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28 土と水と太陽の恵み

 城壁正面、設置されている大砲の有効射程ギリギリで、莫迦正直に囮役を務めていた頭領一派に向けて、城壁から何度目になるかも分からない砲撃が撃ち込まれる。


 当たれば大ダメージ――どころか、確実に即死する威力のものだが、精度を威力で補う旧式の物では、有効射程ギリギリで走り回っている彼らに命中させるのは難しい。


 吸血鬼たちも莫迦ではないので、それが陽動だと分かっていたが、さすがに無視するわけにもいかない。

 狩人自体の脅威度はさほどではないが、日中に戦って苦戦するのは、ただの魔族を「劣等種」だと思っている彼らにはなかなかの屈辱である。

 日が落ちるまで居残るなら、その時は改めて引導を渡してやればいいだけで、それまでの暇つぶしとして砲撃していただけだった。



 そんな中、1発の砲弾が大きく目標を逸れて、頭領たちの頭上を大きく超えて後方の岩肌に着弾した。


 射角によっては、有効射程外の標的に弾丸を到達させることは可能だが、狙って当てることは非常に難しくなる。

 ここでは、そういった不確実な砲撃でも、崖面に当てて崖崩れを誘発して、広範囲の攻撃とすることも可能だった。


 しかし、その後片付けに非常に大きな労力が必要になる。

 狩人程度を相手に行う戦術ではなく、狩人たちによる防衛戦時でも行われなかったことである。

 もっとも、後者はその決断に至る前に侵入を許し、無力化されてしまったのだが。



 ただ、砲台が設置されていた足場が揺らぎ、それと発射のタイミングが不運にも重なったため、ほんの少し射角が上がった。


 その結果、頭領たちの後方で盛大な崖崩れが発生していた。


 人的被害こそ無いが、崖崩れの規模は大きく、彼らの退路は完全に断たれてしまった形。



 これに慌てたのが、レオナルドやエスリンたちの率いる別動隊である。


 この状況は、城壁の様子が確認できないとか、頭領たちとの連絡が取れないなど、いろいろな意味でまずいもので、一刻も早く解決する必要があった。


 しかし、強行突破や突貫工事などは更なる崩落の引き金になる危険性がある。

 当然、レオナルドやエスリンたちにはさして問題は無いことだが、狩人たちのレベルでは慎重にならざるを得ないことである。


「うおっ!? どうすんだよこれ!? 吹っ飛ばしていいのか!?」


「ここは我が神の眼の――いや、岩などを御許に送っても許されるのか!?」


「落ち着いてください! とにかく、状況の確認、報告を!」


 現場を任されていたマーリンが混乱を収めようと動くが、やはり情報がなければ的確な指示を出すことはできない。

 崩落や、それによる分断などは予想されていた事態ではあるが、頭領という第三勢力については完全に想定外である。

 今更そんなことを嘆いても仕方がないのだが、面倒事を避けようとして誰も彼らについていなかったことは失態というほかない。


◇◇◇


「頭領! 城壁が――崩れます!」


「頭領、後ろと分断されました!」


「親父、どうする?」


 その頃、頭領派の面々が、ベネットの指示を仰いでいた。



 ベネットは、狩人の中では戦闘能力が頭ひとつ抜けている。


 ただし、視点が極めて狭いため、その能力は彼ひとりを対象とした一対一、一対多の状況に限定される。

 そのため、部隊の指揮などは他人に任せて前線で暴れていることが多い、この世界では特に珍しくもないタイプのリーダーだった。



 指揮ができる者がいなければ、ベネットや彼と同じタイプのライアンを有効活用できないのだが、そういう戦術眼や分析力を持った者たちの多くは、そもそも、吸血鬼との戦いに否定的であった。


 情報が足りず、戦力も充分ではない中で、必死に知恵を絞ってくれていた彼らも、長引く戦いの日々で次第に数を減らし、ついにはミゲルたちのような反戦論者――ベネットの感覚では「腰抜け」だけが残った。



