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21 追い込み

――ユノ視点――

 何だかよく分からないアクシデントはあったものの、計画はおおむね順調で、総仕上げに向けて、これまでと変わらない日常を送っている。


 ひとつ違うことを挙げるとすれば、逃げ足を磨く訓練が、大魔王から逃げる実戦形式に変わったくらいだろうか。

 もっとも、大魔王からは逃げられないそうなので、大体捕まってボコボコ(※アルフォンスの回復魔法がなければ死んでいるレベル)にされているようだけれど。


 つまり、彼らがボコボコにされる訓練といい換えてもいい。

 少し理不尽な気もするけれど、実戦で捕まればボコボコ程度では済まないだろうし、緊張感を養うにはいいかもしれない。

 それに、「追いかけるより追われる方が幸せ」とか、「追いかけても掴めないものばかり」というしね。




 さて、私の方はといえば、吸血鬼の人を追いかけてどこかに消えた人が置いていった、乳離れが済んでいない子供を預かっている。



 もちろん、湯の川や、ほかの一時避難所に預けるという選択肢もあった。


 しかし、避難所の人たちは、環境の変化に慣れるだけでも大変なのに、それ以上の負担を増やすのは忍びない。

 それに、湯の川でもただでさえ日々人口が増え続けている上に、不定期に避難所から移住者が送られてくる。

 最終的に彼らに任せることであっても、少しでもみんなの負担を減らすために効率化を図るべきだ。



 そこで、せめてここの人たちの移住とタイミングを合わせることで、みんなの負担を軽減しようと、それまでは私が面倒を見ていようということになった。


 決して子供が可愛かったからとか、そういうわけではない。

 飽くまで優先順位と効率を考慮した結果だ。




 子育ては大変だけれど、各種道具の使えない私でも、おむつの交換くらいはできる。


 レオやエスリンたちが、そんなことは私のすることではないと苦言を呈してきたけれど、私以上に手の空いている人もいないし、子供が自力でできることでもない。

 そうなると、やはり私がやるのが合理的だという結論になる。


 それに、「汚れる」とかどうとか言われても、アイドルとかやらされている時点で汚れているともいえる。

 物理的にも、私は私の領域内の全てを人一倍優れた感覚で認識することができるので、それも今更なことである。

 そもそも、それは生物として当然な在り方であって、そこを問題視しては関係が成り立たない。


 もっとも、本来隠れている、若しくは隠しているそれをみだりに人前に出してこられても困るのだけれど。



 とにかく、そういったものに適性や耐性があるわけではないけれど、必要があるなら、やれる人がやるしかないのだ。

 そして、適性や耐性という意味では、子育ての最大の苦難のひとつであろう「夜泣き」は、睡眠がただの趣味でしかない私には大した負担ではない。


 それに、私があやせばすぐに泣き止んでくれるところも適性のひとつといえるかもしれない。


 ただし、授乳期の子供には必須である授乳だけはしてあげることができない。

 それだけは、アルがなぜか持っていた粉ミルクで(まかな)っている。



「まあ、妊娠もしてないから母乳が出ないってのは分かる。でも、酒やソフトドリンクが出るのにミルクは出ないっておかしくない?」


 そう言われても出ないものは出ないのだから仕方がない。

 とはいえ、ミルクティーとかイチゴミルクなら出たりもするので、我ながら不可解だとは思う。



「私から牛乳が出たりしても混乱するだけじゃない? というか、私に牛の要素はないと思うから、人ならいいけれど猫乳とか鳥――は出ないか。とにかく、得体が知れないものを出しても、誰も得をしないと思うよ?」


「牛要素ならあるじゃないか。まあ、牛人の平均からすると控え目だけど、牛人の20%くらいはそれくらいのサイズだぞ」


 アルがそんなことを言いながら私の胸を指差した。

 私も私の胸はそこそこの大きさだと思うけれど、それだけで牛要素だと言われても困る。


 というか、アルは種族ごとの胸のサイズの分布を把握していたりするのだろうか?

 さすがに少しキモい。



「というかさ、レオンとも話したんだけど、ミルクを単品で出してもらえないと、いつまで経っても風呂が完成しないんだけど。風呂上がりに冷えた牛乳とか鉄板だろ。コーヒー牛乳やフルーツ牛乳があるのはいいんだけど、やっぱ基本の牛乳は必須だろ」


「それは確かにそう思うけれど……」


 お風呂上がりの牛乳が良い物なのは、私も理解している。


 あれはとても素晴らしい物だ。



 現状、湯の川の大浴場にある自動販売機のラインナップには、コーヒー牛乳やフルーツ牛乳はあるものの、普通の牛乳は無い。

 それについては、牛人族の女性のミルクが代替品で、アルが言うには、普通の牛乳よりもコクがあって甘いらしい。


 そんな自称チート主人公が太鼓判を押す特上の牛人乳も、自動販売機が創る飲み物には遠く及ばない。

 ただ、飲めばバストアップ効果があるという噂のせいか、一部の女性には強い人気を誇っている。


 しかし、需要があるたびに、私が「美味しくな~れ☆」とやるのも現実的ではない。


 もちろん、自動販売機に「美味しくな~れ☆」機能をつけることも考えたけれど、ちょくちょく魂の籠ったものを産み出す彼らにそんな機能を与えては、何が美味しくなるか分かったものではないので自重している。


