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04 散歩

 いくら神扱いされても、世の中には理解できないことの方が多い。

 機械とか、学問とか。

 まあ、無くても大体のことはどうにかなってしまうのが原因なのだろう。

 むしろ、世界の方が私に合わせてくるまである。



 しかし、人の心はどうなのだろう。

 さすがにそれは、「理解していなくてもどうにかなるから大丈夫」というのは傲慢な気がする。


 いや、私としてはそれなりに理解しているつもりなのだけれど――というか、大半の人は、他人の心中なんて理解していなくない?

 根源的な距離を考えると、私は頑張っている方だと思うよ?




 さておき、私には、神というには許容できないものも多い。

 虫とかロリコンとか。


 そんな心が狭くて無知な神とか、害悪でしかないのではないだろうか?




 とはいえ、私が何者であるかは私が決めることだけれど、他人が私のことをどう思うかはその人の自由である。


 相手からしてみれば、理解してもらうための、好かれるための努力を怠っているのを棚に上げて、「理解しろ」とか「好きになれ」と言われても困るだろう。


 それに、お互いが歩み寄るのでなければ、本当の相互理解からは遠ざかると思う。

 なので、そういうのを押しつけるのはよくない。




 さて、理解できないことだらけで心が荒んだときは、理解できて楽しいことに没頭するのが一番である。


 つまり、可愛いものを愛でるのだ。


 日本にいた時はペットを飼う余裕が無かったけれど、湯の川では持て余すほどある。


 もちろん、みんなが仕事をしているのに私ひとり遊び惚けるわけにもいかないので、公私のけじめは必要だけれど。

 それも、分体を使えば仕事と遊びを両立させることなど造作もない。




 私のいる必要のない会議に分体を残して、いつものように癒しスポットを巡る。


 わざわざ巡らなくても、分体を出せば全て同時に訪れることもできるのだけれど、そんなことをしても時間を持て余すだけ。

 それに、分体は出せば出すほど更に必要になるという矛盾を孕んでいるため、最低限に止めておく方が良いのだ。



 そうして到着したのは、小・中型の動物や魔物の飼育施設、「ウイングポスト」。

 ペガサスなどの有翼種が多いことからそう名付けられたそうだけれど、「ポスト」はどういうことだ?

 どこかにお届けされるのか?


 まあ、いい。

 ここに来たのは、最近の私の癒しになってくれている、グリフォンの雛「雪風」に会うためだ。



 イヌやネコとは違って、グリフォンのような魔獣が成体になるまでは、数年から十数年かかるものらしい。


 しかし、その間ずっと親が面倒を見るということはなく、早ければ半年、遅くても一年で巣立ちをするそうだ。

 形は小さくても魔獣なので、それくらいの時間があれば、自分の餌くらいは獲れるようになるのだとか。



 もちろん、私のペットである雪風に巣立つ義務は無い。

 それでも、いつか彼も親となる時が来て、子供に狩りの仕方を教えなければならないとか、それ以前にお嫁さんを見つけるのにも狩りが上手いに越したことはないだろう。


 つまり、甘やかすばかりが愛ではないということだ。




 施設内のペットのハウスエリアに顔を出すと、掃除をしていた数人のケンタウロスの青年たちから挨拶をされた。


 挨拶は大事なことだし、私もちゃんと返すのだけれど、私が来るたびに毎度毎度仕事の手を止めさせてしまうのは申し訳ない。


 いっそ、住民向けにスルー力を養う講座とかを開催するよう手配しておくか。

 その講座自体をスルーされそうな気がするけれど。



 このウイングポストには、雪風のほかにも、普通のウマからペガサスなどの幻獣まで、お城の住人たちの足となる多種多様な騎乗生物も飼育されている。

 また、お世話の必要があるかも分からない旦那さんもここにいる。


 飼育員たちは、その子たちが「自由な疾駆パーク」という、何ともいえないネーミングの運動場に放牧されている間に、この厩舎の掃除を終えなければならない。

 運動自体には手がかからないとはいえ、数が多いので、掃除だけでも結構な重労働だ。


 それ以外にも、騎乗用とするための訓練なども行っている。

 もちろん、町にも同様の施設はあるけれど、お城勤めの彼らはみんなエリート飼育員だ。



 ちなみに、ここの職員は、当初はケンタウロスの少女アンネリースひとりだけだったのだけれど、どう頑張っても手が足りないということで増員した。


 その面接時、「好きな動物の種類は?」という質問に対して、みんな「ユノ様!」と答えたそうだ。


 募集の仕方を間違ったのだろうか?


