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22 合流

 作物の収穫も終わり、それらを保管、保存するための作業も一段落した。


 収穫量は、予想どおり。

 今年の冬を越せそうにない程度しかなかったけれど、ここにいる人たちの分の食い扶持を考えなければ、多少の可能性は残るというところ。


 私としては、それだけでも充分に彼らにできる範囲のことをしたと思うのだけれど、それでは彼らの区切りにはならなかったらしく、同胞奪還作戦への決意は変わっていない。



 なお、そちらの方は、英雄や魔王の監修による最後の追い込みで目覚ましい成長を遂げたようだけれど、それでもまだ成功率は五分というところ。

 やはり、農作業などと並行してというのは大きな足枷になったようだ。



 ただ、彼らが戦闘能力的には低いながらも懸命にあがく姿は、当初は予想していなかった変化を齎した。


 特に、ミゲル師たちが脈々と受け継ぎ育んできた、お米作りに懸ける知識や情熱に、お米作りで苦労していた――魔法でどうにかなるなどと思い上がっていたアルが打ちのめされた。

 そして、私と同様に彼らを師と仰ぐようになった。


 レオやエスリンはさすがにそこまでではなかった。

 それでも、これまで彼らが蹂躙(じゅうりん)する、若しくは護るだけの対象だった弱者に、彼らも一目置くアルが最上位の敬意をもって接していることには思うところがあったようだ。

 彼らが何を思ったかまでは分からないけれど、ひと括りにされた「弱者」などという記号ではなく、一個の存在として見るようになったと思う。



 その結果どうなったか?


 端的にいうと、みんな彼らに「情が移った」ようだ。




 この奪還作戦は、当初はミゲル師たちがいろいろなものの区切りをつけるために、任意で行う儀式という扱いだった。


 正解が存在しない問題において、保身――いや、安全策を採ることは間違いではない。

 むしろ、リスクとリターンを(はかり)にかければ、「諦める」方がより正解に近いのだろう。


 しかし、それで片付けられないのが人の心で、きっとそういうところが新たな可能性を生み出すのかもしれない。


 だから、彼らの可能性を潰さない範囲で、協力することに許可を出した。

 元々、黙認するつもりだったので、許可を取る必要も無かったのだけれど。



 そもそも、私にはミゲル師たちの技術や知識が欲しいという、個人的な都合があった。

 なので、私が代行するという案もなくはなかったのだけれど、死者や吸血鬼化した人たちまで原状回復できる私が、どこまで介入するのかとか考えるのは面倒くさいし、そこまでして欲しいものでもない。


 個人的にはここでミゲル師たちを喪うのは惜しいけれど、彼らの意志でそうなるなら尊重するしかない。



 それでも、都合良くアルがついてきたので、彼らの知識や技術の継承者になってもらえばいいかなと思っていた。


 しかし、そのアルは、ミゲル師たちの生還のために、過干渉にならないギリギリのレベルで介入しようかと悩んでいるようだ。

 ミゲル師たちから受けたいろいろなものと、私の心証を天秤にかけているのだろう。



 私に良いところを見せようとか考えていただけであろうレオとエスリンも、作戦の成功と彼らの生還を本気で願っているようだ。


 作戦当日は、私とソフィアは吸血鬼の魔王の処分に向かうために別行動になることもあって、両人やそれぞれの部下たちと、どこまでなら介入しても許されるかを考えている節もある。

 もちろん、私には分体があることを認識した上だと思うけれど。



 一応、彼らの介入は、「私たちは直接干渉するつもりはない」という私の宣言に反するものなのだけれど、鍛えている時点で干渉だし、そこまで明確な線引きをしているものではない。

 なので、彼らが彼らの意志で私に逆らうというならそれもいい――というか、むしろとても嬉しい。


 できれば、こっそりではなく堂々と貫いてほしいところだけれど、自分たちの覚悟と努力でこの可能性を掴んだ、ミゲル師たちの勝利だということにしておこう。




 そこまでならよかったのだけれど、作戦開始の前日になって、本隊が補給に訪れた。


 略奪レベルで物資を持っていくのは、まあ、元々彼らのために残していた物なので構わない。


 それでも、感謝の言葉とか労を労うくらいはあってもいいはずだと思うのだけれど、頭領がミゲル師たちにかけた言葉は、「戦える者は戦の支度をしろ」というものだった。


 それが単なる戦力の補充のつもりなのか、それとも口減らしの口実だったのかは分からない。



 それに対して、ミゲル師たちは、彼らだけで吸血鬼に捕らわれている仲間を救出に向かうことと、その後、希望者を連れて戦域から完全に離脱する予定であることを告げた。



 それを頭領が却下。


 ライアンくんをはじめとする、本隊の何人かがミゲル師たちを「裏切り者」とか「卑怯者」などと猛烈に糾弾して、ついには小競り合いに発展した。




 結果、本隊が完全に制圧された。

 レベル差などの要素もあったけれど、それ以上に圧倒的といえる内容だった。


 命懸けとはいえ、吸血鬼相手にやり逃げタイプの奇襲や小競り合いしかしていなかった人たちと、命だけは保証されていたものの、大魔王や英雄に死ぬ直前まで鍛えられていた人たちの差は殊のほか大きかったようだ。

