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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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29 歯車は狂いだす

――第三者視点――

 魔王軍とハンター有志によるデネブ討伐から、遡ること数日。


 新進気鋭の傭兵団を率いる青年【ライナー】は、鈍く光る銀色の半球にサイズの違う半球を合わせた物を片手に、試行錯誤の日々を送っていた。


 彼の手にあるそれは、いうまでもなくデーモンコアである。



 傭兵団【黄金の御座】の団長であるライナーには、もうひとつの顔があった。


 それは、女神ヘラの名の下、現体制派に代わって全悪魔族を統一して外界へ進出、武力による人間界征服をなし、悪魔族の楽園を築くことを目的とした過激派集団【雷霆(らいてい)の一撃】の団長である。


 彼の手にあるデーモンコアは、その構成員であるレベッカが、幾多の困難を乗り越えて魔王城から盗み出した物だった。




 雷霆の一撃と同様の理念を掲げている集団は多い。


 もっとも、その大半は、彼らの抱える不満のはけ口を体制派に向けているだけのもの。

 体制派のやり方が生温いとして、その理念(言い訳)の下での調略、略奪、殺人など、あらゆることを正当化しようとしていただけである。

 当然、度を過ぎれば体制派に潰される。



 現時点での雷霆の一撃の活動規模は、体制派から見れば殊更問題視するほどのものではなかった。

 また、彼らの被害者の多くが、彼らと同様に問題のある商人や貴族だったこともあって、捜査や処罰の対象としての優先順位が低かったことも、見逃されていた理由だろう。



 そんなある日、表向きの組織である傭兵団が、とある有力貴族のお抱えに召されることになった。


 もっとも、その貴族の直下にではなく、孫娘の指揮下となるものだが、傭兵団の規模的には大躍進といえるものである。


 その際、雇用試験と称して行われた、ライナーと孫娘との一騎打ちで――お互いにまだまだ本気ではなかったが、それでも充分な実力があると示すことができたことも大きい。


 その様子は体制派のご意見番でもあるその貴族も観戦していて、彼の関心も得ることができたのだ。


 これによって体制派の情報を得やすくなった上に、悩みの種でもあった傭兵団の維持費も賄える。



 黄金の御座は、ライナーの理念や為人(ひととなり)に惹かれて集まった、裏の活動など知らない者たちの集まりである。

 そのため、その活動資金を、汚い手段で稼いだものや、出所不明のもので賄うことができなかったのだ。



 しかし、どんなに崇高な理想を掲げても、組織の運営には金や物が必要である。


 それを、最終的な仮想敵が、わざわざ支援してくれるというのだ。


 最悪、使い捨てるしかないと思っていた黄金の御座の団員にも育成の機会を与えることができ、素質のある者は真の仲間に勧誘することもできる。

 彼でなくとも笑いが止まらない状況だろう。



 更に幸運なことに、雇用主の支援として帯同した大空洞探索で、デーモンコア発見の報を逸早く入手することができた。


 伝説に謳われたデーモンコアを奪取することができれば、彼らの理想の実現も現実味を帯びてくる。

 その情報をほかの組織に先んじて入手できたことと、彼の仲間の中に《予知》能力を持つ少女がいたことが、彼にそれを決断させる原動力となった。




 しかし、《予知》能力とは、決して万能なものではない。


 《予知》の多くは「夢」という形で――《予知》スキルを発動させたまま眠ることで(もたら)されるのだが、深すぎる眠り――ある種のトランス状態にある術者は、能力を任意で制御することができず、見たいものが観られるとは限らない。


 また、《予知》の実現までの期間が長ければ長いほど、《予知》の正確性や実現性が下がる。

 有体にいえば、《予知》は外れるものであり、だからこそ様々な可能性を追求することができるのだ。


 ただし、術者の能力を遥かに超える存在が《予知》に絡んでくると、信頼性が大きく低下するか、最悪は観ることができなくなる。


 これは主に、《予知》能力者の能力の限界や、システムの仕様によるところが大きい。


 そもそも、人間の脳の処理能力で、未来における全ての事象を把握することなど不可能であり、ここでいう《予知》とは、「特定条件下での可能性のひとつが提示される」能力である。