 というか、湯の川で乳牛を飼えばいいと思うのだけれど、牛人族の女性の仕事を奪うことになりかねない案件なので議論の最中らしい。




「というわけだから、お前のミルク創りに協力させてほしい! あだだだ!?」


「奥さんたちとかほかの人がいないからって、はしゃぎすぎじゃない?」


 ひょっとこのような顔で迫ってきたアルをアイアンクローで吊り上げると、アルからは悲鳴が上がって、腕に抱いていた子供からは「キャッキャ」と笑いが上がった。


 確かに、ひょっとこ顔のまま悶えるアルは、なかなかに愉快な動きをしているので、子供をあやしているようにも見えなくもない。

 とはいえ、子供がご機嫌になっているのはいいことなのだけれど、アルの苦痛と引き換えにするようなことでもないので、すぐに解放した。


 ついでに「暴力系ヒロイン」などという不名誉なレッテルを回避するために、患部をなでなでしておく。

 良い人だと思われたいわけではないけれど、今の私の影響力で悪評を放置すると、ろくなことにならないのだ。



「いてて……。ちょっとした冗談なのに……」


「冗談で済む顔じゃなかった」


『主人公を自称する人がしていい顔じゃなかったね。それと、ユノはカウンター大好きっ娘だから、もう少し上手く仕掛けないと無意識で反撃されるよ』


「そんなことは分かってても、無理だと分かってても、男にはやらなきゃいけないときがあるんだよ」


 言葉だけならまともなのに……。



「ええ、そんな状況だった……? むしろ、子供もいるのに不適切じゃない? いや、不適切だから駄目ってことではないけれど……。というか、大人になってもそんなに吸いたいもの?」


「何言ってんだ、当然だろ! 乳首なんて吸う以外何の役にも立たないんだぞ? だったら吸うしかないじゃないか。それにだな、おっぱいを吸うってのは、俺たち人類が生まれて初めて行う生きるための努力! つまり、魂に刷り込まれた本能――原点なんだよ! しかも、目の前にあるのは神々すら魅了する神の乳――乳なる神だ。求めない方が失礼ってもんだろ!」


 子供が怖がるので、大きな声を出さないでほしい。

 というか、子供とは関係無く、夜中だよ?

 夜中におっぱいが欲しくて泣くのは乳児の仕事だよ?



『アルフォンスの頭の回転の速さにはボクも驚かされるよ。それとも、いつもそんなことを考えてるのかな?』


「失礼な! 俺はいつも全力で生きてるだけだ!」


 うーん、そういう姿勢は好ましいのだけれど、何が言いたかったのかはよく分からなかった。

 情熱だけは伝わったけれど。



「私にはそういう感情はよく分からないのだけれど、だからといって否定しているわけではないし、今後の可能性についても否定しない。でもね、出張先でアルがこんなことをしていると奥さんや子供たちが知ったらどう思うか考えてみて? それと、夜中に大きな声を出すのは駄目」


「嫁や子供たちは問題無い。むしろ、頑張ってこいと背中を押された。騒音は正直すまん」


「ええ……!? アルの家族ってどうなっているの?」


 少なくとも日本の常識では、不貞行為は犯罪――かどうかまでは知らないけれど、忌避されるものだと思っていた(※現実世界での不貞行為は不法行為となる可能性があり、特定の国においては死刑になる可能性もあります)。


 もしかすると、アルのいた日本ではそうではなかったのだろうか?

 それとも、一夫多妻に慣れるとこうなるのだろうか?


 何にしても、ただでさえ分からないものが更に分からなくなった。



「ちょっと待ってもらおうか! 俺だってお前には一目置いてるがな、抜け駆けは感心しないぜ! ユノの乳首が欲しければ俺と勝負しな!」


「貴殿の湯の川における功績は素晴らしいものだが、それとこれとは話が別だ。そして、近衛隊長たる私が来た以上、これ以上の狼藉は許さん! 我が君よ、安心してください。貴女の乳首は私が守ります!」


 既に眠っていたはずの大魔王たちも、騒ぎを聞きつけて乱入してきた。

 というか、なぜ子供の夜泣きには無反応なのに、それ以下の音量のセクハラには反応するのか。


 いや、それよりも、勝手に私の乳首を巡って争っているのを咎めるべきか。



『今更なんだけどさ、君たち、ユノの前に出ると精神年齢下がってない?』


「ん? ああ。精神年齢が下がるっていうか、(たが)が外れるというか、自分でも浮かれてるとか普通じゃないのは分かってる。むしろ、ちょっと暴走気味だけど、身分とか立場とか何の(しがらみ)もない自分の姿って感じでもあって、何だか抗えないんだよ。といっても、これでも普段は理性総動員して抑えてるんだぜ? ただまあ、俺たちの理性なんてユノの魅力の前では無いも同然だけどな!」


 つまり、アルはフルタイムで冷静に暴走しているということか?

