21 戦乙女
デネブが、ビームどころか、攻撃らしい攻撃をしてこなくなった。
そうなると、カウンターを合わせることもできないので、こちらから攻めるしかない。
ガードを固めるデネブの身体に駆け上がって、防御の意識の薄い所で受け身と浸透勁を叩き込む。
「俺、あんな攻撃的な受け身は初めて見た」
「むしろ、初めて見るもんばっかで頭がパンクしそうだぜ」
「この乳酸菌飲料といい、デネブを圧倒する受け身の技術といい、この世界には儂の知見の及ばぬことがまだまだあるのだと思い知らされてしまったな……」
「まだまだこれからってことだよ、おっ師匠様! ヤク〇ト飲んで、元気になって、いっぱい修行しよ!」
「微力ながら拙もお手伝いいたします! まずは、このヤク〇トの作り方から学んでいきましょう!」
後方では何だか良い話になっているところに悪いけれど、こんなことを十分もやっていると飽きてきた。
というか、みんなも飽きてきたから関係の無い話を始めているのだろう。
一応、デネブも受け身を取った直後の私を掴もうと手を伸ばしてくるけれど、そんなものに捕まるほど私は鈍間ではない。
だからこそ飽きる。
妹に言われて、ポチポチとボタンを押し続けるのと同じ作業感。
「それくらいならお兄ちゃんに任せろ!」
などと、深く考えずに言ってしまったせいで、以降何年もやり続けることになってしまった。
今ならまだ止められる。
これ以上続けると、引き際を見失う。
とはいえ、朔の策はできれば遠慮したい。
しかし、今更気合を入れて殴っても、今までの受け身は何だったのだという話になってしまう。
やはり頭のおかしい人である。
『大人しく観念しよ?』
それしかないのか……。
しかし、みんなの見ている前でそんな……。
『でも、早く決断しないと魔王軍も来ちゃうよ? 魔王軍来たって、攻略法が同じなら、最初からユノがやった方がマシってことになるし』
むう……。
『デネブの股間から高速で弾き返されても、特に悪評は出なかったじゃないか。普通に考えれば、かなり特殊な絵面だったと思うよ。トシヤと同じ評価を受けてもおかしくないレベルの』
むうう……。
『アイドルだってできたじゃないか。全部アドリブでいいんだから、歌って踊るよりはよっぽど簡単だよ?』
アイドル活動には、神扱いをされないようにという目的があったけれど、それには朔の趣味以外の理由が無い。
『ユノは心配しすぎだって。今だって受け身で攻撃なんて充分に矛盾してるけど、みんな応援してくれてるじゃないか』
そう、なのだろうか……?
確かにこの作業を繰り返すのは苦痛でしかないし、単純作業ゆえに朔の介入する余地も無い。
『分かった、魔法少女は諦めよう。だったら、もう少し対象年齢を上げて、こういうのはどうかな?』
む、相変わらず露出度は高めだけれど、一応ドレスアーマーと称してもおかしくない。
少なくとも、魔法少女と比べるとこの世界に馴染んでいる。
「それで、これは何のコスプレなの?」
『アクマゾンで売ってた、北欧神話のワルキューレのコスプレがベース』
ワルキューレなら私も知っている。
といっても、神話を知っているわけではなく、「ワルキューレの騎行」という有名な楽曲があって、それが結構好きだった。
ちなみに、それを聞きながら車を運転すると、事故率が上がるという話もあるらしい。
積極的に死者を作っていくスタイルとか、ヤバいね、ワルキューレ。
それはさておき、神話系か……。
微妙にこっちの世界でも通じるのが厄介だけれど。
『むしろ、一時的な神の加護ってことにしとけば、自分の意思だけでは再現できないとか言い訳もできるんじゃない?』
なるほど――いや、勝手に神の名や権能を騙るのはまずくない?
『それこそ今更すぎるよ。彼らなら、「ユノ様のお役に立てるならい、くらでも騙ってください! むしろ、それを事実にできるように頑張ります!」とか言いそうだし』
ありそう……。
まあ、主神たちも「それくらいなら構わないよ。何なら何か支援しようか?」と言っているくらいなので大丈夫か?