 とにかく、それを「私が仕事の邪魔になるので更に増員を」となると、さすがに心苦しいものがある。



 挨拶や世間話は程々に、簡単にそれぞれの(ろう)(ねぎら)うと、私が来たことを察してソワソワしている雪風の許へ急ぐ。


 あまり待たせすぎると、興奮しすぎて発電したり発火したりするので、ケンタウロスの人たちが怪我をするおそれもある。

 もう少し大きくなったら、「待て」も覚えさせなければいけない。




「あっ、ユノ様! おはようございます!」


 雪風のケージというか檻に入ると、興奮した雪風を(なだ)めながら散歩用のハーネスを付けていたアンネリースに挨拶をされた。


 なかなかの重労働らしく、汗だくで汚れも酷いけれど、やりがいを感じているのか、とてもいい笑顔だった。

 彼女のこういうところは好ましく、雇ってよかったと思う。



 さて、これもいつもの光景なのだけれど、不定期に訪れる私に合わせられるのはどういうことなのか不思議なので、挨拶のついでに訊いてみることにした。



「おはよう、アンネリース。いつもタイミングぴったりだね」


「えっと、この子、勘――というか、感覚が鋭いので、ユノ様がこちらに来られる数分前には気づいて、私に催促するんですよ。職員の中では私以外には懐いてくれないので、私が相手をするしかないんですけど。ちょっと外していて遅れたりすると大騒ぎするので大変なんですよ」


 なるほど。

 歩くだけなら足音はほとんど立てていないと思うので、雪風はそれ以外の何かを察知しているのだろう。


 もしかすると、私は監視されているとか、心の中を読まれているのかとも思ったけれど、子供や動物の持つ超感覚ならいいか。



「私との散歩を楽しみにしてくれているんだね。でも、あまりアンネリースたちを困らせちゃ駄目だよ? 良い子にして待っていればちゃんと来るから」


「ぎゃう!」


 私の言葉に首肯するように、雪風が元気よく吠えた。

 本当に理解しているのかどうかは分からないけれど、(つぶ)らな瞳が可愛いので、追々でいいだろう。




 アンネリースの手を借りて、雪風に散歩用のハーネスと、それに繋いだリード――というか鎖を片手に、もう片方の手にはエチケットグッズ一式の入ったバッグを下げてウイングポストから出る。


