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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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32 歯車大暴走

 思わぬ形で時間を浪費してしまったレベッカは、それ以上の説得は諦めて大聖堂へと取って返した。



 しばらくして、彼女たちが大聖堂に到着した時には、そこは混乱の最中にあった。


 神官や商人たちが、半ば暴徒化した信徒たち詰め寄られていて、その対応に四苦八苦していたのだ。


 基本的に、神官や商人に逆らえない大聖堂という場においては、非常に稀な――彼女たちも初めて見る光景である。



 教会が下手(へた)を打った――というのも生易しい失態を曝したは理解できる。

 そもそも、そう仕向けたのはレベッカである。


 しかし、ここまでの混乱は想定外というほかない。


 情報を得ようにも、興奮している信徒たちからは、情報以前にまともな会話が成立しない。

 その相手をしている神官や商人たちには、レベッカたちの相手をする余裕が無い。

 この騒動を一歩引いて見ている、比較的冷静な者たちからは、核心的な情報は得られない。



 それでも、諜報活動のプロである彼女たちは、断片的な情報を繋ぎ合わせて、どうにかおおよその事態を把握することができた。



 新たな奇跡を謳って、より一層の信仰と寄付を集めようとしていた女神教と、それに乗じて阿漕な商売をしていた商人たちが、本物の奇跡の出現と、それに否定されたことで信用を失ってしまったのだ。


 当然、その奇跡というのはレベッカの調査対象であるユノのことである。



 それもレベッカが仕向けたことだが、彼女の予測では、奇跡の噂が魔界村中に広がるのに半日ほどかかり、ユノがその対応に当たるには早くても今晩、常識的に考えれば翌朝以降になるはずだった。


