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30 望み

<こちらアルファチーム補佐グレイ。ちょっと援護射撃してみたら城壁が崩壊しまして。それで、ベネットさん――でしたっけ? 彼らの頭領が侵入してきて、村に火を放ってるんですけど、そっちはどういう状況ですか?>


 上方から頭領たちの暴挙を観測したアルフォンスが、状況の確認のためにマーリンに連絡を取った。



<な……こちらブラボーチーム補佐マーリン。ベネットは独断専行――我々の指揮下にありません。現在ブラボーは城壁からの砲撃による落石で分断され、足止めを食らっています。レオナルド様が復旧に当たってくれていますので、もうしばらくすれば前進できるかと。アルファの状況はどうでしょう?>


 マーリンにしてみれば、頭領から目を離したことには言い訳のしようがない。

 それがアルフォンスに押しつけられたことでも、軍師としての矜持が、問題が起きてから蒸し返すことを許さない。


 それはそれとして、城門を破ったのはどういうつもりか問い詰めたかったが、やはり軍師として、状況を無視するわけにもいかない。



<暴走か……。アルファは現地里人と接触。頭領たちの無差別破壊のせいで隠密行動は不可能だと判断したのか、捕虜との接触を優先するようです。そちらの「しばらく」というのは正確にはどれくらいですか? 助けは必要でしょうか?>


<十分で終わらせる!>


<――だそうです。助けは必要無さそうです>


<了解です。里に到着しましたら、頭領たちの破壊活動に巻き込まれた里人たちの救助活動もお願いできますか? 場合によっては、頭領の排除もお願いします。彼らの行動はこちらの作戦の障害になっています。というか、彼らの行動の目的が分かりません。仮に里の奪還が目的だとしても、廃墟にしてどうするのかと――>


<恐らく何も考えていないのではないかと。とにかく、了解いたしました。吸血鬼の対処と合わせて行うよう通達を出します。頭領の排除については、エスリン様に事故に見せかけてやってもらうようにしましょうか>


<それがいいかもですね。仮にも同胞だった人たちにさせるのは心苦しいですし。チャーリーチームの進捗はどうでしょうか?>


<あー、チャーリー補佐ポールだ。進捗は七割弱。ゾンビの数が多すぎて遅れてる――聖水も残り少ないから無理もできねえ。あと三十――いや、四十分くらいはかかるんじゃねえかな>


<聖水でしたら補充に行きましょうか?>


<いや、残りの距離とアンデッドの数にもよるが、勢いも落ちてきたし、最悪、無理矢理押し出してもいい。多分ギリギリいけるんじゃねえかな。お前さんは上からの観測を続けてくれ>


<了解です。もしものときは、「()()」を使ってみてもいいかもしれません。ソフィアさんが無事なことを考えると、攻撃力はないかもしれませんけど>


<あれって、もしかして()()のことか!? ――お前まさか、気づいてたのか!?>


<ええ、まあ。誰でも一度は考えることですし、ユノ様も気づいてると思いますよ>


<マジか……。んじゃ、しょうがねえな。一応、強引に突破するかもしれねえんで、出口付近には注意してくれ>


<了解しました。では、それぞれの健闘を祈ります>



 各隊との通信が終わり、アルフォンスはひとつ大きく息を吐いた。


 通信相手は、全員が湯の川所属である。

 湯の川での彼は、皆から一目置かれる存在ではあるが、戦場で大魔王やその側近に対して指示を出すようなことは、経験豊富な彼でも初めてで、さすがに緊張を伴うことだった。



「そんなに緊張しなくてもいいのに。レオたちも、昔のイキっていた頃ならともかく、今はそんなことで怒らないと思うよ。それに、私のことも呼び捨てでいいのに」


 通信が一段落したところを見計らって、ユノが声をかけた。


 なお、内容は作戦とは関係無いものだったが、彼女にとってはそれなりに大事なことも含まれていた。



「いや、あんまり馴れ馴れしいと、俺の方がイキってるみたいで恥ずかしいだろ? それに、今は公の場だから、呼び捨てにはできないよ。というか、何で俺が総指揮なの? エスリンさんとかレオナルドさんがやるべきなんじゃないの? 俺が頼まれたのは、ユノのお目付け役だよ?」


「アルも湯の川の一員だと思われているからっていうのと、アナスタシアさんに直接指名されたからじゃない?」


「理由はそのとおりなんだと思うけど、主人公無双もここまで来ると怖いんだけど。因果がどうとかお前も言ってたじゃん! 俺の手に負えるレベルじゃなくなってきてるんですけど!?」


 内容的には雑談だが、アルフォンスにとっても大事なことである。

 対処法、若しくはそのヒントでもあるなら聞いておきたい。



「私としては、アルが頑張っているのがみんなに認められるのは嬉しいのだけれど。それに、因果はそれに見合うだけの備えをしておくしかないよね。アル自身の力だけじゃなくて、人脈なんかも利用すればいいし」


