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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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幕間 君の名は

――??視点――

 吾輩は【フェンリル】である。

 名前はまだない。



 フェンリルとは人語を解する高い知性(※《翻訳》スキル)を持ち、いずれは世界をも呑み込むといわれる災厄の獣である。

 もっとも、そこまでの進化を遂げるには、少なくとも千年くらいは必要だろうが。


 しかし、フェンリルとは吾輩のみにあらず。

 そして、今現在世界が呑み込まれていないことを考えると、現実的にそれは不可能であるか、話を盛りすぎているのだろう。




 かく言う吾輩も、超絶ピンチである。


 薄汚い山猿(イエティ)どもに追い詰められ、墓標に刻む名すらも無いまま、この生を終えそうなところなのだ。



 愚かな山猿どもは、高位の魔物の肉や魔石を食えば、己にもその力が宿ると思い込んでいるのだ。

 そのために、吾輩らを襲ったようだ。


 強かろうが弱かろうが、肉は肉。

 死ねば魔力の大半は霧散するのだ。


 魔石ならまだ説得力もあるが、実際に魔石を食っても、精々が一時的なブースト――いや、よほど相性が良くなければ魔力酔いするだけだろう。


 それと、「生きたままなら」と考えるのも勘違いである。

 それを可能にするのは《エナジードレイン》のスキルである。

 スキル無しで、生餌を食らうだけで強くなれるなら、世の肉食獣は総じて大魔獣となっているだろう。

 だが、いくら生餌を食ったところで獅子は獅子のまま。

 竜になることなどないのだ。


 そんなことも分からぬ低能どもに殺されるなど、痛恨の極みである。


 しかし、それも吾輩の幼さゆえのこと。

 時間が吾輩に味方しなかった――ただそれだけのことである。




 だが、吾輩にもフェンリルとしての誇りがある。

 ただで食われてやるつもりはない。


 この爪と牙で、我が誇りにかけて、1匹でも多く道連れにしてやろう!


 といいたいところだが、この世に生を受けてから幾許(いくばく)もない吾輩では、災厄の獣はおろか、そこらの狼――いや、イヌころにすら劣る。



 つい先ほどまで吾輩を守ってくれていた母上は、奴らの多くを道連れにこの世を去った。


 いくら母上が強かろうと、数だけは多い猿を相手に、吾輩を守りながら不眠不休の戦いを強いられてはいかんともし難い。

 むしろ、吾輩を捨てて逃げることが最も合理的であったはずなのだが、母上は最後まで何も諦めることなく戦い抜いた。

 誇り高い魔狼に相応しい、立派な最期であった。



 吾輩には奴らに抗う武器はない。


 間もなく命を奪われる――いや、恐らくは、生きたまま肝を食われるのだろう。


 だが、この心だけは決して屈したりはしない。

 この身は穢されようとも、魂だけは決して穢されぬ。


 幼くとも、吾輩はいかなる鎖でも縛れぬ災厄の獣である!

 死すら吾輩を束縛することは敵わぬと知れ!




 世界を呑み込めるくらいの憎悪を胸に、せめて吾輩渾身の肉球パンチをお見舞いしてやろうと身構えた。



 そんな吾輩を出迎えたのは、汚らわしい猿どもの手による地獄ではなく、正しく天国であった。


 例えようのない心地よい柔らかさと、母上以上に安心できる甘い香りに包まれた吾輩の目の前には、それらの持ち主らしき、美しすぎる射干玉(ぬばたま)の髪と翼を持つ女神がいた。



「やーん! かーわーいーいー!」


 その女神が、吾輩を両手でしっかりと抱きしめて頬擦りをしてくるので、吾輩もお返しにその美しいお顔をペロペロと舐めて応える。


 ああ、甘美!


 前言を撤回しよう!

 女神のお顔は力の源である!



「この子、超人懐っこい! あー、もう、可愛いっ!」


 人間の美醜(びしゅう)など分からぬ吾輩でも、この女神の美しさが尋常のものではないと分かる。


 だが、匂いに関しては一家言ある吾輩にいわせれば、その美しさも納得のもの。

 何せ、その生命力に満ち溢れた甘い香りは、誇り高き魔狼であるはずの吾輩が、思わずフレーメン反応してしまうほどなのだ。



『そこで死んでるのはその子の母親かな? その辺にいっぱいいる雪男に殺されたってことでいいのかな』


「ずっと前からイヌを飼うのが夢だったんだ。でも、今はそんな状況じゃないし、そういう我儘(わがまま)は真由とレティシアを召喚してからかなって思っていたのだけれど、子供たちの食糧調達に出ていたらこんな現場に遭遇した。これはもう運命ってことでいいよね。こんなにモフモフで人懐っこいし」


 わ、吾輩はイヌではなく誇り高い狼である。

 だが、ご主人がイヌがいいと言うなら、吾輩は喜んでご主人の狗となろう!


