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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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44 世は並べて事もなし

――ユノ視点――

 ルイスさんとコウチンさんの意地のぶつけ合いに魅せられていたところにアイリスまでもがやってきて、禍々(まがまが)しくも可愛らしい領域を展開して見せてくれた。


 さすがにこんな短期間に――というか、一世代でそんなことができるようになるとは思っていなかっただけに、改めて人間の可能性というものに感動させられた。



 もっとも、領域に対して本体の――という認識の時点でおかしいのだけれど、何かがいろいろとおかしい。


 補助具を使おうという発想はまだ理解できる。

 しかし、それをなぜマラカスのような機械にしたのか。

 それになぜ、他人の――フレイヤさんの力を借りたのか。



 まず、自身そのものともいえる領域に、自身以外の要素が混じると、制御が難しくなるくらいは想像できそうなものだけれど――いや、あの局面を切り抜けるために、分かっていてもやらざるを得なかったのか?


 さすがに古竜や神格持ちなら、私に頼ってくれればよかったのに。



 もしかすると、私が「基本的に」手を出さないと言った意図が上手く伝わっていなかったのだろうか? 

 当然、不可能なことを可能にしろとか、できなければ諦めろという意味ではない。



『もしかして、アナスタシアが言った「魔界を滅ぼす権利」っていうのを重く考えすぎてるとか? それで、多少無理をしてでも、ユノに人間の可能性を示そうとしたんじゃない?』


 まさか。


 いくら私でもそんなに簡単に大量虐殺したりはしない。

 というか、私が手を出さなくても滅びるなら放置するよ?



『さっき誘拐犯を皆殺しにしたユノが言っても説得力がないね』


 あれはロリコンだったから……。



『それでも、ひとりくらいは残しておかないと、尋問もできないじゃないか』


 間違いは誰にでもある。

 というか、押し出すつもりが爆発するとか誰も思わないだろう。

 それでファンタジー世界の人が全員死ぬなんて、主神たちでも思っていないと思う。

 つまり、バグだ。



『違うと思うけど……。ユノが空気を掴んだこと以外は、純然たる物理現象だしね』


 まあ、済んだことだしどうでもいいのだけれど、朔の推測が当たっているなら、アイリスはとても良い娘か底抜けのお人好しか。



 今のアイリスがそうだということではないけれど、安易な逃避とでもいうような自己犠牲は好きではない。

 とはいえ、それが必要なときは往々にして窮地にあるので、それ以外に手段が思いつかないこともあるだろう。


 それでも、残された人が遺志を継いでくれるなら救いもあるけれど、階梯をすっ飛ばしすぎの上に何かを誤解しているアイリスのこれは、最終的に無駄死にどころか悪循環になることもある、性質(たち)の悪いものだ。


 領域の認識について、もうちょっと方向性を示してあげた方がいいかもしれない。

 それを望んでいるかどうかまでは分からないけれど。



 とはいえ、ルナさんを狙っている人たちのように、他人に犠牲になれという人たちよりは遥かにマシである。

 傍目には莫迦に見えても、本人にとっては命を懸けるほど大真面目なのだ。


 どんなに莫迦でも、命を懸けるほど頑張っているのなら、私くらいは優しくしてあげたいと思う。

 ほかの人に真似をされても困るので、個人的にだけれど。



 さておき、アイリスも窮地を脱したので、意識が戻ったら、お説教の後で頑張った分だけ褒めてあげればいいかと思う。


 その後始末をしようとして、口に出すのも(はばか)られることになったルイスさんは――その、命を落とすことはないとは思うけれど、後で慰めてあげた方が良いような気がする。




