表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
395/725

14 舟中敵国 1

 新体制になって3日が経過した。


 この間、まだ大した情報は得られていないので、大きな変更点も無い。


 魔族の人たちには、ひとまず集団での隠密行動の訓練や、逃げ足を磨かせている。

 レオやエスリンが参加しての戦闘訓練では地獄の底の更に先が見えるそうなので、とても喜ばれている。

 とはいえ、ある程度(さま)になってきたら、成功率の底上げのために戦闘訓練に戻すらしいけれど。

 逃げた先には楽園など無いということか。



 ただ、この日は彼らの本隊が補給に寄っていたために、訓練は中止。

 私たちも、隠れ家の中で様子を窺うことになった。


 なお、隠れ家には《認識阻害》が掛けられているので、彼らのレベルだと見つかることはないと思う。



 また、彼らの行動は、レオたち偵察班から事前に報告を受けていたため、備える時間は充分にあった。


 おかげで、レオタードアーマーをはじめとした、私たちの痕跡は全て消せていると思う。



 それでも、目に見えないところでは、ミゲル師たちのレベルの上昇などの変化もある。


 もっとも、それは見ようとしなければ見えないものである。

 それに、一応は味方で、しかも内心で見下している相手を、いちいち《鑑定》するようなこともないだろう。


 というか、私にとっては、本隊の人たちの存在は重要ではない――正直なところ、どうでもいい。

 なので、わざわざ《認識阻害》などの対策をしなくても、「バレたらバレたでいいか」という程度のものでしかない。

 むしろ、彼らの活動が邪魔でしかないので、制圧して大人しくさせてもいいかなと思うくらいだけれど、なぜかミゲル師たちがそれを望まないので、こうして大人しくしているのだ。



 私が彼らに期待するところは特に無い。

 復讐に囚われて破滅に向かっているのはまあいいとしても、ミゲル師たちのように、過去を乗り越えて生きようとする人たちを巻き込むのは勘弁してもらいたいだけだ。


 破滅がお望みなら、私の手で引導を渡してあげてもいい。

 いや、やはり面倒くさい。

 しかし、ミゲル師たちにとっては害悪だし……。

 それでも、私が手を出すのは違う気が……?


 というか、作戦の成功率を考えると大した影響は出ないはずだし、成功した後の物資の状況などにも余裕が出ると思う。

 いわゆる、間引きというもので、合理的判断ではないだろうか。


 しかし、それをしてしまうと、「頭領たちにも救われてほしい」というミゲル師たちの想いを踏み躙ることになる?

 もちろん、そんなものはミゲル師たちの甘さだと切って捨てることもできるのだけれど、私だって別に殺戮がしたいわけでもないし、それが彼らの選択だというなら構わない。

 そういうことにしておこう。




 しかし、頭領さんたちにとってはそうでもないらしい。


「ミゲル、例の者たちからの連絡はあったか?」


「いえ、特に……。どうも、あの方たちは、僕らの復讐には興味が無いようで、そんなことに力を貸す気は無いようですね」


 彼らの様子は、アルの観測用の魔法と、私には自前の領域で確認できている。



 補給の合間にミゲル師に話しかけているのが、恐らく彼らの頭領なのだろう。


 彼は、細身の人が多い魔族にあって、ひと際異彩を放つ偉丈夫で、身体中に新旧大小様々な傷が刻まれていて、左腕の肘から先を失っていた。

 随分と厳しい戦場に身を置いていたのだろう。


 しかし、その傷よりも目を惹くのが、闘志の衰えていない――というか、たっぷりと狂気に染まった目だ。

 というか、もうそれ以外に寄りかかるものがないのかもしれない。


 喜怒哀楽とかの感情が長続きしない私には、それがたとえ怒りであっても、こんなに強く長く持ち続けられるのは羨ましくもあるけれど、だからといって彼らの行動を支持するわけではない。



