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05 お酒は楽しくほどほどに

 遊び疲れて眠ってしまった雪風を連れて、ウイングポストに戻る。

 その頃にはケージの清掃も済んでいる。

 素晴らしい仕事ぶりである。


 やり遂げた表情のアンネリースたちを労わると、フカフカになったベッドに雪風を寝かせてその場を後にした。




 行き先は決まっていないし、予定があるわけでもないのだけれど、必要以上にアンネリースたちの邪魔をしても悪い。

 というか、もう分体を出してまで行動する必要は無い。

 しかし、余所で活動している私のフラストレーションを解消する私もいないとバランスが悪いので、散策を継続する。



 それに、あちこち歩いて町の人たちと直接コミュニケーションを取ることも、たまには必要だと思う。

 もちろん、町の状況などはシャロンたちが毎日あれこれと報告してくれるのだけれど、実際に見聞きしないとイメージが湧かないものもある。


 そもそも、私の価値観は日本人のそれなのだ。

 ファンタジー世界の常識で語られても、分かるはずがないのだ。



 そして、分からないからと諦めていては、いつまで経っても分からないままだ。

 なので、理解できるように努力はするべきだと思っている。




 ということで、今日はファンタジー世界の代表格ともいえる、妖精のところに顔を出してみることにした。


 ちなみに、妖精と精霊の区別はとても曖昧で、基本的にどちらも魔素や魔力が豊富なところに自然発生したり、普通に繁殖したりするものなのだけれど、その仕組みは主神たちも把握していない。



「魔素が豊富な所には精霊とか妖精がいるものだろう?」


 とかいう、かなり適当な発想を、システムが無理矢理整合性をつけて具現化した存在が彼らなのだ。



 それで、彼らのあやふやな知識からあれもこれもと拾ってきたり、説明がつかないものをとりあえず精霊に分類してみた結果が現状である。



 精霊は、ほかのどの種族より多種多様である。


 それは、意志や自我を持たないような下位の精霊から、意志どころか肉体まで備えた冬将軍や春ちゃんに、自然発生するだけでなく繁殖も可能な一部の上位精霊、最早ツッコミどころが分からない古竜など、明確な分類や定義付けは不可能だ。


 ファンタジーというより、理不尽といったほうが適切かもしれない。



 そして、環境が整っていると、勝手に増え続ける精霊を抑制する手段は今のところ無い。


 世界樹を消せばある程度は減少するかもしれないけれど、そこまでするほどの問題ではないというか、少なくとも、精霊の増加が害になっているわけではないので、横暴にすぎるように思う。



