27 開き直り
魔界村に戻ると、2度目となる護送車に詰め込まれて、そのまま魔王城へ直送された。
よくよく考えると、しばらく魔王城から離れて羽を伸ばすつもりだったのに、まさかの日帰り――日付けは跨いでいるけれど、ゼロ泊の上に未明だし、日帰りという表現でもいいように思う。
そんなことより、そんな深夜だというのに証人喚問の準備が整った。
ブラック企業とかそういうレベルではない。
いくら体力に自信があるからといっても、規則正しい生活は、健康や美容を保つために重要なこと。
それに、兵士の皆さんは、デネブ討伐というイベントで、肉体的にも精神的にも疲れているのは誰の目にも明らかなレベルである。
そんな人たちに、「ユノちゃんも――というか、ユノちゃんが一番疲れていると思うが、もう少しだけ頑張って」などと言われると、罪悪感が半端ない。
証人喚問は、謁見の間のような大広間ではなく、物理的な壁の厚さや魔法的な盗聴防止が施された会議室で行われる。
証人として出頭するのは、もちろん私。
ただし、答弁するのは私のまねをした朔である。
バケツを被って、声音をまねていればまずバレないだろう。
対する体制派の立会人――というか、重鎮さんたちの顔触れは、大魔王であるルイスさんは当然として、将軍職に就いている【ダニエル】さんと、宰相的なポジションにいる【ピエール】さんの3人。
もちろん、将軍はともかく、宰相については雰囲気でやっている感じだ。
ルイスさん以外のふたりについては、魔王城での軟禁中に何度か話す機会はあったのだけれど、どちらも気の好いおじさんたちだった。
とはいえ、それはプライベートな時間での印象で、仕事中の彼らは武闘派ヤ〇ザ、インテリヤ〇ザと称した方が相応しい。
とにかく、体格のいい強面と、目つきの鋭い強面なのだ。
また、闘大の学長先生であるルシオさんも参加している。
ご意見番というところだろうか?
簡単に処刑されたりしなかったのは、やはりこの世界では知識人というのは貴重なのだろう。
最後のひとりは、私とそう年が変わらない、初対面の少年だった。
強面のおじさんたちの中にあって、彼ひとりが浮いている。
年齢的にも、種族的にも。
角、翼、尻尾だけなら悪魔族とも思えたかもしれないけれど、鱗に覆われた手足に、利便性より強さを追求したとでもいうような攻撃的なその末端。
それでいて普通の人間より遥かに器用だったりするのだけれど、彼の容姿は古竜たちの半竜型という形態に酷似している。
というか、古竜だよね。
アーサーやシロから、魔界には黄竜がいると聞いたような記憶があるし。
魔界における唯一の竜の生息地といわれる大空洞で遭遇しなかったことを思うと、大空洞深部に次いで環境が良いここで人と共存していても不思議ではない。
問題は、大空洞深部で出会っていれば、それが友好的なものでも敵対的なものであっても対処できたのだけれど、ここで竜眼――嘘発見器としての能力を期待されて連れてこられたのだとすると、非常に厄介な存在である。
古竜たちの竜眼は、バケツを被っていても防げないのだ。
(大丈夫、任せて)
しかし、朔先生には何の障害にもならないらしく、力強いコメントをいただいた。
信頼できる相棒がいるというのはとても心強い。
「んー、まあ、お前のあれやこれやを訊かにゃならんのだが、どこから訊いたものか……。ああ、そうだ。この方は、お前の話の信憑性を測るためにお呼びした。こう見えて、この中の誰よりも年上で、強さの方もかなりのものだから、粗相のないように頼む」
強さの方はさておき、それ以外のことは予想できていたことなので特に驚きはない。
それに、粗相も何も、私は礼儀はわきまえている方だと思うのだけれど。
「こんばんは。初めまして――ええと、何とお呼びすれば?」
「ああ、初めましてバケツの君。僕のことは――そうだな、『コウチン』とでも呼んでくれたまえ」
「初めまして、コウチンさん。ユノと申します。よろしくお願いしますね」
多少気安すすぎるかなとは思ったけれど、彼がほかの古竜たちと同じような嗜好であれば、謙りすぎるのはよくないだろう。
『お話の前にひとつ伺いたいんですけど、初代大魔王様について、歴代魔王にだけ伝えられているとか、一般では伝えられていない逸話があったりはしないでしょうか?』
「ん? いや、そういうのは特に聞いたことはないが――神魔に匹敵する力を持った、銀髪紅眼の美丈夫ってことくらいか」
美丈夫?
それはムキムキな人を指す言葉だっただろうか?
いや、実際の父さんは美丈夫だと思うけれど、魔装した父さんは、どちらかというと偉丈夫――いや、異常だ。
一刻も早い精密検査が必要だろう。
魔界の基準ではそれが美丈夫なのか?