 それで、残りのセーレさんとコウチンさんなのだけれど、ここから百数十キロメートル離れた所にある、高濃度の瘴気に囲まれた瘴気の無い場所にいる。


 イメージ的には、コウチンさんを閉じ込める天然の――瘴気災害は人災に近いので、天然というかは微妙だけれど、とにかく(おり)のようなものだろうか。


 セーレさんの転移先が高濃度の瘴気の真っ只中ではなかったのは、彼もコウチンさんを暴走させる気はないとか、対話をしようとつもりなのだろう。




 なお、この不自然な安全地帯を作ったのは私である。


 魔界で活動するための秘密の拠点にするために、同様のものを各地に作った。

 アイリスにも、体制派にも、反体制派にも、一般人にもバレない所となると、こういう所しか思い浮かばなかったのだ。


 どぎつい瘴気の中に踏み込んでくる人はいないだろうし、その中に清浄な場所があるとも思わないだろうし、その当時はいいアイデアだと思っていた。


 しかし、特に有効活用しないまま、辺境での子供たちの保護の方に興味が移って、途中で飽きて放置していたのだ。

 こんな機会でも、役に立ったのなら何よりである。




 さて、セーレさんは、そこでぶちギレたコウチンさんに追い回されながら「ユノ様! 助けテ!」などと叫んでいる。

 彼の能力なら逃げるのは簡単なはずだし、コウチンさんに発散させて丸く収めようというつもりなのだろう。


 それはいいのだけれど、そこでなぜ私の名前を出すのか……。


 まあ、コウチンさんにはアイリス救出の手助けをしてもらったことだし、お礼をするべきかもしれない。



 私なら、アイリスの領域を潰すのは簡単――というか、軽く干渉しただけでもそうなっただろう。


 しかし、それは彼女自身を潰すということに近い――いや、彼女以外の不純物が混じりすぎているので、彼女自身というのは少し違うかもしれない? 

 何にしても、大元となっていたのはアイリスだろう。



 それがどんなものであれ、アイリスの創った領域をぶち壊すのは気が進まないし、優しく解除させるようなことは私には難しい。


 受け止めてあげられればいいのだけれど、不純物が混じりすぎている上に暴走気味――いや、それはある意味アイリスらしいか?

 とにかく、下手に刺激すると、アイリスに逆流して大変なことになる可能性も高いため、それも憚られる。


 世界の改竄は、そういうよく分からないことに使うときっと後悔することになるので、ほかの手段を試した後の方がいい。




 とまあ、何だかんだと考えていたけれど、最終的にはコウチンさんの魔法を利用するという咄嗟の機転で乗り切れた。


 アイリスがそれによって落命する可能性もゼロではなかったけれど、あのまま放置するよりはマシだっただろう。



 それに、ルイスさんと手段を選びながらも頑張っていた彼らの姿はなかなかに良かった。


 もう少し長く見ていたかったけれど、私としては彼の願いに向き合ってあげてもいいような気がする。



 もちろん、存在しないヘラをどうこうとか、その半身であるアナスタシアさんがどうとかまでは私にはどうにもならないし、「滅ぼす」以外の権限も貰っていないので、あまり勝手なこともできないのだけれど。


 とにかく、必要以上に待たせてしまっては、心象最悪のところから話を始めなければならないので、さっさと隔離された彼らの所に向かうことにした。


◇◇◇


「こんばんは。コウチンさん、セーレさん」


 とにもかくにもまず挨拶。


 挨拶は対人関係の基本である。

 気持ちよく挨拶できる人の方が、挨拶もできない人より円滑な人間関係を構築できるのは当然だろう。



 さておき、追いかけっこに夢中で気づかれなかったらどうしようかと思ったけれど、ふたりとも無事に私に気づいてくれた。


「こんばんハ。お待ちしておりましタ」


 セーレさんは、コウチンさんに追われながらも、両者の速度差のせいで余裕があるのか、立ち止まって丁寧な挨拶を返してからまた走り出した。

 思いのほか楽しそうだね。



「ようやく観念したか! 最初からそうしてればいいものを!」


 コウチンさんは、セーレさんを追うのを止めて私に向かって駆け寄ってきた。


 挨拶がない――というか、何かを勘違いしている模様。

 私も走って逃げるべきなのだろうか? などと考えるよりも早く身体が動き始めていた。


 まあ、「追いかけるより、追われる方が幸せだ」というような言葉もよく聞くし、追われれば本能的に逃げるか迎撃するものだし、対処としては間違っていないはず。



「ま、待て! くそっ、すばしっこい……! 僕を揶揄(からか)っているのか!?」


「フハハ、さすガユノ様デース! 思わせぶりな素振りデ追われれば逃げル、届きそうデ届かなイ! 手に入らないからコソより一層焦がれル! ご自身の価値をよく分かっておいでデース!」


 あれ?

 揶揄っているつもりはないし、よく分からない評価をされるのも心外なのだけれど、どこかで何かを間違ったのだろうか?




