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09 魔族領へ

 魔族領へ来てから思い出した。


「もー、こんなところに置き去りにして、その後ずっと放置とか酷すぎますよー!? 私、先輩らみたいに魔力高くないんで、《念話》の届く距離短いんですよー!? っていうか、ここから湯の川にまでなんて届く人なんてどこにもいませんよ?」


 そして、到着した途端に抗議を受けた。



 魔族の人たちを鍛えるために、魔族領に置いてきたマリアベルのことをすっかり忘れていた。


 ついでに、彼女の相棒の旦那さんも別の町に置きっぱなしなのを思い出した。

 後で回収しておこう。



「本気で厄介払いされたのかと思いましたよー。ええ。この分の補償、あるんですよねー? もちろん、仕事はきっちりやってますよー。放置されたおかげで、かなり捗ったまでありますー」


「ごめんね」


「……忘れられるのはつらいんですよー」


 忘れていた件については言い訳のしようもない。

 誠心誠意、補償をするしかないだろう。



「仕事ってのはこいつらの育成のことか? 全っ然雑魚ばっかりじゃねえか。烏合の衆にもなりゃしねえ」


「無茶を言うなレオナルド。この規模の村で、これなら頑張った方ではないか? もっとも、吸血鬼の(ねぐら)に強襲をかけるには心許ない戦力なのは同意だが」


「元のレベルから比べると多少マシにはなってるけどねえ……。多少じゃねえ……」


「格上相手に戦うなら、個々の能力より連携を鍛えるべきなんじゃ? いや、最低限の基礎能力は必要だけど」


 マリアベルから思ったほどの補償を請求されなかったのは、今回の同行者にあるのだろうか。


◇◇◇


「この辺りは庭みたいなもんだから、俺が案内してやるぜ!」


 などと言って、同行すると譲らなかったのはレオである。


 レオの支配していた領域はもっと東のはずなのだけれど?


 何かにつけて話を盛りたがるのは、レオの悪い癖だと思う。



 そもそも、案内が必要なほどあちこちに行くことはないのだけれど。

 もっとも、いろいろと理由をつけてみても、ホームシック的な感情や、帰巣本能のようなものもあるのかもしれないので、特に反論せずに連れてきた。




寡兵(かへい)での敵拠点強襲なら、経験豊富な指揮官がいた方が良いのではないか?」


 そう言ってついてきたのはエスリンである。



 経験豊富と言われても、エスリンの実績とか知らないし。

 私が知っているのは、アザゼルさんに負けて、ホルマリン漬けのような状態にされていた実績だけだ。


 しかし、そんなことを指摘すると、「だって、これまでの戦術が全然通じなかったんだから仕方ないじゃないか」と、すぐに涙目になって、しかも三日くらい引き摺られるので、とても面倒くさい。



 まあ、黙っていればデキる女に見えるし、何事も形からとかブラシーボ程度の役には立つかもしれない。


 それに、ここで成功体験を得られれば、彼女の自信になるかもしれない。

 魔族の人たちを使わなくても、彼女ひとりで達成できそうなことには目を瞑って。


 なお、彼女の副官的地位にあるグエンドリンも参加したがっていたけれど、それを許可すると、レオの方も三獣士がついてくるので却下した。

 物事には限度というものがあるのだ。




 ソフィアが参加しているのは当然のことだろう。


 いや、吸血鬼の魔王を処分しておきたいという件は支持するけれど、それが彼女である必要は特に無い。


 むしろ、万が一があった場合、レティシアに対して報告するのは気が重いので、どちらかというと非推奨である。



 もちろん、因縁もあるので「自分の手で決着をつけたい」という気持ちも理解できる。

 というか、なぜかそういう雰囲気になっているので、空気の読める私は余計な口は出せない。


 危なそうならレオやエスリンにも手伝わせるか、私が手助けするしかない。




 最後に、お目付け役としてアル――いや、謎の仮面紳士が同行している。


 パリッとした白の燕尾服にシルクハットを被って、ド派手なマスカレードマスクを付けているまではいいとして、なぜか宝〇歌劇団か紅〇歌合戦のトリの人を彷彿とさせる、背負い羽根を装備している。


