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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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41 譲れぬ想い

――第三者視点――

 ユノがレベッカと接触していた頃、コレットを捜索していたルイスも思わぬ人物と遭遇していた。



「やあ、ルー坊。久し振りだね」


 それは、現在の魔界において、ルイスを子供扱いできる数少ない存在のひとり。

 代々の体制派と協力関係にあり、少し前から姿を消していた黄竜(コウチン)だった。



「老師、どうしてここに!? もしや、老師がコレットを……!?」


 ルイスはコウチンのいつもと同じ飄々(ひょうひょう)とした態度の中に、不穏な気配を感じて警戒態勢を取っていた。

 そんなルイスの様子の変化にはコウチンも気がついていたが、態度を変えることなく語り続ける。



「コレット? ああ、もしかすると彼らも動いたのかな。そんな面倒くさいことをしなくても、直接本人を手に入れれば済む話だと思うんだけどね。まあ、弱者はそうするしかないのかな」


 コウチンはまるで悪びれることなく、古竜としての――悪魔族にも通じる価値観を説く。

 そして、誰にも誤解しようのない《威圧》を飛ばして、立場を明確にアピールした。




 コウチンは、家出してからしばらくすると、彼らの周辺を張っていた雷霆(らいてい)の一撃の工作員レベッカと接触していた。


 コウチンが嘘を見抜けることと、それが真実であるかを判別できるかは別の問題である。

 ユノの言葉に嘘はなかったとしても、それがユノの能力や事実を証明するものではない。



 能力については、ひとつを除いて特に興味は無い。

 全く魔力を感じないところは気になるが、それよりも、彼女の能力で外界に出られるという点が問題だった。


 それは魔界から出たいコウチンにとって非常に魅力的な話だが、それを鵜呑みにして辺境に出かけて嘘だった場合、瘴気に弱い彼には「間違いだった」では済まされない。

 彼女が本気でそう思い込んでいるだけであれば、それが事実ではなかったとしても、彼女にとって嘘にはならないのだ。


 それを確認するのに、彼女について客観的な情報が必要になるのだが、様子がおかしいルイスたちには訊くことができない。

 聞けたとしても、信じることができない。


 そして、どうにかして彼女の話が真実であると証明しても、彼女に結界を無効化する意思は無い。

 力で従えて無理矢理やらせるにしても、瘴気に弱い彼が結界まで出向くのは非常に危険である。

 そこで邪魔をされてはさすがに堪らない。


 各個撃破するか、分断するか――だが、そんなことをしている間に肝心の彼女に逃げられては本末転倒である。


 コウチンがどれだけ強くても、ひとりでは全てをカバーできないし、それ以前に情報収集すら困難だった。




 そんな時に出遭ったのがレベッカである。


 レベッカから聞かされたユノの情報は、ユノ自身が語ったことと一致するところが多く、彼女の方も、神話の時代を知るコウチンの話は、非常に参考になるものだった。


 そうして、コウチンは日和った体制派より野心的な彼らに共感し、一時的な協力関係を結ぶに至っていた。



 コウチンは、レベッカの調査報告から、ユノの能力が口だけのものではないとの証言を得た。


 本当に結界を無効化できるのかは未知数ではあるが、それを裏付けるような材料はいくつも確認されている。


 彼にはそれだけで充分だった。


 上手くいけばヘラのいないこの世界から出ることができるかもしれない。

 失敗すれば、瘴気に侵された彼は暴走して非業の最期を迎えるだろうが、諦めるのも生きたまま死ぬようなものである。



