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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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34 疎開先にて

 避難生活という名の共同生活が始まった。


 もっとも、環境は変わったけれど、内容はそう変わらない。

 お茶を飲んだり、訓練を見てあげたり、誰かと散歩したり。



「お姉様、このお茶には毒は入っていませんのでご安心を」


 毒見をしたリディアが、やり遂げた女の表情になっていた。

 というか、私が出したお茶なので、毒など入っていなるはずがない。


 ある意味では、貴女たちにとっては毒なのかもしれないけれど。



「師匠! 見回り異変なしっす!」


 息を弾ませて走り寄ってきたエカテリーナが、満足げに報告してくる。



 なお、彼女は何を張り合っているのか、「自分も呼び捨てにしてほしいっす」とうるさいので敬称を付けないことになった。

 むしろ、彼女たちとしては愛称で呼んでほしいようだけれど、「アイリスの従者」という設定が行方不明になりそうなので拒否している。



 さておき、普通は真昼間にデスが出ることはないらしいので、エカテリーナがしていたのは見回りというより散歩だろう。

 というか、報告する相手が違うのではないだろうか?




「お役目大儀でした。さあ、ふたりともこちらに来て一緒にお茶にしましょう」


 そんなふたりに、現状この集団のリーダー格であるイングリッドさんが声ををかける。

 というか、ふたりはお茶の時間に合わせてやってきたのではないだろうか。


 まあ、いつものことだし、それで回っているのだから構わないのだけれど。



「はい、遠慮なくご一緒させていただきます。またみんなでお姉様のお話で盛り上がりましょう」


「そうそう。この娘ったら自分のことを全然話さないものだから」


 何を話せと?

 というか、本当のことは話せないし、私が下手に話すとボロが出てきそうだし、話せるわけがないのだ。



「アイリスさんもお願いね。ハンター登録のお話は面白かったわ。それに、貴女はお話がとってもお上手ね。ついつい聞き入ってしまったわ」


「恐れ入ります。ユノは口下手で、更に他人の話を聞くのも苦手ですから、それで彼女が苦労することがないようにと話術を磨いてきた甲斐がありました」


 アイリスの口が達者なのは最初からだったような気が……。

 もっとも、助けられているのは事実なので、深くはツッコまないけれど。



「そうだったのですね。まあ、この娘は容姿と能力の割に、どうにも隙が多くて不安なところがありましたが、貴女のようなしっかりした者がついていたことは幸運でしたね」


「ご安心ください、殿下! これからは私たちもお姉様を守る盾となる覚悟です!」


「私も師匠と一緒にいるっす!」


「私も――戦う力はないですけど、頭を使うことなら役に立てると思います! だから一緒にいたいです!」


 駄犬ズはともかく、コレットまで何かしらの使命に目覚めた様子。

 やはり、私のお茶とお菓子は毒なのだろうか。



「ええ、この娘は世界の宝。皆で力を合わせて守護らなければなりません!」


 何度も言うようだけれど、力のある人が力のない人を守らなくてはならないのではなく、その意志がある人がそうするのは結構なことだ。


 しかし、コレットのような子供に護られて、自分は安全なところで高みの見物をするような大人――年齢的には私も大人とはいい難いけれど、そんな最低な大人にはなりたくない。


 なので、最低限の対処はしておこうと思う。


 といっても、何でもかんでも私が処理してしまうと彼女たちの成長に繋がらないので、手に負えないレベルのものに対してだけで。



 この避難生活の原因でもある、デスの襲撃はここでは起こらないのでその心配は無い。

 いや、反乱を起こす可能性もゼロではないけれど、それはそれで彼の意思であると歓迎しよう。



 その可能性がありそうなものは、行方不明のコウチンさんが自棄を起こすくらいのことだろうか。


 それでも、彼も竜なら騙し討ちのようなことはしないだろう。


◇◇◇


 それから特に何事もなく時間は過ぎていき、みんな新しい環境での生活にも慣れてきた。


 まあ、ひと月近く何も起こらなければ無理はないかもしれない。



 とにかく、いい感じに緊張感が抜けた――といっても、だらけているというようなことではない。


 むしろ、避難当初の気負いすぎた感じが消えて、護られている方としても安心できる雰囲気になった。



 それまでは無駄に空気が張り詰めていたせいで、どうにも落ち着かなかったものだけれど、これくらい落ち着けば、アドンを(けしか)けて自分で撃退する自作自演も可能かもしれない。