 装備スロットが空いていたから付けたそうだ。

 意味が分からないのでスルーしたけれど。


 とにかく、町中で見かければ即通報――それも、警察か救急車か迷うレベルの怪人である。



 何というか、何ともいえない。

 身元を隠すためという理由は理解できるけれど、それでこの格好を選択するセンスが理解できない。



 なお、アルが同行しているのは、アナスタシアさんの都合によるオーダーなので、彼に拒否権は無かった。

 もっとも、アナスタシアさんに貸しが作れることや、彼の領地運営にはアナスタシアさんの部下が協力してくれるなど、見返りは大きかったようだけれど。




 最初はアナスタシアさんも私と同じような危惧をしていたのかと思ったけれど、お目付けされるのは私の方とか、「分かっていない」というほかない。

 まあ、結果としては同じなので、追及はしないけれど。



 さておき、アナスタシアさんの本音では、彼女自身がお目付け役として同行したかったようだ。

 しかし、そうすると、いたずらにヴィクターさんを刺激することになるので断念したらしい。


 レオとエスリンが同行している時点で充分に刺激している気もするのだけれど、アナスタシアさんの言う「刺激」が「精神的に追い詰める」ことだとすれば納得できる。

 追い詰められた人は何をするか分からないから怖いのだ。


 そうか、アルも追い詰められたのかな?

 それでいろいろと迷走しているのか。

 なるほど。


◇◇◇


 とまあ、大魔王3人に正体不明の怪人と、可愛いだけの私が突然現れた。


 私自身は素直に謝罪や反省をする方なので、マリアベルの抗議も当然のものと受けるつもりだったけれど、レオとエスリンがプレッシャーを掛けていたので、彼女もあまり強くは言えなかったのだろう。

 後でフォローしておこう。



 さて、それはマリアベルに限ったことではない。


「ええと、僕ら、これでも結構頑張った……。というか、死線を……強くなった……。いえ、何でもないです……」


「今、正に死線が見えてるよ。今までの死線が何だったのかってくらい……というか、線じゃないよね。川とか大河とか、そんな感じ。渡るのに船がいるよ。その船を漕いだところで渡れそうにないんだけどね」


「死線がインペリアルクロスしてるもんなあ……。あっ、もしかしたら頭領もこれ見たら考え変わるんじゃない?」


「いえ、無理でしょうね。むしろ、私たちに対するのと同じように、このお方たちに無礼な発言をして――むしろ、その方が幸せなのかもしれませんねえ」


 ただ仕上がり具合の確認に来ただけなのだけれど、魔族の人たちの半数以上が失神してしまった。


 アポ無しで来たのがまずかったのか――いや、吸血鬼と遭遇戦になる可能性だってあるのだから、これくらいで戦意というか意識を失っていては話にならない。




 もっとも、そんな中でも意識を保っているミゲル師たちは、さすがであると賞賛せざるを得ない。


「こんばんは、先生方。ご無沙汰しております」


 もちろん、そんなことが先生の良さではない。



「え、何? 先生って、もしかして、僕らのこと?」


「リーダー、何したの……?」


「もちろん、先生が先生ですよ」


 それ以外の何だというのだ。



「えっ、いや、心当たりは何も……? ええと、僕――いや、僕ら、皆さんと比べると――比べるのも失礼なくらい力不足ですけど……。変な冗談は心臓に悪いんで……」


 むう、先生自身が先生の良さを認識していないとは。

 いや、当たり前すぎて、そういう認識にはならないのか?



「おいおい、何でこんな弱っちい奴に下手(したて)に出てんだ? 何かあんなら、俺が代わりにシメてやろうか?」


 レオは分かっていないなあ。

 実力行使に出そうになったレオを、尻尾を掴んで止めた。


「あふぅん」


 レオの口から気持ちの悪い声が出た。

 それ以外の物が出なかったのでセーフ。



「先生。戦う力というのは、腕力や戦闘技術といったものだけではありません。彼らとは方向性が違うだけで、先生たちは既に充分な力をお持ちなのです。むしろ、本質的には、先生たちの力の方が正道であると思います」


 こんなことを語る予定はなかったので、上手く伝えられているかは分からない。


 現状、先生たちは困惑しているし、ソフィアは「また何か始まった」と呆れ顔だ。

 そして、レオは明らかに不満顔。

 エスリンは目を閉じて――寝ているのかと思ったけれど、しっかりと聴いてはいるようで、アルは「分かるわー」とでも言いたげに頷いている。


 朔が代わりに話してくれれば助かるのだけれど、『この手のことをボクが言うと胡散臭くなるから』と、助けてくれそうな気配がない。



「このレオナルドや、吸血鬼程度の相手でも、先生たちにとっては脅威でしょう。けれども、それは自然災害――人の手には余る世界を相手にするのと何ら変わりがないことです。それでも、どんなに被害を受けようと、どんな環境になっても、未来を見て、生きていく――命を繋いでいこうとする力。特に、先生たちが力を入れている農業は、先人の知識や経験、そして情熱を受け継いでいて、いずれ先生たちも次代に託すでしょう? そうやって人と人を、そして世界と繋がる力こそ、世界を変え得る力ではないかと思います」