◇◇◇
――第三者視点――
デネブ攻略隊が、ユノひとりと交代して十数分。
たったひとつの例外を除いて魔法の使えないその少女は、驚くべきことに受け身でデネブを手玉に取り、少しずつではあるがデネブの体力を削っていた。
攻略隊の体力や魔力は、彼女から提供された「ヤク〇ト」なる神薬で、すっかり回復――全快を超えて漲っていたが、彼女と同じペースで攻略することは難しいように思われた。
何より、デネブを最も削った攻撃は、デネブ自身が放った破滅の光を反射したものである。
彼らの中にあれを反射できる者はおらず、デネブ自身もさすがに堪えたのか、それ以降破滅の光を放っていない。
攻略方法が変わってしまった。
デネブが破滅の光を撃った直後の隙以外に攻撃して、反撃で大きな被害を受けたことは過去に何度もあり、今回の攻略でも経験している。
破滅の光を待つのは危険なことだが、それでも最も安全な攻略法だったのだ。
それを撃ってこないとなると、彼らは一方的に削られるだけか、一か八かの賭けに出るしかない。
ユノのような、常人の理解の及ばない体術を持っていれば違うのだろうが、それは一朝一夕で――むしろ、一生をかけても習得できるかは不明である。
もはや、魔王軍が合流しても状況は好転しない。
ユノのおかげで助かったともいえるし、ユノのせいで詰んだともいえる状況。
現在は優勢に事を運んでいるが、決定的な差とまではいえない。
物理攻撃反射を、まさか《受け身》という防御技術で無力化できるなど想像もしていなかった。
むしろ、同様のことを試した者はいたが、成功した例の無かった、するはずがないものである。
無論、デネブで試すような愚か者はさすがにいなかったが、こうまで自信満々に、しかも成果まで上げているとなると、「間違っていたのは自分たちでは?」となるのも無理はない。
ただし、それはユノを悪魔族、若しくはその延長線上にある存在と考えればのことであり、事実を知れば、「※危険ですので、絶対にまねをしないでください」となるものである。
とにかく、討伐隊の認識では、ユノの技術は「何だか分からないがすごいもの」であると同時に、デネブは「分かりやすくヤバいもの」である。
ユノは、そんなデネブに受け身でダメージを与える――彼女であっても受け身をする必要があるのだとも誤認させてしまう。
さらに、大半の者は彼女が呼吸を卒業していることを知らないため、「いつかはスタミナが切れるのでは?」と心配していた。
それを知っている者たちも、その本当の意味を知らないため、やはり同様の不安は拭えない。
そして、精鋭である彼らの中には、彼女がデネブを斃しきるまでこのペースを維持できると考えているような平和ボケはいない。
その時が来れば、彼女が回復するまでの時間を稼がなくてはならない。
もしかすると、アタッカーがユノひとりと代わっただけかもしれないが、それを保証するものは何も無い。
しばらくして、デネブに纏わりついて、受け身を取りまくっていたユノが距離を取った。
ついにその時が来たのだと誰もが思った。
むしろ、呼吸もままならないような高速戦闘を続けていて、よくここまでもったものだと賞賛するべきなのだろう。
しかし、彼女はそれ以上後退するでもなく、その場に留まっていた。
彼らの想像のとおりなら、彼らと交代するべく下がるはずである。
しかし、彼女はその場に立ち尽くしたまま、豊満な胸の前で手を組んで天を仰いでいた。
それは、まるで聖域で神に祈りを捧げている乙女ようで、そのあまりの不可侵な雰囲気に、交代しなければならない討伐隊と、攻撃のチャンスであるはずのデネブも見入ってしまった。
次の瞬間、天から降り注いだ光の柱がユノを直撃した。
それは、威力を控え目にした極光であり、演出のためにユノ自身が朔の助けを得て放ったものであったが、そんなことを知らない者たちには、何が起こっているかなど分かるはずもない。
そして、本来なら種子すら相殺する《極光》だが、ユノのそれは、主神たちのものとは違って完全に自身の制御下にある――自身で出して、自身で回収する、ある種の循環である。
当然、ダメージなど受けない。
目どころか、魂をも焼くほどの眩い光はすぐに収まった。
そして、その跡から姿を現したのは、光り輝く白銀の鎧に身を包み、それ以上に眩い白銀の髪を靡かせたユノだった。
「あれは、ユノさん? 雰囲気が全然違う……! 一体何が……!?」
「まさか、あの姿は、伝説に謳われた戦乙女では!?」
「異常な身体能力、システムすら受けつけない高い魔法無効化能力、人間性を感じさせない存在感――まさか、全て神の依り代となるための!?」
我に返った人々が、少しでも混乱を解消しようと様々な推測をし、そして勝手に納得していく。
大半はユノたちの想定していた、彼女たちにとって都合の良い勘違いであり、これを彼女たちのお遊びであると気づく者はいなかった。
ユノ自身は、衣装が変わっただけで、翼や神性など出していない。
素顔も大きめのバイザーで隠れているので、出ていたのは、髪と素顔の一部だけ。
それでも、演出と雰囲気に流された、多くの精鋭たちの正気を侵食していた。
