37 誘拐
ユノたちが別荘内でコレットを捜し回っていた頃、彼女はそこから遠く離れた、とある地下施設内に囚われていた。
もっとも、本人は魔法によって眠らされていたため、その事実を知らないが。
コレットを攫ったのは、反体制派組織「雷霆の一撃」の工作員ベレッタである。
ずっとユノとその周辺の調査をしていた彼女は、ひとつの仮説に辿り着いていた。
◇◇◇
ユノが神の奇跡ともいえる力を、ほぼ無制限に使えるのは疑いようのない事実である。
それは、デーモンコアなど霞んでしまうレベルの奇跡であり、それを基準に考えると、体制派がデーモンコア盗難を問題視していないことも不自然ではない。
むしろ、デーモンコアを餌に、敵対勢力を炙り出すつもりなのだと考えた方が辻褄が合う。
そもそも、デーモンコアとは何なのか、ユノの使う力は何なのか。
それらを解明するヒントは、古い伝説と、最近発表されたばかりの新説の中にあった。
別名「神の欠片」ともいうデーモンコアは、賢者の石や神の秘石というような、希少ではあるが複数存在する可能性があるアイテムではなく、この世にひとつしか存在しないユニークアイテムである。
ユニークであることにも、その名前にも意味があるはずなのだ。
では、なぜ神の“欠片”なのか。
神魔のごとき力を振るう、銀髪紅眼の存在といわれて真っ先に思いつくのは初代大魔王だろう。
当然、イメージするのは絵画や銅像にあるような偉丈夫である。
しかし、最近になって、初代大魔王は女性だったのではないかという説が有力視(※願望込み)されている。
とはいえ、初代大魔王の活動期間や活動範囲に対して、子孫が少なすぎるという状況証拠のみを根拠とする説だが、否定できる材料も、初代大魔王とされる人物の肖像画や銅像が、女性に見えないという点のみである。
別名といえば、「ユノ」という名前も、女神ヘラの仮の名、若しくは眷属の名ともいわれている。
初代大魔王の名前についても諸説あるが、「ノクティス」や「サタン」「ヘパイストス」など、複数の名を使い分けていたという説が有力である。
とはいえ、その多くは初代大魔王との繋がりをアピールしたい者たちによる工作だが、その中のいくつかには、特に誰かが得をするわけではなく、なおかつ女神ヘラとの関連を窺わせるものもある。
余談になるが、古代魔術の中には、古の英霊に縁が深い物を触媒に、その英霊を召喚するという秘術が存在する。
そして、初代大魔王研究者の中には、絶大な力を持っていたとされる初代大魔王を召喚できないかと試みている者もいる。
成功したという話は聞こえてこないが、そもそも神魔に匹敵する存在を召喚しようとするのだから、触媒以外にも、神や悪魔を召喚するに等しい術式や魔力が必要になると考えるのが当然である。
しかし、それだけの魔力があれば、英霊に頼らずとも現体制の転覆も可能かもしれず、研究者などをやっているはずもない。
レベッカが立てた仮説は、ユノは、デーモンコアを触媒に召喚された英霊――初代大魔王ではないかというもの。
そして、初代大魔王とは、女神ヘラが人界で活動するための仮の姿か眷属だったのではないか――という、少々飛躍したものである。
ただし、その一部については、前者は最近知り合ったばかりの協力者に否定されている。
「それはない。確かに奴は神にも匹敵する強大な力を持っていたけど、神格は持ってなかったはずだ。それでも、人間をベースにした眷属だって可能性は否定できないけど。といっても、僕も先代から受け継いだぼんやりとした記憶というか、知識が根拠だから証明はできないけどね。でも、あのユノって娘が初代大魔王とは別人であることは間違いないし、無視できない繋がりがあるのも事実だ。年月を考えると血縁というには濃すぎるけど、どちらもヘラが創った眷属だとすれば、似ているのは当然かもしれない。そうすると、それはヘラがまだ生きているということの証明で――眷属を使って自分を死んだことにするなんて、面倒くさがり屋の彼女のしそうなことだ」
それは証明というよりは独白に近かったが、協力者の素性も加味すると、ある程度の信憑性があるものだった。
そうして、一部修正は必要だったものの、レベッカの中では神の欠片の名のゆえんや、ユノの正体については目星がついた。
そして、ユノが体制派に隷属させられてはいないことや、ルイスを旗頭として悪魔族を導こうとしている節があることを確認し、「それならルイスよりライナーの方が適任だ」という、根拠のない確信にまで至った。
しかし、ユノにそれを説明、そして説得をするには、体制派に邪魔をされずに話ができる環境を作る必要があった。