「ま、待て。分かったから、もう分かったから、危害は加えないと約束するから、ひとまず話をしよう!」


 そうしてみんなでしばらく走り回った後、一度も追いつけなかったコウチンさんからの降伏の申出があった。


 彼に何が分かったのかは分からないけれど、落としどころも分からなかったので、受諾することにした。




「僕は外の世界に出たいだけだ。それさえ叶えば君たちに危害を加えるつもりはないし、僕にできることならどんな条件でも呑もう! 君なら――いや、そこの悪魔にもできるんだろう!?」


 なぜか敗北者の方から条件を出してきた。



「もちロン、能力的には可能ですガ、それを判断できる立場にありまセーン。ユノ様からのお願いであれバ、その限りではありませんガ」


「私にもそんな権限はないし、私の欲しいものは平穏な生活だし、独断でコウチンさんを外に出すのはそれと矛盾するし」


「ユノ様ほどのお方であれバ、あの程度の者をどうこうしても問題にはならないのデハ?」


「いや、一般論的に」


「フハハ! おっト、失礼しましタ。湯の川の主ともあろうお方が一般論などト、少々不意を突かれてしまいましタ。ック、フハハハハ! 失礼」


 言いたいことは分かるけれど、そんなに笑わなくてもいいのではないだろうか。



「主でもないのだけれど……」


「そう思われているのハ貴女だけデース。ですガ、スジを通したいということであれバ、アナスタシアの同意でも取ればよろしいのでハ?」


「アナスタシアさんは会議中。二時間くらいすれば終わると思う――というか、会議で発言権のない主ってどうなの?」


「向き不向きの問題でショウ。それニ、そうはいいながらも実際にユノ様がお話になられるなラ、皆耳を傾けると思いマース」


「え、『お前は黙っていろ』って言われたりもするけれど……」


「彼らなりの愛デース」


 この悪魔、適当なこと言っていない?



「おい、僕を無視するな!」


 あ、彼の存在を忘れていた。

 とはいえ、今の段階ではどうしようもない。



「外に出たところでヘラという女神はいないですよ。多少の記憶は継承しているとはいえ、ヘラの半身のアナスタシアさんは、貴方の先代と貴方以上に別人です。それは貴方自身よく分かっていると思いますし、私が嘘を吐いていないことも分かるのでは」


「分かっていても諦められなイ、男心というものですヨ」


 コウチンさんに向けたはずの話に、なぜかセーレさんが答えた。


 女心とか男心とか、一体何なの?

 どういう定義のものなの?


 というか、竜なのに男心?

 しかも、悪魔に諭された?

 どう受け止めればいいの?



「悔しいけど、その悪魔の言うとおりだ。――理屈じゃないんだ。何を置いてもなし遂げたい想いがある――そういう感情は君には分からないのか? だとしたら哀れだね」


 むう、煽ってくるなあ。


 というか、そんなあやふやなこと言われても、普通は分からないと思う。

 人それぞれのことじゃないの?



『いい機会じゃないか。せっかくだし、哀れなボクらにそれを教えてもらおうよ』


 別に私は哀れではないと思うけれど、いい機会であるのは否定しない。




「百年どころか数時間程度も待てないのなら、その想いとやらで私を屈服させてみる? 2――いや、1時間耐えきるか、私を『あっ』と驚かせることができれば、望みを叶えてあげてもいいよ」


 これは依頼された魔界のあれこれとは関係無いし、多少力を使っても構わないということ。

 というか、これは勝負というより、彼の想いを測るための試練なので、私は高い壁であった方がいい。


 それに、ルイスさんとやり合っていた時のような強い意志を私にも向けてくれるのかと思うと、柄にもなく心が躍る。

 うっかり壊してしまうかもしれないけれど、それはそれで仕方ないよね。



「言ったな! 1時間も必要無い――すぐに終わらせてやるさ! 殺しはしないけど、手足の一、二本は覚悟してもらうよ!」


 ああ、自信と希望に満ちた良い目だ。


 アイリスやアルにも劣らないかもしれない。

 竜のくせに、期待させてくれるじゃないか。


 期待は否応なく高まる。


 何だか分からないけれど、こういうのはいいね。



 私の感情は、女心でも男心でもないような気がするので、彼のそれとは別物だと思う。


 彼らの前向きな感情はとても素晴らしい。


 とても大切にしたいのに、大切だからこそ壊してみたい。

 いや、むしろ、ほかのものは壊れても、それだけは壊れないでほしいとか、壊れないことを証明してほしいとか――これはどういう感情なのだろう?