リディアやトライマンといった実力者でも、彼女の鎧に何の特殊効果もついていないどころか、商品タグがついたままであることにも気づかない。
「私、あの人を――神様の御使いをがっかりさせたの? これまでの私の行いは間違っていたの!?」
「儂、上から目線でいろいろと言うてしもうた。あまつさえ、『手合わせしたいものだ』などと身のほど知らずな阿保なことを……」
それどころか、心中穏やかでなく、冷静な判断力を失っていた。
とはいえ、冷静な判断力を残していて、彼女らの遊びに気づいた者がいたとして、極光擬きを見た後では文句や不満を口にできたかは怪しいが。
前線では、高く掲げたユノの右手に、1本の巨大な槍が出現していた。
それも、朔が参考資料にと勝手にアクマゾンで購入していたもので、装飾こそそれっぽいものの、神槍どころか聖槍や魔槍ですらない、ただの量産品――いわゆる玩具である。
しかし、戦乙女のコスプレをした本物の邪神が手にしていることと、気を利かせた現地管轄の神族たちがその槍に魔力を充填してくれたことで、必要以上の説得力を与えていた。
膨大な魔力が収束して、そこから発生する余波が物理的な圧力となって、デネブや討伐隊を押さえつける。
かつて、アルフォンスが神剣を振るうところを実際に見たことがあるトライアンたちも、アイリスが召喚した貴族級大悪魔を見たルナたちも、それを遥かに超える力にただ息を呑むしかできなかった。
そして、ユノ自身も困惑していた。
全てアドリブでオーケーと言われても、何をどうアドリブすればいいのか分からない。
そんな彼女のために、朔が簡単な台本を用意した。
『この槍を格好よく投げて、デネブを撃破すればお仕舞いだよ。ああ、でも、槍も鎧も市販品のままだから、壊さないように気をつけて』
などと、前者はともかく、後者は突然告白されても困ってしまう。
朔の能力なら、領域で複製を再現するのは造作もないことである。
何の意図があってそうしたのか――「面白そうだった」というのは理解できるが、それにしてもいささか性質が悪い。
当然だが、彼女の使う装備や道具が、絶対に壊れるというわけではない。
しかし、万一にでも壊れてしまえば、衆人環視の下でストリップショーをすることになってしまう。
いかにユノが「見られて恥ずかしい身体はしていない」と思っていたとしても、TPOもわきまえずに脱いで見せたいわけではない。
『大丈夫。下にはニプレス貼ってるから』
そんなことで安心できるはずもない。
むしろ、不安しかない。
とにかく、装備を壊さないように細心の注意を払いつつ、格好よく決めなければならなかった。
何にしても、ユノにとって、槍は投げる以外の選択肢は無い。
持っているだけなら――ユノが耐久度を減らさなければ、神々の悪ふざけとも思える魔力の過剰な充填を押さえ込んでいても塵になることはない。
むしろ、ユノが押さえているうちは壊れることなく、通常ではあり得ないくらいに魔力が圧縮されていく。
そして、ただ一度の遠隔攻撃で終われば、鎧の破損については無用な心配である。
ユノは、かつて妹たちに付き合って観ていたアニメやゲームの主人公のように、上空に跳び上がる。
それが格好いいのかどうかは彼女に分からないが、映像化されているということは、それなりに説得力があると思ってのことである。
さすがにこの程度では鎧は壊れない。
そして、最高点に到達すると、デネブに狙いを定め――たまま、重力に引かれて落下を始め、そして着地した。
この槍がどれくらいの破壊力なのかが分からず、また彼女の制御下にないことに、跳んでから気がついたのだ。
もしもデネブを貫通すれば、射角的には確実に地面に当たる。
さすがに地形を変えるような大破壊はまずい。
なぜ跳び上がったのか、なぜ何もせずに着地したのかと理解に苦しむ人たちを余所に、デネブの上空――何もない虚空から鎖が飛び出して、極光や槍に怯えて身を竦ませていたデネブを吊り上げ拘束した。
この鎖は、元はアドン――死を体現する亜神「デス」の能力を封じていたものである。
それをユノが呑み込み、朔が解析再現して行使可能になった、ユノの領域の形態のひとつである。
ユノにとっては、翼を出さずに使える程度の能力ではあるが、デネブ程度の能力でどうにかなるものではない。
ユノとしては、最初からこうしていればよかったと反省するも、思いついたのがこのタイミングではどうしようもない。
そして、今も右手にある、魔力が充填されすぎて今にも崩壊しそうな槍のこともどうにかしなければならなかった。
ユノは、空中に大の字になるよう四肢を拘束されたデネブに改めて狙いを定め、その手に持つ槍を投擲した。
この場で暴発しないようにと配慮された、ゆったりとした優雅さすら感じるフォームとは裏腹に、魔力が充填されすぎていた槍は、ユノの手を離れた瞬間に崩壊して魔力の塊となった。
そして、光速にも迫ろうかという速度でデネブを貫き、その先の空も貫いて彼方へと消えていった。
後に残ったのは、鎖の端にぶら下がるデネブの四肢の一部のみ。
あまりに莫迦げた威力に、討伐隊の面々は呼吸すら忘れて真顔になり、槍の想定外のタイミングでの暴発に、ユノ自身も驚いていた。