「何やってんだよ……。嘘でも何でも吐いて巻き込めばいいじゃないか。戦闘にも参加してないくせに、ちょっとくらいは里の役に立とうとは思わないわけ!?」


 ミゲル師を(なじ)っているのは、こちらは一度遭遇したことのあるので間違いようのない、頭領の息子のライアンくんだ。

 確か成人したてだったか。


 まだ若い彼は、感情のコントロールも未熟らしく、頭領以上に怒りと狂気に身を(やつ)している。


 そのせいか、ミゲル師の嘘はかなり分かりやすいのに、それに気づきもしていない。




「うーん、かなり《憤怒》に侵食されてるみたいね」


「俺の《鑑定》だと、彼の《憤怒》のレベルは8ですね。ベースレベルが三十弱なのに、これは高すぎるかなあ」


「魔王堕ちする奴の典型みたいなガキだな」


「トップがこうも冷静さを欠いていては、組織的な共同歩調は望めんな」


 彼らを見た専門家の意見は厳しかった。



「全体的に、予想していたより被害が少ないですね。部隊としての練度は、質の良い山賊程度なのに」


「そうですね。事前予想だと、生存者はよくてこの半数くらいだったのですが。それに、負傷者の数と程度の割には死者が少ない。これはやはり――」


 私たちが性質(たち)の悪い人に目を向けていた中、グエンドリンとマーリンは部隊全体を見ていたらしい。

 さすが補佐官である。 



「んー、わざと殺さずに、負傷者を増やして物資を消費させるってのも定石だけど、どっちかっていうと遊ばれてるだけじゃねえかな」


「アンデッドって基本陰湿だしな。おっと、ソフィアさんは違うぜ!」


「いいわよ、気を遣わなくても」


『ソフィアはコミュ障なだけだね』


「あんたに言われると釈然としないわ……」


 えっ、なぜ私が言ったことにされているの!?

 朔がいつも私の考えを代弁していると思ったら大間違いだよ?


 まあ、今回のはおおむね正しいけれど。



「まあ、アンデッド化したら生きる意味とか目的を見失うってのはよく聞く話だし、こいつらもそんな吸血鬼どもの玩具にされてるんでしょうぜ」


 なるほど。

 ただの生存競争というほど単純なことでももないのか?



