11 公序良俗
魔族の人たちの訓練の進捗状況については順調らしい。
もっとも、吸血鬼に対抗できるくらいにレベルアップしているとかそういうことではなく、エスリンの指示に沿ってどうにか動けるようになってきたという意味だ。
今更レベルを多少上げたところで計画の成功率には大差がない上に、彼らを取り巻く状況を考えると、あまり悠長に時間をかけるわけにはいかない。
特に、食料的な意味で。
やるなら、飢えで死んでしまう人が出る前には――万全に動けるうちに行動に移さなくてはならないのだ。
なお、この作戦が終わった、若しくは諦めた際に生き残っていて、湯の川への移住を希望する人は受け容れてもいいと思っている。
もちろん、例のごとくシャロンたちに丸投げだけれど。
……これまでも完全にノータッチなのだけれど、本当に問題が起きたりしていないのだろうか?
さすがに今回は、受け容れるとトラブルの火種になりそうな、復讐に囚われて未来を放棄した人たちは置いていくけれど。
復讐を否定するわけではないけれど、やりたいならやりたい人たちだけで好きなだけやればいい。
真祖がいなくなれば、状況は多少マシになるだろうし。
とはいえ、労働力だけではなく、物資まで持って行ってしまうと、残された人たちは吸血鬼など無関係に詰んでしまう。
なので、物資の方は可能な限り残していく方針である。
当然、農作物等の今期分の収穫も可能な限り置いていく予定なので、今期の収穫終了後、すぐに作戦を開始しなければならない。
それでも、残された方からは文句も出るだろう。
しかし、もう現状維持すらもできないのだ。
本拠地を吸血鬼に奪われていて、狩人たちはあちこちの隠れ家に分散している状況で、ミゲル師たちもそんな隠れ家のひとつで、農地でも何でもなかったところで知恵と工夫を凝らして作物を育てている状況なのだ。
残念ながら、こんな状況で、彼らの努力だけでは氏族全員を賄うだけの収穫は見込めない。
甘く見積もっても、氏族全体の二割はこの冬を越せないと見られている。
湯の川移住希望者の分を置いていけばどうにかといったところだけれど、それ以降も非常に厳しい状況が続くだろう。
それでも、先延ばしにできるだけでもマシな状況なので、不満があっても受け入れてもらうほかない。
ということで、作戦決行まで最大二か月ほどの間、私たちはここで訓練を見たり作戦を立てたりして過ごすことになる。
なお、そのどちらにも私は必要無いのだけれど、なぜか責任者ということにされているので、帰ることができない。
理由はヤマトの時と同じで、いつ状況が変わってもおかしくないので、誰かは残らなければいけないというのと、その残る人のためにご飯を用意する人がいるからだそうだ。
もちろん、ご飯だけ届けに来ればいいのではないかと思いはしたけれど、やる気に溢れた大魔王3人を置いて帰るのは、非常に危険な気がするので残らざるを得なかった。
まあ、ここでもアルが過ごしやすい隠れ家を作ってくれたので、住居に関しては問題は無いのだけれど。
◇◇◇
アルが造ったのは、見かけ上は小さくてボロボロのログハウス――というか、倉庫だろうか?