 本来、未来の世界は、若干の例外はあるものの、因果律に従って形成されている。

 一見すると、そこには無限の可能性があるように見えても、小さな因果は大きな因果に呑み込まれる形でひとつに収束する。

 《予知》能力者はその例外に該当する存在ではあるが、それでも因果をねじ伏せて無理を通せるほどの力はない。


 結局、自分たちの能力以上のことはできないのだ。



 しかし、彼女は《予知》の目的をデーモンコア奪取の可能性に絞り、何度も限界以上に能力を使っては魔力回復薬を使い、酷い魔力酔いに悩まされながらもひとつの未来を掴み取った。

 大魔王を相手に、これは快挙――奇跡のレベルであった。


 そうして、彼女は女神ヘラの祝福を受けているのだと、雷霆の一撃は大いに沸いた。



 もっとも、この奇跡は、最悪の例外が因果律まで侵食した結果に生まれた隙間に上手く嵌っただけなのだが、《予知》程度の能力ではそんなことに気づけるはずもない。




 そうして、デーモンコアを盗み出したまではよかった。


 しかし、それが持つ膨大な魔力を有効に活用する目処が立たずに、時間だけが過ぎていく状況に、ライナーは焦りと苛立ちを覚え始めていた。


 体制派の反応が当初の想定より遥かに鈍いことや、雇用主からの命令が一向にこないことは思いもよらぬ幸運だったが、それもいつまでも続くものではない。



 伝承のとおりに膨大な魔力を秘めたデーモンコアは、伝承にあるように全ての願いを叶えてくれたりはしない。


 願いを叶えるためには何らかの条件があるのだとしても、伝承にそのような(くだり)は無い。

 そして、伝承以外には手掛かりになるようなものは全く無い。


 また、こういった具体性のないことに関して、《予知》はまるで役に立たない。




 ライナーは、コンコンと扉がノックされる音にも、それからしばらくして、彼に食事を運んできた女性が入室してきたことにも気づかず、机の上に置かれたデーモンコアを凝視していた。


 むしろ、魅入られているといった方が正確だろう。


 思いついたことで、試せる範囲のことは既に散々試した後である。

 見ているだけで何かが分かる段階ではない。


 発想の転換が必要なことは理解できていても、圧倒的な存在感を放つ目の前のそれから目を離すことができないでいただけだった。



 ライナー自身、こんな不甲斐ない自分に落胆していた。


 しかし、人の身で神の欠片を前にしてそう思えるだけでも、彼が英雄の資質を持つ者である証明であった。

 とはいえ、今の彼にそんな慰めに何の意味も無いのだが。



「ライナー、まだやっていたんですか? 少しは休まないと、いくら貴方でも身体を壊してしまいますよ?」


「……【イオ】か。ふぅ…………。ああ、もうこんな時間なのか……」


 ライナーはその少女に話しかけられたことで、ようやく呪縛が解けたかのようにデーモンコアから視線を外した。


 そして、溜まっていたいろいろなものと一緒に、大きく息を吐き出した。


 そして、何気なしに窓の外に目をやると、すっかり暗くなっていたことに気がついた。

 部屋に籠ったのは朝とよべる時間帯だったはずなので、半日近くが経過していることになる。


 そして、その間、食事はおろか水すら飲んでいなかったことを思い出した。


 それを認識すると同時に、彼の身体が、イオと呼ばれた少女が持ってきた料理を寄こせと抗議の声を上げた。



 デーモンコアからの魔力供給を受けていれば、飢えであったり過労で死ぬことはない。

 しかし、それと空腹を感じないことや疲労を感じないことは別のことである。


 むしろ、それらは人間を人間たらしめる非常に重要な要素なのだ。

 それを疎かにしていると、徐々に人の枠から外れていき、大抵はろくな結末を迎えない。


 それを知ってか知らずか、ライナーはデーモンコアを仕舞うと、食事を持ってきてくれたイオに「ありがとう」と感謝を述べると、欲求に従ってそれに手をつけた。




 ライナーは、能力の高さだけでなく、それに裏打ちされた自信と、決してそれを過信はしない慎重さや柔軟さ、そこからは想像できない人懐っこさと、想像どおりの冷酷さを持ち合わせた、矛盾の塊のような男であった。