 どういうことだ?

 いや、欲望とかが皆無というよりは健全だと思うけれど。



「俺は抗えないっつーか、抗いたくないってところだな。何でか分かんねーし、昔の俺が今の俺を見たらブチ切れてるだろうが、間違いなくあの頃より毎日が充実してるぜ。それによ、その頃は気づきもしなかった花の色とか風景とかにも目が行くようになってな、生活に彩りが出たっつーか、心が豊かになったっつーか。とにかく、俺は今まで狭い世界の中でイキってたんだって気づいてな。もう前の生活にゃ戻れねえわ」


 レオが乙女チックなことを言い出した。


 もちろん、それが悪いとか駄目だというわけではないのだけれど、失礼ながら変なハーブかマタタビでもキメているのかと心配になってしまう。

 そして、それと私のおっぱいを求めることの繋がりが分からない。



「魔王としての生き方しか知らなかった、魔王として生きるしかなかった私が、貴女の前でだけはただの少女に戻れるのだ。それだけではなく、母親に甘える幼子のように振舞っても許される。いつまでもこのままでは駄目だとは分かっているのだが、力と家を受け継ぐことだけが目的だった私には、親に甘えた経験など無く――そのようなことが許されると思っていなかった。だからなのか、我が君に甘えたい欲求はとても抗い難いものなのだ。はしたないとは分かっているが、私が甘えられるのは貴女しかいないのだ。今しばらく、この関係を許してはもらえないだろうか!?」


 エスリンは、何かにつけて、ちょっと、重い。

 というか、そんなに必死に頼むようなことなのだろうか?



 ひとまず、みんな一応は正気らしいことは分かった。


 もしかすると、みんなの奇行は、私が不可避の影響を与えているせいなのかとふと気になったのだけれど、抵抗できないわけではないらしい。

 つまり、魔が差したとかそういうことで、階梯を上げるとか慣れるとかで何れは解決するのだろう。

 本気で依存するようなら考えなければいけないけれど、無理に干渉する段階ではないのかな。



「ちょくちょく暴走するのは悪いと思ってるけど、悪気があってのことじゃなくて、言葉にできない気持ちとかが溢れてどうしようもないんだ。もちろん、対等な関係になるためにもずっと甘えっ放しでいいとは思ってないけど、すぐにどうかできることでもないんで長い目で見てほしい」


 む、考えていることを読まれたか。



「期待して待っているよ」


 そんなことより、乗り越えようと努力してくれるなら期待するしかない。

 可能か不可能かはさておき、こういう前向きなところにはとても好感を覚える。



「だからユノも牛乳出せるように善処してほしい」


「えっ!?」


「当然、俺たちだけに努力させるわけじゃないよな? 努力の形は違えど、一緒に高みを目指すんだよな!?」


 不断の努力は良いことだと思うし、私もそうありたいとは思うけれど、努力の方向がおかしいような気がする。


 確かにアルやレオンにお風呂の改良を頼んだのは私だし、そこに牛乳が足りないという指摘も妥当なものだと思う。


 しかし、私にはほかにも努力すべきことがあるし、それ以前に努力をすれば牛乳が出せるようになるのか、それがどういう結果になるのかも分からない。

 ウシ要素として角でも生えたらどうすればいいのか。

 これ以上、妹たちに説明不可能なオプションは付けられないのだよ?



「そりゃそうだろ。ユノはそこらの口先だけの奴じゃねえんだぞ? でなきゃこんな現場に出てきたりしねえよ」


 レオの言うように、私がここに常駐しなければならない理由は特に無いので、そこを都合よく解釈されると返答に困る。



「うむ。私たちのように無駄に長く生きてきた者にとって、今更自己改革など難しい。だが、我が君も一緒に努力しているのだと思うと、それを言い訳に手を抜くことはできん」


 私の方が年下なのだけれど?

 良いように解釈すれば、英雄や魔王という狭い価値観の中で生きてきた彼らからすると、肩書に囚われない私は自由に見えるのかもしれない。


 これでもいろいろと苦労はしているのだけれど、得てしてそういうことは他人には伝わらないものだということくらいは理解している。

 とにかく、視野狭窄(きょうさく)な面のある彼らが、私のことを過大評価しているのが原因だと思うけれど、努力自体は悪いことではないので、それを阻害するような訂正は憚られる。


 まあ、ミルクを出すための努力なんて他人には理解しようもないだろうし、そういうポーズを取っていればいいだけの話ではあるのだけれど。



 それに、もうすぐ収穫も終わって、ここでの生活も終わる。


 作戦はいまだにギャンブル要素が多いし、それを全て埋められる要素も無い。

 いつまでもおっぱいに拘ってはいられないはず。


 そして、作戦が終われば、このやり取りも風化していることだろうし、それまでは私も牛人乳を飲むようにするか。

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