しかし、内部は当然のように清潔で、木の温かさとか香りが感じられる、日本人的には馴染みのある感じの物である。
ついでに、魔法によって空間が拡張されていて、二十帖くらいのリビングルームに応接間、ベッドルームがふたつに総檜造りのお風呂もついている。
つまり、食事さえどうにかできれば何の問題も無い。
これだけの物を僅か五時間弱で作ってしまうとか、アルの建築系スキルの高さには驚かされるばかりである。
というか、使い捨てにする用途の物なので、ここまでの物を造る必要は無かったはずなのだけれど、妥協を許さないのは職人の性なのか。
なお、空間拡張に必要な魔力は、湯の川で採れた良質な魔石を使っているので百年くらいはもつと思うので、私たちが使わなくなった後はこの地に残る魔族の人たちに譲渡してもいいだろう。
というか、湯の川でも、最初からこのくらいの物を造ってくれていれば……。
そんな昔のことはさておいて、訓練の方は、2か月もあれば多少は成果も出るだろう――と、思うかもしれない。
しかし、魔族の人たちにはそれぞれに仕事がある。
農作業なり狩猟なりだ。
なので、最大限に切り詰めてもらっても、訓練の開始は夕方以降から、次の日のことも考えて数時間程度になる。
さらに、いつも全員が参加できるわけではないので、訓練の内容も限られる。
その分、内容はハードだけれど。
むしろ――というか、当然というか、この状況に焦りを感じているのは魔族の人たちの方で、「こんな調子で勝てるのか」という意見も多く寄せられている。
しかし、作戦の成否よりも、彼らに区切りをつけさせることが目的なので、作戦自体を諦めるという選択肢もあるのだ。
真っ向勝負ではそもそも勝ち目なんて無いらしいし、そもそも、目標は戦闘での勝利ではなく、捕虜――というか、家畜にされている人たちの救出である。
詳細はまだ決まっていないけれど、恐らく奇策を用いての電撃戦のようなものになるのではないかと思う。
作戦を立てるのに必要なのは情報である。
現状判明しているところでは、攻撃目標は、吸血鬼の魔王がいる古城と、元狩人たちの隠れ里の2か所であること。
魔王のいる方は、ソフィアがカチコミをかけることになっているのは決まっている。
狩人さんたちも、ソフィアを陽動にしてそこに攻め入るというのもひとつの手段だけれど、捕虜の数が多いのは村の方らしい。
また、貴族級が彼らの前に現れれば、作戦の遂行は非常に困難になるらしいので、それが多い古城の方は不向きかもしれない。
なお、狩人たちの戦力評価は、冒険者ランクにしてC~Bのところ、吸血鬼はB~Aで大魔王はSと、私には非常に分かりにくい戦力分析が出ていた。
「俺はSSSだぜ!」
「私もSSSでした。もっとも、邪眼を含めればもっと上だったのですが」
レオとエスリンが張り合っていたけれど、私には分からないのだよ。
むしろ、今のレオナルドはただのAで、エスリンはMだと思うの。
うーん、負け犬は言いすぎか? 雌犬? それもどうかな……。
まあ、何でもいいか。
さて、その情報収集はレオが担当してくれる。
レオは私と一緒にしたかったようだったけれど、それなら私だけの方がいいかなと、それは止めてくれというアルの意見でそうなっている。
それともうひとり、吸血鬼の魔王の方に潜入させていたサムソンもいるのだけれど、スケルトンでは吸血鬼の群れの中に――特に、中枢に潜り込むのは無理があったようだ。
アドンもサムソンも、元はソフィアが召喚して使役していたので、彼女以外の吸血鬼もアンデッドに対する忌避感がないと勝手に思い込んでいたのだけれど、元人族で、更に吸血鬼化してからの期間が短い人たちの価値観は、人族と大差はなかったのかもしれない。
それなのに、なぜ人族を家畜にすることには抵抗がないのか不思議にも思ったけれど、よく考えれば元から人族はそんな感じだったかもしれない。
とにかく、そんな理由で、サムソンからの報告には大した情報がなかったので、引き上げさせようかと思っていたところ、最近になって、そこに赴任してきたヴィクターさんの勢力の人に拾われて、ようやく城内に潜入できたらしい。
孤独な任務にホームシック気味だったサムソンには悪いけれど、もう少しだけ頑張ってもらいたい。
というか、彼が帰るところというのは、あの世とかではないのだろうか。
現状はそんな感じなので、私とソフィアとアルは、一日の大半をハウスの中で過ごしている。
もっとも、ソフィアは決戦に向けて戦闘用のスキルや魔法の習得(座学)に、アルは公務を離れてノリノリで悪巧みや新製品の開発に精を出しているため、何もすることがないのは私だけだったりする。
もちろん、ソフィアの邪魔はできないので、レオやエスリンが帰ってきていればその相手をしたり、アルと朔を監視したり手伝ったりして、大人しくしている。
特に、後者の方は放置しておくと悪ノリするので油断できない。
下手に各所に影響力があるところもまずい。
先日はラスボス衣装という名のハイレグレオタードを、一般向けにハイレグアーマーに改修しようとしていた。
この時点で意味不明だったのだけれど、それを見たエスリンがなぜか気に入ってしまい、今回の作戦でテストされる運びになってしまった。
なお、その一般向けの物は、私の物より脚刳りの位置が高くてウエストラインの上にある。
尻尾の有無と機動性を考慮した結果のデザインらしい。
多分嘘だと思う。
もちろん、「アーマー」というからには戦場での運用が想定されているのだけれど、腕甲脛甲肩当膝当が軽装なのはいいとして、胴体部分はレオタードと素肌が丸出しである。
とはいえ、その部分については、《防御フィールド》という魔法による防御が施されているらしい。
ちなみに、その《防御フィールド》は、アザゼルさんのロボットを解析して得た技術で構成されている。
魔法による斥力を発生させて、物理攻撃を、更に《神域》擬きを展開して属性魔法を無効化、若しくは大幅に軽減できる。
つまり、重たいだけとか動きを阻害する鎧を装備する必要は無いということだ。
そして、その分を機動力に回せるというメリットもある。
デメリットは、製作にも運用にもコストが嵩むことだけれど、湯の川なら問題無い。
一方で、手足などは攻撃にも使うことがあるので、フィールドの範囲外に設定してある。
つまるところ、それ以外は全裸でも構わない――むしろ、視線誘導効果的には全裸の方がよかったのだとか。
それでも、公序良俗に配慮して、レオタードは残す運びとなった。
アルはドヤ顔で「自重した」とでも言いたげだったのだけれど、どう答えていいのか分からなかった。
志半ばで散ったアザゼルさんの生きた証が、こんなところで受け継がれたことを、彼らは「よかった」と思うだろうか?