 本隊の切り札でもあったライアンくんの《憤怒》も、「上級貴族を相手にしなければならないこともあるかも」という名目で大魔王の相手をさせられていた人たちにとっては、訓練よりも楽だったようだ。



 しかし、私たちからすると順当な結果でも、本隊の人たちからすると青天の霹靂(へきれき)としかいえないような出来事だったようだ。

 なので、完膚無きにまで制圧されてもなお、この結果とミゲル師たちの言い分を認められないでいた。


 力では解決しないこともあるという良い例である。

 ……いや、皆殺しにすれば解決する?

 それは解決といっていいのか?



 とにかく、訓練で得た力で、本隊の人たちの暴力から身を護ることはできたけれど、それ以上の効果は無かった。

 物語とは違って、敵を倒せば「めでたしめでたし」とならないのが、現実の面倒なところだ。

 私もよくそこで(つまず)くので、その困難さや苦労はよく分かる。



 なお、私の場合、こういった場合には、アイリスやアルからシャロン、アナスタシアさんとか果てには主神のような、弁が立つ人や影響力のある人に力を借りる。


 権威主義?

 結構なことである。


 それで穏便に済むなら、私が鏖殺(おうさつ)とか洗脳するよりよほどマシだろう。



 しかし、ミゲル師たちが助力を求めたのは、なぜか私だった。


 困ったときの神頼み?


 世界樹の女神というのは設定で、本質的には鏖殺とか洗脳とか考えていた邪神だよ?

 世界樹が創れるのは事実だけれど。


 それも、神扱いされたくないからってアイドルをやっているような。


 そもそも、神の定義すらあやふやだし、みんなが必要としているような都合の良い神は実在していないのかもしれないのだよ? 

 それか、恐ろしく曲解された化物が出てくるとか。



 いろいろと思うところはあるけれど、状況を理解したのがみんなの前に引っ張り出されてからだったので、世界を改竄でもしない限りは逃げられない。

 もちろん、そんなことで世界を改竄するのは(はばか)られる。

 そもそも、何の疑いもなくついてきた私が悪いのだ。


 これから死地に向かう人たちに頼られて、逃げるという選択も――できなくはないけれど、そこまでのことではないので覚悟を決める。

 女は度胸――愛嬌だったか?

 まあ、何でもいい。

 これからするのは説教だしね。



「彼らは、彼らの進む道を決断しました。それが正しいかどうかに大した意味はありません。特に、外野の言うことなんて、『有り難いご意見』程度のものです。貴方たちも、他人の決断にどうこう言う前に、自分たちのことを決めた方がいいですよ」


「……我らの行く末など()うに決まっている。この世界から吸血鬼を一掃する。我らはそれだけのために生きている。例外は無い。そやつらも狩人の一員であれば、己が宿命を受け入れなければならん」


 ほら見たことか。

 自分なりに頑張ってみたものの、神なんてこんなものなのだよ。


 まあ、洗脳のようなことになるのを避けるためにバケツを被ったままだし、神として相応しい知識や教養も持ち合わせていないし、相応しい振る舞いとかも教わっていないのだから、説得力など生まれるはずもないのだけれど。



「悲しみとか自身の弱さを受け入れられなくて、幼い子供のように駄々を捏ねて、ほかの人たちを危険に巻き込んでいるだけのことを、『宿命』なんて言葉で飾らないでください。要は、貴方の復讐を遂げるために、ほかの人の力を利用したいだけでしょう? むしろ、最初からそうはっきり言った方が、同意を得られたのでは?」


「ち、違う! 我らは古くから続く吸血鬼狩りの一族として、力と技を受け継いできた――」


『という設定なんでしょ? さすがにもうそんなことを信じてる人はいないと思うけど。むしろ、本当に百年や二百年でそんな大きな力や技を失伝したのなら、相当な無能だよ?』