分からない。
さておき、朔の問いにルイスさんが首を傾げ、他の人たちに「お前はどうだ」とばかりに目配せする。
「いや、儂も特別なものは」
「私も同様です」
「僕もないな」
「実は、逸話――というわけではありませんが、初代大魔王様は、実は女性だったのではという説がありまして」
おっと、学長先生がとんでもない爆弾を放り込んできたよ?
朔もこれは想定外だったらしく、少し警戒――というか、困惑している。
「ああ、それなら小耳に挟んだことがあるが、何か裏付けになるようなものでもあるのか?」
あるのか。
いや、二千年も前の話だし、いろいろな説が出てきても不思議ではないか。
日本でも、「あの武将が実は――」とか、テレビとかでよくやっていたしね。
「直接的な証拠はありませんが、初代大魔王様が男性だった場合、その子種を欲しがる女性は山のようにいたはずです。事実、その血筋だと主張する者は現在も後を絶ちません。ですが、現段階で有力視されているのはグレモリー家のみ。それは初代大魔王様の能力と活動期間を考えると非常に不自然でして。そこで、『もし初代大魔王様が女性であれば』と仮定すると、多くの血筋を残せなかったことに加えて、強大な力を持ちながらも、あまり最前線には出なかったことにも説明がつくのでは――という説なのですが」
え、何?
すごい理屈を考え出したなあ。
とはいえ、筋は通っているようにも聞こえるから不思議だ。
これが権威主義というものなのだろうか。
しかし、父さんがこれを聞いたらどう思うだろう?
うっかり歴史に名を残すと大変だね。
『学長先生の話の後では嘘っぽく聞こえるかもしれませんが、私は初代大魔王の血を引いているそうです。それと、グレモリー家の方は、初代大魔王様の片腕、アモン様の血筋だそうです』
私が余計なことを考えている間に、朔が口を出した。
ルイスさんたちの目が大きく見開かれて、忙しなく互いの顔を見合わせていた。
言葉が出てこなかったのかもしれないけれど、少し莫迦っぽくて可愛い。
「マジか。いや、何か秘密はあるんだろうとは思っていたが、何で今になって――いや、そう名乗るだけの奴はいつでもどこでもいるけどよ」
「だが、ほかの有象無象にはない説得力がありますな」
「言われてみれば確かに、初代様と同じ銀髪紅眼――いや、初代様がお隠れになられてからの年月を考えると、身体的特徴の遺伝は証拠にならないか?」
「そう決めつけるのは早計ですぞ、ピエール殿! 彼女の暗闇に差す光のような銀の髪も、天上の宝石のような紅い瞳も、透き通るような白い肌も、それらが調和した完全なバランスは最早神話の域。それを目の前にして、今更初代大魔王様の血を引いているかどうかなど些細なことでは!?」
「「「確かに」」」
「……嘘は言っていないようだけど、その言い方だと、そう信じているだけという可能性もあるね」
止めてよ、権威主義。
いや、援護射撃ではあるのだけれど、ちょっと援護の度を越している気がする。
というか、問題が摩り替えられていない?
そんな彼らに対して、コウチンさんは興味深そうにしているものの冷静だ。
『証拠になるのかは分かりませんが、初代大魔王様が、神や悪魔から支援を受けていたという話はご存知でしょうか?』
「ああ、伝承では神や悪魔を使役していたともいうが――僕に言わせれば眉唾な話だね」
『そうですね。使役ではありませんから。人間や悪魔族より上位存在である彼らは、初代大魔王様といえど、簡単に使役できるものではありません。悪魔との契約にしても、その対価は安いものではありませんし』
「へえ、君はそのあたりの事情に詳しいのかな? 案外面白い話になってきたじゃないか」
『実際に当事者やその関係者から聞いたことですから』
「ますます面白い話になってきたね。もちろん、そのあたりのことも説明してくれるんだろう?」
『ええ、そうですね。――初代大魔王様は、女神ヘラの気紛れな寵愛を受けて育ったのは伝承の中でも語られていることですが、彼は女神の配下の神や悪魔にも愛されていたようで、彼らは女神には内緒で、表舞台には出ない形で初代大魔王様に様々な恩恵を与えていたそうです。そして、彼の血を引いている私は、彼によく似ているからか、頼んだわけでもないのに彼らに干渉されています。とはいえ、お願いすれば今回のように力を貸してもらえたりもしますので、助かることもありますが――どういう形で力を貸してもらえるかはそのときにならないと分かりませんし、彼らは思いのほか悪ふざけが好きですので、今回みたいなことになったりもします』
なるほど、嘘ではないし、確かめようもない。