「そんなこと言って、お前はその人脈に含まれてくれないんだろ?」


「応援するだけとか、力を貸す程度ならいいよ。でも、どうにもならないことで頼られちゃうのは、それこそ因果が巡ってくるよ」


「まあ、そうなんだろうな……。というか、今更なんだけど、因果って何なの? お前にはどう見えてるわけ?」


「うーん、ただの原因と結果? 結果が出るまでは可能性は無数にあるから、はっきりと見えるわけではないのだけれど、良い感じの流れか、良くない感じなのかが分かるくらい。私の主観だけれど」


 ユノにも漠然としか分からないことが、口下手な彼女の説明で、アルフォンスに理解できるはずもない。



 ユノは、釈然としない様子のアルフォンスに、少しでも理解を深めてもらおうと話を続ける。


「この場でいうと、頭領さんとかその息子さんは危険な流れにあると思う。まあ、それは誰が見ても分かるレベルだと思うけれど。それと、可能性がゼロに近いことに挑戦するのが駄目ってことではないの。むしろ、それを理解していても、なお諦めずにやる人には、個人的に好感を覚えるし。けれど、彼らの場合は、吸血鬼憎しで本当の望みを見失っているから――いや、吸血姫への憎しみっていうのも、望みの本質と向き合えない弱さからきているのかな? 恐らくだけれど、単純な報復がしたいわけでもなくて、きっとどれだけ吸血鬼を斃しても満たされることはないと思う。結局、今の彼らはアンデッドと変わらないんだよ」


「なるほどね。周りを巻き込んで破滅に向かうのは、確かにアンデッドっぽい。それは何となく分かった気がする。彼らの本当の望みは吸血鬼の駆逐でもない――それは代償行為であって、大切な人を失った悲しみや苦しみから逃げたいとか救われたいとか、そういうことなのかな」


 ユノの価値観では、復讐の是非はどうでもよく、その理由を理解しているかが重要だった。

 言葉にすると陳腐になってしまうが、「もっと可能性を大事にしてほしい」というのが実際のところである。



「恐らくね。例えば、頭領さんたちのように、吸血鬼に殺された故人の無念を晴らそうと、『復讐!』ってなるのも分からなくはない。けれど、それは最後に残した意思というか感情であって、本当にその故人の一番大事な意思なのかなって。結局、残された人が納得するためのことだから、是非を論じるつもりはないけれど、そういうのを履き違えたままだと、大抵ろくな結果にならないと思う」


『復讐をなし遂げたら、スッキリするんじゃない?』


「まあ、本人はそれでいいのかもしれないけれど、現実は物語じゃないから、そこで終わりにはならないよね。そこまでに紡いだ因果はきっちり返ってくるだろうし、そもそも、故人の遺志って、残された人にそこまでのリスクを背負わせてまで復讐させたいものなのかってね。だからまあ、報復は否定しないけれど、せめて『故人のため』とか言い訳しないで、自分のためにやってほしいね。どちらかというと、正しく故人の遺志を継いでくれるとか、未来に可能性を繋ぐために戦うならもっといいのだけれど」


『ふうん。ボクは復讐もいいと思うけどね。大事な人を失って――っていうのは物語の鉄板だし、それだけ強い想いを抱くものなんじゃない?』


 朔も種子の端くれらしく、強い想いというのは大好物である。

 アイリスやアルフォンスに入れ知恵しているのも、それが理由である。



「もちろん、それを否定はしないけれど、因果の話に戻すと、頭領たちが大事な人を失った直接の原因は吸血鬼だけれど、因果はもっと前に――ソフィアの手柄を横取りした時に始まっている。自分たちの分を超えた因果を抱え込んだ結果がこれって考えると、ただ『不幸だったね』とするのはどうかと思う。長い年月の中に、備える時間も、正す機会もあったはずだし。その自分たちの手に負えない因果に翻弄されているのが頭領さんたちで、その中でも前を向いて、新たな因果を作ろうとしているのがミゲル師たち。まあ、でも、必ずしも善因善果や悪因悪果になるって決まっているわけでもないし、終わってみないと分からないけれど」


 口下手なユノが、こうも熱心に言葉を尽くすのは、それだけアルフォンスやミゲルたちを好意的に評価していることの証明である。

 要は、動機と目的を正しく認識した上で、可能性を大事にしようという話でしかないが。



 ベネットの例でいえば、本来は「吸血鬼を殺す」ことは、彼らの生存圏を守る手段である。

 しかし、現在はそれが目的に摩り替わっている。


 そもそも、その「吸血鬼を殺す」という手段も代償行為でしかない。


 肝心の目的は、動機を受け止められないせいで捻じ曲がり、「正義」や「仇討ち」などという、聞こえの良いものに置き換えられている。

 それも完全に嘘ではないし、場合によっては目的となり得るが、ベネットの場合においては、彼自身を追い込んでいく方便になってしまっている。



 ユノの目は、普通の人には見えないそういうずれを認識することができるため、そういう人たちが負のスパイラルに陥りやすいことも認識している。


 ただ、因果の流れはユノでも読み切れない――ユノ自身が因果を歪めていることも原因なのだが、そこに口下手や価値観の違いなどが加わって、更には論理が飛躍したりもして、どうしても分かりにくい説明となってしまう。