 ユノに対して「普通」を当て嵌めたことがそもそもの失策だったが、それでもこの対応の早さは、噂が広がる前に行動を開始していたとしか思えない。



 レベッカは、「やはり監視されているのだろうか」と天を仰いでみたが、いつもどおりの空があるだけだった。

 なのに、なぜかそれも空恐ろしい。


 そして、何もかも見抜かれた上で、掌の上で弄ばれているような気がしてきたが、恐ろしいのでその可能性には気づかない振りをした。



 とにかく、レベッカ自身に害が及んでいないことから、考えすぎだと割りきろうとするが、不安は消えてくれない。


 ただ、彼女についてきたふたりの団員にも、何か大変な事が起きていることは伝わったようで、それまでとは一変して、レベッカに協力する姿勢を見せるようになった。




 計算違いから肝心なところを見逃してしまったレベッカだが、まだチャンスが終わったわけではない。


 既にユノは立ち去った後だが、面子や利権に拘る教会や商人たちが素直にそれを見送るはずもなく、当然のように追手を差し向けていた。


 気配や物理的な足跡が薄いユノの後を追うのは非常に困難だが、それだけの集団が移動した痕跡を辿るくらいは、レベッカたちには造作もないことである。


 彼女は、ふたりの団員のうちのひとりに大聖堂での事件の調査を命じ、自身はもうひとりの団員を連れて追手の後を追い始めた。



 観察眼も、レベッカくらいになると、足跡などの僅かな手掛かり――その特徴や濃さ、そして歩幅などから、その人の身体能力や戦闘スタイルまで推測することができる。


 レベッカの評価では、ユノを追っているのは中の中――黄金の御座の兵卒と同じくらいで、教会や商人の私兵レベルではそこそこ上等な部類に入るものだ。

 しかし、それでユノを捕まえられるかといえば、望み薄であるとしかいえなかった。



 追跡がかなりの速度で行われていたことは痕跡を見れば分かる。

 しかし、それと同等以上の速度で逃走していたであろうユノの痕跡は、レベッカでもまるで発見できなかった。

 ユノを見たことがなければ、幻影でも追いかけていると判断して、追跡を中止していただろう。


 ここまでのレベルの差があると、追いつくどころか追いかけられているのかも怪しかった。

 どこかで追手が撒かれている可能性は高かったが、今は信じて追いかけるほかなかった。




 追跡開始から既に三時間ほどが経過したが、まだ追手たちの姿は見えない。


 段々と弱々しくなっていく痕跡や、そこから推測する追跡ペースから察するに、追手側はそろそろ限界が近いはずである。

 レベッカや団員の疲労もかなりのものだ。



 また、彼女たちは、ハンター協会が危険な魔物などが現れたときに指定する、活動制限地域内に侵入している。

 特に目印などはないが、魔界村でハンター業をしていれば、誰でも知っていることである。


 そして、今回の指定は、時期的にアルタイルかベガ、若しくはデネブに対する危険性である。

 ユノや追手の誰もがそれを知らないということは考えにくいが、知っていてそちらへ向かう理由は分からない。



 もっとも、指定地域といっても範囲は広く、侵入したらからといって、すぐに危険になるというわけではない。


 町から近いこの辺りは、念のためという意味合いが強い。



 それでも、今のレベッカには、そんなものは気休めか()()にしか思えなかった。

 そして、何かが起こることを確信して、不安を抱えつつ追跡を続けた。




 レベッカにはある程度心構えができていたからだろうか。

 それを発見した時にも、それほどショックは受けなかった。



 白い巨人――それが伝承にあるデネブであることは、《鑑定》が届かない距離からでも届く存在感から確信できた。

 それ以上のことは、距離的に遠すぎて仔細までは判然としない。


 それでも、デネブとは数十人――もしかすると、百以上の人間が戦っているように見えた。



「レ、レベッカ殿、あれはデネブでは!? これ以上近づくのは危険すぎます! も、戻りましょう!」


 しかし、彼女についてきていた団員には心構えができていなかったからか、デネブをそれと判断できたところまでは彼女と同じだったが、離れていても分かるその圧倒的な存在感に、軽い恐慌状態に陥ってしまった。


 その様子を見たレベッカは、更にほんの少しの冷静さを取り戻し、現状を分析し始めた。



 彼女たちが追跡していた追手はどこに消えたのか。


 彼女の推測による追手の実力と人数では、デネブのような化け物が相手では一分ともたないだろう。

 しかし、その追手たちが追っていたユノがデネブに殺されるイメージは湧かない。


 デネブに追手を始末させるために誘導していたのか――むしろ、その謎だらけの生態や、白い肌などの共通点から、彼女の正体がデネブなのかもしれないなどと、レベッカは少々飛躍した妄想をしていた。