「何を考えて――いや、何をするつもりですか、老師」


「ルー坊も分かってるんじゃないかな? 僕はあの娘を手に入れて、ここを出る。それだけだよ」


「彼女の言葉を聞いていなかったのですか? 今、老師が外界に出るということは、老師だけの問題ではないんですよ!?」


 コウチンの返答は、《威圧》を飛ばしてくる時点である程度は予想はできていたものの、その中でも最悪のものだった。

 そのとばっちりを食らう方からしてみれば、当然「はい、そうですか」などと認めることはできないものだ。



「君たちの運命なんて知ったことか。それこそ、君たちが何百年と続けてきたことの報いだろう?」


 コウチンにも情はある。

 不確定な要素が多い状態では、可愛がっていたルイスたちに迷惑を掛けたくないという想いもあったが、長年の夢――生きる目的が現実的なものとなると話は変わってくる。



「老師も神を敵に回すかもしれないんですよ!? 百年ほど待てばチャンスもあると――」


「もう何百年も待った。たとえそれで彼女と敵として出会うことになっても、それでも僕は行くよ。僕が僕であるために。――ということだから、あの娘を渡してもらおうか」


「ちっ! たとえ老師でも、それだけはさせない!」


「へえ、だったらどうするの? 僕とやり合うかい? たかがデネブを倒した程度で思い上がっているのかな?」


「いや、不利――勝ち目がないのは自覚してますが、老師と同じように、俺にも譲れないものがあるんですよ!」


 そう言いながらも、ルイスにはユノを庇う明確な理由は分かっていない。

 コウチンの勝手な行動で魔界が滅ぶ可能性も理解していたが、そんなものはついででしかなかった。



 戦闘になればルイスに勝ち目はない。

 存在の格が違う。

 能力の相性も悪い。


 しかし、元日本人らしく平和ボケしているわけでもない。


 ルイスは、彼がここで死ぬかもしれないことも、そもそも、誰も庇わなくても、ユノなら自力で切り抜けるであろうことも理解していた。

 それでも護ってあげたい――それが正しいか間違っているか、できるかできないかではなく、自分がそうしたいからするのだ。



「押し通るさ!」


 そんな両者が衝突する。

 ユノの大好物なシチュエーションであった。




 コウチンは、その言葉とは裏腹に、人気のない方へと移動を始めた。


 コウチンは信念に基づいて行動していて、それを曲げるつもりは全くない。

 それでも、余計な被害を出したいとは思っていない。


 勝ってユノを奪うことを前提としているが、外界に出た後でその報いを受けるのは自分だけであればいい――という覚悟も決めている。


 ルイスたちを気に入っていたこともあるが、それでもほかの古竜であればそんなことまで気にしたりはしない。

 どんな理不尽が起こったとしても、対処できない弱さが罪なのだ。


 しかし、コウチンは長く人と共に暮らしていたからか、古竜の割には律義な性格をしていた。



 ルイスは、そんなコウチンの配慮に感謝しつつ、決着をつけるべく後を追った。

 少しでも勝率を上げるという意味では、別荘にいる誰かを巻き込むべきである。


 しかし、彼はそれを良しとしなかった。

 もっとも、魔界ではかなりの実力者であるリディアやイングリッドが加勢したところで、コウチン――古竜の一角である彼は、本来は神族や悪魔と同格である。

 彼がまだ古竜としては若く未熟だとしても、上がる勝率など微々たるものだ。




 別荘から充分に離れた所で、特に合図や合意もないまま戦いの火蓋が切られた。



 先手を取ったのはルイスだった。



 ルイスは、前世で剣道、柔道、空手、ボクシングなどの様々な武道や格闘技を修めていたこともありり、システムによる補正は程々に――魔力による身体能力強化は施しつつも、自らの技術による近接格闘を得意としていた。