 とにかく、まだそういう階梯ではないと思うけれど、できれば私の想像を超えてほしい。


 ああ、こういうときにラスボス衣装を着るのかな?



 なるほど。

 そういうことなら、ラスボス――特別な存在というのも悪くはないかも。



「あはは、心配ご無用」


 そういうことなら、出し惜しみは無しでいこう。

 朔もその方がいいと言っているし。



 ラスボス衣装に着替えるのと同時に、素顔や翼も曝して、領域を解放する。

 そして、朔に教わった、ラスボスっぽい口上を述べてみる。


「さあ、貴方の血と意志で、貴方だけの花を咲かせてみようか!」


「あっ……」


◇◇◇


――第三者視点――

 大吟城と各施設を繋ぐ通路は「キャットウォーク」とよばれ、日々多くの人が行き来している。


 その先にある施設のひとつが、竜のような大型種族でも、本能の赴くまま駆け回ったり水浴びをしたり日向ぼっこができる多目的異空間、通称「自由な疾駆パーク」である。



「あら、随分珍しいのがいるじゃない」


 古竜の一角、シロこと白竜が、そこに着くや否や、思いもよらないものを目にして声を上げた。



 彼女より先に来ていた古竜たちの中に、見慣れぬ1頭の古竜がいたのだ。



 しかも、全身を強く打って半死半生――九死に一生を得たとでもいう状態である。

 もっとも、肉体以上に魂や精神もボロボロなのだが、彼女たちの目ではそこまでは判別できないため、見た目以上に重篤(じゅうとく)な状態だとしか分からない。



「おお、シロか。よいところに来た。ユノがしばらくこやつの相手をしてくれと言って連れてきたのじゃが」


 ミーティアが困惑しているように、それに必要なのは何かの相手ではなく、手当、若しくはこのまま死んでしまった場合の供養である。



「また拾ってきたの? あの娘は古竜を何だと思ってるのかしら?」


 とはいえ、古竜である彼らは回復魔法とは無縁の存在であり、応急手当の方法すら知らなかった。

 怪我など、食って寝ていれば治るもので、治らなければ死ぬだけなのだ。



「ふん、貴様もその口だろう。とにかく、ユノ様がお望みなのだから、俺たちはそれに応えるだけだ」


 偉そうに言っているアーサーだが、彼にできるのは見守ることだけだった。



「もうすっかりイヌねえ。まあ、あの娘からしてみれば、竜もイヌも変わらないんでしょうけど。と、それより、どうしてこいつはこんなにボコボコにされているの?」


 弱っているものを見ると、更に弱らせたくなる困った嗜好を持っているシロは、格好の獲物の出現に舌なめずりしながら事の次第を尋ねた。



「言わなくても分かっているだろうに、相変わらず性格が悪いな。どうやらこやつは、ユノに喧嘩を売ったらしい」


「莫迦」


 そんなシロに苦言を呈する青竜カンナは、愛娘カムイに「オブラート」という概念は教えていなかった。



「本当に莫迦ねえ。それで、どれくらい面倒を見ていればいいのかしら?」


「会議が終わるまでと言うておったから、恐らく二時間ほどではないか?」


「二時間もの間、こいつを死神から守れということか。なかなか無茶を言ってくれるではないか、盟友! これは禁断の力を使うほかないか……!」


 黒竜パイパーはいつもどおり病気だった。



「病気」


 カムイは思ったことをすぐに口にするタイプだった。


◇◇◇


 ユノとコウチンの戦い――というにはあまりに一方的な暴行は、三分ほどで終わった。



 貴方だけの花を咲かせようと言ったはずのユノが、自らの領域の花を咲かせた。


 そして、それに脅威を覚え――絶望して、早々に竜型――自棄になったコウチンの想いを受け止めた。



 正体を現し、領域を解放した彼女は、甘美な絶望とでもいうものだった。


 コウチンは、その美しすぎる容姿――イデアすら塗り潰す美しさにガッチリと心を掴まれてしまった。

 それと同時に、在り方をすっかり変えてしまった世界に滅多打ちにされているような感覚を覚えて、「あっ」と言わせるはずが、言わされる始末である。


 レベッカのように、存在の意義を問われる領域ではないため自己を保っているが、それと正気を保つことは別問題である。



 これがアイリスの生成した領域の、本来の――極致にあるものだというのは何となく分かるが、アイリスのそれに苦戦していたコウチンには、これに対抗する術すら思い浮かばない。