 朔の言うことももっともだと思うけれど、今必要なのは話を終わらせるための何かであって、煽るようなことは相応しくないように思う。



「ぐっ……! だからといって、逃げてどうなる? 我らが逃げれば、犠牲になるのは我らより弱い者たちなのだぞ!? 我らが戦わねば、誰が戦うというのだ!?」


『そんなの、君たちが全滅した後犠牲になるだけの話で、早いか遅いか、多いか少ないかの問題でしかないよね。そもそも、どう見ても弱い人たちを逃がすための遅滞行動や縦深防御をしているようにも見えないし、支離滅裂にも限度ってものがあるよ。というかさあ、逃げてるのは君たちの方なんじゃない? 大切なものを失った悲しみとか、自分の弱さを受け止められないから、現実から目を逸らして、現実逃避や八つ当たりしてるだけだよね。ミゲルたちはそういうのを受け止めた上で、できる限り多くの人が生き残れるよう最大限の努力をしてる。君たちは君たちの我儘で何人犠牲にした? これから何人犠牲にする? ミゲルたちはこれから何人救う?』


 む、朔に正論混じりの煽りで、追い詰められた頭領の精神状態がまずいことになっている。

 追い詰められた人間は何をしでかすか分からないし、これ以上朔に喋らせてはいけない!



「勝てない敵や、解けない問題から逃げることは悪いことではありません。もちろん、ただ逃げるだけでは何の解決にもならないことも多いけれど、少なくとも、分を超えたところまで責任を負う必要は無いですよ。それに、使命だ何だというのも、力があるからやらなければいけないものではありません。その意志がある人がやるものです。そこを履き違えたり、誤魔化していると、望んだ未来に辿り着けないかもしれないし、そうなったときにきっと後悔しますよ。復讐でも破滅願望でも好きにすればいいと思うけれど、せめて自覚してやらないと」


 これでどうだ!?



「な、何を言っている!? 力ある者にはそれなりの責務がある! それを放棄しては人の世が滅びかねんではないか!」


 効いていないようだ。

 というか、なぜ「人の世」とか、そんなスケールの話になっているのだろう?


 いつの間にそんなものを背負っていたの?

 彼は一体何と戦っているのだろう?



「お前こそ何言ってんだ? 力なんて持ってねえじゃねえか。てめえの身も守れねえで何を守るつもりだよ? ちなみに、ユノも俺も自己犠牲とかいう無責任は否定的だからな」


「私にもそう思っていた時期があったな。だが、本当の意味で弱者を護るというのは存外難しい――いや、ここに来て、護られていたのは私の方だったのかもしれないと思うようになった」


「それこそユノ様が言ってるとおりじゃないですか。使命とか義務とかを言い訳にせずに、やりたいことをやればいいんですよ。結果はまあ、なるようにしかならないというか、結局それまでの積み重ねですからね。日頃の努力と準備ですよ」


 レオやエスリンだけでなく、マーリンまで参戦してきた。

 貴方、自称軍師だよね?

 ここでドヤ顔で火に油を注ぐのが策なの?



「それでは我々にこのまま死ねというのか! こいつらと、貴方方が力を貸してくれれば悪しき吸血鬼どもを駆逐できるのだぞ!?」


 うーん、ミゲル師たちには理由を説明して、納得はできなくても理解してもらおうと思ってそうしたけれど、同じことを彼らにするのは面倒くさい。



『死ぬのが嫌なら今からでも考え直せばいいんじゃない? それに、ユノも言ったように理由を摩り替えるのは止めよう? 君たち、正義のためになんて戦ってないでしょ。というか、勝ち目も意味も無い戦いに仲間を送り込んで、無駄に犠牲を増やすのって正義なの?』


 朔は律義だけれど容赦がないなあ。



「貴方たちにはまだ選択肢があります。何を選ぶかは貴方たちの好きにすればいいけれど、後悔がない――は無理にしても、少なくなるものを選ぶといいと思います。ただ、明日の作戦の邪魔――みんなの可能性を奪うようなまねをするのは、もう止めてくれませんか?」


 命令でも要請でもないけれど、お互いのためにそうしてくれると有り難い。



「ということで、この話はお仕舞い。分かっているとは思うけれど、明日の予定に変更はありません。最後の夜になるかもしれないし、みんな悔いを残さないようにしてくださいね」


 話はまとまっていないけれど、まとめられそうな気がしないので強引に打ち切った。


 やはり言葉だけで説得するのは難しい。


 というか、バケツを被った怪人と、子猫の人形に説得される人がいるのか?

 だからといって素顔を晒すと神族悪魔まで(たぶら)かすとか言われるし、それをシャロンに頼ると狂信者が生まれる。

 ちょうどいい方法はないものだろうか。


 やはり、秘書か。

 信仰とかわけの分からないことではなく、論理的で合理的な解決策を示すとか、できるだけ私の意に沿った形でサポートしてくれる人材が必要だ。

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