「にわかには信じがたい話だけど……。それに、奴がヘラ様の寵愛を受けていたことは否定したいところだけど……。少なくとも嘘を言っているわけではない。――嘘にならない話し方だとしても、滅茶苦茶すぎる。いや、事実関係だけでいうなら、デネブを斃せるだけの力を持った存在はそう多くないし、奴らが手を出したというなら納得もできる。だが、駄天使や小悪魔程度ならいざ知らず、上位の奴らが小娘ひとりに入れ込む理由が分からないな――」
「ああ、老師。多分それは可愛いからかと」
真剣な表情で考え込むコウチンさんに、ルイスさんがそれなら分かるとばかりにドヤ顔で答えた。
「器量だけでなく、気立ても良いですぞ!」
「頭の回転が恐ろしく早いのだろうが、それを鼻にかけることはなく、むしろ、わざと頭の悪い振りをして相手を立てている節すらある。私は、これほどできた女性を今まで見たことがなく――」
「母性にも満ち溢れておりますしな。我がママボディも見逃せません。そういえば、実際に大空洞で貴族級大悪魔と仲良くしていたとの報告もありましたな。なるほど、そういう事情なら納得ですな」
朔の話があまりにも突飛すぎたせいで、ルイスさんがバグった。
それに触発されたのか、ダニエルさんとピエールさんもバグった。
ご意見番も役に立たない。
「いやいや、君らどうしちゃったの? 何かキャラ変わってない? それとも何? これも奴らの干渉なの? そんな気配は感じないけど」
そして、審判役のコウチンさんがただのツッコミ役と化していた。
しかし、すごいな、朔は。
相手を混乱させて思考能力を奪う――こんな話術もあるのか。
それに、嘘の中に少しだけ真実を混ぜると真実味が増すとはいうけれど、ほぼほぼ真実の話がここまで嘘くさいとは、彼らが混乱するのも無理はない。
「だが、その、力を借りる代償はどうなっている? 身体は大丈夫なのか――はっ!? もしや、その身体が代償とか――」
「いくら神魔といえど、それは、それだけは許されん! 戦じゃ! 戦の用意じゃ!」
「今こそ神との決別の時! 歴史とユノ殿を我らの手に取り戻すのです!」
「いえ、落ち着いてください! 悪魔はともかく、神が我らがママを穢すような浅薄な存在であるはずが!? ユノ君、どうなのかね!? 君はまだ清い身体のママなのかね!?」
いや、取り乱しすぎ。
この世界はバグだらけだ。
『特に代償は要求されていません――たまに料理をお供えしたり、歌や踊りを奉納したりしていますが。そもそも、代償が無いからといって調子に乗って乱用していい力ではありませんし、頼りきってもいいものでもありませんので、できるだけ自分の力で乗り切るようにしていますが』
「そ、そうか。それならよかった」
「うむ。年甲斐もなく熱くなってしまったな」
「陛下が変なことを言うからですよ。全く、恥ずかしいところを見せてしまいました」
「ご心配召されるな、ピエール殿。我らがママは全てをお赦しになられる」
さっきから、ママって誰だ?
ああ、アナスタシアさん――女神ヘラのことをそういうのか?
アナスタシアさんにそういうイメージはないけれど、女神時代の彼女のことは知らないし、宗教的なことにツッコミを入れるのも野暮なのだろう。
『それと、私には魔力が無いのに料理魔法とかいう変な魔法が使えるのは、魔力以外の力を使っているからだそうなんですが、彼らにも詳細は分からないそうです』
「何を言ってるんだい? 料理はスキルだろう? 必要なのは魔力じゃなくて技術力だろう!?」
「いえ、老師。真の料理とは、人を笑顔にする魔法なのです。恐らく、必要なのは技術力ではなく女子力!」
「むしろ、あれこそが真の魔法ではないか? ガード不能だしな! むしろ、こっちから食らいに行くまである」
「それに比べれば、それまで我々が料理だと思っていた物は、栄養補給のためのただの餌でしかありません。いや、ゴミです。思い出したら腹が立ってきたな……おのれ、シェフを呼べ!」
「美味いとか不味いという次元のものではないのです。確かな愛が、生きる喜びがそこにある――もう、尊いとしか表現のしようがないのです!」
「君らが非合理的な種族だってことは重々承知してたけど、今日は特に酷いなあ。疲れてるんなら日を改めた方がよくないかい? というか、僕の方も頭が痛くなってきたよ……」
ルイスさんたちの錯乱っぷりに、コウチンさんが困惑しっ放しだ。
というか、私も何の話をしているのか分からなくなってきた。
『それで、ここからが本題になりますが』
何だか分からないけれど、ルイスさんたちは納得しているようなのでもう必要無いように思うのだけれど、朔的には不十分らしく、それを埋めるために続きを切り出した。
「え、今までのは何だったの? あれが序章とか重すぎるんだけど?」