 戦って勝つどころか、戦いにすらならない。

 それは分かっていても、抵抗する意志を見せなければ何かが終わる。


 そんな絶望的な状況に、様々な考察や妄想が、現実逃避気味に彼の頭の中を駆け巡る。



 そうして、「やらなければやられる!」と、本能的に足掻いてみたものの、彼の力は何ひとつとして彼女には届かない。




 一方、ユノにとってはコウチンの意志を測ることが目的なので、最初のうちは攻撃を受けているだけだった。


 しかし、大地が割けたり揺れたり隆起したりしても、彼女にはそれが意志の強さや種類とどう関係があるのかが分からない。



 そもそも、大地を割るなどの魔法は、意志の力ではなくコウチンの魔力――彼の在り方そのものではあるものの、それ以上にシステムの関与するところが大きいものだ。


 大地ではなく海や空を割った――コウチンでは不可能なことをなし遂げたのであればまた違ったのだろうが、できることをやっただけでは、この場面での評価にはならない。



 そもそも、コウチンの勝利条件はユノに意志を示すことであり、そのために戦闘という手段を採った時点で正解とはいい難い。


 ユノもどこかおかしいとは思いつつも、「みんながそうするものだから、それが普通なのだろう」と流されている。

 正誤に頓着がないことも影響しているのだろうが、頑張っている人――特に不可能を可能にしようとしている人を見るのが好きなのだ。

 一応、それは戦闘においても不可能なことではないため、相手がそれを望む限りは受けて立っている状況である。



 また、普段は世界への干渉を控え目にしている(つもりの)反動か、テンションが上がった状態の彼女は、特に危険な存在となる。


 コウチンの意思を測るために攻撃を受け続けていた彼女だが、一向にその意志を示す気配が無いので、二分ほどで飽きてきた。

 テンションが上がっていた分、期待外れの感が大きかったのだろう。



 そうして、試練は「彼がどれだけの痛みに耐えられるか」にシフトした。


 攻撃では意志が感じられないため、流れとしては順当なのだが、ユノの攻撃は魂や精神にも作用することを考えると、妥当とはいい難い。

 事前通告が無かったのも問題かもしれない。




 コウチンに、ユノの花弁型領域が迫る。


 アイリスの拙い領域にも四苦八苦していた彼に、間合い操作のエキスパートであるユノの領域を躱すことはできない。

 それ以前に、攻撃が通じないことで追い詰められていた彼に、防御のことを考える余裕は無かった。


 そうして、彼は考えることを放棄した。



 一撃でコウチンのHPはゼロにされ、魂や精神にも甚大なダメージを負わされたが、それで死んで終わり――とはならない。


 これは飽くまで「コウチンがどれだけ痛みに耐えて意志を示せるか」という試練であり、彼には死ぬことが許されていない。


 壊された肉体は瞬時に復元され、傷付いた魂や精神も崩壊しないように補填される。



 時間にして一分ほど、回数にすると千回弱繰り返されたそれは、生と死が重なり合ったともいえる状態だった。


 コウチンには、意志がどうこう以前に、状況を理解することさえできなかった。

 そして、身体と精神と魂にたっぷりと恐怖やその他諸々を刷り込まれて、自身を見失っていた。




 ユノが正気に戻った時には既に手遅れだった。


 驚いたわけではないが、「あっ……」という言葉が漏れた。



 後に残ったのは、医師がさじを投げそうな状態のコウチンだけで、彼の意志や意地はどこにも見当たらない。

 それが彼女のやりすぎによるものなのは、復元したはずの肉体が、魂の状態に引き摺られるようにボロボロになることからも明らかで、弁解の余地は無い。


 それでも、ギリギリの状態だとしても、魂が無事(※ユノの主観)なのは、精神がそれを支えたからだろう。


 そう判断した彼女は、ひとまず彼を湯の川に移送した。

 後のことは、彼の目が覚めてからのことだと、問題を先送りにして。



 なお、彼の精神が無事だったのは、思考を放棄して、状況を認識しきれていなかったところが大きい。


 とはいえ、ダメージを受けていたのは事実であり、それを認識しないというのは不可能である。