『ちゃんと最期まで責任もって飼うならいいんじゃない?』


「私はそうしたいのだけれど、湯の川に連れて帰っちゃうとアンネリースの担当になっちゃうし――しばらく魔界で飼うことにしようかな。子供たちの情操教育にもいいかもだし」


 ご主人が誰と話しているのかは分からないが、どうやら吾輩を救ってくれるらしい。



『その前に、その子の母親っぽいのを埋葬してあげれば? このまま雪男に食われるのも残酷なんじゃない?』


「朔が人間っぽいことを!? でも、そうだね。雪男たちには悪いけれど、母親が食べられる光景を子供に見せるわけにはいかないよね。ということだから、私の言っていることが分かっているならここで退いて――って、やっぱり無理か」


 吾輩の愛らしさに相好(そうごう)を崩すご主人も美しいが、きりっとしたご主人もまた格好いい。



 心優しきご主人は、吾輩だけではなく山猿にも慈悲を与えたいようだったが、無能な奴らにはご主人の想いや言葉を理解することなどできぬようだ。

 愚かなことだ。


 せっかくの獲物を奪われるとでも思ったか、若しくはご主人の美しさによからぬ想いでも抱いたか、猿どもは母上にしたように一斉に飛びかかってきた。



 当然、吾輩もそれを指を咥えて見ているわけにはいかぬ。

 とはいえ、いまだ牙も生え揃わぬ身の上。

 できることは、ご主人の顔を必死にペロペロすることくらいである。



「やー、もう、可愛いなあ! お母さんがいなくなって寂しかったのかな?」


『一番可愛いのははしゃいでるユノだけどね。それより、名前を付けてあげたら?』


「ああ、そうだね。えーと、男の子か。どんな名前が良いかな」


 吾輩からご主人の柔らかさと温かさと良い香りが遠のき、代わりに下腹部に背徳的な視線を感じた。



 それよりも、名付けとな?


 それは単なる個体認識用の、管理用の手続きではない。

 命名者と被命名者の縁を確たるものとする儀式である。


 ご主人が吾輩との縁を結ぼうとしてくれることには感無量であるが、今はそんなことをしている場合ではなかったはずだ。


 猿どもが――あれ? 猿どもはどこにいったのか?

 あれほどいた猿どもが一匹も見当たらない?


 ……はて?



「パトラッシュは前に駄目出しされたし、灰色の毛だからグレイっていうのもあらぬ誤解をされそうだし、ポチ、アニ丸……うーん、ぱっとは思いつかないな。ところで、この子の種類って何なのかな?」


『ボクの知識の中にも特徴が完全に一致するのはないなあ。というか、生後そんなに経ってないみたいだし、判別できる要素が無いよ。ぬいぐるみにしか見えない』


「そうだよね。うーん、犬……犬……パブロフ! って、学者さんの名前だったかな? それに横文字はエカテリーナさんを連想するから止めておこうかな。ワン……ワン……ワンタン! 食べられそうだから駄目だ! やっぱりアニ丸かなあ?」


 吾輩またしても大ピンチ!

 ご主人にはネーミングセンスがないのやもしれん。


 吾輩としては、ご主人に頂いたものであれば、何でも有り難く頂戴したいところであるが、一生付いてまわる名に関しては、できれば格好いいものが望ましい。


 希望としては「カイザー」とか「シュナイダー」などが良いのですが、それが叶わぬなら「グレイ」でも構わぬのです!

 なぜ駄目なのですか!?


 だが、吾輩の未発達な声帯では言葉を紡ぐことはできず、せめて想いだけでも届けと必死に舌を伸ばす。


『でもさ、色だとミーティアたちと被って紛らわしくならない? それに、パトラッシュって原作は結構な悲劇じゃなかった? って、どうしたの?』


「この子の名前、『シュトルツ』だって」


『どんな意味?』


「知らない。この子の母親の魂――いや、残留思念かな? それが最後の力を振り絞って伝えてきた。良かったね、お母さんに名前を付けてもらって」


 そんな、母上が……!