「ユノでも分からないのか」


『ユノが因果に干渉しちゃうと、ユノの望む世界を創っちゃうから、そうならないようにわざと認識しないようにしてるんじゃないかな。それに、みんなが使ってる魔法なんかも、多かれ少なかれ因果を無視してるところがあるしね。その反動なんかも含めて、予想は難しいんだよ』


 朔のユノに関する予想はおおむね当たっているが、そうでなくても、完全な未来予測はユノにも難しい。


 どちらかといえば、朔の方が適性的に予測精度が高いのだが、すぐ側に無意識に因果を捻じ曲げているユノがいるため、本領を発揮できない。

 同様に、魔法とは、火のないところに煙を立てるようなものである――つまり、因果を無視しているところがあるため、やはり予想は難しい



 アルフォンスにとっては、分を超えた因果――手柄の横取りと、その後も調子に乗り続けた彼らが、このような状況に陥っているのは身につまされるところもある。

 手柄に関しては、ほぼ湯の川やユノ自身に返還、若しくは転嫁しているが、分不相応な想いを抱いているのは事実であり、それを諦めるつもりはない。


 したがって、覚悟を決めるとか、こういった機会に理解を深めていくしかない。



「ふむ……。それでミゲルさんたちには区切りをつけさせることに拘ってたのか。まあ、本当の望みに気づいてもいないんじゃ、区切りなんてつかないかもしれないしな。でも、それだったら分からせてやれば、あの人たちも大人しくなるんじゃないのか?」


「んー、どうかな。私がやると洗脳か逆効果になりそうだし。特に、息子さんの方は反抗期真っ盛りみたいな感じだから、感情的に反発されそうだし、最悪の場合、魔王化の引鉄になるかもしれない」


 それは、こんな何気ない会話からでも、意識していれば気づけることもある。


 今回においては、ユノは考えていないように見えて、実は考えている。

 しかし、考え無しだったり、本気で忘れている時もあるので油断はできない。


 ここで得た教訓としては、「意思疎通は重要」というところだろうか。

 当然のことだが、アルフォンスはその「当然」が重要なのだろうと再認識していた。

 だからといって、何かがすぐに変わるわけではないが。



「ああ、ありそうだな……。まあ、ここにきて、頭領さんたちに俺たちがしてやれることはない、か。それよりも、ミゲルさんたちの支援をしっかりしないとな」


「それでいいと思うよ。救ってあげたいと思う気持ちは否定しないけれど、救えるか救えないかは別問題だし、それで必要以上に気に病む必要は無いよ。全てを救うなんて神にだってできないのだし、人間はその人にとって本当に大事なものを、しっかりと認識できていればそれでいいと思う」


「神ってお前のことなんじゃ……」


「うーん、私としては拒否したいのだけれど……。というか、そういうのは、その意志のある人がやるべきだと思うよ。能力があってもやる気がない人に任せて、『バグっちゃったけれどまあいいか』とか、『面倒くさいからもう止めた』みたいなことになると困るでしょう? というか、能力にしても、私は義務教育すら修了できているか怪しいのだけれど」


「そう聞くとめっちゃ怖いな……。で、彼らの場合は、能力もないのに責任とか義務を負ってるのか? いや、負ってるつもりになってるのか。そこんところはよく分からんけど、俺も領主って肩書があるから、いろいろと考えさせられるなあ……」


 ユノの話を聞いてから、頭領たちの姿を見ると、領主としての立場があるアルフォンスはいろいろと考えてしまう。



 領主になりたくてなったわけではないが、だからといって放り出せるものではないし、ユノもそういうことを言っているのではないだろう。


 因果についても、若い時に調子に乗りまくっていた報いが、「戦争」のような形で返ってきているのは理解できる。

 もっとも、戦争自体はアルフォンスがいなくても起きていただろうし、その調子に乗っていた時期がなければ解決できなかった可能性を考えると、正誤の判断を下すにはまだ早い。


 その後も、拡大した領地にはそれなりの備えも行っていた――2度目の大戦未遂は自力での解決は難しかっただろうが、それはグレイ辺境伯領以外でも同じである。

 ただ、アザゼルの用意周到さがそれを上回っていただけだった。

 言い訳にしかならないが、現実的には対策できないレベルのイレギュラーである。


 とにかく、アルフォンスは、「俺は頭領たちとは違う」と理解しつつも、どうしても自身と重ねて見てしまう。

 莫迦で無鉄砲なライアンにすら、「俺にもあんな時代があったなあ……」と、妙な感慨を覚えてしまう。



 一度そんなふうに考えてしまうと、どうしても感情移入してしまう。

 そして、自業自得だという言葉も理解はできるが、感情としては認め難い。


 彼らの運命を変えたからといって、アルフォンスが救われるわけでも、何かが変わるわけでもない。

 しかし、彼は「それでも――」と考えてしまう、諦めの悪い男だった。

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