話さえできれば絶対に分かってくれるという、これまた根拠のない自信と、ユノとふたりきりになるためにコレットの誘拐という案に至る脈絡の無さは、ほかの仲間が聞けば、まず間違いなく「考え直せ」と言われるものだった。
しかし、彼女は自身の考えに絶対的な自信を持っていた。
さらに、彼女の敬愛するライナーに匹敵する――それ以上の力を持つ協力者の同意も得て、彼女が内心見下していた有象無象には、計画の詳細を伝えることはなかった。
ライナーにも伝えていないのは、計画の成功を確信していて、成果を手に報告することでご褒美を――という下心からであった。
そうして実行に移された、穴だらけの「ユノ引き抜き大作戦」。
ルイスに化けたレベッカがコレットを誘い出して眠らせて、詳細を知らせていない団員たちに拠点へ連れて行かせるところまでは上手く行った。
なお、コレットを標的としたのは、ユノと交流がある面子の中で最も成功率が高いからで、それ以上の意味は無い。
当然、ユノと敵対したいわけではないので、扱いは丁重にと厳命してある。
問題はその後のことで、運よくユノがひとりになれば幸運なのだが、コレットの不在に事件性を感じ取るなどして固まって行動されると、少なくとももうひと手間が必要になる。
最悪の場合は、コレットを預かっていることを示した上で、ユノひとりで来るように仕向けるなどしなければならない。
当然、そんなまねをすれば、感情的な拒絶を示されて会話にならない可能性もある。
そうなってしまった場合でも、人質として使えるかもしれない。
コレット自身も有能な人材なので、できれば確保したいところではあったが、ユノとの天秤にかけられるほどではない。
ユノを掌握するために必要であれば、犠牲にすることもやむを得ないと考えていた。
現実には、コレットの捜索に出たのは幸運にも3人だけ。
しかも、それぞれが別行動と、レベッカにとって絶好の状況となった。
ただひとつ、当代大魔王ルイスが予定にない来訪をしていて、コレット捜索に加わっていることが気がかりだったが、それもお供の者がゾロゾロとついてきていないだけマシである。
それでも、そうなる前に仕事を片付けなければならなかった。
◇◇◇
レベッカは、ユノが完全に孤立したところを見計らって、更に少しでも時間を稼ぐために、アイリスに化けて彼女に接近を試みた。
アイリスも、幼少時は王族として、それ以降は巫女として、礼儀作法などはしっかりと身につけさせられていたため、ユノほどではないが所作が洗練されている。
レベッカの《究極変化》は、対象の容姿や声、そして魔力のパターンまでをもコピーできる規格外のものだが、スキルや魔法、魔力の量まではコピーできない。
ゆえに、《礼儀作法》などのスキルを高いレベルで所持していて、しかも、時折何も無いところで躓くくらいに運動神経が悪いアイリスのまねは、彼女にとっても非常に難しいものだった。
それでも、自身の能力を十全以上に活かすための、地味でつらい訓練をずっと行ってきた彼女には、多少魔界との流儀とは違うところはあっても、適応できるだけの応用力もあった。
むしろ、頭の天辺から足の爪先まで気を張り巡らせていた彼女は、本物以上に本物だった。
「ユノ、コレットはいましたか?」
レベッカの擬態は、この無理難題を経て新たな境地に至ったといっても過言ではない。
それは、新たなスキル《擬態》を獲得したことからも明らかだった。
本来はただの生活技術の汎用スキルだが、人型の生物が持つのは非常に稀なスキルである。
それもあって、彼女には、短時間であれば絶対にバレるはずがないという自信があった。
同時に言葉にできない不安も感じていたが、作戦が成功したときの見返りを想像すると、「中止」という選択肢は無い。
「? あっはい。いや、まだ?」
それに対するユノの反応は、緊張感など微塵も感じられない間の抜けたもの――つまり、いつもどおりのものだった。
騙せているのかどうかは不明だが、賽を投げた以上は後戻りはできない。
「私の方はあちらの方でそれっぽい痕跡を見つけたんですけど、一緒に確認してくれませんか?」
レベッカは、少しでもユノとふたりでいられる時間を稼ぐために、あらかじめ用意していた台詞を口にした。
アイリスの容姿は当然として、口調や所作も、充分な観察によって違和感を覚えさせないレベルで模倣しているはずである。
更に魔力パターンまでそっくりに偽装している。
たとえ神でも見破れない――そう思うだけの自信があった。
とはいえ、無用な言動を重ねたり長引かせたりすれば、どこかに綻びが出るのも避けられない。
レベッカはそうなる前に、コレットを心配する振りをして、ユノに背を向けた。
バケツを被っている相手に擬態が有効だと勘違いしたまま、擬態しているのが自分だけだと思ったまま。