 既に多くの仲間と愛する妻を喪っていたベネットは、彼と同じ想いを抱えている仲間のためにも戦いを止めるわけにはいかなかった。

 そして、その想いは、多くの者が共有するものだと思い込んでいた。


 実際には、義理で付き合っている者や、同調圧力に屈した者も少なからずいたのだが、彼らにとって不幸だったのは、ベネットがいわゆる「無能な働き者」だったことである。



 作戦の内容や達成率など考えず、とにかく行動する。

 ある時期から単純なゲリラ戦に終始していたのは、新たな作戦が提案されなかったところも大きく、それで全滅しなかったのは、ニコルが手加減していたところが大きい。




「突撃だ!」


 ベネットは迷うことなく指示を出した。


 彼らに与えられていた役割は「陽動と現場の確保」だったのだが、陽動を仕掛けるべき城壁は崩壊していて、崖崩れで塞がれた谷底の道は、後方からの増援を警戒する必要も無くなった。


 つまり、ベネットの感覚では、任務は完了していることになる。


 ならば、後方部隊の作戦を引き継ごう――という考えに至ったのだが、彼らの能力で達成可能なのか、そもそも突入して何をするのかも理解していない。

 それでも、自分たちが邪魔になるなど全く思っていないところが、無能な働き者たるゆえんである。


◇◇◇


 崖を下りようとして、うっかり三途の川を渡りかけたミゲルたちだが、彼らも落ちる可能性は充分に理解していて、覚悟もしていていた。


 当然、そうなったときの対処法もシミュレートしていた。



 それは、「落ちそうになったときは下手に立て直そうとせず、装備の性能を信じて防御姿勢を取って落ちる」という、対処というには乱暴なもの。

 ただ、それは冗談でも何でもなく、最も生存率を上げる方法だった。



 しかし、それは言葉で言うほど簡単なことではない。


 防具の性能がいかに優れていても、それは飽くまでシステム的な補正であり、装備者の能力が低ければ充分な性能は発揮できない。



 今回の場合では、胴部と頭部は衝撃によるダメージを最大九割軽減できるし、自己治癒力も上昇するが、ダメージを受けた部位が胴から離れるほど軽減率は低くなる。

 それをカバーするための防御姿勢だが、衝撃自体の軽減率はダメージの軽減率ほど高くなく、またクリティカル判定が発生すると、防御力や補正は無視される。



 ミゲルたちは訓練どおりに防御姿勢を取った。


 しかし、落下の衝撃は彼らの想像していた以上のもので、防御姿勢を崩されダメージが嵩んでいく。


 ダメージの蓄積やクリティカルの発生によって防御姿勢を保てなくなると、手足があらぬ方向に曲がってしまったり、酷い場合には欠損する。


 最終的に、生きているのが不思議な状態で里――というより彼岸(ひがん)に到達して、アルフォンスの回復魔法によって此岸(しがん)に戻ってきた。



 トラウマになってもおかしくない経験をしたはずのミゲルたちだが、心が折れた者はいなかった。


 むしろ、大魔王たちによる死なない程度の――死ぬことを許されない、死んでも3秒までならセーフの、死んだ方がマシな訓練よりは遥かに優しいものだった。


 むしろ、仕上げと称して行われた、苦痛3,000倍モードの、拷問のような――世界を呪って瘴気を発しそうになるレベルのものに比べれば、良い感じに脳内麻薬が出て気分が良くなったくらいだ。




 ミゲルたちが落ちたのは、落石などに備えて山裾に設けられているセーフティーゾーン――浅い堀の中に、水田のように泥を敷いた所だった。


 落石などそう頻発するものでもないが、そのたびに被害が出るようでは非合理的である。

 そのため、彼らの隠れ里では、居住区は中心に近くて川の増水で流されない部分に集中し、その周囲を田畑や畜産施設が囲み、外周をミゲルたちが落ちた堀が囲んでいる構造になっている。



