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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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38 歯車の断末魔(ギヤー)

 レベッカは、そこに在るはずの地面を踏み外して転びそうになった。


 アイリスのまねをしてではない。


 そこに地面が無かったのだ。

 それどころか、目に映るのは自身の身体のみで、空も、大地も――ほかには何も無かった。


 レベッカは、天地も分からず、落下しているのか上昇しているのかも分からない――その両方を同時に体験しているような、そして頼れるものが何も無い、表現できない不安と怖に襲われた。



「貴女、誰?」


 支えとなる物が何もなく、バタバタと手足を動かしてもがいていたレベッカの背後から、ユノが誰何(すいか)する。

 この時点でユノにあったのは、アイリスに化けた彼女を不審に思うくらいのことで、敵意までは抱いていない。


 むしろ、彼女のレベルで全身に意識を張り巡らせている人は非常に珍しいので、感心していたくらいである。


 ただ、そのせいで余計に興味を持たれてしまった。


 そんな人物が、アイリスにそっくりな姿で何をしているのかと。


 本来なら、そう問われただけのところを、興味を惹いてしまったがために、邪魔の入らない彼女の領域にご招待されてしまった。



 レベッカは混乱の極みにあった。


「な、何、これ!? 何でこんな!? 私はアイリス――助けて、落ちる!」


 咄嗟に出たのは誤魔化しの言葉だった。


 この状況で意味が通じる言葉が出ただけでも、変化を保っていただけでも、レベッカの対応能力の高さを証明していたが、この場においては裏目に出た。



 ユノも、容姿が似ているだけならば「そういうこともあるか」で納得しただろうし、何かを企んでいたのだとしても、その何かに期待していたところがあった。


 その期待が大きかった分だけ、下手に上手くアイリスに化けていた分だけ、落胆は大きい。



「ふざけているの? 私がアイリスの精神や魂を見間違えるはずがないでしょう?」


 ユノは上辺だけの変装が無意味であることを告げると、ジタバタともがくレベッカの背中を踏みつけて、彼女の変化を部分的に強制解除させた。


 当然、彼女の領域内において、レベッカの変化を解くのに直接接触する必要は無い。

 ただ、能力の高さは認めながらも、アイリスの容姿で無様なまねをされるのは不愉快で、いまだに騙し続けられると思われているのも心外なので、分かりやすくアピールしてみただけである。