 もちろん、鎖など繋がなくても、無暗に人や動物を襲わないように躾はしているし、そもそも、こんな普通の鎖は雪風にも私にもその意味が無い。


 それでも、そんなことを知らない周囲の人は、「繋がれている」という事実で安心するものなのだ。


 エチケット袋なども同様だ。

 マナーを守るのは当然のことで、更にそれを第三者にアピールしているだけなのだ。



 そもそも、今現在湯の川でペットを飼っているのは恐らく私だけなので、私の行動がこれからペットを飼う人の規範になるかもしれない。

 綺麗で暮らしやすい湯の川を維持するためにも、手を抜くわけにはいかない。


◇◇◇


 ただの運動なら、敷地内にある自由な疾駆パークでいいのだけれど、そこには狩りの練習台となる獲物がいない。


 むしろ、そこでの狩りは禁止しているし、許可したところで、古竜たちがいれば狩られる立場になる。

 私が許さないけれど。



 なので、狩りの練習となると、町の外にまで足を延ばす必要がある。


 グリフォンは肉食で、哺乳類や鳥類――ファンタジー世界でこの分類に意味があるのかは分からないけれど、とにかく、ほとんどの動物を襲って食べるそうだ。


 ただし、幼い頃から私の手料理を食べて育った雪風は好き嫌いが激しくて、食事目的で動物を狩ることはない。

 狩りを覚えさせるのは、飽くまで一般技能的な問題である。


 とはいえ、グリフォンが本来食べるであろう爬虫類や両生類、そして昆虫を狩るのを教えるのは、私にはハードルが高い。

 そこはアンネリースたちの力を借りなければならないだろう。


 これだけを聞くと、食べもしないのに動物を狩るのかと非難を受けそうなものだけれど、冒険者協会に納品すれば有効活用してくれているはずなので、何も問題は無い。




 さておき、今日は少し趣向を変えて、海の方に出てみることにした。


 河川敷や砂浜を、イヌを連れてのんびり歩く――というのは、かつて憧れていたシチュエーションだけれど、これはもうほぼ叶ったといってもいいだろう。


 ただ、お城から近い範囲の海には、雪風の獲物になるような生物はいない。


 沖合には、ヤマトでの戦争で鹵獲(ろかく)した巨大戦艦や、アクマゾンで購入した巡洋艦などが浮かんでいて、外敵ににらみを利かせている。

 そこを回避や突破をされたとしても、近海では海の掃除屋メイドに進化した人魚たちが、マリンたち海竜を連れて巡回しているので、敵性生物を見ることは滅多にないのだ。



 なお、船の方はまだ乗務員の訓練中というか、試験運用中といった感じで――経験者は当然として、知識のある人すらいない手探り状態なので、つまるところ張子の虎のようなものである。


 購入した巡洋艦なども、需要があったとか、見栄を張りたかったというより、アクマゾンやそれを介した顧客との付き合いとか、利益の還元といった側面の方が強いそうだ。



 商売とは、儲けるだけでは駄目なのだ。

 利益は適切に分配、時には還元をして、経済を循環させるのが重要なのだとアルが言っていた。

 ……雰囲気で言っているような気もするけれど。


 とはいえ、私には経営や領地の運営といった小難しいことは分からないので、多少なりとも心得のある人に任せた方が堅実なのだ。

 それに、間違っていたところで大した被害にはならないし、雇用創出にもなっているので、その範囲内なら好きにやればいい。



 また、人魚たちの人口では、湯の川周辺の全海域をカバーすることはできない。

 つまり、艦隊は機能していなくて、人魚は数が足りないと、海――特に海中は、湯の川でも数少ない人手不足の部分である。

 呼吸を卒業すれば、(えら)呼吸ができなくても水中で活動できると思うのだけれど……。



 少し前までは、湯の川周辺の豊かな森とは裏腹に、この近海は大して豊かではなかったので、魔物や動物の生息数は極めて少ないので、どうにかなっていた感じだった。



 かつて、半魚人に棲み処を追われた人魚たちが避難してきたのも、ここに危険な生物がほとんどいなかったからだ。

 それでも、ずっとここにいると飢えて死ぬ未来しかない――と、当時は本当に進退窮まった状況だったのだとか。



 なお、日本には、「人魚の肉を食べれば不老長寿になる」という逸話もあるけれど、少なくともこの世界ではそのような事実はない。


 常識的に考えれば、人魚の肉――人魚そのものにそれだけのエネルギーがあるわけでも、人魚の肉を食べることで根源に繋がるとも考えにくい。

 なので、不老不死に対する憧れから生まれた作り話か、私の料理のように、高濃度の魔素が含まれた人魚型の何かを食べたのが由来なのかもしれない。



 さておき、そんな状態だった海も、世界樹の出す魔素に惹かれてやってきた精霊や、自動販売機から逃げ出して海を泳いでいるたい焼きなどの影響で、次第に豊かになってきた。


 それは、つい最近にもクラーケンとかいう巨大なタコの魔物と遭遇したなど、気のせいでは済まないレベルである。


 海洋生物にはグロいものも多いので、私としては手放しで喜べることではないのだけれど、イルカと一緒に泳ぐという、憧れのシチュエーションを体験できるかもと考えると、悩むところである。


 もちろん、そんなことをうっかり漏らして町の人たちに聞かれてしまうと、手段を択ばず実現しようとする気がするので心の中に止めておく。

 下手をすると、「可愛いイルカに、俺がなる!」みたいな人が出てくるおそれがあるし。




 結局、二時間ほど歩き回ったものの、獲物もイルカも見つけられなかった。


 もっとも、町周辺は、私たちだけではなく町の冒険者や兵士に騎士が毎日欠かさず巡回しているので、獲物に遭遇する方が珍しい。

 散歩中にも何組かのパーティーと遭遇して、状況報告を受けたり世間話をしたし。


 まあ、何もなければ何もないで遊ぶだけなので、構わないのだけれど。



 そもそも、本気で訓練させるつもりなら、獲物がいる所に瞬間移動でもすればいいのだ。


 狩りの方は、訓練用の迷宮を造るという話が出ているので、それが完成してからでもいいだろう。

 というか、いつも遊び疲れて眠ってしまう雪風は、先にもう少し基礎体力をつけなければいけないと思う。


 それでも、私の腕の中で寝息を立てている雪風も可愛いので、それがなくなると思うと寂しくもあるけれど。

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