 彼女たちが気負いすぎているとか舞い上がっている状態では、アイリスやアドンの制御を外れて単独で突っ走るとか、無理をして大事に至るおそれまであったのだ。



 もちろん、そういうのは望んでいない。

 これ以上わけが分からないことにしないための幕引きであって、誰かを傷付けたいわけではない。


 なので、良い感じに緊張感を残しつつ、多少の油断も出てきたこのタイミングは、仕掛けるには良いタイミングに思えた。



 しかし、魔王城でもそうだったのだろう。


 デスに備えているのに、一向にデスは出ない。

 もちろん、出ない方がいいことなのだけれど、終わりが見えないのも困りもの。

 脅威度を考えると、中止や規模の縮小もしづらいし。



 保護を求めた教会関係者にしても、この展開には思うところもあるだろう。

 もちろん、口に出したりはできないと思うけれど。



 そんな感じでダレてきたルイスさんやお偉いさんたちは、三日に一度くらいのペースでここに顔を出すようになった。

 名目は、避難している彼らの家族に顔を見せるためだそうだ。


 つまり、いつも誰かしらお偉いさんがいる。


 車を使っても往復に一日くらいかかることを思うと、かなりの頻度である。

 私も他人のことをとやかくいえる立場ではないけれど、みんな存外飽きっぽいらしい。



 そんな感じで、仕掛けるには面倒な状況になってきた。


 しかし、よくよく考えてみれば、これは事態が沈静化しつつあるということではないかと気がついた。

 というか、仕掛けるのも面倒なので、このまま風化してくれるならその方がいい。




 こうしてグダグダになった感のある避難生活だけれど、良かったことをひとつ挙げるとするなら、ここにいる各人同士の縁ができたことだろうか。

 それも、単に知り合いになっただけでは終わらずに、家族同然――というのはいいすぎかもしれないけれど、それくらいの仲の良さになっている。



 その中でも、最も恩恵を受けているのはルナさんだろう。


 初代大魔王の血を引いていると噂されていたルナさんは、あろうことか外界進出を目標として、それを公言していた。

 しかし、初代大魔王の血筋を特別なものと捉えていた人たちにとっては、彼女は外界に流出させるべきではない人材の筆頭だった。


 ルイスさんたちの立場を考えると、どうしてもそちら寄りになってしまうのは仕方がないことで、場合によっては、何らかの強硬手段に出ていた可能性もあった。



 つまり、私が彼女の血筋を否定していなければ、そうなる可能性もあったのだろう。

 割と行き当たりばったりの魔界暮らしだけれど、思いのほか上手く回っているのかもしれない。



 それでも、ルナさんは初代大魔王の血筋ではないとはいえ、その腹心だった亜門(アモン)さんの血筋であるらしい。

 もちろん、真偽のほどは未確認だけれど、ルイスさんたちは信じきっている様子。

 これも私の人徳か。



 なので、ルイスさんたちの態度は若干軟化――強力に阻止しようとまではしないけれど、役職や待遇などを提示して、正攻法での引き抜きを図っている。

 そして、ルナさんについては最終的には本人の意思を尊重するそうだ。

 何だか含みのある言い方だったけれど、何か裏でもあるのだろうか。


 もしかすると、ここ最近の外界進出内定者たちが、一切外界に出られていないことも関係しているのかもしれない。


「出たいの? 出られないけれど。残念だったね」


 みたいな感じで。



 その理由については、私とアイリス、様子を見に来ようとして《転移》魔法が失敗したアル以外はまだ誰も知らないはずだ。

 いや、管理人のアルゴスさんたちは知っているか……?


 少なくとも、アナスタシアさんは知らないはずだ。


 主神にも会ったことだし、彼女からの報酬には大して意味が無くなった。

 というか、結界に対するデーモンコアの影響ももう無いので、彼女が魔界に干渉しても何の問題も無い。

 つまり、魔界をどうするにしても、その意志がある人がやるのがいいかと思って、その旨を伝えようかと思ったのだけれど、デーモンコアの紛失についても触れなければならなくなることに気がついた。

 なので、この件は一旦保留している。


 もちろん、いつまでも秘密にできないのも分かっているので、いつか折に触れて、何でもない感じで言おうかと思っている。

 

 ひとまず、アイリスはともかく、アルを口止めするために借りを作ることになりそうだけれど――とにかく、ルナさんたちの今後のことは、関係者と相談の上で決めようと思う。

 ずっと同じことを言っているような気がするけれど。




 さておき、ルナさんの立場が改善したことは、関係性を変える一因ではあったけれど、普通に考えれば家族同然となるまでのものではない。


 なぜそうなったのかというと、私を通じての関係なので、何かが増幅しているそうだ。

 何かって何だ?


 正直なところ、そんなことを言われても、いくらアイリスの言葉だったとしてもピンとこない。

 根拠が無いというか、話が飛躍している気がする。


 私としては温泉で裸の付き合いをしていたからではないかと思うのだけれど、そう意見してみたところ、「そうかもしれませんね」と、とても優しい笑顔でスルーされた。


 なぜだ。

 衣服も(しがらみ)も何も無しで向き合えば、心も触れ合えるはず。

 理屈はそれで合っているはず。

 お風呂職人のアルやレオンがそう力説していた。


 ……あれ?