 しかし、レベッカの心は表現しようのない恐怖に塗り潰されていて、ユノの言いたいことはまるで伝わっていなかった。



「信じて、お願い! 待って、説明するから、殺さないで! 消えたくないっ!」


 ユノとしては、命乞いをされる心当たりがない。

 殺すつもりも無ければ、「消える」というのが存在を保てないことだとすると、大袈裟にすぎる。

 少なくとも、レベッカくらいに全身に意識を行き渡らせられるなら、そう簡単に自身を見失わないはずである。

 それに、朔のような気配を発しているわけでもない。



 ただ、レベッカにしてみれば――というより、人間の感覚では、ユノの創った何も無い世界は、完全な暗闇以上に魂や精神に負荷が掛かるものだった。

 そして、彼女が全身に意識を行き渡らせているのは「他人に化けるため」であり、むしろ、自己の確立からは遠ざかるものである。



 何も無い世界で、自己を再構築できるだけの認識ができている存在というのは、神や悪魔であってもそう多くない。


 レベッカもその例に漏れず、レベッカの肉体、魂、精神などの、レベッカをレベッカとして構成するもののうち、彼女に明確に認識できていない部分から崩壊を始めていた。

 そんな自身を喪失していく状況では、計画のことを気にしている余裕など無い。


 ただ、死にたくない、消えたくないと願うばかりで、その命乞いが、ユノを一層落胆させていた。



 ユノにも、中身は別物だと分かっていても、アイリスと同じ姿でそのような無様を見せられると、非常に気分が悪かった。



 往生際が悪いのが嫌いなわけではない。

 むしろ、最後の最後まで必死に生きようとする様は大好物である。



 しかし、レベッカがやっていることは、ただの命乞い――人頼みである。

 それもひとつの悪足掻きだが、ユノの求めているものではない。


 それに、彼女の全身に意識が行き届いている様子は、このような無様を予感させないものだった。

 それがなぜ、こんなことで大騒ぎしているのかが分からない、




 ユノは、目の前で命乞いを続けるレベッカを余所に考え始めた。


 もしもこれが本当のアイリスなら、彼女の友人たちならどうするだろうかと。



 アイリスなら、命乞いするよりはハッタリでも――むしろ、窮地に陥っていることすらも策のうちなのだと混乱させてくるだろうか。

 それとも、窮地であっても己の生き様を貫こうとするだろうか。


 アルフォンスなら、絶体絶命の状態でも憎まれ口を叩いているだろうか。


 ミーティアなら「くっ、殺せ」とでも言っているだろうか。

 そういう状況下での竜は諦めが良すぎて駄目だな。

 鍛え直さないと。



 ユノも、彼らとそんな状況になるのは残念だが、彼らが自身の意志で、命を賭してまで向かってくるのであれば、彼女はそれを真剣に受け止める。

 その結果がお互いに望んだものではなかったとしても、彼女にとって、それとこれとは別の話である。

 それが痛みや悲しみであっても、大切な人から与えられた、大切なものなのだから。



 人の頑張る姿が何より大好物――方向性に好き嫌いはあるが、彼女にはそれを無視することはできないし、それが彼らの階梯を上げる一助になるのであれば、自身の手で根源へ送り返すことも厭わない。


 むしろ、どちらかといえば、どんな形であれ負かされたいと思っている。


 だからこそ、ユノは不得手な手段を多用する。

 それは、対話であったり、戦闘であったり――どちらもコミュニケーションに重点を置いたものである。


 一般的な人間以下の前者は言うに及ばず、一見すると無敵に思える戦闘能力も、相手との地力の差が大きいだけである、

 例えるなら、「レベルを上げて物理で殴っている」状態でしかない。


 ユノの、人の姿での体術や、領域を手足の代わりに使う戦闘術は、戦闘に特化した彼女と同格の存在がいたとすれば、普通に力負けする程度のものである。

 むしろ、一本取るだけならかなりの格下でもチャンスはある。


 そもそも、ユノの真価は、同レベルの存在から見ても規格外な、素材(根源)の良さを存分に表現している可愛さと女子力、そして、いつかのアナスタシアが考察したような、世界をホイホイ創れる創造能力である。


 戦闘能力で彼女を上回る存在でも、彼女が本気で創造能力を行使して逃げに徹すれば、無限ともいえる可能性に紛れた彼女に辿り着くことは不可能に近い。


 ユノは、本来は戦闘とは無縁な華奢な乙女なのである。



 とはいえ、現時点の人間が力押しした程度では彼女に通じるはずもない。

 そういう意味では、策に走ったレベッカの判断は間違いではなかった。


 ただ、その手段に問題があっただけで。



 レベッカが無駄に上手にアイリスに化けていたため、ユノの期待値を不必要に引き上げた。

 その結果、脱出不能で、ほかの誰かに邪魔されることもない彼女の神域へと拉致されたのだ。


 その特に調整の行われていない神域は、抵抗を期待してシステムの恩恵などは受け容れているものの、それ以前に自己を確立する必要がある――高位の神格保持者でも存在を保つことが難しい領域である。


 そして、レベッカには、この世界に磨り潰されるのに抗う術がない。



「ユノ、思案してるところ悪いけど、この娘消えちゃいそうだよ?」


「えっ!? え、あれ? なぜ?」


 朔の呼びかけで、ようやくユノはレベッカが消滅寸前なことに気づいたが、なぜそんなことになっているのか理解できずに困惑した。


 レベッカの意識がユノの想像しているものとは違うことと、ユノが創ったこの領域には、朔による「人間が存在可能な状態にする配慮」がされていないことが原因である。


 前者については、その個や属する根源の階梯にもよるが、後者の比重は特に大きく、それ無しではアナスタシアくらいでようやく自己を認識できるくらいである。

 むしろ、九頭竜だけを捉えるつもりだった領域に、意図してのことではないにしても侵入できたアナスタシアの能力の高さが窺える一件である。



 朔の配慮は、死なれるとユノが困る者たちにしか行われない。

 むしろ、ユノに対する配慮といえる。


 当然、その必要性を感じない者たちにまで手間をかけるほど、朔は優しくない。




「あっ、消えた」


「ええっ!? もしかして、自決されたってこと?」


 そして、ユノはといえば、自身が論理に縛られていない存在であるため、彼女の論理には破綻しているところが多分にある。

 さらに、人間を過大評価する傾向があるため、間違った結論に至ることも多い。


 この件においては、レベッカのように全身に意識を行き渡らせている者が、この程度の領域で存在を保てないはずがないという思い込みから、彼女が消失したのは彼女の意思によるものだと結論づけた。