 しかし、それも僅かな時間のこと。

 彼女の思考は、すぐに彼女の最も大切な人のことに切り替わる。



「君は本隊に戻って、このことを団長に報告を」


「レベッカ殿はどうされるおつもりか!?」


「私はもう少しだけ様子を見て――情報収集してみる。問答している場合じゃない、君は急いで!」




 レベッカが考えたのは、ライナーと自身のこと。


 イオがこれを《予知》していればいいのだが、《予知》はそこまで都合の良い能力ではない。


 デネブがこの先どう動くかは未知数だが、その脅威度を考えると、情報の有無は非常に重要である。

 最悪の場合、黄金の御座を囮にして、雷霆の一撃だけでも魔界村から退避することも考えなければならない。


 これまでにかけた金額や労力を考えると相当な痛手だが、雷霆の一撃――ライナーと自分たち幹部が残っていれば、いくらでもやり直せる。

 当然、野望の成就は遠退くが、それで落ち込むライナーを慰めるのも悪くはない。


 レベッカはそんなことを考えながら、走り去っていく団員の背中を見送った。



 とはいえ、彼女には調査を続行する気など微塵も残っていなかった。


 ユノのことは気になるが、デネブが出現した以上は、これ以上の調査続行は不可能である。

 下手に深入りすると、レベッカでも離脱が難しくなる。


 団員をひとり先に戻らせたのは、彼の《隠密》スキルが彼女と比べて低すぎるため、彼と行動を共にする方が危険だと判断しただけのことである。



 魔法やスキルの存在するこの世界では、逃走は意外と難しい。


 様々な距離や状況に対応できる魔法やスキルが存在するため、隙を曝せば一方的に押し込まれる。

 当然、それらの中には逃走に役立つものもあるが、攻撃手段ほど多彩ではない。

 そのため、例えば透明化して姿を消しても、範囲攻撃で吹き飛ばされるなど、相手次第になるところが多分にある。


 確実に逃げるためには、逃走を可能にするな速度差、又は《転移》や《縮地》などの奥の手や駆け引きが必要となる。



 現在のレベッカの位置は戦闘区域外で、デネブにも気づかれていないため、逃げるチャンスは充分ある。


 しかし、噂に聞くデネブの破滅の光は、天をも貫いたという。

 さすがに有効射程は存在するはずだが、天と比べれば、この程度の距離はあってないものである。

 逃げ始めたのが早いか遅いかなど誤差にしかならない。


 彼が運良く本拠地まで辿り着ければそれでよし、そうでなくとも囮として役に立てばそれでもよし。

 デネブに発見された状態からの逃走ではないので、逃げ切れる可能性も充分にある。


 彼女は更に万全を期すだけだ。

 そうやってこれまで生き抜いてきたのだ。



 距離が離れすぎていて詳細は分からないが、突然の咆哮――恐らく苦悶のものを上げた直後から、デネブの動きが変わった。

 その理由は気になるところだったが、この距離からでは満足な観測はできない。


 それでも、レベッカはこれを好機と捉えて離脱を開始した。




 レベッカは、身を屈めて気配を消して、小動物のようにゆっくりと転進する。

 背後の状況が気になるが、「見る」という行為は、小さくない影響力を持つ。

 観察のエキスパートである彼女だからこそ、それを無視できない。



 そうして、レベッカが離脱を始めて幾許(いくばく)もしないうちに、彼女は一筋の光が空を穿つのを見た。


 彼女は最初、それを流れ星だと思った。


 しかし、彼女の感覚が確かであれば、それは地上から天へと飛んでいったように見えた。

 というより、まだ夜の帳が下りるまでには時間があり、流れ星が見えるような時間ではない。


 そして、すぐにこれが破滅の光かと思い至り、反射的に振り返って我が目を疑った。



 デネブが消失していた――正確にはデネブの気配が、直前とは比べ物にならないほど小さくなっていた。

 目視でも、彼女がデネブだと認識していたものは、もうそこにはいなかった。



 何があったのかは分からない。


 先ほどのあれはデネブの破滅の光ではなかったのか。

 デネブはどこに行ったのか。


 もしかして、先ほどの光はデネブを攻撃したものだったのか。


 流星を召喚する禁呪の存在は彼女も耳にしたことがあったが、彼女の記憶ではそれは質量兵器のようなものである。

 それでは、物理攻撃を反射するというデネブに効くはずがない。



 それ以前に、デネブを一撃で吹き飛ばすような攻撃方法が存在するのか。


 人が使える程度の禁呪では不可能なのは既に証明済み。

 神器の能力解放であればあるいはといったところだが、それほどの神器の使い手が存在するとは聞いたことがない。


 しかし、先ほどの光が神器によるものであれば――威力はデネブが弱っていることから推測するしかないが、少なくとも、射程は次元が違うものである。



 情報通のレベッカでも、そのような神器が魔界にあることも聞いたことがない。


 アルフォンスの神器は、真名は不明だが剣型で、威力はあっても射程はさほどではないと推測できる。