 転生当初は初見殺しな魔法やスキルには手を焼いたものの、システムの仕様上、充分なレベル補正や耐性などに加えて、防御や回避をしていれば即死するようなことは少ない。


 当然、即死しなければいいというわけではないが。


 それに、それらは習得に要する労力や、その威力だけを見れば優秀だが、隙が大きく、実戦では使い方を考えなければならない。


 一方、完璧な状況やタイミングで打った一撃は、魔法やスキルに頼らなくても「クリティカル」と判定され、それらを貫通する。

 これも、《正義執行》と同じく、そういった戦術が他人より長けていた彼の有利となっていた。


 そして、相手に隙ができれば、超高威力の魔法――変身ヒーローの必殺技を彷彿とさせるもので止めを刺す。


 ファンタジー世界には困惑していた彼も、これには大はしゃぎだった。

 そうして、彼は長年の夢を異世界で叶えていた。




 膨大な魔力で強化された規格外の身体能力で、システムによる補正に頼らない身体の使い方といえば、ユノと同じであるといえる。


 しかし、ルイスは体さばきや間合いの取り方などはシステムの補正だけに頼っていないが、レベルによる物理法則歪曲の恩恵は受けている。


 全力を出しても、自身の腕力や脚力で彼自身が振り回されるようなことはないのだ。


 そのため、各種基本技術は学んでいたものの、彼の近接格闘はスーツアクターのような派手なものになっていた。


 そこに前世で学んだ合理性はほとんど感じないが、世界が変われば術理も変わる。

 そうした方が威力も命中率も上がるという、別種の合理性に従っているだけである。


 その威力は、さながら大型のハリケーンのような天災レベル。

 必殺技に至っては、小型の核兵器――禁呪レベルである。

 とてもではないが、ヒーローが使っていい威力の技ではなかった。


 そこに、相手のカルマ値の高さに比例してダメージが増加するユニークスキル《正義執行》の補正が加わり、魔界における彼の優位性は不動のものであった。




 一方のコウチンは、ルイスの猛攻を半竜型のままで、防御行動を取ることすらなく身体で受け止める。

 しかし、ダメージどころか怯む様子も無い。

 そして、反撃のつもりか、時折大きく腕を振り回していた。



 黄竜が象徴する災害は、地震などの大地に由来するものである。

 大雑把に振り回しているだけの攻撃も、見た目は地味だが、破壊力は言葉どおりに大地を揺るがすレベルのものだ。


 それ以上に、嵐が過ぎようが大火に包まれようがそこに存在し続ける大地の堅牢さとでもいうべきか、非常に高い防御力と耐久力が彼の最大の特徴である。


 HPにしておよそ六百万。


 竜型であれば、デネブの攻撃でもダメージを受けない物理及び魔法防御力。

 破滅の光ですら2桁ダメージを受けるかどうかといったところのコウチンは、半竜型であってもルイスの攻撃でダメージは無いに等しいレベルだった。



 ただし、システムでクリティカル判定された攻撃では、コウチンであっても防御力を無視したダメージを受ける。

 とはいえ、それも高すぎるHPと、防御力や攻撃力と比べれば見劣りするものの高い回復能力のせいで、単発や散発では意味をなさない。

 そうして、否応なく超長期戦を強いることができる。



 彼と同格であるほかの古竜たちでも、彼との泥仕合は敬遠する。


 彼が知る限り、単体で彼を斃せる可能性があるのは、絶大な力を持っていた女神ヘラくらいである。

 それゆえに黄竜は彼女を何よりも尊いものと認識し、惹かれていたのだ。


 また、そのヘラでも、コウチンを斃すのにはかなりの時間を要する。

 だからこそ過去の彼に彼女の追っかけができていたのであり、今の彼が外界に出て彼女に攻撃されるとしても、少なくともその時間はコミュニケーションをとれると考えての決断である。




 ルイスの攻撃では、コウチンにほとんどダメージを与えられない。


 前世での経験のおかげで、他人よりクリティカル率が高い彼であっても、反撃を一発でも食らえば勝負がつくような状況では思い切って踏み込めない。

 そのせいで、いつものようにクリティカルを出すことができない。

 結果、どうしてもヒットアンドアウェイ気味な戦術になってしまい、更に有効打が減ってしまう。


 それがコウチンのペースだと分かっていても、打開策が無い。

 奥の手のユニークスキルも、カルマ値が低いコウチンが相手では効果が薄いどころか、燃費が悪くなるだけの悪手となる。



 一方的に攻め続けているように見えるルイスだが、その実、余裕も後も無い。

 ルイスの攻撃が止まったとき、コウチンはユノ捜しを再開する。


 これだけ能力差があってもルイスに付き合っているのは、コウチンなりの義理の果たし方でしかない。

 ルイスもそれが分かっているから、攻め続けるしかなかった。



 とはいえ、コウチンにもそれほど余裕があるわけでもない。


 実力的にルイスに負けることは、万が一にもあり得ない。


 しかし、うっかり殺してしまったり、追い詰めすぎてしまった結果自棄になられでもした場合に彼が生み出すであろう瘴気は、コウチンにとって無視できるものではない。

 竜型にならないのも、彼を舐めているからではなく、魔力の消耗と瘴気汚染を抑えるためである。

 外界なら気にする必要の無い程度の瘴気でも、浄化能力が飽和状態にある魔界では深刻な被害を齎すのだ。




 一見するとド派手に暴れているルイスと、それを余裕の表情で受け止めているコウチン――内実は両者共に消極的な戦闘だが、そこに懸ける想いは本物である。


 そういったものが大好物であるユノが、これに気づいたのは偶然か必然か。


 そうして、いつになくご機嫌になっていたユノの気配を、アイリスが察知したのは偶然か必然か。

 興奮気味のユノが見守る中、戦いは新たな局面に移っていく。

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