 そんな所に落ちたミゲルたちは、当然のように血と泥に塗れた、到底人には見えない塊である。


 その人とは思えない形状の物が、回復魔法によって人の形となり、泥の中から這い出してくる。

 その様子は、吸血鬼以上の不死性を持った怪物にしか見えなかった。



 そんなミゲルたちを目撃して恐々としていたのは、農作業に勤しんでいた、彼らにとっての救出対象である。


 吸血鬼が彼らを捕らえている最大の理由は食料とするためだが、食料としての条件を満たすのは、健康的で若い処女か童貞のみ。


 しかし、その条件はいつかは失われるものであり、だからといって安定して捕獲できるものでもない。


 そうすると、当然のように「養殖」という発想に行き着くのだが、生死に関わるレベルで夜行性の吸血鬼に、家畜のための餌作り――農作業などできるはずもない。


 したがって、家畜たちに一定の自由を与えることと引き換えに、彼ら自身の食糧を彼ら自身で賄わせることになった。



 家畜たちにとっては、生殺与奪を握られているほかに、自由恋愛などの権利も奪われているが、食料として、若しくは労働力として役に立っている間は身の安全は保障される。



 吸血鬼にしてみると、捕虜に自由を与えるのはリスクが高いが、だからといって彼らを飢えさせて死なせたり、食料としての品質を落とすことは、それ以上のマイナスになる。


 結果、狩人たちの生活基盤の上に、吸血鬼たちが武力を背景に寄生する社会が形成されていた。




「助けにきたで!」


「うわあああああ!?」


「ひいっ! ばっ化け物だあああー!」


「たっ、助けてえええ!」


 ミゲルたちの姿を見た里人たちは、元々戦闘要員ではなかった者や、戦いに敗れて心を折られている者たちである。

 ミゲルたちを見て、同胞が救援に来たとは思いもせず、それどころか、見たこともないヤバい魔物が襲ってきたと勘違いした。


 手にしていた農具を投げ捨てて逃げ出す者、腰を抜かして動けなくなる者、全面降伏して命乞いをする者など反応は様々だが、立ち向かおうとする者は皆無だった。



「え、あれえ? なんで逃げるん!?」


「リーダー! 僕らの格好見て! ちょっとヤバい!」


「こんな泥だらけじゃ誰か分かんないんだよ!」


「私としたことが、少々興奮しすぎていたようです」


「リーダー、僕らこの人ら捕まえときますんで、ちゃっと泥落としてきてください!」


 このままでは話もできそうになかったが、誤解されたまま逃げられても問題が発生すると考えた若手ふたりが、怯えている里人には悪いと思いながらも拘束して、ミゲルたちに身嗜(みだしな)みを整えるよう促した。