 そんな感じで、あれもこれもと黙認していると、知らないうちにいろいろなことが起きていたりする。


 いつの間にか増えていた冬将軍たちが、「冬エリアを拡張してほしい」と嘆願に来たり、それに対抗心を燃やした春ちゃんたちが、「宴会場を拡張しろ」と言ってきたり。

 もっとも、春ちゃんたちのいう「宴会場」というのは神殿のことだったらしく、私の一存でどうにかできるものではなかったけれど。

 いや、私が頼めばノリノリで拡張しそうだけれど、できれば無関係でいさせてほしい。


 どうでもいいのだけれど、生まれた時から屈強な青年の冬将軍とか、頭のネジが何本か飛んでいる春ちゃんを見ていると、考えなしの創造は止めておこうという気になる。

 明言はされていないけれど、あれはきっとバグだと思う。




 さておき、他方の妖精というのは、精霊に近い性質を持っているけれど、こちらは歴とした生物である。

 妖精にも様々な種族がいて、広義ではエルフやゴブリン、河童なども含まれるそうだ。

 とはいえ、これも主神たちのイメージで創った適当なものなので、明確な分類法はおろか分類する意義すら無いのだけれど。



 なお、今回訪ねるのは、人間の掌サイズの人型の体躯に、(チョウ)やトンボのような翅がついた、フェアリーと呼ばれる種族の住むエリアである。


 彼らは他種族とは積極的に関わらない設定の割には、世話焼きだったり、悪戯好きだったりと、ツンデレの権化とでもいうような種族である。



 そんな彼らの居住区は、湯の川の城下町ではなくお城の庭園にある。

 そのため、誰彼構わず悪戯をすることはできないし、やったとしても誰も気にしないような軽微なものになる。


 付け加えるなら、この辺りには彼ら的にはおっかない魔王や、それに類する存在が多いため、彼らにできるのは余計なお世話を焼くことくらい。

 精々が勝手に唐揚げにレモン汁をかけたり、焼き鳥を串から外したり、何にでもマヨネーズをかけたり。


 時には、散らかっているお部屋を片付けてあげようとしたのか、「他人には見られたくなくて隠していた物が実用的な位置に置かれていた」等の被害も報告されている。


 さらに、彼らの中でも一部の人は、無駄に行動力がありすぎて、湯の川から遥かに離れた場所にまで赴いて、問題を起こしていることもある。




 今、私の目の前にいる、和風――というか、落ち着いた色彩と柄の着物を着た、黒髪おかっぱ頭の小さな男の子がそれである。


 彼は、散歩という名の放浪に出ていた、フェアリー族のリーダーである【オベロン】が連れて帰ってきたらしい。



 どこの子かは分からない。


 湯の川の町にいるこのくらいの年齢の子供は、今の時間は学園に通っているはずで、そこで見かけた記憶が無いということは、湯の川の子ではないと思う。

 念のために学園に問い合わせてみたものの、該当者はいないそうだ。


 つまり、どこかから(さら)ってきたということになる。


 というか、どう見てもヤマトかその周辺の装いである。



 現在、ヤマト出身の人は、ユーフェミアを含めて数人だけで、その誰とも特徴が一致しない。

 子供を作ったわけでもないだろう。

 というか、この短期間でこの大きさの子は作れない。


 もちろん、私という例外もいるし、眷属創造が私のみの能力だと自惚れるつもりはないけれど、その子からは特別な感じは何もしないので、私の同類の仕業でもない。


 そして、彼ら以外の間で和装が流行っているという事実は無い。


 そうなると、やはり湯の川ではないどこかから連れてこられたとなるのだろう。



 容疑者であるオベロンは、当時前後不覚になるほど酔っていて、細かい経緯どころか、この子がなぜここにいるのかも覚えていないそうなのだけれど、それで許されることではない。

 刑法第39条は、この世界では適用されないのだ。


 そんな所からどうやって帰ってきたのかというと、放浪癖がある一部種族には《帰巣本能》というスキルがあって、それでどこからでも帰ってこれるらしい。

 わけが分からないけれど、面倒くさいのでツッコまない。




 さて、そうなると、もう一方の当事者に訊くしかない。


「こんにちは。お姉さんの名前はユノっていうの。貴方のお名前も教えてくれるかな?」


「儂は【シキ】。こう見えて、お主よりよほど歳を重ねておる。子ども扱いするでないぞ、小娘」


 外見の割にはしっかりとした受け答えだ。

 古竜の子カムイと同じく、外見と実年齢が一致しないタイプだろうか。


 むしろ、カムイよりも精神年齢も高そうな気がするけれど、やはり外見と声のせいで、精一杯背伸びしている感が拭えない。

 可愛い。



「分かったよ。シキくんはどうしてここに来たのかな? それと、お家はどこ?」


「分かっておらぬではないか……。まあ、よい。儂がここに来た理由か。先日、そこの小僧が酔っ払って、儂の家に上がり込んできおってな。仕方がないのでひと晩部屋を貸してやったわけだが……。なぜか何日も居座られて食っちゃ寝された挙句に、『親切にしてくれたお礼に家に招待してあげよう! なあに、こんな家よりよっぽど綺麗で料理も美味しいよ! きっと気に入ると思うよ!』と、有無を言わせず拉致されたわけだが」


 オベロンが随分と失礼をしたようだ。


「この莫迦! 何てことをやってんの!? 湯の川に、それもお城に余所の人を勝手に入れるなんて、あんたにそんな権限があるはずないでしょ!? 謝りなさい! 早く!」


 シキくんの話を聞いて、オベロンの奥さんである【ティターニア】が激高していた。

 しかし、怒るポイントが違う。



 なお、湯の川に外部の人を入れてはいけないという決まりは無い。


 とはいえ、シャロンとか巫女の誰かに話くらいは通しておいた方が、後々面倒がなくていいと思う。

 彼女たちは湯の川や私を特別視しすぎているからね。



「す、すみません、ユノ様。『受けた恩は返せるなら返した方がいい』と、以前ユノ様が仰っていましたので……。つい……」


 いつ言ったかも覚えていない、私の思いつきで話したようなものを真面目に捉えていてくれたのは嬉しいといってもいいのだけれど、実践の仕方は気をつけよう?