 事実としては、レベッカが、彼女では抵抗できないレベルの神域に囚われ、存在を維持することができずに崩壊しただけのことである。



 普段から世界やシステムとユノとの橋渡しをしている朔は、そのあたりのことはユノよりも理解しているが、勘違いさせていた方が面白いので教えていない。



「随分と潔いことだね」


 それどころか、積極的に誤解させていくスタイルである。



「といっても、ボクらには通用しないんだけどね」


「記憶を奪っていたの? さすが、朔。抜け目がないなあ」


「それほどでもないけど。それより、コレットはさっきの子たちに攫われてる」


「……なぜ?」


 ユノには彼女がコレットを誘拐する理由が思いつかなかった。


 コレットは確かに優秀だが、年齢や将来性を考慮したところが大きく、現時点での能力は、闘大学長のルシオや副学長エイナールの方が遥かに高い。


 当然、彼らを誘拐するのは難度も高くなるが、コレットを攫ったところでリディアを敵に回すとなるとリスクに見合わないし、ルナのような血筋的な理由も無い――と、そこまで考えたところで、ユノはある理由に思い至った。



 犯人はロリコン。



「うーん、ユノを脅迫するためらしいけど」


 それは言葉には出していなかったが、朔に否定された。



「……それこそ意味が分からない。何のために私を脅迫するの?」


 ユノは、推理が外れて残念がればいいのか、安堵するべきなのかに悩みつつ、新たな謎に悩みを抱いていた。


 身代金目的であれば、対象に彼女を指定するのはお門違いである。

 それ以外の要求や、そもそもコレットを攫ったことの関連性に思い当たる節がない。



「そこまでの情報は掴めなかったんだけど、どちらにしてもやることは決まってるでしょ?」


「まあ、確かに」


 朔は、ユノで遊べるチャンスは逃さない。

 当然、時と場合くらいは選ぶものの、時と場合を作ることくらいは平然とやる。



 朔は、自我を得て間もない頃に出会った娯楽作品――今は亡き勇者が遺した魔法少女ものの作品に、多大な感銘を受けていた。


 しかし、続きやほかの作品を読みたくても入手手段が無い。

 そんな状況に、「読めないなら、なっちゃえばいいじゃないか!」という結論に達しても不思議はない。


 幸いなことに、極上の素材は用意されている。

 これを有効活用しないのは、世界的な損失である。



 その想いは、アクマゾンという手段を得た今でも衰えていない。


 数多ある物語を鑑賞するのは朔の好奇心を大いに満たすものだが、ユノを使って物語を紡ぐことは格別の感がある。


 さらに、今ではアクマゾンのスタッフが、それを映像化までしてくれるのだ。

 今や気分は作家かディレクターだった。


 当然、それ以上にユノとの関係は大事にしているが、それはそれ、これはこれ。

 チャンスは逃さない。



 今回は、敵地に潜入して人質の救出という、絶好のシチュエーション。


 しかも、救出対象が子供――ユノが愛して止まない可能性の塊である。

 子供たちのためといって背中を押せば、さぞ張り切ってくれるだろう。

 張り切りすぎて正体バレする可能性もあるが、それはそれで醍醐味のひとつである。

 むしろ、バレ方こそが華なのだ。



「コレットの居場所は調和の神にでも訊けば分かると思うけど、回収するだけだと根本的な解決にはならないね」


「うーん、コレットに危害を加えていたら皆殺しかな。そうじゃなければ半殺しか、その場の雰囲気で」


「皆殺しにしないなら変装してた方がいいね」


「そうかな? ……そうかも?」


 ユノも、朔がそういう方面に誘導しようとしていることは充分に認識している。


 そして、今回は朔が何を企んでいるかを事前に察知することができた。

 というより、朔の行動原理は一貫しているので、成長など関係無く気づかない方がおかしい。



 しかし、今回の朔の提案は、表面的には正論である。


 さすがのユノも、「変な格好をするのが嫌だから皆殺しにする」ようなことはしない。


 そして、朔は、ユノが「正体がバレなければ何でもいいか」と考えるところまで計算している。


 とはいえ、現場でユノが採る行動までは誰にも予測できないが、その読めなさとライブ感こそが、どんな物語よりも刺激的な朔の愉しみだった。

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