 死者とも話せるとは、やはりご主人はかなり高位の存在であるらしい。


『へえ、悪霊になってもおかしくない雰囲気なのにね。子を想う母は強しってことなのかな?』


「生物ってすごいね。こういうの見ちゃうと、やっぱり精一杯生き抜いた人を蘇生させるのは、命に対する冒涜なのかなって思うよ」


『ボクはケースバイケースだと思うけどね。それより、魔法の中には過去の英雄や偉人を呼び出して従わせるってのもあるみたいだよ』


「既に死んでいる人をってこと? 蘇生ではなくて? そんなの呼び出してどうするの?」


『さあ? 栄光に(あやか)りたいとか、偉業を再現したいとか?』


「死者を叩き起こして、まだ働かせようとか外道すぎない? というか、意味がよく分からない。死者に新たな可能性を生み出すことなんてできないよ? 現実的に考えて、過去の人を『再現』するなのかなとは思うけれど、それだってその人が既に至っている結果――過去に収束するだけだと思う。結局、可能性を作れるのも繋げるのも、いつだって今を生きている人なのだから、生きている人でどうにかした方がいいと思うけれど」


『まあ、浪漫とかもあるのかもしれないね。前作の主人公との共闘はテンション上がる的な』


「前作って何? とはいえ、浪漫……なら仕方ないのかなあ。そういうのは莫迦にできないところもあるし。私としては過去の英雄に頼るのではなくて、『超えてやる』ってくらいの気概を持って、新たな英雄に至ってほしいかな。それが傍目にはどんなに無謀でも、私はそういう人の方が好きだし、応援してあげたくなるな」


 どうやら、吾輩にはご主人の見ている世界を共有することはできぬようだ。

 だが、ご主人が望んでいることは分かる。

 年端も行かぬ身ではあるが、吾輩は賢狼なのだ。



『ところで、この雪男を子供たちの食料にするってことでいいの? だったらさばいておくけど』


「……いや、どうしよう? あの子たち、肉なら何でも喜びそうではあるけれど……。盗賊や悪党よりはマシかもしれないけれど……」


『そういう意味でなら、その子の方がよっぽど食糧だけど』


 ひえっ!?


「この子は駄目! というか、いつか湯の川に連れていくなら、目につく物は全て食糧だって認識は改めさせないと。――とりあえず、それを換金して、もう少し人間らしくて、私の精神にも優しい食料を買おう」


『それなら最初から山賊でも狙った方が良かったように思うけど、ユノがいいならそれでいいよ。それじゃ、撤収する?』


「うん、この子の母親を埋葬したら――あ、墓碑に刻む名前が分からない」


『本人に直接聞いてみるとか?』


「うーん、もう魂は成仏しているというか、還るべきところに還っているから、それだけのために干渉するのもどうなのかなと思う」


『じゃあもう「アニ丸」でいいんじゃない? こういうのは気持ちが大事って、いつもユノが言ってることだしね』


「うん。そういうのは、どちらかというと生き残った人たちのためのものだしね。それに、この子がさっきからやたら舐めてくるのはお腹が減っているからかもしれないし、この子を放っておいてまですることではないよね」


 母上、すまぬ。

 吾輩では、ご主人を止めることはできそうにない。


 だが、吾輩はご主人の許で立派なフェンリルとなってみせるゆえ、安心して眠ってほしい。

 !?

 何だ、この、うおおおおーーーー!



「ペット用の料理魔法を創ってみたのだけれど、『料理魔法:犬死』って、このネーミングセンスはどうなのかな? というか、与えていいものなのか――って、荒ぶりすぎ。そんなにお腹が空いていたのか、それとも、これには動物を狂わせる何かが入っているのか……」


『「竜殺し」や「鬼殺し」も狂ってるし、今更じゃないかな』


「まあ、それもそうか。精々が誤差程度の進化をするくらいだろうし、問題は無いよね。一応、アクマゾンでも餌を注文しておくとして、いっぱい食べて、元気に、大きくなるんだよ」


 う、うま、美味いぞーーーー!

 止まらぬ!

 止められぬ!


 止め……止……。


 ぐぬぅ……急激な睡魔が……!

 吾輩……まだ、食べ……ご主人……遊……。




 いくら抵抗しようと、変えられない運命というものがある。


 それが母上の死であり、猿どもの死もそうなのだろう。

 かくいう吾輩も、命拾いをしたというわけではなく、実は死んだのやもしれん。


 死にも似た、深く暗い水の底へ沈んでいくような感覚。

 目が醒めたときにそこに在るのは、果たして吾輩なのか。


 だが、不安はない。


 そこにあるのは死以上の太平である。

 そこで吾輩は、吾輩が望んだ何者にもなれるのだ。

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