 同意を得ていないとただの拉致だよ?



「謝る相手が違うでしょう? ごめんなさい、シキくん。すぐに帰してあげるから、お家を教えてもらえるかな?」


「全く分かっておらぬのう! まあ、よい――が、3度目はないぞ? それよりもそこの小僧じゃ。貴様、客に(めし)どころか茶も出さんのか? 確かにフェアリーの割には上等な家じゃ。周辺の魔素の濃度も申し分ない。むしろ、良い。じゃが、窓から見える大樹は世界樹とでもいうつもりか? 趣味は悪くないが、ちとやりすぎじゃのう。それにのう、飯だけは誤魔化せんぞ? よもや、貴様らの主食であろう、果実の皮を剥いただけの物を料理などと称して出すつもりではあるまいな? それとも、その小娘になんぞ作らせるつもりか? さすがに貴様らの料理よりはマシであろうが、料理は見た目の美しさだけではなく、何よりも味が重要じゃ。見た目以外に取り柄のない小娘に、儂の舌を唸らせるようなものが作れるかのう?」


「ちょっと、あんた! こっちが下手に出てるからって調子に乗るんじゃないよ! この莫迦はいくらでも莫迦にしてもいいけどね、ユノ様を小娘扱いするなんて、天罰が下っても知らないよ!?」


「そうだそうだ! オベロンなら煮るなり焼くなり好きにすればいいけどな、この町でユノ様を軽んじるような発言は控えてもらおうか!」


「あの世界樹はユノ様が創った本物だぞ! そんなことも分からないお前の方が節穴じゃないか!」


 シキくんの挑発するような態度に、ティターニアやフェアリー族の人たちがキレた。

 そのあまりの剣幕に、シキくんが困惑している。



「落ち着いて。私のことを知らない人にはそう見えるのが普通で、むしろ、そう見えるようにしているのだし、小娘なのも事実だからね。そんなことでいちいち怒らないで、もっと人生楽しく過ごした方がいいよ?」


 自分のことなら笑って流せることでも、自分が好感を持っていたり、評価している人が莫迦にされたりすると腹が立つ感覚は、私にも分かる。

 とはいえ、この場合では、シキくんの言葉に多少の悪意はあっても仕方がないように思う。


 それに、私の猫被りは神でも見破れないのだから、シキくんが見破れなくても落ち度にはならないのだ。



「ふん。結局はそうやって茶を濁すしかないのだろう。世界樹も本物などと……。いや、確かによくできている……。できすぎているような……? というか、何じゃ、あのデカさは……? そういえば、帝都で世界樹が見つかったという噂も……。まさか……」


 世界樹はもうどうにも言い訳できないけれど、ヤマトの噂とは、私がシェンメイに託したあれのことだろうか?

 島国だから大丈夫だと思っていたのだけれど、一体どこまで広がっているのだろう?



「ユノ様は優しすぎます! いえ、甘すぎます! 力をお隠しになられている件は仕方ないにしても――いえ、本当ならユノ様の美しさだけでも気づくべきだと思うのですが、何ひとつ隠してない世界樹を疑うとか正気じゃありません!」


「そうですよ! こいつも妖精の端くれなら、これだけ濃密な魔素から何か感じるはずです!」


「極東で愚かな人間どもの争いを止めて、平和の証として世界樹を授けたのもユノ様だぞ! その話を聞いておいらは感動したね! だから、あちこち巡ってその話を伝えてたんだ! 決して遊び歩いてたわけじゃないんだ!」