 しかし、そこに一本大きな芯が通っていることでカリスマとなり、彼を人誑(ひとたら)したらしめていた。


 むしろ、人を納得させるだけの強さが前提となるが、プラスアルファがカリスマとなるのが悪魔族である。



 イオという少女も、大きな力と野望を持ち、年齢に見合わぬ老獪さと少年の心が同居した彼に、並々ならぬ好意を寄せていた。

 それも、ただの恋愛感情では収まらない、崇拝に近いものである。


「真の力の解放ができなくても、魔力供給装置として優秀なんですし、貴方の燃費の悪さが改善されるだけでも充分なのでは?」


 イオは無駄だと知りつつも、彼の心身を案じて提案する。



「まあ、それでもそれなりには戦えるようになると思うけど……。イオも見てただろ? 不完全だったとはいえ、解放された神器の一撃を受けて死ななかったあの化け物を。――いや、その気になれば、戦闘継続も可能な状態だったらしい。最初から戦う気なら、神器を使う隙さえ与えなかったかもしれない。いつかはそんな化物を超えなきゃいけないんだし、甘えたことは言ってられないよ」


 若く見えても、ライナーも悪魔族である。


 アルフォンスとルイスが直接衝突する以前に活動を始めていて、両者が衝突した際には、かなり遠めにだったとはいえ、運良くその場に居合わせていた。

 そして、その時の様子は強く記憶に焼き付いている。



 そのふたりの能力は、当時の彼と比べて、圧倒的――実力のほどさえ測れないレベルの差があった。


 それでもなお野望を諦めず、現実から目を逸らさず、血の(にじ)むような努力を重ねてようやく掴んだチャンスである。

 簡単には妥協できない。



「だったら、それが不完全な状態ってことはない? 例えば、それ自体は燃料でしかなくて、真の力を使うための鍵は他にあるとか――それなら、それの警護が薄かったことにも、これだけ時間が経ってるのに体制派の反応が鈍いことにも納得がいくわ! そうよ、貴方がこれほど熱心にやって、何の手掛かりも得られないのはおかしいわ!」


 イオの言葉は、やはりライナーを気遣うためのもので、何ら論理的な見地から出たものでははなかった。

 ただ、日ごとに自信を失っていく彼を見ていたくなかったのだ。



「うーん、そういう可能性もある……のか? いや、魔力タンクとしても破格な物だし、その可能性は低いような――。だけど、手元になくても使う方法があるとか、むしろ、手元にあることが危険が伴うという可能性も……。よく考えれば、この形がそもそも不自然だよな。欠けてる部分を集めなきゃ駄目か? とにかく、欠けてるもの――いや、情報が足りない」


 しかし、ライナーはそれまで思い至らなかった、その可能性を真剣に考え始めた。


 デーモンコアは、魔力タンクとしての性能だけでも神器とよぶに相応しい物である。

 ただ、伝承にある神器のほとんどは秘めた能力を宿していて、そのひとつは実際に目撃もしている。


 万一、体制派が真の能力の解放手段を知っていて、それが手元にあるデーモンコアが無くても使えるものであった場合、これを持ってノコノコと体制派の前に出るのは自殺行為になるかもしれない。

 少なくとも、そのあたりの懸念を払拭しなければ、体制派との対決に踏み切れない。




 なお、彼らがデーモンコアと呼んでいるそれは、アナスタシアの前身である女神ヘラが、悪魔族の滅亡を防ぐために張った超巨大結界の動力源として造ったものである。

 内包されている魔力量は膨大で、それだけを見れば神器といっても差し支えない物だが、特別な力など何も無いため、正確には神器ではない。


 特別な力があるとすれば、それは結界そのものの方である。

 しかし、それは手出しする者に破滅を齎すものである。


 強いていうなら、デーモンコアから効率的に魔力を引き出すことが真の力といえなくもないが、飽くまで魔力の塊であるデーモンコアは、使用者の能力や相性に左右される。




「イオ、レベッカを呼んできてくれないか?」


 しかし、いくら考えたところで情報不足という事実の前には、これ以上の検証のしようがない。

 ライナーは少し黙考した後、諜報暗殺を得意とする少女に頼ることにした。

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