『私は神や悪魔たちから、特に使命だとか何かを強制されていたりはしません。むしろ、そういうところから離れて自由に暮らせと言われています』
朔はコウチンさんの非難を無視して話を進めた。
まあ、みんな表向きには「御心のままに」とか言っているけれど、裏でこそこそ動き回って選択肢を限定されたり、形式的には「お願い」だけれど、事実上の強制なんてこともあるので、素直にそうだとは受け止め難い。
『もちろん私もそうしたいんですけど、私にそのつもりがなくても、私にはいろいろな因果がついてますので――』
「ああ、そのあたりは分かるよ。ルー坊にも覚えがあるだろう?」
「いい加減ルー坊は止めてくださいよ……。まあ、魔王なんてやってりゃいろいろとありますけどね」
『「いろいろある」程度で済ませられることばかりならいいんですけどね。――もう一度だけ訊きます。この先、聞きますか?』
「聞かないわけにはいかないな。それこそ、僕たちが背負っている因果だろう?」
「老師の言うとおりだ。面倒な話は聞きたくないが、それで対策ができなかったってのは、さすがに王として無責任すぎるしな」
「心配するな。そんな覚悟はとっくに済ませてきた」
「私も同意見だ――いや、私たちのことを案じてくれるのは嬉しいが、私たちでも君の重荷を少しは和らげることができるかもしれない。だから、話してくれないか?」
「うむ。君の強さはよく理解しているが、君には無い知識や経験が私たちにはある。たまには大人を頼ってみてはどうかね?」
ようやく私にも朔の作戦が見えてきたけれど、彼らはなぜ見えている地雷を踏み抜きに行くのだろうか。
『では――私には、悪魔族滅亡のスイッチが仕込まれています』
何を言っているの?
間違いではないけれど、「言い方」というものがあると思う。
さすがに発言の内容が内容だけに緊張感が漂う。
『もちろん比喩的な表現ですし、必ずそうなるというものではありませんが、割と現実的な確率です。具体例を挙げますと――まずは、私を使っての外界進出について。これは、外界に出たところで、そこは人族の世界でも辺境も辺境、人族の住めない過酷な地ですので、略奪可能な人里に到着するまでに悪魔族の半数近くが脱落します。それでも個の能力は悪魔族に分がありますので、人里に辿り着ければ、最初の何戦かは勝利できるでしょう。ですが、人族との人口と総合戦力が違いすぎますので、いずれは磨り潰されるだろうという予測がひとつ』
「え、ちょっと待って。君、今さらっと外界進出とか言わなかった?」
「可能なのか?」
「いや、だが、初代様の――ユノちゃんの血とか命が必要とかいうオチではないのか?」
「それではあまりにも救いがない! 外界に出れても、君と一緒でなければ意味がないのだ!」
「私は同じ死ぬなら、ユノ君に看取られて死にたい!」
またバグり始めた。
『あ、いえ、初代魔王様の血筋がどうとかではなく、私の魔法無効化能力の方です。血筋はこの件には無関係です。この世界――魔界というのは、初代大魔王様が消えた後、そのままでは人族に滅ぼされてしてしまう悪魔族を守るために、女神ヘラが作った避難所――いえ、揺り籠みたいなものでしょうか。この干渉は神族にとってはルール違反なんですが、それは今は関係無いのでおいておいて、要は神様の作った結界なので、私の力で無効化することも可能なんだそうです』
ほとんど事実なのに、ところどころで煽っているからか、嘘にしか聞こえない。
『もっとも、その前に魔界を蝕んでいる瘴気をどうにかしないと、結界を無効化した瞬間に外界も瘴気に汚染されることになるでしょうし、現地の神様に超怒られる――場合によっては、その神様に滅ぼされることもあると思います』
「魔界が結界に覆われた世界だってことは何となく察してたけど……。でも、それじゃあ、奴らは僕たちにずっとここで生きていけっていうのか?」
『いえ、百年か二百年か、争いを控えて瘴気を浄化してから結界を解けば問題は無いかと』
「なん……だと……!? それでは、俺たちが今までやってきたことは間違いだったというのか!?」
「ユノちゃんの話でなければ絶対に信じなかっただろうが……」
「閉じ込められていたのではなく、護られていただと……!?」
「だが、確かに初代大魔王様が外界に侵攻できた理由や、新月や満月の――システムが不安定な時にのみ外界へ進出できる理由、コウチン様のような強大な力を持った方の進出が不可能な理由――いろいろなものに説明がつきますな」
なのに信じたよ。
やはり人徳なのか――これもバグかもしれない。
今更だけれど、こんなにいろいろとバラしてしまってもよかったのだろうか?
まあ、何を言ってももう遅いのだけれど。