 魔王城に保管されている山河社稷図(さんがしゃしょくず)は、時空系に分類されていたはずなので射程には優れているが、さきのあれのような射出型ではないと考えられる。

 そもそも、使い手がいないはずである。


 ふと、デーモンコアの秘めた魔力を一気に解放すればあるいは――と考えたところで、何かがレベッカの勘に引っ掛かった。



 しかし、その何かは、新たに戦場で起きた大爆発によって記憶の彼方へ吹き飛ばされ、一拍遅れてその衝撃波が彼女を襲った。


 その爆発は、さきのものと比べると威力は控えめなように感じられた。

 それでも、かつて目にした神器のものとは比べ物にならない、2度目となる神の力だった。



 レベッカは、強烈な衝撃波に蹈鞴(たたら)を踏みながら、あまりに理不尽な力に怒りを覚えていた。


 せめて、一発限りのものであるとか、発動までに相当な時間が必要などという条件でもあれば救いもある。

 しかし、あんなものを連発されては、対策など取りようもないではないか。


 だからといって、都合良く理不尽を跳ね除けられる力に目覚めるわけでもない。



 とにかく逃げなければ。

 そう考えたレベッカが、ひとまず体勢を立て直そうとしていたところ、爆煙の中から飛び出してきた禍々しいものが放つ衝撃波に巻き込まれて、なす術なく吹き飛ばされた。


 直撃して即死しなかっただけでも幸運なのかもしれないが、ダメージは大きく、そう素直には喜べる状況ではない。

 むしろ、そんなことを考えられる余裕は無かった。


 それでも、それの進行方向へ逃げていた団員の運命よりは確実にマシだった。




 レベッカは、ろくに受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


 受け身を取りきれずに腕や肋骨が折れ、肺が潰された。

 肺以外の内臓の損傷も酷い。



 レベッカは、痛みで気絶しそうになりながらも、反射的に仰向けになってハイポーションを口に含む。


 それでひとまず危険な状態は脱したが、全快にはほど遠い。


 横を向いて、機能を取り戻した肺の中に溜まっていた血を吐き出すと、空気を求めて必死に(あえ)ぐ。



 そんなレベッカの上空を、ひと筋の流れ星が通過した。


 極限状態で、余計なことを考えていなかったからだろうか。

 ほんの一瞬とはいえ、死の淵にいたからかもしれない。



 それは、彼女の能力では絶対に見えないはずの速度だったが、なぜかレベッカの目に、そして心に、くっきりと焼きついた。


 飛び去ったのは流れ星ではなく、神話に登場するような戦乙女(※ほぼ全裸に鎖の簀巻(すま)き)だった。



(あれはユノ!? 見間違え――いや、あんなに人間離れした存在が何人もいるはずがない! 銀の――白金の髪に、紅い瞳。整いすぎた容姿は色気を通り越して、神性か魔性を帯びてる。こんなの何人もいたら、世の中無茶苦茶になるわ。多分、デネブをやったのは――って、そういえば初代大魔王様も銀髪赤目! それに女神ヘラ様の秘蔵っ子で、神魔に匹敵する力を持っていたとか――そうだ、実は女だって説もあった気が! それにそれに、ユノって確か女神ヘラ様の別名とか、眷属の名前って――あ、デーモンコアが半分しかない理由!? あれもその時代の遺物だっていうし、そういうのを触媒に、英霊を召喚する秘術も――)


 レベッカの中で、何かが形になりかけていた。

 やはり、一度死にかけたところに高次存在を目にしてしまったところが大きいのかもしれない。



 それはとても突飛な仮説で、レベッカ自身「あり得ない」という想いは捨てきれない。

 しかし、考えれば考えるほど、様々な断片が噛み合っていく。


 そうであるとしか思えくなっていた。



 今の彼女には、ある種の認知バイアスがかかっている状態であることも間違いないが、ユノを測るための情報が不足していたことが問題だろう。

 彼女の突飛な仮説より、更に不可解な事実があるなど、彼女でなくても想像できるものではない。


 一般的な常識では「そんな莫迦な」となる話が、知っている者からすると「それだったらよかったのにね」となるというだけで、方向性としては悪くはないのだ。

 それを早計だったと責めるのは酷である。



 しかし、ただの勘違いで済んでいれば、笑い話になっていたかもしれない。


(そもそも、あんな特殊すぎる存在が、今の今までどこの情報網にもかかってなかったってことがおかしい――いや、問題はそんなのが体制派に飼われてることよ。使役されてるって感じじゃないのは――)


 レベッカたちは、雷霆の一撃の野望の達成には、体制派の打倒が必須だと考えている。

 そのために、体制派と友好関係にある(ように見えた)ユノを、無視できない障害だと認識してしまった。


 そして、彼女を災厄レベルの脅威と認識した上で、恐怖を愛の力で乗り越えて、更なる調査と工作の決意を固めた。

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