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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十一章 邪神さん、魔界でも大躍進
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25 おしまい

 その沈黙を破ったのも、討伐隊のリーダーであるリディアだった。



 リディアも、この雰囲気の中で、苦手としているユノに話しかけるのには、相当の勇気が必要だった。

 それでも、それを押してでも訊きたいことがあったのだ。



 白銀の鎧を剥がされ、ほぼ下着だけの姿となっていたユノは、闘大での彼女とほぼ変わらない姿ではあったが、リディアにはそれが鎧を装着していた時よりも神々しく見えた。


 その最大の要因は、言うまでもなくバケツを被っていないことである。



 精神的に不安定になっていたリディアが、先入観や(しがらみ)を捨てて改めてユノを見てみると、その流れる水のような清らかな銀の髪は純粋さを表していて、整いすぎた容貌は正しさを表しているように思えた。

 バケツを被っていた時は嫌味に思えた身体も、神の愛を表すためには不可欠なものだった。


 彼女の心の病は重症だった。



 それでも彼女は、以前に至近距離でそれを目にしていたこともあって、どうにか正気の縁に踏み止まっていた。

 ただ、以前に見た時は黒っぽい髪だったとか、緊張のせいで差異にまでは意識が回っていない。



 その一方で、ユノと朔も、この後の展開次第では、魔界からの撤退を余儀なくされてしまう分水嶺(ぶんすいれい)にあり、リディアやルイスの出方に神経を尖らせていた。




「ありがとうございました。貴女が来なければ、私たちは死んでいた――いえ、魔界村がなくなっていたかもしれません。それと――」


 リディアには訊きたいことが山ほどあった。

 ただ、それがまだまとまっていないこともあって、まずは感謝の言葉を述べて引き延ばしを図った。


 とはいえ、それもさほど打算的なものではなく、感謝自体は本当のことである。

 その上で、まだ言葉が続くということを匂わせただけだ。



 なお、リディアは、感謝の言葉と共に、彼女が羽織っていたショートマントを脱いでユノに掛けていたのだが、(あらわ)になった素肌にではなく、素顔に掛けたあたりが彼女の緊張と混乱度合いを示していた。


 とはいえ、リディアはこの失態により、若干の冷静さと正気を取り戻すことができたので、あながち間違いではなかったのかもしれない。



「私は、魔界のためと考えて、これまでずっと走り続けてきました――いえ、そのつもりでした。ですが、貴女を見ていると分からなくなってしまいました。私は間違っていたのでしょうか? どうすれば貴女のように強く、魔界に貢献できる英雄になれるのでしょうか?」


 リディアの問いは、訊きたいことを正確に伝えるには言葉が足りなかった。


 しかし、その真剣さだけは、確かにユノに伝わった。



「間違っていてもいいじゃないですか。迷って悩んだ末に選択して、また迷い悩んで、人間はそうやって成長していくものですし、間違えたと思うなら、また別の道を模索すればいいだけです。そもそも、そういった決断をするときの『正しい』ことなど状況で移ろう程度のものですし、それならせめて、後悔しないようにご自身で決断して、結果を受け止めるだけでよいのではないでしょうか。ですので、私の言ったことなど適当に聞き流していただいた方がよろしいかと」


 それに対するユノの答えは、リディアが思っていた以上に真剣なもので、そして期待していたものではなかった。



 リディアが期待していたのは、道に迷った彼女を優しく、時に厳しく導いてくれる、彼女の祖父のような答えだった。

 それが、まさかの「自分で考えろ」との放任である。


 ただし、祖父や他の大人たちのように、「間違いは許さない」というスタイルではなく、間違いをも肯定してくれる器の大きさもあった。

 それが、常に「失敗できない」というプレッシャーと戦っていたリディアの心に優しく突き刺さる。



「その上でひとつ個人的な意見を申上げますと、『魔界のため』というところから少し離れてみてはいかがでしょう。顔も名前も知らない誰かのためではなく、まずはご自身のため、大切な誰かのためあたりから始められては? 志が大きいことは結構ですけれど、大きすぎて目が届かないだけならまだしも、本当の目的を履き違えていることに気づいていない場合もありますし。もっとも、そんなことは今更私が申上げるようなことではないかと思います」


 ユノはどんな形であれ、真剣に生きている人に好感を覚える性質である。

 そういう人を見るとつい応援したくなるし、生き方を歪めない程度に手を貸してあげたくなる。



「余計なことついでに申上げますと、子供には優しくしてあげてください。魔界のためというなら、いつかその将来を担う子供たちの可能性の芽を摘まないでください。貴女だって、ひとりで強くなったわけではないのでしょう? それは、貴女自身や、未来の子供たちの可能性を広げることにも繋がるはずです」


