ぬか喜びすることになるのではないかという警戒心も残っていた。


 それでも、ユノとのイチャラブ新婚生活という甘い夢の前には、そんなものは無意味だった。

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