 しかし、全てを認識してしまってはもう生きてはいけない。


 そうなると、精神は自衛のために整合性を取ろうとする。


 そうして、コウチンは生まれ変わっていた。


◇◇◇


 コレットの拉致から始まった一連の騒動は、黄竜の拉致という形で幕を閉じた。


 もっとも、コレットには、ユノと一緒に里帰りしたことと、彼女の手料理を家族と一緒に食べた記憶で上書きされて、それが拉致だったという認識すらない。


 そして、その日はユノと一緒に実家に泊まり、ユノと一緒のベッドで夜遅くまで語り、眠っていて、翌日には上機嫌で別荘へと戻って行った。

 それは彼女にとって最高の一日だった。



 コウチンもまた、湯の川に拉致される前後の記憶と、ヘラに対する執着を失っていた。


 それどころか、彼は湯の川生まれの湯の川育ちで、ユノとは幼馴染だと思い込んでいる。


 当然、それは矛盾だらけなのだが、そのあたりのことを思い出そうとすると、激しい動悸や頭痛に見舞われるらしく、そのあまりの憔悴(しょうすい)のしようは、シロですら触れられないほどだった。



 そして、アイリスとルイスにも思うところがあるようで、この件については誰も触れようとしない。

 もっとも、チ〇コを生やそうとして失敗した話や、手を出して返り討ちにされそうになった話などできるはずもないが。


 そうして、事件など無かったことになっている。




 唯一被害を受けたのは、反体制派組織【雷霆(らいてい)の一撃】のいち支部のみである。


 とはいえ、彼らの自業自得であるところも大きく、そうでなくても敵が多い組織であるため、いつこうなってもおかしくはなかった。


 それでも、信念や理想に殉じる覚悟はあった彼らがロリコンとして処断され、あまつさえ数時間後には忘れ去られているなど、「悲劇」のひと言に尽きる。



 しかし、突然消息を絶った彼らのことを、同志が見過ごすはずもない。



 後の調査で、アジトの入り口が雑に埋められていたことや、中には(おびただ)しい数の肉塊や焼死体、更には壁と同化させられている極めて特殊な死に方をしている者たちまでいたことなどが報告された。



 幸か不幸か、被害者の中からは、失踪している幹部のレベッカらしき死体は発見されなかった。


 生きている可能性はゼロではない。

 しかし、敵の手に落ちている可能性もある。


 後者の場合、一刻も早く救出か口封じをしなくてはならない。


 そうでなくても、同志の死体や物資と一緒に回収された、彼女が調査していた情報や作戦の断片には無視できないものが多かった。



 初代大魔王の素性や血筋について。


 神々の力についてやデーモンコアの正体など、「なるほど」と思うような説得力のあるものや、初めて聞くような説がいくつも発見された。



 それは、かつてレベッカも通った道である。


 僅かな断片を繋ぎ合わせて、事実と誤認する。

 確たる正解がないため仕方がないところもあるが、運が――相手が悪いとしかいいようがない。

 常識では測れない存在には、どんな無茶なことでも結びついてしまうのだから。



 しかし、ライナーたちは、レベッカのように直接見聞きしたわけではない。

 まだ常識を常識として判断できるだけの余地が残されている。


 また、彼女が残した情報が完全な状態ではなかったことや、それを確かめる術もないこともあって、この先もレベッカと同じになるとは限らない。


 何より、彼の手元にはデーモンコアがある。



 魔界にはまだ争いの火種と、誤解を生む種火が残されていた。

 お読みいただきありがとうございます。


 魔界編はまだ続きますが、長くなりすぎるので、ここでまたひと区切りとさせていただきます。


 幕間を2話挟んで、次章では時系列に沿う形で、魔族領での吸血鬼退治の話になります。


 本来なら魔界編をしっかり終わらせてから舞台を移すべきだと思いますが、物語の動きと、主人公が複数の場所で同時に活動している都合上とご理解いただけると幸いです。


 以降もよろしくお願いいたします。

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