 おおっと、噂の元凶を発見した。

 オベロン、貴方は何ということをしてくれているの……。



「まさか、本当に……? フェアリーの与太話ではなかったのか……!? だとすれば、儂は……」


 シキくんが、窓の向こうに見える世界樹と私の間で、高速で視線を行き来させている。

 やはり、世界樹と私が結びつかないようだ。


 彼の反応は私の意図していたところなのだけれど、この状況で放置するのは少々可哀そうな気がする。



「ごめんね。騙すつもりはなかったのだけれど、声高に言い回るようなことでもないから。オベロンも、あまり言いふらさないでね」


「えーっ!? 世界樹を創れるなんてユノ様だけなんだから、もっと誇るべきですよ!」


「あたしたちだけのユノ様じゃなくなっちゃうのはちょっと寂しいですけど、ユノ様は湯の川だけに収まる器じゃないんですよ!」


「そうっす! そのユノ様の素晴らしさを、世界中に広めるのがおいらたちの役目っす! シャロン様もそう言ってたっす!」


 ティターニアは何目線なの?


 というか、シャロンまで……?

 シャロンには、私が平穏な生活を望んでいることを伝えていたはずなのだけれど?



(王国の内乱とか、西方諸国連合やキュラス神聖国との戦争の時の工作がまだ続いているんじゃない?)


 うん?

 もう終わったものだとばかり思っていたのだけれど、よくよく思い返してみると、確かに中止の指示とかは出していなかったような気がする。


 いや、しかし、常識的に考えれば分かりそうなものだと思うのだけれど?



「あ、あの、儂は……、決してそんなつもりではなくて……。あの、儂はどうなるのでしょうか……?」


「誤解させてごめんね。貴方には過失は無いから何もしないよ。すぐにお家に帰してあげる」


 フェアリーたちが余計なことを言う前に、この件は終わりにしてしまおう。


 というか、こんなことで彼に何かを要求するなど、美人局(つつもたせ)とか悪質なキャッチセールスのようなものではないだろうか。

 いくら私が他人の評価はあまり気にしない性質だといっても、さすがに意図しない悪評が流れるのは勘弁してほしい。



「え、本当に……? 儂は生きて帰れるのですか……?」


「もちろん。それで、お家はどこかな?」


「家は――――その、我儘を言える立場ではないのは重々承知しておりますが、できれば世界樹を間近で見させてもらうことはできんでしょうか?」


「いいよ。そうだ、そこでお茶でもして、それから送るよ」


 本当はすぐにでも送りたいのだけれど、さすがに攫っておいてただで帰すのも可哀そうだ。


 ということで、彼の望むようにしてあげることにした。

 好感度を稼ぎつつも、口止めも忘れないようにしないとね。


◇◇◇


 シキくんは、想像以上の世界樹のスケールと、世界樹の雫を使って淹れたお茶の美味しさに、何度も何度も感動していたけれど、そんな時間にも終わりがやってくる。



「儂の帰るところはここです! 座敷童たる儂は富を(もたら)す妖精! つまり、儂がある所には富があり、富がある所に儂はあらねばならんのです!」


 シキくんが、帰りたくないと駄々を捏ねていた。

 好感度を稼ぎすぎたらしい。


 彼の言い分を信じるなら、中身は結構いい歳だと思うのだけれど、やはり外見と声のせいで憎めない。


 人を外見だけで判断するのは駄目だけれど、外見も重要なのだと認識させられる。



 というか、シキくんは座敷童だったらしい。

 思いのほか愛嬌があるというか普通の子供っぽく、特にご利益がありそうな感じはなしい。

 そして、彼の帰巣本能(※非スキル)は、湯の川を帰る所だと認識してしまったらしい。

 これでは、強引に元いた場所に返すのは逆効果か……?


 なので、移住に関しては、例によってシャロンに丸投げする。


 彼女たちは面倒をかけるけれど、私に呼び出されただけでも喜ぶので、人使いが荒いとかそういうことはないと思う。

 ついでに、シキくんの配置なんかも彼女たちに任せよう。

 まさか、ウイングポスト送りにすることもないだろうし。


 とはいえ、今更富は必要無い――物資的な恩恵は、世界樹と自動販売機だけでも充分なので、ほかのことで湯の川にいい影響を与えてくれると嬉しいのだけれど。

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