 彼らによる後輩の育成は順調で、吸血鬼との争いがなければ明るい未来が待っていたのだろう。


◇◇◇


 しばらくして、身体の汚れを落としてきたミゲルたちを見て、里人たちはまたも驚かされた。


「お、お前、ミゲルか! 生きてたのか――いや、生きてるのか? アンデッドになっちまったのか!?」


「というか、何だその格好は!? 恥ずかしくないのか!?」


「たった6人で乗り込んだのか!? 殺されるぞ! 莫迦じゃないのか!?」


 ミゲルたちを見た里人たちも、再会を喜びたい気持ちはあった。


 ただ、ミゲルたちがゾンビよりもゾンビのようだったことに、湯の川制式装備が場違いだったこと、たった6人で救助にきたことなど、それ以上にツッコミどころが多かった。



「ちゃんと生きてるよ。元気にやってる――毎日が全盛期やで!」


「この装備、動き易いのに性能高くて、フルプレート着るよりよっぽど良いんだよ!」


「俺たちは先発隊。ほかのみんなもすぐに合流するはずだぜ」


「残念ながら、あまりゆっくりと説明している時間はありませんが――その前にお客様のようです」


 ヴァイオレットの指す方向に目を向けると、異形だったミゲルたちを恐れて逃げ果せた里人たちが、ふたりの吸血鬼を連れて戻ってくるのが見えた。



「お、おい! まずいぞ! 奴らは貴族級じゃあないが、日光の下で動ける奴は位が高い!」


「すまん、俺たちには何もしてやれない!」


「大丈夫、僕らも強くなってるから――本気で助けにきたってこと、見せたるで!」


 ミゲルの口上を合図に、6人は吸血鬼に向き直る。




 様子のおかしい里人にせがまれ、渋々様子を見に出てきた吸血鬼たちだが、すぐに4()()の不審者――侵入者を見つけて、意識を切り替えた。


 時刻は吸血鬼の能力が最も低下する、太陽が中天に差しかかる頃だが、レベルや吸血鬼としての格、スキル等に比例して、制限はあるもののその影響を抑えることができる。


 このふたりの吸血鬼も、現状でも本来の50%程度の能力で五分程度は活動できた。

 決して条件は良くないが、武器も持っていない裸同然の人間が相手なら充分だ――と舐めていた。



 吸血鬼たちは、まず侵入者の数から見誤っていた。


 魔法の間合いから、投石の間合いになっても、まだ徒手空拳で迎え撃つ姿勢を崩さないミゲルたちは、最早敵ではなく獲物にしか見えなかった。


 その意識の切り替えは、彼らがここまでどうやって来たのか、捕虜たちの報告にあった泥の怪物は何だったのかなど、記憶から綺麗に消してしまった。



 吸血鬼たちは獲物に向かって更に加速すると、武器を取り出しても遅い――という間合いに入った瞬間、何者かに横からの攻撃を受けて盛大に転倒した。

 迷彩と泥と血に塗れたまま気配を断っていた若手ふたりが、死角からタックルを仕掛けたのだ。


 若手の度胸は、将来大物になることを予感させるものだった。


 そうして畑に頭から突っ込んだ吸血鬼たちに、ミゲルたちが間髪入れずに襲いかかった。

 若手とベテランの見事なコンビネーションだった。



 ミゲルたちの辞書に、“容赦”という言葉は無かった。


 素手でも戦いようなどいくらでもある。

 訓練と称して彼らを弄んでいた大魔王も素手だった。


 相手は不死の吸血鬼だが、死なないからとか、傷が治ればいいというものでもないことを、彼らは知っている。



 吸血鬼たちは、当然のように四肢を砕かれて、抵抗できなくされてから(あご)を外され、口内に土をいっぱいに詰め込まれた。

 当然、反射的に吐き出そうとはするのだが、それよりも詰め込まれる量の方が多く、土は次第に胃や肺にまで到達していく。


 通常の食事や呼吸が必須ではない吸血鬼がこれで死ぬようなことはないが、それは苦痛がないことと同義ではない。



 土を食べる習慣は、世界各地に普通にある。


 一方で、吸血鬼は、「血液以外は何を食べても土砂の味がする」と言って、通常の食事を忌避する者が多い。

 そして、吸血という行為には、全ての快楽が集中している。


 つまり、無理矢理土を食べさせられるという行為は、肉体と精神を蹂躙されるに等しい。


 さらに、体内の土砂は消化できるものでもなければ、外傷のように再生するものでもない。

 散々詰められた後に口を塞がれてしまっては、この苦しみから逃れる方法は無い。


 ミゲルたちが、訓練で気絶するたびに行われた水責めと、過酷な訓練で食欲を失っている時に無理矢理食べさせられたことから着想を得た拷問だが、彼らの責めはこれで終わりではなかった。


 声にならない声で許しを請うている吸血鬼に対して、ミゲルたちが取り出して見せたのは、竹製の水鉄砲だった。


 内容物は聖水だが、それも普通にかけるわけではない。



「うちには何でもケツから摂ろうとする勇者がいるんだけどよ、マジでポーションとかの回復効率が上がるらしいぜ」


「実験では最大で200%くらい効果が上昇したそうなんですけど、訓練されたケツを持ってる被験者が少ないんで、まだ参考値ですかね」


 などという話を、彼らは訓練の合間に聞かされていた。



 これも実際に試すのは初めてである。

 訓練ができている仲間も、訓練をする時間もなかったのだから当然であるが。


 しかし、大魔王や英雄が言うことなら間違いはない。

 そして、相手が敵であれば躊躇(ためら)うする必要も無い。



「アッ―――!」


 太陽に耐性を得た吸血鬼も、大腸責めには勝てなかった。


 なお、後に広まる、「吸血鬼はア〇ルが弱い」という定説は、この件が発端である。

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