こんなことに使われて「無念」だと思うだろうか?
「知ってるか? 『ハイレグ』って『ハイレグカット』の略なんだぜ」
こんなことをドヤ顔で宣う人に託してもよかったのだろうか?
なお、エスリンには指揮官用の専用の物が与えられる予定だ。
デザインは肩当や膝当にスパイクがついたり、偉そうなマントを羽織ったりと、微細な違いがあるだけ。
しかし、性能的には段違いで、装甲部分をオリハルコンにしたり、防御フィールドの動力源を湯の川産の賢者の石にしたり、プチトランザム機能をつけたりと差別化が図られている。
さらに、レオタードに付ける徽章を私――というか朔が創ることになっていて、とても誇らしくてエスリンの勇気がリンリンリンするらしい。
意味が分からない。
というか、徽章って性能に影響するものだったか?
異世界ではそれが普通なのか?
私としては、エスリンは、今のパンツスタイルの軍服の方が個性もあっていいと思う。
「我が君の戦闘装束に似せた物を着ることを許されるなど、望外の幸せです。より一層やる気に満ち溢れてまいりました!」
とはいえ、そんな感じで喜んでいる彼女のやる気に水を差すのも憚られる。
しかし、想像してみてほしい。
軍服に身を包んでいた彼女のイメージは、厳格さとか規律を大事にしていそうとかそういうものだった。
一方で、トゲトゲのついたレオタードとか、どこに出しても恥ずかしくない悪の組織の女幹部である。
鞭とか持たせたら似合いそうだけれど、下手をすると、特殊な嗜好の方御用達の風俗嬢になる。
公序良俗に反しているかもしれない。
落ち着いてから、少しずつ元の服装に誘導していこうと思う。
どうでもいいのだけれど――いや、よくはないのだけれど、このテストで合格すると、近くお城で雇う予定の近衛兵の制式装備に採用される予定なのだとか。
そもそも、神殿騎士の必要性すら分からないのに、近衛兵が必要なのかという疑問もある。
しかし、神や古竜や魔王とか諸々を抱えているお城という体裁を整えるためとか、雇用創出のためと言われてしまえば、外堀を埋められていると分かっていても、代案が出せないので反論ができない。
というか、仮に順調に事が進んだとして、お城にこんな格好をした兵士たちがワラワラいるの?
兵士たちは何を守るの?
というか、風紀を守れよ。
なお、ソフィアはこれを着るのを断固拒否していた。
もちろん、ソフィアは普段から痴女い格好をしていることもあって、そういった理由で嫌というわけではない。
とある部分のお手入れが面倒くさいとか、そういうことだと思う。
よくよく考えれば、男性もこれを着ることになるのだろうか?
男性の場合は剃ればいいという話ではなく、このカット具合では間違いなく何かがポロリする。
アルは、実はそういうのも見たかったりするのだろうか?
いや、私だって同性となったアイリスやミーティアの胸に目がいったりもするし、アルたちの自己主張してくるそこにも同様だけれど、そこかしこで出されると、公序良俗とか子供の情操教育的に良くない。
私のお城を、ホーリー教の神殿のようないかがわしい場所にしてはいけない。
何か対策を考えるべきか。
ドレスコード……は、あまり厳しいと、私がアウトになる可能性がある。
服を着ているように見えても、実は全裸だからね。
これが結構快適で――と、そういう問題ではなかった。
とにかく、シャロンたちにでも、風紀に関して何か決まりでも作ってもらおうか。