 とはいえ、それと子供を都合の良い道具扱いをすることとは話が別である。


 むしろ、完全に話を分けて考えられるユノが特殊なのかもしれないが、彼女に対して少なからず後ろめたいところがあったリディアは、彼女がこうも真剣に答えてくれることは意外だった。


 そして、その言葉のひとつひとつがリディアの胸の奥を満たしていた。



 確かに、リディアが強くなれたのは、本人の素質や努力が最大の要因ではあるが、祖父や祖父が手配してくれた家庭教師などの影響や、それに専念できた環境によるところも大きい。

 素質だけでは何ものにもなれないのは、能力的にも人格的にも屑な父親が証明しているし、その父親とて、反面教師という意味で彼女の糧となっている。


 当然、彼女もそんなことは理解していたし、感謝もしていたが、それらは他人からは嫉妬や反発など悪感情の対象にしかならないものである。

 むしろ、彼女の能力の高さを認められない人たちにとって、全ての要素が批判の対象となるのだ。



 バルバトスの血筋ではなければとか、ルシオの依怙贔屓(えこひいき)がなければとか、果ては体制派の飼い犬とまで、裏ではいろいろと言われていたことをリディアは知っている。


 ユノの言葉の、「ひとりで強くなれたわけではない」というのも、何度も耳にした批判である。

 しかし、前後関係も含めると、その意味は正反対のものになる。



 そこに、ユノがルナやエカテリーナに稽古をつけていたことを、リディアは思い出していた。


 その様子を直接見たわけではなかったが、デネブ攻略戦でのエカテリーナを見ていれば、分かることもある。



 エカテリーナには、徹底的に基本を身につけさせたのか、一見すると地味ではあったが、土壇場での生存能力が向上していることは明らかだった。


 それでいて、不和の素となりかねない性格の方は変わらないままである。


 それなのに、エカテリーナは誰に言われるでもなく、自ら状況判断して周囲との連携を取れるようになっていた。


 エカテリーナとしては、ユノとの訓練で痛い目を見続けたことで、ひとりでできることには限界があると悟って、必然的に身につけたことであるが。



 それをリディアから見れば、ユノはエカテリーナの個性や素質を尊重して、欠点まで受け容れた上で、最大限の可能性を得られるように育てていたように思えた。


 つまり、ユノは何も否定していないのである。


 リディアに言った「がっかりさせないで」という言葉も、彼女の否定ではなく、期待の表れだったのかもしれない。


 彼女の推測はあながち間違いではないが、精神的に追い詰められ、更に正気をゴリゴリ削られていたリディアは、縋るようにそう感じてしまった。



 そして、ひとたび堕ちると、もう止まれないし、上がれない。



 リディアは、「魔界のため」などと具体的な要素のない名分を掲げて、英雄ごっこをしていただけだったと気がついた。


 もっとも、それはずっとそう期待されていて、そう教育を受けてきた――むしろ、それは正しいことなのだから、そうでなければ価値がないとでもいうような重圧があったことが大きく影響している。


 今も、それを理解できる程度の正気は残っている。

 ただ、それを理由に、現在の自身を正当化しようとはもう思えなかった。



(思えば私は、英雄になるように、そのためだけに育てられてきたような気がします。私は、どうにかその期待に応えようとして足掻いていただけで、何もなせていません。それでも、多少なりとも能力を得られたことも事実ですが、そうでなければあの父のように――いえ、結局のところ、英雄が何なのかも分からない私は、父と大差ないのかもしれません。私も父も、彼女のような方に育てられていれば何かが違ったのでしょうか?)


 そんな益体もないことを考えてしまうほど、リディアは追い詰められていた。



「私は、まだ何もなしていない私が、他人より力に恵まれている私が、使命を投げ出してもいいのでしょうか? そんなことが許される――いえ、今からでもやり直せるのでしょうか? いつかは私も、貴女のような英雄になれるのでしょうか……?」


 正気度を削られ、様々な想いで頭と心がグチャグチャになっているリディアの言葉は、いつもの理路整然としたものとはかけ離れていた。

 しかし、それゆえにそれはリディアの本音であると理解できるものだった。



「私が思いますに、英雄とは、その力があるとか、ただ結果を出すことが重要ではなく、そのようにあろうと努力してきた人の、その意志こそが重要なのではないかと思います。私はまあ、今回の件においては一定の結果を出したように見えると思いますが、結果がそうなっただけです。そもそも、禁じ手のようなものを使ってですので、後進の参考になるようなものではありませんし。私がいなくなれば何も残らない、ただの運不運とその結果でしかありません」