 とにかく、原因はどうあれ、みんなの距離感が近くなったという結果は悪いものではない。


「お姉様、本日もお疲れさまでした。アイリスさんも結界の準備お疲れ様です」


「「「お疲れ様」」」


 夕暮れ時になると、日中の見回りや訓練を終えた人たちが続々と砦に戻ってきて、互いに労を労っていた。



 デスの襲撃に備えるという意味では、日が暮れるこれからが本番である。

 しかし、アイリスの結界は、デス――アンデッドに対しては、千の兵の守りに勝る。

 そのため、夜間警護の人員は最低限だったりする。


 アイリスの回復魔法や補助魔法は、ルイスさんをも唸らせるレベルだそうで、聖属性の結界は、アンデッドや悪魔族に対して、闘大の訓練場に施されていたものにも比肩するらしい。


 彼女はそれと合わせて、得意の話術でみんなの心をあっという間に掴んだ。

 そうして、私のパートナーとしての地位を確立していた。



 なお、アドンによると、アイリスの結界では、一般的なデスならともかく、彼を止められるかといえばノーだそうだ。

 何を張り合っているのやら。




「お姉様。食事の用意ができるまでまだ時間がありますし、またみんなでお風呂にしませんか?」


「私も行くっす!」


「そうしましょうか。また背中を流してあげますよ、ユノ」


 日中は仕事や訓練に勤しみ、それが終わればみんなで団欒。

 そして明日に備える――と、大体いつもこんな流れだ。


 しかし、この日はいつもと少し違っていた。



「コレットの姿が見えないけれど?」


 定時になると、いつも真っ先に駆け寄ってくるコレットがいない。


「コレットなら、陛下が話があると言って連れていかれました。大方、今後の身の振り方についてではないかと思いますが、きっとすぐに戻ってきますよ」


 なるほど。

 確か、ルイスさんや学長先生からも、コレットの今後のことを考えていると聞いた記憶がある。


 現在の彼女の学園内での保護者というか後見人はリディアなのだけれど、そのリディアは今年度をもって卒業予定なのだ。

 もちろん、それで彼女たちの縁が切れてしまうということではないけれど、客観的に見て、学園内で確立されているとはいい難いコレットの立場を考えると、何らかの配慮は必要になるだろう。


 ルイスさんは、コレットの将来性も買っていて、そのあたりのケアもしようと考えているのだろう。


 ちなみに、私やアイリスにも打診はあったのだけれど、私の背後関係を理由に全て断っている。


 背後も何も、本人が理由だけれど。

 コウチンさんがいないと言い訳が楽でいいね。



「拙どもも陛下よりお話をいただきましたし、優秀なコレット殿なら当然ですね。とはいえ、拙どもは返事を保留させていただいていますが……」


「お師匠様から習うことがまだいっぱいあるし、先生も行くなら即決したんだけど、断ったって聞いたしねー。急いで決める必要はないかなって」


 なお、いつの間にか、トライさんのお弟子さんのメアとメイからは「先生」と呼ばれるようになっていた。

 彼女たちの師匠はトライさんのまま――彼は本当はトライアンという名前だそうで、耳は良いはずの私がなぜ聞き間違えていたのかは不明である。

 よほど強力な刷り込みでもあったのかもしれない。


 とにかく、失礼をしていたのは私の方だったようだ。


 もちろん、気づいた時にきちんと謝罪したのだけれど、当の本人からそのまま愛称で呼んでいいとの許しも出て、彼女たちとも和解することができたのだ。


 余談だけれど、トライさんの姓は「アモン」だそうな。

 私の知っている亜門さんとの共通点は体格の良さとお酒好きなところくらいだったりする。


 いや、面倒見の良さなんかもそうだろうか――そう思うと、彼女たちにも親近感が湧いてくる。

 ついでに、彼とルナさんは遠縁ということになるのだろうか。

 世界は意外と狭いものだ。



 さておき、私が彼女たちに何かを教えているという事実はなく、彼女たちが見様見真似で「女子力」を身につけようとしているだけだったりする。


 まあ、自分で言うのもどうかと思うけれど、私の家事は、ある意味では完璧以上である。

 炊事はいうに及ばず、洗濯をすれば新品同様というか朔の再現能力で新品以上の状態になるし、それは掃除でも同様である。

 ほかにも織物とか編物もできたりするし、そういうことを「女子力」というのであれば、かなり高いところにあると思う。


 とはいえ、他の人に簡単にまねができるようなものではないし、少なくともバケツを振るのは女子力とはいわないと思うのだけれど、「お師匠様に美味しいご飯を食べさせてあげたい」という想いは女子力に通じるのかもしれない。



「とりあえず、先にお風呂に行きましょうか。お姉様大好きっ娘のコレットなら、すぐに追いつくでしょうし」


「「「はい」」」


 コレット的に「お姉様」といえばリディアのことなので、彼女の言葉はいつも頭がこんがらがるのだけれど、お風呂に入ることに異存はない。



 ここの天然温泉は、ここでの暮らしの数少ない楽しみのひとつなのだ。


 そう感じているのはみんな同じらしく、些細なことはスルーして入浴モードになった。

 露天風呂があればもっといいのに――とは思うのだけれど、要人用の別荘ということなので、それはセキュリティ的にアウトなのだろう。


 残念なことだ。

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