 さておき、彼らの「遊ばれている」という感想は、そのとおりなのかもしれない。


 私としては、彼らの尊厳崩壊アタックに手を焼いていたからかと思ったけれど、よくよく考えてみれば、遠距離攻撃で殺せばいいだけなのだ。

 それくらいなら吸血鬼でもできるだろう。


 なるほど、食料調達と娯楽を兼ねているといったところか。

 吸血鬼って暇なんだね。




「食料はこれだけしかないのか?」


「残念ながら……。これでもかなり節約してまして、それでも、これ以上持っていかれると、次の収穫まで僕らや里の人が生活できなくなります」


「頭領、考え直しませんか? もうこれ以上は無理ですって」


 現場では、ミゲル師たちが頭領さんに諫言(かんげん)しているところだった。

 頭領さんは怒るどころか、耳すら貸していないようだけれど。



「これ以上は無理というか、勝っても負けても先がありませんよね」


「帰還不能点はとっくに過ぎていますしね。独裁――というほどではないようですが、ワンマン統治の悪い面が思いっきり出ていますね」


「無能さゆえに国を滅ぼした身としては耳が痛いな」


「あっ、いえ、エスリン様を責めているわけではなく……! というか、あんなのには対策の立てようもないですよ!? 神話級の兵器とか、ユノ様以外には無理でしょう!?」


「それでローゼンベルグ丸ごと湯の川に編入されたんだから、ある意味では幸運だったじゃないですか。俺ももっと上手くやれば、そういう展開もあったのかな……」


 魔族の頭領の暴走ぶりに思うところのあったエスリンの古傷を、マーリンがうっかり口にした感想が見事に抉っていた。

 逆境に慣れていないエスリンは、事あるごとにダメージを受けるのが面倒くさい。

 そういうのこそ聞き流しておけばいいのに。


 アルが言っているのは場を和ませる冗談だと思うけれど、反応しづらいので全部無視することにした。



「俺もアザゼルがそんだけのタマだったなんて、全然気づかなかったぜ」


「エスリンの姐さんの邪眼の力だって侮ってたくらいですしね」


「侮ってたってか、強がってたってとこだろうな」


「結局、そういうところの勘が悪いとワンマンなんてできねえよな。唯一誤ったのがユノ様――いや、ある意味正解を引いたのかもしれねえな」


「この娘の擬態は、神様でも見抜けないからねえ……」


 ソフィアからの風評被害が酷い。

 本気で言っているわけではないと思うけれど、本気にする人もいるので、配慮してほしいところである。




「そんなこと言ってどこかに隠してるんだろ! 俺はお前らのために戦ってんだぞ! 分かってんのか!?」


 和やかというか緩い雰囲気の隠れ家内とは違って、現場の雰囲気はとても悪い。

 主に、ライアン君が誰彼構わず噛みついているからなのだけれど、内容が幼稚すぎて《憤怒》がどうというよりは、拗らせすぎた反抗期のようだ。

 それだけなら可愛いものなのだけれど、内容が八つ当たりすぎるのと、今にも威力を伴いそうなところがよろしくない。


 本来なら、頭領とか周りの大人がガツンと(いさ)めるべきなのだけれど、それが同じように狂っていてはどうしようもない。

 それに、舐められているミゲル師たちの言葉では届かないのもつらい。


 やはり、時には体罰――というか、愛の鞭も必要だと思う。

 体罰が駄目だと思考停止して、教育を放棄するのもネグレクトではないだろうか。


 それはそれとして、愛の鞭を方便にして子供を虐待するような輩はぶち殺すけれど。




「ああ、そうか。無駄飯食らいの年寄りどもを減らせば食い物も余るじゃないか!」


 おおっと、思想が危険な方に向かい始めた。


 この集落のお年寄りたちも、随分前からその結論に達していて、口減らしのために自らの命を捨てようとしていたところを、私たちの都合で引き止めている。


 状況的には単純に逃避ともいえないし、彼らの意志も尊重してあげたいのだけれど、彼らの自己満足を、自己犠牲としてミゲル師たちが背負ってしまうことは想像に難くない。

 そして、それが更に心の区切りをつけられなくしてしまう可能性もある。

 ゆえに、作戦後は湯の川で余生を送ってもらうことを条件に思い止まってもらっている。




「何だこのガキ? てめえでてめえを追い詰めてんじゃねえか」


「ほんの数秒前の自身の台詞も覚えていないとは……」


 レオとエスリンが呆れている。

 まあ、「自分たちは貴方たちのために戦っているのだから、自分たちに食糧を供出するのは当然のことで、自分たちの取り分を増やすために貴方たちの口減らしをする」などと言われても、どこからツッコんでいいのか分からない。


 もう子供ではないと――舐められたくないとか、自己主張をしたいとか、そういうお年頃なのは分かる。

 それでも、言っていいことと悪いこと、できることとできないことの区別もつかないうちは、まだまだお子様だ。


 ミゲル師たちが上手く対応しているおかげか、彼も実行には移さないだけの分別は一応残せているようだけれど、レオの言うように、自分の言葉で追い詰められているようでは間違いを犯さないとも言い切れない。



「どんどん魔王化フラグを積みあげているわね」


「破滅に向かう奴って、独特の雰囲気があるよな」


 ソフィアとアルも渋い表情だ。

 お姉さん気質のソフィアと、日本人的感性を残しているアルには、彼のような少年――この世界では成人でも、身も心も未熟な彼が破滅へ向かっているのは心苦しいのだろう。


 その点では私も同意見だけれど、私にできることは何も無い――というか、下手に手を出すべきではない。



「頭領とその息子、それに追従する狂信者を排してしまえば、余計な犠牲者を減らして、最終的な作戦の成功率も上げられるかと思いますが……」


『ミゲルたち魔族の発案で、ミゲルたちが主体でやるならいいけど、ボクたちが必要以上に関与するのは駄目だね』


 マーリンが、何度目になるか分からない提案をする。

 彼らの存在とその影響力が、それだけ望ましくないということなのだろう。


 いや、彼も以前と同じ提案をしているのではなく、どこかに改善点などがあるのかもしれないけれど、やはり朔の言うとおりだ。



 そもそも、作戦の成否はそんなに重要でもない。

 一応、「失敗するよりはいいよね」という程度のもので、成功しても、吸血鬼を殲滅して人質を全員解放でもしない限り、「もっと上手くできたのではないか」となる――いや、それでも、「もっと早く行動していれば――」とか後悔するかもしれない。


 とにかく、どんな結果でも「全力を尽くした結果」と受け止めてくれるといいのだけれど。

 それに不満があれば、私に向けてくれてもいい。



「俺らにゃ理解できねえけど、ユノ様なりの線引きってのがあるんだろうぜ」


「ユノ様がその気になりゃ、説得なんて簡単だしな。顔出してお願いするだけでイチコロ――最早洗脳レベルだぜ!」


「まあ、ユノ様なりの愛の試練とかじゃねえの? 知らんけど」


 洗脳とか試練とかは人聞きが悪いので止めてほしい。


 というか、洗脳なんてした覚えはないし、この作戦も、彼らが自分の心に区切りをつけるために用意しただけのものなので、考えなんて大層なものではない。



『ある意味ではそれが一番穏便に済むんだけど、ユノは欲張りだからね』


「そのおかげで、俺たちもユノに良いところを見せる場もできるわけですしね」


「違いない。かつての私は、力のある者はそれだけの責任を負うと考えていた――が、力を持つからこそ、後進に道を示し、活躍の場を与えねばならなかったのだな」


 エスリンの過大評価がつらい。

 だから、そんなに大層なことを考えているわけではないのに。



「そういうこった。俺も頑張らねえとな!」


 レオも変にやる気も出さないで。

 部外者が手を出せば出しただけ問題は大きくなって、ついでに複雑化するのだから。




 なお、この日一番頑張っていたのは、その後も長々と続いたライアンくんの理不尽な暴言や要求にも、最後まで屈することなく丁寧に対応したミゲル師たちだと思う。


 まだ監視のようなものがついているので労ってあげることもできないけれど、本当にお疲れ様である。

 というか、監視をつけなければならないほど仲間が信じられなくなったらお仕舞いではないだろうか。

 彼らがこの先どうなるかはまだ分からないけれど、できれば「何のために戦っているのか」をきちんと認識してほしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