 ユノの言葉は、リディアの英雄観を大きく揺るがすものだった。


 英雄とは、能力や成果でなるものではないのだと。

 そうあろうとする意志こそが重要なのだと。


 当然、それが絶対に正しいというわけではなく、そもそも、さほど大したことを言っているわけでもない、彼女の所感にすぎない。


 それでも、正気度がバグり始めた彼女にとっては神の啓示にも聞こえた。



「それはさておき、リディアさんが望むなら、その意志があって努力を怠らなければ、英雄でも、それ以上の何者にでもなれるのではないでしょうか。とはいえ、何のために英雄になりたいのか――いえ、英雄になることに何の意味があるのか、ゆっくりと考えてみてはいかがでしょう? リディアさんの可能性はもっと大きく広がっているはずなのに、限定してしまうのはもったいないですよ」


 その上での、リディアの可能性の全肯定である。


 表現のしようのない多幸感が彼女を満たしていく。



「それに、使命も結構なことですけれど、ご自身やほかの誰かを犠牲にしてまでする必要は無いと思います。『やりたいからやっている』のであれば、それはそれで結構なのですけれど、使命だから、やらなければいけないからなどと思っているのであれば、恐らく勘違いです。そもそも、自分を大事にできないような人が、本当の意味で他人を幸せにすることはできないと思います。ですので、貴女自身が幸せになった上で、ほかの人にも幸せをお裾分けするというのが理想ではないでしょうか。少なくとも、貴女の不幸の上に成り立つ幸福を喜ぶような人のために、使命を負う必要はありません」


 さらに、リディアの身まで案じている。

 彼女は、これこそが母の愛で、その中でも特上のものだと悟った。


 実際には少し違うところもあるのだが、彼女以上にユノに強く当たっていたコレットが優しく受け容れられていることを考えれば、そんなふうに思ってしまうのも無理はないのかもしれない。



「ええと、何が言いたかったのか、少々分からなくなってしまいましたが……。とにかく、“最強”とか“英雄”などという肩書なんて、貴女の一面しか表していないものです。そんなものに縛られるのはもったいないですよ。リディアさんの魅力や可能性はそれだけではないのですから。英雄というあやふやなものとか、ほかの誰かのようになる必要はなくて、リディアさんはリディアさんでいればいいんですよ」


 ユノもリディアが本音で、そして真剣に話していることは理解できたので、内容はよく理解できていないものの、とにかく真剣に答えた。

 リディアの様子が道に迷って泣いている子供のようだったので、つい力が入りすぎた感じで。



 この神のごとき容姿と力を持つ少女に、リディアは自身の弱さも、醜さも、全てを赦され、受け容れられた。


 力がなければ、英雄でなければ価値が無いと思っていた彼女が、弱くても、何もなせなくても、好きに生きてもいいのだと、子を想う母のように優しく包み込まれたのだ。


 削られたのは正気度だけではない。


 リディアの中で渦巻いていた、彼女を縛り続けていたバルバトスの呪いは完全に霧散し、それと合わせて、これまでに感じたことのない多幸感というのも生易しい何か(※邪神の祝福)に包まれていた。



『もうひとつだけ。私の能力は、皆さんのように任意で使えるようなものではありませんし、発動中の制約も多いので、今回も、大空洞でも運が良かっただけですので――』


 朔は今回の件の後始末をするタイミングをずっと窺っていたのだが、いつにも増してユノが饒舌(じょうせつ)だったことでその機を逸していた。

 内容自体は問題無い――文句の無いものだったが、フォローしなくていい理由にはならない。


 そして、ようやく見つけた話の切れ目に強引に割り込むことに成功した――が、少し遅かった。



「それでも、お母様がなされたことに違いはありません」


「えっ? お母……様……?」


 ユノは一瞬、学校の先生のことをそう呼び間違えた的なものかとも思ったが、それにしては気まずそうにする気配もないリディアに違和感を覚えた。


「あ――と、失礼いたしました。ユノ様のようなお方がお母様だったらなどと考えていたもので――さすがに失礼でしたよね」


「えっ? 様? はい?」


「ですので、お姉様と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?」


「えっ? 私の方が年下――オネエ? ええっ!?」


「ふふふ、義姉妹(スール)に年の差なんて関係ありませんよ。お姉様がネコで、私がタチです。たむたむ義姉妹しますか?」


「ふぁっ!?」


「ふふふ、冗談です。ちゃんとアイリスお姉様を立てるようにいたしますので、お側に置いてください」


 何もかもが手遅れだった。



 ルシオの篭絡(ろうらく)も合わせて、ユノは彼女の気づかないうちに、闘大の実権を掌握してしまった。

 ルイスの状態も考えると、親子二代にわたる魔界の完全統一も夢ではないかもしれない。

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