「あー、分かるわー。もちろん、そんなのは綺麗事であって、理不尽な暴力とか自然災害には無力なんだけど。でも、俺たちが無力だと思ってる人たちが作った美味い飯は、俺たちの心を豊かにしてくれるし、歌でみんなの心がひとつになったりする。そんな感じで、暴力では決して手に入らないものがあるんだ。ソフィアさんも、レオナルドさんも、エスリンさんも、今なら分かるんじゃないですか? 戦わないと護れないものもありますけど、支えてくれる人がいないと戦えないんですから」


 むう、私的には頑張っていたつもりなのだけれど、アルに乗っ取られた。

 とはいえ、良い感じにまとめてくれたような気がするので、結果オーライだろう。

 ただ、彼の変な恰好だけが残念だ。



「まあ、そうね。力なんて、肝心なところで役に立たないし。むしろ、半端な力のせいで、いろんなことが余計に拗れている気がするわ」


「ちっ、ぐうの音も出ねえな。ちょっと前までは力があれば何でも手に入ると思ってたけどよ、振り返ってみると何か空しいんだよな。で、手放した後に残ったもんが本当の――ああ、止めだ止め! こっ恥ずかしい!」


「ふふふ、耳が痛いな。しかし、その答えに私たちより早く辿り着いていたグレイ殿は、私たちの一歩先にいるのだな。町の皆が貴殿を尊敬しているのも頷ける」


 大魔王衆はとても感心したようだ。

 アルに対して。


 私も話をしていたんだよ?

 いや、褒められたいわけではないのだけれど。

 頑張ったのにスルーされるのは寂しいなと思うわけで。



(まあ、ユノの話はミゲルたち向けで、アルフォンスのは身内向けだったから、そこじゃない?)


 なるほど。

 まあ、先生たちからのリアクションもないのだけれど。



「いやいや、そんな大層なものではないんで、持ち上げられると背中がむず痒くなるんですけど……。そもそも、こんな頭お花畑の理屈が許されるのって、それを言ってるのがユノだからですしね」


「そうね。反論しようにも力では敵わないしね。力こそ正義って考えの輩も多いけど、この娘の前でそんなことを言ったら、「そんなことないよ」って力尽くで叩き潰される矛盾……」


「普通の奴が言ったらムカつくような寝言でも、ユノが言うと可愛いんだ。可愛いは正義って本当なんだな……。んで、その正義にかけてユノ以上の奴はいねえんだ……。白とか黒とか関係ねえ。白でも黒でも可愛いんだ」


「ふふふ、貴様は知らんだろうが、我が君は白や黒だけではない。大や小まで兼ねているぞ? 我が君の魔装は髪や翼の色だけでなく、髪の長さや翼の有無、瞳の柄の変更、更には身体のサイズも愛らしい幼女の姿から妖艶な大人の女性にまで変えられるのだ!」


「なん……だと……!? それなら、ロリコンから熟女好きまで……! これ、またビジネスチャンスなんじゃねえの?」


 むう、私の思っていることと少し違う……。


 というか、言い方。

 それに、淑女ならともかく、熟女にはなれないよ?


 まあ、いいか。

 何だか少し話がズレたような気がするけれど、それどころではなく盛大に逸れちゃったし。



 ちなみに、私の魔装は、父さんに教えてもらった魔装《暴体美隆》を、朔が私に合わせてアレンジというかローカライズしたもので、「私」という存在を大きく変えない範囲でいろいろと外見を変えられる能力である。


 なので、父さんのように変装としては使えない。


 一応、妹や姉という設定でならいけるかもしれないけれど、私自身が複雑化した設定を覚えきれなくなるので、常用するつもりはない。

 精々、必要な時に、相手の好みや弱味に合わせて使うくらいだろうか。


 なお、なぜか性別を変えることはできなかった。

 男として生きていた時間の方が間違っていたということだろうか。


 まあ、使いどころについては追々と考えていこうと思う。




「とにかく、そういうことなんで、皆さんの能力や適性の確認をしてから部隊の編成、それから部隊ごとに集団行動の訓練に移ります」


 盛大に脱線していたけれど、アルがここに来た本来の目的に流れを戻した。

 脱線させたのもアルのような気がするけれど。



「惚けている暇はありませんよー! 早く整列なさいー! この方たちは私より厳しいですよー!」


 空気の変化でも察したのか、上機嫌で私からの補償や特別支給を吟味していたマリアベルが、魔族の人たちに向かって大声をあげた。


 それに魔族の人たちが飛び跳ねるように過剰に反応した。

 それは、意識を失っていたはずの人たちまでもが、ほぼ無意識のままで整列を始めるレベルである。

 というか、あっという間に整列した。


 良い感じに生かさず殺さず追い込んだのだろう。

 壊れてもいないし、狂信者化もしていない。

 特に後者が大事。


 マリアベルに頼んで正解だったのかもしれない。

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